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 十代でハマって二次創作映画を撮り、テレビ業界に入ってからついに本物の『スタートレック:エンタープライズ』に出演。アニメで毒を吐いたセンスをもって映画界に殴りこみ、洗練されゆく地上の流儀に反抗するかのように下品なテディベアのコメディを撮った。

 アニメを編んでいたころからスタートレックのネタは多く、公式の新作を撮りたいとも公言していたセス・トレッキー・ウッドベリー・テッド・マクファーレンが、実写宇宙艦隊ドラマを監督・脚本・主演と聞いて、頭を抱えてうめいたトレッキーは多いはずだ。私はそうだった。彼がスタートレックをパロディする気なのは間違いないうえに、あえて愛くるしいぬいぐるみを汚す『テッド』の脚本作風からして、彼は少年時代から愛してやまないスタートレックにも容赦はないはずだ。やつはチャンスを逃さず己の毒と偏見をネタにして名を成した男なのだから。

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 そうして制作された『宇宙探査艦オーヴィル』の、本邦での放送が始まった。観た。初回から人類の感覚でいうと奇っ怪な色と形をした宇宙人とベッドインして離婚した妻が主演艦長セス・マクファーレンのもとへ戻ってきて副艦長に就任するという、本家スタートレックでは描かれるはずもないコメディ・シチュエーションなのだが……

 別に酔ってカーペットの上にウンコをしたりはしないし、下ネタが盛り込まれているにしても、おねーちゃんならだれでもというようなテディベアは出てこない。苦笑しながら観てしまう抑制のきいたニュアンスで。それよりもなによりも、画面に見入ってしまって、時間の経つのが早い。純白の宇宙船内、ビビッドな衣装、妻の浮気相手もそうだが、やり過ぎな感もある人類からかけ離れた宇宙人クルーの外観。そして音楽がもう……

 現行のスタートレックシリーズは、スタイリッシュなアクション映画であるうえに、私などにとってはアントン・イェルチンの姿を観るたびに天を見上げてしまうやりきれなさも加わって、ニヤニヤ笑いながら観るたぐいの作品ではなくなってしまった。

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『ヴァーチャルリアリティ元年の夢精』の話。

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 ネット配信されている『スタートレック:ディスカバリー』は、制作段階で現代の視聴者に受け入れてもらうために過去のスタートレック・ルールを廃止すると謳った。ルールとは、メインキャラクター同士で争わないこと。つまりそれを廃すれば、宇宙艦隊の隊員同士が愛憎劇をくり広げられる。



 病院や刑事で多いパターンだが、あらゆる職場で内部対立しては最終的にデレるというカタルシスの造成法は、アメリカンテレビドラマとジャパニーズボーイズラブのお家芸と言っていい。

 そこで『宇宙探査艦オーヴィル』。艦長と副艦長が離婚した夫婦だ。でも艦内は和気あいあいである。憎まれ口は叩いても、本気でフェイザーガンを突きつけるような対立は生まれない(もちろん別れた妻の浮気相手だった青い液体を吹き上げる異星人がボコられたりする場面も出てこない)。過去のスタートレック・ルールに忠実である。二十一世紀において、そのルールを遵守して制作されるスタートレックは存在しないので、あろうことか『宇宙探査艦オーヴィル』は、徹頭徹尾そのルールを守ることによって現行スタートレックシリーズをおちょくったパロディ作品でありながら、旧スタートレック・テレビシリーズのニュアンスを完コピした立ち位置となっているのだった。これに似ている件を私はひとつ知っている。アニメ『ルパン三世』の主役を演じる声優が亡くなったとき、その物マネ芸を売りにしていた芸人が呼ばれ、現行の二十一世紀ルパン三世は、すべて彼が演じているのである。スタートレックの二次創作をしていた少年が映画監督になって、スタートレックは死んだと嘆く老害たちのために『宇宙探査艦オーヴィル』を自己の欲求を満たすためもあって制作した結果、一定の評価を得たというのは、本人が公言していたようにアニメであれなんであれ公式のスタートレック・シリーズの監督をするよりもずっとよかった。

