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2014年11月17日

・ 『Halo: The Master Chief Collection』をやりこむためにXboxOneを書斎に移して、モニタにつないだところで、音声が光接続しかないと気付く。電脳空間をさまよい、十年前に五万円で検討したスピーカーの中古品を五千円で購入。壁が震えている。至福。


2016年5月25日

・ 十年モノで定価数万円するのを数千円で買ったスピーカー群がHaloプレイ中にボンッと叫んで落ちるようになっていたのだが時間が取れず、やっと今日、分解清掃。きっとそうだ、と目星をつけていたリレー回路をアルコールできゅっきゅしてあげたら直った。ここ数ヶ月のストレス要因だったから嬉し。


twitter / Yoshinogi

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 ヤマハ社製、5.1chサラウンドデジタルデコーダー内蔵ホームシアターサウンドシステムなのですけれど、具体的には。私がかつて購入検討したのが十年前ってだけで、発売は、さらに前。軽く十五年を越える古びたモデル。

 前のオーナーさんがどういう使いかたをされていたのか知らないが、購入してすぐにいちど分解してはみた。ウーファーとかロッカーか!? とツッコミたくなるくらいデカくて、教会のパイプオルガンもそうだけれど、重低音を響かせるため贅沢に空間をとった内部でなにが起きているかはブラックボックス。あれ音がなんだか……と、調律師を呼んできてみれば、パイプオルガンのパイプのなかからネズミの死骸がひっぱり出されるというのは、ありがちなこと。

 現代の電気で動くものどもなどは、コンセントが挿してあると、ほのかにぬくもっていて、小動物にとっては格好の住処ですから。ウーファーのなかにネズミなら気付いても、クモの巣がびっしりとか、ゴキブリの巣とか、そういう可能性はなきにしもあらず。他人の家から我が家へ移ってきたものは、とりあえずブラックボックスな部分は曝いてみないと気が済まない。

 そもそもジャンク品で買ったので、返品などできはしないのだけれど、だからこそ勇気を持って、開かないところまで開けた。いま現在も、はずしたビスは三分の一ほどしかもどしていないし、バキッと力尽くで開けたところは接着していない。また引っ越しでもしないかぎり、服は脱がせられるほうが患者の治療はしやすいので。

 と、いうわけで、ジャンク品ながら見事に動作していたし、分解してもなんの死骸も出てこなかったあまりか、溜まった埃さえなく、バキッと力尽くでやらなければ開かないところまで清潔であるところを見ると、前のオーナーさんの住居は空気清浄が行き届いているのか、有能なメイドさんが同居していたのでしょう。有能なメイドさんに分泌させたなにかを意図的に誤飲しながら、バカでかいウーファーのシアターシステムなどでキッチュな映画をご覧になっておられたわけだ。うらやましい。

 そんなこんなで、一年が過ぎ。
 『Halo: The Master Chief Collection』のために整えた音響空間も、次代にして時代。『Halo 5: Guardians』を主戦場とすべく移り変わる。

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『Halo 5: Guardiansの発売日』の話。

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 で、たびたび落ちるようになった。音の大小や、低い音で落ちるとか、爆発シーンで決まってシャットダウンとか、そういう落ちかたではない。ときどき、ブ、ブブブブブというような、電流がブレているかのような雑音が聞こえることもあれば聞こえないで突然のこともあり、とにかく、法則はなくボンッ、と鳴って落ちる。

 電気というのは、危険なものだ。いや違う。そう言って交流電流が流れる金属ゲージのなかでくつろいで見せたニコラ・テスラに対し、いや交流こそ危険だと直流送電信奉者である発明王トーマス・エジソンが「交流電流でヒトを死に至らしめる」電気椅子を弟子に造らせ死刑執行に導入させたというのは有名な話だ。

(私は、そのエピソードを荒木飛呂彦『変人偏屈列伝』で初めて読んだのだが、読んだのは雑誌掲載時で、いまになって調べてみたら、それが掲載されたのは青年誌である集英社スーパージャンプであった。おぼろげな記憶として、そういえば父が時々、やっとマンガをひとりで読めるようになったくらいの幼い私に、おみやげだと言ってマンガ雑誌をくれたことはおぼえてはいる……にしても、スーパージャンプって。青年誌って。帰りの電車の網棚から取ってきたのか、自分で読むのに少年ジャンプでは恥ずかしかったのか。半分以上の連載作で毎回、乳が剥き出しどころかエロそのものが主題であったりするというのに、まったく……おかげで貪り読み、私はエジソンの偉人伝の代わりに、荒木飛呂彦が描く悪人エジソンをまず知り、そのマンガではヒーローだったニコラ・テスラがテスラコイルなるトンデモ発明を成したことを知り、UFO方面からハードSFに興味を持つことになるわけで……BL雑誌専用本棚がある家で一歳になる息子を育てている父となった私にとっても、反面教師にすべきか、読みたいものはなんでも貪り読ませるべきか、検討したい記憶ではある)

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 そりゃスタンガンは危険だが、同じ仕組みで世界中のガスコンロは着火しているのである。使い方と、出力レベルの問題にすぎない。電気椅子だって肉が焼ける高周波のレベルを落とせば低周波治療器になる。

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 とはいえ、だ。
 スピーカーというのは、紙でできている。紙というのは破れる。そのいっぽう、スピーカーへと電流を流すアンプの善し悪しは、高音がどうたら低音がどうたらと、いかに大電流で巧みにスピーカーをコントロールするかにかかっていたりする。

 スピーカーがボンッと鳴って、破けてしまうのは困るが、ボンボンッと可能な限りの重低音は響かせないとならぬ。強大なパワーを持ち、それを送り出すことができるが、限界を越えないように安全装置も必要だ。

