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『F-1の未来』の話。



 ドイツの技術者カール・フリードリヒ・ベンツは、工場機械用の2サイクルエンジンの研究の果て、馬を使わずに三輪車を走らせることに成功した。4サイクルエンジンを積んだ、この「馬を必要としない馬車」こそが、帝国特許局特許登録37435番、公式に誕生した世界初の「ガソリン動力乗用車」である。

 この「Patent Motorwagen」は、木製ベンチに自転車のような細いタイヤを三つつけたもので、現代の感覚でいえば乗用車というよりも、タイヤのひとつ多いオートバイのような乗り物だった。私も大阪の国立民族学博物館で実物を見たことがあるが、それは、破壊するためにわざわざバットを持ってこなくても、脚で蹴れば解体できるような代物だ。

 人を乗せて、走る。
 人の体重でさえ、黎明期のガソリンエンジンにとってはむずかしいことで、まして馬車、ベンチシートの二人乗りである。車体を軽くすることが、走ることの実現への直接的な課題になっていたことは想像に難くない。

 その後、ベンツは四輪車も生産するようになるのだが、それがだいたい1890年あたりのこと。
 だいたい、120年ほど前。
 ヒトの寿命は尽き果てるだろうが、太古というほど昔のことではない。現代の車一台が、当たり前に十年くらいは乗り続けられることを考えれば、モデル10だとか、その程度の世代で、自動車はもはや「馬を必要としない馬車」などという範疇に収まらない乗り物になっている。なにせ4サイクルエンジン車でさえ時速400キロを越えるし、エンジンの種類にこだわらなければ、自動車の最高速度ギネス記録は、音速と同等である。そんな馬車はない。

 そして、2010年。

 日常生活で、時速400キロを必要としない人類は、自動車を電気モーターで動かしても充分使用に耐えることを発見し、急速にガソリンエンジンに興味を失いつつある。

 FIA Formula One World Championship。
 通称、F1レース。

 自動車界の最高にして最大のスポーツショーレースの座に君臨してきたF1の、哀しいお知らせが、今年の経済紙にはつぎつぎ載った。ホンダ、BMWに続き、あのトヨタも離脱。ルノーも撤退検討中。経済紙のニュースから現れるところを見て、どうやら金がかかりすぎることが問題らしい。ということで、最後に残るのは「金がないわけがない」という姿勢で売らざるをえないイメージ重視の高級車メーカー。フェラーリと、自動車創始者ベンツの名にもゆかりの深い、メルセデス。

 しかし、素人目にも見ても(というかこの場合、それがいちばん重要なところだが)、F1でメルセデスが勝つことが、新車の販売にすばらしく貢献するとは思えない。まあ、ベンツを買った会長が「ふぉっふぉっふぉっ、この車は乗り心地がいいだけでなく、F1でも勝っとるのだよ」などと自慢するにはいいネタかもしれないが、そんな会長は放っておいてもベンツを買うだろう。

 となると、ほかのスポーツカーメーカーが皆無のなかで、表彰台を独占するフェラーリって。かえってなんかもの悲しい……

F60 20059

 間違いなく日本車ファンは「出てたら勝つに決まってるし」というようなことを言う図式である。ちょうど、バイク乗りの世界で「カワサキは原チャリ出してへんけど、出しとったらいちばん速いに決まってるやん」というのが当たり前に語られ、原チャリ最速メーカー論をかわしていた話の和を、カワサキ信者がいつだって台無しにしてしまうように。

「あのなあ、わかってねえなあ。ホンダがあの年に撤退していなかったら……」

 これからのF1ファンの多くが、そういう厄介者になるのだ。
 鈴鹿サーキットと富士スピードウェイで開催されていた日本グランプリも、2010年の鈴鹿以降は未定。日本GPがなくなれば、おそらく日本でのテレビ中継も危ういだろう。そもそも、フジテレビは日本GPの放映権だけを売れと詰めよったが、全戦のセット販売だけですと言われて泣く泣くそれを買っていたと聞く。日本車メーカーが採算に合わないしイメージアップにもならないと切り捨てたレースを、一部のマニアのために放送し続けてくれるとは、どうやら思えない。

 目にしないものに、ファンはつかない。
 赤い糸は、なにもない場所から紡ぎ出すものだが、それは視界のなかに入っていることがまず大前提なのであって、世界のどこかでぶおんぶおんとエンジン音を高鳴らせていたとしても、それが届かず、伝聞さえない状況では、新たに恋を紡ごうという者など生まれるはずがない。

