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『ハヤブサ』のこと(2)。



 ジョブズさんが逝ってしまった。
 いや、私はMac派ではないが、いまの友人関係も美大からつづくものが多いので、根っからのリンゴ好きというかもうそれでしか絵が描けないという連中がびっくりするほどの割合を占め、彼らの信仰心めいた偏愛を見ていると、なんとなくの選択で電脳世界に入り込んだ自分などヌルいなあと思ったりもする。

 最初にさわったキーボードはPC-8801で、ベーシックプログラムの基礎を学んだのはファミリーベーシックとMSXだった。それからそんなこんなでパソコンは使い続けていたものの、モノを書きはじめたのはまだパソコンがマイコンと呼ばれていたぎくしゃくした機械の域を出ていなかったころだったから、ワープロ専用機の軽快さと比べるべくもなく。
 私のなかで、パソコンはゲーム機の一種だった。

 そして十代の終わりごろ、シリコンバレー戦争はインターネットで地球を覆い、ネットゲームというものに触れはじめた私が、ホームページを作り出したのは、セガのゲーム機であるドリームキャストでだった。物心ついたときにはキーボードを叩いてスーパーマリオのパッチモンを作ってはきゃっきゃ言っていた小僧は、成人してテレビにつないだゲーム機がインターネットにつながれたとき、本当の意味で「世界もプログラムで動いているんだ」ときづいたのだ。

 ひとつひとつの積み重ね。
 たとえば画面にマルを描きたければ、プログラムとは、中心点を設定し、そこから等距離にドットを打つことをパソコンに命令すること。ベーシックとか、C言語とか、ぎくしゃくした機械に噛んでふくんでわからせるような単純な命令の積み重ねを延々と書き続ける行為をオモチャにしていたファミコンMSX世代の私は、パソコンがぎくしゃくしなくなって、ゲーム機で当たり前に世界の裏側の人とリアルタイムで対戦できるようになったときも、そんなふうに感じたのだ。

 どこの国の国語辞典だって、ハンディサイズのものがある。
 そして、そこに収録されているの千分の一も単語を知っていれば、死ぬまで会話に困ることはない。みんながものを考えるのも、その程度の言葉をよりどころにしていて、頭のなかではとてもとてもいろいろなことを考えていて、この私の想いはだれに伝えたって伝わらない、という哲学者のように深い思考を持つ人だって、しょせんは言葉で考えているのだから、それが他人に伝わらないということはけっしてない。伝わらないのは、自分が言葉にできないことだけであり、言葉にできない時点で、それは自分の中でもちゃんと考えられていない形を成さないものなのだから、伝わらないという訴え自体が幻想だ。自分でわかっていることは、ちょっとの言葉で伝わる。

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 『ハヤブサ』のこと。
at 2000 04/23

 その昔、ハヤブサというレスラーがいた。
 プロレスラーである。
 いた、といってもそんな昔の話ではなく、別に彼は死んだわけでもない。
 彼は、仮面を脱いだのである。
 ……そう、彼はマスクマンだった。
 そしてマスクを脱いだ。
 昨年の話だ。
 いま、彼は『H』という名で素顔のレスラーとなっている。
 今日、そんな彼のインタビュー記事を読んだ。
 まだハヤブサだったころのもの。
 そこで彼は言っている。

「ハヤブサの人気に嫉妬を覚える。
中で頑張っているのは俺なのに、
自分は無名のレスラーなんだ」

 ……そういった意味のことを。
 そして彼はマスクを脱いだ。
 しらない人のために言っておくが、
 ハヤブサは大変な人気レスラーだった。
 それを彼は捨てたのだ。
 「俺」を太陽の下へ出すために。

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 このサイトのどこかにある、現在諸事情により縮小運用中の小説ページに、このブログ『とかげの月・徒然』のバックナンバーが置いてある。
 置いてあるといっても、2000年のものの、そのまた一部だけである。
 当時、某エモンさんなどの例もあり、淘汰の時代に突入していたネットサービス業界では、毎週のように無料ブログが撤退だとかいって引っ越しを余儀なくされ、これはもう自分のサイトのフリースペースに置いておくのが一番安心だなと考えたのだが。その後、安定の時代に入り、どこのサービスでも写真を貼りまくれるほどの容量を用意してくれるようにもなり、当サイトでもブログは<鏡>と銘打ったミラーをひとつ作っているが、それを作ったころから、すっかりブログサービス停止だとかいう話も聞かなくなった。ので、消えてなくなることをそう気にすることもなく、容量不足でむかしのブログを消さざるをえなくなることもなく、だったらログを大層に保管しておくこともないなと作業は中断してしまったのですけれども。

