最近の記事

スポンサードリンク

月別アーカイブ

『ヴァンパイアと穢れた血の世紀』の話。




 現代のヴァンパイアたちはいったいどんな姿をしているのだろう? 育ちや教育は、出会った不死者の影響で決まるのだろうか? それとも共通するひとつのスタイルがあるのだろうか? ひとつのカヴンに属するのだろうか、それともわたしが好んでやるように、ひとり黒い大きなオートバイを乗り回しているのだろうか?


 アン・ライス 『ヴァンパイア・レスタト』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 しかし人類が、いまや傘のない地球で太陽からの有害な紫外線UV-Bによって皮膚を焼かれているように。現代のヴァンパイアたちには、避けがたい毒が降り注いでいる──その地獄の有様を描いたのが「いまの」ヴァンパイアを語るなら絶対にはずせない『ライヴ・ガールズ』である。

 赤い閃光を放つ「LIVE GIRLS」のネオンサインはほかの店と比べれば小さく「I」の文字はチカチカと明滅しジージーと音を発している──戸口にはドアすらなく黒いカーテンが垂れ下がった、ぱっとしない怪しげな場末の覗き部屋──その店にはライヴガールズたちがいる。文字通り「生きて」いる、けれど一度は人間としての死を体験した、生ける屍なガールズ。彼女は壁の穴に突っ込まれた男たちの血管の浮き出た硬いのにサービスしながら、こっそりその血管に歯を立てる。

 人間のカラダに舌を這わすことのできる職業。そしてそこで少しやっかいな傷を負ったとしても、客のほとんどがその店に行ったことを自ら隠すような職場。もちろん店主は女ヴァンパイアである。彼女は、すべての吸血鬼が陥ってきた、レスタト様も自嘲する、ヴァンパイアの悩みに終止符を打ったのだ。

 どんなに人間を愛しても、ヴァンパイアにとって人間はエサ。
 それゆえに、ヴァンパイアはヒトにとって悪と呼ばれる。

 だったらギブアンドテイク。
 悦ばせてあげるかわりに、ちょっと血をもらう。
 これで万事解決──
 となってしまっては、小説が成り立たない。
 『ライヴ・ガールズ』の世界に生きる、現代のやさぐれた吸血鬼たちにも、いまの世なりの、新しい悩み事があるのだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ぜひともあなたの弱点を教えておきたいの。少ししかないけれど、致命的な弱点よ。ニンニクにはひどいアレルギー反応を起こす。眩い光と不純な血にはちょっとした刺激感応を引き起こすし、飲んではいけない血もある。そういった血を吸うと、彼らみたいになってしまうわ。下のボイラー室にいるような輩にね。


 レイ・ガートン 『ライヴ・ガールズ』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 高橋留美子の『人魚の森』の設定が、不老不死を得られるという人魚の肉を食べると、たいがいのヒトはクリーチャーになる、というものだった。

vampire

 もちろん、たまに成功もする。
 でもほとんど失敗。
 近年では成功率も激減。
 というわけで「ライヴ・ガールズ」の地下ボイラー室にはクリーチャーがいっぱい。
 彼らは閉じこめられているわけではなく、そこでしか生きられない可愛そうな「もと人間」たちなのである。

 それというのも、現代の都市には、愛では解決できない血の穢れがあるため。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 『人々は恋に落ちる』の話。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ふと想い出して、昨年の暮れにそういうことを書いたところだったのに、ヒース・レジャーが逝った。
 『ブロークバック・マウンテン』以来、まるで役柄そのままのように愛に正直なジェイク・ギレンホールが彼を支えようとしたけれど、もともと精神的にブレが激しく、恋多き(つまり破局多き)ヒースは、死亡当時、少なくとも睡眠薬を含めた6種類の薬物を摂取していたという。情緒不安定なバットマンのジョーカー役が遺作になったというのは、あまりにも生々しい。実際、人生のすべてを臆病風によって失いそして得た、哀しいカウボーイの演技に私の感じた「あわれ」も、いくら薬を飲んでも眠れない孤独な実生活の彼を見てしまったからなのかもしれないと思うと、やるせない。

 なんにせよ、現代の都市とはそういうところだ。
 役者を目指した少年が、アカデミー賞の舞台に立ち、バットマンのジョーカーを演る。
 そこに到達したとき、眠れなくなって薬に溺れる。
 別れた女たちと、娘のことを思っただろうか。
 ヒース・レジャーはインフルエンザにかかって死んだ。
 いつもなら耐えられる心臓がそのせいで悲鳴をあげたのか。
 それとも弱って増幅した孤独をねじ伏せるために薬の量を増やしたのか。
 なんにせよ、現代の都市では、そこかしこでヒトが死にかけている。

 「ライヴ・ガールズ」に来るような客も、それは孤独だ。
 ヴァンパイアが、忍び込むような静かな部屋でひとり眠るだれかも、それは孤独だ。

 ふつうに薬局で買える薬でさえ、体を鍛えた三十前の男性俳優の心臓をとめるのである。
 近所の公園に行けば、もっと刺激的な毒も売っている。
 家を出ないでも「合法ドラッグ」とググれば向こうから届けてくれる(でもやっちゃダメ)。

