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『幽閉のリリス』の話。


Amaryllis

リリスはプラスチックのポットに入ってる。
リリスは水を飲ませればそれだけで育つ。
大きな羽根を広げて、
やがて大きな大きな花を咲く。
リリスは悩まない。
リリスは安価だ。
だからコンテナに詰め込まれたリリスたちは、
ときに、手荒に傷つけられる。
そのリリスはひどく傷ついていた。
プラスチックのポットでも隠しきれない。
首筋からまるいお尻までまっすぐな傷。
ほかのリリスは並べられ、
羽根をもがれたら芽を出したのに。
思った通りに傷ついたリリスは芽を出さない。
咲かないリリス。
お前みたいなのは売れないよ。
ゴミ箱に投げ捨てられようとしているリリスを、
ひとりの男がつまみあげました。
ちょうど空いた部屋があったんだ。
リリス来るかい?
咲かないリリスは連れ帰られて。
プラスチックのポットから土を敷いた部屋に移され。
咲かないままに一年を過ごしました。
その年、リリスは羽根を広げた。
けれど羽根は二枚。
男はリリスに仕方ないねと言いました。
お前は、四枚の羽根を広げられたとき、
はじめて芽を出すのだからね。
ほら、また冬が来る。
──春まで、お眠り。
そうして次の年、
そしてそのまた次の年。
リリスは羽根を広げ続けました。
五年が経ち。
リリスは一度も一度も咲かないまま、
その身を分けて姉妹を生み出すまでに育ちました。
けれど、その年も羽根は二枚。
もう永遠に咲くことなどないのでは。
男もリリスもそう思っていた。
七年目。
気づけば、リリスに四枚目の羽根。
小さな羽根だったので期待はしすぎないように。
でも今日。
羽根を、退けてみたら。
ほら。芽が。
はじめての、芽が。
咲くかなと。
ねえ、リリス。
咲くのかい?
出逢って七年目の夏だ。
咲かなくたっていいけれど。
お前だって咲きたいよな?
夏だよ、リリス。
さあ。

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「…へええ…」
 思わず微妙な声を上げてしまう。
 「リンガ」が男根を意味することはもう知っている。そんなものが寺院のてっぺんに、ああも堂々とそびえていていいのだろうか。だが地元民にとっては、何の不思議もないのだろう。いつかアレンがお守りのリンガのことを、「生命のシンボル」と敬虔な面持ちで言っていたことを思い出した。


 いつき朔夜 『アオスワイ』(文庫『ウミノツキ』収録)

uminotuki   

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 益荒男であり、魔羅であり、御天狗様であるところの男根は、陽茎だとか玉茎だとかも表記されることがある。陰陽思想によれば、根と花、茎と花は、陽と陰の関係であってふたつでひとつ。華麗に咲いた花が陰だなんて、どんな感受性のなさだと受けとめてしまうのは、まるで花が命の主役であるかのように象徴的に詠われるようになった、現代人の感覚麻痺なのです。

 植物にじかに触れると、それがわかる。
 真夏に、桜の名所を訪れてみるといい。
 春に咲き、そして散る花々よりも、ずっと存在感のある、数億の花びらを一身に引き受けて「咲かせた」太くそそり立つ幹が、来年の春を待って、さらにそびえ立ち、堂々と身を鍛えて太っているのに出逢うだろう。

 アマリリスは、一週間で生命の神秘を見ることのできる花だ。

Amaryllis02

 芽が出て数日。
 思わず空を背景に写してしまった。
 小悪魔リリスの名で呼ぶことなどためらわれる、そそり立つ男根にしかそれは見えない──神々しいのである。照れることなどなにもない。違和感はない。それはまさに命の躍動する姿で、崇めるべきものだ。寺院の屋根からも生やしてみんなで拝むべきものだ。
 それは、こんなに光量の少ない写真でも感じられる。
 根付き、そそり立つ、茎。
 はちきれそうな先端のふくらみが、命を天に届けようとしているかのようである。
 まさしく、陰陽ならば、陽の側。

