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『絶対夢想のエーテル』の話。

 その昔、人類はこの世の空間すべてになんらかの目に見えない物質が詰まっていて、光だとかそういう形のないあやふやなものはその物質を伝わって移動しているのだと考えていて──絶対静止のエーテル、とその物質は呼ばれていた。

 絶対に動かず変わらずそこにあり続ける「なにか」がなければ、なにも伝わるはずはないし、私があなたに手を振っても愛を叫んでもなにも伝わらない……その夢想は、とても心地よく納得できる……一昔前の科学者たちは、ロマンチックに議論した「惑星はエーテルの渦に乗って動いているに違いないんだよっ」。

 現代ではその夢想は科学的には誤りだとされ、絶対静止のエーテルなどというものは存在せず、力とか光とかそういうあやふやなものは空間そのものによって伝えられているというのが定説だ。それもよくわからない話だし、静止していないエーテルの存在はいまも否定できてはいないのだけれど、それでも私が感動をおぼえるのは──

「このなにもない空間にはなにかがないとおかしいんじゃないか?」

 と考えてそれを見つめる方法を考え死ぬまでなにもない空間を手探りしていた物理学者が、山のようにいるという事実。

 絶対静止のエーテルが否定されたいまでも、だったらかわりにうまい説明をしてみろと言われてできる人はどこにもいない──光は波でしょ? 波が揺れるから伝わるんだよね? あなたの顔が私に見えるように届くのはその波がそっちからこっちにゆらゆらゆらっと届いているからでしょう? でも、なにもない空間でなにが揺れているの?

 なにかがないとなにも伝わらない。
 それは逆方向から見つめると。
 なにかがあるなら私とあなたのあいだの空間は空白ではない。
 そういうこと。

 Xbox360のために新しいLANケーブルを買った。
 LANケーブルのパッケージにはEthernetケーブルとも書いてある。
 現在、ほとんどのLANはイーサネットとも呼ばれる。
 LANはローカルエリアネットワークの略。
 つまるところイーサネットとはすぐそばにいるけれどちょっと離れた私とあなたを繋ぐ技術のことである。

 二階にいるあの人になんとかいつもつながっておく方法はないかな。
 それには二人のあいだに「なにか」が必要だよね。
 人類はテレパシーや以心伝心のかわりにイーサネットを発明した。

 エーテル(Aether)はEtherとも書く。

 そう。イーサネットの語源はエーテルだ。
 人々は相変わらず夢想している。
 なにもない空間を、なにかで埋めようとする。

 先日、我が家でクリスマスパーティー第一弾をやっていて──余談だが、そのパーティーの最中に我が家だけ停電になり関西電力に走ってきてもらうという事態に陥った。LANケーブルを壁に穴あけて通すことさえ許される賃貸物件で無線LANを信用していない(オプティカルマウスは別)私にとっては好き勝手できて良い物件なのだが、なにせ築年数が……計算上はすでに許容電力を越えて使っているので、クリスマスイルミネーションやヒーターを使う中であっちでパソコンでプロレス見ているしこっちではXboxで盛り上がっている後ろで女性陣が電子レンジを使って料理したら真っ暗。ブレーカーには異常なし。というわけでなぜかたまたま何本もあったロウソクを灯してだれかが「世界中がこれくらいの明かりで暮らしたらいいのにね。充分じゃない」などというのに頷くくらい演出でもないのに電池式のクリスマスオブジェだけが七色に輝いてロマンチックななか、私は「Xbox360はタワーPC並みに電力喰うのになあ(公表数値によるとXbox360の消費電力は標準値で116W最大時254W、5Vと12Vを同時に使う。マイクロソフトは巨大ACアダプタを換気の悪い場所に設置すると熱暴走する可能性のあることを認めている。電気ストーブの「弱」が250Wの製品もあるくらいだし。Xbox360でこの冬を乗り切れるかも知れない)……電子レンジ捨てるか」と物騒なことを考えていた。電化製品は増える一方なのでここが賃貸である以上、壁を勝手に塗り替えることは許されても勝手に新しい電線引いてくることは許されないので引っ越すしかないのか。面倒くさい。

