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『インスタントミーゴレンを食す』のこと。



 歯科医というのはたいてい陰険な人間ではない。


 マイケル・シェイボン 『ユダヤ警官同盟』

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 最近の歯の詰め物って白いんですねえ。
 口のなかでぴぴぴぴぴぴぴーんとアラームが鳴ったら新しい歯になっているという初体験は、なんだかプチ改造人間化手術をほどこされたようで心が浮き立ちました。

 それはさておき。

「歯石もないのに、どうして腫れているのかしら?」

 前回、親知らずを削ってもらったら、翌日から歯茎が腫れたということを書いていたのですが、あれ、本来は腫れる予定などではなかったようで。
 またレントゲンを撮られた。

「ああ、確かになにかある感じはするわねえ」

 女医さんふたりで、スケルトンな私のアゴを解析中。
 照れます。

 でも、けっきょく、特定にいたらないまま、削ったところが頬を傷つけないように詰め物で丸く加工して、もう一週間ほど様子を見ましょう、ということで。X線防止の鉛のエプロンを着けたまま、大先生に宣告されます。

「ヨシノギさん。わかっていただけると思うけれど、その歯、ものすごく治療しにくい場所なの」

 ええ、それはもう、削って埋めてしてもらっている作業のあいだに、先生のピンクの白衣(?)越しに、ブラジャーのレースの数を数えることができましたから、おでこで。たぶん、跡ついていますよね。歯医者というのはたいてい陰険ではなく、ポーカーフェイスが決められなくて警官の尋問に弱く、作業にのめり込むと乳で患者のおでこをこすり続けていることも忘れて前のめりになってしまうようです。

「優劣つけるわけではないけれど、せいいっぱい開けても、ヨシノギさん、口が小さいというのも、歯医者泣かせなの」

 はあ。つまり、やんやりと、劣であると言われている。
 口を開けろよ歯が当たって痛いだろうが、えーだってぼくもうむり、京二のがおっきすぎるんだよぉ、というような会話が頭をよぎりますが、実生活で、口が大きく開けられなくて怒られたことなどない私でしたので、これも初体験です。ごめんなさい先生。で、京二ってだれだ。とっさに頭に浮かんだが、格ゲーのキャラでしたっけ? そういえば、遊郭の時代には、若くして歯のないことを売りにする遊女さんもいらっしゃったとか。まあ、そりゃ、感触として気持ちよくはあるでしょうが、個人的には萎えてしまいそうです……

 ともあれ。
 にっこり笑って言われました。

「これで次、なにか問題出たら、抜きましょうよ」

 ふらりと入った歯科ですが、この美人先生、なぜにこうも歯を抜きたがるのか。先週は、きれいに生えた親知らずねと感心さえされたのに、歯茎が腫れたくらいでよくわかんないけどとりあえず抜けばOKよと。きっと得意なんでしょうね、抜歯。でもなあ、いろいろ聞くしなあ、すっかり大人になってから親知らず抜いて、数年後もアゴがしびれている、とかいうひとも知っているし。

「麻酔しているんだから、痛くないから」

 いえね、抜いたあとが不快なんじゃないですか、小さい口内炎ができただけでほっぺたごと切り落としてやろうかと思うくらいイライラするのに、なにを好きこのんでちゃんと生えている歯を抜いてアゴの骨に穴を開けますか。イヤですよ。

 しかし、出逢って、通算30分もいっしょに過ごしていない相手の、奥歯ガタガタいわせて抜き去ろうっていう話を笑顔でするっていうのも、その稼業ならでは。当たり前に他人の歯を抜いて、昼ご飯食べて、また歯を抜いて。私の叔父が、ほとんど歯科医相手専門の建築設計事務所やっていまして、私も仕事、手伝ったりしていたこともあるのですけれど。歯医者さんって、病院というよりも、自宅のオシャレな内装をデザインしてもらうみたいに発注するのです。考えようによっては、外科医が内臓を見続けるより、赤の他人の粘膜に触れつづけ、膿んだ歯を抜き続ける歯医者さんこそ、精神削られる職種のように思えますから、せめて儲かって自分好みの心落ちつく病院くらい建てないと帳尻が合わないのかもしれません。今日もインストゥルメンタルはビートルズです。先生の好みなのでしょう。曲名が思い出せずに、私は気が散ります。

