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『かゆいということ』のこと。




 恋とはなんであろうか。

 ひとめ見た瞬間にびびっと電気が走るとか、その仕草を見ただけでその場にへたり込んでしまうほど対象以外の世界がどうでもよくなるとか、ほとんど話したこともないのにちからいっぱい抱きしめたくなるとか。
 そういうの。

 繁殖のための脊髄反射でしょう、というのが答えであっている?
 でも、ことヒトという種に限るなら、裸でマンモス追っていた頃はともかく、ちょっと知恵がついてから、ついこのあいだまで、自然恋愛という形態での繁殖のほうが少なかったんだし、だからといって、この子とこの子で、と他人に決められた相手と添うたから、なにか困ったことが起こるというわけでもなかったと聞く。
 たいていの場合、そこに愛は生まれるのです。

 なるべく遠くの土地にある優秀な血を混ぜることで種としての進化が促進されることに気づいてからの人類は、仲間内ではない、見ず知らずのだれかを繁殖の相手として選択するのが賢いやりかただと考え、それを実践してきたのだけれど、その方式がすっかり定着したのは、家庭を築きともに暮らしはじめれば、愛は生まれてそれでよし、と確信が持てていたからなのである。

 そもそも、ヒトはヒトを愛するものなのだ。

 だとすれば、相手はとにかく無害で無臭であればあるほどいい。危険な香りのする男とか、エロフェロモンを撒き散らしているような女は、どうせ生まれる愛の巣に、愛以外の問題を起こす確率が高いのだから、だれからも敬遠されてしかるべき。
 なのだけれど。
 お子様同士の淡い恋はともかく、大人同士の恋は、エロスとかバイオレンスとか、アクション映画に欠かせない要素を相手に感じることではじまってしまうケースが少なくない。

 これはどういうことなのだろうか?

 単純に恋というものを愛へと続く結節点だと考えれば、動物の本能としてエロさは繁殖能力の高さであるし、デンジャラスバイオレンスな雰囲気とはすなわち修羅場を生き抜く肉体と精神の強さそのものであるのだから「強い次世代を多く作る」という目的には添っている。だが、そんな単純なものだろうか。少なくとも私は、恋心を繁殖につながる生殖本能の耐えがたい慟哭というふうに感じたことはない。

 とすると、恋とはもっと個人的なものではないのか。

 時代劇のなかで、お見合い相手にはじめてあって互いに頬を染めるのは、そこからはじまる愛の生活と繁殖を目的とした種の生存戦略が、なかば成就されたという安堵感、開放感、もうあとはヤりまくるだけという娯楽の少ない世でのワクテカ感が大きいのではないかと思われる。だって、その時点でわかっているのは、相手が異性であり、今夜から毎夜の床の相手だということだけなのだから。出逢った瞬間に外見や内面に惚れて首筋まで赤らめる、などということは、そうそうないはずである。

 しかし、現代における自由恋愛での恋感情によってヒトがほっぺたをほんのり桜色に染めるとき、そこでは、種の生存戦略の成就などという高まいなテーマは語られていない。
 それは要するに、個人的な至福だ。

 なにが至福かといえば、見つけてしまった幸せであろう。

「なにこのパンダのミントチップパフェ、かわいすぎるぅ」

 というのと、萌え異性を発見したときの瞳のキラキラ具合は、なんら変わることがない。新発売のお菓子にへらりと笑ってしまう至福と、この世にはいまのいままで知らなかったあんなエロかわいい仕草をするヒトがいるんだというへらりは、似て非なるものではなく、同じもの。

