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「地震や放射能。テロや暗殺。楽園なんかじゃない」

「なら、あんたの笑顔で少しでも良い世界にしなよ」

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映画『少女は異世界で戦った‐DANGER DOLLS‐』

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 少女は異世界で戦った。

 広島に落とされた原子爆弾をきっかけに、争うことの愚かさに気づいた世界は、アメリカ大統領の主導によって銃の根絶を果たす。

 しかし、だからといって犯罪がなくなるわけではない。

 犯罪者は刀を持ち、警察も帯刀した。

 ……という世界観によって、少女アイドルたちが抜刀して悪を討つというストーリーを成り立たせつつ「志穂美悦子の遺伝子を探せ」と謳ってアイドル女優たちに吹き替えなしのアクションを演じさせるという。

 おもしろくないわけがない。

 実際『DANGER DOLLS』のタイトルで世界上映され、ディスク化され現在アメリカのアマゾンで19人のカスタマーレビューで四つ星。アマゾンさんで映画を物色することがあるかたならば、大作とは呼べない規模の外国映画でそれだけの反応があること自体、注目に値する出来だと読めるだろう。

 そういう意味では、ガンアクションでも成り立つ物語を日本刀アクションに仕立てた作戦が功を奏した。アイドルがアイドルを演じている図式と、いっさい血の流れない日本独自の殺陣(たて)文化は、決してほかの国では撮れない画の連続だ。

 くだんのアマゾンレビューでも「The absence of blood is a bit odd at first」(血の欠如を最初は奇妙に感じますが……)と書いているかたがいるので、大河ドラマがオンデマンドで世界中に配信される時代になっても、時代劇作法というのはいまだ世界でエキゾチックジャパンであり続けているらしい。

 時代劇ではおなじみの、女優露天風呂入浴シーンがあるのも、オンセンニッポンイキタイデスネー、なガイジンを増やしているに違いなく、オリンピックだ万博だ、本当にひとは集まるのかという懸念で夜も眠れない偉いひとたちは、クールジャパン予算を削るどころかいまこそ『少女は異世界で戦った』的な作品を量産して世界に発信するべきだと思う。

 そんな思いで私は今年のアニメ『あかねさす少女』にも注目していた。

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 『少女は異世界で戦った』同様、異世界でもうひとりの自分自身に出会うことで「こちらに在る」自分の存在意義をあらためて考えさせる仕掛けに、戦うことの意味をからめて少女たちを苦悩させるキャラデザは世界で売れる日本の桂正和。

 おもしろくないわけがない。

 のだが。ご存じのとおり、テレビアニメと同時に展開された『あかねさす少女』オンラインスマートフォンゲームはアニメ最終回と同時にサービス終了を発表。近年まれに見る撃沈であった。

 なにがいけなかったのか。

 同じ懐古趣味戦闘風味並行世界少女群像劇である『少女は異世界で戦った』に、あって『あかねさす少女』には、なかったもの。

 ではない。逆だ。

 『あかねさす少女』は可能性は無限にあると言い続けた。思い通りにはならないが、覚悟さえもてば、ひとは自由にはなれると。

 一方の先行『少女は異世界で戦った』。

 銃がなく、原子力がない。
 ないから刀で斬りあうしかなく、エネルギー問題が解決しない。

 ある、世界を異世界として描くことで、戦う少女は異世界の自分たちに吠えることが可能になる。放射能とテロの時代。それを否定して隣町と刀で戦争していた世紀のほうがよかっただとでも言うつもり?

 ここで生きるしかなく、可能性はこの枠組みのなかにしかない。

 少女のひとりが、異世界の自分と入れ替わろうとする。仲間が止める。

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「でも、その子はアリサのおかげで平和な人生を生きてこれた。あたしたちは向こう側のあたしたちに、天国をあたえたんだよ」

「自分は地獄に落ちた。そういうこと?」

「そう。だれかが戦わなきゃいけないなら、笑顔で生きてる、あたしじゃない。もう手が血で染まってるあたしたちだよ」


映画『少女は異世界で戦った‐DANGER DOLLS‐』

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 この考えかたは、同じく血の流れない時代劇風の殺陣をファンタジーに応用したシリーズ『牙狼』にも生きている。