 そんなこんなで、願わくば、腫れが引きますように。
 引かなかったら、歯、抜かれるんですからね。
 痛くもないのに。
 まっすぐ生えているのに。
 ああ、いやだよ、いやだよ。で、やめればいいのに、帰ってユーチューブで抜歯のビデオなど検索して見てみたり。



 ほら……砕いて抜くのは麻酔かかっていて痛くなくったって、こんな穴が歯茎に開いたら、平気なわけがないじゃない。寝られないよ。そして睡眠不足で脚立の上から落っこちて大怪我ですよ。うちの職場、たいてい腰か脚を悪くするか、心を病んで退職するのです。

 そんなわけで、歯を抜かれることを阻止すべく、今週もやわらかごはんを食べ続けています。先週、大量に作ったタコ焼きを冷凍して、この一週間それがお弁当の具材だったり。唐揚げのかりっと揚がった衣でさえ、腫れた歯茎を傷つけるおそれがありますから、肉の類も小さく切って、もうゴハンといっしょに炒めてしまえと、チャーハン三昧だったり。

 台所に残っている、やわらかく一食をこなせる食品類を、次々に胃袋におさめていきます。そういう流れで、ふと目にとまる。先週のナシゴレンの素といっしょにもらったミーゴレンの素。否、素というか、インスタントミーゴレン。
 麺です。
 これはまさに救世主。
 胃袋はカロリーを求めているが、コンビニのおむすびでさえ歯茎が腫れるという敏感な口腔状態におちいっている私は、飲むように麺を食うべき。

 作ってみましょう。
 おなかが空いたので、細かいことは考えません。
 ミーゴレン、作ったことないんですが。
 余計な知識は入れず、いっさいのアレンジをなくして、パッケージ記述の通りに作る。ていうかそれで作れなくちゃ、インスタント食品の名折れというもの。
 見せてみろ、アジアの心意気。

 ミーは「麺」、ゴレンは「揚げる」。
 揚げ麺?
 いや、この場合、ナシゴレンがチャーハンの一種であり、チャーハンは漢字で炒飯と書くのですから、すなおに「炒麺」と読むのが正しい。
 焼きそばですね。
 言われてみれば、屋台の焼きそばだって、じゅうじゅう水蒸気をあげるほど水を使っていますから、焼きそばってのは、焼いているようでいて、蒸して麺をふくらませている側面がある。
 そういうミーゴレン焼きそば、のはずですが。
 袋の作り方(英語)によれば、沸騰したお湯で三分。
 インスタントラーメンじゃん……ちなみに、見た目もまんま、それ。
 いや、これ、本当にラーメンじゃなくて、ミーゴレン用に作っている麺なんだろうか? どう見てもサッポロ一番的なオーソドックスなフライ麺に見えるのですけれどもっ。

Migoren1

 ラーメンに比べると、小袋が多い。
 四つも破って入れさせるなんて。
 ここが広大なるアジアの余裕です。スピーディーアメリカにかぶれたエセアジアン日本人の、とにかく手順は少なくテレビディナー的開発手法ではなく、そもそも本物のミーゴレンに入れていく調味料を、ただ小分けにして添えたのに違いない。
 いいです。
 まかせてください。
 手順通り、手順通り……

 野菜を加えるとなお良し、とも書いてあったので、焼きそばらしくキャベツとタマネギを用意しました。

 ところで、どこかの国で、インスタントラーメンをすべて「miojo」と呼ぶ、というのをこのあいだタモリ倶楽部で知りました。酔って眠りかけた頭で観ていたので、どこの国だったか忘れたけれど、ちょうどインスタント麺特集をやっていて、茹でたインスタント麺に粉スープとツナ缶をあえた料理をアジアの人が作っていたのは、ぼんやり記憶している。

