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『腹話術効果師 VS 腹話術師』の話。


 『デッド・サイレンス』という映画は、腹話術師の怨霊の恐怖を描いたものなのだけれど。その描きかたを見ていると、和風幽霊の描写との違いが如実で、興味深い。

DEAD SILENCE

 なにせ腹話術師の怨霊だから、まずは人形が登場するのである。白い顔で、赤い唇の、両の頬には下顎を稼動させるための縦ミゾが彫られている、ギョロ目の人形。そいつがひとしきり被害者(というのは映画を観ているあなたのことだ)の前で怖いことを言ったあと、真打ち登場である。

 派手な顔の、ギョロ目の人形のうしろから、
 それを操っていた腹話術師の怨霊が、すぅぅーっと。

 現れる、と。
 こうやって文章で書くと、日本の怪談に慣れ親しんだ者ならば、こういう顔を想像する。

 蒼白くて、うつむいていて、でも目だけは上目づかいで、こっちをじっと見ている。笑みはなく、怒りもなく、ただなんの感情もなく、迫ってきて、その眼力で恨み殺されそうな。

 柳の下に立っている、アレである。

 アレは、思うに、足がなかったりもする場合が多いし、文字通り地に足のついていない、死人の肉体ではない、なにかなのだと思われる。精神体というか、見ている側からいうなら、無理からにカタチのないものにカタチを与えた結果のそれ。

 やそべえ君は死んだお花ちゃんに呪われているのだが、お花ちゃんがお花が好きな女性だったからといって、コスモスの姿でやそべえ君の前に現れたって、怖くもなんともない。むしろ、やそべえ君はお花ちゃんの呪いも恨みも誤解して、そんな姿で現れるなんて、おれを許してくれたんだねお花、などと、感動しはじめてしまうおそれさえある。そういうややこしい事態を避けるためにも、幽霊は、生前のヒトだったそのままの姿で、やそべえ君をこれまた誤解させないように、生まれて死んだそのままの全裸などではなく、ちゃんと生きていたころのように服も着て、下着もはいて、そのうえで髪の毛なんかは、ちょっと頬にかかるようにたらしたりして、上目づかいで、幽霊であることはおもに顔色の悪さで伝えるようにするのが作法とされるのであろう。

 そこが、あちらの映画などでは、違う。

 怨霊といっても、造形はゾンビだ。
 腐りかけたヒトである。シェイクスピアも描く、よくある描写としては、鎧甲冑の馬に乗った騎士が現れて、兜を脱いだらシャレコウベ、というような。どう見ても、それは精神体を描いているのではなく、棺桶のなかで微生物まみれで発酵しかけている死体そのものなのだ。だから、古代の鎧騎士なら比較的きれいな白骨だし、新しめの怨霊だと、まだ腐りきっていないので、額や頬にウジ虫が食べかけの肉が残っていたり、半分抜けた髪の毛が風になびいていたりする。

 ギョロ目の派手な顔な人形のうしろから現れるなら、和風な青白い顔の幽霊のほうが怖そうな気もするが、そこは監督ジェームズ・ワン×脚本リー・ワネルのヒットメーカー。あえて昔ながらの、目の落ちくぼんだ、腐りかけゾンビ風の怨霊で勝負して、それに勝っている。

 冒頭で挿入されるウンチクが、映画の後半で、実に効く。

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紀元前6世紀
死者の魂は生者の腹を通して
話しかけてくると信じられていた
ラテン語の“腹(VENTER)”と
“話す(LOQUI)”が合わさり
“腹話術師(VENTRILOQUIST)”という言葉が生まれた


映画『デッド・サイレンス』

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 紀元前六世紀というと、エルサレム神殿が破壊され、バビロニア王国が滅亡したころであり、そんなころの文献が本当に残っているのか、なにかの研究によって「信じられていた」などと断言してしまうことができるのかが、そもそも疑問。けれど、映画の冒頭で、そんなことを気にかける観客はいない。天才リー・ワネルさまがそう書くのであるからには、そうなのであり、まずはそのすりこみをすりこまれてこそ、スイッチが切り替わる。

 へー。
 腹話術って、愉快なものなのに。
 語源をたどると、ちょっと怖いのね。

 無線技術と小型音響装置の発達した現代において、人形がリアルタイムに人間と会話したからといって、なにも驚くべきことではない。しかし、いまでも専業の腹話術師は存在するし、交通安全協会の安全講習に参加した小学生が、横断歩道は手をあげてわたりましょうと諭す両頬に深い縦ミゾのあるオサム君に

「おまえ生きてないだろ撥ねられて死にもしないくせに」

 と暴言を吐いて腹話術師を泣かせたという話を聞くこともない。

 腹話術は、おもしろいのだ。

 たぶんそれは、最近流行りの3D映画のようなものである。ぶっちゃけてトークするなら、あんなものはPC-8801ユーザーが『イース』に接して

「おお、雲が、本当に空を流れている!!」

 と、ただ単に重ねたスプライト(平面画像)をズラして動かしているだけのことに、涙を流して驚愕した状況に似ている。

Ys

 3Dなどといっても、疑似だ。
 疑似とは本番ではない。
 しかしまあ、気持ちよければそれでいいかという客心理を突くことによって、売春は法で禁止されているのに、この国には抱きあって射精できる店がごまんとある。