 そこでリレー。

 リレーというと、大嫌いだった小学校の徒競走を想い出す。私は50メートル走を本気で走って十五秒という、小柄な女子にでも圧倒差で負ける肥満児だった。反動で大人になったいまでは「ヨシノギさんてスポーツできそう」と言われるようになったけれど、職場のボーリング大会には決して参加しない。見た目を鍛えることに悦びは見出すようになったが、実際にはスポーツ特に球技の類を毛嫌いして生きてきたので、ボーリングの球も後ろに投げる始末である(本当に。私は本気で指をすべらせて後ろに投げたのだが、もちろん周囲はギャグだと受け止めた。二十代のはじめの、あれが我が人生で最後のボーリングだ)。私がキャッチボールをできないのだから、息子も野球好きにはならないだろう。いっしょにプロレスを観て、黙々と腕立て伏せをするしかない。不憫である。

 さておき、しかしそれで意味は間違っていない。

 リレーとは、バトンを渡す装置だ。
 あっちから走ってきた電流を、向こうの回路につないでやる。一見、意味のない行為のようだが、第二走者があきらかに危険な変質者だったりした場合、意味を成す。バトンをつながなければ、第三走者は第二走者の変質者に感化されず、変質者はそこで立ち止まるしかなくなり、警備員に小学校の外へと引きずり出されるのである。

 簡単に説明しようとして、かえってわかりにくくなっているという、たとえ話の最低な部類に入る文章を、あなたはいま読んだ。
 たとえないで話そう。

 アンプにおけるリレーとは、思いがけない大電流が流れてきたとしても、それを繊細な電子回路やその先のスピーカーへ流さず悪影響を防ぐためのバトン装置である。

 私が今回磨いたのは、ヤマハさんがホームシアターセットとしてアンプもスピーカーもウーファーも揃えて作っている製品だが。世界のヤマハは、世界中でアンプだけを販売もしている。世界中には、クレイジーな音マニアたちだって多い。なによりも怖いのは、世界のヤマハのアンプだからと、その先に世界の半分が買えるほど高額な他社製のスピーカーをつながれて、いざ動かしてみたらなんらかの不具合で、一瞬でスピーカーがボンッと鳴って終了、という事態だ。

 スピーカーは、それ単体で破損したりはしない(殴ったり蹴ったりしないかぎりは)。いつだって、原因は、そこへと電流を送り込む装置の側にある。

 となると当然、技術者は、リレーをそう作る。

「キレ気味に」

 壊れるにしても、大電流を壊れて通過させてしまうような壊れかただけはカンベンしてもらいたい。というその思惑の結果、いまだに恐ろしく原始的な機構が主流なのだ。

 電気を流すとくっつく、という仕組み。
 電磁石である。

 アンプを開けてみる。
 赤丸の部分がリレーだ。

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 ちなみにヒューズは買って分解したときに交換済み。
 切れていないヒューズを交換する意味はあるのか。ヒューズも安全装置である。ある一定以上の電流が流れると、溶けて回路を切る。つまり切れていないヒューズは交換する必要がない。
 が、問題はヒューズをとめている金具だ。ヒューズ自身も、両尻が金属だ。あらゆる金属は、錆びてくる。この世に酸素のあるかぎり。というわけで、簡単に交換できるものだから、外して磨いて、新品に換えてやったりすれば、老化を防げる。

 だったらリレーもそのとき、なぜ磨かなかったか。リレーは特に錆びやすいのだ。完全に金属のみの装置である。親心として、製造者は、少しでも酸素その他の外気に触れないよう、覆い隠す。

 小さい部品のくせに、けっこうしっかりとプラスチックのカバーで覆われている。開けるのが面倒くさいのだ。すぐに磨けるようにしておいてくれれば、すぐに磨いて不具合を防止できるのに、厳重に守ってあるから、不具合が出るまで放置される。森羅万象事に通ずる、難しいところである。

 プラスチックのカバーを、剥がす。

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 赤マルの部分が露わになったリレー。
 ちなみに、青マルで示しているのはコンデンサ。蓄電器。直流電流は流さず交流電流は流すというエジソン憎しニコラ・テスラの系譜にあたる。そこかしこに使われていて、電気を溜めたり放ったりという操作をする部品。働き者だ。働き者であるがゆえ、十年越えのアンプなどでは、リレーよりも、こちらの劣化を疑うほうが先かもしれない。しかし、コンデンサが異常をきたすと、たいていの場合、外見に変化が出る。よくある、バッテリーが膨らんでノートパソコンがリコールされるあれみたいに。劣化したコンデンサも、三本線の入った頭が、ぷくーと膨らんでくる。

 この小さな写真のなかに写っているコンデンサを見てもわかるとおり、やつらは大きさがまちまちだ。これは面倒くさい。ハンダを溶かしてコンデンサを抜いて、新しいコンデンサをハンダ付けしてやることよりも、同じコンデンサを買ってくるのが面倒くさい。見つかるかどうかが、まずわからない。ネット通販が大隆盛した現代でも、こういう部品は、型番を検索して簡単に見つかったりはしない。

 だから、いちおうざっと見て、ぷくーと膨らんだ子がいないのは確認していたのだけれど、リレーを分解して磨けば、システムの不具合が改善するのかどうかは、賭けだった。

 アルコール洗浄、とツイッターでは書いたが、いつものパーツクリーナーである。Xbox360を直した回で書いた。

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『XBOX360 RRoDを自己修理する』の話。

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●パーツクリーナー
(バイク用。私はそもそもパソコン組むときもバイクと兼用のパーツクリーナー使いですので、Xboxだけ特別待遇なんていたしません)

 ずっとそうだ。
 今回もそうだ。
 ふつうのティッシュペーパーに、パーツクリーナーを吹きつけ、リレーの接点に挟む。前後左右に、挟んだまま、動かしてみる。

amplifier3.jpg

 ここが勝負だった。
 ティッシュを見た。
 勝った、と、そのとき確信した。
 白いティッシュに、かすかな黒い汚れが付着していたのだった。

 ティッシュペーパーが毛羽立って見える写真からわかるように、リレーは小さな部品だ。電磁石で、延々と接点をくっつけては離し、くっつけては離しをくり返している。そして前述のように、技術者たちは、壊れるならば「電気を通さない」方向で壊れてくれと、太古の昔からこの装置を進化させていない。

 極小なリレーの、延々とつないでは離す、一点。もちろん金属。錆びる。曇る。そんな小さな部品の一点を、ティッシュでぬぐってみたら、肉眼で目視できる汚れが付着してきたのだ。

