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「ぼく運転は……」
「乗れますよ。アマゾン体なら、こいつとシンクロします」

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 ドラマ『仮面ライダーアマゾンズ』

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 前回、バイクの日に、仮面ライダーの新番組で生産中止になった車種を使うというやる気のなさはなんなんだと、ひととおりいきどおってみたのですが。

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『8月19日はバイクの日』の話。

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 書いてみてから、ふと思いだす。

 前世紀末。日本では排ガス規制という祭りがあって、多くのオートバイが、それによって姿を消したわけですが。仮面ライダービルドの乗る、XR230というバイクは、逆にこれに適合させるために生み出された優しいオートバイなのでした。もうちょい排気量の大きいXR250というバイクもあって、こちらは潔く、排ガス規制に適合させずに生産終了となっている。

 なんとか生まれ変わって検査をクリアしたXR230だったのですが、あの当時、どのメーカーさんもそうだったように、排ガス規制のために大急ぎで生んだ改造人間ならぬ改造自動二輪車といったおもむき。珍種というのは、正統進化した後輩が生まれたら、やっぱり消える運命。XR230も、前回書いたように、新世紀が始まってしばらく経ったところで、名を変え生まれ変わることになったのでした。

 なったのですが。
 仮面ライダーシリーズを観続けてきた身として、ぼんやりとした記憶ながら、あれ、『仮面ライダー THE NEXT』って、排ガス規制のあとだっけ? となって、調べてみた。

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 『仮面ライダー THE NEXT』には仮面ライダーV3が登場するのです。そのバイクが、ホンダXR250。平成仮面ライダーシリーズ初期にはXR250はよく登場するが、平成元年は西暦だと世紀末になって、映画やOVAの仮面ライダーは時代的にどこ所属だかよくわからなくなるのです。

 『仮面ライダー THE NEXT』は、2007年公開でした。

 だいぶんと新世紀だ。つまり、排ガス規制で生産中止になったホンダXR250が劇中で使用されていたわけだ。

 おや。
 いや、待て。
 あまりにXR250は仮面ライダーに登場するから、いまのいままで深く考えていなかったが……

 再度、調べてみた。

 おう、記事にもしたのに。その後の、『仮面ライダーG』でもXR250(ていうか『仮面ライダー THE NEXT』のV3ハリケーン号をそのまま流用した稲垣吾郎スタイルだったそうな。マリアージュ)

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『仮面ライダーG』のこと。

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 上の記事のなかで私が書いているのをセルフ引用する。

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 仮面ライダーの魅力とは、苦悩だ。
 ヒトを愛するがゆえにヒトに害なす悪と闘うが、仮面ライダー自身はその悪によってヒトに害なすために造られたイキモノであるという……だから仮面ライダーはヒトの愛におびえる。愛する自信がなく、愛される資格がないと思い込み、ただひたすらに自分にできること……ヒトのために悪に向かってライダーキックを放つのである。

 というのが、そもそも石ノ森章太郎原作の設定だったはずだが。
 いまも私がシリーズ開始を待ち望む(再開、ではない。開始せずに序章で終わったのである)『真・仮面ライダー』や、石ノ森本人が製作許可を出した最後の作品『仮面ライダーJ』、昭和ライダー20周年記念作『仮面ライダーZO』など、すでにときは平成になっていたがくり広げられた最後のあだ花ライダーたちの時代。まさに私のライダー熱は最高潮を迎えていたわけだけれど、ちょうどその昭和ライダー終焉とともに私の子供時代は終わり、平成ライダー第一作『仮面ライダークウガ』がはじまったころには成人していたので、すっかり仮面ライダーを見る視点が変わっていた。

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 すっかり視点が変わっていたのだが、私の求めるものは、ずっと変わらない。私は、仮面ライダーにルチャ・リブレを求めている。メキシカンプロレスである。

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 それすなわち、善玉は伝統的なマスクと華麗なマントの衣装で空を飛びドロップキックし、悪役は龍や骸骨のマスクでケタケタ笑って凶器攻撃だってするが、最後には滅ぶ。勧善懲悪な大衆演劇だ。

 そこへ日本のわびさびの心で、骸骨のマスクでバイクにまたがり、でもテクニコ(善玉)という仮面ライダー。そこを、私は崇拝している。

 突きつめると、ものすごく単純な一点が譲れない。

 正義の味方でなくてはいけない。

 その点が、少々怪しいので、好きは好きだしもちろん観てもいるのだけれど、ある意味、仮面ライダー最新作と言っていい、『仮面ライダーアマゾンズ』について、ここでもつっこんで触れたことはない。