 もしも『宇宙探査艦オーヴィル』が公式スタートレック史のうえで描かれていたのならば、できなかった別のルールの破りかたが、そこではくり広げられている。

 第三話『ある少女について』が、最初のインパクトだった。

 艦長が西部劇のホログラムで遊んでいるというのがいかにもスタートレック。そこへ、ゲームを中断させる無礼を承知で、乗組員のボータスが乗り込んでくる。

 船医が、生まれたばかりの自分の娘を男へ性転換してくれないと怒って艦長へと陳情に来たのであった。ああまったく掴みはOKとはこのことだ。かつてのスタートレックを想い出す。実質45分ほどの番組(うち10分は壮大な音楽を流すのに使われる)で、冒頭でいかに強いパンチを放つかは実に重要になる。

 地球人だって子供が成長して治療を望むよりも前に、生まれてすぐあきらかな障害は治せるものならば治すでしょう。そう言う彼に、艦長は言う。

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 おい ふざけてるのか
 女性に生まれることは
 障害じゃない
 健康に害もない
 女性器のせいで
 舌足らずにはならない


『宇宙探査艦オーヴィル』

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 画面では艦長が「プッ、」まで言いかけて言い直すのを、日本語字幕はへったくれもなく女性器などと書いてしまっているという点はさておき、なんにせよスタートレックを何十年も観てきているが聞いたことのないたぐいの会話だ。監督・脚本が人種の違いを笑いにするのは差別ではないという考えかたなので、本家ではタブー視されるところにガンガン突っこんでくる。

 そしてもちろん、ボータスは食い下がる。

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 私の星では障害と見なされる
 女がいませんから
 地球人の常識で考えるのは
 不公平です


『宇宙探査艦オーヴィル』

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 ……食い下がるのだが。
 なんだそのセリフ。
 なんて速いパンチ。

 そう、ボータスの星には「女はいない」のだ。

 ボータスはスタートレックのクリンゴン的外見で、パートナーも同じような外見なので性別はわかりづらい。当たり前にベッドシーンが描かれて、当たり前にオーヴィルで生まれた子だと紹介されたから、てっきりボータスのお相手は女なのだと思っていたら、違うのだった。

 ボータスのパートナーは「男」なのだ。これは、男カップルのあいだに生まれた女の子の話なのである。……絶対にスタートレックではネタにしないが、逆に言うと、トレッキーはあの言葉を思い出す。

「スタートレックで描かれたことは遅れて現実になる」

 物体転送装置こそまだ実現していないものの、ウェアラブルスマートフォンは実現したし、遮蔽装置やレプリケーターは完成を目前としている。

 二十一世紀の現実において、マウス実験ではすでに卵子を使わずに次世代を創造することには成功している。

 しかし『宇宙探査艦オーヴィル』の場合、どうも高度不妊治療的な人為操作がおこなわれた様子はなく、ボータスとお相手は自然妊娠の果ての分娩のようだ。この視点は、二十世紀のスタートレックにはない。クリンゴンは好戦的な種族で、セックスも互いに傷だらけになるような行為なのだけれど、クリンゴンに恋した異星人の女性がいたとして、問題になるのはそこだけだ。暴力的なセックスに順応できるのならば、スタートレック世界ではクリンゴンと他種族だって肉体的に交われる。だが、ボータスは。

 なにか違う仕組みなのだろう。そこは描かれない。というかこれは『テッド』でテディベアに命が宿ってしまったという根幹のところを完全にスルーして描かないのと同様な、重ね重ねもコメディの手法なのである。

 男同士で妊娠して卵を産んだ。彼らは地球人ではないので、地球人の常識で語るな。それだけ。

 本家がタブーとするところを描くのも確かにパロディの王道手法で、『宇宙探査艦オーヴィル』は、そこを確信犯的に主題に据えてしまった。スタートレックでは問題提起のしようもなかった男×男=少女の問題について、クルーたちがしかめっつらで論議する。

 男か女かわからない異星人と浮気した副艦長は親に勝手に男にされたら怒ると言う。艦長は、アメリカンジョークを放つ。

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 でも僕は結婚せずに
 済んだかも


『宇宙探査艦オーヴィル』

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 妻が男にされていたら結婚しなかったから離婚もしなかったと艦長がコメディぽいことを言ういっぽう、クルーの中には工場生産された機械種族もいて、性別のない彼(?)には問題がなぜ問題なのかもわかっていない。

 意外に、ありえるわけのない問題でもつっこんで議論すると深まって、おもしろかったりする……って!

 いやありえないし!