 もうおそらく、原因はこれ。
 曇った接点で、くっつけたら電気は流れるけれど不安定で、不安定な電流が流れると電源を落とすように装置は設計されていて、スピーカーを守るために、ボンッと叫んで落ちていたのだ。スピーカーにはなんの問題もなく、電源にも問題はなく、安全を守るためのバトン装置のバトンが十年で汚れてちゃんと受け渡しできなかったがために。

 機械の故障というのは、そういうものだ。
 ゆるんでいるところを、締めてやればいい。
 汚れているところを、ぬぐってやれば、それでいい。

 直りました。
 それ以来、落ちない。
 最近ではリレーの接点に、著しく酸化しにくい高級金属が使われることも多いが、それにしたって結局、同じ仕組み。曇らない鏡はない。解決策は磨くことだけで、それでもいつかくる寿命は、粛々と受け止めるしかない。

 機械は単純だ。
 と書いてみて気づく。
 あらゆることが、たぶん単純だ。

(単純だから、あえてややこしくして廻り道を構築するのが人生なのだよ、などと書き添えずにはいられないところが、ヒトは機械とは違うのだよというプライドによりて)

 

 怪人はことばを選ぶようにゆっくりとつづけた。「弾丸は、わたしのピストルからは出てこない。光線も、衝撃も、なにもない。なにも発射されない。だが思考は信じなくとも、きみの血と肉は信じる。きみがどう思おうが、きみの骨格は信じるだろう。きみの体にある細胞のひとつひとつ、生きていると感じるすべてと、わたしは通じあうのだ。わたしが〝弾丸〟を思いさえすれば、きみの骨は割れて仮想の傷口をあける。皮膚はやぶれ、血はほとばしり、脳はとびちる。物理的な力じゃなく、わたしからの通達を受けるんだ。直接にさ、馬鹿者。本物の暴力ではないかもしれないが、わたしの用はそれで足りる。さて、わかってきたかな? 手首を見たまえ」

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 コードウェイナー・スミス
 『青をこころに、一、二と数えよ』

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 アントン・イェルチンの死に、虚脱状態です。
 とても好きな俳優だった。

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・ アントン・イェルチンの訃報に絶句する。私にとって特別な俳優。信じたくない。(とかげの月 - 徒然 - 映画『オッド・トーマス 死神と奇妙な救世主』の話。 http://yoshinogi.blog42.fc2.com/blog-entry-517.html

・ この回で触れた(『狂おしき恋』のこと。 http://yoshinogi.blog42.fc2.com/blog-entry-562.html )『今日、キミに会えたら』も、すごくいい。ニュースではトレックのターミネーターのと書かれているが、オッドしかり、二十代のふつうの優男が上手くて。先が見たかった。現実の二十代で事故死…いやだ…

twitter / Yoshinogi

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 この半年ほど、バイクの自損事故で右腕を不自由にしていて、いまだバイクにまたがるのが怖いという後遺症に悩む私なので、彼の逝きかたには、思うたび震えがくる。だれも乗っていない、自分の車に押しつぶされての圧死だそうだ。便利な乗り物だけれど、人間の生身にのしかかってくれば、鉄のかたまり。愛車に殺される。嘘だろと最期につぶやくひまがあっただろうか。若さも才能も関係なく、重いものの下敷きになったらヒトは死ぬ。

 イェルチンの語っていない映画の話をしようかと試みたが、できそうにない。私は、彼の素顔のインタヴューなどをほとんど観たことがないから。演じていた彼しか知らない。彼の演じた映画の役を知っているだけでは、逝ってしまった彼を偲べない。作品に触れたことがあるだけのだれかの葬式に行っても、なにも語ることなどできないように。

 だから、前回の続きを語る。

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『2016年のE3とXboxとProject Scorpio』の話。

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 今年が、ヴァーチャルリアリティ元年だという話である。

 冒頭引用のコードウェイナー・スミスは、人類補完機構シリーズで知られるSF書きで、読んで字のごとく新世紀エヴァンゲリオンの人類補完計画はこのシリーズへのリスペクトだ。

 コードウェイナー・スミスは、1966年に逝った。

 そして、書き残した小説群にあふれるアイデアとイマジネーションは、いまでも世界中のSF書きにとって恵みであり、呪縛となっている。庵野さんのように言い切ってそのまま使ってしまうのが、唯一の解脱方法かもしれない。サイエンスフィクションというジャンルが、先人の発明に次なるアイデアを盛っていくカテゴリーなので、まずは先人の書いたものをパクらないとはじまらないという側面があるにしても。なにせ、ヒトがヒトの枠組みを外れるという近未来を描こうとすれば、なに書いても人類補完機構っぽくなってしまう。ヒトが機械になり、機械がヒトになり、時空の狭間で生きて死に、猫もヒトになり、それでもまだそこに恋があったりする。

 1966年に、私はまだ生まれていない。というか、さらにさかのぼって人類補完機構シリーズが執筆されていたころとなれば、私の父親でさえガキな時分だ。コンピュータというものが、家庭どころか、社会にさえ普及していない時代である。私の父親は、腸に線虫を飼っていて、虫下しを飲まされたという。ジョン・レノンがフルチンでアルバムジャケットを撮っていたにせよ、世界はまだシリコンよりも蒸気機関によって動いていた。

 そんな時代に、すでに宇宙の密室でヴァーチャルリアリティ怪人に脅される人類の姿が描かれている。

 『青をこころに、一、二と数えよ』は、人類が暴力から解放された未来、ひとりの美少女によって男が暴力を思い出す物語。密室の宇宙船で、彼女が美しすぎるから、力尽くで男はモノにしようとする(少女はなにも拒んでいないのに、暴力衝動を思い出してしまった男は犯罪的プロセスを踏んでヤることに固執するあたりが、これ以上うまくこのテーマをどうやって書ける? と大先人に次世紀の物書きどもが嫉妬させられるゆえんだったりもする)。

