成人されたみなさま、おめでとうございます。
なにがめでたいのかはともかく、苦難の道の第一歩を踏み出したあなたへと、先見にて溺れあがく大人の一員としてなにか有意義なアドバイスでもしたいものですが、なにも思いつきません。
まああれです。
なるようになります。
毎日、気合いは入れておきましょう。
ダラケるのはクセになりますから。
そろそろ禁煙はしたほうがいいかも。某番組でオセロ松嶋尚美が禁煙しはじめた理由として述べておりましたが、昨今、喫煙室でまわりを見まわすと「ここはダメな側の人間を閉じこめておく部屋か?」という風情なことが多いです。かくいう私も二十歳をすぎてしばらくしてから禁煙しましたが、いまだに
チョウ・ユンファ
とか、
ブルース・ウィリス
なんかが映画のなかでぷかぷかやってると、手をのばしてしまう用に常備はしています。年に一箱もなくならないけど。大事なのは人前で吸わないことです。私、接客業などに携わっているのですが、世に喫煙者の減った現在、煙草の匂いのする客というのは、煙草に悪い印象のない私でも気分良く接客できません。なにもこの時代に、他人に煙草の煙とか匂いとか吸わせる必要ないじゃない。自分の部屋で趣味としてたのしむ、そこにとどまることができずに外でも吸ってしまうって、それ「中毒者です」と看板下げて歩くようなものです。なんであれ中毒者に好感抱くのは、同類だけ。中毒者の友人や愛人が欲しいなら、それも手かも知れませんが。
お風呂にも入りましょう。
歯もみがきましょう。
夏場は制汗剤とかも使いましょう。
逆に香水はやめてください。
無臭です。
いまや大人とは無臭のイキモノなのです。
乳臭いのが子供です。
発情していても発情した匂いなど発散させずにすまし顔なのが大人なのです。
自己抑制。
しかして己がうちではマグマをたぎらせよ。
無臭。
しかして味わえば頭痛がするほどに濃厚。
そんな大人になってください。
なんかよくわからないですけど。
なんか近ごろ、可愛らしい大人が増えた気がする。
それはそれでいいんですが。
舞台を成立させるために、萌えキャラと同数のクールなキャラもいると思うんですよ。
騒がしいだけの集団ってその場かぎりだけれど。
明け方の一瞬とか、たそがれて階段に座り込んで、
「あたしたちってさあ、どこ行くのかなあ」
なんて語ってしまう。
その一瞬が、先に続くと思う。
いや別に深刻ぶれってわけではなくて。
他人の真顔に気づくことのできる冷静さというか。
スイッチ入れたり切ったりを、完全制御できるように。
ところで世界的に見ても成人の日なんていうのを国民の祝日にしているのはめずらしいことだそうで、これはやっぱりアレだと思うのです、そもそも日本の成人の日というのが元服という儀式を起源としているからではないかと。元服というといわゆる「オトコノコがオトコになる日」という位置づけで、時代劇なんかだと烏帽子(えぼし。さかなくんの帽子みたいな鳥のじゃない。調べて知識にして)をかぶせたりもうちょっと時代が進むと月代(サカヤキ。戦国時代に兜をかぶってもムレないし髷がクッションになって痛くないしいつでも闘えるぜオレサマ戦闘民族な心意気を誇るために編み出されたとされるナイスな髪型)を剃ったり、上流階級な風景がさもスタンダードであるかのように描かれていますが。
実際のところ、いつの時代も大多数は庶民なるもの。
庶民に烏帽子とか月代とかいりませんし。
じゃあ「オトコノコがオトコになる日」に、なにをどう変えるかといえば、そりゃもう。
チンコです。
ああ可愛らしく遠慮して書いてしまった。書きなおそう。
ペニスです。
男性器です。男根です。彼の昂ぶりです。益荒男丈夫です。まあなんつうか十五歳くらいの「あ、なんかおっきくなった」とかいうのから「なんだこれおれの意志と関係なくあばれだすよっ」という困った事態になるくらいの年頃に、まわりの大人がその対処法を教えてやるという……これが庶民の元服であり、いまの成人式の原型。
ビバ、ペニス祭りだ、オレー!
