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『ルンペルシュティルツヒェン』の話。



・和歌山県立近代美術館で「ホックニーのグリム童話」展を観た。二十代のデイヴィッドは観客へのサービス精神にあふれていて微笑ましい。自分で自分をバラバラにするコビトの絵が忘れられない。

twitter / Yoshinogi

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 ちなみに、こんな絵である。
 
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『He Tore Himself in Two (From the story Rumpelstilzchen) by David Hockney - Google画像検索』

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 いまや、リビングレジェンドのデイヴィッド・ホックニーは、プールの絵とかが有名なのだけれどご存じでありましょうか。写真をコラージュして、ひとつの画面に多重の空間と時間を閉じこめる手法で名をはせたりもした。

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『david hockney joiners - Google画像検索』

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 最近では、ソフトウェアを使って微妙に世界の時間軸をずらすとか、よくもまあそんな歳になって若かりしころと変わらずふわふわしたところをとらえようと毎日を送っていなさるなあ、なんか悟ったりとかないの? と訊きたくなるが、近ごろホックニー先生はこんな言葉が好きだという。

「絵は老人の芸術」

 テクニックと、観察眼と、詩心と。
 大事なのはそれらであって、パッションとか、パワーとか、ましてや性癖とか野望とか狂気とかはあんまりいらないものなので、老人になるほど純粋な絵描きスキルは上がるということであろう。まあ、そういうことを言う時点で、哀しいくらいに自分が失ったものは取り戻せないと理解している裏返しでもあり、それこそが年老いた賢者の得る悟りなのかもしれない。

 ついこのあいだ、ホックニー先生は、とある大御所作家を名指しで「アシスタントにほとんど作らせた作品に自分の名を冠するのはどうなのか」とケンカを売って新聞にも載っていた。で、自分の展覧会で「これらの作品は作家ひとりで描きました」とパネルをつけた。本気で腹立たしく思っているのか、営業活動なのか、そのあたりが読めないのが、二十世紀の混沌を生き抜いた秘訣なんだな。

 しかし、そのニュースを読んで、私は思い出す。あのアンディ・ウォーホルがシルクスクリーンで有名になったとき、感情を差し挟まず大量生産できる手法こそをアートだと呼んだウォーホルに、彼は共感したのではなかったっけ。ウォーホルのアクリル画は、たとえばユニクロのTシャツにもなっているスープ缶を「ただ描いた」ものが有名だけれど、ホックニーは、ウォーホルがキャンバスに写真をスライドで投影して、それをなぞり描く……いわゆる「トレース」……をおこなっていることを擁護し、それどころかそれはダビンチの時代からおこなわれてきたものだとの自説まで後年には言いはじめ、いまの彼は、まさしくそれでもそこにアートは存在するのだということを証明するためのように、ソフトウェア出力した映像に、独自のホックニータッチで筆を入れて作品を完成させている。

「な? けっきょく最後に描くのは作家なんだから」

 つまりは、そこがホックニーの地雷みたい。
 静観と爆発の分岐点。
 トレースしてもなぞるのは自分なんだから、おれの絵。
 アシスタントが描いたなら、それは別の話。

 でも、その分岐点も確固たるものではないのかもしれない。いまや億の値がつくウォーホル作品が、ウォーホル自身は「元ネタの写真を選んだだけ」というものも多いのに、ホックニー先生は怒らない。ていうか、なにせ自分もポップ革命の一員だとか呼ばれることがあって、なにより、いまの地位を築いたのは、まぎれもなくエッチング作品によるものなのだから。
 そのあたりが、よくわからない。
 たぶん、本人もよくわかっていない。
 それもまた詩心?

 エッチングというのは一種の版画で、銅を腐食させたり傷つけたりして、そこにインクを流しこんでプレス機で印刷する。私もかつて美大生だったときに授業で習ったが、確かに味わい深い絵ができあがることは認めるけれど、なにせ金属を腐食させる液だとか、バーナーだの、プレス機だの、個人で管理するにはおおげさなものが必要で、当たり前だが銅を溶かす液は水道管だって溶かすし、飲んだら死ぬ。そういうことを考えると、ふうんこんな技法があるんだなあ、という以上の熱は私の身のうちでは起こらなかった。授業で刷った作品は小洒落たフレームにでも入れれば普通に売れそうな出来だったが、額装さえ面倒であれはいったいどこへしまったのか捨てたのか。