 だって、そこに繁殖は関係ないのである。
 どうせ愛は生まれるし、だれとでもセックスは気持ちいいものだし。
 そういうことをいうのなら、性愛などというもの自体が、性交をさしているわけではなく、豆腐を握りつぶすことでイケるヒトもあれば、遠くから見つからないように眺めることこそ濡れるという向きもありましょうし、そうであればたとえば、にへらと笑いながらシュークリームにかぶりつくのも、重たい鉄アレイを見ると持ちあげたくてうずうずするのも、トイレの音が恥ずかしくて水を流すなどというのでさえ、恋の一種一族類似品。美味しそうなマロングラッセによだれが出るのと、チョココロネみたいな縦パーマがキュートな女子に胸トキメクのは、自分の趣味に合致したなにかに脳内興奮物質をだだ漏れにしている点で、類似品というよりもほぼ同じな情動反応だといえましょう。

 このようなことから、話をまとめますと。

 恋とはなんであろうか。

 それは、世界を自分好みに変革したいという欲求。

 いや別に、かっこいい男子を見たから、それを軒並みクッチマオウとか、そんなことをあなたが思っちゃいないのは重々承知していますが、しかしヒトが動物である以上、やはり脳内興奮物質のだだ漏れ状態は、逃げるためか、獲物を狩るためにしか起こりえない現象であるはずで、だったら順当に考えて、あなたはやっぱりその男子を狩りたいのです。

 というよりも、恋をした時点で、すでに手に入れたとも表現できるかもしれない量子物理学の魔法。視たものが確定され、確定された事象の積み重なりこそがあなたにとっての世界のすべて、という視点にもとづくならば、あなたが恋をしたのは、まさにそのためです。

 このネットの世界がヒトを癒すというのも、そういうことだといえましょう。あなたは恋した言葉に、映像に、ブックマークする、フォローする、フレンド登録する。それは世界をひろげているようでありながら、逆の視点では、確定された領域を増やすことであり、限られた人生の時間のなかで、出逢うヒト、思想、空間を、制限していく行為でもある。

 その行為を突き詰めていけば、いつか、世界はあなたにとっての楽園になる。
 
 簡単なのは、四畳半くらいの部屋から出ないで、男の子ならギャルゲー、女の子ならBL本あたりを壁に山積みして、それらの物語世界への恋で自分自身を埋めてしまうこと。部屋を出て、ちょっと出歩けば、世界がなかなか思い通りに恋心で制御できないことに気づいてしまうでしょうが、ツワモノになると、社会生活を送りながら脳内に自分だけの恋の四畳半を維持できるようにもなれるという都市伝説。

 もちろん、繁殖という意味でも、これだけ自由恋愛が幅をきかせ、お見合いなんてちょっとねえ、という風潮が高まったことを思えば、現代人はきっと野望を持ちはじめたのです。自分と同じ種が増えるだけでは満足いかない。自分好みのヒトが増えると幸せ。具体的に考えてはいなくても、やさしいだけじゃなくて、ときめかないと一緒になれないというのは、自分がトキメク子孫を作りたいという戦略であって、それはもはやヒトという種の生存のためではなく、個人的な自分好み帝国を創造しようとする神さえも怖れぬ行為なのです。 

 萌え、なんていう言葉が市民権を得たのも、恋が重視される種族へとヒトが変わりつつある証左です。見た目? 雰囲気? 装着アイテム? いや、本来、動物なら繁殖期に重要なのは、相手が健康な異性であるかどうかだけであって、そうでなくおれをあたしをときめかせてちょうだいなんてのは、ものすごく自主禁欲的な、種の本能を抑え込んででも恋心を優先する指向。しかしまあ、いまやデートの作法として「隙をみせる」なんていうのを実践するヒトはいやしません。みせたところで相手は襲いかかってきませんから。まずは相手の萌えを、恋心を刺激して、世界の一部にブックマークされる必要があるのです。

 あたしはここにいるけれど、それはあたしがあたしだからであって、彼にとっては、まず視なければ確定されない恋未満の存在。
 意外と、ニーソックス? 即フォロー、とか、そういう次元の話だったりもするのですけれども。

