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『仮面ライダーフォーゼの月』のこと。




 このプロット、このデザイン。
 失望すべきではない。
 そこにはあきらかに「狙った」意志が見てとれる。

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『仮面ライダーフォーゼ』公式サイト

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 それにしても、
 「仮面ライダー」生誕40周年は、さすがに原点回帰だろうと考えていた我々の浅はかさを笑うように(ていうか『W』で回帰に挑んで成功してしまったから、もはやその手は使えなくなってしまったということなんだろうけれど)、まさかの、

「有人宇宙飛行50周年」

 いやなぜそれを仮面ライダーで祝祭せねばならないのか、ライダーぞ。バイクは? ロケットて。そりゃあ仮面ライダーにいまからあこがれてバイク乗りになろうなんておぼっちゃんが免許とるころには、ホンダもヤマハもカワサキも電気でバイク走らせているでしょうから、そもそもの石ノ森スピリッツである「悪の力も正義の心で使ってしまえ」という仮面ライダー魂を表現するには、むしろロケットエンジンなのかもしれませんが。でも、有人宇宙飛行50周年はウルトラマンに祝わせてやるべきじゃないかなあ、と仮面ライダー派の私でさえ思ってしまいます。

 というわけで。
 ウルトラマンを意識したのかどうかは知りませんが、スペースシャトルの引退で宇宙船てのはやっぱり飛行機型でなくてロケットですよ尖った形こそ最強。というところにも乗ったのかどうかは知りませんが、仮面ライダーZZZZ(公式サイトには見あたりませんが、たぶんこの表記でしょう。スヌーピーがいびきかきながら寝ているところを思い浮かべてしまいます)のあたまも尖っています。

 なぜロケットを模したのか。
 せめて宇宙服を、最悪、スタートレックエンタープラズ的円盤デザインとか、いっそミスタースポックを模していれば、スマートライダーになった可能性もあっただろうに。

USS Enterprise

 初見して口もとを押さえ、天井を見上げて熟考しました。
 これまで読んだどんな哲学書よりも、人生について考えずにはいられません。
 ちなみにいまも左足の骨にヒビ入っているのですが。
 これも、バイクでのケガです。
 仮面ライダーがバイクに乗っていなければ、私はいま別人だったはずです。
 それが、あたま尖らせてロケットときた。
 電車のときより問いかけは深い……

 考えたすえ、プロットを読んで、結論づけた。

 主人公の如月弦太朗はリーゼントで短ラン姿のバッドボーイ。
 転校早々「学園の生徒全員と友達になる」と宣言するゴキゲンな野郎。
 彼はヒーローと学生をどう両立させていくのか。

 公式設定がコレである。
 青春痛快エンタテインメントと銘打ってもある。
 そりゃあもう学園でコメディということで。
 むしろ永井豪の学園ものを実写化したB級邦画たちを想い出す雰囲気だ。とはいえ、その道の人々にとってめーらめらなことに、けっこう仮面が実写ならそれだけで90分観ていられるというピンポイントなことも事実。
 だとすれば、たぶん、今回撃たれているのは、私だ。

 私は仮面ライダー好きではあるが、正直なところ、石ノ森章太郎原作の特撮といえば、『有言実行三姉妹シュシュトリアン』を筆頭にあげる。あのころの、ただれた昭和の、もうこのまま朽ち果てていってもいいやといったアンニュイな幸福感こそを、抱いたままいまも生きている。



 そんな私としては、『シュシュトリアン』が最終作とされる、いわゆる「東映不思議コメディーシリーズ」の復活最新作として『仮面ライダー フォーゼ』を観ようと思うのであった。

 原作・石ノ森章太郎

 仮面ライダーである以上、フォーゼも、そうクレジットされている。
 宇宙で青春とか腕にロケットつけてどーんとか。
 イッシーが生きていたら、確かにそろそろ『シュシュトリアン』風味な世界観で、世界を明るく楽しく激しく脱力させてくださっていたころかもしれない。
 フライドチキン男的なキャラも出せばいいじゃない。
 扇子ひろげて妖怪うちすえたりとかもやればいいじゃない。
 宇宙まで行くなら、緑色のドロドロしたのとか、毛むくじゃらのボールとか、Haloのフラッドとか、そういうクリーチャーとも戦ってほしいぜフォーゼ。

 いや、まじめな話。
 子供に夢を与えるのにオートバイよりもロケット、革ジャンよりも宇宙服だと決めたのならば、コメディであっても、そこは描かないといけない。

 宇宙、それは最後のフロンティア。

 私はトレッキーでもある。
 宇宙へ行く仮面ライダーへひとこと言わせて。

 未知のものを知る。
 それを描けなければ、宇宙開拓ものは絶対に失敗する。
 子供だましでいい。
 それでも描こうとして。

 仮面ライダーの概念を破壊したきみたちだできるだろう。
 こんな狭っくるしい地上が、世界のすべてではないと。
 仮面ライダーがその道を走るのなら、その道は現実にあるのだと信じる子供たちと、いまでも信じている私に、開拓すべき宇宙があり、宇宙にとどまらず、まだまったく考えもしていない未知なる新世界がどこかにあるのだと、信じさせなくてもいいから、描いて。

 石ノ森章太郎原作とは、そういうことだ。
 悪でさえ正義に描いた。
 有言実行三姉妹は酉年の平和を守った。
 仮面ライダーは宇宙に行く。
 フォーゼは私たちをメザメさせ、数年後には、当たり前のように、夜空の月を見上げて想うことだろう……

「ああ、あそこで仮面ライダーは戦ったんだ」

 だから空にも正義はあると。
 生きる力を得るだろう。
 フォーゼのおかげで。
 空は、もっと広くなる。
 きっと。

 放送開始から40年、今なお「仮面ライダー」は進化を続ける!
 そう言いながら、製作発表から番組紹介まで、いっさいオートバイが出てきていない。これはあえて見せていないと勘ぐるのが正しいでしょう。なにせ仮面ライダー。最初は車の助手席だった仮面ライダー響でさえ相棒はバイカーでしたし、電車乗りの電王も運転席はバイクでした。無理やりにでもバイクに乗るのが仮面ライダー。まさか進化を続けるフォーゼがロケットの操縦席がバイクなんて二番煎じであるはずはないし、これはまさかの、これはまさかの、これはまさかの……コブラのエアバイク的なあれなのか……

COBRA

 宇宙をバイクで飛びまわる仮面ライダー。
 フォーゼのアストロスイッチ左腕の初期設定はレーダーらしいが、もちろん仮面ライダー商法のためにがんがん着け変えていくのだろうから、もうここは宇宙でバイク乗るならサイコガン的なあれもそれしてあれってほしいものです。
 主人公がリーゼントというのも暗喩なのでしょう。どう見たってアホな髪型だが、それを本気でかっこいいと思わせた時代がこの国にはある。やりすぎれば、頭が尖っているのがヒーローのあかしみたいなことになって、子供たちも円錐に丸めた新聞紙をかぶって宇宙を目指すに違いありません。ある意味その光景は、新聞紙の兜と日本刀や、風呂敷のマント、みんながみんなそれぞれの夢を見ていたこの国の時代を思わせるものである。そのあたりをも狙ったのだとしたら、フォーゼとはなんとメッセージ性の高い造形なのだろうか、私は置いて行かれてしまっているなあ全速力で追いつかなくては、などとも思ったり思わなかったり。

 いろいろ複雑な想いのまま、待っています。
 言っておくけれど、ものすごく期待しているんだからねっ。
 (いや、だれに向かってのツンデレだかわかりませんけれども……) 


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