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 7月13日のニュースのタイトルが、

「手足口病、関西で警報レベル超え」

 そしてまさにその日付の朝のこと。
 息子(二歳)が通う保育園で。

「これ、あせもじゃないです。
 今日は、あずかれません」

 保育園の玄関で、もう靴も脱いでからのことである。当然だが、家のものがみな仕事に出るので子供をあずけに行っているわけで、出社前である。遅刻である。というかそれはさておき、どうにかしないと休まざるをえなくなる。

 さし迫った苦痛を回避するためには、ほかのことを犠牲にしてもしかたない。

 迎えに来てもらえる距離で家にいることは知っている、いまは友人と言えなくはないが過去には色々あった男を呼ぶ。

 いや、フィクションである。いまのくだりだけフィクションだ。実際は、もう少し金にものを言わせた解決策になったのだが、まさに、さし迫った苦痛を回避するためには、ほかのことを犠牲にしてもしかたない=背に腹はかえられない、状況だった。

 手足口病(てあしくちびょう、英: Hand, foot and mouth disease; HFMD)

 それは、ウイルス性の感染症。
 文字通り、手や足や口のなかにブツブツができる、おもに夏に流行する幼児に多い感染症。多いというか、ほとんどすべてのひとが発症するしないにかかわらずウイルスをいちどは体内に取り込んで抗体を作って大人になるという通過儀礼的疾患だ。

 多くの場合、そんなに重症化するものではない。ふわっと熱が出る子や、出ない子もいて。息子は、その二日前に、丸一日ぼおっと寝ているような熱は出していた。二歳にはありがちなことで、むしろ、翌朝にはけろっとしていたのが、あれ、軽い熱だったな、という感であった。

 ここで物語の基礎設定を書いておくが、私は大阪の場末の薬屋に勤務している。医薬品登録販売者という、いちおう薬屋を切り盛りできる資格を有してはいるが、我が店には薬剤師さんがいないので、あつかえない薬も多い。

 そして私が出勤の日は、いちにち私がいるのでワンオペである。日曜日の多くは出勤だ。祝日もだ。病院が開いていないという理由で、近所の薬屋に来る親子がいる。私は、医薬品を売ることはできるが診断行為は認められていない。しかし、彼らは訊いてくる。

「この子のブツブツ見てやってくれませんか」

 白衣は着ているが、我が子の手足口病を、あせもと思っていて、保育士にこれ違うと言われて昔の男に助けを求めようとしてしまうくらいの男にだ。

 だが、日曜祝日は、必殺の「うん。コレは病院へ行くべきですね」が言えない。関西の多くの自治体で、子供の医療費はタダである。病院に行けば全額助成されてもらえる薬を、数百円、ときには数千円払って、街の薬屋で買い求める。さし迫った苦痛を回避するためには、ほかのことを犠牲にしてもしかたない、の精神で子や孫を、私の前に立たせる方々に、なにも売らないわけにはいかない。

 かゆいと言えば、かゆみ止めを売るが、やはりそこは、強い薬は勧めにくい。老人に多いが、病院嫌いで薬屋に来て、金はあるから治せる薬を売れと言ってくる客とは層が違う。明日になれば病院に行く。でも目の前に薬屋があったから、なにかないですかね? そうですねえ。これでどうでしょう。

 そう、その正解が知りたい。
 私が知りたい。我が子のためというよりもむしろ、足りない知識の補給のために。店に先輩と呼べる薬剤師も登録販売者もいないのだから、私の医学的知識は、自動的には増えていかないのである。本当に、厳しかったり鬱陶しかったりしても、ものを教えてくれる上司や先輩がいるというのはかけがえのないことだと思う。

 知識のない白衣着たやつに助けを求めるブツブツな子を連れた客の群れ。なんと目も当てられない惨事。しかし、手足口病大流行の警報が出ている。まず間違いなく、次の日曜に起こりうる事態なのである。私に知識を与えないと大変なことになるぞ。