 と。
 ブログタイトルとまるで噛みあわない話を続けてきましたが。
 わたくしごとですけれど、このところ、庭を掘っていまして。

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・いよいよ涼しくなってきて、帰ってから小一時間の庭を掘る作業(バイク用ガレージ制作中につき)が習慣づいてきたのだが。暗闇で穴掘っている男の姿に気づいて通行人がひっ、と息を飲むのにこっちが驚いてしまう…

・目の前通学路だし、さっさと仕上げないといつか通報されるだろう。それにしても木の根が難敵。よく映画で森で屍体埋めるのにさっさと穴掘っているが、あんなのぜったい嘘。


twitter / Yoshinogi

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 そういう状況で。
 夜です。
 そばにランタンとか置いています。
 小一時間で、蚊に噛まれまくるのです。
 ちなみに、仕事で白衣着ている弊害でしょうか、私、蚊取り線香とか、虫除けスプレーとか、嫌悪しています。あんなものおまじないです。ていうか実際に虫に効くものは、ヒトにも悪影響なわけで、副作用のない医薬品など存在しません。それでも世に流通しているのは、蚊に刺された場合に、伝染する病気というものが存在するからです。大きな危険を避けるための、小さな危険という考えかたですね。だからもちろん虫除けの使用は推奨されるのですが、私個人としては、リスクを負っても、虫を殺せる薬を焚いた部屋で眠ることなどごめんこうむります。
 というわけで。
 ザックザックと素肌で穴を掘ります。
 余談ですが、私は噂の蚊の好物とされる血液O型です。
 そのせいなのかなんなのか、いやあ、ものすっごい噛まれます。

 いえ、正確には、刺される、ですね。
 世の中には、蚊に刺されても、まったくかゆくならないヒトが、けっこうな数でいます。かゆくならないんだけど腫れるのよ、かゆみ止めの入っていない虫刺されの薬ない? というのは少なくない質問で、しかし、かゆくなくても腫れるということは虫の毒に反応しているので、結局のところ、その炎症を鎮静させる成分は、かゆみ止めだったりするのですが。
 それでも、耐性、と呼んでいいものなのか、私自身、刺されてても、掻きむしるほどの耐えがたい状態に陥ることはなく、蚊に刺された腫れが翌朝に残っていることはまずありません。以前はそういうことはなかったので、どうやら刺されまくっているうちに一種の進化を遂げた模様。

 ですがこれ。痒みに耐性ができると、なおさら虫除けは使わず、しかし、蚊の媒介する病に対して耐性ができたわけではむろんないので、とても危険な慣れだとはいえます。日本の熱帯化で、熱帯熱マラリアなんかが流行するかもという記事を業界誌で読みましたし、そういうものがまた大流行したなら、私などはまっさきに餌食でしょう。

 で、これのなにが恋の話につながるかといえば。

 さっき「虫の毒」と書きましたが、蚊の口の針からにじみ出しているものって、かゆみを生じさせる毒ではない。当たり前ですが、蚊は恋などせず、いまだに知恵の足りない生存戦略を続けているのです。とりあえず、にじみ出ている液で、ヒトの血は凝固しなくなる。冷えすぎたマックシェイクは吸えないようなもので、音も立てずすばやく飲むには、ちょっと飲み物の側をやわらかくしてやる必要があるのですね。蚊の出しているのは、そういう成分。

 生存戦略ですから。
 かゆいとか、腫れるとか、そういう目立った現象が起きると、蚊にとってはまったく得になることはないのです……そう……つまるところ、得をするのはヒト。

 アレルギーとは、総じてそういうものだったりします。
 近ごろの花粉症なんてのは誤作動だとされますが、あれだって、むかしは多くなかったということは、なんらかのヒトという種の発している赤信号なのかもしれません。この星やべえよ。逃げろよ。ええ。蚊は、血を固めない成分を注入するだけ。でも、ヒトがそれをかゆくしている。遺伝子が、アカシックレコードが、この世界線が、その虫から逃げろとヒトの肌に浮かびあがらせる聖痕。だからヒトは、腫れた虫刺されにツメで十字を刻むのでしょう。魔除けです。