 改造人間の悲哀は素晴らしくてんこ盛りだけれど、なんのために戦っているかというと、大声でこんなふうに言っている。

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 ぼくの意志で確かめに来た。
 ぼくが人間かどうか。


 ドラマ『仮面ライダーアマゾンズ』

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 冒頭で引用した、ボク運転は……、という無免許の仮面ライダーである彼は、自分が戦う理由を、自分が人間かどうかを確かめるためだと言う。ところで、『仮面ライダーアマゾンズ』の設定では、倒される怪人の側も、がっつり人間である。アマゾン細胞に理性を奪われているからもうすでに人間ではないという見方もできなくはないが、その設定は実のところ、洗脳されている程度だった昭和ショッカー軍団のみなさんよりも、被害者度合いは高い。なりたくてなったわけではないのに怪人になってしまって、仮面ライダーに狩られるのである。

 一方、その仮面ライダーの側は、それによって「アマゾンでも人間だ」というアイデンティティを得る。結果的に人類を救っているような気もしなくはないが、金で雇われた傭兵軍団に味方しているだけのようにも見える。自分のことで手一杯で、世界がどうとか人類がどうとかいうことは考えていない。

 もういちど言っておくと、ダークヒーローとしては、とても好き。ただ、ルチャ・リブレの善玉の立ち位置かといえば、明白に違う。子供があこがれる生きかたではない。骸骨なのに、改造人間なのに、あこがれの正義の味方なのが、純正品の私の仮面ライダーであるところなので。

 ……作品内容は、どうでもいいのだ。バイクの話だった。

 二十一世紀もずいぶんと経った、いまさら、排ガス規制の話をうんぬんするのもなんだけれど、いまここにある仮面ライダー最新作である『仮面ライダーアマゾンズ』の、仮面ライダーアマゾンオメガが、バイクの運転はできないのにシンクロして乗れてしまう悪徳企業の科学の粋を集めたオートバイこそ!!

 ホンダXR250だ!!

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 ……いやいやいや。後継車種があるって言っているでしょうに。排ガス規制で消えたXR。世紀末の話。普通に乗っていても、生産中止で十五年越えで、劣化したゴムパーツが宝石のように高価になってくるころあいですわ。

 なんであえて、XR250。
 ああ、そういえば前回、ハーレーダビッドソンがドン詰まりだという話も絡めたのでしたが、そこでも『仮面ライダーアマゾンズ』。バイクに乗れる赤いライダー、仮面ライダーアマゾンアルファは、大型のハーレーに乗っている。

 ハーレーって。仮面ライダースーパー1か。

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 というわけで、結論。
 私が、少し勘違いをしていたようだ。
 仮面ライダー年表を改めて眺めて、そういうことのようである。

 新番組『仮面ライダービルド』が、ホンダXRに乗っているのは、ググって危険なオフロードバイクを見つけて乗ってしまう子が出ないようにでは、たぶんなく。生産中止になってから十何年経っても、スピンオフなどの純正テレビシリーズ以外の仮面ライダーがそれを愛用しているところを見るに。

「スタントマンが乗り慣れている」

 ただ、それに尽きるのではないか。
 後継の新車CRFでは、アクションが鈍る恐れがあるので、泣いて「XRでヤらせてちょうだい」というスタントマン魂によるのでは?

 とすると、である。
 彼らは、反省したわけだ。

 前番組『仮面ライダーエグゼイド』の最終回で、想い出したようにエグゼイドはバイクアクションに挑戦した。

 フルCGでした。ぴょんぴょん跳んでいた。いっさいの白煙をあげず、タイヤも減らさない、スタントマン不在のバイクアクション最終回。バイクがその場跳びでラスボスの頭にタイヤでキックだ!! カッコイー。

 新番組『仮面ライダービルド』がこれを踏襲してスタントマンを使う気がないのならば、修理部品の調達さえ難しくなってくる排ガス規制の子なんて使うわけがない。エグゼイドはXRの後継シリーズにあたる新型CRFに乗っていた。つまりビルドは後継番組なのに同じ系統でバイクが古くなっている。反省のあかしだろう。オモチャ屋主導でなく、アクションの現場に舵を取らせないと仮面ライダーという看板が傷むと気づいたのだ。

 これは吉兆である!!

