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『■■■■しながら合格する■■■■■試験』の話。



 燃えさかる円筒形のストーブの上で、象神ガネーシャの彫られたケトルが湯気を吐いている。
 インドを通りがかったとき、灼熱に乾いた肌の荒れに耐えられず水をねだったら、あのケトルでどぼどぼとかけてくれた。私はもうろうとする意識のなかでガネーシャを誉め、おっさんは笑って釘で叩き描いたのだと言った。水の礼に差し出した金は受けとれないと言うから、私は、そのケトルを買ったのだ。

「случилось?」

 私にフェラチオしながら少女が訊ねる。
 その唇の端から、唾液がしたたる。

「ごめん。この国の言葉はわからない」

 彼女の着ているワンピース型のエプロンからは、芳ばしい油の匂いが立ちのぼっていた。テーブルの上に置かれた茶色い紙袋と、おなじ匂いだ。
 あの熱い国で死にかけた自分が、救いの神の彫られたケトルで湯を沸かし、冷えて乾いた空気を湿らせながら、ピロシキ屋の娘を、揺り椅子の前にひざまずかせている。

「ただ……遠くまで来たな、と思ってさ」

 私の笑みは、寂しそうに見えたのだろうか。

「……я хочу」
 
 なにを言われたのかわからなくても、彼女の上目づかいが、大丈夫だ、と言っていることは読みとれた。彼女の頬に触れる。部屋をいくらあたためても、冷えたままの白い肌よりも、もっと私の指先は冷えていた。
 続けても、イケそうにはないよと首を振って自嘲したら、彼女は少しふくれっつらになって、私の膝によじ登る──ふたりの体重で、揺り椅子は泣くような音をたてた。
 揺れていた。
 そのまま、ずっと。
 やがて、なんの意味なのか、鼻先にキスされた。
 なにもわからない。
 しかし私はここにいる。
 [インド]の[ケト]ルと[ピロ]シキ屋の娘の[フェラ]と。
 たどりついたのか、まだ途中なのか。

「きみは、いい匂いがする」

 抱えていた痛みさえ、忘れて。
 油の匂いの染みた髪へ、顔をうずめて。
 彼女にはわからない言葉で、ささやいた。

「非ステロイド系抗炎症剤」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 「薬局」と「薬店」の違いがなんであるか、というのを意識しているのは店側だけで、客からしてみればあそこに薬屋があるから薬を買いに行くのであり、お目当てのブランドがあれば「■■頭痛薬ください」とカウンターで突っ立っている白衣のひとに頼んで……そこではじめて、そこが「薬店」であり、しかもそこに突っ立っているのが薬剤師ではなく「そのお薬はうちの店ではあつかえないものでして」などというふざけた返事がかえってくることを知る。

 市販薬なのに、売っている薬屋と売っていない薬屋がある。

 で。私はその「一部の薬を売ることのできない」薬屋の管理者である。正確な名称はまた別にあるのだが、それがまたわかりにくい表記なので、名刺には「医薬品登録販売者■■薬店管理者」という、これでも精一杯わかりやすくしたのだが、それでもやっぱりよくわからない肩書きがついている(そのほかにも本名の私の名刺は、よくわからない肩書きであふれかえっているので、渡すとみんなちょっと困った顔をする)。

 薬剤師ではない。
 ということが伝わればいいのだとも言える。
 すなわち、すり鉢で漢方薬をすりつぶしたりはしないし、病院でもらった処方箋を持ってこられても「お大事に」と言葉を捧げることしかできないし、無人島でそいつがいても医学的にまったくなんの役にもたたないが、薬屋で白衣を着ているひとである。

 さっきから、薬屋薬屋と書いているが、私の勤める「■■薬店」という店の名は、壁に貼られた証明書のなかにしか記されておらず、看板というものはない。そもそも私は、とある■■■の■■■■■■であり、薬とは無関係な■■■■■とか■■■とかを売っている。いまも売っている。それどころか本当は■■■■の■■を持つ■■■■の専門家でもある。つまり「■■薬店」は、法律的には独立した薬屋だが、世間的には大きな■■■のなかにあるドラッグコーナーなのである。呼び出された私があわてて白衣を着てカウンターに立つと、さっき■■■■■■■■で■■■■■■■■を売ったお客さんだったりして、あなたも大変ねえ、ところでお薬のことわかるの? ということを訊かれたりする。もっともな不安だ。だって私の白衣のポケットからは、■■■■を■■していた名残の■■■■■■■が飛び出ているのだし。自分でもコントに登場するマッドサイエンティストみたいだと思う(これがドラッグストアだと薬剤師と登録販売者は白衣の丈や色が違ったりするのだが、そもそも薬剤師のいないこっちの業界では、ドン・キホーテのコスプレ衣装のコーナーで買ってきたようなそれ「らしすぎる」白衣だというのも一因ではあろう)。