 剣と鎧といえば和よりも洋の騎士をモチーフにしているはずなのに、牙狼シリーズの英語レビューは、そこへ日本らしさを見ようとする視点にあふれる。「defender」というのが、その源泉にある。戦士ではなく、守るもの。擁護者。

 確かに日本のサムライというものは、義のために戦うというイメージがあるにはあるが、この国に棲んでいる身からすると、義というのは愛するものたち=国を守るこころざしというよりも、現代に続くサラリーマン根性、上に立つもの=国への忠義の意味あいが強い気がする。

 ときまさにこの元号での最後の正月。いかにも王様然とした名称のかたが入れ替わるたびに時の呼び名が変わるという国。その名を叫んで突っ込んできた兵士たちにサムライを重ねた年代だと、自分の得にはまったくならないのに自分の命を投げ出す戦いかたというものは、禅の真髄のように映ったのやもしれず。

 ただ、最近では、日本の時代劇でさえ、個人的な愛を叫んでいる。偉人でさえ、滅私奉公な精神でお国のために働かれては、尊敬も共感もできない。偉大なことを成し遂げて、この国のいしずえを作ったにしても、できればそのひとは個人的な愛のために命を張ったのだということにしておいて欲しい。

 『北斗の拳』であってほしい。
 ユリアぁぁ、とか、エイドリアぁぁン、とか。
 日本は近年、ヲタク文化を積極的に国外へと拡散してきた結果、ヘンタイという語句を世界共通語にした。語源としては日本産の尖りすぎたエロコンテンツを指す意味だったけれど、最近ではヘンタイニホンジンという、ひとくくりで捉えられている。

 日本人はHENTAIだ。
 すべからくフェチである。
 偏愛のために死ねる民族。
 カミカゼという歴史は理解しがたかったが『マクロス』シリーズを観れば、美少女歌姫が戦士たちの生き死にを左右するという世界観が理解できる。

 『牙狼』しかり。

 最新の『神ノ牙-JINGA-』では、ヒーローが、悪なる存在になってしまった人間から「悪」そのものを切り離して人間に戻すという新機軸で描かれている。

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神ノ牙 –JINGA-

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 と書いてみて、最近の仮面ライダーもそうだと思い当たる。

 そういうコンテンツをばらまいて、世界ではさらに理解が広がるはずだ。

 2018年。日本では十人以上の死刑執行があった。二桁を数えるのは実に十年ぶり。対照的に、世界では毎年のように死刑制度そのものを廃止する国が増えている。

 今年の執行は特に、宗教団体のトップ級を次々に、という形だったため、世界中で、それはかえって悪を神格化するのではという論調の記事が書かれた。

 だがしかし、クールジャパン文化を摂取し続けている国外の識者においては、納得できる出来事だったかもしれない。

 「悪」を切除すれば「善」は維持される。

 それを成すのが、現代日本の、子供ばかりか大人にまで熱狂される、ミニスカの少女戦士であり、仮面のヒーローたちである。

 今年の死刑執行が多かったのは、改元の年である翌年には執行不能だという判断があったからだとされる。あのかたがあのかたに代替わりされる神聖な年には万歳を叫んで悪を斬るなどということをしてはならない。

 してはならない。つまり忌みごと。その仕事は善の維持のためにおこなわれるのだけれども、その執行者は、穢れた存在になる。

 でもだれかがやらなくちゃなら、あたしがやる。
 あたしってもう穢れているから。
 穢れていない異世界のあたしがなにも考えずに生きていけるように、あたしが穢れ続けることのどこに矛盾があるっていうの?

 『神ノ牙-JINGA-』では、善を守護するために小さなものを斬って捨てるのはやむをえないと言いのけたヒーロー御影神牙に、悪役であるはずの前世のジンガが言う。

「それを悪というんじゃないのか」

 毎年、雨宮慶太筆の『牙狼』年賀状をいただく。額装して、リビングに年々増えていく。今年もいただくことになっている。また増える。悪を斬る騎士の画を、我が家では一年中、視界の隅で捉えている。

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 フィクションである。
 しかして、神棚の位置にあり、我が家に神棚はない。
 正月はいつもより忙しいくらいで、休みのない職種だ。でも初詣には行く。世界が平和になどと祈らない。個人的な幸せを祈る。