 なにがって、地球人とは種族が違って別の仕組みで生まれるにしたって、ボータスの生まれた星には女がいない。女がいなくて男同士で繁殖する種族では、どう間違っても女の子が生まれるはずはない。私たちは地球人だから、間違うという表現に納得してしまいそうになるが、女という概念さえも存在しない種族において、その種族における男の定義がペニスのあるかないかに寄るのかはまた別の問題にしても、そういう意味でペニスのない子供が生まれたとして、それは地球人におけるなんらかの奇形であるという表現はあっても「女の子」などと呼べるわけがない。

 コケの世界でキリンが生まれたみたいなものだ。

 コケに知性があったとして、キリンが生まれたと騒ぐはずもなく、知識としてキリンのことを知っていたとしても、もしも本当にコケの世界でキリンが生まれたのだとしたら、それは絶対にキリンが関与している。

 女のいない世界で、女抜きで、女が生まれるというプロット自体が無茶だ。

 ……なのだが。
 物語の後半、『宇宙探査艦オーヴィル』は、そこに合理的な理由づけを提示して、そのうえ裁判まではじまって、判決が出て決着までする。

 完全に一話完結。
 第二話でボータスカップル卵出産の描写は出てくるが、それは前回の話には関係のない、来週への予告のようなかたちでである。観ようによっては、次回予告まで本編に入れてしまうくらいの完全無欠な一話完結だ。二十一世紀のネット配信スタートレックが一話で完結しないのと対照的なスタイルだし、二十世紀末期の旧スタートレックが一話完結のフリをしてだらだら続く重い話を始めたことで視聴率を落としたことに対するトレッキーからのアイロニーでもあろう。ありえない話をありうるかのように描いて決着までさせる45分(うち10分は壮大な音楽)。

 それを続けることに、本家でさえ疲弊して倒れた。それをいまやる。この力強さ。さらに書いておきたいのは、スタートレックが地球以外の星々への内政干渉はしないと言いながらたびたび首をつっこみ、これは正義なのだからと視聴者を納得させるという二十世紀の現実政治の模倣を得意としていたのと違って『宇宙探査艦オーヴィル』は、アメリカ人気質丸出しの艦長がうだうだ言ったところで、地球人の常識だの正義だのが、まったく異星人には通用しないという物語の紡ぎかたをしている点。

 宇宙探査艦、というのは邦題だ。原題はただ『The Orville』なのだが、あえて宇宙探査とつけたのは正解だった気がする。二十世紀のスタートレックでは、番組冒頭に毎回こう言っていた。

「宇宙、それは人類にとって最後の開拓地。そこには想像を絶する新しい文明、新しい生命が待ち受けている」

 などと言いつつ、あの星は地球のあの国のようで、あの異星人は、あの国民の気質の丸写し。で、宇宙艦隊はこう解決する! と声高らかにやっていたのだったが。相手を尊重しているふうでいて、つまりそれって地球のやりかたを持ちこんで染め上げちゃっているだけじゃない、という結末も多かった。

 それを、スタートレックの模倣のはずのオーヴィルでは本当に「探査」に徹している。想像を絶する新しい文明に触れて、いやあすげえなあ、と言ってオーヴィルに戻る。釈然としないでプンスカ怒っているひとたちもいるが、他種族を勝手に覗いてプンスカするほうが失礼だと観ていて納得できる。

 コメディでパロディだから説明不要という武器を持っているため、宇宙探査艦オーヴィルがどこに向かってなにを探査してどういう外交活動をおこなうのかは、まるで語られない。毎週、あいかわらずの宇宙で、次の話。一話とばしてもついていけるし、なんなら前後を入れ替えてもまったく問題ない。

 十代のころ、実家のリビングでスタートレックを観ていたら、それがなんであるのかも知らず予備知識も持たない母が、なんとなく同じ部屋にいて観始めて、釘付けになって、文字通り笑ったり泣いたりしたことを思い出す。

 当たり外れの回があるが、含めて、観きれないほどの一話完結なスタートレック物語が目の前にあること、それ自体が想像を絶する新しい文明、新しい生命が待ち受けているという明日も生きていけることの意味だった。

 『宇宙探査艦オーヴィル』はスタートレックのよくできたパロディである。だがしかし、同時に本家の変質してしまったいま、あなたに勧めることのできる、かつて私の大好きだった宇宙探査SFテレビドラマの唯一の後継番組かもしれない。