 というふうに前回の記事の結論を訂正させていただく。

 まあ、毎年、希望は希望で、およそバイクに関する我が仮面ライダーシリーズへの予測は当たった試しがないのだが。だからこそ新番組開始前に書いているのである!! 始まるまでは夢が見放題だからだ!! 私を哀しませるな!!

(ちなみにXRシリーズは、国外ではいまも販売されていて、逆輸入車を手に入れるのはそう難しいことではないし、完全に生産中止されたバイクに比べれば部品の調達も容易。スタントマン方面からの要望だったとしても、スポンサー的にOKとなりやすい理由はそのあたりにもあるのかもしれない。実際、私、どれくらいで買えるものなんだろうかとググりまわってしまいましたから(オフロードバイクに乗るなんてことは一生ありそうもないくせに)。どうせ売れないならば新商品販売にこだわらず、作品のなかで生きるバイクを使ってくれるならそれでいいわという方針なのだとすれば、売れなさすぎて悟りにさえ達しているかのようでもある。その悟りの境地で、バイクの新時代を切り拓くのが、やっぱり日本のメーカーだったらうれしい。どうせ電気にならざるをえないのだろうから、思い切った方向に振ってみればいいのになあ、と意外に現行バイク乗りが集まると、もはやバイクではないようなバイクの登場を待ち望んでいたりする、排ガス規制後の新世紀続行中。走るために作られたシンプルな機械であればそれでいいのです。高速歩行サポート機を脚にとりつけたライダーたちが高速道路を滑走するというようなのでも許容範囲だ。おれの脚、カワサキだぜ。悪くないと思う)







 8月19日はバイクの日!!

 東京では暑いからでしょうか謎なことにバイクの日のイベントを室内で開催し、そのイベントで、日本自動車工業会二輪車特別委員会の柳弘之委員長が声を張ったそうな。

「2輪車には4輪車とは違う運動特性がありまして、それを操縦する楽しさがあります。それに2輪車は、走る姿を見ることでも楽しめます。ヨーロッパが主体のMotoGPというレースは、4輪車レースの最高峰であるF1よりもお客様が集まります」

 ええそうですとも。
 カワサキのバイクに乗り、MotoGPを毎年テレビで観戦している、私こそバイクのヒダヒダうっほいと羽目を外すべき存在なはずなのですが。

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『ひとのタイヤ見てわがタイヤを交換する』の話。

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 はちいちきゅう
 俳句じゃなくて
 バイクの日

 季語がない。それはともかく、その日、血肉を削って骨をしゃぶるライバル同士であるはずの日本の主要バイクメーカー四社が、合同記者会見もおこなった。

(いちおう書いておくと、ホンダとヤマハ発動機と川崎重工業とスズキ)

 委員長と声をあわせて、10月にはMotoGPが日本にやってくるぜみんなで観に行こうぜヒダヒダうっほい、みたいな話をするのかと思いきや。

 四社が声をあわせて、こう言う。

「原チャリめっちゃ売れてへん」

 いやまあ、吉秒意訳であって、関西弁で言ったわけではないが、まとめるとそれに尽きる。

 庶民の足、排気量50ccの原付バイクも、オードリーヘップバーンも後ろに乗せられるオシャレアイテム125ccの原付二種バイクも、売れていないそうな。

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 理由は、わかりきったことで、数年前に、原チャリと電動機アシスト自転車の販売数が逆転しているから。ヘップバーンは後ろに乗せられないけれど、筆記試験だけでさくっと取れるが売りだった原付免許。それさえいらないモーターアシスト機能付き自転車が、原付より安い。別に時速30キロとか出なくても、通勤通学お買い物には自転車でよいわあ、というひとが増えていくのは、当然といえば当然である。

 なんならネット通販でポチったら明日にも届く。

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 おかしな話だ。
 電気自動車は普通免許が必要なのに、電動モーターを積んだ自転車は免許がいらないというのは。アシストだからか。

 でも、だったら、もっとおかしな話だ。

 なぜ主要四社は、電動バイクに軸足を移さないのだ。いや、ヤマハさんはE-Vinoというヘップバーンも乗せられそうな、でも乗せられない50ccの電動スクーターを売っている。が、これ、パワーモードで走ると、十キロそこらでバッテリーが不安な感じ。私、電動アシスト自転車も売っているのですが、昨今の電チャリ、坂道含めて十キロくらい、余裕で走る。となると、電動バイクの利点というのはなにか。

