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「すいませんね大将
 新品の状態から
 やりなおしで」

「かまわねえよ
 ゼロから徹底的に
 叩きこんでやるから」

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 テレビドラマ『仮面ライダーゼロワン』
 第三話『ソノ男、寿司職人』

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 この夏にはじまった仮面ライダーの主役は、アンドロイドを売っている。ロボットとアンドロイドの線引きは、このスジの人々にとってはデリケートな問題なのであるが、DDTプロレスリングにおける創作昔話『ごんぎつね』の名手アントーニオ本多選手の父親に渋い顔で、あえて「ロボットには心がねえ」などと言わせることで、ゼロワンは、彼らに注目しきりなこのスジの人々の予想こそを裏切った物語を描いてきた。

 ガンコ寿司職人に、寿司職人アンドロイドを売ったが、それが暴走したので仮面ライダー登場。やっつけた。やっつけてしまった。唖然とした。その直前に、アントーニオ本多シニアと、そのアンドロイドとは心を通わせ、寿司屋を継がせるというようなところまでいっていたのに。

 場面転換。あれ、やっつけたはずの寿司職人アンドロイドが、寿司を握っている。そして冒頭の会話。

 ということは……

 見た目同じの、別のアンドロイドを補填したということだ。しかし彼らはそれを同じ名前で呼び、かまわねえよと答え、いちどは心を通わせた元のアンドロイドを破壊した当の本人である仮面ライダーが、笑ってイカを握ってもらいながら言う。

「大将がそういうならイッカ」

 仮面ライダーゼロワンは、アンドロイドに仕事を奪われたお笑い芸人である。イカを頼みながらイッカと言う、わかりにくいダジャレに、かたわらのアンドロイドがまた解説をつけるという、シュールなまとめで、その回は終わった。

 私は、つぶやく。

 まあいいのか……

 ベルリン国際映画祭で「映画化したい一冊」に選ばれ、本邦では二年前のエキナカ書店大賞で大賞に選出された、私も電車のなかで読んだ『ロボット・イン・ザ・ガーデン』という小説で、印象的な場面がある。

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「変態的?」
「周りをごらんなさいな。あなたの連れみたいな小さいのを連れている人が、他にいる?」
 僕もこの頃には、僕以外にタングみたいなロボットを連れている人がいないことには慣れていたが、周囲を見回してみて、嫌な事実に気づいた。どのアンドロイドも女性で、その全員があのルームサービス係みたいに、一般社会にそぐわない、なまめかしい格好をしている。

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デボラ・インストール
『ロボット・イン・ザ・ガーデン』

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 迷子のロボットの世話をはじめたら、子供とアンドロイドを欲しがっていた妻にキレて出て行かれて独りになり、そのロボットの本当の家をさがす旅に出たら、アンドロイドだらけのホテルで、人間の美女に言われて、気づく。

 世の中には、アンドロイドとホテルでオイルまみれのプレイに興じる人々がいて、そういうひとたちから見ると、自分の背丈の半分くらいしかないうえにアンドロイドと呼べるほどにはヒト型でもないロボットを連れている野郎は、変態以外のなにものでもないのだと。

 ここでの描写で重要なのは、セックス用に造られたモノではないにせよ、まわりのアンドロイドが、男性の相手であれ女性の相手であれ、画一的に美人女性型アンドロイドであるという点。

 『ロボット・イン・ザ・ガーデン』の世界では、アンドロイドはセックスのために普及しているわけではないから、いわばそれは、とても売れている流線型が美しい自動車を買って、あまりに美しいのでセックスも試してみるといったようなことになる。自動車とまぐわうと書けば変態的な響きだけれど、だれもが認める売れている美しい車ならば、なかにはそういうひともいるかもなあ、と世間に許容される変態という程度で社会的な死を迎えずに済むということもなくはないかもしれない。

 一方、 アレックス・ガーランドの映画『エクス・マキナ』では、人間と交流させる目的でアンドロイドを美人女性型に造り、穴もつける。

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センサーが集中した穴が股間にある
うまくやれば
彼女に快感を与えられる
やりたければ できるぞ
彼女は感じる

