最近の記事

スポンサードリンク

月別アーカイブ

『うまいかとフェイジョイの港』のこと。


私、兵庫県は相生で生まれました。
小豆島でオリーブを育てていたふたりは、
戦後の造船ブームに乗って播磨造船所のある相生へ。
潮風吹きすさぶ海の街で、私の父を育てた。
……という短い一文だけで容易に想像がつくように、
造船てなにする仕事? 船造るんだ、ヘエ。
というような現代において、
そのためだけにすべてを捨てて集まった人たちの街は、
人口流出に悩んでいる。
と、かくいう私も大阪に暮らしているわけで。
私の生まれた病院が今年、豪華に建て替えられたのですが。
すなわちそれは、街が老いているあかし。
祖父も、祖母も、その病院で末期を過ごした。
病院は満員だが、商店街はシャッター通りと化している。
高速道路を降りて、塩の匂いのする街に入ると、
大根の看板。
憶えているだろうか。

『ど根性大根「大ちゃん」クローンで復活』

いまでも相生では、ワイドショーで話題になった、
コンクリートで育つ大根の大ちゃんを、
なんとか観光資源にしようと試み続けている。
しかし、年に一度の花火大会で相生湾に集まる人々でさえ、
大ちゃんではなくはばタンの着ぐるみに群がっている。

『兵庫県/兵庫県マスコット「はばタン」です!』

元祖ド根性大根!
いやその元祖ってなんだよ、大根だろ。
身内でさえそう思うのだが。
相生で元祖といえば、大根ではなく、イカだと憶えておいて欲しい。
世に「うまいか」という商品は山とある。
しかし、相生港のそばで暮らす人々にとって、
それ以外のイカさきフライはバッチモンである。

『湊水産株式会社|商品紹介|うまいか』

今年の夏は、相生港の花火には行けなかった。
逝ってしまった、祖父母の法事も減っていく。
私は結婚して本籍を相生から移した。
その港街は、私にとっても、だんだん遠くなっていく。
なっていくのだけれど。
冷蔵庫の「元祖うまいか」が、減っていくのである。
行けば買って足すから、それは永遠になくならないものに感じていたのに。
行かなければ、減るのだった。
相生生協のレジ前に一年中積み上がっている、うまいか。
港の生鮮魚市場で、工場で揚げられたくせに鮮魚と並ぶ、うまいか。
冷蔵庫で冷えたのをトースターで焼くと美味しいよ、うまいか。
私に、だんだん近くなっていく。
想わずにいられない、ただのつまみではなくなってしまった。
あの港に暮らした、だれもにとってそうなんだろう。
うまいか。あぶらっこいのに、風の匂いがするのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そういう土地なので、船を造って売ることに変わる次なる売り物を探し求める気質が肌に染みこんでいて、その追い求め具合といったら、まさに博打打ちのそれ。
 死んだおじいちゃんが、自分の足で立って歩いていた最後のころ、私は大人になってたぶんはじめて、がっしと肩を抱かれて言われたものだ。

 あまりに生々しいのでセリフを一言一句書くことはひかえるが(笑)、まあ、ともかくなんでも利用して生きていくんだぜタクミ行動し続けることだ。そういう内容だった。身長差のある孫の肩を子供のとき以来に背伸びして抱き、わざわざ耳元で言われたそれは、遺言というやつだったのかもしれない。

 インターネットもない時代、造船とやらで喰っていけるらしいぜ、と聞きかじった情報だけで生まれ育った島を捨てさったような人種のるつぼであるがゆえ、その血を引く次の世代がことごとくによその地に移ったのもしかたのないところ。残された者は、スルメの切れ端を揚げて全国区になり、道の脇で大根を作る。

 相生の道の駅で、フェイジョアを買った。

 いちおう植物も売っている身なので知っている。それはあたたかい外国からやってきたけれど、日本程度の冬なら問題なく越せるという、美味しい実のなる植物。二十世紀には、第二のキウイフルーツとして売り出されたこともあったが、残念なことにキウイフルーツに似すぎているがために、インパクトに欠けて、いまはスーパーの食料品売り場には並べない身。

 実際に食べたことはなかった。

 食べてみた。
 ほんとキウイだ。
 そのくせ、メロンのように味も素っ気もない渋皮の部分があるため、キウイのように皮を剥いで丸かじりとか、刻んでヨーグルトに入れましょう、なんていう使い方がしにくいのである。園芸用の植物としては、生け垣になるので、実のなる生け垣は楽しいと苗が出回るが、食用として大規模に生産地といえる土地はない。

 ないから、そのひとはたぶん相生魂で作りはじめたんだろう。

 しかし、この写真を見て欲しい。生産者の名前も入っていた(女性でした)のだが、あえてフレーム外にした。たぶん、インターネットはされない方だと思う。いったいどこでフェイジョアの情報を聞きかじり、道の駅で山盛りにして売るほどの苗を仕入れたのかはわからないが、その量は、南国風の生け垣を作ったら実もなったので売ってみた、というようなものではなく、野望を感じさせる。

Feijoa

 そこまで熱くなりながら、でも「フェアジョイ」。
 そういうことにはこだわらないのである。

 人生などていねいに生きているひまはない。
 とにかくなんでも利用して。
 一気呵成に行動し続けることだ。
 そうしているうちに、あっという間に逝けるだろう。

 でも今日はある。
 明日があるし、なにかやらなくちゃ!

 名前もよくわからない実を、いっぱい作って売るとか。
 いさぎよい。
 その土地の血を受け継いでいることに、誉れ。 

Feijoa

TRACKBACK http://yoshinogi.blog42.fc2.com/tb.php/371-0f9df21a