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『映画「スター・トレック」2009』のこと。



You will always be a child of two worlds.
I am grateful for this, and for you.

(おまえはいつでもふたつの世界の子供だ。
 私はその事実と、おまえ自身に感謝している)


 映画『スター・トレック』(2009)

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映画『スター・トレック』公式サイト

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 アメリカでは、オバマ大統領がトレッキーだということもあって、映画のなかの、このセリフが宣伝にも多用されているみたいだけれど(ヒラリーの大統領選での活躍に、『スタートレック:ヴォイジャー』のキャサリン艦長を連想したよね、トレッキーのみんな)……「緑色の血をしたゴブリン」と呼ばれる感情のないバルカン人と地球人のハーフ、スポックの魅力は、キレるところだ。
 半分ヒトなので、実は感情がある。

 そのバルカン人、スポックが、今作では部下(友人)を殴る。
 そして、ひとりになって苦悩して、父に冒頭のセリフを投げかけられるのだが。
 あんまり人種問題が身近ではない日本で暮らすトレッキーの私にとっては、そのセリフよりも、直前のスポックのつぶやきのほうこそが、興味深かった。

「まるで子供のころに戻ったかのように混乱している」

 裏返せば、スポックは幼少期、ふつうに混乱していたということである。
 しかし成長とともに、あらゆるパニックを押し殺すすべをおぼえた。
 つまり、バルカン人としてもっとも有名なスポック副長が、そもそもバルカン人としては種族物真似をしているだけの、むしろヒトに近いヤツだったということになる。ていうか、スタートレック好きならだれもが薄々と疑っていることだと思うのだが、半分ヒトのスポックは例外などではなく、そもそもすべてのバルカン人には感情があるのではないだろうか。でも、バルカンの誇りにかけて、キレない。その葛藤が、かえって冷静さとはなんであるかを観る者にうったえる。

 だれもが、だれかを演じている。

 そのことを暗にほのめかす、緑色の血をしたクール種族、バルカン人は娯楽エンターテイメントの歴史上、類を見ない傑作キャラクターのひとつといえる。

 まあ、そんなこんなで、スポックがキレて、カーク船長が生まれるという、いきさつを描いた今作は、J・J・エイブラムスが監督に決まった当初から、彼がトレッキーではないことを公言していたために、ファンのあいだでは「どうなっちまうんだ」という不安ばかりが先走っていたのですけれども。

 ふたを開けてみれば、なんかそれが良かった感じ。
 ジェフリー・ジェイコブ・ エイブラムスは、あの自由の女神の首をもいだ偽ゴジラ映画『クローバーフィールド/HAKAISHA』をヒットさせたことで有名なヒト。あの映画も、私のとなりで観ていた妻が始終きゃあきゃあ言っていて、でも、観終わったあと悪夢を見たりはしないという、健全なアトラクションホラーぶり。サービス精神は折り紙付きである。

HAKAISHA

(余談だが↑この映画を観ていて、建物の半地下とか、レンガ造りの小さな橋とか、個人的なハンディビデオで撮るニューヨークのちょっとした風景のあちこちで「あ、ここ来たことある」というデジャヴを感じたのですけれど……私はアメリカの地を踏んだことはない。あとで考えてみると『GTA4』でした。くまなく歩いたあのリバティ・シティ。それはすっかりもう、私の「行ったことのある土地」になっていたのです。偉大なりグランド・セフト・オート。追加コンテンツ『The Lost and Damned』の日本語化はまだか)

 監督がトレッキーではないので、そうじゃないヒトが観てもたのしめる──いや、ボーイズラブ好きなら、この構図は熱狂さえできるかもしれない──それくらいにカークとスポックの友情と信頼のはじまりを、ていねいに描いている。
 サービス精神旺盛な監督が気を使ってくれたのか、トレッキーたちのためのあれやこれやを惜しまないでくれたことも、完成度を上げた一因だ。
 伝統のハリボテ岩場こそ排除されたが、伝統の「映画のボス戦は高くて細いところで一騎打ち」シナリオは守ってくれているし、トレッキーが集まれば話す「ビーム転送って壁のなかに転送されないようになっているのはともかく、水のなかとか、出現したら落下する場所なんかに出る可能性は絶えずあるんじゃねえ?」というのを実際にネタにしてくれている。登場人物たちも、アーチャー艦長のビーグル犬ポートスを転送させるのに失敗したスコットの左遷先での境遇が描かれるし、カークがマッコイをはじめて「ボーンズ」と呼ぶ場面まである。どれもトレッキーでなければわからないネタなのに、ちゃんと意味不明ではないドラマにしてあるという。苦労したろうな、この脚本。

 そんな優秀な脚本家コンビ(これも片方はアンチ・トレッキーであると公言している)が、あきらかに唐突な印象になるとわかりながらもサービスしてくれた、旧スポックの登場こそが、この映画を、トレッキーたちがすばらしいと絶賛せずにはいられないものにしたのはあきらかなことで……汚い手口だ(笑)。しかしドラマシリーズのほうでも、タイムスリップして旧シリーズの自分と出会うといった演出は、視聴率が低迷すると使われる、これこそスター・トレックの定番手法。
 そのおかげもあってか、この新機軸スター・トレック映画はすでに続編が決まったらしい。
 スター・トレックは滅びない。
 まさか、カークとスポックに戻るという、ドラマのほうでシリーズ打ち止めのあだ花となった『スタートレック:エンタープライズ』のおかした正史以前を描くという愚をもって、これが成されるとは……実際には、並列世界のままでこの後も進行し、正史とは別のドラマになるという設定だそうだが、なんにせよ、スター・トレックはトレックである。いまさら並列世界だろうがなんだろうがそんなもん関係あるか。

