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『EPO / AQUA NOME』のこと。



 死んだふりしたら
 立ち直っちゃったのよ
 めんどくさくなって
 そんなお芝居が出来るうちはまだ
 強いんだ 私

epo

 epo 『コナゴナ』(『air』収録)

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 心ってさ。
 語ると文章になって、文章になってしまうと、だれにでもわかるカタチになるかわりに、あたりまえだけれど、個人的なものではなくなってしまう。たとえば、すき、とか、きらい、とか。

 私はアレがすき。

 そう語ったら、みんなが、あらそうなの、あなたはアレが好きなのね、とわかってくれるかわりに、でも語ったこちら側には、いやそれはなんか違う、という違和感が生まれる。それはもう、遺伝子から、生まれて育った一瞬一瞬からして、だれもがみんなてんでばらばらなので、すき、というその感じがもう、そもそも同じわけがないのだから。
 その違和感を埋めようと、さらに言葉を継いだりすると、もっと違和感を感じることが多い。だって、どうしたって、その想いが同一になることなどありえないのだもの。語れば語るほど、むなしくなることは多い。

 小説とか。
 数十万語を並べ立て、ちょっとした小さな、こういうのってわかってもらえるかなあ、という感じをなんとか違和感を極力なくして読者さんに伝えようとしたりするのだけれど、もちろんそれをむなしいと思ったりはしないのだけれど、でもやっぱり、書けば書くほど、ヒトっていうのはひとりっきりだなあ、ということを感じたりもする。
 わかっては、もらえない。
 それはもうぜったいに、運命の赤い糸の相手とめぐりあって抱きあったって、だれかとだれかが、完全な同一をえることなんてない。

 でも、だから。
 あ、なんか、ちょっと、とどいたかも。
 それだけで、充分だったりする。
 あ、それがわかってもらえるの?
 と、びっくりすることさえある。

 語っても伝わらないはずだ、と思いこんでいることに、気づいたりする。
 よく考えてみたら、よく伝わっていなかったとしても、私はアレがすき、と、だれかに伝わっただけで、ずいぶんな意味のあることじゃないかと思ったりする。

 とても、すき。
 だった、と書くべきか。
 まったく新譜が出なくなったので、出し続けてくれていたら聴き続けたのだろうけれど、もうこの数年は、どこかの小さなライブで歌ったその歌がよかったとか、噂は聞くのだけれど、噂は文章だから、そのひとが、いまもどこかで歌っていて、それもよい歌を歌っていると、伝わってはくるのだけれど、もちろんその歌声そのものがとどいてくるわけでもないから、それを聞きながら書くということもなく。

 何度か、ここでもふれて。
 ファンのかたから、今年は出るらしいですよ、とか。
 教えていただいたりしたのが、ずいぶん前とか。
 八年て。

 最近は、公式サイトの文章だけを読んでいたから。
 なんだか、心を語りすぎているようなそのひとに、同一を求めすぎて説明めいた歌を聞かされるんじゃないかとか、もっと、ゆるく語って、こっちの想像力を泳がせて、とか。聴きもしないうちから感じてしまっている。そのひとが、心を語らなければ、八年前の最後のアルバムだけを、たまに再生して、まだかなあ、と楽しみにしていられたのに、とか。
 そうも思ったりしたのだけれど。

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eponica.net: EPO日記

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 新曲のプロモーションをはじめて、そこから、もう伝えようと必死なEPOさんの、そういう文章を読んで。インターネットって、この世からトイレに行かないアイドルを消し去ったかわりに、ちゃんと語ろうとするひとには、とことん語れる世界を生み出したんだねすごい、なんてことを考えたのでした。

 すき、です。
 近年は、語りすぎだろう、という気はしますが。
 イメージを作り上げようとするより、ずっといい。
 で、一瞬で予約できてしまうのも、ネット世界のいいところ。
 作品は、ね。
 どんなジャンルも。
 まず、とどいてナンボですから。
 あ、なんか、ちょっと、とどいたかも。
 受けとるこっちも、感じて、また語って。
 そのくりかえしで、作品の質って上がっていくものだと思う。