 そこで登場するのは、壁を素通りして現れた彼女の守護怪人。

 ヴァーチャルリアリティである。立体投影。そのアイデアをコードウェイナー・スミスがどこからパクってきたのかは謎だが、彼がアメリカと日本の第二次世界大戦後の処理にも関わった軍人でもあることを考えれば、恐ろしい想像はいくらでもできる。

 宇宙船が投影する三次元映像である怪人、という設定だけでまず、ヴァーチャルリアリティ元年であるいま書かれた物語の様相だけれど、そのうえ、毒を吐いてくるのが人類補完機構だ。

 ホログラムでは少女の守護はできない。そこで、そういうことを言うのである。

「本物の暴力ではないかもしれないが、わたしの用はそれで足りる」

 聖痕という現象がある。
 十字架にはりつけにされたイエス・キリストの手のひらに打ち込まれた釘の痕のようなミミズ腫れが、信者の手のひらに現れる。ときには、皮膚が破れて血が流れることさえある。

 信仰心だけで、彼らは触れずして己の皮膚を傷つけることができる。

 手首を見たまえ。とヴァーチャルリアリティ怪人に言われて手首を見れば、そこに触れる怪人の手を感じる。仮想の投影怪人と心がつながってしまった瞬間だ。心がつながってしまっただけなのに、触れられたという触覚をおぼえている。

 少女の守護怪人は、ホログラムなのでどこにでも現れることができる。そのことは少女の側にしてみれば、軍人たる作者の与えてくれた、このうえない保護だ。しかし少女を襲う側にしてみると、どこにでも現れて見えない弾丸を「撃って」「実際に」人間を傷つけられる存在など、ホラーでしかない。

 今年のE3では、ゴーグルをつけたひとたちが、銃には見えない銃を持って、うろついていた。

 銃に見えない銃として造られているのは、リアルな銃の見た目のコントローラーを造るとPTAその他各種団体からクレームが来るからだが、彼らがその銃には見えない銃で操作しているのは、ゴーグルのなかに投影されている、このうえなくリアルな銃だ。

 昨今、スマートフォンを嵌め込んで使うヴァーチャルリアリティゴーグルは、通販で二千円ほどである。 

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 たとえば、こういうアプリがある。



 二次元の美少女に耳かきをしてもらうアプリだ(ゲーム要素はない)。二つ折りにしたクッションにストッキングを穿かせ、ゴーグルを装着して横たわると、アプリを走らせる。見上げれば、耳かきをしてくれている和服の彼女がいる。つい、手をのばして、クッションを撫でてしまうはずだ。ストッキングを穿かせておいて正解だ。勃起する。

 とても個人的なことで非常に恐縮だが、私は夢精の経験がない。精通する前に自慰をおぼえてしまい、それ以降、破裂するほど溜め込んだ経験がないからだと自分では解釈しているのだけれど、考えてみれば破裂するほど溜め込まないでも、立て続けに二回や三回だって射精はできるわけで、もしかしたら私は私に触れずに射精まで至るような淫夢を見る才能がないのかもしれないとも疑っている。

 ヴァーチャルリアリティ元年に、男どもは口を揃えて言った。

「エロと、巨大ロボが普及の鍵だよな」

 私も、そう思う。
 スポーツライクなファーストパーソンシューティングを日々たしなむ人種なので、仮想の銃を持って敵を探しまわるゲームなどは、銃に見えない不格好な銃のコントローラーなどでなく、指先で操作したいのだ。

 しかし仮想の世界で、巨大ロボットを操縦するというのは、確かにワクワクテカテカ武者震いする。

 エロは、どうだろう。

 『ヒステリア』という、世界初の電動大人のおもちゃ開発者たちの事実を描いた、涙なくして見られない映画がある。

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 そのエンドロールで、電動性具の歴代名機が紹介され、八十年代を代表する商品として日立製ヴァイブレーターが現れるので、日本人としては誇らしく思うのだけれど。

(Hitachi Magic Wandはポルノ映画で使用されて世界的ヒット商品となり、やがて英語圏でHitachiといえば家電や工具ではなくヴァイブレーターのことを指すようになってしまった。そのため日本のホームセンターでは品質優良の代表格であるHitachi電動ドリルは商品名が「大人のおもちゃドリルドライバー」という意味になってしまい、ものすごい使用方法を想像されてしまうとか。実際、そのことが原因で、ブランドイメージ回復のために世界的ヒット商品であるMagic Wandの商標権利を日立は積極的に手放したという)

 二十一世紀の電動エロ具として、VRゴーグルは『ヒステリア』リメイク作のエンドロールで紹介される存在になれるだろうか。

 問題は、電動は電動だが、振動でクリトリスを刺激するといった製品ではないというところだろうが……

 それこそ私は、『今日、キミに会えたら』のアントン・イェルチンを想い出していた。あの映画のシャワーシーンは、そうとうにクる。水音というのは、現実を忘れさせるのに効果的だ。VRゴーグルをつけ、つないだイヤホンを両耳にねじ込み、服を脱ぐ。アプリを走らせる。全裸で濡れたイェルチンと向かいあって、水音のなかで愛をささやかれながら、いっしょにシャワーを浴びる。

 不謹慎だが、彼の死後、彼の出演作を観ながら泣いて自慰するファンは数多くいるはずだ。いや、不謹慎なものか。そんなにも直接的な愛のかたちを示す、悼みの行事はほかにない。逝ってしまった彼に、実際に触れることなど、もう叶わないのだから。もっとも近づくのは、VRゴーグルのなかでだ。

 VRゴーグルを使えば、私も夢精できるだろうか。

 それは、夢精と呼んでいいものだろうか。
 夢なのか?
 違う気はするが、だったら現実か?
 そうか、それがヴァーチャルリアリティか。

 ふと、怖くなったのです。
 エロでVR技術は普及してスタンダードエロアイテムになれるだろうかと熟考しているさなか、ヴァーチャルリアリティ怪人を、思い出して。

 二次元美少女に耳かきされてなごみ、逝ってしまった美丈夫とふたりきりの世界でささやきあってイける、そういう技術の、いまが元年で、すでに男子たちは巨大ロボでゴジラと戦ってマチュピチュをめちゃくちゃに踏みつぶすことを期待していて。

