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『赤くてチキンティッカ』のこと。


 椅子がかたい。
 ケツがいたい。
 確かに、好きなところに連れて行ってやるから、と誘ったのはこっちだし、リュウイチと一緒にいられるなら、どこだっていい。でもそれにしたって、これは悪意あっての選択ではないのか、と。だったらどうして誘いにのったりしたんだよ、と。おれは、まだ疑いながら、遠いリングの攻防を眺めて集中しようとしては、また横を向いてリュウイチの顔を見る。
 笑っている。
 本気でプロレスが好きなのか。
 おれが男なのに男のおまえを誘った(注1・頬を染めて)ことに対するからかい半分の嫌がらせで、裸の男と男が組んずほぐれつする会場にならかまわないけど、と答えたのではなくて?
 当日券の二階席は、男同士や女同士の、試合を観に来たのか、おしゃべりに来たのかわからないカップルも多いが、おれみたいに、無言でまじまじと隣の相手の表情から真意を読みとろうと凝視している、気持ちの悪いやつはほかにいない。

「ティッキー! ほらあれ、ハシゴから跳ぶよっ」

(注2・リュウイチはおれのことを、名前をもじってティッキーと呼ぶ。ホラー映画の話をしていて、呪いの人形チャッキーが「鼻血る」というポスターがあったというのに爆笑して以来のことで、しかしいま、告白とお得なセットになったデートの誘いで友情を破壊したおれに対し、かわらずそうやって呼ぶことに関しては、違和感をおぼえざるをえない)

「うそだろ。三メートルはあるって」
「すごいよね」
「ちょ、下に、椅子置いてあるんじゃ……」

 二階席から見おろしていても気が遠くなる、ありえない高度から筋骨隆々としたレスラーは飛び、お約束のように、敵レスラーによけられて折りたたんで積み重なっていたパイプ椅子の山にダイブすると、そのひたいから紅いものを噴き出した。
 リュウイチは、目を輝かせている。
 どうやら、演技では、ない。

「は、は。すごいや、ラルディクマール」
「ラルディ……なに?」
「ラルディクマール。あの選手。インド出身」
「インド……」
「ラルディクマールは、ダンボールに隠れてメキシコに不法入国して、アメリカに流れ着いたあげく、プロレスラーになったんだ。移民ていうやつだね」

(注3・リュウイチの話につかみどころがないのはいつものこと。いつだって、なにかを伝えようとしていることは感じられるのに、本当にはなにを伝えたがっているのか、わからなくなる。そうこうするうち、おれは、その奥にあるものを見てみたいと、うずくようになったのだ)

「移民……よく、プロレスラーになんてなれたな」

 リングの上では、ランディクマールがフェンシング競技に使うサーベルを振り回している。ああ、そういえば、昔、そんな外人レスラーがいたのをテレビで観たことがある気がする。あの選手もインドの人だったのだろうか。

「人が人をおそれる原因はなに?」
「……え?」
「だれかが、だれかを拒絶する、その理由」
「拒絶……」
「インタビューで、ランディクマールが言ってた」
「なんて」
「未知への恐怖心なんだって」

 未知への恐怖。その言葉はしかし、おれには淡い希望に聞こえる。恐怖心は、越えられないものではないはずだ。わからないから怖いなら、わかってもらえばいい。いや、ことは、そんなに単純ではないと、それもわかってはいるけれど……

「相手が何者なのかわからない。相手がなにを信じているかわからない。それってこわい。だからランディクマールは、大きな団体でチャンピオンにまでなれたんだって」
「こわい、から?」
「こわがるのはお客さん。ターバン巻いて、剣を振り回して、意味不明な言葉で叫んで、なに言われているかわからないけれど悪意だけは伝わってきて、もしもランディクマールが勝ったりしたら、自分たちの信じているものが間違っていると証明される気がして、だから、みんな、自分と同じ人種の選手を応援するんだって」
「……悪者として、移民は最適、ってことか」
「でも、プロレスにはね、ストーリーがあるんだ」

 遠いリングでは、むかしは大きな団体のチャンピオンにまでなったというサンディクマールが、こんな島国で、島国の選手と合体技を披露していた。
 リュウイチはまた、わあ、と歓声をあげ、拍手をして言う。

「サンディクマールは、いまではアメリカ国民で、みんなのヒーロで、今度はこうやって、よその国でも胸をはってプロレスしている。すごいよ」
「好きなんだ?」
「インド人だからね」

(注4・意味がわからなかった)

「四分の一だけど。あんまり特徴的に出ていないから、言わないと気づかれることも少ないんだけどさ」

(注5・いや、おれはずっと前から、そのアジアンな目元の力強さと黒髪の美しさは、ただものではないと気づいていた。そうかインドか。ひとつ謎がとけた)

