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『とかげのいきかた』の話。



Wandering

とかげに出遭った。
正確に、とかげなのかどうかは知らないが。
私の認識する、とかげのごときものに出遭った。
とかげと目があうことはない。
とかげはじっと前を向くことができないのである。
だからもしかすると、
じっと見られているのかもしれないが、
ヒトである私には、そっぽを向かれているようにしか見えない。
私はヒトのなかでも、とかげに対して友好的な派閥に属している。
襲ったりはしない。
食べもしない。
それは、幼いころは。
「とかげはしっぽを切られても平気」
という話に夢を膨らませ、見つけては追いかけ、
しっぽを切った想い出もあるが。
とかげのしっぽをつまんで、切る。
それは、こちらが引きちぎっていると思いこんでいたけれど。
自切(じせつ)と、いうらしい。
あれは、とかげの意志のなせるわざ。
だから筋肉も収縮し、血も出ない。
ヒトの子供につかまった。
しかたないな。
ふんっ、とおなかにちからをいれて。
ぶつん、と自分で切る。
身長の三分の一くらい。
ヒトでいえばなんだろう。
背中の皮?
火炎放射器で炎を浴びせられ、
とっさに背中は捨てる。
やけどしても、跡は残るだろうけれど、
死には至らないし、皮膚はまた再生する。
と、いうようなことを考えていて、思ったのだけれど。
とかげのしっぽ。
別に、猿のようにそれでどこかにぶら下がったりしないし。
象の鼻みたいにエサをとるわけでもない。
文字通り血も涙もなく自切できる器官。
自切して、なにかに困ることがあるんだろうか。
背中をやけどすると眠るのに困るな。
とかげも、筋肉をつかって止血するということは、
しっぽにも血がかよっているので。
痛いのは痛いはず。
日々、じょじょに再生するのは、痒いはず。
だとしたらつらいよなあ……
とかげは、自分のしっぽの断面を、たぶん自分で掻けない。
やっぱり自切は、それなりの苦しみをともなうのだ。
いざというときには個人的に切り捨てるが、
進化としては捨てられない、しっぽ。
誇り、のようなものなのか。
確かに、しっぽのないとかげは、かっこよくはない。
ないと、カエルみたいだし。
種としての意志なのかも。
両生類じゃねえよ爬虫類。
見ろよこのウロコ。この、しっぽ。
いまでも子供たちはとかげのしっぽを切って遊んだりするのかな。
今日も、やむをえず命とひきかえに、しっぽを捨てたとかげは、
葉っぱの陰で拗ねながら、誇りの再生を待っているのかもしれない。
もがれた羽根が、また生えてくるのを待つ、天使みたく。

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 トカゲは変温動物である。
 一般的に、私たち哺乳類(あなたもそうですよね?)のような恒温動物は、変温動物のあとに進化して生まれた種だとされているが、だったら、なぜいまもトカゲはネズミにならずにトカゲのままでいるのか不思議だ。トカゲでいるよりもネズミでいたほうが生きやすいのならば、トカゲなどという種が現代に生息していること自体が謎である。

 恒温動物は、自分で体温を上げられるので、寒くてもけっこう平気。生物にとって、冬をいかに乗り切るかということは、重要なテーマなのである。赤ん坊を毛布でくるんだりできないし、火をあつかうこともできない、ヒト以外の恒温動物にとっては、文字通り、種の存亡がそこにかかっている。いくらふかふかの毛皮を生やしたって、そのなかで体温を上げられなければ、なんの意味もない。

 ヒトだって、布団に入れば、ぬくい。
 自分から熱を放出しているからだ。
 だから他人といっしょに寝ると気持ちいい。
 あたたかさは倍になるから。

 トカゲは布団をかぶっても凍えてしまう。
 彼らは、外部からの熱によって体温を変化させる。
 ペットショップの店員は、トカゲの暮らす水槽の上で煌々と点る紫外線ランプを、閉店しているあいだも点けておかなければならない。ある日、こつ然と空から太陽が消えたら、まっさきに死に絶えるのは、変温動物たちだ。事実、そうやって恐竜たちは逝った。

 (という説が確定した、というニュースが今週は流れていたが……隕石の衝突によって巻きあげられた粉塵が地球の大気中をただよったせいで日光が遮断され植物が死に絶えたことで草食恐竜継いで肉食恐竜が……皆無になるまで植物が死滅する期間って相当長いと思うのだけれど、大気中の粉塵って、そんなずっと舞い上がったままのものなんだ。世界中の学者さんたちが結論づけたのだからそうなんだろうけれど、なんか釈然としない)

 外からの影響で自分のほうが変わる。
 それが生存の大前提になっている生き方というのは、すごい。

 あしたも世界はあたたかい。

 トカゲは、それを疑うことさえしない。
 来週はきっと寒くなるから、薪を拾ってこよう、とか。
 もうすぐ冬が来るから、毛を生やそう、とか。
 そういうことは考えない。

 熱力学第一法則から逃れられる生物はいない。
 恒温動物であるネズミは、ちょこまかと一年中動き続けるかわりに、一年中、ちょこまかと動く脚で、エサを求め続ける。日光の当たらない屋根裏で、生きていくだけの体温を生みだすためには、太陽のあたたかさと同等の食料を摂取して心臓を鼓動させ、血液を全身に駆けめぐらさなければならない。

 人間なんて。
 もはや、進化しすぎて、生きるために生きている。
 お金というオモチャをつかって、物々交換を進化させ、だれもがそこそこに、あたたかくて、飢えないようにして。 
 いま走っているのはなんのため?
 あした走るため?
 それって、むなしいときもある。