 とにかく、エッチングは、ひとりでは、できない。
 一枚の銅板で百枚刷るのがエッチングで、そこにアシスタントは不可欠で、大判ともなれば工場生産といってもいい。
 彼の原点だって、そこなのだ。

 ホックニー先生も、最初は学校で習った。

 今回の展覧会で、グリム童話と並んでの目玉展示だった『放蕩者の遍歴』というシリーズは、最初の三枚を授業で描いて、それを見た先生に「本にできるよ、一冊ぶん描いちゃいなよボーイ」と言われて八枚になったというものである。

 これが実に演劇的。
 いや、もともと『放蕩者の遍歴』はストラヴィンスキーが作曲したオペラで、いかにも二十代の絵にハまりだした世界を斜めから見たい病の患者が好きそうな物語なのである。タイトルの通り、金持ちのボンボンが、女でも仕事でも失敗して飲んだくれて逝くという救いのない話で、しかし、そのストーリーこそが、成金を笑い、あいつら息子の代で滅ぶぜ、という庶民の側からも、うちら成り上がったし、息子どもがどうなろうと知らんし、というブルジョワの側からも、ケラケラ笑いながら観られる劇になっている。

 それをホックニーは、いかにも小馬鹿にしたタッチで描いた。
 先生も、その若造の作品を見て、なるほど、この話を世界を斜めから見たい病患者に描かせると過剰にブラックで笑えるなあ、と感じて、本にできるぜ、などと口走ったのだと思う。

 ともあれ、それがデビュー作である。
 で、ホックニーは次の題材を探す。
 少しばかり、野心もあったかもしれない。

 グリム童話を選んだ。
 挿絵を描いて、文章もつけ、グリム童話として売る。

 『6つのグリム童話』
 
Six Fairy Tales 

 本になっていまだに売れ続け、その原画見たさに車で二時間の距離を走る私みたいのが日本にいたり。いざ会場に行ってみれば、幼子に読みきかせを行っているママたちと、話が怖すぎるうえに意味不明すぎて、帰りたいようと泣きじゃくるちょっと年長さんたち。
 もくろみは成功している。
 グリムを冠すれば、ヒトの目を惹ける。

 グリム童話というのは、ドイツの田舎に伝わる味わい深い小話を集めたものであって、グリム兄弟が創作したわけではなく、言ってしまえば日本昔話のようなものである。というわけで、日本の昔話にもよくある、わけのわからんところがおもしろくて語りつがれてきた、という性質のものが少なくない。グリム童話は本当は怖いとか、エロいとか、そういう本もいっぱい出ているけれど、田舎のおっちゃんやおばちゃんに聞いて出てくるような話は、たいていの場合、ブラックな内容を含んでいるものである。

 日本でいえば、鬼、とか。さすがに子供に語り聞かせるときには、ツノが生えた怖いのがくるぜべイべーと舌を出して怖がらせる絵本にもできそうなソフィスティケイトぶりだけれど、大人のあいだでもそれが語り継がれてきたとなると、実際のところがまじってくる。多くの民俗学者さんも多分そうだろうと言っているように、鬼は差別を受けていた山奥の鍛冶職人だったり、流れ着いた異人さんだったりした。

 というところこそが、グリム兄弟もおもしろかったのだろう。イタい話やエロい話が初版ではごっちゃに詰めこまれていたのが、いつしかやっぱり多くの人に読まれるうちに都会的な洗練を与えられていったと聞く。とはいえ。なんかわけわからんし、心がざわざわする、という部分が、近代では絵本になって売られてさえいる洗練されたバージョンのグリム童話のなかにも残っている。

 堕落していく男を笑うデビュー作からの成長路線。オペラの次はグリム。
 で、若きホックニーが選んだ六編がそれ。

「あめふらし」
「めっけ鳥」
「野ぢしゃ(ラプンツェル)」
「こわがることをおぼえるために旅にでかけた男の話」
「リンクランクじいさん」
「がたがたの竹馬こぞう」

 ↑これらの邦訳タイトルは、和歌山県立近代美術館の表記を丸写ししたもの。グリム童話はグリム兄弟の聞いて書いたそれの著作権は消失しているものの、さまざまな言語で訳されたそれぞれには著作権があるので、そのあたりをまんまコピペってわけにはいかない。しかしまあ、美術館ではホックニー作品を前にしてアナウンサーさんが子供たちに読みきかせするというイベントが開かれたらしいが、それは情操教育的に平気なのかと良識ある私などは心配になってしまう程度には、ホックニー絵本バージョンのグリムも総じて暗黒混沌面を残した物語構成になっておりました。