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映画『エクス・マキナ』

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 性別は生殖のために生まれたものなのに、なぜアンドロイドに性別を与えたのかと問う被験者に対し、彼女の創造者たる彼は答える。

「灰色の箱同士では相手と交流できない」

 交流から意識が生まれるのであって、命あるものは愉しむべきだと。だからファックできるように敏感な穴もつけておいたのだと。

 以前ここで、スパイク・ジョーンズの映画『her/世界でひとつの彼女』に触れた。

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『棺桶マッチ』の話。

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 そのなかで、AIではあるが、端末のなかに棲んでいてアンドロイドとは呼べない彼女が、人間がヒト型であること自体を笑うシーンがある。いわく、両脚のあいだに排泄器官があるなんておかしい。脇の下がいい。そうしたらアナルセックスもこんなふうに……と描いてみせた絵に、人間の男性である主人公は苦笑する。

 しかし実際のところ、好きにアンドロイドを造れるとなったら、美女として造るのがノーマルだという感覚は、確かに私にもある。安い買い物ではないだろうし、セックスの相手が主目的であったとしても、自動運転や、買い物に行ってもらったりすることもあるのならば、自分の人間社会でのアブノーマルな性癖が露呈するような外見にはしない。高い金を出して不細工なアンドロイドを買ったと近所に知れれば、それもやっぱりなんだか変態的だという感じがする。みんなが持っている、ものすごく端正な美人の女性型に造るのが、あたりさわりない。

 センサーが集中した穴を股間に造るのは、アンドロイドを人間の代用と見なしているからである。それこそ脇に造れば、脇の下を抱いている姿勢で、テレビを見ながらでも指先でペッティングできたりして、それでうまくしたら彼女は感じたりもするのだから、それはそれで愉しそうだけれど、たぶん実際に造るのは変態だけだし、かなりそっちに振れていると自覚がある私でも、悩んだあげくに、やっぱり両脚のあいだでおねがいしますと言うと思う。

 某よくテレビに出ているオネエタレントさんが、下半身の改造はしていなくて、女性とひとりの男性を取りあったとき、ピーが両脚のあいだにあるからってそっちには舌がないじゃないあたしの口のほうが気持ちいいんだから、そんなのなくてもあたしは勝てるの、というようなことを、おっしゃっていた。至言である。昨今では質の良いローションの類も多く出回り、それこそ是枝裕和の映画『空気人形』のようなことが、アンドロイド社会では起こるだろう。

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『空気人形』の話。

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 両脚のあいだの器官がシリコン製で、ローションで濡らして、ことのあとにはアンドロイド自身が自分の両脚のあいだからそれをスッポンと抜いて、洗面所で洗う。

 ヒトと交流するヒト型ロボとして、ヒトと愛情を奪いあうというシーンが出てきたとき、ヒトに似た行為が可能であるということは、ヒト型であるために必要なことかもしれない。

 ヒトと愛情を奪いあう?

 いや、書きかたがわかりにくいので書きなおそう。それは、下半身を女性化していないオネエが生粋の女性と男を取りあうのとはニュアンスが違う。それはつまり『ロボット・イン・ザ・ガーデン』で、主人公が妻に出て行かれた、それ。

 ロボットが、彼女から夫を奪ったわけではない。もちろん、彼から彼女を奪ったわけでもない。彼女には、子供でも、アンドロイドでも……自分でもなく、ヒト型でさえないロボットに愛情を注ぐ夫が見えていた。

 仮面ライダーゼロワンは、第三話で、ロボットにも心があるように見えると主張した。はい? と訊ね返すアンドロイド秘書に対して、彼は言う。

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「だって大将の心を
 動かしたからさ──」


 テレビドラマ『仮面ライダーゼロワン』
 第三話『ソノ男、寿司職人』

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 動いたのは大将の心だと言っている。出て行ったのは主人公の妻で、出て行かれたのは主人公で、灰色の箱同士では交流できないから性別が必要だと言っているのは開発者で。それら全員が、そもそも人間だ。

 ロボットに心があるように見えると言う、仮面ライダーゼロワンもまた、昭和世代の改造人間だった仮面ライダーとは違い、マスクドライダーシステムを身に着ける強化兵士。つまり人間だ。