 やっぱりそこだ。

 30キロ出る。

 免許いるけれど。電動自転車の二倍以上のお値段だけれど。30キロ厳守の走行をしている原付なんてトンと見ないし、むしろそれ以下で走っているおばちゃんの原付こそ交通の妨げな気もするけれども。

 ところで、バイク全般が販売減少に転じたのは、八十年代の暴走族の存在が大きかったとされている。矢沢永吉も歌っているが、アスファルトを血に染めて……その年代からだいぶんとあとに青春時代だった私でさえ、バイクで死んだ友人が何人かはいる。そして私自身が、あちこち骨折くらいはしている。

 危ない。物理的にも、思想的にも。

 そりゃそうだ。二輪なのだ。自立しないのだ。基本的にコケるもので、自転車に乗るひとなら自転車でコケたことは絶対あるはずなのに、そういうコケる乗り物に三百キロ出るエンジンなど積んでしまった乗り物である。

 だからこそ、生活必需品の時代を越えてからのバイクは、若者の乗り物で、暴走族のせいで販売台数が減ったというが、暴走族世代が買わずにだれが買うんだというところもあった。

 現に、あのハーレーダビッドソン社が、このところ、毎年のように前年割れの決算だ。50ccの原付を二十台ほど合わせたみたいなモンスターマシンが主力の世界的バイクメーカーは、いまや主要な顧客層が還暦を越えたらしい。さすがにそれは売れない。コケたら自分のカラダさえ起こせないような年齢になっていく人々が、いくら金を持っていようと、数百キログラムの鉄のかたまりにまたがろうというのは、もはやそれで逝くと心に決めた行為であろう。

 そんなわけで、世界のトップ大型バイクメーカー、ハーレーダビッドソンの最新アピール動画は、やたら女子供とスポーティー推しで、小排気量のバイクを若者に売りたくて仕方ない模様。



 一方、国内では、私がいま乗っているカワサキ製の国産アメリカンは排ガス規制で生産中止になり、だったら後継車種を出せよというところだが、四社そろって、ハーレーダビッドソン同様、ふんぞり返って乗るようなバイクはもう作らないと心に決めたかのようである。

 カワサキの最近の推しが、こんな感じ。



 逆に。もう逆に。ベンツのオープンカーに犬といっしょに乗った女を見惚れさせて、しかし口説きはせずに走り去って男同士でケツ追っかけあう大型バイクに全身バイクスーツでまたがりたい層って。だれなんだ。私ではない。私よりもきっと歳上で、私よりもずっとお金を持っていて、もはやそれで逝くと心に決めたようなひとで……って。それはハーレーダビッドソンがドン詰まりになった道ではないのか。

 それほどだということだ。
 だれになに売っていいやらわからんレベルなので、バイクの日に、日本のバイク界の代表どもが、声を揃えて夢という響きの真逆を平然と言ってのけたりする。作っているひとたちが、売れませんねえ、売れませんので、モンスター電気バイクを作ってみましたとかいうわけでもなく、お金が余っているひと向けの従来型ガソリン大型バイクに力を入れます、って売れるかそんなもん。

 そんな不毛の地で、あの特撮ドラマが来年も続く。

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『仮面ライダービルド』のこと。

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 先週、バイクが出てきた。『仮面ライダーエグゼイド』は最初の数週こそ、自転車に乗ったりバイクに乗ったりしていたが、いかんせん、テーマがテレビゲームである。まったくオートバイの登場しない回がほとんどになっていった。「電車?」と驚愕した『仮面ライダー電王』でさえ、電車のコックピットはバイク風だったが、エグゼイドはガン無視である。最終回間近になって、悔い改めたのかバイクが走っていたが、ヒトは乗っていなかった(バイクに変形するライダーが出てくるのです。物語の中盤では死んでいたが生き返った)。

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 仮面ライダーシリーズでは、国産バイク四天王のうち、カワサキを除く三社が、ベース車をそれぞれ提供している。昭和の時代の多用によって、仮面ライダーが世界で売ったスズキ車の数は天文学的なことになっているはず。