 腹話術効果という言葉がある。

 たとえば、腹話術人形のオサム君を抱いたアンドウさんが、オサム君の口を操作する棒がぽっきり折れているのにも気づかず腹話術ショーを続けたとしたら。
 マイケル(7歳)は、指さして言うだろう。

「アンドウさんの、おなかがしゃべってるの?」

 紀元前六世紀にどうだったかは知らないが、魔女狩りで腹話術師も狩られたというのは、歴史の事実だ。腹話術とは、そもそもそういうものなのである。だいたい、ショーとして確立もされていない時代に、なぜに猛修行して腹話術などを会得するものがいたのか。なんの得があるのか。

 いや、得はある。
 
 アンドウさんは、オサム君の口を動かしておらず、それゆえにマイケル7歳は、声がしてくる方向を見つめ、しかしアンドウさんの唇は動いていないため、世間ずれしていないピュア感性で想像しただけのことだった。

 動いているのは、アンドウさんの腹だけだったから。

 腹話術師にとって、腹筋は命。いつもはオサム君がケタケタと笑って動いているから目立たないが、動きのなくなった舞台上では、その常人離れした腹筋と横隔膜が激しい運動量を披露している。腹話術師は口を開けないが、かすかな唇の隙間から、叫び声さえ出す。一方、その通常の発音よりも多量の呼気を必要とする発声法により酷使される肺という器官には、いっさいの筋肉はない。肺筋、などというものはなく、ないものは鍛えられない。かわりにヒトは、横隔膜という薄い筋肉板を体内に飼い、それによって肺を呼吸のためだけではない、音を炸裂させるための発射ポンプとして機能させることに成功した。

 横隔膜は、哺乳類にしか存在しない。
 そしてヒトは、哺乳類である。

 なんにせよ、だれが決めたか腹話術師はタキシードを着るものであり、その服は、腹が露出する。ケタケタと笑うオサム君の声を発するアンドウさんの腹は、事実、腹話のための大運動を見せていた。

 マイケル7歳が、誤解するのも無理はない。
 それが腹話術効果だ。
 音を消したテレビでアクションを披露する仮面ライダーの動きに合わせて、幼稚園児の横で、ぼそぼそとつぶやいてみるといい。

「おれは仮面ライダー。金のために働いている!!」

 つぅ、と、園児の頬に涙が流れるだろう。
 仮面ライダーには造形上の唇が存在しないので都合が良い。
 真横から声が聞こえていても、ヒトには関係ないのである。
 目の前で動いている、そこから声は聞こえている。

 疑似だ。疑似とは本番ではない。

 しかし、この融通性があるから、ヒトは映画を観ていても、スピーカーが話しているのではなく、画面上のキャラクターが話しているのだと感じることができる。
 そこが厳格だと、夢を見る余地はなくなってしまうのである。

 そういう術をつかう者だった。

 腹話術師とは、神の声を腹で語る者であり、地域によっては、死者……つまり死体そのものに話をさせる、反魂師であった。近年、恐山の巫女の口寄せには、精神医学上、遺族の心を癒す効果があるという研究がすすめられている。イタコの声が、死んだ娘の声に似ているわけはない。コントでよく扱われるが、マリリン・モンローの霊を召還して、日本語の、しかも訛った言葉で語られるなど、笑止千万である。それでも、ヒトは癒される。

 その技術を会得することは、術師にとって得以外のなにものでもない。

 神の声を、腹から語る。
 腹話術師は、確かに魔女。
 それも持って生まれた能力を有する者ではなく、努力して特殊技術と、演技力を身につけた、正真正銘の術師なのだった。

 で、ふと考えてみる。

 世にすれず、ピュア・ハートを持ち続けていれば、ヒトとは、その本人の声でなく、その本人の口から聞こえていなくてさえ、癒され、神のお告げだとまで信じることができるということの、これは証左だ。
 それは、能力。
 しかも、ほとんどだれでも努力のみで手に入れられる。
 利用して、幸せになるのがいい。

 ろくでなしの男に殴られて、腫れた頬を撫でながら、酔いつぶれた彼の胸の上下にあわせて、自分で言うといい。

「おまえを愛してる。しあわせにする」

 いや別に、相手は実在さえする必要はない。
 実害がないぶん、そのほうが幸せだともいえる。
 壁に貼ったポスターに、すがりよって言えばいい。

REBORN!

「おまえ……咬みころすよ」

 言わせれば、咬み殺されて昇天できることでしょう。
 真に熟練した腹話術効果師は、自分の口から出た言葉さえ、自分への贈り物だと受けとめられるようになる。
 そこに至る道は険しそうでもあるが。
 腹話術の特訓よりは、簡単そうな気もする。

 なんてことを、このあいだ、探偵ナイトスクープで「彼女にフられたからアニメ少女にそっくりになってその自分を愛したい」と語っていた彼の姿を見ていて、考えていた。鏡に写った自分に勝手なセリフ話させて萌えられるナルシストこそ、この世でいちばん幸せに違いない。

(それにしても、黒目コンタクトっていうやつの破壊力はすごいなあ。女子がみんな着けて歩きだしたら、実にサイバーパンクで良い街風景になる気がします。でも、瞳孔が開いているように演出すると可愛く見えるというのは、これもまたホラーで興味深い話。こっちに興味持っているように見えるからこっちも興味がわくのか、それともたんにイッちゃっているから人形扱いできると本能が訴えるのか)

Angel Color

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