 人間に心があるのは当たり前だ。

 となると、その推論に同意するのはむずかしい。心を持つ人間たる大将の心を動かしたからロボットにも心があるのではないかと言っている彼もまた人間であり心を持っているからその心を動かしているだけなのだから。

 どこにもロボットに心があるという根拠がない。

 『ロボット・イン・ザ・ガーデン』が名作たるゆえんは、ヒト型アンドロイドではないものの、だれが見てもヒト型に似せて造ったと感じられる程度にはヒト型なロボットを中心に据えたことだ。いわゆるこういうの。

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 人間社会で生活するには人間のような身体構造を有したほうが動きやすい、という観点で見れば、天才科学者が取り急ぎ造ったロボにせよ、成人の半分ほどしか背丈がないのならば、ヒト型にこだわるとかえって動きにくいはずだ。五歳児はやがて人間型になるから小さくても大人同様の設計だけれど、成長しないロボットを利便性重視で造るのならば、少なくとも手脚は二倍くらい長いほうがいい。そうすれば蛇口がひねれるし、踏み台もいらない。

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「あの子はただの金属の箱なんかじゃない」
 僕がそれに答える前に、タングが二枚のスライスチーズにパンの塊が挟まったものを、ボウルに載せて戻ってきた。それをエイミーの膝に恭しく載せる。エイミーは華奢な手でタングの手を取ると、ぎゅっと握った。「ありがとう、タング。完璧だわ」


デボラ・インストール
『ロボット・イン・ザ・ガーデン』

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 タングがひょろひょろに長い蛇腹の手脚で、人間の子供をまったく連想させない突飛な角度から、人間が食べる手間も省いてやろうと口のなかへとチーズとパンの混合物をサンドイッチだと言い張って詰めこんできたら、エイミーは完璧だという評価は下さなかったろう。

 タングはロボットだけれど、子供を欲しがる妻が嫉妬して出て行くくらいに未完成な人間風味に描かれている。この小説において、タングが美人女性型アンドロイドで、夫のセックスのパートナーになろうとしているのだったら、嫉妬した妻はハンマーでアンドロイドの頭か胸か股間でもカチ殴って壊せばいい。正義の味方の代名詞である仮面ライダーも、人間を傷つけようとするアンドロイドは壊すのだから。

 現実世界のアンドロイド工学者さんたちは、こう言う。ヒトの社会にロボットが溶けこむためには、ヒトに愛される形状でなくてはならない。ヒト型でなくても、ヒトが相棒と認識できるように、ペットロボならば実際に存在する動物に形状を寄せないと普及はしないだろう、と。

 寿司屋の大将が、ゼロから教えればいいだけだから、前のが壊れたのは気にしなくていいと笑う。大将にとって大事なのは一点のみ。自分の技を継承する寿司の腕の学習能力が備わっているかどうか。

 寿司をセックスに置き換えると、よりわかりやすい。

 できればよい。

 できなければクソだ。自分の技を継承させたいだけの寿司屋の大将にとって、独創性など発揮するアンドロイドはクソだ。同様に、ヒト型アンドロイドとまぐわいたい層にとっては、愛せない見た目のロボットは便利な道具以下のクソである。

 空気人形が、自身の汚れた性器を自分の両脚のあいだから取りはずして水洗いしている光景は悲壮だが、外装が愛せるならば、ヒトはそのすべてを愛せる。愛とは心の動きであって、ヒトの側に、それはもれなく備わっている。ロボットの側がどうかは、論じる必要がない。

 灰色の箱同士では交流できない。

 その発言は重ね重ね、心を動かす人間の側が言っていることであり、ロボット同士はきっと互いの外装など気にも留めない。

 単純な話だ。

 相手が灰色の箱だと、私が勃たない。

 勃っても穴がなくては独創的なプレイを創造しなくては、できない。

 だから穴のある端正なヒト型のアンドロイドがよい。それが最低限であって、完璧であって、よけいなモノは足さないように。

 だったら愛せる。
 だからそこに愛はある。
 この世界は愛に満ちている!!
 もちろんヒトの世界なのだから。
 ヒトの愛によって満ちている。