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『カレーのためのナンのレシピ』のこと。



 いつのまにか。
 彼は、ぼくよりも先に気づいたのだ。
 おびえる必要など、ないと。

「出ていってくれる」

 言われたことの意味がわからずに、父がうろたえた瞳のままで、彼を見上げた。

「おれはまだガキだからね、部屋を借りるのは難しいんだ。最低の部屋だけれど、しばらくはここで暮らすよ」
「おまえ……なに考えて。だいたい金はっ」
「お金? あるよ。自分から仕事なくしたあんたと違って、ネットでは子供も大人もないから。こんな部屋代くらい、おれでも稼げるんだ……そうだね、これには感謝してる。あんたにとっては女の残していった金目のものってだけだったろうけれど、本当に、このパソコンがなかったらと思うと、ぞっとする」
「お前は!! さっき弟に、なにさせてた」
「まだ言ってんの。ナンを焼いていて、両手がふさがっていたんだ」
「そんなことが理由になるか!!」
「手が粉だらけだったんだ。いいじゃん。仲良しなんだよおれとチージウは。邪魔者はあんただ。どうする? おれ、どうやらケンカもできなくなったあんたよりも強くなっちゃったみたいだし、金も持ってる。パソコン代くらいは払おうか? とにかく出て行ってよ。今月からおれが家賃払うんだから。ここはおれの家……おれの世界だ」
「……チージウ」

 父が、ぼくを見た。
 見て欲しくなくて小さくなっていたのに。

「チージウ。お前は、こいつに操作されているだけだ。目をさませ」
「弟に変なこと吹き込むなよとうさん。こいつは健全だよ、おれの真似してカラダ鍛えたりしているんだ。おれを愛しているんだよ。とうさんではなく……でも当たり前だろう?」
「血を分けた、兄弟が」
「なにもやましいことなんてない」
「罪だ。おまえらのやっていることはっ」

 なにが──?
 ぼくは、彼のほうを見た。
 彼は、父を見下ろすのに忙しくて、ぼくのほうなど見なかった。
 なにをやったことが、いけないと、とうさんは言っているんだろう──
 彼に、触れたことが?

「にいさん……?」

 ぼくのささやきに、答えたのは父さんだった。

「わかった、こんな部屋などおまえにくれてやる。だがチージウっ。おまえはおれと来るよな。おれには、おまえをまっとうに育てる義務がある!!」
「自分がなにを言っているかわかっていないんだね、とうさん。義務? やめとけチージウ。こいつについて行くと、ひどい目に遭う。こいつはいま、おれの稼ぎをどうやって横取りするか考えてる。それよりも、おまえを働かせるほうが簡単だとも思っているんだ、チージウ。おれといっしょにいろ」
「おれと来るよなっ、チージウっ」

 床に転がった父は、いつになく優しい目で。
 仁王立ちの彼は、見たこともないほどに冷たい目で──
 ぼくを見つめていた。

「ぼく……」
「おれになりたくはないか、チージウ」

 にいさん──に。

「おまえに世の中を教えてやる。パソコンも勉強も、ぜんぶだ。おれと同じところに行こう。こんなところとは違う、もっといい世界へ」

 ぼくは、立ち上がっていた。
 父が、憐れむ瞳でぼくを見ていた。
 ぼくはごめんなさいと心で呟いたが決して口には出さず、出て行くならすぐに出て行って見えない場所まで行って欲しいと父に願っていた。
 すがりついたぼくの肩を、彼は手のひらで包み込むように抱いてくれた。
 かすかに、その腕が震えていたのは、緊張のためか昂奮のためか、それとも悦びのためなのか、ぼくにはわからなかった。
 父が遮光ヘルメットをかぶって出て行ったあと、彼は、今度こそ激しく震えながら、ぼくの全身を抱きしめた。

「やった……やったぞ、チージウっ!!」

 ぐつぐつと煮えるティッカマサラと、焼きあがったナンの香ばしい匂いが満ちている。
 ここは、ぼくらだけの、家になった。
 すぐそばに、彼の匂いがした。
 ぼくの左頬に、ぎりぎりまで唇を近づけたが、そのときでさえ踏みとどまった。
 熱と震えに満ちあふれ、うなされたようになってさえ、彼は自分からぼくに唇を触れることはない。

 彼は、罪を犯さない。

Nan

Yoshinogi Takumi
 Shonen-ai Cooking Elegy
 Song 7
 『Both hands can't be used, baking Nan.』

(吉秒匠
 BL料理哀歌
 7曲目
 『ナンを焼くと両手がつかえない。』)

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○材料

ぬるま湯(約30℃) 250cc
プレーンヨーグルト 60cc
オリーブオイル 40cc
はちみつ 大さじ1
強力粉 500g
ドライイースト 大さじ1
塩 小さじ1/2