 急ぎ、息子を病院へ連れて行った。
 口のなかは、ブツブツになっていなくて、食事もちゃんとできる。

 かわりに、ここがひどかった。

HFMD

 ケツ。
 もとの息子のケツは、湿疹ひとつない玉の肌である。見るも無惨な。嫌な予感がする。手足口病は、ほぼすべてのひとが免疫を子供のころに作るとされるが、インフルエンザのように、型がいくつかあるのだ。同じ手足口病でも、型が違うと抗体が抗体として機能しない。つまり大人も発症する。大人がこれにかかると、高熱が出る。そのうえ手の指の爪が剥がれる。イヤだ。でも手足口病なのに、口がきれいでケツが汚くなるなんて、いかにも珍しいタイプのようだから、移りそうで不安だ。移って私は体力バカだから発症しなくても、単に薬屋にムヒを買いに来た子に、私からこれを移す可能性だって皆無ではない。極力、他人に触れないように生きよう。

 医師の見立ても、手足口病だった。今年のは、全身に広がるんですよということだった。さすが警報発令中だ。すでに何人かを診たあとだから出てくるセリフ。薬屋では、こうはいかない。口がきれい? 手足口病って、口内炎こそキッツい病気なんだよ。それがこれでは、違うんだろうなあ、だったらなんだろうわからないなあ、となるところだ。

 そして肝心かなめの、おくすりタイム。
 プロは、なに出してくるんだろうな。いやまあいちおう私も場末のプロはプロなのだが。手足口病に特効薬はない。医師といえど、街の薬屋同様に、かゆいからかゆみ止め、という対症療法でしか対応できないはず。さあ、どんな布陣で来るよ真のプロは。

 テラ・コートリル軟膏。

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 いわゆるステロイド剤だ。だらだら弱い薬を使うよりも、キツいのを短期間で完治させるのが最近の流行である。テラ・コートリル軟膏は私もあつかえる。いちおうステロイドに過剰反応されるかたもいらっしゃるので、説明はしてから売ることにしようか(ちなみに医師からそのあたりの説明はなかった)。

 さらに、テラ・コートリル軟膏に、亜鉛華軟膏も足してあった。

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 収れん作用と患部保護だろう。亜鉛華軟膏はステロイドをふくまないというところを信仰して、これ単体で肌荒れに使うひともいる。テラ・コートリル軟膏とダブル処方な場合、テラ・コートリル軟膏も成分にワセリンを含むので、ともかく肌を引き締めて保護して保護して保護して、という方向性だ。

 ワセリンを絶えず塗っておけばアトピー性皮膚炎も改善するという記事を読んだことがあるし、もういっそ薬屋として、あらゆるブツブツにワセリンをオススメするのもありかもしれない。かゆみ止めにはならないし、説得力に欠ける感じはするが。肌のトラブルの大抵は保湿で治るので、ある意味塗り続けることができるのならば、ワセリンは最強だ。

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 そしてダメ押しが、これ。

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 カラミンローション。
 医薬部外品。
 それに、これがブレンドしてあった。

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 ハッカ油。
 『探偵!ナイトスクープ』で、恐怖の入浴剤として紹介された、ひと瓶、風呂にたらせば、がたがた震えて毛布をくれとなる、それだ。近年では、ハーブの防虫効果などもクローズアップされて、噴けば涼しくなる魔法スプレーの原材料として夏の薬屋では定番である。うちの店でも週に数十個単位で売れる(私がレジ横に山積みしているせいもあり)。

 カラミンローションは、言ってしまえば亜鉛華軟膏の液バージョン。ほてりを鎮める収れん化粧水といった感。手足口病に関してはブツブツがグジュグジュとなったあとの、カサブタ化を促進させる目的もあるかもしれない。香料の入っていないシーブリーズローションみたいなもの。香料もメントールも入っていないから、塗って肌は引き締まるが、清涼感はない。

 そこで、ハッカ油プラスときた。
 ひと瓶まぜると、がたがた震えることになるので数滴。私が作ったハッカ油スプレーレシピがレジ横に貼ってあるので、それを書き写しておこう。

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『ハッカ油スプレー水』レシピ

●材料

 ハッカ油 1ml
 エタノール 10ml
 精製水 90ml

●作りかた

 ハッカ油をエタノールでのばし、精製水で割ります(ハッカ油は油なので、エタノールでのばさないと水には溶けません)。

 スプレーボトルに入れて、虫除け、リラックスに!!