 あなたはあんまり意識したことがないかも知れないが、2006年の法改正以来、そこかしこの店で、こういうことになっている。

 登録販売者、という一部制限された、しかしそいつひとりでいちおう薬屋が営業できてしまうやっつけなシステムの登場により、職を失った薬剤師さんがいる。だいたい、一部の扱えない薬品というのが、薬剤師さんの高い時給とペイするほど売れるのかといえば、少なくともドラッグストアですと看板を出しているわけではない■■■の■■■■■■のドラッグコーナーでは、そんなことはまったくなく、となれば、■■■■で■■■■■■の■■を登録販売者にして「そんなに売れるわけでもない一部の薬」を売ることをあきらめれば、もう薬剤師募集の広告を出さなくていい、というのは当然のように考えつくことである。

 そんな■■■をそこかしこで生みだしながらも、なぜにそんなシステムがこの国に実装されたかといえば、薬の通信販売を禁止するかわりに、ということだった。顔も見ないで薬を売るのは危険だから、通販を禁止するかわりに、顔を見て薬を売れる町の薬屋を簡単に出店できるようにしようという方策である。

 しかしまあ、そもそも使用上の注意も読まずに売る通販が危険だという思想からはじまっているので、簡単に出店できるようにといったって、■■■■や綿菓子の夜店を出すようにというわけにはいかない。

 筆記試験がある。
 そして、その受験にも資格がいる。
 一年以上の実務経験。

 ……首をかしげたあなた。するどい。子供でもわかることだが、コンビニにドラッグコーナーが欲しいから登録販売者試験を受けたいのに、その受験資格が薬店で一年以上働くこと、というのは、かなりアホな話だ。

 で、転勤を強いられる私のようなのが出る。
 くりひろげられる■■■■■■である。
 けっきょく、簡単に出店といっても、大前提としてまず一軒の薬屋が必要。これをまず買収する。そこにひとり社員を送り込み、一年働かせる。試験を受けさせる。合格する。合格したやつをその店の管理者にして薬剤師のクビを切る。その店に次年度の新入社員を配属する。一年働かせる。試験を受けさせる。合格する。ようやく店になれてきた一年目の新入社員をドラッグコーナーの無い僻地の店に転勤させる。これで翌年は倍のペースで登録販売者を製造して転勤させる錬金術。

 ま……ある程度の規模があるチェーン店にとっては、簡単ちゃあ、簡単だが。
 ヒトの心はない。

 そういう図式をわかっていただいたうえで。
 平成23年度奈良県登録販売者試験は平成24年2月16日(木)に実施される。

 奈良である。
 私はいま、■■■の■■■■に勤めている。
 でも数か月前、奈良の願書に、いっぱいハンコを押した。
 なぜなら、今年、けっこうな人数を■■と■■■■■の試験に送り込み、全滅だったからである。
 やむなく、日程的に後ろだった奈良でも受験させざるをえなかったのだ。
 登録販売者試験は、どこで受けてもかまわない。
 わざわざ各地の試験の日程がずれているのは、偶然ではなくこれもまたなんらかの意図が働いているとしか思えない。だいたい「平成23年度」の試験が「平成24年」に実施されるという表記がすでになんなんだという感である。常識的に考えて地元の試験を受ければ年に一回のチャンス(専門学校とか通信教育だと、脅しをかけるようにそう表記していることが多い)なのだが、そういうわけで、奈良で受かって■■■で登録もありのため、ラブホを泊まり継いで北海道から沖縄まで渡れば、時期によっては毎週受験も可能である。

 ぶっちゃけ、登録販売者試験の合格率は低くない。
 去年の大阪で二割ほどというのがあったが、ほとんどの場合、四割は合格する。難しいか簡単か、というより、薬の成分がどうたら法律がどうたらなので、記憶さえすればよい試験ではあるのだ。
 それが全滅だった。
 現役の、■■■や■■■■ではレベル高っ、という大学生なアルバイトの彼女は、当たり前に受かってうちの店のシフトが組みやすくなると思ったのに、その彼女さえ落ちた。

 さすがに怒られた。
 私が、である。
 特に二カ所連続で落ちた新入社員の件について、すでに来期の計画がドラッグコーナーありきで進んでいるのだが、というようなことで怒られるのである。
 まあ、当然である。
 当然ではあるのだけれども。

「きみね、自分は一発合格したんでしょう。どうすれば受かるかわかっているわけだよね。受からないと一年出店が遅れる事態だってありうるんだよ困るよほんと。この一年、あの新人になにを教えてきたのかね」

 と、そんなことを。
 ええ、確かに。

「もうっ、ぜんぜん頭に入らないんですよヨシノギさんっ、どうやってこんなのおぼえたんですか、あと一ヶ月とか無理です、おなじ結果になります!」 
  
 というようなことを食堂で泣きつかれた記憶はある。
 そのとき、私は、私の記憶術について思い出していた。

 私は、物語でおぼえる。
 この『徒然』でも、ときどき小説の挿入される回があるが、さすがに自分で書いた小説の内容は、どんな掌編でも、ずっとおぼえている。数年前に書いた作品のラストのセリフなんていうのも、ほぼ正確に復唱できる。多かれ少なかれ、くだらないものであっても、創作するというのは身を削ることなので、よく作品を我が子に例えるひとがいるが、子供の名前や顔を忘れたりはしないものなのだ。  