 やたら王子が死ぬし、やたら子供がさらわれる。
 性的虐待と、肉体的苦痛のオンパレード。
 そのあたりをやわらかく煮込んだグリム童話ではなく、あえてハードなエッジを残し、エッチングという版画に即興を盛り込みたいという野心的ヤングホックニーは、かなりちからまかせで、ま、これでいいんじゃね? 的なノリで描いている。前述のように、銅版はなにかと手間がかかるのだ。いわば、大金かけて大勢のアシスタントを用意した漫画家が、さて描くか、とペンを握り、え、ちょっとそれ一般受けしないんじゃないの? という作品を殴り描きはじめたようなものである。

 ちなみに、冒頭の自分で自分をバラバラにした小人の絵は、この数年でもオークションで何枚か落札されていたが、金額はどれも日本円換算で十万円前後だった。同じ絵が、百枚ある。むろんそれはその後のディヴィッド・ホックニーあってこそなのだけれど、あの小人の絵で、一千万円が稼げるのだから、当時だれが「なんだこれ」と言ったにせよ、その行為は正解だった。というか、正解ではないけれどやりたいからやったその行為を意外にも賞賛するヒトは多く、それこそが彼の評価へとつながっていったわけだけれど。余談だが、私の尊敬は別にしていない恩師は、新聞紙に穴を開けた作品で世界的評価を得たヒトである。アートっちゅうのはそういうもんだ。やったもん勝ちであり、そもそも勝とうと思ってやっていなかったりすることが評価されたりする(新聞紙をバカみたいに貼り重ねた板に絵を描こうと思ったのは、単にキャンバスを買う金がなかったからなんだけどな、と公言している輩が大学で「絵」を教えているというのだから、別にその大学に通わなくったってあなたにもわかるはず。芸術とは無駄。無駄に人生を費やしたいと心底思ったりするのは、一種の病気)。

 知らないヒトもいるかもしれないので、ヨシノギアレンジで「がたがたの竹馬こぞう」を物語ってみよう。「がたがたの竹馬こぞう」というのは邦訳では有名なタイトルなのだけれど、そもそも意味不明な妖精の名前(無理から訳すと「いえゆらしのがったがたたん」みたいな感じ)を、竹馬とか小僧とか言ってしまうと別の生き物みたいなので私は好きではない。日本の同じような妖怪のことも「家鳴り(やなり)」と呼ぶように、ここはそのポルターガイスト妖怪に具体的なイメージは付け加えず、かわいく「がったがたたん」と私は呼びたい。
 あんまり見ない感じの、がったがたたん視点でいってみよう。

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 がったがたたんは、恋をしました。
 その娘は、ワラの詰まった小屋に閉じこめられていて、がったがたたんがその小屋を揺らしても、ぜんぜん気づかない様子で、いちにちじゅう、ワラを手にとっては、ため息をついています。

 がったがたたんは、しびれを切らして娘の前に姿をみせました。

「なにしてんだ」

 娘は、チビでブサイクすぎる、がったがたたんを見ても、おどろきませんでした。
 がったがたたんは、恋心をスパークさせます。

「こたえろ。なにしてんだ」
「王様に、このワラをすべて黄金に変えろと言われたの」 
「できるのか?」
「できないわ。でもパパが王様にできると言ってしまったの」
「パパは頭がおかしいんだな」
「そうね。私を、王子様に嫁がせたくて、おかしくなったんだわ」
「けっこんするのか?」
「これを黄金に変えられるなら」
「さっき、できないと言った」
「できないわ」
「けっこん、したいか?」
「そうね。私もパパも嘘をついた罪で首を切られる。それよりは」

 がったがたたんは、三秒悩みました。
 で、ものすごくいいことを思いつきました。
 がったがたたんは、女の顔とカラダにしか興味がありません。
 中身は、どうでもいいのです。
 それに、がったがたたんは、年をとりません。

