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『チキンマリネ』の話。



「なんのにおい、これ」
「んー? ああ、におう?」
「なんか、ぬるくてすっぱい」
「唐揚げ、あげてたから」

 洗面所の水の音が止まる。
 出てくるのは、想像通り。
 すっぱい顔。

「……メールしただろ」
「うん。どうだった、歯医者。泣いた?」
「まだ麻酔効いてる。いまも、うがいしたら床にこぼれた」
「へえ。来て」

 両腕をひろげる。
 誘われて、ソファに座る。
 ちゃんと腕のなかに座らなかったから、
 もう、と、両手で顔をつかまえた。
 何本か、そり残したヒゲが手のひらにあたる。

「だから、さわるなって」
「腫れてないね」
「それどころか、へこんでる」
「大きなペンチでやったの?」
「いや。ちょっとずつ、くだいて」
「プロレスラーみたいな先生だった?」
「ポニーテールの女の子みたいな人だった」
「指、入れられたんだ」
「そりゃそうだろ。どうやって抜くんだ」
「ふうん」

 しゃべるたびに、あごの骨が動く。
 両手の中指で、耳の後ろのツボを押す。
 なにに効くのかは知らない。
 親指を、くちびるの左右の端につっこんで、
 いーっ、て、させる。

「はひふるんは」
「左だけ、痛くないの?」
「よふははんへえほ」
「こっちこそ、よくわかんない」
「やえお」
「やめない。あーん、して」

 覗きこむ。
 よく見えない。
 血のにおいがする。
 ふうぅ、と、口のなかに息を吹き込む。
 ほぉ、と、瓶の口を吹いたみたいな変な音がする。

「よだれ、たれるだろ」

 手を出された。
 きずつく。

「うん。よだれ、ついてる。紅いよ」

 吸血鬼は、愛を知る。
 牙はないから、なめて知る。

「やめ……っ」
「雑菌はいっちゃう?」
「そうじゃなくて」
「痛くないんだよね」
「そうだけど」

 なめる。
 舌をいれる。
 もっと。
 もうちょっと。
 もっと奥。
 あ。
 こんなに奥を、なめるのは、はじめて。

「ん……」

 声はおなじ。
 味もおなじ。
 でも、奥に、穴。
 ふれたことのない場所を、舌でなぞる。
 ふれたことがなかったのに。
 くだいて、とられた。
 ゴミ箱に捨てちゃったのかな。
 あるのは、肉の裂け目。
 いじると、あふれてきた。
 血の味が濃くなる。
 きっと舌が染まってる。

「く……ふぅ」

 眉毛と眉毛を寄せている。
 痛くないけれど、不快なのかも。
 ポニーテールの先生は、傷を広げないように。
 指をねじこんだりはしなかっただろう。
 穴。
 埋まる前に埋めなくちゃ。
 舌先を、ねじりいれる。
 もっと裂ける。
 感触があった。
 ちゃんと埋めた。

「っと、なにをっ」

 唇をはなす。
 今日は手を出される日。
 暴力的だ。
 きずつく。

「穴、あいてたから」
「からってなんだよ」
「あごの骨にさわった、たぶん」

 笑えた。
 骨をなめたのも、はじめて。
 すごく深い。

「血、あふれてきたんだけど」
「ちょっと、寝る?」
「……なにサカってんの」
「ごはん、もうできてるから、平気」
「揚げものは、歯茎に刺さるんだって」
「マリネだから」
「マリネ?」
「唐揚げ、冷えて濡れてぬめぬめだから」
「気持ち悪いこと言うな」
「すっぱいの、染みる?」
「さあ……どうだろ」
「パンはふわふわの買ってきたよ」
「マリネはひとりで食う気かよ」

 肩をすくめる。
 ため息をつかれる。
 隣の部屋に行って愛しあう。
 傷は、すぐふさがる。
 血も、流れなくなる。
 埋まったから。
 だいじょうぶ。
 すっぱくても、平気。   