 最近は、ホンダ車が多い。新仮面ライダービルドのバイクは……



 ホンダXR230がベースのようである。

 あれ……懐かしい。それってカワサキの私のアメリカンと同じくらいのときに、生産中止になった車種……

 仮面ライダーの乗っているのに憧れて、買いに行ったら売っていないのをなんで憧れさすのか。いや、XR230には後継機種があるのですよ。私のカワサキアメリカン同様、私の好きな仮面ライダー威吹鬼が乗っていたホンダアメリカン・シャドウが後継なくやっぱり生産中止になったのとは違って。

 あれか、後継のCRFシリーズをググられると、跳びはねるバイクしか出てこないことになるからか。



 前述のように、新仮面ライダーがアクション重視なやんちゃなバイクに乗ってきたのを潤んだ瞳で眺める私のようなのがいるからこそ、万が一にも「仮面ライダーに憧れてあんなバイクに乗ってアスファルトを血に染めて」な事態は起こりえぬように、生産中止して久しいのをあえてか。

 勘ぐりすぎでしょうか。
 でも、現に私が、仮面ライダーに憧れてバイク乗りになったひとりなのです。その日本が誇るバイカーテレビヒーローが、バイクに乗っていなかったり、もう売っていないバイクで新番組だったり。スポンサーってなんだ! そんなんで売れるか!

 ソニー損保「2017年新成人のカーライフ意識調査」によれば、今年の新成人の免許保有率は56%だそう。普通自動車免許ですよ? それが二人にひとりしか持っていない。

 やがて四輪車は、自動運転になるとか言う。

 絶対安全? 免許証、いらなくなりますよね。で? そのとき、自動運転装置の搭載が義務づけられた未来で、電動になっているにしても、オートバイはどうなっているのだろう。

「2輪車には4輪車とは違う運動特性がありまして、それを操縦する楽しさが」

 ……整然とメリーゴーランドの白馬のように流れる自動運転車の脇を、手動で走る二輪車なんて、道義的に許されるわけもない。時速30キロ以下で走るおばちゃんの原チャリよりも事故の原因にしかならない。だったら滅ぶのか。レース場のなかだけで生きるのか。

 しかしほんと、四輪車好きなひとだって、自動運転の車になんて乗りたいか? そんなわけない。でも、ヒトが運転するのが危険だとなったら、法律的には公道を走るのは無理でしょう、免許があろうがなんだろうが、すべての公道走行車両はオートマチックになる。

 あえて車にする意味は、あるのか。
 電車でよくない?

 ああそうか、それで賢明な新成人の二人にひとりは、どうせ将来的には使い道もなくなる免許なんて取得しないんだね。そうか、わざわざ転ぶ二輪車に乗るのなんて、金網のなかのデスマッチを観るように金を払って観るようになるのだね。

 復権なんて無理そうなんですけど、バイク。と嘆きつつ、排ガス規制前に乗っていてよかったなあと不謹慎な方向で感慨深めたバイクの日。

「おれが絶頂だったころにはなあ、車は手動で運転したもんだし、バイクだって公道を走っておったもんじゃ」

「ええっ。そんなカオス、よく生き残ったね、おじいちゃん」

 交通戦争も、撃ちあい斬りあう戦争と同列に語られるようになる。

 仮面ライダーは……自動運転のオートバイに乗ってもなあ。無音の電気バイクというのもちょっとなあ……ていうか、いまや日本語で「ライダー」を検索すると「仮面ライダー」関連の事項しか一ページ目には現れない。もちろん、もとは馬に乗るのがライダーだったのだが、その後の機械馬にまたがるヒトのことさえも指さなくなり。

 そもそもの「またがる者」という意味は消え、ライダースジャケットを着たロッカー風の人物や、バッタをモチーフにした日本産の仮面のヒーローのことを直接的に示す言葉として定着していくのだ。

 そして。

「おれっちはなあ、むかし、ライダーだったんじゃ」

「はは。嘘っでえ、じゃあライダーキックやってみてよ」
「清志はバカねえ、おじいちゃんが言っているのは、革ジャン着た不良だったって意味よ。ものを知らないのね。あきれちゃう」
「革ジャンってなに?」
「牛の表皮で作った上着のこと」
「牛って?」
「ビーフ。ほんとバカね。むかしはビーフは培養じゃなくて、牛っていう動物から切り取っていたの。肉を食べて、皮が余るでしょう? それを着るのよ」
「げえっ、臭そうっ」
「実際に臭かったのよねえ、おじいちゃん?」