「おれが、黄金にしてやろうか」
「このワラを? できるの?」
「そのかわり、やくそくしろ」
「なにを」
「おまえが最初に産む子を、おれがもらう」
「もらうって……」
「女でも男でもいい。おまえは自分に似た子を産め」
「私に? それは……似るんじゃないかしら」
「いいか?」
「いいわ」

 どうやら頭が良くない娘のようでした。
 がったがたたんにとっては願ったりなことです。
 がったがたたんは、ワラを金に変えてやりました。
 それから毎日、たのしみに暮らしました。
 時間など、がったがたたんには意味のないもの。
 あの娘に似た女か男が年老いて死ぬまで。
 いったいどれくらい、なにができるか。
 たのしみすぎて身が破裂しそうです。
 そしてその日が来ました。

「もらいにきた」

 娘は、黄金の髪飾りを頭につけていました。
 ちょっと老けていました。
 しかしその腕には、赤ん坊が抱かれています。
 娘は、わからないようでした。
 あいからずの頭の悪さです。

「おれだ。最初の子、もらいにきた」

 娘は気づきました。
 悲鳴をあげました。
 鎧を着た騎士がぞろぞろとやってきます。
 がったがたたんは、城を揺らします。
 がったがた。がったがた。
 
「やくそくだ!!」

 がったがた。がったがた。

「おれのだ!!」

 がったがた。
 赤ん坊が泣きはじめました。
 あろうことか、母親である娘も泣き出しました。
 がったがたたんは、城を揺らすのをやめました。
 まったく、ひどい話です。
 人間は、やくそくを守りません。

「わかった。泣くな」

 思い出しました。
 この娘は、頭が悪いのです。

「この子をつれていかない?」
「三日まつ」
「三日たったらつれていくのね」
「おまえがおれに勝てば、つれていかない」
「勝つ? なんの勝負で?」
「名前を当てる。おれの名前だ」
「三日で?」
「そう。やくそくしろ」
「いやよ」
「おまえには城の学者もついている」
「わかったわ」

 とことん頭のネジのゆるい娘でした。
 がったがたたんは、城の屋根にのぼり笑いました。
 学者は、がったがたたんのことを知りません。
 がったがたたんは、三日まてばいいだけです。
 三日ならば、娘もやくそくを忘れないでしょう。
 がったがたたんは、歌いはじめました。

「♪もうすぐガキはおれのもの~」

 ベランダから、合いの手が飛んできました。

「もうすぐ、だれのものになるの?」

 笑いながら、がったがたたんは答えました。

「がったがたたんのものにきまってんだろっ!!」

 見下ろすと、娘が笑っていました。

「あなたの名前は、がったがたたん」

 がったがたたんは。
 自分で自分をふたつに引きちぎりました。
 それでも足りずに、もっと細かく。
 やがてちぎるところがなくなってしまいました。
 ちぎっていたじぶんもなくなってしまいました。
 がったがたたんは、消えました。
 がったがたたんのなげく声だけが、空に残りました。

「いっぱいいろいろやりたかったのにっ」


 吉秒匠 『がったがたたん』

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 だれかイラストつけてくれますか?
 自分で描くのは面倒くさい。
 面倒くさい以上に、この物語と向き合うのは重たくてイヤ。
 グリム童話でもよくあるモチーフで、世界的に見ても、童話にはこの手の展開はありがち。

 追いつめられたとき悪魔が現れ未来に産む子供を要求する。

 深く想像するまでもなく、これはひとりめの、本当はふたりめかさんにんめの子供に、そっと語ったことがマトリクス。

「おまえには、ねえさんがいたの」

 そんなこと、言わなくてもいいのに。
 言わずにいられないのがヒトのサガ。
 いまでもあれを罪だとは思っていない。
 だってあのときは、ああするしかなかった。
 そうしなければ、私たちが生きていけなかった。

 そこここで語られる似たそれは、やがてプロレス劇化(真実を装飾することで説得力を増し娯楽として成立)される。
 死やそれに準ずる飢え、幽閉。
 現れる悪魔。
 私は子を売る。
 産まれてからなのか、産まれる前になのかは同じこと。
 
 特に、避妊や中絶を罪とする教義がこの世にあることを、信者ではないけれど知ってはいる文化圏では、悪魔の誘惑は熱く語られることになる。
 死にたいのか?
 いや、おれに差し出せ。
 だからそうしたの。
 しかたなかった。