 スゴく好き。

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宇宙探査艦オーヴィル|FOXスポーツ&エンターテイメント|FOX ネットワークス

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 というか毎回うなりながら観ている。
 なんやかやのサジ加減が上手いのです。






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ジェッソが家にたくさんある。
アクリル画の下塗材である。
下地なのでとにかく白い。
そして粗い。
下地というと、なめらかが良い気がするが、画用紙を思ってもらいたい。
つるつるでは絵具がのらない。
そこそこざらざらで、そこそこ吸い込んでくれなくては。

ところで写真は台所の洗剤入れ。
たぶん100均で買った。
ステンレスではない。
アルミニウムでもない。
鉄だ。
それを台所で使う私が間違っているが、すぐ錆びる。
見苦しいし、錆が進んで朽ちても困る。
ペンキを塗ろうと思った。
思って気がついた。
ジェッソがいっぱいあるのだから、
それで塗ればいいのでは。

そこそこざらざら。

汚れやすい。

そこそこ吸い込む。

水廻り使用に向かない。

でも気にしない。
汚れたらまた塗ればいい。
錆もカビもまた塗ればいい。
ジェッソはいっぱいある。
そうしていまも使っている。
あきれるほどにすぐ汚れる。
内側から錆が浮いてくる。
醤油やソースどころか、お茶くらいでも染みこむ。
だからまたジェッソを塗る。
全体にぼてっとしている。
重ね塗るから。
ひどいところはカッターで削る。
そうするとまたすぐ錆色が滲む。
また白く塗る。

ふと。
化粧だとつぶやく。
塗っても塗っても滲み出る、内なる身の錆を隠して、演じるために役者は顔を塗る。
だがしかし、隠しきるならば仮面でいい。
いやいっそ中身を替えてもいい。
化粧にとどめるのは、逆説的ではあるものの、内なる錆が滲み出す余地を残す、そのためではないのか。
捨てられない。
耐水ペンキで美しく仕上げない。

朽ちてくれればいいのに……

つや消しの白をまた塗る。
いつまで続けるつもりだ。
おまえなんか別に、愛しむものでさえない。
ならばなにを愛でているのか。
……惜しんでいるのか。
過ぎた時間をか。
惜しむのにまた重ねているのか。

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 『とかげの月 / 表紙』を見ていただければわかるように、私は暗い画を描くことが多いので、使用頻度はブラックジェッソのほうが多いのですが。

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 白にせよ黒にせよ、ジェッソさんは塗ったら下地の隠れることペンキの比ではなく。そりゃあもう気持ちのよい真っ白真っ黒具合。

 ジェッソはアクリル樹脂エマルションに顔料を加えたもの。余談だがホームセンター系ペンキ屋界隈ではエマルションと呼ぶが、絵描きアーティスト界隈だとなぜかみんなエマルジョンと発音するし表記も濁点がつく。と、書いてしまうとエマルジョンと発音するのがこっぱずかしくなってきたのでエマルションと書こう。エマルションとは、本来まざることのないふたつのものをまぜてしまった白濁液体のこと。ロマンチックかつエロい。マヨネーズである。水と油をちからわざで白濁させてまぜる。

 アクリル樹脂エマルションは、文字通り、アクリル樹脂を水とむりからにまぜたもの。恐ろしい話だ。アクリルですよ? アクリル板のあのアクリル。ガラスみたいなものだ。それを水にまぜる。これにより筆でアクリルをどこかへ塗りつけることが可能になり、水が乾くとアクリルだけが残る。紙に塗れば、紙の上にガラスのようなアクリルの層が残るのである。また余談だが、いまの一文、私のワープロ辞書は「神に濡れ場」と変換した。私をなんだと思っているのか。たとえ「神」も「濡れ場」も私の書くものにとてもよく関連しているにしても、どっちも直接的にはほとんど使わない単語のはずだ。予測変換に悪意を感じる。ATOK、かしこすぎて相棒としての好感度が低い。そこまでかしこいならもう一段階の気をまわせ。