「おじいちゃんが、移民で。仕事なくて、この国に来て。なんていうか、国籍もらうためにおばあちゃんと結婚した、みたいな話なんだけど。でも、おぼえてるんだ。おじいちゃんとおばあちゃんは、本当に、愛しあってた」

(注6・どんな意味でも、リュウイチの口から「愛」という言葉が出るのを聞いたことはなく、それが聞けたのは、血まみれのランディクマールのおかげであり、それはすなわち、おれも彼のファンになったということである)

「へえ」
「ティッキー、どう?」
「……なんの疑問形?」
「疑問形に疑問形で返すんだ」
「うーん。えっと、じゃあ。よけいに気色悪いと思われるかもしれないけど、インドの血が流れてるっていうのは、なんかエロい」
「はは。ヨガとか? できないよ。ていうか、やっぱり、そういうことなんだ……困ったな」

(注7・だったらおれにどういう発言ができた? エロいじゃないか。エロいぜ! ……もう、どうにでもなれ!)

「ティッキー、ごめん」
「こっちこそ」
「あ。そうじゃなくて、気づけなくて」
「……はあ?」
「ダメだ、ティッキーはぜんぜん動じない。インド人だ、っていじめられて育ったんだよ、これでも」
「そうなのか。けど、それこそ、ガキはプロレスの奥深さを理解できねえってやつなんじゃ」
「奥深さ、って解釈していい? ティッキーのも」
「えっと。それは、どういう……」

(注8・やぶれかぶれだった。おれはじっとリュウイチの目を見た。気づいてみれば、なんて漆黒だ。行ったことのない国の、神秘の色がまじった黒。口笛を吹きたい。いや、指をのばしてさわりたい)

「帰り、部屋よって」
「うそだろ!」
「あぁっ、違う。そういうのはまだ無理、ちょっと、理解を深めたくて」
「恐怖心の除去?」

 まだ、って言っただろうか、いま。
 それって、いつかがあるってことだろうか。
 そうだ、おそれてはならないっ!!

「ランディクマールのビデオ観て、ティッカ食べて、帰って」
「わかった」
「すなおだし」
「覚悟してたより、だいぶましだった」

(注9・ほとんど天国。また頬が染まっているのが自覚できたが、それは注1のときとは、かなり違う理由によって。自制しないと。だいなしにならないように。大切に)

「ビデオ、DVD二枚組だから」
「血まみれ?」
「けっこうワンパターンな展開多いし、退屈かも」
「いっしょに観られるなら、なんでもいい」
「……そういう発言、こわい」
「わかった。ティッカってなに?」
「ちょっと、そっちぜんぜんおそれなくなってんじゃん。ずるい。言っとくけど、よその国にオンナ狩りに来た移民の孫だからね。オンナ好きだから。男とか考えたこともなかったんだから」

(注10・いまは、多少は考えはじめている、と受けとめる。おれは負けない)

「わかった。ティッカってカレー?」
「偏見だよ、それ」

Murghtikka

Yoshinogi Takumi
 Shonen-ai Cooking Elegy
 Song 10
 『Murgh Tikka as test』

(吉秒匠
 BL料理哀歌
 10曲目
 『踏み絵ムルギティッカ』)

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○材料

鶏肉 500グラム
レモン果汁 大さじ1
塩 小さじ1
ヨーグルト 1カップ
オリーブオイル 大さじ3
きざみにんにく 大さじ1
おろししょうが 大さじ1
一味唐辛子 小さじ1
ガラムマサラ 小さじ1/2 
クミン 小さじ1/2
ターメリック 小さじ1/2
コリアンダー 小さじ1/2
食紅 小さじ1/2


○作り方

①鶏肉以外の材料を混ぜあわせます。
②鶏肉を適当な大きさに切り漬けます。
③半日以上冷蔵庫で寝かせます。
④液を拭わず蒸発して焦げ目がつくまで焼きます。
⑤食べます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 Chicken tikkaが英語表記で、タイトルのMurgh Tikkaはヒンディー語。ムルギ・ティッカと読むのが正確に近い。

 ちなみにチキンティッカはカレーではないが、チキンティッカを煮込んだスープはチキンティッカマサラと呼ばれるカレーに分類される料理となります。

 チキンティッカよりも、タンドリーチキンと言ったほうが通りはいいのでしょうが、タンドリーチキンはおもに骨付き肉で作られるのに対し、ティッカは骨を取りのぞいた胸肉を調理したものを指し、野菜に合わせて前菜で出てくることが多い。が、私がティッカを選択するのは、骨付きだと手で食べざるをえず、香辛料を多量にまぶして焼く料理でそんなのは、つまらないプロレスの試合を早送りしながら観るさまたげになるため(リモコン、べたべたになりますから)。そして、チキンももちろん、モモ肉増量です。前菜などではない。これひとつで晩ご飯。山盛りのチキン。クリスマス・パーティにもいいね、ということで。

