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『花火の夜』のこと。



Hanabi

祖父がどてっ腹に穴をあけられた。
だれがあけたのかといえば、
私たちがあけたのだった。
家族ぜんいんであけた。
この一年ですっかりと弱ってしまった祖父は、
己の意志で食事を摂ることをやめてしまい、
脳みそが小さくなり、
ますます自分の意志というものを失って。
ヒトは意志をなくすと生きられない。
ヒトは望むもののためになにかをする。
それが苦行であっても。
悦ばせたい彼が悦ぶならなんでもできる。
それが私の悦びになる。
祖父は己が身を悦ばすことに情熱をもてなくなってしまった。
脳が縮み血管が詰まっても食べない。
なにを愛していいのかわからなくなった祖父に、
決断しなければならなかった。
愛し悦ばせる意志のない祖父と祖父の肉体を心中させるか。
どてっ腹に穴をあけて栄養剤を流し込むか。
点滴は介護施設では行えないが、
栄養剤のパックをチューブにつなぐのは行える。
選択は祖父を病院から施設に戻す唯一のものだった。
梅雨の病室に行った。
祖父のどてっ腹につながったチューブへ、
白くてどろどろした液体の詰まったパックがつながっていた。
その日はこの夏で一番早い花火大会。
窓のそとに絢爛豪華な花火が上がっていたけれど、
祖父はそれが見えているのに興味がないようだった。
私のことを「タクミ」と呼んだ。
「よくきたな」と言ったので、病院のかたが驚いた。
聞き取れる言葉を話したのは久しぶりだったらしい。
祖父が私の妻に手を握られてしきりにうなずいていた。
じっと見つめられた。
私は笑顔を浮かべたけれど、
祖父は瞬きさえする意志のないような瞳で、
じっと私を見つめ続けた。
病院の屋上へ行くと寝たきりの患者さんたちが、
車椅子で運ばれて花火を見ていた。
「見えるかい?」と、そこかしこで声が聞こえる。
みんな、しきりにうなずいて夜空の花を見ている。
そこになにかが見えるのだ。
それぞれの、なにかが。
悦びが、悦ばせたいものが。
祖父にはもう見えない。
それなのに縮んだ脳で、彼は私を見つめた。
ああ、と夜空の花を見て私には、ため息をつく意志がある。
想い出す彼のまなざしが、増えてしまった。
「見えるかい?」
見えても、感じられなければ、悦べない。
祖父が、回復することはない。
どてっ腹の穴は、私たちがあけた。
私を見つめて、うなずかせるために。
ため息をついて、花火を見上げるために。
彼の瞳を、まだ見つめていたいがために。
悦ばせたいから?
それは本当かと問わずにいられない。
彼は悦んでいるのか。
見つめられて、笑った。
私を見透かしている。
花火の夜のこと。
刻みこまれてしまった。
抱きしめたかったが、できなかった。
触れることさえ、できなかった。
でも、おじいちゃん、あなたを悦ばせたい。
それが私の悦びになる。
でもそれならば……
私は怖れないことになりはしないだろうか。
ああ混乱する。
花火が見えているのにきれいを感じられない。
それなのに私にはなにかを感じたのか。
なにかが見えたから、うなずいたのか、
訊くことは、きっともうできない。
花火は上がって消えていく。
滞りなく回っているのに、片隅で止まってゆく。
うまく飲み込めないから、混乱してしまう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 驚いた病院のかたの反応は正しかったということだ。
 私を認識して、私に話しかけた。
 けれど花火を見ても無反応だった。
 その夜の日付が変わって数時間。
 まだ、日が昇らない時刻。
 祖母の家で眠っていた私は病院からの電話で叩き起こされた。

「やっぱり」

 祖母がそう言った。
 今日は、なにかが違っていた、と。
 年に一度、街の祭りを機会に、多くの親戚が訪ねてくる。
 それだけで、もちろん祖母にとってはいつもと違う日のはずなのだが。
 祖父にとってもまた、そうだったのだろうか。
 だとしたら。
 タクミ、と。
 夢うつつのなかで食事もとれなくなっていた彼が、こちらを見てしまったから、だから、その夜に起こったのかと、思う。

 死は自然なことだ。
 あえてだれかを殺す必要はないが。
 この世に不死のヴァンパイアなどというものがはびこったら、数世代で地球は満杯になって、不死の者でさえ生きていけなくなるだろう。
 花が枯れるのと、おなじく。
 人も逝く。
 残された種がすべきは、咲くこと。

 見回りの看護師さんが、呼吸していないことに気づいた。
 とても早いタイミングだった。
 それがまた、家族に選択をせまることになった。
 自力で呼吸はできていません。
 血圧は薬で上昇させています。
 私は、祖父の肺のかわりにすーはーと呼吸している人工呼吸器を見つめて、これは祖父だろうかと思った。祖母が祈っていた。タクミたちが来てくれているのよと祖父の手を握って泣いたが、祖父の呼吸は規則正しく、心電図のグラフでは血圧は上がりもせず下がりもせずに波打っていた。たとえば恋人の胸がシリコンだったとしても、それは彼女の一部だし、妻がサイボーグになっても普通に愛してケンカもできるだろうが……祖母が語りかけている長年連れ添った生命体のカタチをしてはいるものの肝心の脳がもう活動していない、その肉は、すーはーやっているのは機械で、心電図に出ているのは絶えず注射し続けている昇圧剤の効果で……祖母はなにに向かって語りかけているのだろう、と妙に醒めた頭で思った。そこに祖父はいるのか?