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 革に絵を描くときにもジェッソは下地として使われるが、生きている革と呼んでもいいヒトの皮膚にも定着する。先日、両膝を機械に変えるために休場することになった伝説の怪奇派レスラー、グレート・ムタのペイント(最近はほぼマスクのような造形になっていたが)も、リキテックス社のアクリル絵の具だったらしい。彼もまた伝説のレスラー、ハヤブサ選手も、リキテックス以外のアクリル絵の具は目に染みる、とブログに書いていたので、なんらかの成分的な差がアクリル絵の具各社製品にもあるようだ。目に染みないから固定客がつく、ということを狙ってリキテックスさんが開発をおこなったとは思えないが、意外とプロレスラーでなくても、塗料の類を目にツンとこないとか良い匂いとかいうところで選んでいるユーザーは多いのではなかろうか。

 そんなもの肌に塗ったら毒だよと言いたくなるが、かつて舞台役者たちは、純白にしてジェッソのように肌色を覆い隠す鉛入りのどうらん(おしろい)でペイントしていた。鉛中毒でバタバタヒトが倒れても、白の発色がいいからと使い続けたのだった。

 薬屋界隈では有名な話だけれど、ステロイド剤を同じ箇所に使い続けると皮膚が薄くなるという副作用は、ほんの少し前まで、かなり多くのユーザーに化粧品的効能として利用されていた。顔に塗るのである。皮膚が薄くなる。肌色が白く抜ける。血管が透けて見えるほどにだ。毒である。副作用だ。しかしそれでもあえて顔に塗る文化というものがあった。

 肌に塗る毒というニュアンスではまったく違う事例だが、このあいだの探偵!ナイトスクープで、皮膚呼吸しないと死ぬというのは嘘だということを証明するために、首から下を土に埋めて放置されているひとを見た。

 映画『007 ゴールドフィンガー』で、ボンドの倒れている間に全身に金粉を塗られて皮膚呼吸できずに殺されるシャーリー・イートンを思い出す。

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 撮影現場には緊急事態に備えて医師が呼ばれていたそうだが、彼女は一日中、金粉を塗られてベッドの上だったにも関わらず、映画の設定とは違って死ななかった。

 ナイトスクープで土に埋められたひとも死ななかった。

 ヒトは、皮膚呼吸なんてしていないのだ(厳密にはしているがどうでもいいくらいに微量)。

 ただ、ナイトスクープのひとは、尿意をもよおしたが、土のなかではできないことに苦しんでいた。圧力なのかなんなのか。それが事実だとすると『北斗の拳』で、首から下を埋められて、頭に不規則に一滴ずつ水滴が落ちてくるという拷問が描かれていたが、あれだって水滴にイライラして気が狂う前に、おしっこが出ないことで中毒症状を起こして気を失うだろう。

 そういえばシャーリー・イートンも、その撮影の日に関係ないひとが大挙して見学に来たことをなげいていらっしゃった。いや、たぶん彼女が金粉塗料を塗られて死ぬかどうかを見に来たのではなくて、彼女が金色にせよ裸でおっぱいが出ていたからだと思うが。

 見えている皮膚を全部ジェッソで白く塗ったプロレスラーというのは多くいる。彼らはその状態で戦うが非常に元気だ。全裸に白塗りで踊るダンサーも多くいる。むかしから、皮膚呼吸ができなくてもひとが死なないことなどみんなが知っているはずなのだが、007では死ぬ。

 なんの話かと言われると困るが、また汚れてきた白いラックをジェッソでまた純白に塗っているあいだ、私はいつもヒトの肌を塗りつぶすことを考えてしまう。皮膚呼吸を気にする必要はないのだし、あの、『アバター』みたいに。

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 肌を好きな色にペイントするひとたちというのは、なぜ現れないのだろう。それはたぶん、そういう方向性で絵の具を開発しているひとがいないからだ。肌にきれいに定着して覆い隠せて、とある光線を当てると砂のように全身から剥がれ落ちる塗料があれば、化粧品として利用されるにちがいない。

「へえ、今日は全身ショッキングピンクだね、可愛い」

 服の話ではなくて、素肌も全部。
 さあ会議をはじめましょうか、リキテックスさん。

(私はホルベインさんのジェッソの匂いが好きです)




 私の勤める店でレジを打っている彼女は、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンでも働いている。同級生だとか、後輩だとか、けっきょくそこへ流れ着いて、いまもそこにいるという知人は多い。あれはひとつの都市だ。大阪に住んでいると、職場はキタ? ミナミ? ああUSJ? という会話が自然なほどである。