 今回はさらに手抜きして、野菜といっしょにホットプレートで焼きます。焼き肉です(写真は見目麗しく皿に盛った状態ですが、実際の食卓は油とび散りティッカソースがタマネギを染め、混沌の様相をていします。焼き肉はエロです。見知らぬ人とは食べられません)。

 前述のように、ティッカの基本は胸肉ですが、私は鶏モモ好き。スライスしたバゲットにのっけてガツガツ食うにはジューシーな部位が、やっぱり良い。写真に映っている左側の丸っこい肉片は、砂肝。内臓のたぐいは、水から沸騰するまで下ゆでして、それを流水で冷ましてから漬け込みます。それというのも、たっぷりねっとりヨーグルトの白と食紅の赤が染みわたりまとわりついた肉は、焼けているのかどうだか判別が難しいので、生焼けが怖いから。

 材料の最後に並ぶ香辛料関係は、ガラムマサラとクミンはあったほうがいいけれど、残りはあれば入れたり、コリアンダーもパウダーではなく生葉を使えば別物になるし、パンチを効かせたいならオールスパイスやクローブなんてのも選択としては、あり。小さじ1/2というのも、計って入れるわけではなく、それくらいの量を使うというおよその目安。そこらにあるものぶっこんでヨーグルトでまとめる料理なので、結果、そこに生まれるものが不味いのかエキゾチックなのかの線引きも難しく(笑)、逆説的にはどうなったところで成功と呼べるため、最終的にはお好みの問題です。だいたいこんな感じの料理、という認識で、勢いで作ってそれでよし。そういう意味では、チキンティッカの象徴、赤い色をつける食紅こそが、もっとも省いてはいけない材料かもしれません。食うほうにも勢いを与えないと、味を吟味されてしまいます。
 うっわ、なにこれ、赤っ、というのが肝要。

 調べてみると、チキンティッカ(タンドリーチキン含め)を赤く着色するのは、近ごろでは本場インドの料理店でも減少傾向にあるらしい。このあいだもインド料理屋さんでティッカを頼みましたが、ヨーグルトの白い色がそのまま見えるものだったから、日本でも赤いティッカはなくなっていっているのかも。しかし、強烈に私の脳には刻まれている、この赤いチキンのイメージはなんなのかといえば、たぶん、十代の終わり頃、この国に吹き荒れたインド映画ブームのさなかに観た映像たちのせいなんだと思う。焼かれたチキンはインドでは赤い。インドには行ったことがないけれど、たとえこれから行く機会があって、そこで赤いチキンを食べることはなかったとしても、私のなかでは、このイメージは消えることはないでしょう。

 それは、多くの自然が過酷な国々で、傷みかけた食肉を味も色もわからなくなるくらいの香辛料で調理する作法があるように、インドでは一歩進んで赤や黄色の着色料までもぶち込んだむかしの名残。いまではインドにも冷蔵庫はあるし、だったら指が染まる食紅なんて使わなくなるのは当然といえば当然のことですが。こういうのはね。歯が染まるような駄菓子を子供よりも味わって食べられる、二十世紀の生き証人である私たちの特権です。チキンを赤く染めるのは、インドでは赤い色が御祝いカラーだとかいう説もあるのだけれど、だったらあれはどうなんだと、日本人の私たちは想い出すことがある。

 タコさんウインナー。

Vienna sausage

 ジャパニメーションの台頭で、世界に知られることになった萌え女子高生キャラの特に天然系においては小さな弁当箱の中にかかせないタコさんウインナー。ソーセージの飾り切り自体は世界各国にあるのですが、あの茹でられたタコを想起させる、真っ赤な着色をほどこされたウインナーソーセージというのは、日本発祥になる独自の文化。その起源をたどると、まさに戦後、良質な肉が手に入らず、とても見られたものではないましてや口に入れるのもおぞましい傷みかけた肉を叩きつぶして詰めたのまる出しなウインナーに似たものに、肉屋が食紅を使って鮮烈な色をつけたのがはじまりなんだとか。

 ほらね。
 きっとインドでも、それは御祝いカラーなんてのはこじつけ。
 だれが好きこのんで着色された肉など食べたいものですか。
 そう想うのは、そう。
 夢を信じている国の人たちだけ。
 赤く染めた時点で、傷んだ肉なのはわかっている。
 でも、すすんで騙されて、おいしそうねと信じられる心の美徳。
 映画とプロレスが愛される国では、着色料だって愛される法則。