 来年の春、Xbox360で『F1 2010』というゲームの出ることが決定している。最先端のゲーム機でF1を。しかし、これ自体がもう、最後の商機と見てのものであるのは明らかだ、日本車メーカーの消えた、日本人も乗っていない『2011』は、発売しても採算が合うとは思えない。それならばゲームメーカーは、架空の近未来サイバーフォーミュラーものにでもしたほうが消費者は食いつくと考えるだろう。

 サイバーフォーミュラーは、まず間違いなく電気で動く。
 サイバーフォーミュラーは、タイヤもないかもしれない。
 そして、それはゲームのなかの話だけではなく、現実も。

SF-03 SUGOU

 『飛翔』リンクでもおなじみリコさんの娘犬が手術を受けたというのを読んだ。すっかり愛犬家の集まりになっているその場所に、私はコメントを落とすこともできずにいるのだが(手術の成功おめでとうございます。その細い脚の骨にネジを……写真に、思わず魅入ってしまいました)、彼女のプロフィールには、ちゃんと書いてある。F-1好き。でも、めっきり、そんな話をされるリコさんを見ていない。F1好きだと広言していることだけで、すでに希少な存在である。
 そういうことが、身のまわりで起こっている。
 まだ、数年前までは、食堂で自分の車を買うためにバイトしている男の子たちが、F1の話で盛り上がっているのを、聞くことがあった。それがいまでは皆無。バイク好きはまだ多いが、私の乗っているカワサキも製造中止になってしまったように、近年の排ガス規制強化で、ガソリンエンジン車のパワーだとか、どれが速いだとか、そんな話自体が、あんまりわくわくしないものになっている。

 どのタイヤが燃費がいい、とか。
 やっぱりあのメーカーの排ガスはクリーンだよね、とか。
 そんな話で盛り上がるのは、むずかしい。

 だったら電気で走ればいいじゃない。
 実生活では、もはやそういうことだ。
 バイクも電気になるだろう。
 そうなると、F1の未来が見えてくる。

 乗馬はいまでもさかんなスポーツである。しかし、その競技人口を、オリンピックの舞台が成り立たせていると考えている人はいるまい。鉄馬と呼ばれるオートバイのレースで、もっとも観客を集めるものについて、議論の余地はない。

 公営賭博。

 ギャンブルだ。
 競馬であり、オートレースが滅びないように。
 電気自動車の時代が来ても、前時代的燃焼系エンジンで速さを追い求めるF1が生き残るためには、娯楽の王様への転身しかない。
 いや、いまでももちろん、海外の多くの国ではF1を賭け事の対象とするブックメーカーが存在するし、ネットを通じて、日本から賭けることも可能ではある。しかし、それらはブックメーカーが独自にやっていることであって、その収益がF1の儲けになるわけではない。

 これが、公式なものとなれば。
 競馬の世界大会が、尋常ならざる盛り上がりを見せることは、よく知られている。いまでは、バイクや車にとってかわられた、馬という乗り物の速さについて、世界中の人たちが注目し、熱狂する。金など賭けていない、ただ見るだけのファンさえも、その熱狂から生み出されていく。

 国内レースの、賞金王。
 自慢のエンジンとタイヤをひっさげて、世界で戦う。
 かつて存亡の危機に立たされた、あのF1が、いまこの現代にこれだけの熱狂をもって蘇るとは、いったいだれが想像したでしょうか!!

 叫ぶアナウンサーを夢見つつ。
 F1レーサーの名前も、もうよくわかんなくなった私だって、Formula Oneのない世界なんて、イヤだ、と。かつて熱狂して観ていたひとりとして、思うのです。

 環境を破壊する諸悪の根源と、どうせイメージ悪いなら。
 ギャンブラーたちの金を吸い上げて再生してはどうだ。
 その利益でメーカーがエコカー開発するなら、FIAチャンピオンシップレースの意義はあるでしょう。
 そうなれば、他の市販車ベースのレースとは完全に差別化を図った、サラブレッドのようなエンジンカー、もっと軽く、もっと流線型に、というF1の目指してきた方向性も継承された、魅せる側も観る側も満足な、世界中で開催される世界公認の公営賭博場として、化物級の集客力を持つイベントになることは、間違いない。
 いかがか。

2009 FIA F1

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