 そのバックナンバーログ倉庫。
 先頭に置いてあるのが、上の『徒然』である。
 なんだかシンプルだ。
 それを書いたころにはまだ、ブログという言葉が認知されてはいなくて、インターネット日記とか、そういう呼びかただった。『とかげの月』というサイト名もついていなかった。ゲーム機であるドリームキャストで、日記が書けるんだと知り、ゲームの一種として書いている。だったらもっとプライベートなことをつぶやけばいいのに、電脳の大海原だ、だれかが見ているかもしれん、と中途半端に読者を意識しているところが、かえって「だからなんなんだ」という内容である。
 恥ずかしい。

 けれども、これは、私にとっては、意味ある日記だった。

 昨夜。
 晩ご飯は、栗ごはん(栗は、家で採れたとUSJスタッフのマイコさんがくれたものだった。ありがとう。余談だがこのあいだ我が家に遊びに来たマイコさんは、スピーカーの下に飾ってある大きなスパイダーマンのポスター(『1』のDVD販促用のものを私が額装した)と対峙して「あらあ」と顔をほころばせていた。訊けばこの夏は、ワンピースの担当だったとか。嫌いじゃないんだけどねえワンピース……という呟きに、資本顧客至上主義にのっとって海賊にのっとられていたらしい、夢の国の船員たちの複雑な心境が覗けました。チョッパーにガキどものっとられたクッキーモンスターの中の人なんて、裏で泣いていた夏だったんだろうなあ。想像ですけど)と、鶏肉と大根の煮たのと、味噌汁に、焼きサンマだった。秋の食卓だ。もちろん私が作ったものではない。私は、栗や蟹や柑橘類など、食べるのに手間がかかるものには手を出さない主義である。フライドチキンの骨さえ面倒なので唐揚げにして欲しい。そんな私は、死ぬまで栗ごはんなど作らないであろう。栗の木と稲しか生えていない無人島にでも流れ着いたら考えるが。いや、それでも稲を量産する方向で労力を惜しまない気がする。

 ともかく。
 ほっこりした秋ごはんを食べながら、テレビを見ていた。
 プロレスだった。
 私は食事前にそういったものを観はじめながら腕立て伏せだの四股踏みだのをはじめ、ひとしきり汗をかいてからメシをかっくらうので、食事中もそのまま試合が流れている。ことが多い、のではなく、例外なく毎日そうである。
 その日は、

『「仮面貴族FIESATA2011」
 ~ミル・マスカラス来日40周年記念試合~
「DEPO MART・10周年記念興行」
 ~聖地伝説~』

 という長ったらしいタイトルの興行が録画中継されていたものを流していた。ちなみに「仮面貴族」でググると神戸のソープランドがヒットするが、これはなかなか興味深い人類の歴史を表している検索結果だともいえる。私が観ていた「仮面貴族」はプロレスだが、出てくる選手の多くが仮面をかぶっている。マスクマンだ。そして多くのマスクマンは、仮面で顔は隠しているが、半裸である。ソープ嬢にいたっては全裸である。仮面好きは、仮面の下の素顔を想像したりはしない。仮面は仮面だ。顔が隠されているからこそ、あらわになっている肉体、その肌を観察し、表情が見えないからこそ、愛憎のすべてが見るものの感性にゆだねられている。ときに戦国武将が顔を隠す鎧を身につけているが、あれは、怒りの形相よりも、敵にとっては恐ろしく見えるものだ。同じように、観客はプロレスラーの仮面に無敵の強さを見出すし、ソープ嬢の仮面に存在しえない女神の無垢を見る。
 夢だ。
 仮面には、夢がある。

 というわけで、マスクを作って売っているDEPO MARTさんが、有名なマスクマンを呼んできて開いた興行なわけですが……ミル・マスカラス。『スカイ・ハイ』が流れてきたら、空飛ぶマスクマンがびゅんびゅんとそこらじゅうを飛びまわる幻覚を見るようになったのは彼のせいだ。

 
 