 そういう大阪で子供を持つと、伊丹の空港に飛行機を見に行ったり、大阪湾に浮かぶプラレール博を見に行ったりするのと同列で、USJに行くことになる。私は、ここではなんども話していることだが、行列のできる美味しい料理店と、待たずに入れる美味しくない料理店があったら、帰って自分で料理することを選ぶタチだ。かろうじてどっちかといえば待たずに入れる店を選びたいが、食べて、まして飲んだりして、帰るまでの時間が、それはもう待ち時間だからやっぱりイヤだ。

 行列が嫌いだ。と公言しているのに。いや、だからか。よい友人から、USJの招待券をいただいたりする(長年のUSJ勤務だとそういうものも貰えるそうだ。大阪のチケットショップではときどき見かけるので、売ることもできるのだろうに)。あなたが人混みきらいなのは知っているけれど連れて行ってあげなさい、とか言われる。ありがたい。ありがたいが、思わず言い返す。

「まだ二歳なんだけど」

 で、たいてい、あの都市にだれかを招待せずにはいられないようなひとは、あそこの魔法にかかってしまっているひとだ。くだんのレジの彼女は、働いているユニバーサル・スタジオ・ジャパンでコスプレするためにレジを打っている。コスプレして遊びに行くうえに働きたいのだとか。

 そういうひとたちは、決まって言う。

「ユニバはだれが行ってもたのしめるから!」

 まあ、招待してくれるっていうんだし。あそこは広いから、なににも並ばずにひとつの都市として散策をするだけでもいちにち潰れる。そしてもちろんいちにちいるのはしんどいから、お昼を食べてから行くことにした。午後のUSJ散歩だ。なかなか優雅な響きではないか。

 開園当時は違ったのだが、いつのまにかUSJは飲食物の持ち込みが表向きは禁止となった。とはいえ、持ち物検査などはないし、外国のかたが大多数なので、いちいち「そこ、ポケットから出したチョコレート食べない!」などと怒られたりはしない。熱中症の問題もあるので、水筒の持ち込みは公式に許可されているし、赤ん坊連れならば離乳食もOK。そのあたりの拡大解釈によって、ペットボトルはふつうにみんな持って歩いているが、USJには公式のコカコーラ社の施設も入っているから、他社製品はもちろん、USJ外で購入したあらゆるペットボトルにはカバーをかけることが推奨される。ペットボトルも覆ってしまえば水筒あつかいということである。

 そういうゆるい飲食物持ち込み禁止なのだが、散歩しながらものを食べる習慣というのもないし、園内で売っている飲食物は二歳児にはパンチの効きすぎたものばかりなので、入場の前に、食べたいだけのおやつを与えた。例の地球儀の周辺では、そういう親子連れをよく見る。実のところサンドイッチでもつまみながら、天気のいい日に地球儀の前で次々にポーズを決めて写真を撮っている観光客を笑いながら見ているだけで時間がつぶせるくらいである。

 というか、うちの子は「ユニバーサルシティ」駅を降りてすぐのところにある寿司屋のくるくる回る魚オブジェに捕まって動かなくなった。

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 駅前はダンサーたちもいて、エキセントリックな土産物屋やワンピースやドラゴンボールのショップもあったりするので、理性の育ちきっていない二歳児は、ややもするとUSJに到達する前にいちにちが終わってしまいかねない。そりゃ開園前から並ぶひともいるわけだ。

 そんな試練を乗り越えて、なんとか昼すぎくらいに入場したところで、ここ一ヶ月、息子に与えた作品を観てみよう。

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 『スパイダーマン』。サム・ライミ監督の。ほかはいい。とにかくこの第一作は観ておくべきである。スパイダーマンが生まれ、プロレスに参戦し、苦悩する。最近、元新日本プロレスで元WWEであるヨシタツ選手が、全日本プロレスにレギュラー参戦していて、赤と青の衣装にスパイダーマンのオーバーマスクで登場するから、息子はすっかり仮面ライダービルドスパイダーマンヨシタツという連携で魅了されて全日本プロレスファンにもなった。よろこばしいことだ。私もヨシタツは好きだ。サム・ライミ・スパイダーマンは聖書だ。