 ルンペルシュティルツヒェンは、いつでも最後にミスをして、人間はそれにつけこんで、約束をたがえる。否、たがえてはいない。名前を当てたら赦される決まりだったのだから。みずから手にかけることさえせず、物語のなかで悪魔は悪魔自身で破滅する。
 プロレス劇化されたルンペルシュティルツヒェンの物語に、世界の毒を知りはじめた年頃の子供たちは、よろこぶだろう。追いつめられたヒトに交換条件なんて突きつけて調子に乗っているから自分で自分を殺すはめになったのだと。けれど大人は、涙ぐむ者もいるだろう。いいえ、悪魔は命を救ってくれた、人生を成り立たせてくれた、かわりに奪ってもいったけれど、それを悪と呼んでしまうならば、私はなにもの?

 悪ではない、と自分の子供に語っては聞かせられないから。
 おもしろおかしく、演出して語るしかない。
 ちょっとひどくて悪趣味で間抜けなルンペルシュティルツヒェンのキャラ造形は、ヒトの心にある罪悪感の裏返しである。

 先進国で、生物学的な繁殖期に選んで子供を産む人類は減った。
 それは逆説的には、選んでルンペルシュティルツヒェンに、差し出したということ。
 ルンペルシュティルツヒェンの物語のプロレス劇化は、これから先、まだ変質していく可能性があるだろう。

 若かりしホックニーの描くコビトは、怖い。
 むきーっ、と世界でなく自分を破壊する。
 ほら笑え、とホックニーは描いている。

 おなじマトリクスで私も書いてみた。
 私のがったがたたんは、無常になってしまった。
 時代だろうか。私の性質、人生のせいか。
 がったがたたんは自分の半身を求め、もうすぐそれが叶う予感に驚喜して自滅する。
 私は、そのがったがたたんに共感している。
 そして娘は生まれた子供と末永くしあわせに暮らしました、かつて追いつめられた自分のことを救った悪魔は消えたから。
 めでたしめでたし。
 そうは、書けなかった。
 この物語に出てくる、人間を私は嫌悪している。
 がったがたたんは、たぶんよみがえってまた同じことをする。
 いつか、彼を愛してくれる人類が現れることを祈りたい。
 なんとなくだが、がったがたたんのベッドでのテクニックはものすごそうな気がしたりする。

 ホックニーが選んだグリム童話。
 なるほど、いろいろ考えてしまった。
 即興をくりかえし刷る、という行為に魅せられていた若き日の巨匠が、わけのわからない、でもなんだか奥になにかある、そういう物語たちを描くことにした理由が、わかる気がする。
 売れる、ということは。
 すなわち、わかりやすいということ。
 でも、グリムは。
 その兄弟が、世間にある種「売れて」語り継がれてきたものとして集めた物語たちは。
 わかりにくいのに、語り継がれてきた。
 いまでも、なんだか惹かれる。
 その、わかりにくさこそに。
 理解できないけれどやってしまっていることが、自分の人生にも多すぎて。

 画家が売れるということを考えつつ、でも、もう半分は、銅板を腐らせて絵を描いて、おれはなにを探しているんだろうと日々思っていたに違いない、青臭い、矛盾した、あーくっそ、なんだこれっ、というじゅくじゅくした爆発が、そのコビトの絵にあった。

 いい絵だとは思わない。
 ただ、好き。
 忘れられない。
 そういうことを、つぶやきたかったんだけれど、140字では足りなかった。
 そんな補足の話な今回でした。

 泣く子供たちがうるさかったが、有意義な展覧会で、学芸員のおねえさんが、黒ずくめの革スーツ姿の私が熱心に覧ているうしろで、その子供たちを注意すべきか、でもこの展覧会は子供たちに読みきかせもやっているくらいでそれなのに出て行けとかいうのはちょっと……な感じで逡巡し続けているのが、むしろ気になってしかたありませんでした。気をつかわせてすいません。

(良い展覧会だったが、企画展のチケット買ったら入れるはずの常設展が、ちょうど入れ替えで入れなかったのは、むきーっ、てなった。和歌山県立近代美術館、行ったのはじめてだったのに。だったら百円でも安くすべきだと思うのな。金額の問題でなく。そう、気持ちの問題で)

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『DAVID HOCKNEY: 公式サイト』

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グッチ アウトレット  グッチ アウトレット  2013/10/19 18:38
『とかげの月/徒然』 『ルンペルシュティルツヒェン』の話。