 どこかでだれかが、悪を斬っていてくださいと願う。
 それで私は善でいられますのでと。

 嫌な生き物。
 なにを書いているのだろうか年の瀬に。
 失礼した。

 よいおとしを。
 また来年。
 かわらず愛しています。
 と言う。私がかわらずいなければ愛もない。
 私は私の見ている世界しか知れない。
 知るものにつき想うしかできない。

(わかって就いているし、ふだんは苦に思うことはないのだけれど、元号かわるから何連休というのを公的に決めるのに、正月も関係ない職種のひとはやっぱり関係ないというのは、心がやさぐれる気はするこの年の終わりだったりする。他の祝日はともかく、国の元号が変わるぞみんなで祝えというならば、国民全員ではないというのはどういうことだ。建て前で政治と切り離してはいるけれど、切り離すということは逆説的に宗教であることを認めているので、宗教的儀式に全員が邁進する安息日は、あらゆる経済活動を止めて祝うべきだ。個人の自由というならそれですっきりだが、政治が祝日を決めるなら、今回のそれが、私を退けているのはどういうことだ。仲間はずれかよ。全員断食すべき。対外的にもむしろあの国やっぱ底知れねえとなって経済的にも有利に働くかもしれない。メタボもちょっと解消されて国民総健康になるかもしれない)

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ラムネのビンを割った想い出がない。

ガラス玉を炭酸の圧力で内側から、ガラスビンの口に押しつけて封をする。
それを店頭にある棒で押し開ける。
閉じるため、開けるために、なにも足さず、なにも引かない。
究極のリサイクル容器。

プラスチックのリサイクルなんて、集めて溶かしてまた作って。
なんて非効率的。
コーラもビールもシャンパンも、ぜんぶこのコッドネックボトルにしてしまえばいいのに。

だがしかしそのビンは、世界から消えつつあるそうだ。
輸送途中に栓が勝手に開く。
そういう問題もあるが、発展途上国ではさらなる難題。
ガラス玉を取るためにビンを割る。
ガキどもの存在が大きいらしい。
この国だって例に漏れず、昭和を生きていた者の共通記憶として、

「やったよなあ」

という話をまわりで聞くのだが。

いやまったく。

ラムネを飲んだ記憶はある。
ビンを返していたのだろうか。
返すものなのだから正しい行いだが。
そうすると駄菓子屋などの、店先でビン一本飲みきっていたことに。
……そんな記憶もない。
家で飲んで酒屋さんが回収?
確かに瓶ビールは配達されていた。
頭のなかを探すが……
ラムネビンと、我が家の台所が結びつかない。
可能性として。
ときおり銭湯に連れて行かれた。
そこでなら。
飲み、返す。リサイクル。
ありうることのように思う。
だが、なんにせよおぼえていない。
私にとって重要なことではなかった。
祝いの席のシャンパン同様、シュパンッ、と栓を開ける。
その瞬間だけの飲み物でいいのだ。
と、思い返しながら。
幼い息子のラムネビンに、
冷蔵庫にあった別の炭酸飲料を入れ、さかさまにして数十秒。
写真では出ている小さな泡も、
やがて消える。
また開けられる状態になる。
新品のように激しい音は出ない。
でもガラス玉が音立てて落ちると、子供は子供だましに笑う。
昭和より貧乏臭い。
にしても。
ここに生きるリサイクルの極みよ。

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 このやりかただと、栓を抜くときに爽快な音が出て白い煙が、というところまではいかない。ビンをカシャカシャ振ってやると、けっこうきつく締まる。でも当然、それだけ炭酸が抜けているということで。たいした容量もないのに、気も抜けた砂糖水を、わざわざ飲むほどに、シュパンッ、に価値を置くかどうかというところ。

 私は置かない。
 なので、もっぱらコッドネックボトルをただのコップとして使っている。単にサイダーを注いで息子に渡す。シュワシュワちょうだい、と駄々こねていた子が、とりあえず黙る。

 書いてみて、なかなかに渋いおこないだと再確認した。息子がいつかブログで幼い日のラムネビンの想い出として、これを書いていたら涙もろくなっていなくても私は泣くだろう。

 でもまあ、そもそもラムネビンの想い出がほぼない私は、つまり単純明快に、そういうものを買ってもらっていなかったのだ。実家に残っているオモチャの量を見て、いまさら思う。