 銃には見えない銃で操作するのは、現実だとしか思えない銃で。

「あれ?」

 ある日、VRゴーグルを外したら、自分の胸から流れている血に気づきはしないかと、思うのです。
 ありえないことではない。
 蒸気機関の時代に人類補完機構ですでに描かれていた。
 心が動けば、肉体は追随する。
 サイエンスフィクションは、遅かれ早かれ現実に追いつかれる。
 予知である。

 触れずに射精できるのに、触れずに死ぬことができないはずなどあるだろうか?
 聖痕は、現実に浮かぶ。
 信じるだけで、ひとはそうなる。

 そしてどこまでも技術は進歩する。
 仮想と現実の境目は、すぐ消える。
 引退したアダルトビデオ女優の遺作を後生大事に再生することはなくなる。ヴァーチャルな世界でのアイドルは、存在そのものが創作たる怪人で、彼らはなにも求めず、老いず、生涯の伴侶となり、私が逝くときにも、初めて出逢ったときの姿のままで、ただし劇的に解像度だけはあがってますます現実と見紛うばかりになり、演技ではなく、年金で配信プログラムされた本心から、いまわのきわの「あなたのそばにいられてよかった」をつぶやいて、私を微笑ませてくれるはずだ。

 彼らには現実の肉体がなく、すでに逝った私の心を介して私の肉体を操作することも叶わないので、彼らに死んだ私の頭からVRゴーグルを取り外すことはできない。

 ゆえに、それは葬儀屋のおっさんの仕事になるのだろうけれども。私はすでに逝っているので気にしない。良い未来だ。不幸せなところはどこにもない。

 ヴァーチャルリアリティ元年だという。
 過去にも、何度か聞いたフレーズな気がするが。
 化け物みたいなスペックの次世代Xboxの登場で、ヴァーチャルリアリティは完璧なものになると胸を張る壇上の彼を観ながら、ぶるりと震えたのは、初めての経験だった。そう、いまさら私に夢精させるかもしれない大人のおもちゃの登場だなんて。

 怖い。

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(この映画のポスターが、原作者ディーン・クーンツの直筆サインとともに額装されてリビングに飾ってあります。きっと死ぬまで目に見えるところに飾っておく。ということはつまり、私は家で逝けば、永遠に二十歳のアントン・イェルチンに見送られることになる。本当の彼のことは知らないけれど、スクリーンに投影された彼が私の彼で……このことは、不思議で、しあわせなことだ、と感じる)

 

 今年はたのしいE3!!!!
 Electronic Entertainment Expo!!!!
 えれくとりっくえんたーていんめんとえきすぴょ……舌噛んだからやっぱり略してE3!!!!

 昨年は、ちょうどその時期に首のすわらぬ赤子を我が家に迎え入れていたため、かじりついて観るわけにもゆかず、かわりに健やかに育てとボーイズラヴ雑誌群のうえにベビー布団を敷くという新しい国民行事を発案してみたりしていたのですけれど普及せず。

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『男の子が生まれたら最初にすること』の話。

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 その子も、近ごろ自分のチンコの存在に気づいて隙あらば不思議を解明すべくいじくりまわっていて、まあそうやって皮がのびて真性包茎が防がれるのだとしたら、それもひとつの人類の進化というものです。

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「もしこの子がイラン人の女の人と結婚したいと思って、その人がわたしみたいに奇妙な外国の習慣に寛容な人でなかったとしたら、どうするの?」イスラム教はその慣行を支持しているが、そこに宗教的意味あいをつけ加えてはいないので、マーティンは法学者に対するマフヌーシュの嫌悪を反論に利用できなかった。手もとで医療的な賛否を調べることのできないマーティンが、かろうじてできた返事は、「もしこの子が、全裸で、腐食剤を使ってシャワーの掃除をしようと思ったら、どうするんだ?」三十分後、施術は完了していた。 


 グレッグ・イーガン 『ゼンデギ』

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 うちの子はサンポールで掃除できる大人になって欲しいので、割礼は受けておりません。でも本当に、ジョン・レノンのヌード写真でもおなじみですが、あっちの切らない人々というのは剥きもしないんですね。日本では切らないけれど剥く文化はあって、きれい好きだってことなのか。腐食剤をぶっかけても平気なくらい被ったままのそれが勃起したときだけ剥けるっつうのはなんというか……舐めたくない。こういうこと書くと、いつか息子に嫌われるんだろうなあと、思ったりもしつつ、E3です。新聞によると今年はバーチャルリアリティ元年らしい(過去にもなんどか聞いたフレーズな気がするが)。このあいだ、ここで『ゼンデギ』の話をしたところだったから、SFなんてすぐ現実に追いつかれるものだなあと感慨深く見る。そこから派生して、いろいろドス黒い未来のことを夢想してしまったのは、ひどく長くなるのでまた別の機会に触れたい。

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『ゼンデギ』のこと。

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 で、VR元年。ヴァーチャルリアリティに対応した新型Xboxは来年末に出ると発表された。今年じゃないじゃん。というかVR対応とかいう表現がもはやよくわからないが、現行マシンでゴーグル発売してしまったライバル社を横目にマイペースというか、超絶なパワーアップで、もはや新機種と呼んでいいそれの発表を、一年半も前にしてしまったわけである。

 現行XboxOneのスリム版も同時に発表だった。一年半後に新機種が出ると知られてしまったら、もちろん現行機を買い控えるひとは多発するはず。私は旧世代Xbox360を複数台買ったが、そんな私も、今後の一年半でスリム版XboxOneを買い足すという選択肢は、どうにも選べない心もちになる。逆説的に読むならば、そうであっても超絶な新型の発表をここでしたということは、一年半やそこらでは、ライバル社がどうこうできないなにかが準備できたという自信の表れであろう。





 注・2017年に発売されるグレードアップXboxOneは「Project Scorpio」と表現されていて、XboxOneとの完全下位互換は約束されているが、Xboxブランドとして出るのかどうかは、だれも明言していない。今回同時に推しまくられていた方針として「Xbox Play Anywhere」というものがあり、今後発売される大型タイトルの多くが、XboxOneとWindows10向けに同時発売され、片方を買えば、もう片方もついてくるという。