 そして花開く。
 夏だよリリス。

Amaryllis03

 先端のふくらみが、こぼれて色づく。
 夏がやってくる。

Amaryllis04

 あまりにも象徴的なことに、それはどう見ても女陰だ。
 ふたつでひとつ。
 写真は完全に開ききる前の、かすかに花弁にヒダの残る、満開直前、最後の夜の姿。
 外は突風で、家のなかに鉢を持ち込んだ。
 つまりは、色鮮やかに輝いても、どんなに香っても、花粉を運ぶ虫など一匹もいない部屋のなかで、リリスは私に向かって咲いている。せめて愛でてやろうと撮ったのだが。よく考えてみれば、どんな命も花咲くのは、それが宿命だからなのかもしれないと思う。ヒトだって、着飾るのは、香るのは、別に虫に花粉を運ばせるためではなくて、役割を果たしている自分を確認して安堵するからだろう。宇宙という大きなサイクルの、細分化された曼荼羅の片隅で、役割を見失った自分を再確認するために「らしく」ある。
 ヒトは複雑になりすぎて、その「らしく」がとても見つけにくくなったから、着飾っても鍛えても、心の自分と見た目の自分がちゃんと同調しなくて、だから迷って。そんな毎日で。だから。
 花を見ると微笑んでしまう。
 虫がいてもいなくても、繁栄の必要ない鉢のなかでも関係ない。
 咲くために生まれたから咲く。
 その単純さを、崇めたくなる。

Amaryllis05

 そしてその単純で美しい、そびえる陽の茎を、花開く陰を。
 来年も見たいから、ヒトの私はナイフを振るう。
 咲いて三日。
 アスファルトの上に女陰と男根。
 先端のふくらみはすでにかたくなっている。
 アマリリス育成の基本だ。
 咲いた花がしおれたら、茎を根元から斬る。
 花のあとにできる種は、球根の栄養を奪ってしまうからである。
 命を愛でるために、リリスの繁栄をヒトは許さない。
 種は朽ちさせるのだ。
 もう、陰も陽も充分に眺めた。
 充分に癒された。
 生き物であろうと愛玩物は愛されるその瞬間のためだけに生きる。
 それは……まったくもってポルノをたのしむのと同じ行為。
 踊り終わったならとっとと幕を下ろしてくれないか。

 そして次のフィルムでのダンスのために栄養を。
 アマリリスに肥料をやるのは、茎を斬ったあとのこの時期。
 花を斬られ葉だけになったリリスに水をたっぷりやり、球根を太らせるのである。来年また、茎と花を愛で、斬りとり、種を朽ちさせるために。
 その姿に私がなぐさめられるために。

 リリスは永遠に土のなか。
 私だけのリリス。
 来年も、咲いてくれるかな。
 ナイフを、研いでおこう。
 せめて痛みを感じないように。
 幽閉のリリスのために。

(ところで七年も一度も咲かなかった球根がついに咲いたそのときに、たまたまなのか初めて使った肥料というのがあって。日曜日にテンガロンハットとホットパンツで試供品配っていた彼女に「うちのリリスのために何袋かいただけませんか」と店員のくせにねだってもらってきた住化タケダ園芸『マイガーデン』。実際に便利な肥料で、最近はバラや芝生用肥料で質問受けると悩まずこれ勧める定番商品に育っているんだけれど、CMみたいに「咲きましたっ」と報告に来る萌えっ娘も美少年もさっぱり現れません。タケノコ採れたからとくれるおばあちゃんとかは現れるんですが。うれしいんですけどそれも(天ぷらにしました美味しかった)。もしもこいつのせいで咲いたんだとしたら、あまりに劇的な効果だ。試供品てこうしてユーザーを増やすんだなと実感します。はっきり原因がわからないからこそ、でも咲いたから使い続けるかと思っちゃう)

Amaryllis

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