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 ナイトスクープでやっていたように、風呂に入れて効果があるのだから、使うたびシャカシャカとボトルを振るならエタノール抜きでも、使えなくはない。水も、水道水でもかまわないといえばかまわないが、精製水がベターである。と言っても、エタノールもいっしょに買っていってくださるのは半分、精製水も買っていってくださるのは十人に一人といったところ。

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 なかなかに勉強になった。
 対症療法的にでも治す成分は、若干のステロイド剤のみ。あとは保湿とカサブタ化と爽快感を追求している。こっちは助成されてタダだが、医師としては、なんであれ処方すれば処方するだけ儲かるので、毒にはならない医薬部外品でも、てんこ盛りするという傾向ではあるだろう。薬屋でこのセットを買ったら二千円で足りない。

 なんだかブツブツな子供がやって来た。

「いわゆるステロイド剤としてこの軟膏が効果はあるでしょうが、明日になれば病院に行かれるのですよね。でしたらもう少しゆるめのかゆみ止め、もしくは、保湿と患部保護のためにワセリンなどいかがでしょう。あ、これご存じです? ハッカ油。ワセリンに混ぜるとスッとしますよ」

 だったらメンタームあたりを勧めてもいい気もするけれど。お子さんはメントール苦手だったりしがちですし。説得力に欠けるし。積極的に治す方向ではなく、ノンステロイドのかゆみ止めと、酸化亜鉛の収れん作用もあわせ持つ、タクトホワイトあたりをオススメするのが、あたりさわりない選択か。

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 なんにせよ、自信がついた。真のプロもそんなのしか出さない。残りは説得力。言い切る力と、微笑んでの「お大事に」。そしてそれ。
 
「うん。明日、病院へ行ってください」

 それが私の役割である。

 ちなみに息子のブツブツは三日でカサブタになり、保育園にもGOが出ました。医師いわく、手足口病は保育園を休ませる病ではないということで。保育士さんも、カサブタになったならいいです、って。数週間は体内にウイルス残留あるはずだし、唾液からでも感染するはずだけれど、もうどうせみんなかかる病というスタンスなのでしょう。

 とはいえ息子がもどって、みんな後追いでブツブツになったら心苦しいので、もう二日ほど休ませてみましたとさ。

 なんにせよ、警報発令中。気をつけてもどうにもならないが、発症したところで一瞬ブツブツできるだけ。ぶっちゃけ薬なんて使わないでも、すぐに治る。それが我が家の手足口病日記でした。ワクチンも造れない難敵ウイルスも、さくっと抗体ができて、なにごともなかったかのように治るのだから。人間の肉体って優秀。

 ところで私は、医薬品登録販売者という資格ができたころに受験したので、過去には薬剤師さんの下で働いていたことがあるのですが(逆にそのころには、将来的にそんな資格ができるとはだれもしらなかったので、具体的に薬のあれこれについて教わる機会はなかった)、いまこの資格って、学歴、年齢、実務経験、すべてが不問。薬屋を増やして軽い病気は本人で処理してもらい医療費を削減しようという政府のもくろみによってなのですけれども。なんだかんだでかつては上司もいた薬屋十年選手の私も、こんななのに、ペーパーテストだけで合格して、さああしたから薬を選んで差し出すんだ、というみなさんの胃がどれくらい痛いかと想像すると、手を合わせたくなります。

 日々精進ですねって、実際に身内が罹患して病院に連れて行ってやっと知識を得るような。ほかに知識の得ようがないという。たいてい、訊かれてからグーグル先生頼りという。こんな薬屋が増えていくのが、果たして国のためにいいものでしょうか。私が言うのもなんですが。