 すでに遠隔操作ではWindows10マシンでXboxOneタイトルはプレイできるが、遠隔操作である以上、親機となるXboxOneを起動させねばならず、確かにそれはエニウェアではない。いやそれにしても、Xbox Play Anywhereも、あれ? だったら現行XboxOneっていらない子……と思わせる買い控え要素と受け止めることもできてしまうのだが。XboxOneとWindows10は、どっちもうちの子だから、好きなほうとつきあってくれればいいさという寛大な親心なのだろうか。

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『Windows10でXboxOneをストリーミングするレシピ』のこと。

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 スペック的に動くのかどうかはともかくとして、我が家にはWindows10搭載のパソコンが二台あるし、私の愛用携帯はWindows10搭載のWindows Phoneだ。つまり今度出る『Halo』新作のXboxOne版をもちろん私は購入するが、そうすると「Xbox Play Anywhere」の精神にのっとり、もれなくXboxOne以外のWindows10マシンたちも『Halo』プレイ可能機になるわけだ。

 そんなすぐそこの未来について思いをはせて、ふと気づく。
 現行XboxOneは、昨年末からカスタマイズされたWindows10で動いているけれど、ユーザーがWindowsのアプリをインストールできるようにはなっていない。

 私がいまこれを書いているのは、パソコン用Windows10対応の『一太郎』というワープロソフトだが、たとえばこれを今のXboxOneにもインストールして使うということはできないでいる。

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 いまの段階で、すでに私が小説を書くメイン機よりも、ずっとXboxOneのほうがコンピュータとしての性能は上である。そんなマシンにWindows10が搭載されているのに、あえてPC用アプリは使えないようにしてある。なぜだ。それができれば、数万円で買える高性能PCとしてもXboxを売ることができるのに。

 問題はたぶん、XboxOneを発売してから、マイクロソフトが方針転換をしたというところにあるのだろう。「方針を変えてWindows10を搭載することにした」とはっきり言っていたので、当初の設計ではXboxOneはゲームに特化した独自のXboxOSで動かすことになっていて、当然、ハード的にもそれしか考えていなかったから「将来的にどこかのだれかが作ったワープロソフトをXboxOneで走らせることになるかも」ということを検証しなかったはずだ。だから禁止されているのである。性能的に、そこらのパソコンなどよりもずっと高性能であっても、ゲームバカだから。思いもかけないプログラムのせいで、バカみたいな挙動になる可能性はある。ほとんどない可能性であっても、過去に何度も世界中で「不良と思われるXbox」を無償交換するために信じがたい大金を使ったマイクロソフトとしては、余計なことをすべきではないという判断があるに違いない。

 で、なにに気づくかといえば「Project Scorpio」だ。そのモンスター級のスペックは、私もいちおう自作したパソコンで、これを書いたりしている身なのでわかるが、パソコン換算だと十万円はする。そしてそれは、来年末になったから劇的に安くなるといったたぐいのものではない。

 だから一年半も前に発表できたのか。と邪推するのである。ライバル社が、逆立ちしても失禁してもそれを飲んでも発売できるわけがない高スペックパソコンみたいなゲーム機を、無限のマイクロソフトマネーで出す。

 そしてそのマシンは、生まれる前からWindows10搭載が約束されている運命の子だ。マイクロソフトには、アップルの牙城を崩そうと挑んだMicrosoft Surfaceという、ここ数年の経験値がある。ユーザーがケースを開けられないパソコンなんて、と社内でも反対されながら発売されたMACが、パソコンが売れない現代においてもまだ売れ続け、ソフト屋だったはずのマイクロソフトも、同じ土俵で塩を投げざるを得ない状況である。慣れないことをやって、牙城が崩せたわけではないけれど、身についたものは絶対にある。筆頭は、ソフト屋目線で「なにこれカクカクしてまともに使えねえよ」というクレームがユーザーから上がってきたとき「てめえのマシンが貧弱だからだ」と言えない責任感だろう。ソフト屋がユーザーが勝手に中身をいじくれないハードを作って売ってしまったのだ。なにかあったら全責任は自分たちにある。

 Xboxが夏を越えられないとか、ディスクに傷が付くとか、そういう失敗も多々してきて、それでもゲーム専用機ではなく、パソコンにまで手を出し始めて。

 いよいよ、Windows10を載せたXboxを作る。

 Microsoft Surfaceを生んだ経験によって、Windows10向けアプリがもれなく問題なく動作するかのチェック体制は、すでに整っているはずである。

 となると「Project Scorpio」が「XboxOne 2」と呼ばれない理由が見えてくる。その思想は、Microsoft Surfaceに近い。兄か弟かで言えば、兄機と呼べるだろう。「Project Scorpio」は8コアCPUの6TFLOPSで進められているらしい。むちゃくちゃざっくり書けば、一秒で6兆問の計算が解ける兄機だ。近寄りがたいオーラさえ放つ。

 Xbox Play Anywhereにより、次作『Halo 6』がXboxとWindows10で同時発売される可能性は高い。そのとき、断言できるが私の自宅にあるWindows10マシンで、それはカタツムリの速度でしか動かない。Windows10用である以上、推奨マシンスペックなどが記載されるものの、それを見事にクリアするゲーミングパソコンなど、軽く十万円超えだ。

 そこで「Project Scorpio」。
 ゲーム機? パソコン?
 どっちも大丈夫。『Halo 6』が安定して動くWindows10マシンXboxロゴ入りを、自作したら十万するところを五万で! というような。マイクロソフトが、Microsoft Surfaceの兄機であり、XboxOneの後継機でもあるマシンに搭載するとなれば、二万のチップが三千円になる。市場とはそういうものだ。心配せず工場を拡張できるなら、すごいものがすごい価格で作れてしまうというのは、マイクロソフトがアップルのやり口を見てそこを盗んでいなければなんのために同じ土俵に上がったのだというところである。