 復活、スター・トレック。
 実によろこばしいことなり。

 SF好きなら、今回の脚本のプロットは、どうしたってバクスターの『時間的無限大』を連想せずにはいられない。

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「それが千五百年もたったら──」ハリーが口をはさんだ。
「いったいどこまで進歩していることか。特異点そのものをつくれるようになっているかもしれない。おそらく最大限数トンの小惑星程度のものだろうな」
「なにに使うんだ?」
 マイケルは両手を大きくひろげてみせた。「コンパクトなエネルギー源としてだよ。キッチンにブラックホールがあるとするだろ。そこにゴミを投げこんでやれば、ゴミは一瞬にして目に見えないほど小さく圧縮されて、しかも役に立つ短波長の放射線が大量にでてくる。でなければ、人工重力だってある。そうだな、たとえば月の真ん中にブラックホールを埋めれば、月面の重力を好きなだけ大きくできる」
 ハリーはうなずいた。「もちろん、特異点が月を食わないようにしておく方法を見つけなくちゃならないわけだな」
「ああ。重力波もつくれる。ブラックホール同士を衝突させればいいんだ。牽引ビームができるぞ」


 スティーヴン・バクスター 『時間的無限大』

Stephen Baxter

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 牽引ビームは、この映画の時点ではまだスター・トレック年表の先だが、特異点を生成する技術は物語の核になっている。『時間的無限大』同様、タイムスリップによる歴史改変の攻防が描かれてもいる。けれども、映画のなかで、老スポックと現代のスポックは対面するのである。
 通常、タイムスリップした人物が過去の本人と出逢うと、観測者問題がぐちゃぐちゃになって宇宙がはじけて消える。
 しかし、スター・トレックでは無視だ。
 脚本は、タイムパラドックスを笑っている。
 おもしろければいいのだ。
 そこを徹底するところが凄い。
 『時間的無限大』の魅力的なプロットを映像化するのなら、シュレーディンガーの猫と、ウィグナーの友人のパラドックス(猫を殺す実験をしているシュレーディンガーも、友人ウィグナーが訪ねてきて「ようシュレーディンガー」と見つめて観測してくれなくちゃそもそも存在しないんじゃないのっていう矛盾)を、描きたくて仕方ないのが脚本家のサガであろう。宇宙の有様とか、精神世界の果てなどを描きたくなってしまうのである。ましてスター・トレックという壮大なるオペラは、それをやっても許されるのだ。過去へ行く、我々は宇宙を視ることで宇宙を確定させる!!

 しかし。
 そこを抑えて、パラドックスも無視して。
 はっきり言ってしまえば同人誌的な作りにしたことで、世界は認めたのである。
 うん、これなら続けてもいいよ、スター・トレック。

 このあいだ、グレッグ・ベアが『Halo』の小説を書きはじめたらしいという話をしたが、そういえば彼は『スター・ウォーズ』の小説も書いている。

「大好きな物語の新しい部分を描く」

 それは、ふつうのヒトがやるとパロディ同人誌と言われる。
 しかしグレッグ・ベアともなると、その書いたものが正史になり、世界中で一般市場を熱狂させるのである。なんてうらやましい。もちろんグレッグ・ベアもそれで大金を稼ぐのだ。オリジナルシリーズにはまったく関わっていないにもかかわらず、大好きなジェダイや、マスターチーフの自分だけの物語を設定流用で書いて、スイス銀行の口座残高が跳ね上がる──同人作家の夢です。まあまずそれにはオリジナルで名を売る必要があるわけなんだけれど。

 そういうわけで、この新作『スター・トレック』。
 観ながら感じたのは、嫉妬。
 トレッキーでもないくせに、自分だけのスター・トレック正史を描いちゃった監督に、熟したトマトをぶつけたいくらいに嫉妬した。旧スポック本物使って同人展開? カークのやんちゃな少年時代? きっと世界中で「こんなのが許されるならオレにもやらせろ」という著名なトレッキーたちが地団駄踏んでいることでしょう。
 悔しかった。
 我が愛しのスター・トレックがJ・J・エイブラムス色に染められてた。

 私としては、リアルタイムに観ていた新スター・トレックのシリーズで、ふたつの世界をつなぐスポックの役割を担っていたアンドロイド、データが全スター・トレックキャラのなかでもっとも愛するところ(生殖器を持つ感情のないヒト型ロボという設定は、のちの日本産ロボっ娘作品の多くに影響を与えた。なにしろその存在自体がせつなさのかたまりなのである。ああもう思い出すだけで泣ける完全ヒト型なのに無機物な悲哀なのです)。
 だからこれでもう新スター・トレックの映画化は打ち止め確定だということにも、寂しさをおぼえるのですけれども……アンドロイドだからね。演じている役者は歳を取ってしまうので、限界だったとあきらめるしかないんだろう。映画第10作『ネメシス/S.T.X』のときには、データの顔のしわをどうしてもさがしちゃったもの……おしろい塗り込んでいるから、小皺も見えちゃうんだよな。ハイデフ映像時代に、アンドロイド役演じるヒトはお肌の管理が大変です。

 いつか、データも新キャストで描かれる日が来るだろうか。
 そんなときがあるのなら、その日のために。
 まずはオリジナル売っておかなくちゃな。

「スター・トレックに登場する技術は現実世界で実現する」

 そういわれたトレックが、過去のトレースをメインストリームとすることは、現実世界の行き詰まりを現すようでちょっと怖いところもあるのですが、いやいまこそ過去を見つめなおし、きっとその先には想像を絶する新たな未来が開けるのだと。
 信じて、観つづけます。
 映画のヒットで、テレビシリーズのファンも増えるといいなあ。
 愛されるには、理由があるのです。
 スター・トレック、愛してる。

Star TrekStar Trek

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