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『巫女萌えで思い出したが修道女が苦手』のこと。


 先日、ツイッターでこんな話をしていた。

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真琴の選手紹介写真( http://iceribbon.com/blog/st_makoto.html )がシュシュトリアン( http://bit.ly/9yFckJ )の石橋けい( http://bit.ly/cySFV1 )を彷彿とさせる。
Apr 26th

女子プロレスにも興味はないのだが、昨日の番組で巫女姿でたたずむ真琴を見て、少し心が動いた。でもチケットが売れていないと聞く後楽園は遠すぎる。
Apr 26th

昨夜、巫女萌えですわとつぶやいていたら、メイン戦で中学生と戦うためにダイエット中の代表から、生はもっとよいから来て、と直々のお誘いツイートが(嬉)。でも考えてみたらGWだった。
Apr 27th

ブルーカラーの最たるプロレスラーが土日祝の最たるゴールデンウィークに働き詰めなのを、いちばん観てパワーをもらうべきはブルーカラーな私のはずだが、もちろんGW働き詰めで行けないという。この世め。
Apr 27th

twitter / Yoshinogi

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 巫女萌えで思い出したが、修道女が苦手だ。

 私は幼少期を阪神競馬場のすぐそばの街で過ごしたのだが、知っている人なら知っている、あのあたりは、日本で有数の本格的な修道院があることで知られる土地である。私たち家族は、その修道院のすぐそばに建つ借家に暮らしていた。

 鐘が鳴る。
 十字架がてっぺんについている、緑色の塔のようなものが、緑の木々の向こうに見えている。私は、その鬱蒼と生え茂る森のような緑に向かって、ゴム動力の飛行機を飛ばしてしまったことがある。駄菓子屋で買ったものだ。高級品ではないが、木製の風呂に飛び込んだら底が抜けて、錆びた釘で足の裏を縫う傷を負った、というような家に住んでいる子供にとっては、宝物な飛行機。

LP-01

 でも、私は、その飛行機を、即座にあきらめた。

 ここまで読んでも、あなたは修道院というものがどんな規模のものか、ちゃんと想像できていないに違いない。ためしに阪神競馬場のそばをグーグルマップの航空写真で見てみるといい。私が話しているのが、どこのことだか即座にわかるだろう。最寄りの駅から、我が家までは、子供の足で歩いて二十分近くかかった。その道筋のあいだ、ずっと道路脇に、道路向かいの二階建てビルよりも高いコンクリートの壁がある。駅から、家まで、ずっとだ。その壁は途切れることはない。見上げれば、侵入者を防ぐためだろうトゲトゲした物騒な柵がついている。修道院とは、そこで多くの人が暮らすもの。私の住んでいた街は、街の中にもうひとつの大きな街を内包していた。

 もちろん、だから物心ついたときから、街中にシスターがいた。

 (英語表記では「sister」にはさまざまな意味が含まれるため「nun」を使用したほうがよい、というようなことが言われるようですが(たぶんだけれど、sisterはポルノチックな響きみたい)、日本では妹をシスターと呼ぶのはプリンセスくらいのものだし、むしろ修道女と書いたほうが昭和のエロ映画みたいなので、ここではシスターと表記します)

 黒と白のフードをかぶった彼女たちは、高い塀の内側で暮らしているが、近所の生協でプラスチックのカゴをさげてお買い物もする。私はキリスト教系の幼稚園に通っていたこともあって、シスターがなんたるものかは理解していたが、幼稚園のシスターと、巨大修道院のシスターは別物であることも、それゆえによく理解していた。

 その街で、十年以上暮らしたが、コンクリートの壁の内側に足を踏み入れたことはない。大きな鉄門があり、その門はいつも閉まっている。ときどき、偶然にも開かれた門のなかを見る機会はあったが、そこに見えるのは、この世とはかけ離れた、大自然の光景。

 夢を見た。
 その街を出てからも、長いあいだ見ていた。

 コンクリートの塀の内側に、悠然と歩く恐竜たち。

 事実、塀は、なかで首長竜が歩いていてもわからないくらいに高かった。かいま見た修道院は、まるっきりの森だった。森の中心に緑色の塔。夕方になると鳴る鐘。それはきっと、恐竜たちに食事の時間を知らせているのだと信じていた。

