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『狼/男たちの挽歌・最終章』の話。



 男たちの挽歌は『2』である。
 もちろん、昨年公開された韓流の続編が作られているらしいですよという話ではなく、オリジナルシリーズの話だ。
 『2』のなにが良いといって、チョウ・ユンファの格好良すぎないところ。『1』で死んだユンファの双子の弟という無茶設定は、いまでならいっそSFファン以外にも認知されるようになった量子力学的多世界の物語にしてしまったほうが現実味があるくらいだが、当時(80年代~90年代初頭)においては、アクション映画のヒーローとはヒットを飛ばせば次の作品もその次の作品も同じイメージで踏襲するのは当然だった。客も制作側も考えることの少ない娯楽映画向けの夢のようなシステムだったが、90年代にスティーブン・セガールの専売特許のようになってしまい、陳腐化した。

(もちろん専売特許なので、今年もセガール沈黙祭は続いている。だがしかしここまで量産されるとは予測していなかったのだろう、最近の邦題『沈黙の~』は、かなり強引です。『沈黙の挽歌』て……今後は『沈黙の咆吼』とか『沈黙の狂騒』とか『沈黙の爆音』とか、漢字二文字ならなんでもありになっていくに違いない。セガールって自分も監督で日本通なのに、原題をここまで跡形なくされて平然なのが不思議。でかいんだな、器が。というかアクション映画哲学が)

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 ジョン・ウー自身が高倉健映画の信奉者であることを公言しているので、あえて同じ役者の別キャラではなく、弟という設定を持ち出してきたのには『男たちの挽歌』というタイトルが売れてしまったこともあるだろうが、チョウ・ユンファの別の魅力も引き出したいという思いがあったのだろう。

 それすなわち、兄より軽い性格ながら、より義理と人情に厚く涙もろいという、任侠映画ではむしろ中盤あたりで非業の死を迎えそうな「善い人」。『2』のユンファは料理人である。怒りのあまり、すべてを捨てて最後は銃を握るが、この世に悪がなければチャーハンを作り続けていたに違いない。

 そして、泣くユンファが、私は好きなのである。
 というわけで『2』に思い入れが深い。

 『3』は『1』の前日譚なので、出来は良いが、むしろ観終わったあとに『1』をまた観たくなる。

 そして『4』……ではない。
 『最終章』だ。
 でも、続編ではなく、過ぎし日の物語ではなく、弟でもなければいとこでもなく、多世界宇宙のパラレル設定でもない。
 ていうか『男たちの挽歌』ではない。
 原題は『喋血雙雄』。直訳すると「血に溺れるふたりの英雄」といったような意味で、英語の副題は『The Killer』。全米公開もされている。直球である。殺し屋のユンファがいて、もうひとりの男がいる。ふたりはゲイではないので、そのあいだにはひとりの女性がいる。アクション映画に、これ以上なにもいらないすべてがそこにある。あとは、美しい映像と、しびれる男たちが用意できるかだが、そこは監督も俳優も『男たちの挽歌』シリーズ三作をヒットさせた折り紙付きのメンバーだ。

 というわけで、日本ではこれは『4』として売ればいいんじゃね? と考えもなく発言しただれかがいて、さすがにそれはいかんだろうというだれかもいて、落ちついたのが『最終章』だった。意訳すればこれは「あの男たちの挽歌シリーズのメンバーが撮った次の章」という意味であり、いわば日清がカップラーメンを新発売するのだからそれはもうカップヌードルと呼んでいい、というようなものである。よくはないが、嘘ではない。しかし、それが公式タイトルとして発売できてしまうというのが、沈黙の国ニッポンのすごいところではある。ダニエル・ラドクリフの新作に、魔法のマの字さえ出てこなかったとしても、この国では『ハリー・ポッターと』のタイトルで売られるだろう。

 というわけで本題に戻るが、とあるチャンネルで香港アクション映画特集をやっていて、そういうことがあると、私はすでに持っている作品をまた録ってディスクに焼く、という作業をしながら何度も観た映画をまた観るのですが。
 観ながら、思った。

「狼について書いたっけ?」

 検索してみれば、これらの記事。

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『ストラングルホールド レビュー』の話。

『狼たちの絆』のこと。

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 余談ですが、上の『狼たちの絆』の話に出てくる新作情報のないウォン・カーウァイ監督は、この年末、日本で小銭を稼いでいるようです。氏のプロデュースによるというつけまつげを見ましたが、ものすごかった(笑)。グレート・サスケの背中のブラックスワンの羽根みたいでした。



 なんにせよ、私のなかでも邦題のせいでごっちゃになっているのです。
 『狼たちの絆』と『ハードボイルド/新・男たちの挽歌』を絶賛してはいるが『狼/男たちの挽歌・最終章』についてはいちども触れていない。
 いかん。それはいかんぞ!!
 何度も観ている人間からしてもどれがどれだかになる作品群ですから、そんなにあなたが褒めるなら一本観てみようかなという方がおられるなら、むしろこれをオススメしたい。
 後述しますが、リメイクの話もあってタイムリーです。