・転んで乗る機会が減ったから、なおのことヒビ割れたタイヤを履き替えずいたが、MotoGPフランス、ル・マン決勝。最終周ですべって転んだバレンティーノ・ロッシを観てタイヤ交換を決意する。あの生き神をして転ぶのだ。たまに乗るやつがすべるタイヤを履き続けるなんて、死にに行くのと同じだ。

twitter / Yoshinogi

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 バレンティーノ・ロッシが、どれくらいの生きた伝説かというと、昨年の『MotoGP16』というゲームのパッケージを見ればわかる。

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 『MotoGP16 : Valentino Rossi The GAME』である。

 2015年版は『MotoGP15』
 今年は『MotoGP17』で、副題はない。

 なぜ、昨年だけ『バレンティーノ・ロッシ ザ・ゲーム』などというタイトルになっているかといえば、バレンティーノ・ロッシのデビュー二十周年だったからだ。どうせバイクレースのゲームを買う層は限られているのになぜ? いや、そこがである。ロッシは四輪にも乗る。F1のテストを受けてシューマッハにコメントさせ、ラリーのレースにも出て話題を振りまいた。バイクレースの絶対王者でありながら、あっちやらこっちやらでニュースになるひとなのである。

 冷静に考えれば、他のスポーツならともかく、オートバイ。選手はヘルメットをかぶっていて、しかもテレビゲームなのだから後ろ姿で、マシンを操縦するのはプレイヤー自身。バイクレース同様に毎年出るプロレスゲームのように、選手に花道入場シーンやトップロープからの決め技があるわけではない。ヘルメットの中身を推されても、それがどうした。と、なりそうなところを「ロッシ!? んじゃ買う!!」と冷静さをなくさせるだけのものを、持っているからこその生き神。誇張でなく、彼が、この二十年で増やしたモータースポーツファンの数は、ものすごいはずだ。

 そのひとが、二十周年を越えて、今年もぶっちぎっていた。二十年も勝ち続けているとなると、観ているほうも安心感さえ抱く。最近は、MotoGPの下のクラス、Moto2や3で日本人が多数活躍しているので、テレビ中継もこの国ではそちらが盛り上がり気味である。一時間弱で終わるレース。Moto2(排気量600cc)やMoto3(排気量250cc)は、私自身が乗っているサイズのバイクでもあるので、そのトップ争いに日本人がいるとなれば感情移入もしやすくて、二レース二時間ほどを観たあとではじまるMotoGP(排気量1000cc)のレースは、ああ大きいねえ速いねえスゴいねえ、という風景のようになってしまうときがある。

 その日のレースはそうだった。

 Moto3も2も大盛り上がり。雨降り続く週だったのに決勝は天気も良くて、会場はお祭りムード高まっている。そんななか、さあGPクラススタート。抜きつ抜かれつの好レース。しかし終盤になっても、バレンティーノ・ロッシが三位だった。

 とはいえ、ここが安心感である。
 ロッシなら最終周で抜くし。最後の最後にまくるために、あえて後方から狙ってプレッシャーかけているのさ若造どもに。という缶ビール片手の観客勢。もちろん私もだ。

 果たして、残り六周という終盤に入ったところで、ロッシは二位に浮上。トップをがっつんがっつん後ろから小突く走りで、ついに残り三周というところで、隙を突いた加速でトップに立つ。ほらな。ロッシだよ、いつもの。

 そのまま、最終周になった。

 ロッシが逃げ切るのだろうなあ、と、だれもが思っていたし、本人も思っていたのかも知れない。あのロッシに、油断とか、ないとは思うが、まさかの最終ラップでのドラマ。あきらかに、ロッシがミスをした。コースを取り損なって、わずかな隙間が……

 二位の選手が、その隙間を、するんと抜けていったのだ。一周二分かからない最終周に入ってからのロッシ二位転落。焦ったのだろう。生き神といえども。生き神であるがゆえにか。残りの数十秒で、トップに返り咲こうとした天才の走りは、ふわふわとしていた。あれ、あのロッシが、と缶ビールを口に運ぶのも忘れて観客が魅入るなか、最後の最後、コーナーでバレンティーノ・ロッシが転倒。大クラッシュではない。つるんとすべったようになって、静かにコースの外まで流れていった。