そういうノリなので、とりあえず米俵かついで近所の女系の家を訪れ、米と交換にそいつを縫ってもらいます。
ふんどし、を。
つまりは、庶民における烏帽子であり、ちょんまげとは、ペニスを護る布なのです。
聖なる布は処女によって縫われます。
んでまあ縫いあがったら、それの付け方を教えるわけです。
それまでぶらぶらさせていたガキは言うでしょう。
「パパ、きゅうくつだよ」
おとっつあんは息子の頭をシバいて言うでしょう。
「ぼけ。もうおまえのそいつは野獣だ。きちんと隠してしまっとかなきゃならねえんだ、大事な場面で解き放ち、大暴れさせるためにな」
よくわからない話で、ガキは戸惑うはずです。
そう、ふんどしを着けるのがペニス祭りのメインイベントではない。
おとっつあんは、妙に深刻な顔をして、ふたつほどため息をつき。
吐き出すように、言うでしょう。
「わかんねえか。おまえのそいつは、ぶち込むためについてんだ」
「なににぶち込むの、パパ?」
哀しいことにその時代、視聴覚室に男子だけ集めて見せられるようなビデオなんてのはなく、庶民は文字を読めず、文字を読めないということは文章で思考するということができず、たとえ紙がすでに発明されていても、ものごとを順序だって絵で説明することなんてできませんでした。女子はふんどしの縫い方を、目で見て盗み、男子はその女子を……
というわけにはいきません。
なにせそのころの庶民は小さな村単位で暮らしているのです。
ふんどしを縫ってくれた処女は、未来の花嫁候補の筆頭で。
性教育の教材としてFairyDollな扱いはできないのです。
というか、村に女子がいるなら、それはぜんいん嫁候補なのです。
だからおとっつあんは、ため息をつくのです。
「いいか。なににどうやってどういうふうにってのは、いまからおかっつあんが教えてくれる。だけどな勘違いすんな。これは今日だけだ。おまえが本当にぶち込むべき相手に出逢ったとき上手くやれるように、詳しく作法を教えてやるだけだからな」
……そういうのが、当たり前でした。
日本ていうのは、そういう国だった。
いや、近親相姦が禁忌となったのは近代でのことで。
それまでは、おとっつあんも、そういう感覚だったかも。
めでたいペニス祭りの筆おろしペニスをヨソのもんにくわえ込まれてたまるものか。
男根信仰というのは世界中に当たり前にあるものだし、いよいよ結婚できるとなったふんどしを初めてしめたオトコノコのチンコなんて、ハッピーアイテム以外のなにものでもない。よしんばこの通過儀礼のさなかの子種がヒットしたところで、遺伝子鑑定などない時代、同族のタネなら別段なんの問題もなし。母親はさすがにまずいんじゃねえか、という風潮になってからも、同族の婦女子でいただいてしまう習慣というのは、長らく各地方に残っていたようです。
一方、処女の血は子種を殺す、という思想も各地にあるようですから、娘が婿のチンコをぶち込まれる前に、穢れは身内で処理してしまう、というのも庶民のあいだでは広まっていた風習なようで。しかし孕んでしまうとこれはやっかいなことになるため、枯れきった村の長老に処女を喰ってもらうという、うれしいんだかなんだかよくわからん習わしもあったという。枯れて子ができないけれどつらぬく硬度はたもっておけ、と要求される長老も迷惑な話だと思うが。
そういう時代を経てきて、だからこの国ではそこは譲れない。
「成人の日っていうのはものすごーく特別な日」
近親相姦がタブーだという頭になってからも、ペニス祭りは続いていたのである。
大義名分がないと、悪になる。
しかし祭りならば。
これは奇祭だ、太古よりの習わしであるぞよと。
童貞のチンコが喰えるのである。
処女の破瓜をいただけるのだ。
後半、たぶん大人の欲望によって歪んだ解釈になっていっただろうことは想像にかたくない(笑)。
(いま、ものすごく思い出した映画があったんだが、タイトルが出てこない。ひどい父親が暴れ放題で、ベッドでやられながらぼこぼこに顔が腫れるまで殴られた妻の特殊メイクが印象的で、息子がその父親に反発し、顔に伝統的な入れ墨を入れて葬式で踊ることで己の血筋を誇るという……ラストはひざまずく父親に迫るパトカーのサイレン。後味のわるい映画だったことはおぼえているのだが、場面場面をとるといかにもアメリカ映画的で、検索で特定できない……ああ歯がゆい。これじゃねえ? とか、わかるかた、おねがいします)
とまあ、歴史から学べとはよくいったものです。
こうして考えてみれば、大人になるとはどういうことかがわかってくる。
端的に言えば、暴れるチンコをふんどしで押さえ込むことである。
では、女子の側ではどういったことが「成人」であるのか。
これも日本という国ではわかりやすい。
男子のふんどし、女子の……
お歯黒。
女子の成人式で求められるのは、
1、地味な色の着物に着替えます。
2、歯を黒く塗ります。前歯だけ塗ると歯が欠けているように見えてなおよし。
3、眉毛を剃ります。形を整えるのではなくぜんぶ剃ります。抜けばなおよし。
忘れてならないのは、眉を剃ったあとに、額の高い位置に眉を描くこと。
能面でおなじみの「段上眉」というやつです。

……これになんの意味があるのか。
考えるまでもありません。
マンガを描くひとなら、ここまで誇張しなくても、と思うかもしれないが。一般的に、デフォルメされた子供というものは、顔の上下半分の位置に瞳がある。目から下、鼻と唇の領域と、目から上、眉と額の領域がイコールであるほど、幼く見えるということです。コケティッシュ路線のアイドルが必要以上にあごを引いて写真に撮られるのはそのため。遠近法によって額を大きくすればするほど、幼くなる。

となれば段上眉の意図は明白。
おでこ領域の縮小である。
しかしそれによって求める効果がセクシー路線であるならば、地味な着物だの、お歯黒だのの意味がわからない。
だとすれば、こう考えるのが妥当だ。
大人になる、のではなく。
子供ではない、ことをアピールしている。
あたしこどもじゃないモン、の主張である。
地味な着物着て、おでこ狭くして、歯まで欠けているように見えたなら、もう老婆。むかしのひとは美の価値観が違った、などということではないのだろう。
今も昔も、だれが見ても、醜い。
ていうか、おもしろい。
つまりは、こういうことでは?
その気にさせない。
おそわせない。
成人してふんどしを締めて野獣を隠し持った男子を、いたずらに刺激しない。
そのための偽装。
もちろん、ベッドでは段上眉を拭くのです。
そうしたら眉毛のないぶん、おでこはひろがって、いっそう愛らしい。
動物には幼いものを守りたい本能があるのです。
おでこの広いコは抱きしめたい。
そういう駆け引き。
醜いまでに強い外面と、あどけない夜の顔。
女子の大人になるって、そういうこと。
愛する相手以外は獣です。
獣と戯れたいならともかく、そうでないのなら、真実の愛を追い求め、それだけを手にしたいのならば、歴史に学び。
今夜はまゆげ抜いてください。
ふんどし締めてください。
抑制と無臭の奥に毒と飴を隠し持て。
さらけ出すときのために、粧う。
それが大人の作法。
おめでとう。