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『雷句誠裁判』の話。

 新聞に提訴の事実が掲載されたので、もう多くの人が読んでいるのだろうと思われるが、あまりにもおもしろい、というか深い内容なので、もっと多くの人に読んでもらいたいと思って。

 あんまり他人のブログを勧めたりしないんだが、これは本当に我が子である作品を命がけで守ろうとしているイチ作家の文章だ。目をそらせません。

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 『雷句誠の今日このごろ。』

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 その内容に関しては、まったくもって正当な怒りであると感じるのだけれど、正直なところ、いくつかひっかかることもある。ひとりの人が、組織の全員に喧嘩腰の態度をとられるとき「そう命令でもされてきてるのか?」とその人は書いているが、きっと命令ではなく「ああ、あの人と仕事することになったの? あの人はね」という会話があったのだろう。そういう会話は、ヒト対ヒトな業界ではどこでも交わされるものだろうし、私の経験上からすると、そこでは通常「こういうふうにするとよろこんで仕事してくれるよ」という内容が話されるものだ。だってその会話自体が、自分たちの仕事をより円滑に回すための作戦なのだから。名指しで良いことを言われない人というのは(あくまで私の経験上だ)、いっそあの人には嫌われたほうがいい、という相手に限られる。立場的な上下ではなく、人としてこちらを尊重してくれるかどうかがボーダーラインのように思う。

 作家にとって作品は命だ。
 その原稿が消えたなどというのは言語道断である。
 裁判では、ぜひマンガ原稿にも美術品としての価値があると証明して欲しい。
 けれど、その裁判を発端にして出てきた「私と一緒になって時間外労働までして命がけで作品を生み出してくれない」という不満は、声高に語るべきことだろうか。ともに戦おう、ともによいものを生み出そう、なにを捨てたって作品のためになら惜しくはない、というのは、作家はそれはそうだろうし、もしも個人的な伴侶や、友人関係でもある共同執筆者や、インディーズのともに旗揚げした劇団員とか、そういうものであるなら説教して、熱く語って、そのうえでわかりあえないならば別れればすむのだろうが「編集者魂かくあるべき」などというのは。相手は会社員である。志は強要されて生まれるものでもないだろうし。たとえそれがどんなにその業界で当たり前のようなことになっていようとも、休日出勤している人を見かけたら「休みなのに」と声をかけるべきだと私は思う。私も休日にプライベートな携帯で着信を受けることがあるが、そのときに「お休みのところごめんなさい」から話をはじめられない人のことはなんだよと思う。休日に仕事を持ち込まれたことではなく、それが当たり前のような態度が許せないのである。たとえそれが業界では至極当たり前のことであっても。大ポカをやらかした部下に上司が連絡をとるときでさえ「休んでいるところ悪いな」からはじまって「しかしお前が進めていたこの件はどうなってんだ? いまえらいことになっているんだが」と、その順序でキレるべきだと思うのです。「お前はこの業界の人間なのに休日に働く気がないのか!」とキレるというのは……どうにも同意しかねるところ。そんなのが繰り返されたら、そりゃ進んでその人のために時間外労働しようなんて有志はいなくなり、またその人は「志が低い」とキレるという、悪循環になる気がします。

 そんなこんなでどうしようもなくなった人間関係に、原稿紛失で大爆発って感じなのでしょうか……確かにひどい話ですが、私はどうしても感情が抑えられずに仕事場の机を自分の手の骨が折れるほど激しく殴ったり、馬鹿にする態度をとられたからといってとにかく怒鳴り続けたり、そのあたりのその人の態度は気になります。どんなにひどい会社でもやめるときに「社会人ならば普通にできなければならない礼儀」として、暴言は吐いてはいけないと思う。提訴したのは消えた原稿に関してであって、それは全面的に「作家の原稿なくす、それももし確信犯としてのことなら、それは大罪だ」とむろん思うのだけれど、むろん、イチ作家としてのその人を応援してもいるのだけれど……読みはじめたその人のブログは。

 実に、考え込まされるのである。


 

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