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『クリスピー・プロ・フライドチキン』のこと。



「説得できなかったって顔だ、E/」
「あのボスという名のカツラ男に、おれがいかに時代遅れで、だれにも興味を持ってもらえないクソレスラーであるか、たっぷりと言い返された。まさにディレクターズ・カット付きの完璧さでおれの役立たずぶりをご説明いただいたよ。ノートパソコン突きつけられてな」
「脇役なしのこの世界の主役キング・イースラッシュに、ファンが興味を持っていない? そんなわけないと、ボスだってわかっているさ」
「やつの葉巻の匂いが染みついた液晶画面のなかに、おれが見た視聴率グラフではそうじゃなかった」

 ロッカールームのベンチに、上半身裸の試合着のまま、なみはずれてパンプアップされた巨体を誇張でなく小山のように置いて、E/は天井を見上げていた。
 ノミで削って作られた彫刻のように直線でできた肉体をそこに置き、生きる伝説と呼ばれるプロレスラーは、みずからの魂を解放しているかのようだった──このクソったれたショービジネスの、ねばついた欲望の巣窟から──天井を抜け、その先の、晴れ渡った広い夜空に。
 革のパンツを鳴らし、レノアはベンチへと近づきかけたが、E/が振り返る気配も見せなかったので、ドアを閉めてそこに立ち止まり、会話を続けた。
 ことさらに、うれしくも、かなしくもない、さりげなさを装って。

「嘘だ」
「いや。いまだ王座についたどころか挑戦権さえ手にしたことのない、セクシーな予言者ことビリー坊やが、戦いもせず恋愛ドラマをリングの上でやっているのが、ファンはお好みなのさ。十二度の王座についた、世界ヘビー級の王、E/が、老いぼれた喉で吠えるのなんかよりもな」
「……それを言うなら、おれのほうこそ若い奴らに喰われてる」
「おやおや。嫌味かよ。永遠のセンチメンタルベイビースターことジェファーソン・レノア選手。あのグラサンかけた扇風機で金髪なびかせてるマッチョな小僧どもが、だれのあとがまを狙ってリングで学芸会のマネゴトやってると思ってる? すなわち、ビリー坊やが売れるにゃ、お前も必要なんだよSBSレノア殿下」

 E/が振り返った。
 つきあいはじめて二十年になるが、リングの上では気にしたことのないE/の目尻のしわが、ロッカールームの寒々しい蛍光灯の下で、はじめてレノアの目にとまる。
 やつがそうだということは、おれもそうだということだ……

「ニュージェネレーションと、おれらは呼ばれたよな、E/」
「プロテインを静脈注射しなくても、勝手に筋肉が育っていたころの話だ」
「でもまあ、筋肉はシリコンだって入れられる。おれのほうが深刻だぜ、近ごろ脚が上がらない」

 E/は、目をそらした。
 そうさおれは──プロレスのリングにリアル・ファイトのスタイルを取り入れたレジェンドと呼ばれている──相手のあごや、延髄に、カミソリのようなハイキックを叩き込むたび、観客が沸いた。
 過去形だ──いまでもカミソリは切れるが、新品ほどじゃない。
 当然だ。
 自分の頭上を蹴るほどのハイキックを得意技にするすべての格闘家が、センチメンタルベイビースターの歳になる十年前には引退するのだ──しかしおれはまだここにいる。
 プロレスラーとは、そういう職業だ。

「だったら、お前も、エイリアンになってみるか?」

 E/が笑った。
 リングの王、E/が、観客もいないロッカールームで。
 自嘲して笑っている。
 プロレスラーだから?

「ボスはそのつもりだと思うね。E/がエイリアンに脳みそをのっとられるなら、おれはエイリアン・ハンター? それは若手の仕事さ。おれは、あんたを守るナイトになるしかないんだよ、キング」

 テーブルに並んでいる、冷えていないクリスマス・ケーキとシャンパン。
 こんな夜に、レジェンドふたりがなにを話してる?
 首を振り、レノアは、冷え切ったフライド・チキンをひとつ取ると、E/に向かって投げつけた。
 死角からだったにもかかわらず、キングはそれをなんなく片手で受け止めた。
 プロレスラーは本当に強いのか──インターネットのBBSでファンどもが繰り広げる、どうでもい議論を思い出し、レノアは声をあげて笑った。