 『ミニオンズ』

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 CMもバンバン流れていて、最近の外国の方々のUSJお目当てはハリー・ポッターであり、クールジャパン。とはいえ、二歳児はハリポタに興味を示さず(私もあまりハマっていない)、ファイナルファンタジーやモンハンなんて高度なゲームができるわけもなく、名探偵コナンは謎解きだし。自然とミニオン・パークを目指すことになる。USJでもめっきり怪盗グルーは見かけないので『ミニオンズ』でよかろうと観せたら案外ハマった。

 あと、スヌーピーはマクドナルドのハッピーセットでもらったオモチャで、セサミストリートは、ほかのキャラはともかくUSJがなぜかエルモをやたら推してくるので(ゴーカートやすべり台が、ことごとくエルモ)、エルモは認識させたほうがいいかと教えた。

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 そしていざ、具体的に入場したUSJでどこに向かおうかと検討したとき、パンフレットの数字に愕然とする。

 『アメージング・アドベンチャー・オブ・スパイダーマン・ザ・ライド 4K3D』も『ミニオン・ハチャメチャ・ライド』も、付き添い者同伴でも102cm以上ないと乗れない。

 二歳。うちの子、大きめですが、それでも身長100cmない。

 せっかく事前学習させたのに、乗れるライドがないなあ。と、ぶらぶら歩きながら、身長制限のないアトラクションがいくつかあったので、行ってみる。入り口でおねえさんに、この子も行けますかねえ、と訊ねて、ひとりで立てるなら大丈夫ですよと太鼓判を押されたにもかかわらず『バックドラフト』と『ターミネーター2:3-D』を断念。消防車好きなのに。ロボット好きなのに。両方とも、本会場に至る暗い廊下で大泣きをはじめて離脱せざるをえなかった。うーむ。こりゃ三十分もある『ユニバーサル・モンスター・ライブ・ロックンロール・ショー』なんかも無理そうだ。行ったことないけれど、まだ映画館も早いんだなあ。プロレス会場も暗転したら泣くのか……

 やむなく、暗い通路を通らない屋外で身長制限のない『ジョーズ』に行ってみる。船乗るよぉ、鉄砲撃つよお、という言葉に誘われて、観せていないのでジョーズがなんなのかをわからないまま、大人数を一回でさばくため行列というほどでもない列に並び、次々出発する船に手なんか振っている(ちなみに、この並んでいるあいだ息子を肩車したらスタッフさんに注意されました。よろけて池にぼっちゃん、とかいうのを想定してでしょうか。でも持ち上げないと柵が邪魔で船が見えないのです。この教訓は、すぐあとにも我々にのしかかってきた)。

 そしていざ船に乗り込む。ここまではご機嫌でした。ただ、やはり危険防止のためでしょう、身長制限はないが、船の端の席には大人が座らないといけない。もちろん膝に抱いたりしてもいけない。で、息子の身長は100cmない。水面にジョーズの背ビレが現れてうひょうぉ、となるところで水面もヒレも見えない(見えてもジョーズを知らないので、だーだん、だーだんだだだだ、の曲に合わせて背ビレが迫ってくる恐怖を理解はできないでしょうが)。目の前のお兄さんはなぜかショットガンを撃つ。が、向こうのほうで爆発音はするが、なにが起きているのかは大人に挟まれて座っている二歳児には見えない。そしてラスト。間近での大、大爆発。本物の炎、黒煙。

 ええ。大泣きしました。

 いやあ、たのしいなあUSJ。この子の脳裏にはなにが記憶されているのだろう。たのしい船に乗るよお、と着いていったら大爆発だったのに自分は泣いていて、まわりはみんな笑っている。ジョーズやっつけたよお、ってそのジョーズってなに?

 仕方がない。
 あきらめて、大人がつきあう方向で行こうか。本当にかろうじてなのですけれど、身長92cmを息子はクリアしていた。そうすると、空を飛ぶスヌーピーに大人といっしょに乗れる。『フライング・スヌーピー』は、たのしんだ。ユニバーサル・ワンダーランドのエリアは行けるな、と思ったのもつかの間、92cmで乗れるコーヒーカップや気球が空を飛ぶようなアトラクションには、激しく首を振って乗車を拒否。スヌーピーは手のひらサイズのオモチャで遊んでいたかいがあって信頼に足るが、キティちゃんやエルモには不信感があって、回ったり飛んだりなんてとんでもないらしい。

