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『春節に大根餅を食べる決まり』のこと。


 縁側でのことだった。

 一成(かずなり)はマンガ雑誌を広げ。
 玲(れい)はそれを横からジュース片手に覗いていた。

 ときおり、意味のわからない単語を兄に訊ねたり、ストーリーが追えなくなって解説を求めたりしたけれど、基本的には兄のペースでめくられるページの、そのリズムを崩すような口出しはしなかった。玲が口を出さないからよけい、兄がゆっくりとした一定のペースでページをめくっているのがわかったし、だからそれでも読み切れない部分は、あえて追わずに眺めていた。

 ただ、そばにいたかっただけなのである。

 晴れた日の、蔵の白さがきわだつ青い庭を前に、ゆったりとしたふたりだけの時間の流れているのが、子供ながらに、しあわせだなと、思ったりして。マンガ雑誌は、少年誌にはお定まりの軽い──軽いとはいえ、あきらかに小学生の弟に兄がページをめくってやるようなものではない──色気が満載されたラブコメにさしかかっていたが、ページを繰り続ける手は、とまることはなかった。

「ちょっとはやいー」

 そこではじめて玲が、ページをめくる速度に口を出した。
 それは、どうも困っているらしい、兄の態度がおもしろかったからだ。マンガの世界では、転んだ少女に少年が馬乗りになり、ところどころ肌をあらわにしながら密着して、近づきすぎてしまった顔と顔に、互いに照れていた。正直言って、玲にはまだ、ヒロインの下着が見えているのでどきどきする感じは、それは見てはいけないものだから──罪を犯している自覚ゆえの鼓動の速まりにすぎなかったのだけれど。
 でも、中学生の、兄は。
 どうやら違うのだった。
 目をそらそうとしない。
 玲は瞳の動きを追って、兄が主人公に自分を重ねているのだと気づいた。

 ──カズくんもこんなふうに女の子にさわったりしてみたいんだ──

 よく、わからなかったけれど。躯と躯が密着して頬を染めあう物語のなかのふたりは、玲の理解している、同じクラスのだれが好きだから頬を染める、というのとは微妙に違うなにかを含んでいるのだとは、わかった。
 兄がページを繰る。
 キスシーンだった。
 ごめんとあやまる主人公に、少女のほうから、身を寄せていた。
 現実世界で、濡れた音がした。きゅ、というような小さな音だったが、板張りの縁側についた玲の手のひらが、汗ばんでたてた音なのはあきらかだった。

「……ん?」

 自分を見上げる弟に、気づいて一成が首をかしげる。

「さっきの大根餅の早食い競争、ぼくの勝ちだった」

 唐突に小一時間前の昼食の話をはじめた弟に、戸惑いながらも兄は、負けず嫌いな答えを返した。

「もう時効さ」
「ジコウってなに?」
「約束は時間がたつとないことになるんだ」
「……そんなの、ずるい」
「レイが、さっさと罰ゲーム決めないからだろ」
「いままで考えてたんだもん」
「なに? いいよ、言ってみな」

 そう言った兄の頬も火照っていたから、あれは誘導だったのだ。
 だって言葉がなくても、伝わった。

「これ、して」

 ジュースを置き、身をひねって兄を見て、玲は、開いたページの内側を指さした。

「ふうん」

 と、兄はよくわからない返事をして。
 キスをくれた。
 その行為にではなく、一成の唇に残っていた唐辛子の、ぴり、とした辛みに、玲は、少し大人になった自分を感じながら──思い返す──たった一個ずつの大根餅を、ゆっくりタレをつけて食べたカズくんは、まるで、競争に勝つ気がないみたいだった、と。
 唇を離したとき、ふたりの背後で悲鳴があがった。
 抱きかかえられるようにして兄から引き離されるとき、玲は、はっきりと兄が舌打ちするのを聞く。

「ごめんなさい。ごめんなさいっ」

 引きずられていきながら、玲は。
 かあさんごめんなさいぼくが、と言い続けたのだが、いったいなにがごめんなさいなのかはわからなかった。
 ただ、かあさんが、カズくんを睨んだのが。
 自分のせいだということだけは、まぎれもなく明白なことだったから。
 あやまり続けた。
 翌日には、それは触れられない出来事になったし、あいかわらず玲が兄になつくのを、とがめられたりもしなかった。

 あれは、春節の、うららかな日のこと。
 忘れられない、しあわせだったころ。
 ちょっとだけ揺れた、午後の出来事。

Dcc

Yoshinogi Takumi
 Shonen-ai Cooking Elegy
 Song 8
 『The silent prize of DCC Eating Match.』

(吉秒匠
 BL料理哀歌
 8曲目
 『春節の静かな賞品』)