 なんて言われて、深い、ため息をつこう。







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○材料

紫キャベツ 半玉
その他野菜 適宜
鶏肉 適宜

酢 1/2カップ
オリーブオイル おおさじ1
レモン果汁 おおさじ1
白ワイン おおさじ1
塩 こさじ1
ブラックペッパー 適宜

(私は無類のすっぱいもの好きなので、酢はがつんと喉にくる安い穀物酢でなければなりませんが、一般的には米酢やワインビネガーを使用するものらしいです。唐辛子をあらかじめ入れる作法もありますが、どうせ私はタバスコ常備なので、レシピをシンプルにするため入れませんでした。鶏肉はモモでもムネでも美味ですし、面倒だったら総菜屋で唐揚げ買ってきても良し。私は休日に弁当用の唐揚げをまとめて作って冷凍するので、半分が弁当、半分はマリネ、でモモ肉500グラムくらい)

○作り方

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 ざく切りした紫キャベツを茹でます。
 沸騰したお湯に入れて1分ほど。お好みだけれど、歯ごたえが残っていたほうがマリネには合う。もちろん生でもいいですが、マリネ液と馴染みにくいので、私は生キャベツなら漬けないで酢と塩でつまみにしたいです。

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 残念なことに、茹でると紫色が色あせる。

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 ところがどっこい。夏休みの自由研究。材料のマリネ液をあわせたものに茹でた紫キャベツを浸すと、接触したところから生のときよりも鮮やかなパープルへと変化。いっそ嘘っぽいくらいの紫。アジサイの花や赤キャベツは、育てた土壌の水素イオン濃度指数によって色合いが変わる。ホームセンターへ行くと、アジサイを青色に育てる土が売っているので、それで赤キャベツを育てれば、青みがかった紫キャベツになるのではないかな。仮説。実証はキミが。自由研究には時間がかかりすぎるお題かもしれないが。
 ついでにキノコやニンニクの芽なども湯通ししました。

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 マリネ液にざっと漬けたら、タッパーにでも移して密封して冷蔵庫でキンキンに冷やす。写真には、揚げた茄子も写っています。もちろん肉も小麦粉をまぶして揚げる。私は揚げた肉もいろんなソースで食べたいので。塩コショウは基本しない。今回は、紫キャベツを漬けたあとの、パープルに染まった残りの液に唐揚げを漬けてしっとりさせる。これも冷やそう。夏だし。

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 皿に盛る。完成。

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 世界陸上で長距離競歩で快挙だとかいうのが大盛り上がりなのを、仕事中に展示品のテレビにお客さんが群がっている越しに観ていて。

「なぜその競技を選んだのです」

 頭のなかで問いかけてしまうのをやめられなかった。だって辛そうなんだもの。いっそ走ったほうが速そうで、ていうか、実際走ったほうが速いのに、50キロメートルとか早歩きって。哲学的だ。苦行か。

 帰ってキャベツのマリネを作った。
 たまたま、紫キャベツだった。安かったので。いつものチキンマリネを紫キャベツで作ることになり、紫色の発色やらなんやらで、先人の知恵でも借りようかのうとググってみたら、そこでもニッチなジャンルのレースが繰りひろげられているのを知ってしまう。

「紫キャベツマリネ」検索で第一位!!

 な、レシピをいくつか読む。それぞれ日付がずれている。キャベツのマリネ、では、もっとずっと熾烈な検索上位獲得レースがくり広げられているわけで、私も過去に、いくつかのマリネレシピをここで書いているが、書いても激戦区すぎて数字がとれないレースである。

 それが、キャベツを紫キャベツに変えるだけで!!
 私もトップを狙えそうなレースがここに!!
 失礼ながら競歩ってこういうことじゃないのか。その競技を考案したひとには、マラソンでどうしても勝てないライバルなんかがいたりしたのではなかろうか。

 と、いうわけで。
 紫キャベツマリネの作りかたを記した。
 ぶっちゃけキャベツというよりもチキンのマリネだが、そのような事情により表題が紫マリネのキャベツ、否、紫キャベツのマリネ、ということになっているうえに、さっきから紫キャベツのマリネだと連呼している点はお見逃しいただきたい。

