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『ヴァンパイアと仮面ライダーキバ』の話。

 めでたく今年も仮面ライダーの新作がはじまりました。

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 『仮面ライダーキバ』公式サイト 

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 いきなり1986年の葬式からはじまるので、

「な。二年連続で時空を股にかけるタイムトラベラーものなの?」

 と、確かに去年の『仮面ライダー電王』は、ぜったいに救われないタイムトラベルものを一年間の大河ドラマとして見事に描ききってハッピーエンドに仕立てたのは素晴らしかったんだけれど、やはりイロ物の感が最後までぬぐえず……やっぱり電車の操縦席がバイクというのは「仮面ライダー」としてどうなのかというそういう根本的なところが昭和ライダーからのフリークとしては、でもねぇ、という萌えきれないところがあって。

 また今年も必要以上に凝った設定で見せられるのかと思うと、食傷気味なところが……ところが。番組開始五分で状況一変。なんか短パンの女戦士が出てきてステンドグラス怪人と鎖で闘いはじめた。で十分後。舞台は現代へ。その女戦士(と見せかけて別人?)が、今度はバイクで登場、一年間ご無沙汰だったバイクアクションを華麗に披露して車で逃げる何者かにがっつんがっつん攻撃を加えている。

 『キバ』というか仮面ライダーのスポンサーであるホンダの公式サイトを見ると、さっそく今年のライダーバイクのベース車両がご紹介。シャドウだ。アメリカンだ。『響鬼』好きだった私としては(むろん実生活でのカワサキ・アメリカン乗りとしても)、『電王』がオフロード車三昧でしかも操縦席だったということで丸一年、仮面ライダーのなかにバイクを観る楽しみを失っていたところだったから、大歓迎。仮面ライダーキバのデザインがマントをつけた伯爵のごときものなので、ボリュームあるバイクが選ばれたのでしょう。
 そう、今年のライダーは一目見てぴんと来る。

vampire

 ヴァンパイア。

 1986年からはじまったのは、その時代から現代まで続く闘いを描くため……現代の汚染された空気にアレルギーを持つ少年が、コウモリのモンスターに自分を「噛ませて」変身する。第一回のラストは、女戦士が、なぜか怪人を倒したライダーに向かって刃を向けるシーンで終わるのだけれど、これでストーリーラインは、ほぼ見えた。

 キバはヴァンパイア。
 倒すべき敵、ファンガイアもまたヴァンパイア。
 女戦士はヴァンパイア・ハンター。
 この闘いは永遠のように続けられている。

 ──仮面ライダーは悪の秘密結社によって造られた怪人である。
 悪によって生み出された力が、悪を討つ。
 力とは、使う者の魂によって色を変えるもの。
 それが仮面ライダーの本道だ。
 『キバ』の初回に、それを見た。

 同じ石ノ森章太郎原作の『キカイダー』で、友人たちと旅行に行き、みんながごちそうに笑顔の隣で、胸のハッチを開けてガソリンを自分に注入している人間の姿のキカイダーは、いま想いだしてもいつでもどこでも瞳が潤んでしまう、私にとってのヒーロー像そのものです。ヒトの側に立ち、ヒトのために犠牲をいとわず闘う、そのヒーローの本質は敵の側にあって、けっしてそのヒーローがヒトとして認められることはない。

 ヒトに害するヴァンパイアを倒す、正義のヴァンパイアもまた、ヒトであるヴァンパイア・ハンターに狩られる者である──でもふたりはわかりあうんだよね、溶けあえないけれど、ひとつにはなれなくても、理解して共存することはできる──仮面ライダー魂は、そこにある。

 たのしみです。『キバ』。

 ところで、コウモリのモンスターに自分の肌を噛ませる、という変身方法は、素直にとれば「血を吸われている」のではなく「なにかの物質を体内に注入している」そのために主人公は最強のヴァンパイアへと変身する。そうとらえたほうが自然だ。

 ヴァンパイアに血を吸われた者もまたヴァンパイアになる。

 その設定も、吸血鬼モノではよく使われる。
 おそらく、この設定の発生当初は、肉を喰らう獣──たとえば野生の狼など──に、村の子供が襲われるといった出来事のなかで、生き延びたヒトが狂犬病を含むあまたの感染症によって奇態なふるまいに及んだり、死を迎えたりする。それらの連想から、キバを持つ怪物に噛まれると、当然のようにあちらからこちらにもなにかが流れ込む、ということになったのだろうが。