 しかし、ミル・マスカラスが全日本プロレスに参戦した当時、私はまだ生まれてもいないので、この興行でテンションが高まったのはマスカラスの闘っている姿にではない。

 ミル・マスカラスと、ドス・カラスのレジェンド兄弟に支えられながらではあったが、ハヤブサが、リングに立っているのを見たから。

 感極まって、栗ごはんをほおばりながら泣いてしまった。

 自分の足で。
 リングに向かう階段を、登ってさえいた。

 組長・藤原喜明が、ハヤブサをリングの上に呼び込みながら言った。

「大丈夫だ。プロレスラーだ」

 中で頑張っているのは俺なのに自分は無名のレスラーなんだと仮面を脱いだ、あのあと、Hは、ふたたび仮面をかぶってハヤブサに戻った。俺が無名でなくなるための時間をハヤブサは与えてくれず、ハヤブサが試合に出なければチケットが売れないという事情もあったのだろう。過密なスケジュールのなかで、空飛ぶマスクマンは、ミスをした。

 「月面宙返り」と書いて「ムーンサルト」と読む。マンガ『ゲームセンターあらし』で、ルビが「月面宙返」の部分に「ムーンサルト」と振ってあったせいで、いまでも私は「月面宙返り」という文字列を頭のなかで「ムーンサルトり」と読んでしまうのだが。
 その技。
 ハヤブサはコーナーポストに駆けのぼり、リングの側、すなわち自分の背後に頭からダイブした。見ていた印象では、おそらくコーナーの最上段まで登ったつもりでいたのではないだろうか。足を滑らせたようではなかった。自信満々に、コーナーの二段目あたりから、まるで最上段から跳ぶかのように、大きな弧を描いて跳んだ。
 飛んだが、着地点はすぐそこだった。
 回りきれなかった。
 いっそ、もっと回りきれずに頭頂部から落ちれば違っていたのかもしれないが、ハヤブサは、頭がコーナーポストの側に少し向いたところで、おでこのあたりで着地した。
 背中の側に、首が折れた。
 
 直後から全身麻痺。
 集中治療室を出てからも、首から下は動かなかった。
 車椅子の上でも、ハヤブサはマスクをかぶり続けた。
 失敗し、怪我をして、歩けなくなったのは、無名のレスラー「俺」ではなく、人気の絶頂にあった集客マスクマン「ハヤブサ」だから。引退もせず、だから藤原は言ったのだ。プロレスラーなのだから、大丈夫だと。

 アナウンサーが、連呼していた。

「あれから10年!!」

 ハヤブサは立っています。
 杖をつき、マスカラスに支えられてはいるものの。
 身振り手振りをくわえ、語っている。
 それで客を呼び、拍手をもらい、栗ごはんをほおばっている私を涙させるなら、そのハヤブサがプロレスラーでなくてなんであろうか。

 飛んでいた彼を、想いだした。



 Hからハヤブサに戻った直後に飛べなくなった。
 そのハヤブサが飛べないままにプロレスラーであり続けた十年。
 飛べなくなったときには、そのことについて書くことも、だれかと話すことも許されないような気がしていた。技を喰らってやってしまったならまだしも、あきらかな本人のミスで、それを見たとき観客の全員が頭のなかでつぶやいたのだ。

 いつかこうなるとわかっていたのに。

 客は求め、演者は与え。
 できないプレイまでこなそうとする。
 もはや悦ばせたいよりも意地のほうが強くて、こんなことになったのは自分のせいだと彼は言うのかもしれないけれど。
 それでも、いまでも。
 まだ飛ぶんだ、まだ飛べと。
 どちらも声をからし、やめることなどはなから選択肢に入っていない。
  
 大丈夫だ。プロレスラーだ。

 ハヤブサ、プロレス続けてんなあ。
 そう言いながらサンマで酒をあおって思うぞんぶん泣いたら、なんだか誇らしくなってきた。最初に書いたブログの続きを、十一年ぶりに書こうと思った。
 まわりのすべてが激変しても。
 演じるハヤブサは変わらず、私も変わらない。

 あいからず、たいしたことない日記ですが。
 電脳の大海原だ、だれかが見ているかもしれん、と読者を意識しての十一年は、もはや私にとっての日常で、恥ずかしいことではない。
 仮面の俺が飛べないのは俺のせいなのですが。
 仮面は、みずから脱がないかぎり、無表情なもの。
 すべては俺が感じている。
 仮面にはそれが出ない。
 いや、だから仮面は良いのです。
 だからHは、すぐにマスクをかぶりなおしたのです。
 
 その仮面にいちばん支えられているのは、ほかならぬ「俺」だ。



 立ちあがるハヤブサを見るだけでなんどでも泣ける。
 不謹慎な感想だけれど、これがプロレスの境地。
 作品を生むための生きざまこそが作品。
 失敗などない。
   
 

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クロムハーツ ピアス  クロムハーツ ピアス  2013/10/23 04:19
『とかげの月/徒然』 『ハヤブサ』のこと(2)。