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『聖き彼の人』の話。

 クリスマス商品の値下げをやっていて、バイトの男の子に手伝ってもらっていたのだけれど、話をしているうちに。

「吉秒さんって部屋汚れないでしょう?」

 という結論に彼は達した。実際のところ、私は決まったものが決まったところに置かれていないと我慢できないタチなのだが、かといって雑誌を床に平積みできないほどの潔癖性ではない。

「いや、そうじゃなくて」

 彼が言うに、ぼくならこのクリスマスツリーは来年まで置いておいて高い値段で売りますもん、ということなのだそうだ。言われてみれば、私はまったくそんな発想は持ち合わせていなかった。今年レジャー用品を担当するようになった私は、前任者が昨年のぶんのクリスマス用品売れ残りを倉庫に山のように置いていったことに「なぜ?」という感想しか持てずにいたのだ。確かに手には仕入れ原価を記した紙を持ってはいるのだが、私の値付けはそんなものおかまいなしの叩き売り。値札のシールを貼るそばから売れていく。なにせ150センチのファイバーツリー500円とかだから(当初の売値は3500円)。

「もったいないですよぉ」

 と彼は言うが、私が値下げしているのは業者が返品を受けてくれない売り切り商品なのである。いやちょっと考えてみろって、と私は彼に語ってきかせた。
 うちは駅前店だ。土地代は結構なものだ。たとえば倉庫に売れ残りのツリーを一年保管するとして、一畳ぶんのスペースを使うとしよう。この近所で六畳のワンルームの家賃が六万だったら借り手はいるよな? じゃあだいたい一畳で一万円。一年だと、十二万円。いま値下げしている額がそれを上回ると思うか?

 で、彼は私が自分の持ち物も邪魔だと思ったら即座に捨てる性格だと見抜き、さっきの発言に至ったのでした。
 しかし実際さあ、今年売れなかったものが来年になって売れるかといったらそんなことありえないって。ラッパーサンタ人形(ラップで歌いながら踊る。かくかくと首を前後させる動きに子供たち阿鼻叫喚)なんて、いくら値段下げても売れないし。だって私自身がタダでもいらないと思うんだから。がんばってジョン・シナ語POPとかつけてアピールしてみたが、無駄なことだった。

 でも、ちょっと嬉しいこともある。
 そのジョン・シナ語POPも、一部のマニアックなプロレスファンが通りすがりに「シナだ」と言ってけらけら笑ってくれた。社内でだれひとり「Wordlife!」の叫び声に反応するやつはいなかったのでほんとニンマリした。別にその人はラッパーサンタ買ってくれなかったし、となりの彼女に「なにそれ」と言われていたが。

 同じようなケースだが、クリスマス用品売り場でかけていた曲に反応してくれた人も嬉しかった。エンドレスで流れるCDは私が焼いたCD-Rで、ジャズアレンジのクリスマスソングをベースにaiko、浜崎あゆみ、ケツメイシ、小田和正、ミスチルといった声に特徴あるキャッチーな人たちのクリスマスソングを編集したものだった(なんてことを堂々と書いては本当はいけないのだけれど、今回のお話はその行為によってCD売った話なので許してください)。ぜんぶ、だれかがだれかのクリスマスソングをカバーしている曲で、事実「これ、あゆ?」なんて言って足を止めてくれるお客さんも多かった。そんななか、純然たる私の趣味で入れた、カバー曲ではない一曲に、心を動かされた人がいたのである。

「レジャー担当の方ぁ、クリスマスツリーの売り場までおまわりください」

 店内放送で走っていくと、お客様はツリーの陰に置いてあるラジカセをいじっていた。

「あのー」

 私が声をかけると、彼女はその曲をふたたび再生させて、私に訊いたのでした。

「ごめんなさい、商品のことではなくて……あの、この曲ってなんていう曲なのかと思って知りたくて」

 にんまりした。確かに、知っている人が聞けば「はっ」と振り返るくらい特徴ある声なのだが、知らない人はだれだかわからないだろう。でもあなたも聴いたことあるはず。私は曲の説明をして、彼女に「いまミューズのCMでナレーションやっている人ですよ」と追加情報まであげた。メモまで要求され、私は自筆で、その曲の詳細を彼女に手渡したのだけれど、いまになって言葉が足りなかったと後悔しているのでこれを書いている。