 現代においては、その設定を眺めて、感染症を思い浮かべる人のほうが少ないだろう。
 仮面ライダーキバは、なんらかのドーピングをしている。
 オリンピック競技で、試合前に自分をヒトの領域を越えたモンスターと化すために薬物を注射する──変身するアスリートたちを実際に目にしているこの世では、そう見るのが自然だ。

 不死の体=身体ver.2.0。
 レイ・カーツワイルの著作に出てくる言葉である。

vampire

 きたるべき永遠の命が手に入る夢の未来まであと数年と信じて、健康オタクな毎日を送る偉大な科学者、レイ・カーツワイルは、反論する人々に「ヒトの技術は指数関数的に発達するものだ」と言ってはばからない。

 ヴァーナー・シュテファン・ヴィンジ(Vernor Steffen Vinge)は数学者であり「サイバースペース」という概念をあつかったほとんど最初の小説家だが、彼の提唱した技術的特異点(Technological Singularity)なる概念は、その後、ウィリアム・ギブスンらによって確立されるサイバーパンクというムーヴメントのなかで、ファクションとしてはこう描かれることが決定した。

 技術的特異点を越えたあとのヒトの世界は、ひどい。

 ざくっと語ってしまえば技術的特異点とは、ヒトは動物の一種ではなく、その進化はダーウィンの語ったような少しずつ環境に適応して変化したがゆえのものではすでになくなっていて、ビッグバンのようなものになったのだということで──エネルギーが溜まりに溜まり、ついに爆発する、その一瞬こそが技術的特異点。

 ヒトは知識を蓄積する。
 そしてヒトはひらめく。
 昨日までは夢物語だったが、技術的特異点を越えた今日は、人類は不老不死を手にしている。
 血管にナノマシン、最新の病まない遺伝情報はインターネットからダウンロードできて、猥雑な思考は人工知能に代替させることで、人の脳はもっと純粋に夢見ることができるようになる。

 カーツワイル先生は、その日になったら死ななくなるからと健康オタクなのだけれど。
 多くのSF作家と、その作品のファンたちは、その地点にヒトが到達するまでに人生をたのしんでおかなければと思っている。

 血管になにかを注射したら強い躰になれる。

 死さえも超越するほどの。
 それは幸せなことだろうか。
 最強の死なないモンスターになって数百年。その膨大な時のなかでヒトは、憎しみや絶望や虚無よりも、愛をより増幅させて高次元な魂の極みへと到達できるものだろうか──私はおそらく三百年くらいですべてをやりつくして、どうせ死なないならヒトを襲って害をなすモンスターになってしまう自信がたっぷりある(笑・最近でいうと『sola』の夜禍人という存在が、あまりに長い時間のせいで愛憎劇に走ってしまった典型でしたが。いや実際、十代の青臭くどろどろした人間関係が千年続くと、好ましいことになるとは思えません。恋は愛に変わってこそ永遠となれるのです(ぉ良いこと言った))

 仮面ライダーキバが、ヒトのために闘っているのかどうかはまだわからない。
 ただ単に、愚かしい同族を狩ることに悦びを見いだしている、それもまたただの狂った獣の姿なのかもしれない。しかし、彼はヒトの世で生きている。汚染された空気にマスクとメガネが外せなくても、ヒトと化け物との共栄の神話、仮面ライダーシリーズの主人公になったのである。

 仮面ライダーは孤独だ。
 だがしかし仮面ライダーは、愛に生きねばならない。
 ゴシック様式に彩られた銀の鎖からまるライダー。
 ぜひこの一年で、ヒトを越えたヒトもまた美しくあり続けるのだと。
 夢見させて欲しい。

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「お前が、いつか呪わしく憎むべき存在になったときに」老女王はいった。「お前は初めて愛のすべてを理解するようになるだろう。それが不老不死なのさ。ものごとが嫌というほどよくわかるということがね!」彼女は両手をさし上げて、再び吠えた。


 アン・ライス 『ヴァンパイア・レスタト』

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(ヴァンパイアの話をするつもりが、思いがけず新ライダーもヴァンパイアがらみだったので、話が脱線してしまった。ヴァンパイアと不死についての徒然を次回も続けます)
 

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