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『小橋建太という鉄人』の話。

 このときはまだ期待していた不滅のはずの『PRIDE』がついに崩壊し、小橋がガンに倒れ、復帰のめどは立たず、私がひいきにしていたぜんぶがなくなった状況で進んだ07年。

 でも哀しくもうれしいことに、PRIDEを失った高田延彦が総統業に専念したことで『ハッスル』の大晦日開催と地上波放送が決定。年の瀬に決まった小橋建太の復帰で日テレG+は年越し『奇跡の復活!鉄人・小橋建太祭り』22時間と30分スペシャル番組編成。崩壊したPRIDEもスタッフ集結で『やれんのか!!』だし、PRIDE選手の大量獲得で実質融合を果たした『Dynamite!!』との対抗戦もあって、その他もろもろ、『イノキゲノム』『戦極-SENGOKU-』も動きだし、書き出したらとまらないあちらこちらでの動きを見るに、なんだかぜんぜん格闘技&プロレスが盛り上がっている。

 特に、このところのプロレスの復興ぶりには目を見張る。
 一般紙でも盛んに取りあげられていた、ガンにより腎臓摘出したプロレスラー、小橋建太がだめを押したという展開はファンとしては複雑だが、確かにあの復帰戦はプロレスになんの興味のない人でも、観れば引き込まれたに違いない。

 小橋が、試合後のインタヴューで言った。

「小橋さんにとってプロレスとは?」

 その質問に、しばし考えて。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 おれが訊きたいです……おれが、訊きたい。
 ……なんなんだろう。
 答えがわからないから、またリングに帰ってきたんだろうし。
 答えが見つかったら、リングに帰れなかったかもしれない。
 答えがわからないから、もういちどリングに立とうと思ったのかもしれない。
 だから、自分にとってはわからない。
 これからもわからないと思うし、自分がやめるまで答えは出ないと思う。
 だからプロレスをやり続けるんだと思うし。


 小橋建太

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 日本を代表するパワーファイターは、闘病のあいだに四十代になり、肩のラインが落ちたし、肌荒れも気になるようになった。
 でも、きれいだ。

 その美しさに──言いかえれば、プロレスバカっぷりに。
 涙が止まらない。
 会場の全員が泣いていたのに、当の本人だけが涙を浮かべていない復帰戦だった。
 彼の瞳にはよろこびだけがあった。
 もういちど、いちから階段をのぼっていくだけだと。
 真顔で言っていた。
 翌日の精密検査で、数値が悪化していれば復帰戦が引退戦になるという状況で、である。

 07年、プロレス大賞のベストバウトに、その試合が選ばれた。
 プロレスであり、格闘技、いや突き詰めればすべてのスポーツが、観客になにを与えているのかを、象徴した試合だったからだろう。
 試合結果は、小橋の敗戦だった。
 精細を欠く場面もいっぱいあった。
 インタヴューを受けながらも鼻血が止まらなかった。
 でも、彼は戻ってきて、闘った。

 インタヴュアーが、彼に「闘病の最中あきらめた瞬間はなかったか」と訊いたのには、だれもが心のなかでバカなことを訊くなとつっこんだ。小橋建太はプロレスラーであり、それは確定事項で、それはヒトがヒトとして生まれてきた以上ヒトとして死ぬしかないのと同様に、不変のものなのだ。
 たとえ、彼自身があきらめたとしても。
 一度、彼に魅せられた、観客のそこにいる限り、演者は不滅だ。
 舞台が終わっても、芝居は消えるわけではない。
 観客の心に宿るんだ。

 そういうことを、しみじみと思った。
 この時代、テレビとネットがあれば世界中のスポーツが観られるのだけれど、だからこそわかる。日本のプロレスという独特の作法のなかで、実はものすごく奇妙な位置にいるのが小橋建太だと思う。そこには、余裕がない。剥き出しで人生のすべてをそれにかけている男が彼なのだけれど、本来、プロレスは格闘技の舞台とは違う演者の余裕で成り立っているものなのだ。限界を限界に見せない。馬場御大曰く、

「プロレスラーはリングのなかの怪物」

 見せ物であるはずなのだ。

tonbi 

 人は小橋を鉄人と呼ぶ。
 この復帰で、むしろ以前の陥落しない「絶対王者」と呼ばれたそれよりも、「鉄人」のほうがしっくりとくるようになった。
 野球とか、F1にもそう呼ばれた人がかつていたが、総じて言えることは、その人はすごいのだけれどある種の異端であるということ。
 鉄の人。
 怪物ではない。
 かたい、ヒト。
 こわれない、ヒト。
 最強ではなくてもいい。
 ただ、そのヒトは、折れない。
 鉄だから。

 同じようなニュアンスで、新人の前に決まって立ちはだかる「門番」だとか、「無冠の帝王」などという呼称もあるけれど、それらはやっぱり強くなくてはいけない。鉄人は違う。悪い意味で言うのではない。
 小橋は、もう違う。

 その姿そのものが、感動を呼ぶのである。
 侮蔑ではなく、見せ物として怪物の極みに達している。
 足を上げるのがやっとの馬場御大が、それでも生涯現役を貫いた。
 折れなかった。
 そのまんま棺桶に入っていっちまいましたよ、と。
 ぼくらは、泣きながら笑ったのである。
 プロレスでよかった、と。
 プロレスがよかった、と。
 あのリングには見るべきものがある、と。

 リングで三沢のエルボーを喰らう戻ってきた小橋に、同じことを思った。
 負けたのに拍手喝采で声も割れんばかりに叫ぶコバシ、コバシの大コールを。
 プロレスって、すげえ、と。

 ひとりの鉄人が、またプロレスというジャンルの価値を高めた。
 どんな業界でも、そうだと思う。
 けっきょく、すべてが個人の……ヒトの、集まってできること。
 鉄人というほどではなくても。
 やっぱり、そこに属するひとりの決意であり、行動が。
 集団のカタチを決めていくのです。

 またプロレスに学んでしまった。
 小橋建太の精密検査も良好だったらしい。

「プロレス観て、おれも明日がんばろうと思ってくれたら」

 言う小橋を観て恥ずかしかったです。
 あなたに負けないほどがんばろうと思ったら、どんだけだよ(笑)。 

 

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