(インドは古来からヨガ要素の入ったインド式レスリングが各地で盛んであり、タイガー・ジェット・シンやグレート・カリといった世界に誇るプロレスラーを排出した夢追い人の国でもある。アメリカで知らぬ者はいないまでになったカリは現在、故郷インドで大規模なプロレス興業を開催するべく奮闘しているとか。インド式レスリングがあまりにも独特であるため、オリンピック・レスリングではいまだ銅メダルに甘んじているが、ヨガの国の人たちがアメリカ流の空飛ぶプロレスリングに目覚めたとき、エンターテインメントの世界では大きく勢力図が塗り替えられるに違いない)



 現在、各社から、天然由来の着色成分を使った、真っ赤なウインナーは販売継続中です。昭和の食糧難を想い出すのではなく、赤いタコさんが弁当箱にいたのを懐かしむ人たちが買うのです。だからインドでも、同じことが起きるでしょう。すべてのチキンティッカが赤くなくなり、そして幾年月。人々は、新鮮な肉を赤く染めて「なつかしいねえ、こんな時代もあったねえ」と言いながら泣いて食うときがくる。

 というわけで、先取りなのか時代遅れなのか、どちらにせよ、私は赤くて酸味のある焼き肉を死ぬまでティッカと呼び、白いのはヨーグルトBBQソースに漬け込んだほかの国の料理だと認識します。

 いや、まあ、写真のインパクトというのもありますし(笑)。
 みなさんは、気にせず食紅抜きで作ってください。
 ええ、味は変わりません。

 そうなんですよね、味つけ自由のバーべーキュー料理において、正確な区分なんて存在しない。インドや、インド料理店で食べるのならともかく、自分で作って焼くならば、それがティッカであるかどうかは、夢を見る能力があるかどうかの問題。

 江戸の町で、内田五観(うちだいつみ)が開いた数学塾を指して、記憶が定かならば三浦しをんさんだったと思うのだが「そんな塾に私も通いたいっ」と萌えていらっしゃったのを読んだ。
 Mathematics(数学)に五観は漢字で当て字をしたのだけれど、町の人々はひらがなで呼ぶその名は、

 瑪得弟加塾(まてまてかじゅく)。

 そりゃあ「まてまてか塾、行ってきまーす」なんて、どんなに楽しい塾だろうという感じがするのは理解できなくもないが、もちろんそこで教えられていたのは、当時最先端の数学という学問。
 でも思う。

「おれ、まてまてか習ってんだぜ」

 そのマテマテカがなんだかよくわからない響きだからこそ、よくわからない異国から来た学問を学ぶことが、実際に楽しくなっていたような気もするのです。

 だからやっぱり赤く染めて。
 口のまわり、ピンクに染めて。
 エキゾチックなバーベキューチキンとか呼ばないで。

 Murgh Tikka
(ムルギ・ティッカ)

 おぼえましたか?
 最後に、調理前の漬け込まれた状態がこちら。

Murghtikka2

 味よりも、こんなボールを持ってこられて、焼き網の上にひろげられ、さあ食いたまえとすすめられて目玉をぐりんと回す、愛すべき同じ食卓に座っただれかの表情を楽しんで。
 それこそが、だれかのために料理を作る醍醐味だってわかるから。 

(小説にある、レスラーのインタビューというのは、実在するインド移民の選手サンジェイ・ダット氏の発言を参考にさせていただきました。未知への恐怖心が差別の原因であり、それをエンターテインメントとして昇華させるプロレスというものに誇りを持つ彼は、半生において食うに困り飢えた時期でさえプロレス以外の仕事をいっさいしたことがないというプロ意識の持ち主です。日本マットにもたびたび参戦していますが、作中のようにハードコア戦をおこなうよりも、正統なレスリングを得意とする選手)



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Yoshinogi Takumi
 Shonen-ai Cooking Elegy

9曲目『ひとくちだけカトルカール』
8曲目『春節の静かな賞品』
7曲目『ナンを焼くと両手がつかえない。』
6曲目『タマレってなに?』
5曲目『あらいぐまのすきなもの。』
4曲目『ピッツァみたいにぼくを食べてよ!!』
3曲目『クリスピー・プロ・フライドチキン』
2曲目『青くてカタいアボカドのパスタ』
1曲目『春餅/チュンピン』

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クロムハーツ 財布  クロムハーツ 財布  2013/10/23 14:03
『とかげの月/徒然』 『赤くてチキンティッカ』のこと。