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『三沢光晴の死』のこと。

 三沢が題字を書き、この春はじまったばかりの新番組。
 『ノアぷ~』。

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『テレビ大阪・ノアぷ~』の話。

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 その第6回。
 森嶋猛が照れながら言う。

「ノアぷ~、はじまるぜ!」

 その頭上に、テロップが流れた。

「13日夜、三沢光晴さんがお亡くなりになりました。
 謹んで三沢さんのご冥福をお祈り申し上げます」 

 当日の放送、番組はフィラデルフィアのKENTAと、空手道場の小橋だった。
 冒頭のそのテロップ以外になにも情報はなく、隣の部屋ではすでに妻の寝ている深夜、私は自分もすでに寝ていて、なにかの夢を見ているのかと思った。思いながら、でもそれはきっと事実なんだろうとも思った。それが、ありえることだと、知っていたから。

 翌朝、映像を見た。

 リングサイドの女性観客たちが口もとをおさえはじめ、会場がどよめき、そして手拍子とともに「三沢」コールの大合唱。それでも反応がなく、男たちが泣き叫び、控え室からは高山が、どうしたのだと現れる。リング上では倒れた三沢を取り囲み、KENTAが驚いたように後じさり、丸藤が両手を打ち合わせている。

 観客たちも、拍手していた。
 おかしな光景だけれど、ノアをずっと。いや全日の時代からの三沢を見続けてきた者たちにとって、それは条件反射のようなものだ。タイトル戦では、三沢は決まって言った。

「うーん。あのバックドロップまではおぼえているんだけどね」

 そのあとの記憶がないと。
 でも勝ったのだと。
 実際、ありえない技をくらい、リングに大の字になり、それでも、リングサイドの選手が、観客が、三沢の名を呼び、覚醒させようと拍手をすれば、いつだって起き上がってきた。

 この春の三沢光晴の調子が良くないことは、ファンなら一試合観れば気がつくというレベルで。三沢自身が、絶えず「あとどれだけやれるか、だから、オレは」と口にしていたし、今回のタッグリーグは、相棒に選んだ若手の成長株、潮崎豪を指して「潮崎の出来しだいだよ」とはばからず言うくらい、試合のさなかもロープの外側に陣取ることが多かった。

 四天王プロレス、と、ひとは呼ぶ。

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『ノアぷ~(仮)』の話。

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 それは、ありえない技を、ありえない受け身の技術でかわしてみせる、闘牛だった。
 そこに死が隣りあわせで在ることは、だれもがわかっていたから、それは特別だったのだ。
 ほかのだれも、演じられないからこその、伝説。

「あとどれだけやれるか」

 だましだまし、やるものではなかった。
 受け身の天才であり、すべてのバックドロップを丸め返してしまう三沢であっても、46歳、ましてあきらかに体調の悪いいま、それは受けるべき技ではなかった。
 なかったのだが。
 このノアのおかれた状況で、プロレス界の現状で、だれがむちゃをやるかといえばオレだろうと、三沢は間違いなく思っていた。リストラに反対し、地上波断絶を『ノアぷ~』で回避する、捨て身の攻勢は、リングの外でも中でも、最強の社長として、ほかにありえない選択肢だったと思う。
 いまも、たぶん三沢が心配しているのは、それだ。
 自分に技をかけた齋藤彰俊が、今後もバックドロップを出せるかどうか。
 まして齋藤はDeath & Darkを肩書きにするリングネーム「死神」齋藤彰俊だ。
 私は齋藤彰俊が、好き。
 変わらないで欲しいと願う。
 三沢もそれを望んでいると信じる。
 今後、NOAHがどういった形になっていくのか、唐突に社長でありスター選手である三沢を失った、プロレスリングNOAHの社員たちこそが恐慌状態だとは思うが。

 そこでも吠えるのが。
 すべての選手のつとめだと思う。
 少なくとも私は、それを期待している。
 これでプロレス界が、さらに?
 いや、三沢の魂を継ぐ者たちが、いま、次のプロレスを魅せてくれるはずだと、信じてる。
 私は、NOAHと、プロレスの力を、信じています。

 27分03秒。
 レフェリーストップ 。
 バイソン&齋藤組が3度目の防衛に成功。
 それがその夜、起こったことだ。
 第17代GHCタッグ王者たちを核に。
 いまからの熱いブックを、描いてほしい。

noah

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chrome hearts  chrome hearts  2013/10/23 14:04
『とかげの月/徒然』 『三沢光晴の死』のこと。