 テレビ画面には、大泣きしはじめるフランスの幼児が映っていた。二十年である。両親がモータースポーツを観始めたときからトップ選手だったロッシが、生まれたときから教会に通うかわりにル・マンのレース場へ通っているロッシファンの子供の前で、まさかの転倒。

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rossi crash 2017 - Google 検索

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 結局、ロッシはマシンが動かなくなってコースにもどれずリタイアした。アナウンサーが「こんなロッシ見たことないですね」と言ったのは、転んだ事実を指してのことではなくて、転んでリタイアした事実を受け止めきれず、呆然としているロッシの姿のことだった。

 抜かれても、無理をしなければ二位で、年間通じての点数争いであるグランプリレースのなかでは、さほど痛い敗北ではない。しかしトップ選手が一レースでもリタイアになってしまうというのは、痛恨の出来事だ。それも、あきらかに焦ってスベった。

 そう、スベった。
 その日、天気はピーカンで、アスファルトは四十とか五十度とかいう焼肉ができるレベルで、レーサーたちはドライ用のタイヤを履いていた。カラカラの路面を、ネチャネチャとタイヤのゴムを溶かして走るのである。公道を走るタイヤのように溝はない。一レースで使い切る、熱でネチャネチャタイヤだ。それが焼肉の鉄板レベルの路面で、最終周……溶けてなくなった?

 いや、試合後、ロッシは「後輪が浮いた」と語っていた。とすれば、むしろ前輪がしっかりグリップしていたがゆえに、ドライバーがバイクを暴れさせすぎた結果、バイク全体が前のめりに浮いた、という感じだったのだろうか。

 二十年、やって来たからこそ、オレなら行けると鞭を振るったら、鉄馬が、つまずいて転んだ。直前までデッドヒートを繰りひろげ勝ってきて、タイヤの状態が悪いわけがない、そこでリタイアするほどのクラッシュ。生ける伝説でさえ。

 クラッシュの直後に、どこか遠くを見つめていたバレンティーノ・ロッシの姿には、人生を考えずにはいられなかった。私は翌日、このレースをディスクに焼き、電車や重機のDVDが並べられている二歳の息子のライブラリーへ、ロッシとそのマシンの姿を印刷したケースに入れて並べておくことにした。一時間弱のレースを、わからないままに観て、ロッシの転倒に涙する人々の姿を、どこかの国の賛美歌のように聴いて、なにごとかを感じてくれたらいい。

 積み上げた時間が、次の刹那を生かしてくれるわけではない。時間のなかで積み重ねた経験を駆使して、絶えず次の刹那を生き延びなければならないのが人生だ。

 神でさえも。

 だがしかし、だからこそ、たのしいゲーム。

 数年前に私は、バイク人生でたぶんいちばんのケガを負った。小雨のなか、行けるだろうと走り出し、行けずに転んだ。後ろにはダンプカーが来ていた。穿いていたジーンズはスカートのようになった。

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『道路のギザギザ金属に親指を持って行かれる』の話。

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 ゴムに亀裂走っているしタイヤが怖いですねえ、というような話をバイク屋でしていたところで転げ回って、そこから一年半である。

 やっと、冷静さをとりもどす。
 転がってからでも遅くない、ていうか転がったのだから当たり前にそうするべき。

 タイヤ交換。

 交換前。

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 交換後。

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 バイク屋から去るとき「新品のタイヤはコケやすいんでスベらないように気をつけてくださいね」と念を押される。スベってコケたから交換しているのに、そんなことを言われても困る。