 都会の血は穢れている。

 そして穢れた血を摂取したヴァンパイアは、クリーチャーと化す。
 アンデッドにとっても、生きにくい世の中だ。

 現代のヴァンパイアたちはいったいどんな姿をしているのだろう?
 たぶん、偽の献血車を走らせているに違いない。

 考えてみれば、血が欲しいだけならば、注射器で抜き取って飲めばいいのである。たっぷりグラスに溜めた血をひといきで飲むほうが、牙などというストローでちまちまやるよりもずっとのどごしよく満足できるに違いない。
 けれど、彼は寝室に忍び込んで処女の血を首筋から直接いただく。
 ライヴガールズたちはセックスをたのしんでさえいる。
 ドラッグに穢れた血を避けるなら、幼き者を襲えばいいのに、なぜか男のヴァンパイアは若い娘を好むし、女のヴァンパイアは成熟した男を好む。

 つまるところ、ヴァンパイアにとって「血を飲む」という行為自体よりも、もっと重要性の高い理由が「咬む」行為に含まれているのに違いない──そしてそれは考えるまでもなく、生殖ということである。

 例外もあるが、多くの場合、ヴァンパイアの夫婦からヴァンパイアのベイビーが生まれるわけではない。だとすればヴァンパイアはどうやって増えるのか。すなわち、ヴァンパイアに噛まれた者もまたヴァンパイアになる、というそれである。かといって人間の血を唯一の食事とするヴァンパイアが、噛みつくたびに人間がヴァンパイアになってしまうのでは世界が成り立たないため、現代では、多くのヴァンパイア物語でヴァンパイア自身の意志が描かれる。

 『夜明けのヴァンパイア』では「闇の儀式」という血の交換であり、『ライヴ・ガールズ』では、繰り返しの吸血が、徐々に相手を同類へと変えてゆく。だから彼らは相手を選ぶのだ。ヴァンパイアになった者は、そのときの姿で永遠に生きることになる。ということは、噛む者にとってその相手を仲間にする=永遠の伴侶との定義に近い。

 美しいもの、強いものを、その瞬間でヴァンパイアという種に固定する。そして永遠に愛で、愛でられることを夢見る──穢れた血の世紀になってもまだ、ヴァンパイアたちがクリーチャー化する危険をおかしてまでヒトを襲うのは、決して食欲のためなどではない。それは愛欲なのである。

 けれど、美しく終わるヴァンパイア物語というものは実に少ない。
 彼らは孤独だ。
 いくら夢見ても、やはりもとがヒトであるがゆえに、ヴァンパイアとヴァンパイアの愛は永遠ではない。まして、互いに減ることのない時をもっている……愛欲が生殖本能を基幹とするのなら、ヒトはヴァンパイアになった瞬間にそれを失うはずである。
 自分自身が死なない。
 それなのに生殖する意味などない。
 ただ愛を求める以外には。

 けれど、その図式はどう見ても破綻を内包していて。
 ヴァンパイアの物語を書こうとすると、よくわかる。
 死をなくすと、生もなくなる。
 だからヴァンパイアは総じてクール。
 あせりがない、あせる必要がない。
 今日すべきことは、明日どころか、十年先にあとまわしにしたところで、彼らにとっては同じことなのだから──ヴァンパイアの愛を描こうとすると、どうも子供じみたことになってしまう。ままごと化、していくのである。あせりがないと、追いつめられることもなく、だれも声を大にして叫ばない恋愛小説もアクション小説も、たのしいわけはないから、やむなく作者はヴァンパイアに孤独を叫ばせる。
 有限のヒトに恋する図式を描いてしまうのです。

 咬まれて同族になれば、破綻する関係。
 これでヴァンパイアにも制限ができる。
 あまりにも求めすぎ、仲間にしてしまったら終わる恋。
 絶対にむくわれない。
 そこでだけ、ヴァンパイアは吠えられる。

 『ライヴ・ガールズ』は、悪趣味な小説だ。出てくるヴァンパイアは、まるきりの化け物ばかり。でも、彼女たちもまた、ヒトを襲ってその血を飲み肉を喰らうだけではなく、だれかのもとに足繁く通って、徐々に仲間に引き入れようとする。ヴァンパイアって素敵なものよと、誘うために叫んだりもする。吠えるヴァンパイアを眺めて、ヒトである私は思うのです。

 あせることが生きること。
 達観なんてヴァンパイアになったも同じ。
 もがいて吠えて、欲しいものを欲するどん欲さこそが、キャラクターを生き生きとさせる唯一の方法論なのだと。
 愛欲──実生活でもなくしたらダメだ。
 クールさなんて、生ける死者の専売特許でいい。

 と、総じて哀しくやるせないヴァンパイアの物語に、熱くなる。
 それこそが、彼らがヒトに永遠に愛される理由だと感じるのだった。

vampire 

TRACKBACK http://yoshinogi.blog42.fc2.com/tb.php/182-0bebb3c6