「なにがおかしい」
「なにがかなしい? E/。メリークリスマス」
「おれはこいつが嫌いなんだよ」
「チキンが?」
「フライドチキンが、だ。クリスマスのたびに、おふくろが作ってた。べたべたした、ひどい出来だったけどな、ガキのころのおれや兄弟たちにとっては、年に一度のごちそうだったのさ」

 二本指でつまんだフライドチキンを見つめている。
 E/が持つと、まるで、子供がままごとに使う玩具のようだった。
 すべてのものが、彼のそばでは小さく見える。
 E/は、だからこそ、うなだれてはいけない。
 巨大であり続けることができなくなったとき、それは──

「おふくろは、死ぬまでおれのリングを見に来たことがなかった……息子が殴られるのも、だれかを殴るのも見たくないってな……世界中のだれもがおれの戦いを見たがっているのにだぜ? そんなおふくろは、自分のフライドチキンが、最高だと思ってた。大人になった子供たちが、いつまでもそれをごちそうだと思っていると、信じていた……おかげで、おれは、こういうプロの作ったフライドチキンを見るとムカっぱらが立つんだ。おふくろが逝くまで、毎年食っていた、おれのごちそうは、ファーストフードの1ドルチキンにボロ負けなんだからな」
「でも、そのフライドチキンは、ママの作ってくれたソウル・フードにはなれない」
「どうかな。だれでも、べたついたのより、こんなクリスピーなのが食いたいと思うぜ」
「それは単に知識の問題だと思うよ」

 レノアの言葉に、E/が笑うのをやめた。

「……どういう意味だ?」
「スーパーに行っても、ディープ・フライドの粉しか売っていないと知っているか? フライドチキン粉は売っていないのさ。なぜかっていうと、フライドチキンに生卵は欠かせないからなんだよキング。おふくろさんが作ってたのは、アジアでいうカラアゲだったんだろう。ジューシーな骨付肉をそうやって揚げれば、べたつきもする」
「……卵」
「おふくろさんは、南部の生まれだろう? あのあたりじゃ、それこそ生まれたてのソウル・フードだったころのフライドチキンがいまでも主流だって聞く。そもそも手軽に栄養を取るための料理であって、香辛料と高温で、傷みかけた鶏肉も、安全に食べるための知恵なのさ」

 遠回しな表現だったが、E/の優れた脳髄は、レノアの言ったことの意味を正確に理解したようだった。
 やがて大声で笑い。
 嫌いなはずのフライドチキンに、かじりついた。

「……卵は、ご主人様のものか。おふくろがおれらに食わせてたごちそうは、奴隷料理ってわけだ。ご主人様は、こんなカリッカリのフライドチキンを食えるって寸法か。おれもようやく、卵をつけたクリスマスチキンを食えたってことだな。なあ、SBS……おれたちは、行きついちまったぜ 」

 チキンを飲み込みながら、壁を向いたE/のそばへ、歩み寄った。
 その冷えた──岩のようにかたい──肩に、手のひらを置くと、まるで怯えた子供のように、小山が揺れる。
 事実、怯えているのだろう。

「E/、おれたちは、プロレスラーだ」

 山が膨らみ、そしてしぼんだ。
 吐かれた息が、部屋全体の空気さえ冷やす。

「……エイリアンだぞ?」
「1ドルチキンには、想い出も、感傷も必要ない」
「ふん。むなしいこと言うぜ、センチメンタルベイビースターのくせに」
「それだって、望まれたことだ」

 もういちど、言った。
 おれたちは、プロレスラーだ。

「プロなんだよ。技術も、知識だってある。思い入れがあるからといって、あえてべたついたチキンを揚げる必要はない……それに、わかるやつはわかる……忘れないさ」
「さすが、SBSのお言葉」
「茶化すなよ、キング・イースラッシュ」
「脳みそのっとられて暴れるおれが見たいか?」
「ああ、見たいね」
「カツラ男を殴って、一緒にとんずらと決め込もうぜ」
「そんなことを期待されても困る」
「プロだから……か?」
「ここは、おれたちの家だ」

 ずっと禁じてきたことだが、レノアは。
 E/の汗に濡れた髪に、指を触れた。
 リングで掴む以外では、触れたことのない、E/の一部へ。

「家か」
「出て行くなんて考えないでくれ、キング」
「そんな声で言わないでくれ、センチメンタルベイビースター」
「わからないのか? おれにはお前が、必要なんだ」

 E/が、黙って、かじりかけのチキンを肩越しに差し出す。
 レノアは、巨大な背中に手のひらをついて、それを口にした。
 クリスピー・クリスマス・フライドチキン。
 悪くない味だ。
 本当のところ、味は関係ない。