 けっこう渋く育てられていたんだ、私。

 なので我が家の先祖代々からの伝統ということで。

 それはさておき、さっき、さらっとサイダーと書いたが。以前にツーリング先で巡り逢ったサイダーの聖地。

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『寝る前にオレオを食べるダイエット』の話。

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 本邦を代表するシュワシュワ水は発売当初のネーミングが「シャンペンサイダー」である。

 アサヒ飲料さん公式に、画像がある。

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「三ツ矢」の歴史|アサヒ飲料

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 コルク栓のシャンペンボトルでもない。ビールだ。ガラスビンに、王冠。栓抜きで開ける、当時にしてもひねりのないパッケージ。ビールで培われた炭酸の圧力に負けないビン製造技術というものがあったので、それを流用したのだろう。

 つまり、なにが言いたいかといえば。

 日本における甘い炭酸水飲料は、ほぼ最古からサイダーだった。

 じゃあ、ラムネってなんなのか。レモネードである。コッドネックボトル入りのレモネードが神戸で売り出され、本物の外人から直輸入でレモネードの発音を聞いた神戸人は、

「れもねぇ? ラムネか」

 と、大ざっぱなノリで和訳した。

 で、その後、世界中でコッドネックボトルは廃れていったが、なぜだか日本にだけ息長く残った。諸説あるが、圧倒的なシェアを握っていた大阪のビン職人によるラムネビンの製造が、オリジナルよりも優れていたために輸送中に勝手に開栓されたりといった事故が少なかったせいだという説を私は推したい。この国では、まが玉を磨いていた昔から、貝もガラスもなんだってまんまるく加工してきた。昔読んだプラモデル戦士のマンガで、究極まですべすべに磨きあげた平面と平面は接着剤を使わないでも密着して離れないという技を活用してガンプラを作っていたので、私も一生懸命真似たが、くっつかなかった。でも日本国大阪の職人は、二十一世紀まで開かないラムネビンの玉を封入して口を絞る御技を手に入れた。マンガで描いてもいいほどに神である。

 そんなわけで、ラムネは日本独自のものである。
 ラムネビンに入っているサイダーがラムネ。
 ということは、私はもっぱらコカコーラ社のあいつをそれに詰めて飲めと息子に渡しているけれど。

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 それもコッドネックボトルに入れられた時点でラムネだと呼べなくもない。

 日本独自といえば、豆腐とラムネは仲良し。どちらも中小企業の事業活動の機会の確保のための大企業者の事業活動の調整に関する法律(中小企業分野調整法)に基づき中小企業で独占的に生産されている。

 大企業が作って売ってはならない。

 アサヒ社製のラムネも、コカコーラ社製のラムネも、日本では販売できない。しかし、うちではビンを使い回して大企業の飲料を買って入れ替えて飲んでいる。中小企業の事業を保護する尊い日本の法律を破っているとはいえないにしても、かなりグレーな運用。

 反省しよう。

 というわけで、シャンメリーを三本買ってきた。

 シャンメリーも、中小企業分野調整法に基づき中小企業で独占的に生産されている。

 私は輸入物のシャンペンを開けよう。これもよく知らないメーカー製のものを適当に。勢いで適当に酒を頼む人種が世界の経済を回しているといっても過言ではない。シャンパングラスにシャンメリー(これも中身はサイダーと呼べる。奥深いサイダーの世界)を注いで、息子と乾杯する。

 インディーがあってメインがある。中小企業のおかげで、サイダーをラムネとも呼ぶような多様な食文化体系が、この国には生き残っている。ビールの酒税が上がったら発泡酒を生み出してしまう技術大国で、やろうと思えば大企業がラムネ文化もシャンメリー文化も新しく生み出したサワピー(仮)みたいな名前の、ラムネよりももっと珍妙なボトルに入った味はサイダーと変わらない新飲料ジャンルを創造して、縮みゆくばかりの子供向け市場を奪うことだってできるだろうに。法の隙間を突いてインディーの畑も刈ってやろうという巨人が現れないのは、美徳というものが、ここにはまだ生きていることのアカシではなかろうか。