○作り方

①ボールにお湯。ヨーグルトとオリーブオイルとはちみつを順番に入れ、泡立て器でまぜる。
②強力粉半分とドライイーストと塩を入れて、泡立て器でまぜる。
③強力粉の残りを入れて、手でこねる。打ち台に移して10分ほど続けて。
④オリーブオイルを塗ったボールに戻し、乾燥防止にひとつサイズの小さいボールをかぶせたり、アルミホイルで封をしたり。その状態で、二倍程度の大きさになるまで発酵待ち。冬以外は室温で一時間くらい。冬場はオーブンの発酵機能か、コタツの中にでも。
⑤ちぎってのばして、表面に水を塗り、焼く。裏面は水は必要なし。できあがり。

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 というわけで。
 前から書きます教えますと言いながら、忘れに忘れていた、吉秒的ナンの作法をいまここに。

 生地をちぎる大きさは、大きければ大きいほど焼く作業が簡単になります。極論、お好み焼き屋さんの鉄板みたいなものがあれば、ちぎる必要もないわけですが、経験上、せめて四等分にはしないと、のばすことができないと断言しましょう。生地をのばすのに、台は使いません。両手でせっせとのばしてください。形も厚みも不均一であればあるほど、ナンは美味チック。

(↓参考動画)


 まあ、股の下を通り抜けさせる必要はありませんが、破れない程度まで薄くのばしたほうが優しい味になるのはたしかです。あんまり厚すぎると、もちもちどころか、アゴが疲れて食べられないナンになってしまいます。お好みですけれどね。

 フライパンは鉄のものをぜひ。ダッチオーブンの蓋なんてあると最高です。
 ちなみに小説の最後についている写真は、ダッチのフタで焼いてます。

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『ダッチオーブンをシーズニングする』の話。

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 焼く前に水を塗るのは、鉄に密着させるため。本来、石かまどの壁に叩きつけて焼く料理なので、油なんて必要なし。むしろフッ素樹脂加工のフライパンなどでは、水を塗っても密着せずに、焼き色がうまくつかない。水を塗るのは、ハケを使ったりしないでいいです。水道の水を指先でちょちょいと塗ってやる。本場のカレーは手で食べるのに、料理には道具を使うなんてそんなバカなことはありません。手でこねて、手でのばし、手で焼いて、手で食べる。

 だからナンを焼くと、両手が使えない。

 小説のなかに出てくる「ティッカマサラ」は鶏肉のトマト煮込みインド風、といった感じのカレーの一種。インド料理の店ではおなじみのメニューですが、私はクリーミーなカレーというのはあまり好まないので、自分で作ることはありません。カレーはパンチが効いていてナンボです。山盛りの唐辛子がメインの料理であって欲しい(でもせつない小説のラストには、すっぱからい匂いのほうが似合うような気がしたのです)。我が家では、この時期には冬瓜カレーをよく作ります。あったまる。ていうか、山盛り作って冷凍してあるカレーにバリエーションをつけようと、そのときどきの野菜をぶち込んでいるだけなんですけれども(笑)。

 ヨーグルトをふだん食べないひとは、ヨーグルト60ccをタッパーに敷いたラップでくるんで凍らせて保存しておくとよい(凍ったらタッパーから外して、ジップロックに詰めるのです)。解凍させると分離しますが、ナンに使うにはまったく問題なし。はちみつも、砂糖で代用してできないことはない(はちみつには発酵を促進させる作用があるので、それを抜くと、発酵しにくくはなります)。ドライイーストは当然のこととして冷凍庫で保管。
 これにより、本当に料理などしたくないとき、強力粉さえあれば、冷凍庫のものを解凍するだけでカレーディナーが完成するのでした。

 強力粉生地は、打ち粉なしでも台にくっついたりしないし、手でのばす技をおぼえれば、泡立て器とボール一個でできあがる。ダッチオーブンがあれば、温めたカレーをそのままテーブルに出して、フタでナンを焼いて。洗い物もスプーンと皿だけ。

 慣れれば、発酵時間を抜きにして、三十分もかからず簡単にナンは焼けます。
 ナンがあれば、冷凍庫のカレーだろうと、肉なしのたまねぎのみカレーだろうと、なかなかディナーっぽく見えてしまうので、おぼえておくと便利。人数が多いパーティーなどでも、これで楽勝に男どもの腹を満たすことが可能(強力粉500gは、男カップルのディナーに、それだけで充分な分量です)。
 ライスカレーでは、お酒が飲めないでしょう?
 ビールにもワインにも合うってところが、ナンの偉大なところ。

 ぜひ、習得してください。

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Yoshinogi Takumi
 Shonen-ai Cooking Elegy

6曲目『タマレってなに?』
5曲目『あらいぐまのすきなもの。』
4曲目『ピッツァみたいにぼくを食べてよ!!』
3曲目『クリスピー・プロ・フライドチキン』
2曲目『青くてカタいアボカドのパスタ』
1曲目『春餅/チュンピン』

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