「……ああ。ベイビー。おれにもお前が必要だ」

 E/は、自分の口へと、冷えたチキンを戻す。
 思いがけないキングの返答に、自分の震えていることが、ばれていなければいいがと、レノアは神に祈った。

「今年が終わるだけだ。まだ、行きついていない」
「名言だな。お前はだれだっけ、おれの教師? 友? 敵だったか」
「キングにシャンパンを注ぐ、奴隷さ」
「注がなくていい。ビンでくれ」
「その意気だ、キングE/。人として降臨した王」
「メリークリスマス。そのキングは来年からエイリアンになる。酔いつぶれてえ」
「メリークリスマス……神には感謝している」
「神? 冗談だろ」
「いや。本当さ」

 ずっと禁じていたことだけれど──

Fried_chicken

 Yoshinogi Takumi
 Shonen-ai Cooking Elegy
 Song 3
 『Crisply Professional Fried Chicken』

(吉秒匠
 BL料理哀歌
 3曲目
 『クリスピー・プロ・フライドチキン』)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ずっと禁じていたことだけれど、BL書くプロレス・フリークとしては、もちろんレスラーたちをいじくりたいという欲求はあって。で、ちょっと書きはじめてみたら……萌えない。読み手としてということもあるけれど、書き手としてもまったくもって書きにくい。
 だいたい、世にBLの生まれて長きにわたり、需要があるならプロレスだの角界だのは、裸の男と男が組んずほぐれつな世界なわけで、題材にされないほうがおかしい。でも、本屋に行っても、ほっぺたピンクに染めたおすもうさんをおすうもうさんが背中から抱き寄せる表紙の文庫本なんて見たことがなく……つまり、需要がないのだ。
 理由を書きながら考えた。
 たぶん、それは少年誌のラブコメの主人公が陸上やっているならそれは長距離走や高飛びであって、砲丸投げや、やり投げではありえない、というのと同じ理由だ。
 水泳部は恋してもいいが、ラグビー部は不可。
 バスケ部も、背が高いという意味では画的に萌えにくい。
 要は、でかいと萌えにくい。

 日本でいえば、ノアのジュニアは世界一!! とか。
 ドラゴンゲートの空中殺法萌えとか。
 会場でも黄色い声が飛び交っていますし。
 100キロ以下ならまだしも同人誌も作れようが、小橋×秋山(逆が攻のほうがいいか。余談だが、本来、この表記は「小橋にかける秋山」と読み、受は前者。むろん日本語独自の文化である)や、棚橋×中邑だとか、小島×川田などとなってくると、もう想像するだに暑苦しい。想像しなきゃいいんだが。
 苦肉の策として、アメリカンプロレス好きなら元ネタの選手がすぐわかるが、一般BL読者層ではまずぴんと来ない外人レスラーのイメージで書いてみました。でもやっぱりまとまりにくい。

(そういえば川田利明こそプロレスに蹴り打撃技をもちこんだ代表格だ。大好き。でも、実際のところ、世界的に見ても、そういう総合格闘技のスタイルをプロレスオンリーで魅せる選手というものが、いよいよ老いの境地に向かってゆくというのは歴史上はじめてのことであって、十六文キックは若手選手のほうが吸い込まれてくれたりで続けられても、もう猪木は延髄切りできないだろう、というような哀しい未来がすぐそこにありそうでつらい。最近の川田、ハイキックつらそうなんだもん……あれだけの練習量をもってして、老いる人の世の無常であるのことよ。KENTAなんかに至っては、四十までもつだろうかってくらいの感じがあります。よけいなお世話ですね)

 思うに、どっちも弱くなれないというのも、大きい。
 最初は、センチメンタルベイビースターを「ぼく」と言わせていたのですが、やっぱりそれではプロレスラーの(それもレジェンドと呼ばれる)打撃系選手のキャラクターにそぐわない。むろんE/のほうは「おれ」以外にありえないし。けっきょく、普段はセリフだけでどのキャラなのかはっきりわかるように設定する私でさえ、セリフのなかで互いを呼び合わないとわかりにくいというものになってしまいました。
 プロレスラー、というくくり自体が、ひとつのキャラクター要素として勝ちすぎてしまうのですね。眼鏡っ娘萌えは、攻略キャラのひとりとして眼鏡っ娘がいるから成り立つことで、ぱっとしない企画ものAV制作会社が気合い入れて『ぶっ×全員眼鏡っ娘学園』とか作っても、笑えるだけでしかない。ていうか笑えもしないので売れないでしょう。