 でも確かに新品タイヤ、金属に乗ると、きゅっきゅと鳴く。いちレースで使い切るレーサーの溶けるネチャネチャタイヤとは違うので、月に何度も走らない街乗りアメリカン野郎では、このきゅっきゅ言う「新品のタイヤはコケやすい」状態が、どこで終わるのか悩ましいところだ。前のも、溝はまったくすり切れないまま、経年劣化でヒビの交換だったわけで、今回は前のとメーカーは同じですが、走行耐久性は重視せず、お値段抑えめ。それでも国産アメリカンなどというと存在自体がおかしくて、奇妙で太いタイヤなため選択肢は少ない。特殊なタイヤをミルクセーキみたいにごくごく消費するレーサーたちが、いかに札束とひきかえに命を守っているかを思い知る。万全を尽くそうと思えば、トレーラーにいっぱいのタイヤを持ってワールドツアーに臨まねばならない。こっちはそんなわけにはいかないから、でも命は同じように大事だから、せめて大丈夫と過信することはやめよう。

 新しいタイヤを買ったので、まとめて数年分払えばお安くなる保険。三年分、振り込んでやりました。廃車寸前とか言いつつ、まだまだつきあう。いや、タンク凹みもしたけれど、タイヤ交換してみたら、ぜんぜんいまだ美人さんなんだもの。別れる気はない。どこかで別れが来るのだとしても、そのときにきれいな姿であってなにが悪い。愛すために愛せるように互いに緊張感を保ち続けるべき。なにかにつけてあてはまる、愛の基礎講座である。



 二次創作界の超有名老舗カップルといえば食カレである。言うまでもないが、アニメ(絵本のほうではないことがなにげに重要)『アンパンマン』に登場する、しょくぱんまんとカレーパンマンのケンカするほど仲睦まじいふたりを指す。

 それはつまり、星砂の数ほど、このふたりに萌えているガチ勢がいるということを示すのだが、食カレ居酒屋での会話を聞いていると、みないちように「しょくぱんまんサマの包容力あってのカレパンのやんちゃっぷりなわけでごわすな」というようなところに落ち着いている。

 アンパンマンワールドにおける食材擬人化は、ロシア人の話すウォッカ昔話には男性と女性と中性があるというようなもの(名詞の話)で、断定的にオリジナルの食材の個性を継承している。

 そこでいくと、なにいろにも染まるふわふわの食パンと「かじってなかが餡ならともかく、死にそうなひとにぼくを食べてと顔を差し出してかじったらなかから固形物もまじった茶色いのがあふれてきて匂いも強烈で顔にかかって鼻に詰まったらたぶんそのひと生き返るどころか死ぬよね」というような頭部を持つヒーロー。

 どっちが男性名詞で語られるべきパンかといえば、つまりタチかといえば、つまりオラってるほうかといえば、そんなもんグロい臭いのが詰まった揚げられた顔のパンだろうと思えばどっこい、なぜだか薄い本では、もれなく食パン男の腕枕に揚げ頭がのっかっているのだった。

 カレーというものは、どこか幼児性を有しているようである。がっつりした食い物なのに、カレーパンマンにはショタは言いすぎにしても、弟属性がもれなくついてくる感じがする。短パンランニングとかが武器になる感じ。

 日本をふくむ世界中の主要プロレス団体をわたり歩いたプロレスラー、クリストファー・ダニエルズは、二十世紀にはカレーマンだった。

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 オールマイティ・レスラーとまで呼ばれた世界レベルの技巧派が、カレーを名乗ると、頭にカレーが盛られたコミカル・レスラーになる。思えばさっき十二人目が登場した『キュウレンジャー』の元祖『ゴレンジャー』でも、五人しかいないメインヒーローのカレー担当は、お茶目さんだった。

 カレーを手にして、クールに二枚目ぶるというテレビCMも見ない。岩城滉一、長瀬智也といったヤクザ役でもお馴染みの俳優でさえ、カレーのCMではニッコニコの笑顔である。もうむしろ、ギャップを意図してキャスティングされたみたいな演出だ。

 さあいったい長々となにを書いているのかといえば、表題のとおりに『カレーの王子さま』を作った話である。いやこれがもう、あまりにもすぐできてしまうので、徒話も追加したくなるというものだ。いま読めました?