 いろいろあるし、楽園ではないし、近々滅びゆくのだとしても。今年も終わりかけている、今夜はまだ滅んでいない。幼子がラムネもシャンメリーもシュワシュワだと呼ぶ(正確には、シャンメリーのことは「煙の出るシュワシュワ」と呼んでいる。ビンの口から立ちのぼる炭酸の白い雲を見たから。色のついた炭酸飲料はスパークリングと呼ぶ。仮面ライダービルドのスパークリングフォームで学んだ)のを間違っちゃいねえなと笑いながら乾杯するくらいのおだやかさは残っている、継続中の静かな土地で。

 メリークリスマス。
 あなたを含め、この世界のなにもかもを愛している。
 それが許されていることに乾杯する。



テレビの威力をみせてあげるわ。

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映画『ロボシャーク vs. ネイビーシールズ』

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 と息巻いた母は、次の瞬間には娘に、この動画どうやったらネットに上げられるかと問うてしまう──

 『ロボシャーク vs. ネイビーシールズ』は、サメと海軍との戦いを描いているようでありながら、ネットとテレビの関係性を必ずしもネット賛美ではない視点も保ちつつ皮肉った名作。

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『ヒロシマノワニノニク』のこと。

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 先日、ここで広島県三次市の鮫の刺身の話をした。カタカナで書くとヒロシマミヨシノワニノニク、の話。

 と、そのすぐ直後。NHKの『鶴瓶の家族に乾杯』なる番組で三次を訪れ、常盤貴子がワニを食うという放送がありまして。現地のかたも鮫の刺身についてはそんなウマイもんじゃねえと、のたまっておられましたが。

 ええ、ときおりこういう偶然はあるのですが、時系列的にうちのが直近のニュース記事として扱われまして(ちなみにそこからまた時間の経った現在では「三次 鮫 とかげ」で検索していただくと一発で出ます。いろんな語句に「とかげ」を足せばココへたどりつく。ありがたい)。

 すごいよテレビの威力。びっくりする。ネット全盛の、いまでもこれほどかという。おばあちゃんがウマイものじゃないと言っている三次に行かないと食べられない肉のことをテレビを観たあとで検索するひとがそれほどまでにいるということを、電脳空間に棲んでいるからこそ感じてしまう、これもロボシャーク的な皮肉。

 というわけで。
 まだちらほらと影響力の残っているうちに、サメネタを追加しておこうかとロボシャークから導入してみたのですが……

 サメネタが、ぱっと出ない。

 なにかひねり出そう。
 うーん。

 と絞ってみたところ、頭に浮かんだのはアレ。医薬品を売っていたりもするもので、自然な連想といえばそうなのですが。

 鮫サプリメント。

 特定のサプリについて語るのはネット上では色々問題があるため(倫理的にではなく、ネットで個別の医薬品をレビューしてはいけないという法的な決まりがあるのです。鮫サプリは医薬品ではなく食品に分類はされるのですが、安全運転)、代表的な製品の成分を書き出してみましょう。

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1日6粒当たり
深海鮫肝油 1800mg
ジアシルグリセリルエーテル 500mg
スクワレン 800mg
オメガ3脂肪酸 40mg
DHA 25mg
EPA 5mg

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 鮫には鰾(ひょう、うきぶくろ、Swim bladder)がない。

 鰾は、ヒトでは肺に当たる。多くの魚では、肺呼吸のための器官ではなく、そこにガスを溜めたり抜いたりして浮き沈みをコントロールする器官。もとは肺だったものを、改良して水中での便利機能を持つ内臓に進化させたらしい。

 その鰾が鮫にはない。
 それは推察するに、鮫が地上から水中に逃げた「陸の負け組」ではないからである。鮫は海に生まれた、海に生きるハンター。最初から、水中で活動することに特化してこの世に生を受けた、神の傑作。陸や空に逃げようなどといちども思ったことさえないので、空気呼吸するための肺なんて必要ない。

 もう、そのあたりの魚ごときとはデキが違う。鰾を持つ魚どもが浮き袋で浮かんでバタ足で進んでいるのに対し、鮫は、ある意味ヒト同様に、クロールし続けている。鮫の全身骨格は軟骨だ。獲物に噛みつくための歯以外の骨をすべてやわらかくすることで、ヒトには不可能なクロールというかバタフライ泳法を可能にした。腕なんて回さない。全身がムチのようにしなる。鮫は浮いているのではない。絶えず泳いでいる。そのためだけの特注な肉体を授けられている。

