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『高速事故』のこと。


 決算棚卸し。睡眠不足で数字と格闘しているなか、携帯電話に無数の着信が残されていた。数時間後に、これも多量に残されていた留守電の一件目を再生して、首を振る。

「タクミ……はぁ……ぅ……事故った」

 父の声である。
 しかもあきらかに痛みをこらえているうえに混乱している。誘拐されて椅子に縛りつけられて、大きな僧帽筋を持つ犯人に、銃底で二、三発殴られたあとの電話みたいだと思った。
 現実逃避である。
 それくらい、危うい事態になっているなととっさに思った。もしかしたら事故現場からかけてきたのかもしれない。だったら、これは私の携帯に残された最後の父の声だったり……いやいやいや、と首を振ったものの、そもそも父から電話というのがおかしかった。

 父の乗る、トヨタエンブレムが嫌いだが、そのスタイルは好きで、フロントグリルをとりかえてあるカローラフィールダーは、基本、助手席に母を乗せている。普段は、どんな緊急事態でも、電話もメールも、ほぼ100%、母の携帯からくるのである。

 いくつかの留守電を聞くが、母からはなく、ぜんぶ父。
 電話をくれとしか言っていない。
 どうやら死んではいないようだ。
 しかし聞き取りにくいくらいに、息も絶え絶えな声である。

 父以外のメールを確認する。
 うちは三人男兄弟で私が長男なのだが。
 まんなかの弟から来ていた。
 これも非常にめずらしい。
 そこではじめて、少しだけ事態が理解できた。

「四国でフィールダー大破。
 ふたりの命は無事。」

 そのメールに、
「なんだそれ。電話してみる。」
 それだけ返信して、すぐ、母にかけた。
 つながる。
 え、どういうこと?
 事故で携帯電話を壊してしまって、それで父から電話が来たのかと予測していたのだが。ふつうに着信しているのである。怖すぎる。
 つながった。

 荒い息。

「……たくみ」
「ああ。ケガしてる?」

 訊いてはみたが、最初に名前を呼ばれたときに、すでにわかっていたことだった。声がかすれている。血を想像せずにはいられない。

「肋骨が……ぅ……折れて、るの」

 それを話すのに30秒ほどかかる。
 これは、一本ヒビが入ったとかいうことでは、ない。
 そこは病室で、それよりも本人が話せないということがあきらかだったので、最低限のことだけ訊いて切った。これでは確かに、父と話すほうがまだしも会話になる。かけなおす。その後、当たり前だが、こちらが仕事中のそれも棚卸しのトイレに出た一瞬でかけていることなどおかまいなしに、なにが必要かと、うわごとのようなつぶやきを聞く。

 母は携帯していたけれど、父は持って行っていなかった保険証。
 現金。
 服が血まみれで、救急車でハサミで切られたので、着替え。

 なるべく早く退社して家に寄るよと約束する。
 四国に行ったのは、今月亡くなった祖母の生まれ故郷なので、謄本をとりに行っていたから。自分の逝った事後処理で、息子夫婦が逝ったりした日には、おばあちゃんだって化けて出てこようというものだ。

 しかしまあ、これからどっちが悪いんだとか、保険の話だとか、近所に転院させないと見舞いにも行けやしないとか、いろいろとあるわけですけれども。今月のあまりの日々に、義妹は「あたしは呪われているのかも」とか言いだすし、みんな「自分が呪われている」と思っているんだから言うなよ、と、いさめたり。さすがに今月、両親が遠い土地で死にかけましたもので、とまた休暇願を出すなんてできなくて。実家に保険証を取りに行ったら、末の弟が帰ってきていたみたいで。弟はダーツバーで働いたことがきっかけで競技ダーツにハマり、むしろバーで働くよりもと、最近、車関係の仕事に就いて、下っ端の雑用というところで、あちこち飛びまわっている。たぶん、飯食いに寄るとか言ったのに、四国行ってるわよ、とかいうやりとりがあったんだろう。かってに上がって食べなさい、と、母がホワイトボードに書いていた。その文の最後に、ちょっと前までやんちゃなバイク乗りで事故常習犯だった弟に対する、決まり文句がつづってあった。

「運転、気をつけて」

 ……笑ってしまった。
 気をつけても、事故には遭う。
 ヒトは、つるっと手をすべらせてグラスを床に落としてしまうものだし、そんなことは絶対に生涯ない、と言いきれるヒトはいないはず。
 事故は連鎖するというけれど。
 ふだんは電車通勤なのだが、たまたま棚卸しで深夜になるのでバイクで出た私も、その足で実家へ向かう途中、そのときにはまだ、ふたりの状態もよくわかっていなくて。信号が変わったことに気づかなかった。ヘルメットのなかで大声を出した。こうやって連鎖するんだと、肌で感じた。

 私の文章もおかしいね、これ。
 しかしまあ、まだ、あたふたしている状態なのです。
 それでも、今月締め切りの原稿だけは仕上げたあたりが、我ながらひどい感想だが、自信にはなった。身のまわりで一ヶ月のうちにこれだけ人が死んで、両親がつぶれた車のなかで血だらけになって、それでもキーボードは打てる。というか、それで落ち着いた。
 
 いまは、やっと現実的な問題が見えてきたところ。
 四国は遠い。
 けっきょく、母は肋骨9本を折ったうえ、背骨も圧迫骨折しているということで「とりあえず」一ヶ月の寝たきり。父は頭を何カ所か縫ったけれど、歩きまわれるので母の世話を焼いている。
 脊髄の圧迫骨折は、体重をかけると悪化するどころか、ぐちゃっ、と背骨が折れちゃって一生寝たきりとかそういう事態もありうるそうなので、近所に転院とかいうのも、一ヶ月過ぎて、そこで動かせるかどうかとか……遠い話だ。

 写真がある。
 警察の撮った写真を、また薄暗い部屋のなか携帯で撮っているので、粒子は粗いけれど。
 最初は正面衝突と聞いたのだが、これが本当に真正面だったら、おれたちいまごろ喪服だったなと、弟と話した。
 相手は、ミキサー車だった。

Fielder

 写真を見るかぎり、運転席側がへしゃげているのに、助手席の母が重症なのは、やはりエアバッグの加減なんだろうか。素人考えでは、助手席の母がそこまでの状態であれば、運転席の父が数日で歩きまわれる状態というのは、首をひねってしまうのだけれど。支点と作用点の問題なのかな。ともかく、シートベルトとエアバッグ。このフィールダー、買ったばかりだったんだけれど、もったいないというより、買い替えていなかったら、たぶん逝ってた。ちゃんとつぶれて衝撃吸収して、車内空間はつぶさなかったシャーシと、素早いエアバッグの作動。ありがとうトヨタの先端技術。アメリカでは大変なようだけれど、ここではふたり、トヨタ印の品質に助けられています。

 走れば走るだけ、事故る確率は上がる。
 よく言われることだけれど。
 自分だけは特別ってことは、絶対ない。
 
 実家から帰るとき、妻に、マフラーをはずせと言った。
 コートのなかに入れてるから大丈夫だよと言い張ったが、はずさせた。
 毎年のように、タンデムシートに乗った同乗者のマフラーが後輪にからまってバイクの大事故が起きている。さすがにしばらくは、私だけは大丈夫なんて思えない。
 これを読んでいるあなたも、きっと連鎖するから。
 いや、連鎖する、というくらいの気持ちで、愛車を点検して。
 無茶な走りはしないで。
 
 私、今週、両親をいっぺんに喪うところだった。
 こういうこと、あるんだから。

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