 超高性能激安Windows10パソコンとしても使えるゲーム機で、ちゃんと『一太郎』も動くのだとすれば、私はキーボードを「Project Scorpio」から生まれたその子につないで、パソコンのパーツを買い足すことは生涯二度と考えなくなることだろう。

 そしてその土俵で戦うつもりならば、マイクロソフトに敵はない。

 ような気がする。
 歴代Xbox所有の私のひいき目だ。
 ゲーム機はゲーム機でいろよという結果になることだって充分考えられるが、私の願望としても、そんな化け物性能で中身はパソコンなゲーム機を作るならば、ついでにパソコンとしても使えるようにしてくれよ、そうするのが当然、勝利への道だろうと。そう考える次第であります。マイクロソフトの偉いひともそう考えていてくれたなら、うれしい。

 ええと、E3は、なぜにこうも話したいことが次々出てくるのか。いろいろあるが、その件も書いておこう。

 Xboxユーザーには、毎月、何本もの無料ゲームが配信されているのだけれど、私はダウンロードはするものの、どれもまったくプレイできていない。買った新作ゲームもない。困ったことに『Halo 5: Guardians』を購入以降、総プレイ時間が100時間を越え、それは社会人たる私のゲームプレイ可能時間をすでに大幅に超えている数字であって、それ以外のなにもできないのだ。

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『eスポーツとしてのHalo』のこと。

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 そんな私は、さらに『Halo 5: Guardians』で、日本語吹き替えをOFFにしている。ストーリーモードはプレイ済みだし、ヘイロー対戦はスポーツだ。対戦者のほとんどが日本語を話さないので、同じ雰囲気を味わいたくて英語。

 そんな私なので、あの事件のとき、こんなことをつぶやいた。

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2015年08月07日

・ 箱ONE版ギアーズ日本語収録しろ署名に一票入れてきた。そうなんだよ成人向けにしてなお残虐規制必要な日本版なんていらない。最初から世界言語の字幕付けておいてくれれば、リージョンフリーだし流通は勝手にこっちでやるっつうんだよ。 https://xbox.uservoice.com/forums/251647-gaming-achievements/suggestions/9178496-please-support-japanese-language-in-gears-of-war-u

twitter / Yoshinogi

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 どういう事件だったかといえば『Gears of War』。
 それはXboxを代表するシリーズ『Halo』の後発でありながら、並び立つ二大FPSタイトルと呼ばれるようになったゲームシリーズ 。
 私も、『Halo』以外でほぼ唯一、シリーズ通してプレイしている。

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『Gears of Warフェイスプレートをいただいた』の話。

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 その、懐かしきシリーズ第一作を、きれいな画面で作りなおしてXboxOneでプレイできるようにしようというソフトが、これ。

B00ZMBLKPG

 上のリンクはAmazonさんの商品ページにつながっていますが、そこで売られているのは北アメリカからの輸入版です。どんなに探しても、そのソフトの日本版は見つかりません。

 だって発売されていないから。

 初代『Gears of War』が発売されたころ、この国でもXbox360は売れまくっていた。日本は主要なマーケットだと、マイクロソフトの偉いひともはばからずに言っていた。しかしXboxOne。これがまあ……なんというか、まあ。このE3というゲーマーが狂喜乱舞する週でさえ、国内で本体は千台も売れない。『Gears of War』をプレイした人々が、次のXboxを持っていないという国で『Gears of War:Ultimate Edition』を出しても売れて数千本。完全新作ではなく、リマスターです。爆発的に売れるものではまずないし。

 日本発売が見送られた。
 キレた人々がいた。
 Xboxの看板タイトルで、そのうえ作っているのが本体と同じマイクロソフトだ。売れないにしても、まさか出さないとは思わなかったから、衝撃的な出来事ではあった。

 日本語吹き替えに、コストがかかるのだろうと、冷静なことを言ううちのひとりが私だった。完全に『Halo』派なので、絵がきれいになりましたくらいでは、もういちど 『Gears of War』を買うかどうか微妙なXboxOne所有者である。私みたいなのがいるから発売が見送られたと言っていい。

 だって、『Gears of War』はゲームタイトルの読んで字のごとく、戦争の歯車となる兵士たちの群像劇なのである。そしてXbox360時代に、主要なマーケットだと表現されたこの国で、マイクロソフトは勝負をかけた。ずらりとならぶ声優陣の名前を見れば、彼らで新作ガンダムかマクロスが収録できてしまう顔ぶれだった。

 リマスターだ。絵がきれいになった。でも声優変えて新人呼んできます? そんなわけにいかない。いかないから、十年弱前に比べ、さらに名を売ってギャランティーもアップした同じメンツで見積もってみた。

「むかし収録したの、そのまま使えねえの?」

 そういう話が、マイクロソフトで議論されたことは間違いない。そしてその案は、契約書の記述かなにかの問題で、不可能だったのだろう。

 日本語吹き替え版を作ると、赤字になる。

 でもそんなことも公式に発表できない。
 ニュースの表現は、そうなった。

「『Gears of War:Ultimate Edition』での残虐描写が、日本のゲーム自主規制基準に合致しないため、我々は修正を入れるのではなく、誇り高き発売断念を選択する」

 ……そしてこの国の、冷めたXboxOneオーナーたちは、日本の自主規制基準に文句を言うほど幼くはなく、英語の公式フォーラムに、日本語でマイクロソフトを罵倒し懇願する文章を書き連ねたわけである。

 さて、話はE3に戻って。

 新作『Gears of War 4』の発売がアナウンスされた。



 いやっほー!!!!
 彼らは言った。

「日本では発売しません」

 ええええええええ!!!!
 リマスターじゃないよ?
 新作で、『Gears of War』だよ?
 私は『Halo』専用機にしてしまっているが、『Gears of War』専用機にするつもりで買ったひとだっているのに、テロが起きるよ?