 その点、トカゲはいさぎよい。
 考えずに生きて、寒ければあたたかい場所に移動して、暑ければすずしい場所に移動して、そうやってその場その場をしのぐだけならば、朝露と飛んでいる蠅だけでも生きていける。それでも厳しい冬はやってくるのだよと偉いヒトは言うかもしれないが、そのしたり顔の先生に向かって、トカゲはまっこうから言い返すことができるのである。

「生きていられないほど厳しいのなら、
 しばらく死ぬことにしましょう」

 寒さから逃れようと土にもぐり、それでも耐えがたいほど寒かったら、トカゲは仮死状態になる。冬眠である。なんと清らかな生き方か。ヒトと同じように、手足をもった生き物であって、内臓があって、もともと雑食性なのだから、冬だって食料がなくなることはない。それでも、トカゲは「生きるために生きる」ことはえらばない。生きるのに厳しくなったら、しばし死ぬ。
 友だちのトカゲの一部がネズミになったときは迷いもあっただろう。
 これほどまで世界が恒温動物の世になれば、己の生き方を疑うことだってあるはずだ。

 しかし、トカゲは、いまでもここで生きている。
 ヒトの世の都会と呼ばれる場所にだってふつうにいる。

 啓蟄。
 トカゲが、起き出してくる季節。
 春になり、コートを脱いだ私と、トカゲの目があう。
 バカな生き方をしているなと、言うのはトカゲのほう。

「あの凍える寒さのなかで
 必死でエサ集めて生きてた?
 バカじゃね?」 

 ちょっとだけ死ねばいいのに。
 言い切れてしまう、トカゲを私は羨望する。
 仮死状態になることのできるカラダがあったら、私は、それを選べるだろうか。たぶんできない。死んでいるあいだに地上が水没したらどうするのだ。知りあいがみんないなくなってしまったら。それよりもなによりも、もしかして、目が醒めなかったら。
  
「考えるヤツには、
 おれの真似はできねえの」

 まったくその通り。
 そうやって、進化を拒否して生きてきた。
 トカゲは、すてきだ。
 目指してもなることはできない、理想のイキモノ。

Reptilia

 ところでトカゲのエサって、生きたコオロギもいっしょに育てるのが安くていいけれど、市販されているのは成分を見ると小麦粉とコーンミールに副産物ミール(というのはつまり屍肉。犬猫のエサでこれが入っていると敬遠するお客さんが多いが、爬虫類エサでは選択肢がないのでやむを得ないところもあったり)の混合物ということで、それっていわゆるまんまミートタコスとかタマレの材料。

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『スープがあまったのでトルティーヤを焼く』の話。

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 ていうか、もっとエサっぽいところで比べるなら、肉の成分を練り込んだ粉モノというのは、つまりスナック菓子の代表格な成分なわけで。

BBQ

 トカゲのエサってたぶんビールに合う。
 ヒト用スナックのほうが安いのに、あえてそれ食うこともないけれど(笑)。
 その話で思い出したが、逆に、ペット用品を売っている者として、いつも不思議に思っていることがある。
 犬用のエサで、ビーフジャーキーが売っているんだが、肉の姿そのままのがあるんだよね。
 肉質うんぬんといっても、干してあってかちかちなんだし。
 そう考えると異常な安さ。
 ビーフジャーキー1キロパックが千円でおつりくるくらい。
 いや……と思うわけです。

BEEF
 
 ヒト用が、ぼったくってんじゃないのか、これ。
 売り場で犬用ジャーキーが積み上がってるの、うーんいつか食ってやると思いながら、いまだ実行できずにいる日々なのです。日本の御犬様が食って平気なものなんだから、健康に害なんか絶対ないことは保証済みなわけで。でも手が出ないのは。けっこう薄味好きな私。ヒト用よりも安くてあっさり味のそいつに、ハマってしまったらイヤだなあ、というのが、かなり本気であるのでした。

 冬眠すると、ビール飲んだりできないんだよなあ。
 とか、そういうことを思う限り、トカゲのクールさは身につかない。
 よくSFのシチュエーションで見る。

「治療法が開発される未来までコールドスリープ」

 ああいうのも。

 五百年後に起きて、病気なおって、ビール飲んで。
 でも、だれと?
 なにを思って。
 そこはもう、自分の生まれ育った世界とはいえないのに。

 という一方。

 いつだってヒトは孤独なものなんだから。
 起きてからまた友だち作ればいいじゃない。
 自分が生きているところが自分の世界になるんだよ。

 という考え方もあり。
 次の進化は、どこなんだろう。
 事故とか、ガンとか、なくなるんだろうな。
 そうしたらヒトは生きていることに超然と立ち向かえるようになって、意外と、目が醒めた地上からはビールがなくなっている可能性も、けっこう高い気がする。悩みのないヒトの世になれば、嗜好品なんて必要ない。

 飢えるから、寒いから、冬眠する。
 それを効率が悪いと、捨てた私たちは、すでにかなり飢えも寒さも越えた存在だし、この先は、もっと快適になるだろう。一年中おなじ温度の部屋で、一粒で3万メートルくらい走れるエサを食べて、快適温度だから服なんて着ないし、通信販売でビールを買って、ひとりで飲むのだ。きっとみんながそうなるから、テレビのなかの映画はCGだし、ボクサーはロボットだろう。

 そういえば、そんな映画があったっけ。
 あのディズニーのアニメでは、確か、眠りから醒めた孤独な機械が、人類をふたたび汗に濡れる悦びへと導いたのではなかったか。仮死するトカゲを捨てたなら、ネズミのように駆けまわるのがまっとうな生き様なんだよな、おそらく。
 必死さこそが、生きているあかし。
 ロボットだって必死さを身につければ生きはじめるだろうし。
 トカゲだって必死で身につけたに違いないよ、仮死なんて。

WALL・E 
 
 

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