Brachiosaurus

 塀が壊れて、恐竜たちが街を破壊する、というような恐怖ではなかった気がする。
 ただ、街中の、あらゆる場所に登り這入り込み、いつも全身が傷だらけだった冒険好きな私だったが、修道院の壁には指を触れるのもいやだった。開けられた門の隙間から、なにかを見てしまうのが怖かった。清潔な修道服を着て、微笑みを浮かべ、レジではていねいにお辞儀をする、シスターたちが怖かった。

 ゴム飛行機は、どこへ行ってしまったのだろう。
 微笑むシスターが、家にやってきて。

「きみのでしょう?」

 と差し出されるのではないかと思って、怖かった。
 もちろん、飛行機の紙の羽根は、恐竜に囓られてボロボロになっているに違いない。

 女子修道院に、呼び鈴などは、なかったと思う。
 あったのかもしれないが、私の記憶にはない。
 あっても、押したりしない。
 検討さえしなかった。
 宝物だったが、飛行機は、そこに飛んでいってしまった瞬間に、私のものではなくなってしまったのだった。泣かなかったし、母親に報告もしなかった。

 絶対的な異界。
 あれは、すごいものだ。
 畏怖する、ということを私におぼえさせたのは、彼女たちである。
 この世には、触れてはならないものがある。思いこみでも、触れさえしなければ、思いこみが現実にはならずにすむのだから、触れずにいるべきなのである。

 その街に住んでいたころ、自転車で行ける距離の西宮恵比寿神社に、熊手を買いに連れて行ってもらった。

kumade

 りんご飴を買ってもらった。
 なにより神社は、よく知った汚い人々であふれ、いつでも入れるし、出て行ける。
 学生バイトの巫女さんは、みんな可愛かった。
 土地柄か、丸顔のぽっちゃりしたおねえさんが多かったような気がする。
 いまでも、巫女さんには萌えというよりも、懐かしさとわくわく感がないまぜになった感情をおぼえる。

 シスターは、怖い。
 彼女たちは、恐竜を微笑んであやつる。
 私の飛行機……
 塀のなかへ飛ばし入れてしまったことが罪。
 私自身のほうに落ち度があると無条件に感じる。
 その世界を穢してごめんなさい。 

 いまも、女子修道院はそこにある。
 恐竜たちもいるだろう。
 鐘も鳴る。

 この世には、目をそらして行きすぎなければならない場所がある。
 知りたいと思うことさえ穢らわしい。
 この世にはそういう場所があるのだ。
 しかもそれは、すぐ近所にある。
 そういうふうに、あの街で、幼いころ、知った。

 だから。

 修道服を着た女性を見ると、手をあわせてしまいそうになる。
 祈るためではなく、請うために。
 私もそっちを見ませんから、私のことも見ないでください。

 私にM属性があったならば、いじめてもらうにはこれ以上ないくらいに適役なコスプレなわけだけれど……残念(笑)。



 最後に。
 ツイッターでつぶやいていたのは、この団体です。
 まだ間に合う。
 私のかわりに後楽園、行ってきて。

『アイスリボン:OFFICIAL SITE』

 メンバー募集もされている。
 通いでデビューもできる女子プロレス。
 愛読誌はコミック百合姫な真琴も代表にメールで入門直訴したのがきっかけだとか。悩むくらいなら来い、自信は自分ではぜったい出ない、という言い切りは、男子のスポ根とはまた別な、来る者こばまずな包容力さえ感じさせます。小学生や中学生でも、ふつうにデビューして闘っている。
 これもまた、カタチを変えた修道院と呼べるだろう。
 彼女たちが、なにかを追い求めているのは、間違いないもの。

 悩める乙女。
 けれど夢を与えるリングで演じることを選んだ。
 悩める心もカラダも魅せることが修行そのもの。
 そのアンバランスさを、ひとは観に行くのだと思う。

 リングとは水槽。
 触れたくないものも、そのなかにあれば安心。
 ロープはガラス。
 透明だけれど、絶対的な壁。
 怖々、観客たちは眺めている。
 少し開いた門の隙間から。
 だから、首を振りながら肯きたい。
 とびきりの笑顔の奥に暗い森の恐竜を飼っているような、もう少しでなにかに到達しそうなのに、あがいてもあがいても手に入らない、修行のさなかの彼女たちが、魅力的。

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