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 以下、余談。
 紫キャベツマリネを食べつつ『ぞうのエルマー』を連想した。

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 幼いころに、母親にねだって何度も何度も読んでもらった記憶がある。記憶があるということは、三歳以降だ。

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『幼児期健忘による私の消失』の話。

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  記憶では、たぶんもっと大きくなっても読んでもらっていた。

 そして、裁縫家の母に、エルマーみたいな極彩色の服を縫ってもらって着ていた。右袖が蛍光イエローで、左袖が蛍光ピンクだとかいう服を、小学生男子が着ている写真も残っている。

 ぞうのエルマーは、他人と違う自分がキライで、自分を灰色に染めてみる。そうしたら、ほかのゾウと区別がつかないことに気づいて、もとの色にもどる。いい話だ。でも、エルマーは、もともとが他人と違う色だったからそうだけれど、もともと他人と見わけのつかない灰色のゾウなのに、他人と区別が付かないなんてイヤだどうしよう、と思ってしまったゾウはどうすればいいのか。

 極彩色に自分を染めるしかないのか。鼻にピアスでもぶら下げたり首筋にバラのタトゥでも彫ってみればいいのか。

 何度も何度も読んでもらって、たぶん、母は親バカで、この子は特別な自分を殺すべきなのかどうなのか悩んでいるのね、などと解釈して、エルマーな服を着たいという私を止めもしなかったのだと思う。結果として、大人になった私は、モノトーンな服を好み、昨夜も男十人ほどで焼肉に行ったが華咲く猥談のなか、ひとり「神父」というあだ名で呼ばれ続けて微笑んで他人の話は聞くが己の性癖はあかさず、飲み放題のビールをエンドレスに飲んで愉しんでいた。

 紫キャベツに意志があったならば、やっぱり、自分を緑に染めるのではないだろうか。エルマーは、どうして灰色に自分を染めたままで、実は極彩色なんだよオレ、とニヤニヤする道を選ばなかったのだろう。それ以上に、なぜエルマーは、ほかのゾウも実は自分を灰色に染めているのだということに思いが至らないのだろう。日本のサラリーマンはほぼダークスーツだが、その内側が画一的であるわけではない。ある日突然、脱サラするスーツを脱ぐぞオレ、とバラのタトゥを彫って髪を紫色に変えて現れた同僚がいたとして、向けられる視線は冷たいものだろう。

 知っとるっちゅうねん。だれでもみんなそんなもんやって。あえて灰色を落として極彩色見せるのんが、ええ話か? 粋か?

 というようなことを幼いころに上手く納得できずに、何度も『ぞうのエルマー』を読んでもらい、エルマー的な服を着てみていたのだと、いまになって気づく。エルマー、灰色になってみんなと同じになって、でも自分は自分のままだということに悩んで、そこで終わればカッコいいのに。ああやっぱりボクはボクの色をさらけ出して生きていくんだボクらしくっ、とかいう決断て。あのころの私に語れる言葉があったならこう言っていたはずだ「ボクの美学と相容れない」。逆説的に私はその絵本によって、この哲学を得たということになる。

 『ぞうのエルマー』なければ、私は、大人になって極彩色の服を着て、嬉々として自身の特殊な性癖を肉を食いながら他人に話すことをよしとするタイプの人間になっていたのかもしれない。なんと恐ろしい。

 ふつうのキャベツのほうが、使い道は多い。特に安くもないのに、紫キャベツを好んで買うこともない。写真を撮ってブログに載せるくらいの役にしかたたない。それももういま書いてしまったから、私は死ぬまで紫キャベツを買うことはないかもしれない。しかしまた忘れたころに買ってしまうかもしれない。今日の想いは今日の想いで、明日の私は多分に他人である。そういうのが人生だ。

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 文中でも軽く触れたが、今回のレシピは名前を変えただけの、過去にも書いたレシピの使い回しである。お時間のあるかたは、以前の記事のほうが小説もついているので時間つぶしにはよいかもしれない(ただし小説はBL要素を含む。紫キャベツマリネのレシピをググったばかりに、いらぬ扉を開ける必要もないと思うので、そのあたりは私の文章から察する私の個性とあなたの個性との相性をかんがみてから深みに嵌まることを推奨したい。さらけ出せばいいというものではないというのはさっき書いたところだ。それは自分自身に対してもそうだと私は思う)。

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『チキンマリネ』の話。

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