 あわてずさわがず、偉いひとは言いました。

「ただし、北米版に日本語字幕を収録します」

 ……私のツイートそのままだ。
 うん。字幕あればいいし。規制なしのオリジナル。リージョンフリーなので動作に問題はない。北米輸入版はふつうにAmazonさんでも買えるんだ。

 一方、マイクロソフト側も「看板ソフトがあの国では千本売れませんでした」などという恥をさらさなくて済む(事実、いくつかのソフトの驚きの日本では売れていない数字が、英語圏のニュースサイトで話題になっていたのである)。

 冷静に考えて、そうだよ、これが正しい。
 吹き替えがなくなったのは寂しくはあるが。

 なにげにこれは、すごいことだ。
 歴史上、公式に「各国語で字幕を入れておくから、アメリカ版を輸入するなりダウンロードするなりして世界中の売り上げをここへ集中させてくれ」などとゲーム機本体を世界中で売っている張本人が発言することなどあっただろうか。実際、それでなんの問題はないにしても、大胆な施策だと思う。頼んでおいてなんだが、本当にやるとは思っていなかったよ、私も。

 この一線を越えたいま、世界中でダウンロード版を販売しているゲーム会社は、世界百九十六か国の翻訳家を手配するだけでいい。もちろんそれはマイクロソフトが用意してくれるはずだ。各ゲーム会社は、労せずに英語版だけを作れば、スワヒリ語の字幕を入れて萌えゲーをウガンダで売ることができる。売れるかどうかは未知数であっても、ウガンダの人気声優を数十人数週間缶詰にしても黒字になるくらいに売れるかどうかは、考えなくてよくなるのだ。

 『Halo 6』も、字幕でプレイすることになるのだろうか。私はまったく問題ないが。いよいよ、ここで私が語るヘイロー話も、あのひとなに話してんの? アメリカでしか売っていないゲームの話。ということになるのか。それで本体は売れるのか。いや、今後はXbox Play Anywhereだったっけ。

 でもさあ。

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・ 今年もたのしいE3。帰ってきたら『Halo Wars 2』のオープンベータはじまってた。ちゃんと日本語。寝るなってことか……

・ と思ったら『Halo Wars 2』まさかの中身はスペイン語。サーバー込まないように全世界をざっくり切って日本はそこに入れられたのかもだが…ラグもなく対戦して勝ったけれどもさ。せめて英語で。びっくりするわ。


twitter / Yoshinogi

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 E3中に配信された新作が、まず日本語字幕がついてねえ。

 私がいまだ夢中の『Halo 5: Guardians』は日本語吹き替えされて日本発売されたソフトだが、数十度のアップデートの果てにまだゲーム中の日本語表現はあきらかにおかしいところが散見されたりする。さすがに日本の声優を使うと、きちんと台本が上がるのできれいな日本語になるのだけれど、そうでないセリフ以外の翻訳レベルはいつも残念だ。ネイティヴがひと目見ればわかる間違いが残ったまま発売されるのが常なので、ぜひとも日本語に限らず、発売前に世界各国のプレイヤーにテストさせてほしい。なんなら私が時給千円くらいでプレイしたい。これまでの具合からして、今後作られる世界各国語搭載北米版ソフトも、現地人が読めばボロボロひどいのが見つかるはず。それくらいのバイトは雇って働かせるべきです。バイトで済むことなのに、それをしやがらねえんだ、あいつらは。

 この国で、XboxOneは世界発売に遅れること一年後の発売だった。「Project Scorpio」から生まれる子の誕生日が来年末だという話がされているのはアメリカであって、日本は何年後なのか。いや何年も経ったらモンスターマシンもモンスターではなくなるPC界だ。ちゃんと発売されるのか日本で。本体を輸入で買うとか、それはさすがに面倒くさいので、ちゃんとしてくれと日本のマイクロソフトさんには言いたい。売る気で売ってくれないと買う気は失せる。『Halo 6』が出れば買うさ。買うけれども。気持ちよく買わせやがれ。ああ、だんだん口が悪くなってきた。そろそろ切り上げるか。

 日本発売されないならば、せめてそうしてくれと言っただけであって「各国語で字幕を入れておくから、アメリカ版を輸入するなりダウンロードするなりして世界中の売り上げをここへ集中させてくれ」という意向が、この国でXboxを推してきた我々への本陣からの終戦宣言であることは、あきらかで。

 また夢は見つつも、苦いE3ではあった。

Xbox One 6/20より新価格!!

 だそうです。
 一年半、値下げで凌ぐというのも、ものすごい決断だ。前からスマホになりたいって言っていたし、腹くくって「スペックアップした新機種を毎年出すからゲーマーさんはそれ買ってくれたらいいしライトなひとはパソコンで。なんならサーフェスもあるよ」的な方向へ向かうのであろう。そしてそうならば、マイクロソフト主導のもと、かつて世界規格を目指したゲーム機とパソコンの混血MSXに育てられた私としては、あいもかわらず、世界制覇という大きな夢を見続けて試行錯誤を続ける道の果ての「Project Scorpio」は、ぶつぶつ言いながらも愛さずにいられない。

(MSXは消え、XboxOneは普及しない、そんな国で愛を叫んでも虚しくなるだけだとお思いか。いやだが今回のE3の発表でマイクロソフト製のゲームはこの先、Xbox Play Anywhereに全対応するとされた。それは朗報だ。日本からXboxが撤退したとしても、『Halo』の新作はWindows10マシンでプレイできるということが約束されたのである。Xboxのコントローラーはパソコンでも使える。私はいまも、書斎でひとつのモニタにパソコンとXboxOneをつないで、切り替えて使っている。これでぶっちゃけ、XboxOneがなくなっても見た目なにも変わらないということだ。カクカクしていればパソコンを新しくすればいい。世界からWindowsが消えることはない。そうであるかぎり、これでもう怯えることはないのである……そう、このE3で、私はどんなに自分が次のXboxが日本で発売されず次の『Halo』がプレイできなくなるという悪夢に怯えていたか思い知ったのだった。移住、という言葉さえ浮かんだことがある。輸入すればいいのだが、もう心配するのがイヤだった。英語圏で暮らせば、なにもかも解決だとさえ考えた……軽く病みかけていた。それが……もはや、その悪夢には怯えずに生きていけるのである。言いたくはないが、口のなかで小さくアリガトウと言ってしまう自分がいる)