 集まった友人のひとりが、噂のマトリョミンを持って現れた。

「最近習っているの」

 彼女の彼が横から言うに、彼女はマトリョミン教室で「もう来る必要がない」と言われるほどの腕前で、やっと明るくなってみんなで関西電力さんに「ありがとうございます」とお辞儀をしたあと、その見事な演奏を披露してもらった。私はマトリョミンの演奏をどこかで見た覚えがあって、どこだったのかその夜には思い出せなかったのだが、あとで思い出すと『世界まるみえテレビ特捜部』だった。なにげに毎週欠かさず見ているバラエティー番組はこれと『探偵ナイトスクープ』と『タモリ倶楽部』くらいのものだが、どれもなにげに雑学知識を増やしてくれる。特にまだタモさんがさらさらヘアーでおでこを隠していた時代から観ている『タモリ倶楽部』はカウパー氏腺液の歴史から豆腐料理まで教えてくれて、つい先日も店で「お風呂用の吸盤がタイルにつかないの」というお客さんに「実はタイルには小さな気泡がいっぱい空いていて裏から空気が漏れるので吸盤はつかないんですよ」と語る役に立った。『タモリ倶楽部』に日本の吸盤生産シェアの九割を超える会社の社長が出演して「タイルには吸盤はつかない」と明言していたのだから間違いない。いち店員の私が語ってもお客様はまだ納得していなかったが、それでも実際つかないのだからしかたないわねと吸盤補助板を買っていただけた。ありがとうタモさん。来年の春で『いいとも』辞めるとか言っていたけど本当ですか。『いいとも』は別に観ていないので良いですが。「金はいらないから趣味に使う時間をくれ」というのが理由らしいので『倶楽部』のほうがもっとディープになってくれることを期待します──にしても「金はいらない」ってタモさんの時給150万円くらいらしいので、一年だとあの番組だけで……ええと何億? いらないっつーかもういらないくらい貯まったってことだな。あの芸風の芸人でそこにたどり着いたというのは、ほんとタモさん自身もう充分なとこなんだろう。

 話を戻そう。マトリョミンは「触れずに演奏する」楽器である。マトリョーシカ人形のなかに、いわゆるテルミンというやつが入っているわけだが(マトリョミンの公式サイトはリンクをはることを禁じているので(なぜ?)、わかんないひとは自分でググってね)、テルミンというのは映画まで作られているのに演奏CDというものがほとんどない。

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 つまるところ、その「触れずに演奏する」見た目が非常に重要なファクターなのであって、我が家で椅子に座ってマトリョーシカ人形を膝に抱き、片手を近づけたり遠ざけたりして演奏する彼女も、その見た目で私たちを魅了した。なにに魅入るといって、それはやはり彼女がこっこばりに5:5わけの黒髪を「おっぱいまでのばす」と宣言してのばしはじめた実に裸足で唄うのが似合いそうな最近の風貌のせいでもあるのだが、やはりそれは触れていないのに曲が奏でられているから、私たちはそこになにかあるのではないだろうかと思って、マトリョミンと彼女の指先のあいだにある、なにもない空間を見つめているのだった。

 ちなみにXbox360にソフト一本つけたくらいがマトリョミンの価格である。

(ちなみにこのようにアクション女優釈由美子を絶賛する私は釈由美子が近未来世界で大活躍の『パーフェクト・ダーク・ゼロ』を予約済みだ)

 彼女はなにもない空間を操作することで曲を奏でる楽器にその価値を見いだし。
 私は逢ったこともない地球の裏のだれかとゲームできる機械にその価値を見いだす。
 それは、
 さわって演奏する楽器でもできることだし。
 それは、
 一緒に遊べる友達がいれば別に必要ないことなんだけれど。

 絶対静止のエーテルは存在しないが、あいまいなものをつたえるなにかはやっぱり存在していると私たちは信じたくて、離れたなにかに作用する現象を視ると、なんだか嬉しくなる。それは赤ん坊が、生まれてからちょっとして、ある日気づく瞬間の悦びに似ているに違いない。

「あれ、あたしが笑うと遠くのあの人も笑うみたい」

 気づいた瞬間から、赤ん坊はだれかとつながるために笑うようになる。
 ワイヤレスマウスで画面のポインターを操作するのも。
 この文章が、だれかに届くのも。
 マトリョミンを演奏する悦びも。
 ぜんぶ似ている。

 科学が否定した絶対静止のエーテルを感じたいから。
 なにかあるよね、と微笑みたいから。
 なんかつながっている気がするよね。
 実際はそうでなくてもそれは問題じゃない。
 幸せってそれを夢想すること。
 夢想できるほわわんを持続できること。
 こっちが笑えば向こうが笑う。
 その笑顔が見えるのはなぜ?
 なにもない空間自体を伝わって?
 嘘だよバッカじゃないの。

 そこになにかがあるからなんだよ。
 昔の人は、それをエーテルと呼んだんだってさ。絶対静止のエーテル以外のエーテルは、いまだ否定されていない──やっぱあンだって、なんかそこにはさ。びっと伝えればびっと伝わる。なにかを伝わってだよ絶対。なにもない空間を伝わってなにかが伝わるなんてわけないじゃん科学者のくせにそんなこともわかんないの。
 いいよ別に。
 私は知っているから。
 だから伝わるんだって。
 わかっているから。

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