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『人造脂肪肝の消失と銀色のカツラ』の話。


 前回、人間界で消費される食肉の代表格である、ブタやチキンの天使なんてのは、さまよえる魂の数が多いだろうから忙しいんだろうなあ、ということを書いていて、思い出した。それほどさまよえる魂の数は多くないかもしれないが、もがき苦しんだ度合いでいえば、ガチョウの天使ほどイヤな仕事はない。

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『人造脂肪肝美味』の話。

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 たぶんパチンコ『CR料理の鉄人』のTVCMが流れはじめたことによるのだと思うのだけれど、以前書いたこの記事を訪れてくださるかたが妙に増えていて、本木雅弘が後継主宰に決まったそのあとはどうなっているのだと私もさがしてみたのですが、金のかかる番組だけに、この不況下にバッシングを怖れてか、番組復活の兆しは見えず。

 それはさておき。
 私がその記事を書いたのは、ちょうど二年前の10月。
 ところが一年後の10月、つまりはいまから一年前。
 伝えておくべき出来事が起きていたのに、書いておかなくちゃと思いながら、まる一年、すっかり忘れていた。

 私は今年も国立国際美術館の会員でした。
 でも、そこにあるレストランには、もう立ち寄ってはいない。
 その場所からはフレンチが消え、イタリアンへ。

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『レストラン マエストロ 国立国際美術館店』

 国立国際美術館店京阪電車中之島線の開通で話題の中之島エリアに国立国際美術館のレストランとしてオープン。アート鑑賞やプラネタリウム観覧帰りのカップルに早くも好評のイタリアンカジュアルレストランです。
 大阪市北区 国立国際美術館B1F

 Open 2008.10.1

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 というわけで、いまでは地下を覗いて、そこにある店は、私の勧めた店とは別物です。
 鉄人の店ではない。
 コースを頼んでもメニューにない人造脂肪肝が出てきたりしません。
 店が変わってから、いちども立ち寄っていないので、ほめることも、けなすことも、まったくできないのですが、個人的な主義の問題として、私はリーズナブルなカジュアルイタリアンの店にワインを我慢して寄るくらいなら、千円札でワインとビールを買って帰り、自分で倒れるくらいの分量のピザを焼いて喰います。

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『台湾旅行記・そしてピザを焼く』のこと。

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 絵画なんてバカな文化を観たあとは、もっとバカで美しいプロレスラーのジャーマンスープレックスなんかを観ながら、食事したいし。私は食事の前に筋トレする習慣があるので、流しっぱなしの格闘系ソフトを観ながら食事に流れ込む毎日なのですが(カラダには悪いんだろうが、限界まで腕立て伏せやったあと、肩で息しながら飲む最初の一杯のビールが美味さの極限にあることは、語るまでもないだろう)、不思議なもので、それを何年も続けていると、男のハダカがないと食欲がわかなくなってくる(笑)。ストックが切れると、ちょ、もお、だれでもいいからバックドロップ極めて見せてくれよと、ふだん観ない団体の試合を鑑賞することも多い。

 酒池肉林という四字熟語は、酒といえば女という連想から、飲んでは抱き飲んでは抱きの淫らな宴が開かれていたというのを想像するエッチな中学生も多いが、おおよそのところはあっているにしても、肝心なところが正解ではない。

 語源は、私も大好きワガママ妲己(だっき)チャンの願望。
 願望だけれど、王様はカワイイ妲己チャン(中身は悪神女媧(ジョカ))の頼みだから、本当にそれをやっちゃったわけだ。

「えっとー。お酒で池つくってー、お肉を木の枝ぜんぶからぶら下げてー、オトコノコもオンナノコもいっぱい集めてみんなハダカにするのっっ!!」

 で、銅鑼をぐわんぐわんと打ち鳴らし、全員で酒の池飲み干しレースや、肉の早食いレース、命果てるまで耐久セックスレースなどをおこなって、それを木の上からきゃっきゃと笑いながら見る。
 木の上の王様と妲己チャンは、食事を摂り、酒を飲んでいたが、別に暴飲暴食をしていたわけではなく、眼下の光景をたのしみながら食事も適度にたのしんだだけ。
 あかるくはげしくたのしく。
 闘争と美女と驚き。
 現代のプロレスが目指すのもそこだから、やっぱり正しい酒池肉林の実践としては、それを眺めて、きゃっきゃとたのしみながら、適度な食事をいただくべきでしょう。