 私を含め、子供、孫の、だれひとり泣けなかった。
 だってやはりどう見ても、そこに祖父はいないのだ。
 自力で食事ができなくなって、腹に穴を開けた時点で、いっそいなかったのかも知れない。
 真っ暗い病室で、医師にいまからの数時間が峠だろうと言われた。
 そして頑強な祖父の肉体は、その峠を越えたのだった。
 その肉は。
 二度と私の名を呼びはしないのだが。
 まだ生きていて、逝けずにいる、それは。
 約一週間後に、逝ってしまった。

 もう一度同じことがおこったら、機械にはつながないでくださいとおねがいしてあった。祖母は、けっきょく、うんうんとうなずいていたばかりで、種たちが勝手に決めたも同然だった。

 焼かれて骨になった祖父は、よほど彼だった。
 股関節に埋めたチタンが焼き残っていた。
 これが寝たきりになる最初のきっかけだったよね、とみんなで言った。
 ものすごく長い期間だった。
 まったく不謹慎だが、まったくもって不必要に長かったとしか思えなかった。
 逝く直前まで、タクミ、などと呼ぶ、彼が残っていたから。
 だれも決断できなかったのだ。
 自然死、と呼べるものは、手出ししなければ、一年以上前には訪れていただろう。
 私たちが延ばした。
 この一年で、祖母は杖なしで歩けなくなっている。

 人工呼吸器の音が忘れられない。
 最終的に祖父がつながれた機械の群れが、そのすべてを祖父だとするならば、生身では生きられなくなったその肉を、彼は数倍以上の面積を使って、部屋いっぱいの機械をみずからとして、サイボーグ化して生きたことになる。やわらかくて大きな胸が欲しいとか、失った手足のかわりだとか、そういった人間くささのある、本人の願望による肉体の拡張ならば、それはすばらしい医学の進歩だと思うのだけれど……祖父はなにを望んだのだろうかと、最後の最後まで思ってしまった。
 なんのために、部屋いっぱいの機械をみずからとするのか。
 だれの名も呼べず、妻に手をとられても認識さえできない。
 拡張されたのは祖父ではなく、肉だと本当に感じた。

 たくさんの兄弟と、たくさんの子供や孫がいて。
 祖父は孤独ではなかったがゆえに。
 最期は、たくさんの家族の未練によって、いらない苦しみを味わった気がする。
 最期に私の名を呼んだ、そのことは彼にとってなんの意味もないだろう。
 もっと彼が彼自身の意志で、私を愛してくれた記憶が私にはあるし、彼にもあったはずだから。
 なのに、私は、彼の最期の、八割がた幻覚の私相手に発せられた「タクミ」を忘れられなくなってしまった。

 私は輪廻転生を信じない。
 死は完璧に自然なもので、もう彼はどこにもいないと思う。
 けれど、祖母がお経を呟くことで、涙を忘れられるという宗教の機能性には感謝する。
 仏壇のなかに、祖父を想い出せることには、手をあわせようと思う。

 彼は逝ってしまった。
 残った種は咲くだけだ。
 彼のように。
 いや、私なりに。
 その決意だって祈りに違いない。
 彼の血が、ここに継がれている。
 ここにある、みずからに、私は祈る。

 人は死ぬ。
 時間を引き延ばそうとするのは、その行動のむなしさが残るばかり。
 あまりにも当たり前のことなんだけれど。
 優先順位決めて、やりたいことやるべきだ。
 死は自然なもので、降る雨は避けられない。
 晴れているうちに、踊るべきだ。
 明日の自分がどうなっているかはわからないが、いまの自分がここにいて、やるべきことがわかっているならば、さしあたり、目の前のことに全身全霊をついやすべきだ。

 葬式は生きている者たちのためにある。
 哀しむためではない。
 自分はまだ生きていることを知るため。
 自分もいつか死ぬことを知るため。

 おじいちゃんが大好きだった。
 肩を抱かれて、耳もとで言われた。

「なあ、タクミ」

 そのとき私はもう大人になっていた。
 言われた言葉は忘れていない。
 花火の翌日は晴れだった。
 病院の屋上から、祭りに騒ぐ人たちを見た。
 種たちを。
 こうやって空の下で回っている。
 ちっちゃい惑星の、ちっちゃいイキモノ。
 ぜんいんに、想いがあるなんて。
 生きてるってすごい。

 喪服を片付けて。
 わいてきたのは、闘う気合いだけだった。
 行こう、私も私の一生を。
 晴れているうちに。
 今日しか出せない速度をしぼりだそう。
 おじいちゃんがうらやましい。
 彼はやり残したことがなにもなかったから、みんな笑顔で式を終えた。
 それってすごいことだ。

 今日も晴れてるぜ。
 トバしていこう。
 うん。

Hanabi2

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