 「徒話」と書いて「むだばなし」と読む。
 徒然の名を冠するこの場にふさわしい。

 使用するのは、『カレーの王子さま』顆粒タイプ。

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 もらいました。
 小売業界ではシックスポケットなどと言いますが、最近ではテンポケットなんていう言葉もあるそうで。おじいちゃんおばあちゃんだけでなく、親戚友人、同僚まで、なんやかやと二歳児に尽くしてくださる。旅行に行って、私にではなく、息子ちゃんに、これなら食べられるかと思って、とか。私にでいいのに。酒とか辛いものでいいのに! カレーの王子さままでもらいものだ。で、まあ、もらったので作りましたよ、とか書いておくと、またもらえるだろう、きっと。そもそも私が、カレーの王子さまを食べさせたことがない、とつぶやいたがためにいただいたものだったりする。

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●作りかた

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 野菜と肉を鍋にぶっこんで煮ます。
 今回、大人用カレーの途中段階からカップ二杯ほどを取ってきて『カレーの王子さま』用に流用。大人用にはスジ肉を使ったので、噛みきれないだろうなと、やわらかそうなところ少しに、ソーセージの輪切りをプラス。茶色いのは冷凍の炒めタマネギの欠片。面倒くさいのでな。そういうのを使うさ。

CurryPrince02

 ご参考までに、その後、大人用にはワイン、炙ったローリエ、ニンニクの芽、鷹の爪などが投入されます。

CurryPrince03

 煮込むといっても三十秒くらい。さあ、『カレーの王子さま』顆粒タイプを投入したところ……秒速で溶ける!! しゃ、写真を撮るひまがないほどに。あわてて撮った。このあと、一秒も待たず、すべて溶ける。

CurryPrince04

 完成である。
 レシピというほどのものでもない。  

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 ちなみに、『カレーの王子さま』にはルウタイプもあって。

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 パッケージには1歳からいっしょに、と書かれているので、子供に合わせて、親もこれを食えば鍋ひとつで済むじゃない、と想定された商品だと思うのですが。

 私も、もちろん、味見してみましたが。息子は前のめりになって食べていた『カレーの王子さま』……これ、カレーとは呼べねえ……ダシの味はする。カレーの香りもほのかにする。しかしてその実体は、いわゆる、カレーうどんのツユ。の、さらに薄いの。

 『カレーの王子さま』は顆粒タイプがオススメ。ほんと、味噌汁作る途中で味噌のかわりにそれを入れたらカレーになる感覚(いや、味噌よりも早く溶ける)なので、慣れればレトルトの『カレーのお姫さま』パックを湯煎するよりも、さくっと作れる。

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 だから、鍋はふたつになるけれど、それはそれでわけて作って。
 やっぱり大人には、大人カレー。

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『カレーのとろみ』の話。

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 濃いのをナンでいただきたい。

 『カレーの王子さま』も、冷や奴とかにとろりとかければ、酒のつまみにならんこともない気はするのですが。あえてそれで飲まんでもな。子供の食い物は、子供に食わせておけばいい。ただ、二歳児の技術でこれを食わせると、そこらじゅうに黄色いシミはできます。カレーなので。本当か? 実のところ、カレーっぽく着色しているだけではないのか。透明でもいいんですよS&Bさん。コレ味そのままでできるでしょう、シミにならないの。『透明なカレーの王子さま』あれば売れると思うんだけれども……ああ、でも顆粒でとろみをつける商品って、たしか薬屋で見たことがあるような……

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 顆粒コンソメと、顆粒とろみ剤を、鍋にぶち込めば『透明なカレーの王子さま』顆粒タイプは、実現できるのかもしれない。

 ただ、『カレーの王子さま』シリーズは、市販のコンソメなどアレルギーで無理という子でも食べられる。肉も小麦もいっさい入っていないのにカレーだというところに、真の偉大さが宿っている。工場生産なのに、事実上、アレルギーを克服したという奇跡の食品。人類の生んだ英知の結晶。あがめるべきである。