 最終章と銘打たれながら『挽歌』シリーズとは無関係。
 『狼』と刻まれてはいるが、『絆』や『ハードボイルド』とも無関係。

 『男たちの挽歌』で時代を獲った熱は冷めやらぬまま、世界への野心も見え隠れする、アジアの辺境を舞台にした矛盾だらけの世界に広がる血の海。

 ストーリーは単純。
 殺し屋のチョウ・ユンファは、ミッションのさなかに女性歌手の視力を奪ってしまう。悔いるユンファ。それから女を見守りはじめ、目が見えないのをいいことに襲われかけたところで、我慢できずに飛び出す。

「なぜ私の名を?」
「君の歌を好きな男さ」

 映画がはじまって二十分で、ふたりはすっかり同棲する恋人同士である。
 彼女には角膜移植が必要だが、それには大金がいる。殺しの世界に戻るユンファ。要人暗殺。追われるユンファ。そこで今度は少女が巻き添えになる。みずからの危険を顧みず、少女を病院に運ぶユンファ。追う刑事も、少女を抱くユンファの姿に違和感を覚える。

 ただの殺し屋とは違い、冷静で頭がよく、思いやりと優しさがある。

 そう刑事は言う。少女を救ったなら、以前に自分のせいで傷つけた相手にも接触を図っているかもしれない……女の歌う店から警察に居所をつかまれるユンファ。その失態により、裏世界からも追っ手が差し向けられる。

 殺し屋だからこそ、金のための標的以外は傷つけない。ザ・キラー。その設定は、のちの傑作『リプレイスメント・キラー』でも使いまわされることになるが、アメリカでアジアンクールを魅せることに特化したその作品では、ユンファは寡黙で笑みを見せない殺しの職人のような演技を要求されている。だが、その原型となった『狼』でのユンファは、刑事たちと対峙しながら笑みを見せる。彼女の部屋にまで刑事が現れるが、もはやほとんど視力のなくなっている彼女に悟られないよう、ユンファは銃を突きつけた刑事に向かって演技を要求する。友人のふりをしろ。

 やがて運命の歯車ががくんと音を立てて狂い、殺し屋と刑事の友情は本物になって……

 最後がどうなるのかはここには書かないが、映画史上でも類を見ないやりすぎたメロドラマが展開され、唖然としてしまう人と、号泣する人とに人類を仕分けする。

 我が家のリビングには『リプレイスメント・キラー』の大きなポスターが飾ってある。それは、サングラスで、銃を構え、ミラ・ソルビノを抱く唇を引き締めたチョウ・ユンファが美しいからだが、動いている画、映画という作品としていうならば、もう少し若く、泣きそうな目元をした、緊迫した場面でこそ唇に笑みを走らせるユンファが、格別だ。

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 韓流リメイク(リウェイク?)された『男たちの挽歌 A BETTER TOMORROW』がオリジナルのファンの支持を得られなかったのは、ひとえにそこに尽きる。かっこいいのである。かっこよすぎるのだ。そうではなくて、かっこ悪いところが美しい、それが『挽歌』なのである。泣きそうな顔で、相手の瞳の奥を覗き込んで、でも俺はそれを選ぶんだよ、と。嗚咽を漏らし、ときによだれまでだらだらたらしながらすがりつく。それでも世界に修正できないすれちがいがあったとき、すべてを終わらせるための命がけとも呼べない自殺行為そのものな銃撃戦がはじまる。その図式。

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 アメリカでも、クールな男たちがジョン・ウー作品で二丁拳銃をかまえ白い鳩を飛ばした。それらの作品も駄作ではないし、香港時代よりスケールもアップした大作でもある。そういう意味では『リプレイスメント・キラー』のユンファの代わりができる俳優もいるかもしれない。だが、『狼』のユンファをだれかが変わって演じることはできない。そもそもこの役自体が矛盾しているのだ。いくら職人面をしたところで殺し屋である。頭がよくて優しくても殺し屋なのである。それなのに追いかける刑事さえ共感を覚える。失明させられた女さえ彼をかばう。観客は涙する。金のために赤の他人を殺す男に心奪われて。

 チョウ・ユンファだけにできる微笑みが作品の核。そういうユンファ作品が好きだから『挽歌』も泥臭い感情をむき出しにしまくっている『2』がイイ。そんなファンだから、香港を飛び出してからのチョウ・ユンファは、もったいない使い方をされているなあと思えてならない。恋する王様も亀仙人も弾丸坊主も禿げ海賊も禿げ剣士も、キャラありきで、そこにユンファを当てはめただけにすぎず。大作になればなるほど、アドリブの余地がなくなっていくのは仕方のないことではあるが、ユンファ自身にも大作志向があってボスキャラ的キャスティングを好んでいるようなのを考えあわせると、このままもう二度と涙とよだれだだ漏れで咆哮するユンファが見られない可能性は高い。残念です。