Marinade

Yoshinogi Takumi
 Shonen-ai Cooking Elegy
 Song 11
 『NOT SOUR (...though sensitive)』

(吉秒匠
 BL料理哀歌
 11曲目
 『すっぱくても、平気。』)
  
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○材料

野菜 適宜
鶏肉 適宜

酢 1/2カップ
オリーブオイル おおさじ1
レモン果汁 おおさじ1
白ワイン おおさじ1
塩 こさじ1
ブラックペッパー 適宜

(私は無類のすっぱいもの好きなので、酢はがつんと喉にくる安い穀物酢でなければなりませんが、一般的には米酢やワインビネガーを使用するものらしいです。唐辛子をあらかじめ入れる作法もありますが、どうせ私はタバスコ常備なので、レシピをシンプルにするため入れませんでした。鶏肉はモモでもムネでも美味ですし、面倒だったら総菜屋で唐揚げ買ってきても良し。私は休日に弁当用の唐揚げをまとめて作って冷凍するので、半分が弁当、半分はマリネ、でモモ肉500グラムくらい)

○作り方

 マリネ液をボールに作り、鶏唐揚げを作って熱いうちにぶち込みます。
 唐揚げは、片栗粉に塩コショウまぶしたので揚げるとあっさり。薄力粉だとしっとり。どちらにせよ、液に浸けるので食感は関係ありません。よって、がっつり衣をつけたフライドチキンというよりは、粉をふった素揚げといったイメージで仕上げてちょうど良いくらいです。
 唐揚げ粉を買ってくるなら、しょうゆの入っていないクリスピーでスパイシーなのがオススメ。
 野菜は、生のものはそのまま。
 茹でたのは荒熱をとってから、これもぶち込みます。
 あとは冷やすだけ。
 食べる数時間前に、ボールから手で皿に掴み盛り、そこで再度冷やせば、マリネ液がまんべんなくからみます。

↓鍋で沸かしたお湯に野菜を入れて一分くらい。

Marinade1

↓揚げたニンニクと生のセロリを入れたマリネ液。

Marinade2

↓漬けたて。このあと半日くらいは置きたい。
 緑の野菜が疲れた感じの色に変わるまで。

Marinade3

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 この料理のなにが優秀といって、小説のなかでもそうなように、だれかが家に来るというとき、遊ぶ時間をたっぷりとって、おなか空いたね、そういえばドア開けたとき、いいにおいしてたね、なんて会話を振られて、冷蔵庫からステンレスのボールでフタをした大皿を持ってくる。
 それだけで、わあ、って言ってもらえるところ。
 マリネだから、冷めることも、乾燥することも気にすることなく、そのあとは映画でも観ながら、ワインかたむけて、バゲットちぎって、ナマのニンニクってきつくない? みたいなことを言いながら、それでも気にしないでいい相手なら、なしくずしで、朝が来て、フタをするのを忘れていたって、チキンマリネはまだ食べられる。

(チキンマリネと表記すると、酢漬けのチキンを焼くという料理のほうでとらえられがちですが、せっかくのすっぱいチキンを焼くだなんてもったいない。マリネとは漬けること。漬ける料理は、漬けた時点で完結してほしいものです)

 パーティー料理としても、下ごしらえが料理の100%であるというメニューはなかなかない。オープンサンドとか、やったことあるひとならご存じのように、パンは野菜の水分でびちゃびちゃになってくるし、クラッカーなんてなにものせていなくても小一時間でしけってくる。マリネ万能。ただし、すっぱいもの苦手な人がいないかどうかは事前調査をオススメ。あ、あと翌日、一日家にいられるという状況でないなら、ニンニクはチキンと一緒に揚げてから漬けるべし。それで匂いがなくなるわけではないですが、マリネで食べる生のニンニクの破壊力は自分ではなくて他人を襲いますので。