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今年の春節はバレンタインデーと重なるとか。
都会に働きに出ていたり、学生で実家を離れている、
なんていうパターンが近年の中国では増えていて、
3月までの旧正月期間に旅客輸送量は25億人に達するという。
昨年も、中国では駅のラッシュで死亡者が多発した、という話を聞くから、
日本の正月のようなものを想像してはいけないのだろう。
文字通り、死んでも家族のもとへ帰らなくてはならない旧正月。
以前、日本人と結婚して日本にやってきた中国生まれの女性と、
いっしょに働いていたことがあるが、
まあそりゃもう春節が近づくとそわそわしまくりで。
私も兵庫育ちだから、神戸南京町のには足を運んだことがあるよ、
というような話をすると、
獅子舞も爆竹も、あんなものではないんだと。
死ぬまでにいちどは本場で過ごしてみて、と。
言われたっけなあ──
この時期になると、思い出す。
一年の計は元旦にあるなんて、日本でも言うが、
中華圏の春節に計がある信仰はもっと過剰で、
だからとにかく派手に、衣装もととのえて、
家族の顔を見て、先祖をうやまって。
よい子にしていないとサンタが来ないと信じている子供みたいに、
そこはきちんとしないと一年が台無しになる、と確信してる。
だからこそ、億単位でヒトが動いてしまうわけです。
彼女も、休めないなら辞める、と毎年言っていて、
いちどは本場に来いと言いながら、
あのコ行っちゃったら私たちは休めないじゃない、
と苦笑いしたものですが。
その彼女は、けっきょく母親の体調が悪くなったということで、
迷わず仕事を辞めて旦那も残して国に帰ってしまいました。
げに大事は、家族なり。
これだけ通信機器が発達して、
毎日何時間でもパソコンでテレビ電話できるけど。
春節には、家族のピンチには、ぜんぶ捨ててでも逢いに行く。
その迷いのなさを、うらやましく思った。
そんな同僚のことを思い出しながら、
今年も本場へは行けないけれど、
せめて大根餅くらいは食べましょう。
親にも逢いに行こう。
なんかこれ、良い影響。
だれかがだれかを愛しているのを見せつけられると、
自分もそれをないがしろにはできなくなる。
そうやって続いてきた行事なんだろうな。
たぶん私もこのさき毎年、ああ春節だ、と思う。
春節ですよ。
それがなんなのかは、よくわかっちゃいなくても。
ようはめでたいのです。
春がきたってことなのです。
まわりのみんなを抱きしめて、祝いましょう。
Radish rice cake。略してRRC。
冷凍庫へ、そろそろ詰めこんでみる。

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 そんなわけで、中華街ではこの14日から春節祭。
 甲子園球場のそばで育った私は、十代のころ、友だちと遊びに行くのも、ほとんど同距離にある神戸と大阪のどちらかを選ぶことになるのですが。母親からは、避妊だけはしなさいよ泣くのは女の子のほうなんだから、というセリフと同じくらい、よく言われました。

「どっちかで遊ぶなら大阪にして。神戸はこわいもの」

 ときまさに、山口組五代目跡目の座をめぐる内部抗争が激化していた時期。あのころのことを思えば、いまだに香港では爆竹の音を拳銃と間違うから自粛しているという話を聞くにつれ、獅子が舞い、爆竹鳴るけたたましい春節を迎える平和な関西に落ち着いたことを、よろこばしく思います。

 ということで、我が家のプランターからもアマリリスの新芽が出てきたうららかな、でもまだちょっと肌寒い、よき春の日の大根餅レシピ。
 簡単ですので、ぜひ作ってみて。

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○材料

大根 1本
薄力粉 3カップ
干しエビ 100グラム
干し椎茸 2枚
陳皮 5グラム
塩こしょう 少々

○作り方

① 乾物を水で戻し細かく刻む。
② 皮ごと大根をすり下ろして水分を絞り、塩こしょうで味付け。まとまるくらいのかたさにまで粉をくわえます(大根の大きさや水分量によって薄力粉全量は使用しない場合もありえます。目安としてはEカップの下乳くらいの感じ)。
② できあがった生地に刻んだ乾物を入れ、5ミリの厚さに丸め、15分くらい蒸す。

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 これでいちおうの完成。
 小説挿絵な写真の奥に見える、焦げ目のない白いのがこの状態。オーブンシートを四角く切ったのにのせて蒸してあり、そのままジップロックで冷凍が可能です。
 人によっては、大根を下ろすのではなく刻んだり、さっと湯通ししたりもしますが、面倒くさいので私はおろします(しかも電動モーターの力をかりて。この時期、鍋はぜったい大根おろしとポン酢で食べたい我が家でのフードプロセッサー稼働率は、そうとうなもの)。私個人の嗜好としては、あんまり大根を絞りすぎないほうがよい。おろした大根だと、ちからいっぱい絞ったら本当のカスになってしまうという理由もありますが。