 つまり、どう見てもミョージョーな麺を、すでに三分茹でたあとで、また炒めるなんてどう考えても自殺行為。しかし、ツナはそのまま食べられても、野菜はそういうわけにいかないので。加えろって、どこにどうやって加えるのだと腕組みして考えたが、やっぱり、インスタントな麺なのに、別枠でフライパンを用意しろなんていうのは横暴にすぎる気がします。

 というわけで、なにもかもを沸騰したお湯に入れました。

 三分経ちました。

 湯切りしました。

 調味料四種を混ぜあわせました。

 ……できあがり、ですか。

Migoren2

 二十秒ほどで食べ終わりました。
 まったく満たされぬ。

 これって、いわゆるカップ焼きそばの調理法。
 そう考えてみれば、自信をもって言えますが、私、十年以上、カップ焼きそばを口にしていません。あんなもので腹がふくれるかーっ。茹でた麺にソース絡めてできあがりって。だったらスープのあるラーメンのほうが確実に腹ペコ男子に対して誠実。

 ミーゴレン。
 まさに私のカップ焼きそば観を、さらにおとしめるためにこの世に生まれてきたとしか思えない食べ物でした。いえ、本物のミーゴレンが、どんなに美味しいものかは知りませんけれど。

 不味くはない。
 しかし、あえて選んで食うものではぜったいにない。
 なんなんだ、このいかにも辛そうな赤いソースを入れたのに、まったく辛くなく、それどころかあきらかに甘い味わい。  
 
 口なおしに、チョコレート食べました。
 そうか、噛まずにカロリー摂るって、これでいいんじゃないか。

 そんなミーゴレン初体験でした。
 ごちそうさま。
 失望以外のなにも残っていません。

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 実際にやってきた救世主は、結局のところ誰の役にも立たない。希望というものは、実現した時点ですでに半分失望に変わっているものだ。


 マイケル・シェイボン 『ユダヤ警官同盟』

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 ミーゴレンの話は終わりです。思い出したくもない。それにしても、SF界のでっかい賞を獲りまくった『ユダヤ警官同盟』。コーエン兄弟が映画化するというので楽しみにしていたのに、あの話は流れたのでしょうか。コーエン兄弟も『ユダヤ警官同盟』もツボな私としては『クーンツのフランケンシュタイン』にならび、ちゃんと成就してほしい映画プロジェクトの筆頭なのだけれど……。

 邦訳は賛否両論なところがあるが、もってまわった言い回しをする饒舌すぎる小説書きが大好きな私としては、たとえばこういう表現に口笛を吹かずにいられない。

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 ヘルツは何か言葉を発した。というより、肺から出た空気が歯の関門を通って人間の言葉に似た音を立てた。膝に目を落とし、また音を洩らした。それが謝罪の言葉であるのにランツマンは気づいた。ランツマンが学校で教わったことのない言語だった。


 マイケル・シェイボン 『ユダヤ警官同盟』

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 た、た、た。という日本語のリズムが鬱陶しいが、表現としては、まず書けるものじゃないです、こんなシーン。一文一文を、立ち止まっては練り込んでいるマイケル・シェイボンの姿を想像すると、大作を完成させたときには、それこそ奥歯どころかすべての歯が噛みしめすぎて粉々に砕けていたのではなかろうかと崇めます。

 ストーリーそのものよりも一瞬一瞬を魅せることに心を注ぐ、コーエン監督もきっと、この深みを描いてみたいと夢想したのだろうに、足踏みしているのはやっぱり世界が深みよりも軽みを求めているからなのか。売れている監督が、これが売れない世界はおかしいと強気で勝負に出る、たのしい地上であってほしいと祈ります。


m.chabonm.chabon

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