 というわけで。
 新作がどういう毛色になっているのかは、おたのしみ。
 幻滅も予想しつつ、私としてはこのひとの歌には『VOICE OF OOPARTS』のタイトルの通り、稀有なる楽器としての歌声を期待したい。

epo

 歌っているんだけれども、聴きながら書けるくらいに、言葉の意味なんて希釈して欲しい。いまでも私がときおり口ずさむのは『You Are My Fantasy』の一節。

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アルミホイルに 包まれた
月の ソファーで
横たわってkissを したいの


 EPO『You Are My Fantasy』

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 たぶん、EPOが聞いたら、ええそこなのぉ、というところだろう。
 でも、なんかいい。この歌詞に、甘く、甘すぎない、彼女も、彼女のまわりのひとたちも全員で聴くものを、うまくまるめこんでしまおう、という、絶妙な演技感がいい。たぶん、彼女にとって演技とは演じることではなく、日常なのだと思う。幼いころのあだ名「えぽ」を名乗ったときから、それは確実に本名の自分とはなにかが違う。epoはepoを演じて一生を送るともいえるが、そうして生まれたepoにはepoの人生がある。epoが歌うたびに、epoが深化する。アルミホイルに包まれた月のソファーを本気で想像して歌っているわけじゃないと思うのです、歌うたび、別のことが頭をよぎったりすると思うのです。だから歌声そのものに、意味をさがして聴き入ってしまう。この曲が収録されたアルバム(『FIRE & SNOW』)はすでに廃盤になっているのですが、インターナショナル版もあって、それもいい。ときどきひっぱり出してEPOを聴く頻度は、このアルバムが一番高い。

(記号でいうと、小文字のepoを名乗っていたころのEPOがすき)

 あのころとはあきらかに方向性が違っているから、同じ感じを期待しているということではなくてね。今度の一枚も、やっと出たのだから、宝物になる一枚であったらいいなあ、と。八年前の周辺のアルバムは、言葉に意味が含まれすぎていて、演じかたが個人的すぎて、聴くほうにも個人的な心の広さを要求されるために、あんまり引っぱり出さなくなっちゃったのが多い。

 そういう意味では、今回も。
 「だれにも愛されなくても」
 とか
 「でも生きている」とか。
 私の指向としてはそういうなぐさめを欲する部分はほぼ皆無なので、歌詞への共感も皆無なのですが、それはそれ。そこまで「おやくそく」のなぐさめに徹するのなら、それはもう逆に行きすぎて言葉だけに見えてくるのではないかと期待している。本当にそれを必要としているヒトには、大きな力を持つ言霊になるんだろうが、いまの私にとっては、それらの言葉は文字をじっと見ていたら意味とか形とかがだんだん曖昧模糊としてよくわかんなくなっていってしまうゲシュタルト崩壊を起こしているようなもので「ああなんか歌ってる」くらいにしか感じなくなる。EPOの、それはぜったいに望むところではないと思うのだが(笑)、発表してしまった作品をどう愛そうが私の自由だ。

 日本語をひとつの音色として聴く。その意味は、こちらで勝手につける。私はたぶん、そう聴く。私は彼女の歌声が好きなのだ。



 オーパーツなる歌声。
 記録された銀盤。
 ひさかたぶりの。

 歌うご本人の言葉に誘われて。
 なんか違うな距離を感じるなと思いながらも。
 手をのばしてみる。
 それこそ、すきってことだ。
 迷いなく、新作は手にする作家のひとり。
 ご結婚おめでとうございます。子供も作りたいと49歳のEPOが公の場で笑いながら言うのをアルバム『Soul Kitchen』の『BLEEDING HEART』(幼いころ虐待を受けた実母との確執を歌った曲)を聴きながら、これだけ癒しの世界の人になりながら、自分自身が家族を持つことに躊躇しなくなるにはそれだけの時間がかかるのか、と複雑な思いを持ってしまったり。

epo

 ブログが荒れてコメント欄を閉鎖する騒ぎになろうとも、プロのセラピストになってからの言動が、どうにも危うくて読みながらうわぁ、と思ってしまうことが多くても、EPOがEPOを演じて歌うかぎりは、私はすき。
 あまりに長い年月待たされたので、疑いも抱きつつ。
 触れているうちに、馴染むといいな。

AQUA NOME

(いやしかし八年新譜でないと廃盤だらけだな……事務所も渡り歩いているから再販もむずかしいだろうし。手に入れられるうちに、ぜひ手に入れてみて、いろいろ)

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