 陳皮、というのは、いわゆるミカンの皮の乾かしたもの。なので、ミカンの皮があまっていたら、それを刻んで入れてもいいんじゃないかと。ケーキに入れるレモンの皮のように、表面だけ削ってもよし。

 冷凍した大根餅は、ごま油でじっくり焼くと、写真前方のような焦げ目がつき、またちがった味わいになります。私はこれを朝ご飯にしたり、お弁当に入れたりもする(お好み焼きで米を食う大阪っコですから、小麦粉練り物だって平気でおかずだ)。

 ソースは、酢醤油ラー油添えか、チリソースに醤油。豆板醤にナンプラーも捨てがたい。なにせ、唐辛子が必須です。熱い辛い食べたあと唇がヒリヒリする、というのが大根餅。同じタレで食べられる点心、餃子や焼き鳥なんかといっしょにホットプレートで焼けば、パーティー料理になりますし、晩ご飯のおかずにも。以前作ったメキシコのタマレと同じで、こいつは、祭の前に作りためておいて、勝手にこいつで腹を満たせ酒を飲め、という料理なのですな。

(チリソースはいわゆるサンバルアスリのほうではなくて、中華のスイートチリソース。サンバルはもっとあぶらっこいもののほうがあうと思う。ケチャップとサンバルまぜたのにマスタードとマヨネーズを添えてタバスコとレモンぶっかけて食べるフィッシュ&チップスに勝るものはない)

 生地に刻みショウガや、ゴマとか、そういうのもよし。作る人によって味が違ってこその祝い料理なので、感覚を掴むためにも、まずは大根半分くらいから作ってみるのがよろしいかと。手間を惜しまぬなら、皮をむいて、千切りにして、湯がいて、絞って、という手順を踏むと、至極マイルドな大根餅とあいなります。

 まあ、こんなもんはおにぎりみたいなもので、どうなったら失敗とか、そういうこともない料理ですから、気楽に作って冷凍庫に詰めましょう。

 というあたりでレシピについては書くことがなくなってしまったので、小説についても少し。辛い唇とか、兄弟とか、前にもこの企画で使った気がしますが。好きなんです、こういう関係性。もちろんふたりは異母兄弟で、母親と一成が血がつながっていない。五年後、この三人のあいだでは修復できないねじれた想いと事実が生まれてしまい、一成は家を出て二度と田舎には戻らず、数年を都会で暮らしたあとメキシコに渡り、マスクマンとして凱旋帰国。そこで弟と再会するのですが、それはまた別の話(笑)。

 Radish rice cake。略してRRC。
 と、最初は書いたのだけれど、あらためて調べてみたら、英語圏の中華街では、大根餅は、
 Carrot Cakeという名称で売られているらしいです。
 大根の英語訳がwhite carrotなので、間違ってはいないのだろうが、いやどう聞いてもそれは甘いニンジンケーキだろう……
 一方、英語レシピではDaikon Rice Cakesなる表記も発見。ほら見たことか。そっちのがわかりやすい。けれども、それも厳密には、餅という漢字を直訳してしまっているわけで、漢字圏のこっちにしてみたら、小麦粉ねりものは餅よりもむしろケーキのほうが近い気はする、白玉粉で作る大根餅というのもあるにはあるけれど、点心を餅と呼ぶのはやっぱり抵抗が……
 というわけで。
 あいだをとって、小説のタイトルには「Daikon Carrot Cake」略して「DCC」を採用いたしました。英語版の料理の鉄人で、大根のことをDAIKON-radishって呼んでいたし。アメリカンプロレスの中継観ていて「エンズイギリ」っていうのが、ものすごく日本語発音で浸透しているのはうれしいことです。そう、日本生まれのものは、そのまま日本語で呼ぶがよい。
 しかし、ダイコンラディッシュも違和感あるが、料理の鉄人で「Shiitake-mushroom」って連呼するのは、いっかいごとにつっこんでしまわずにいられません。
 シイ「タケ」マッシュルームって!!
 漢字訳すれば「椎茸茸」ですよう。
 だったら「シイタケ」でいいじゃない。
 長さ二倍になってんじゃない。
 略すか。
 SMの時雨煮。
 ……なんか淫靡。
 干しSM。
 ……放置プレイも過ぎるよね。

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Yoshinogi Takumi
 Shonen-ai Cooking Elegy

7曲目『ナンを焼くと両手がつかえない。』
6曲目『タマレってなに?』
5曲目『あらいぐまのすきなもの。』
4曲目『ピッツァみたいにぼくを食べてよ!!』
3曲目『クリスピー・プロ・フライドチキン』
2曲目『青くてカタいアボカドのパスタ』
1曲目『春餅/チュンピン』


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クロムハーツ  クロムハーツ  2013/10/23 14:03
『とかげの月/徒然』 『春節に大根餅を食べる決まり』のこと。