 以下、マリネ向け野菜の良し悪し。

 ニンニクは入れるべき。
 ショウガは全体の味を崩します。
 ブロッコリーやカリフラワー、ナスなど、生では食べにくく、茹でることでスポンジ状になってしまうものは、炒め物では油を吸って主役級ですが、マリネにぶち込むと、すっぱいもの好きな私でもしんどいくらいな酢の爆弾になる。じゅわー、鼻につーん、という感じ。で、写真を見ていただければおわかりのように、その爆弾を作るべく、カリフラワーもブロッコリーもズッキーニも今回はあえて入れています。鼻につーんと来てナンボでしょうマリネード。覚悟して。

(マリネ液のことを発音するときはレモネードの親戚のようにマリネードと呼ぶのが正式らしく、それを使って調理された料理のこともそう呼ぶというので、言語学的にも、この料理の主体は液のほうにあり、マリネードに漬けられたものはすべからくマリネなのです)

 粘りけのある野菜はやめたほうが無難。レンコンとか、やってみて気づくのですが、さっぱりすることでつまらなくなる野菜というのはあるものです。
 キノコ類は可も不可もなし。
 イモ類はやめておこう。
 アボカドを入れるとものすごく変色します。味は悪くない。
 キャベツの千切りとかが、意外にものすごく良い。焼鳥屋さんで、刻みキャベツに酢をかけただけのものを出してくる店があるけれど、こちとらチキンエキスまでばっちりですからね。このキャベツだけで朝まで呑める人だっているはず。

 マリネっていいものです。
 私は南蛮漬けも好きです。 
 ん? 南蛮風って、洋食のことだから、おなじものか。
 醤油をソイソースと呼べば、調味料変えただけの双子。

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『砂肝の南蛮漬』の話。

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 肉を揚げて酢に漬ける。
 なので、当然、マリネ液に揚げた砂肝だってアリだし、南蛮漬けにフライドチキンだってアリ。国で料理をわけるなんて、もはや思いこみでしかないでしょう。

 マリネの語源は、当たり前のように「marin=海」。
 てことはきっと、もとは酢ではなく、濃度を高めた海水に漬ける、長期保存用の漬け物ではないかと推察されます。そうなるともう、まわりを海に囲まれた漬け物の国の住人としては、塩っ辛さをすっぱさに変換して成り立ったマリネードたちも愛娘。なにが南蛮漬けか。それはうちの国で生まれた料理だと、言い張るべし。

 むしろ高温多湿なのに密集して棲むことを選択してしまった現代の日の本の国こそ、現代の漬け物としてマリネを食うべきです。スピード化された日常で、朝作って夜食べる、くらいの持続力を持つマリネさんこそ、明日をも知れぬ現代人のために適宜な保存食。

 梅雨だ、夏だ。
 すっぱいもの食べたい。
 カロリーも摂りたい。

 じゃ、キンキンに冷えたぬるぬるに濡れた肉ですよ。
 酸味が鼻に抜けて、ビールとクラッカーですよ。
 何時間もかけて食べましょう。
 なんなら、ピクルスもつけましょう。

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『ピクルスをつくってみる』のこと。

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 黒ビールもいいですな。
 もういいか、ウォッカいっちゃうか。
 なんかこういう料理をつつきながら呑んでいると、揚げたての唐揚げとか、生のキュウリとか、なんたる若造かと思います。漬かってこそですよ。すっぱさこそが味です。芯まで染みて、酸味が攻撃力にさえ転じたころあいが絶頂です。

 漬かりすぎると、ふにゃふにゃぺっ、なので。
 それはそれで教訓。
 緊張感を維持した味わい深さを、身にまといたいものでございます。
 しみじみ。

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Yoshinogi Takumi
 Shonen-ai Cooking Elegy

10曲目『踏み絵ムルギティッカ』
9曲目『ひとくちだけカトルカール』
8曲目『春節の静かな賞品』
7曲目『ナンを焼くと両手がつかえない。』
6曲目『タマレってなに?』
5曲目『あらいぐまのすきなもの。』
4曲目『ピッツァみたいにぼくを食べてよ!!』
3曲目『クリスピー・プロ・フライドチキン』
2曲目『青くてカタいアボカドのパスタ』
1曲目『春餅/チュンピン』


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