 昨年のヒット作『譲子弾飛』も日本では公開未定。


                                    
 私も、新作にユンファの名があっても観に行く気にならない。胸そらして上から見下ろして微笑むとかいうのは別の俳優でもできるでしょう。映画館ではめっきり中国ものがかからなくなったけれど、テレビでは香港ノワール特集。で、私も過去に酔って満足。苦労した時代にコメディ作品乱発したので、もう軽い演技はしたくないのかもしれないが、軽さこそがいいのになあユンファ。

 というわけで『狼/男たちの挽歌・最終章』は、笑顔と咆哮のユンファが作品中に見られる、ほとんど最後の作品です。この後は、恐い大物か、クールな男としてのユンファばかりで、矛盾したかっこ悪さを「俺もよくわかんねえんだけど、こうするしかないんだよ」と泣き笑う演技は皆無になる。
 だから観て『狼/男たちの挽歌・最終章』。
 映像には古さがあります(日本映画でもそうですが、特に十年ほど前の作品というのは、大昔の作品よりもヒロインが時代を感じさせます)。しかし、アップを多用する役者の顔演技に重きを置いた演出は、引き込まれずにはいられません。一時間半あまりのなかで、観客は泣き、笑い、激しいアクションの果てに脱力する。

 低予算アクション映画でさえCGの爆発シーンを使うようになる前、生身の人間の演技にすべてをゆだねていた時代。目の動きひとつで客の心を揺さぶる演技は、クローズアップされた舞台劇のそれだった。脚本を越える映画にするのも役者だし、それを引き出すのが監督で、記憶に残るのはそこに生まれた独特の空気感。それが映画だった。

 だった、なんて言っていちゃいけないんだけれど。
 ああ映画が観たいなあ、というときに、選べる『狼/男たちの挽歌・最終章』があるというのは、人類の幸せであり、いまに足りないものを象徴していると思う。熱すぎる人情劇にうっとうしさを感じる社会は、崩壊に向かっている。

 なんにせよ、ひとつの頂点。
 映画が総合芸術だというのを、地べたに這いずって撮りながら具現した、手作業の映画職人たちの到達点です。ブラウスの下にたっぷり溜めた血糊が透けて見えていたりもしますが、そういうことが許された最後の時期でもある。観ておくべきなのです。
 殺し屋でさえ、傷つけた相手に情を持つ。
 そこに生まれた矛盾をユンファが微笑う。
 なにも感じられなければ、あなたが転げ落ちている証左です。

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 おれたちは時代遅れだが
 犬のように殺されたくない。                                    
 でも…
 弾が残ってないんだ。
                                   
                                    
 『狼/男たちの挽歌・最終章』                                   

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 逝こうとする友に、ユンファは「ここにある」と答えて、いつでも自分の銃に一発だけ残してある、自殺のための弾を捧げる。
 弾丸はここにある。
 じぶんであれ友であれ、時代であれ。
 この手で終わらせるための最後の弾は、いつでも残されている。

 ジョン・ウーが、韓流『男たちの挽歌』に続き、この『狼/男たちの挽歌・最終章』を製作総指揮という形でリメイクするというニュースが流れた。うわさ話の類として最初は聞いていたのだが、どうやら事実らしく、続報によれば主演がチョン・ウソンで監督はイ・ジェハン。つまりは『私の頭の中の消しゴム』コンビであるという。『男たちの挽歌』のジョン・ウー&チョウ・ユンファで『ザ・キラー』という宣伝活動までリメイクする気なのか。だったら『狼/私の頭の中の消しゴム・最終章』にすればいいのに。確かに『狼』は映画史に残るメロドラマであり、あのラストを描けるのはそうとうに肝の据わった監督と俳優でなくては撮影中も「これ、観客大爆笑なんじゃね?」と夜も眠れないことになるだろう。その点、メロドラマはやりすぎくらいがちょうどいいことをヒット作飛ばしてその身で知っているふたりなら、そういった心配はない。

 が、さらなる続報を読んでおののいた。
 韓流『狼/男たちの挽歌・最終章』。
 3D作品になるのだそうだ。

 ……まあ、後半、弾丸の雨あられだが……もちろん白い鳩も飛び出すんだよね……いやしかし、ああチョン・ウソン、はにかみ上手な彼ならユンファを継げるかもとちょっと夢見たのに……3Dって客に向かって弾飛ばすってことでしょう。違うもん。銃撃戦ていうのは、こっちが撃つのに魅入るものなんだもんっ。緊迫感よりもわーきゃー歓声あがる飛び出す銃撃戦のあと、一歩間違えば大爆笑なメロドラマラスト……とりあえずやってみるジョン・ウー精神には感服しますが、大丈夫なのかそれは。

 『男たちの挽歌』よりも好きな作品なので、リメイク大成功を願いたいが。
 ひしひしとイヤな予感がするのです……
 むしろ時代遅れなジョン・ウー作品観たいんだけどな。

yunfat



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