 その曲は、EPOさんの『聖き彼の人』という曲。二十世紀にJ-POPで一時代を築き、その後海外デビューし、数多くの名曲を生んだシンガーソングライター。しかし、新世紀の始まりとともに「音楽によるカウンセリング」や「ワークショップライブ」といった、より個と個が近距離で接する歌手活動へと移行してしまったため、いくら私がメモを彼女に手渡しても、街のCD屋さんではその曲は手に入らない可能性が高い(80年代『ひょうきん族』のED曲を歌っていた時代の彼女を懐かしむアルバムはどこのCD屋でも手にはいるが、その後、POPからよりソウルフルな曲調へと変化していったEPOのアルバムはなかなか目にしない。そこからの時代の彼女の歌こそを愛する私などはとても哀しい。ちなみに今年もベストアルバムの新しいのが出ています。レーベルを渡り歩いた彼女なので、ベスト盤がそこら中から出てくる)。

 言葉が足りなかったのは、きっとあなたの心を揺さぶったのは、耳に届いたのがアルバム『Soul Kitchen』バージョンの『聖き彼の人』だったから。クリスマスアルバムや、最初に『聖き彼の人』がマキシシングルとして出たときのバージョンは、曲名の通りとても清らかな曲なのです。けれど『Soul Kitchen』は。

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 アルバムの冒頭曲から、娘と母の虐待があった過去と今を歌い上げるEPOは、もはや癒し系を通り越して精神の奥深い領域をえぐり出す作業を始めている。愛されたくて、扉の中から叫んでいるのは、私なのか、それとも「あなたが逝くとき涙を見せるかわからない」心を病んだ母親のほうなのか……そこから始まるこのアルバムは、ある意味非常にバランスが悪い。可愛らしい恋の歌にもきこえる数曲と、文字通りの魂の叫びである数曲。その混乱が、その後立て続けに発表されたアルバム二枚でも続き、2001年のアルバム『air』を最後に、EPOはCDの制作を停止する。インタビューの中で、またいつか作る気はあると語っているが、今は作ることができない、とも明言する。彼女は、あの二十世紀の終わりに、大きな転換点にいたのだと思う。

 『聖き彼の人』のなかで、自分のかたわれをさがす天使は、地上の祝福に怯えながらさまよう彼の人に呼びかける……「どんなにへたな歌でもいい あなたとわかる声で 私の名を呼んで」……と。もともとは微笑みながら歌われていたその歌詞が、『Soul Kitchen』バージョンではとことん切実な哀願の叫びに聞こえる。自分のかたわれに笑みながら手をさしのべていた天使は、いつのまにか自らもさまよって彼の人に声をあげてよどこにいるのと助けを求めているかのようだ。

 そして、聴くたびに不安をかき立てられるのだが『Soul Kitchen』は、私がとても好きなEPOのアルバムなのです。彼女にそのことをちゃんと伝えれば良かった。あの時期の、あのEPOの歌があなたを揺さぶったのだと。そういうのって、歌う側と、聴く側との、波長の微妙なところでかみ合うかどうかの問題だと思うから。

 ともかく、クリスマスの嬉しい出来事だった。
 あの彼女が、あの彼女のあの歌に、ちゃんと出逢えたことを心から祈ります。
 心に触れるなにかを見つけた瞬間のだれかを見るのは、恋に落ちる瞬間のだれかを見るのに似ている……よかったなあ、と。ただそう思う。EPOさん……いちファンとして書くよ。目の前で歌うことも、カウンセリングも、きっと多くの人の心を揺らすのだろうけれど。大多数の人々のそばにそっと居る、新しいアルバムのあなたの歌声も、きっといろんな人を救うはず。そんなふうにいろんな人のそばで居たいなあ、と小説を書く私だから、できるのに考え込んでやらないあなたは、ちょっと歯がゆい。
 待っています。
 

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