 ここで乗り物はあきらめて、本格的に散歩モードになる。

 スヌーピーやチャーリー・ブラウンのパネルと記念撮影をして、その先にあったのが……これ。ボール・プール。

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 魔性の池。いや本当に、なんど引き剥がしても、ここにもどる状態に陥る。なにがそんなにたのしいのか。初見の他人の子とボールをぶつけあったりして、見ているこっちは気が気でない。女の子に抱きつくのやめろ。

 中央のすべり台では、上下にスタッフさんがついて、けっして子供たちがぶつからないようにしてくださるのですが、息子はなんどもすべり台をさわりにいってさわると上の子がすべることができないからおねえさんにやめなさいと言われ、やめなさいとだれかが言われたら、もちろん別の子がおねえさんにやめなさいと言われたいがためにすべり台をさわりにいくという無限ループ。そこらの保育所よりもずっと大人数を二人で監視してあしらっている。休憩は何時間後ですか。もう何時間、そうしてすべり台の上下で緊張を強いられているのですか。

 ユニバーサル・ワンダーランドのエリアには、屋外も室内もすべり台がいくつもあって、そのすべてにスタッフさん(クルーさんと呼ぶのが正式ですか)がついている。ひとつの都市であり、雇用の源であり、それゆえに他人の子をあしらうという、どんな都市にもある仕事がここにもある。いや、多くの都市では公園のすべり台に監視員なんていないから、ここが魔法と夢の国であることの彼らが証左なのだ。お金もらっているにせよ、この世でもっとも善良なる妖精に近いひとたちだと思う。保育士だって、さわるなと言ったものに子供がなんどもさわったら怒るが、妖精さんは微笑んでやめようねと言い続けるのである。

 そのあたりで日も暮れてきたので、外も散歩しようよとボール・プールからまた大泣きするのを(そういうボール遊びができるところは近所のデパートにだってあるからなにもUSJでそれに没頭しないでもいいだろうと子供に通じない話をしながら)引き剥がして、歩き出す。

 スヌーピー乗ったねえ、となんども言うので、あれはたのしかったのだろう。ときまさにイースターということで、そんな写真もあちこちで撮りつつ、恐竜エリアで、乗ることはできない『ザ・フライング・ダイナソー』が多数の悲鳴を乗せながら頭上を通過していくのでまた足が動かなくなったり。見たことがないものをいっぱい見て不思議がっているというのは、いちにち中感じた。それは確かに、あの国に行かなければ得られない非日常の摂取だった。

 ミニオンとの写真は、帰ってからもなんども見ている。

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 ニューヨークエリアの路地裏で、クモの糸でぶら下がっているスパイダーマンと写真を撮るべく行列ができていたので、身長制限でライドには乗れなかったが、これなら撮れるよと誘ってみたものの、日も暮れた路地裏の感じがまた怖いらしく、遠くから怖々覗くのがせいいっぱいだった。

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 それが、なんというか、翌日から「スパイダーマン会ったねえ」を連発するようになった。遠くから見ただけだったがゆえに彼のなかであれは本物のサム・ライミ・スパイダーマンになったのだ。まさに二歳の虚構と現実に境目なし。まさに二歳のユニバーサル・スタジオ・ジャパン。そこらじゅうに転がっている魔法のひとつを、ちゃんと拾って帰ってきた。もちろん、事前にUSJに行くならこれだけは観ておけとスパイダーマンを摂取させておいた私の功績でもある。

 忘れないように、トミカを買って帰った。

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 うん。二歳×USJ。ありはあり。自分でチケットを買っていない散歩気分のなせるわざなところはあるかもしれないが。あなたの言うとおり、ユニバはだれが行ってもたのしめる。それなのに私は私自身で二歳児を連れて行くことは、けっしてなかったはずだから。彼があの日に得たもののほとんどすべてがあなたのおかげです。誘ってくれてありがとう。愛してる。

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世界イチの親子になろう!|パークの楽しみ方|ユニバーサル・スタジオ・ジャパン™|USJ

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 公式のキッズの年齢別おすすめアトラクション表も、三歳からになっているし、大きめの二歳で乗れるものはあるものの、そこにたのしみを置きすぎて訪れると乗れないのばっかりじゃない、となるので、おおらかに、外国語飛び交う広大なファンタジー公園で時間を潰すくらいの感で行ったらよろしいかと。開園前から行列とか、疲れるだけですって。