 で、資格試験のテキストも、私は物語化することで、脳に焼きつける。
 ただ、これは個人的な適性の問題だと推察されるが、私の描く物語のほぼすべてがエロである。私の場合、記憶にはエロが向くのだ。そしてそのうちの半分がボーイズラブである。

 物語には自信がある。
 一話一話、じっくり、彼や彼女に語って聞かせれば、目を爛々とさせて記憶するだろうことは間違いない。でも、その場合、確定した未来として、私はセクシャルハラスメントで訴えられるだろう。
 よって、この記憶法は、私の個人的なものにせざるをえない。

 ちなみに、冒頭の掌編は、ラストのセリフの通り、非ステロイド系抗炎症剤の代表的なものを記憶するための物語である。
 おぼえるのは最終的に、ここだけ。

[インド]の[ケト]ルと[ピロ]シキ屋の娘の[フェラ]

 順に、
 インドメタシン
 ケトプロフェン
 ピロキシカム
 フェルビナク
 を指す。

 [フェラ]で「フェルビナク」を思い出すのは難解なように感じるかもしれないが、試験はマークシートなので、これで充分に解ける。そういう出題なのだ。逆に、非ステロイド系を記憶していればステロイド系の出題も解けるような親切設計なので、それゆえに半分おぼえた者は二問正解で、どっちも七割記憶だとどっちも不正解になるという、そういう試験なのである。

 彼らにも教えてやりたい。
 でも無理。
 そして、私は、ぎりぎりまで過去問を解け、などとあたりさわりのないことを言って、あとは祈るのみなのです。
 祈っているのです、いま。
 本日15日、試験前日。
 今日出勤だった明日試験の彼は「ヨシノギさんてどれくらい勉強しました」とか、いまもうそれを聞いてどうなるんだということを口にせずにはいられないふわふわぶりで、それなりにやっていたのは見ているのだが、そのまま寝不足になって陽が昇る前に起きて奈良まで行って試験会場で寝てしまうのではないかということまで心配しながら、おちつけ、がんばれ、と言って帰ってきた私もドキドキして眠れない感じなのです。

 奈良も全滅で、私がクビになったら。

『オナニーしながら合格する登録販売者試験』

 どこかの侠気ある出版社さん、組んでやりませんか?
 除虫菊のリンちゃんが愛すべきロリキャラに仕上がり、関係ない章でまで大活躍するエロカワっぷりなのは捨てがたいと自分でも思うのですが、なにせすべてを文字に起こすとなると時間的にあれなので……
 原稿料、先払いでおねがいします。

 イヤだ、そんな仕事したくないから、受かってよ小羊たち。

(ちなみに記憶術としては脳内掌編小説集作りだったのですが、むろんフェルビナクの名をいちども目にしたことのない者がフェラチオとか記憶したところでマークシートといえどピンとはこないので、それなりに市販のテキストや過去問なんかも消化はしておくべきです。私はこれ使っていました(改訂前のでしたが、大きく変わってはいないでしょう)

tohan

 わかりやすくするために言葉を噛みくだきすぎて原文で出題されたら意味不明という「駄超訳」的部分があるのは否めませんが、なにせコンパクト。内容も、物理的な本のサイズも。私、電車通勤だったので、それが最重要でした。やらないよりやったほうがいいに決まっていて、デカくてバッグに入らないようなテキストは、ちょっと混んだ電車では取り出すのさえ躊躇する。逆にいえば、毎日開けるテキストなら、通勤時間は確実に勉強部屋。官能小説記憶法なんて会得していなくても、毎日三十分を二ヶ月も続けたら、それで大丈夫。全滅した彼らの話を聞いて、身に染みて知ったことは、この手の丸暗記試験は、反復の回数による記憶の定着化がかなめなので、同じ量でも週末まとめてよりも、毎日短時間の小分けのほうがいい、ということ。いいっていうか、まとめてやってもおぼえていないんだよあいつら全員!! だから、もしもあなたが来年は白衣を着ようかなとか思っているならば、悪いことは言いません。テキスト一冊、毎日パラパラとめくる。それだけ胸に刻んで。そもそも「続けること」ができるかどうかを視られる試験だと思って間違いないです)

※ 今回の『徒然』、いつも通りいきおいで書いてから読み返し、これ、私のこと知っているひとに読まれたら個人特定できてしまうかもな、という懸念をおぼえ、タイトルと本文中の一部を伏せ字にして検索ロボにスルーさせる逆SEO対策を講じました。読んでいただいたあとで書くのもなんですが、読みにくくてすいませぬ。


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