 え? で、なんの話かと?
 だから。

 ヒトは、ついに性衝動さえ凌駕して声しか聞こえない声優に萌えたりもできるようになったというのに、花粉だの蚊だの、そういったものへの無条件な聖痕乱発は迷惑だからやめていただきたいということである。かゆくされたところで、私は穴を掘り続けるのである。
 私の恋路を、なぜ私の免疫系が邪魔をするのか。
 薬で抑えればいいのか。
 しかしそれでは自分自身の本能への敗北宣言ではないか!
 私は襲わず萌えられる現代人類の先鋒である。
 なぜ自分の肌さえ制御できない!?
 掻きむしるほどかゆくはないが、まったくの無感覚ではなく、むずむずするその感じは、やっぱり不快なのだった。
 いつか越えられるのか、このサガを!!
 ていうか私のまわりを飛びまわるのをやめろ気が散る!!

 そういうことをぶつぶつ言いながら掘っているので、なおさら不審者です。
 いよいよ涼しくなると思ったのに、九月なかばで再び夜中に汗だく気温。
 誤算でした。
 秋の季語たる赤蜻蛉はめっきり減ったとなげかれるのに、蚊の数がいっこうに減らないのはなぜなのか。ヒトがあるところには水もあるから蚊は増えるのだという。トンボが生まれない澱んだ水たまりにも、ボウフラはわく。だとしたら、間違いなく水のない砂漠には蚊はいないのだ……

 屍体も瞬時に乾くような砂漠で、穴を掘りたいとは思わないけれど。 
 
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 狭くうねうねと続く道をさらに登ると、ライオンが行く手に立ちふさがっている。ライオンは感情の全領域を表す。すなわち共鳴、反感、悦楽、嫌悪で、これらは聖杯を探索する者が支配し厳しく制御しなければならない感情である。ライオンを征服するために、彼は感情を思考と等しく非個性的かつ客観的なものとしなければならない。それによって感情自体の力は霊感を受けた認識の形をとり、個人の私利的な好き嫌いを離れた実在性を示す。
 そして騎士たちがドラゴンに立ち向かいそれを殺す時が来る。ドラゴンが表すのは、解き放たれた本能、欲望の力──最も強く最も献身的な意志の力がそれを制御しようとする時、猛然と反撃する悪魔の、けっして満たされることのない欲望である。


トレヴァ・レヴンズクロフト
『ロンギヌスの槍 / オカルティスト・ヒトラーの謎』

 Longinus
 
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 アドルフ・ヒトラーは、嫉妬深くて束縛狂で、女に対して怒鳴り散らすわ暴力ふるうわの激情型恋愛家でありながら、睾丸がひとつしかなくて勃起できなくて、寝室では縛られて物理的に傷つけられののしられることを望んだといいます。暴力亭主なのにドマゾでおれをののしって蹴ってイカせろという毎日に、混乱の果てに自害した相手もいたとか。
 そして、その極度に敏感になった異常性欲と満たされない恋心の持続性のおかげで、ヒトラーは人生を通じて途切れない集中力をもち、ヒトよりも悪魔の領域に近づいていったとか。 

「若く素直な女性を得るのがどんなに素晴らしいことか、ヒトラーが知っていさえすれば良かったのに」

 ヒトラーの部下が、そう語っている。
 つまりは萌えごときに満たされればヒトラーさえも普通の人で野望の成就など考えもしなかったであろうということ。逆説的には、役に立つ性器も持たず、ただひたすらに自分を追い込むことができるぎらぎらと目を見開いた男だけが、だれよりも深い穴を掘る集中力を手にするということでもある。

 そんなこんなで、涼しくなるのを待ちながら、私はのんびりやることにします。
 言っちゃあいるけれど、本当に蚊に刺されても免疫系が反応しないまでになにかに集中できる状態にヒトがなりえたとき、そのヒトはもう、ヒトではないということなのですから。


 

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