 逆説的に、泳がないと沈む。

 ヒトも真水のなかでは泳がないと沈む。ただ、肺があるので、空気を溜めれば、じっと浮いていることもできなくはない(技術的な問題なので、できないひともいる)。そう考えると、鮫は、ハンター業に従事している泳ぎ続けるスイマーでもあるわけで、そりゃもうマッチョ。筋肉のかたまり。筋肉は重い。そのうえ浮き袋もない。

 さすがに、なにかあるでしょう。

 鮫は、肝臓に比重の軽いアブラを貯めている。

 アブラは水に浮く。ヒトだって脂肪太りのひとは浮きやすいはずだが、鮫のように二十四時間泳ぎ続けていてアンコ型を維持するのは食費がかかりすぎる。そこで海に生まれた海の主、鮫さまは、運動したら消費されるような脂肪ではなく、油そのものを内臓に溜めておくという美しい生まれかたをした。

 そのアブラが、肝油として商品化された。

 言ってしまえば、液体レバーだ。他の動物のレバーを食しても栄養満点ではあるが、鮫の場合、みずからの進化によって肝臓の中身が肝油という液体になっている。とろみをつけて飴にでもすればいい。

 そのむかし、ビタミンA欠乏症というのは国民病だった。脚気(かっけ)の検査(膝の下を叩いて反射で脚がぴくんとなる)実験を中学校でやるはずだが、その昔の子供たちはそれがぴくんとならずに死んだりした。ぴくんとならないから死んだという直接因果ではなく、ビタミンAが欠乏すると免疫力が低下するので、あらゆる病気にかかりやすくなる。

 肝油ドロップは、大げさでなくこの国を救った。
 いまでもさらなるビタミンを加えたりして、サプリメントの古株重鎮として不動の地位を築き販売されている。

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 栄養状態がむしろ行きすぎた現代日本においては、肝油はマイナスを引き上げるサプリとしてではなく、健常者をさらに頑強にするミラクルアイテムとして販売されている。アッパー系だ。

 鮫の肝油を食せば、精力アップでお肌ツヤツヤ、みたいな。よく使われる宣伝文句として、深海鮫が例にあげられる。

 深海一キロで生活する深海鮫の肝臓は、な、な、なんと全体重の約四分の一。そこに詰まった肝油が高い水圧にも耐える浮き袋の役割を果たし、太陽光が届かず、酸素も充分に得られない状況ながら、すさまじい水圧さえもものともせずに深海鮫を泳ぎ回らせているのです!!!

 だから買え。
 飲め。

 それであなたも暗闇で目が見えるようになる……という宣伝意図はないだろうが、ビタミンA欠乏症の代表的な疾患である夜盲症や失明の逆を張るイメージを売りたいのだということは伝わってくる。あなたも高水圧のなかで生きられるほど元気になれます、とは言っていないが、深海を泳ぎ回る鮫と消費者を並列でイメージさせる戦略ではあるだろう。

 まあぶっちゃけ、レバー食えば元気になる。
 鮫の肝油でも、効果はあるだろう。

 ところで、さきほど書き写した某社の鮫肝油成分表のうち、そういうスーパーマンになれるよ成分として代表的なのが上のふたつ。ジアシルグリセリルエーテル500mgと、スクワレン800mg。ジアシルグリセリルエーテルは免疫機能を強化して白血球数を増加させる。スクワレンは新陳代謝を活性化。超防御と超回復こそヒーローの必須パワー!!

 さて、ここまでの話を流さず読んでいたかたは、そろそろ笑い出していらっしゃるかもしれない。

 鮫肝油は、基本、濃縮工程を経ない。鮫の肝臓をそのまま搾っただけ、をいっそ売りにする商品が多い。レバーを食べると元気になる。鮫の肝油でも効果はあるだろう。さっき書いたこと。

 が。上の成分表ではスクワレン800mgのところ、1000mg配合!! を叫んでいる鮫サプリもあるのだけれど、その大増量された1000mg。書きなおすと、1gである。

 よくドリンク剤で、タウリン3000mg配合!! というような商品があって、となりにはどこのメーカーだかよくわからないタウリン2000mg配合の商品が、ずっと安い値段で売られていたりする。タウリンがなんであるかの説明ははぶくが、それもまた肝臓に作用してヒトを元気にするとされている成分。安いのと高いのの差が1000mg=1g。

 タウリン3000mg配合の薬用ドリンクは、それだけで医薬品になることはない。鮫サプリ同様、別に薬屋でなくても売れる。ということは基本、副作用はない。多量に飲んだとき、問題になるのはドリンク剤においては糖分であって、実のところ、あれを飲んで元気になるのは、ほぼ糖分とカフェインのおかげ。タウリンは?