 キャラのひとりが徹底的なプロであるならば、相方は素人でなくては成り立たない。
 プロレスラーと新米スポーツ紙の記者、ならば書きやすい。
 プロレスラーと観客、というほうが現実的な恋愛感情はずっと生まれそうですが、BLの作法として消防士に救われた被害者がその消防士と、とか、医者と患者、なんてのは御法度です。なぜなら対立の構図が生まれないからですね。シーンとして必要不可欠なもの、それは。

「きみはプロだろう!! だったらプロレスラーらしく吠えてみろよ!!」

 と、売れっ子レスラーが新米記者に叱責される、とか。
 で、ふん、とかその場では言うものの、そのヒヨッコ記者のことが忘れられなくなる、とか。
 そういうの。

 ふたりともレスラーで、しかも老いはじめた同期のスーパースターでは、やっぱり哀歌にしかなりえないので、需要もなくこんなレシピの添え物になるしかないのです……

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●材料

鶏肉 もも肉なら2枚
(今回の写真は骨付きですが、普段は大きめに切ったブロックで作り、素揚げにしたニンニクを添えてナイフとフォークで食べることが多い。なにせ骨付きは指がてらてらになりますから)

○A
ハーブ各種
(今回はオレガノ、バジル、ナツメグ、ターメリック、タイム、ジンジャーパウダー、ブラックペッパー、レッドペッパーを使用。量は好みだけれど、クミン、タイムが瓶1振り、他が2振りくらいか、いっそ唐辛子を増やすと味なんて関係なくなって良いかも。ローズマリーもおすすめ。クミンとかカレー粉でインドチックもおすすめだが油に匂いが移ります)
薄力粉 大さじ3
強力粉 大さじ2

○B
塩 小さじ1
赤ワイン 50cc
牛乳 50cc
卵 1個

●作り方

Bの材料をまぜます。
鶏肉を漬けます。
Aをまぜた粉をまぶします。
揚げます。
できます。

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 ほんとはね、肉を酒に漬け込むとか、卵は黄身だけでとか、揚げるときもフタしたほうがいいとか、こだわりどころはいっぱいあるのですが(ケンタッキーフライドチキンでは圧力釜をつかっているそうで、本場アメリカでは実際にそうやって作る家庭も多いのだとか。圧力鍋で揚げ物ってなんか怖い)。面倒くさいので簡略化できるところは簡略し、でもこれ以上行程を削ったらイマイチなものになってしまう、というぎりぎりのラインが、ここ。
 ていうかさ。
 揚げて喰らってパーティーで良いやないの。
 フライドチキンってそういうものやないの。
 多少焦げたのなんてビールおかわりして四杯目くらいにはどうでもよくなってるよ、うほぉおおうっ、と吠えてテキーラ注いだグラスを手のひらでフタしてテーブルにたたきつけ、おまえをだきたいぜぇぇぇっぇぇ、とシャウトしながらあおるのに添える料理であって、極論、クリンゴンなみのアザだらけのファックのあとで気を失ってそのまま眠り、開けっ放しだった窓からの冷たい空気でくしゃみしながら目を覚まし、痛む頭を指先で支えながら水を求めてテーブルに手をのばすと、そこには囓りかけのフライドチキン。
 冷えてかたいチキン。
 台所まで行くのは面倒なので、気の抜けたぬるいビールで我慢して、そのフライドチキンを口に放り込んだら、租借するその音であいつが目覚めて、食べるなら残っているのあたためようか?
 訊くから答えたのさ。

「おれにとって、フライドチキンはこういうものだ」

 なにそれハードボイルド?
 いいからシーツに油つけないでよ。
 言われておれは鼻で笑う。
 フライドチキンってそういう食べ物。
 味なんて関係ない。
 おれはここにいるおれとお前を愛しているよ。
 ……なんだこれ(笑)。

 おまけ。
 クリスマスというとスーパーでモモ肉大安売りなので、ジャンバラヤにものっけてクリスマスバージョン。炊くときに一緒に放り込むだけ。肉汁も米に染みて猫まっしぐら。ママも大助かりのお手軽ソウル・メニューです。

Christmasj

 ジャンバラヤ・レシピはこちら↓

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『ジャンバラヤで喰うケイジャンの魂』の話。

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 いやあ、いよいよなんのサイトだ『とかげの月』。
 来年こそは、なにか大々的に宣伝でもしたいね(笑)。
 メリークリスマス(涙)。 

 よい聖夜を。

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