封神演義

 絵画に興味がないヒトだって、レストランの壁が白一色だったら、食欲減退すると思うんだ。
 たとえば象が鼻で描いた意味不明な抽象画。実際そこにはなんの意味もない絵画だとしても、壁にかかっていることでだれもの心を落ちつけるはず。

 そう考えると。
 アンディ・ウォーホルの言葉が、より深みを増す。

「アートとは無駄な空間を埋めるモノである」

 であるならば妲己チャンのためにまぐわって魅せた男女もアートなら、私の箸をすすめる世界のプロレスラーたち格闘家たちもアート。そして、壁にかけられて、だれかに落ち着いて食事を摂らせたその瞬間に、たとえ一顧だにされなかったとしても、その絵もまたアート。象が鼻で描いた意味不明な抽象画であっても、そこにはアートとしての意味、存在意義が生まれる。

 美術館を出たあとで、だれかと食事をするとわかります。
 どんな名画も、たかが話のタネ。
 時間つぶし、その後の食事の時間に思い返すための想い出。
 だったら悲劇のセックスシンボル、マリリンでも極彩色で描いとけ。
 極彩色の事故現場とかどう?
 おれだって銀色のカツラとかかぶっちゃうよ。
 ほら、話のネタになるでしょう?

 そうしてルーブル美術館に所蔵されるルネサンス期名画家たちの作品と、20世紀にケロッグコーンフレークの箱を「ただ写した」ウォーホル君の版画は、日本は大阪の美術館でいっしょに並べられて「偉大だ……」とわかったようなふりの人々にため息をつかせるようになりましたとさ。

 めでたしめでたし。
 学ぶべきはそこ。

「言いきってしまうこと」

 はいはいはーい、こっち見てーっ!
 いまから私、木の枝をぽきんと折りますっ。
 はい、ぽきん。  

 それが。
 プロレスであり、アートであり。
 なにそれ。ってヒトもいれば。
 なんか勝手に感動して泣きだすヤツまで現れたり。
 となると感動できるヒトのほうがカワイイと思えたり。
 よい観客であり続けたいものです。

 そしてすべてのエンタメ制作者は、醒めさせないで、観客を酔わせる努力をおこたらないこと。あ、その木の枝折るの、あたしどこかで見たことある、と思われた時点で、それこそ無駄なパフォーマンスになってしまいますから。
 大食いレースとかリングでAV撮影とか、二十世紀ですたれたよ。
 ダダ以降の反芸術運動も沈静化して、じゃあ次になにやんのとか。
 引退間近のレスラーがまたぞろニューワールドオーダーとか。
 そろそろ次の波こねえの?
 いやもう来てんの?
 ていうかオレはなにをすればいいの?
 とりあえずメシ食って酒のんどくか。
 抱いとくか。
 泣いとくか。
 吠えること、今日もないかな。

 そんな感じ。
 ニンゲンは生きるだけでは足りない生き物になっちゃった。
 それが幸せだと思い込めるように。
 美術館でペインティング・プロレスとかやってくれないかな。
 それこそプロレスでありアートであり、国立美術館でウォーホルで殴ってピカソからダイブして地下のレストランでパスタを凶器にしたら、一般ニュースでも取りあげられて。来館者数も爆増だろう。プロレスもアートも死んだといわれて久しいが、結局は、タブーに挑戦するのがエンタメだってことを忘れて、過去の価値の定まった「偉大な」流れの展示に終わっているから、飽きてくるんだよ。
 客を退屈させるくらいなら、狂気に走ってでも盛り上げるのが演者ではなかろうかと。
 強く、強く、考える。

 国立国際美術館の地下レストランが、だれもに愛される低価格路線の無難なカジュアルイタリアンに変わっちゃったっていうのは、なんだか私に失望しか与えなかったんだ……
 現代でかぶるべき銀色のカツラってなんだろう。
 「べき」っていうのは、おかしいけれどもさ。
 だれも期待しないから美術館も応えないのだろう。
 メイドとか、ぜんいん老眼鏡の紳士とか、ホモとか。そういうマンガからパクってきたような設定でもよかったんだ。なんかさあ、リーズナブルにパスタ出すとか、コーヒーだけでもオーケーですよって店にするのなら、なんらかの「うーんさすが日本が誇る国際美術館のレストラン」って。
 唸らせるアーティスティックなこと、カマして欲しかった。
 就職率低いから、ファインアートを学ぼうって若いのも不況下では減ってくる。
 そこでこそ美術館の役割じゃないか。
 アートのチカラ、発信して欲しかったんだけどな。

andy

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