 タウリンがなんであるにせよ、だ。
 冷静に考えてみよう。小さじ一杯が5gである。

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 3000mgは3g。小さじ半分ちょっとの量。それを摂取して、劇的に瞬時にヒトをアゲアゲにするほどアッパーな成分であるとすれば、医薬品として管理されるか、むしろ危険薬物として指定されなければおかしい。大さじ一杯飲んでしまうひとだっているはず。アゲアゲになりすぎて鼻血でも噴いたらどうする。

 そういう意味では、日本以外でエナジードリンクといえばの『レッドブル』あたりは、誠実。

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 カフェインと糖分で元気になるとはっきり言っているし、飲みすぎたら鼻血噴くよというのも注意喚起はしている。

(余談だが、最近、薬屋で手軽に買えるカフェイン剤で自殺を図るひとが多発して、カフェインを管理しようというような話が、この国では持ち上がっている。ロープは首を吊れるし、ビニール袋は窒息できるから管理しようというような話に聞こえる。議論すべきは、カフェイン剤くらいしか手に入れられない層にまで自殺という文化が華咲いていることだと偉いひとたちは気づかないのだろうか)

 そういう意味では、鮫サプリ。

 レバー絞った生汁、小さじ五分の一。

 メーカーさん主催の勉強会でサプリに関してはいつも言われることだが「プラセボ効果」を消すようなことはやめてくれと。ビタミン剤でもガンが治ることはあるんだと。そりゃあるだろうが、あるから治りますと言っちゃいけない。

 ……だれの得にもならないから、この話はやめようか。

 鮫が鮫という独自の海の生物であることで、だからもっとも得をしたのは、やっぱりサメをワニと呼び、その刺身を愛したひとたちなのだ。

 ヒトは体内で生まれてしまうアンモニアという毒を、肝臓で無毒化することによって生き長らえている。アンモニアを肝臓で尿素に変えて排泄するが、昨今では、排泄しきれない尿酸結晶による若年性痛風が多発しているように、けっして上手い仕組みとはいえない。

 それに比べれば海に住むたいていの生物は、アンモニアをそのまま排泄する方法をとっている。まわりが水だから、体内に置いておくよりもさっさと外に出してしまうのが利口なやりかただった。しかしそれも、陸から海へ逃げた者どもの弱者の知恵だ。

 鮫は尿素浸透圧性動物である。ヒトと同じようにアンモニアを肝臓で尿素に変え、しかしそれを体内に溜めている。そのことによって、海水と同じ浸透圧に体液を保ち、海に毒されない。体内で生成した毒をもって、外の毒と拮抗し、そのバランスの狭間を泳いでいる。

 泳ぎをやめれば逝く。

 逝くと、体内に溜めた尿素が、細菌の働きによってふたたびアンモニア化し、その作用によってこんどは細菌が繁殖できなくなる。結果、肉が腐らず、山奥へ運んでも刺身で食える。

 泳ぎ続け狩り続ける。

 それだけに特化して創られし、神の子。全身が軟骨であるために、浜に打ち上げられた死骸が原形留めず未確認生物としてたびたびニュースになる。化石にもならない。硬い歯だけが残って、考古学者にも太古の鮫の姿は正体不明。死してなお腐らず。

 周囲を海に囲まれた、この国で、海の王たるその生物にあこがれを抱くのは、やむをえないことなのであろう。その身から流れ落ちる体液をワインと崇め、うやうやしくいただくのも、しかたがない。

 信仰で病は癒える。元気なひとがより元気にもなる。それはまぎれもないことだ。薬屋風情がなんのかのと口を挟むところではない。信じる者は救われる。自分自身によって。

 鮫サプリは……