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・2015年11月

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Kawasakiのロゴはカワサキ車乗りにとって魂。
私はキーホルダーも公式の革タグロゴ入りを愛用。
そんな私の右横に十年あったKawasakiが
Kawasに。
akiはざんぎえふとアスファルトに持って行かれた。
よくできたもので、これまでクラッチやハンドルを
転んで破壊したことはあったけれど、ボディは無傷。
そういう設計になっているらしい。
らしい、のに。
タンクが凹んで、塗装がこそげ取られている。
つまり、私の右半身も同じことになった。
現在、その傷たちはカサブタになって、
かゆくてかゆくて掻きむしりたいのだけれど、
えらいもので薬屋さん。
掻き壊した傷というのは年中、見ている。
あれは治らない。ああはなりたくない。
せっかく己の肌が、懸命にがんばって、
そこそこつややかな肌に戻してくれようとしている。
がんばれ、俺と、俺の肌。
一方。そういうわけにいかないのが。
Kawas。
死にかけたから、本気で廃車も考えた。
そうしてみると、タンクの凹みなんて、えくぼ。
館ひろし先生が名作『刑事貴族』で乗っておられた、
黒いムスタングも、横腹に、こんな傷があった。
みずから壁にこすりつけ、角材で殴ったのだという。
そっちのがハードボイルドでカッコイイとのご判断。
そう思えば、リアルなこいつの傷もハードではある。
でも、リアルとフィクションの違いも。
あの美しく傷つけられた黒いムスタングは、
おそらく傷にクリアのスプレーを噴いている。
だって車のボディは鉄だもの。
塗装が剥げたそのまま置いておいたら、錆びる。
……とかなんとかそういうことをいろいろ考えた。
凹みを直すのは手間なのでいつかにしよう。
(会うひと皆に事故ったんだぜと見せたくもあるし)
傷は。
傷は……クリアのスプレー?
タンク錆びて穴あくよと訊かれたら、どうする。
いいえクリア塗装しているので大丈夫だぜ、って?
彼は怪訝な顔をするだろう。
なぜ黒で塗らないの?
いや、館ひろしムスタング的な美学を持ってだね。
恥ずかしい。その返答は恥ずかしい。
やめよう。取りあえず黒を塗ろう。
ざんぎえふな部分も平滑にはしよう。
なめらかな、えくぼを作る。
そうすると、どう見てもKawasになる。
凹みにステッカーを貼るのは歪んで醜い。
いっそKawasも黒く塗りつぶすか。
akiはブラックホールに吸い込まれたことにするか。
考え中。
えくぼの仕様を考えているということは。
乗り続けるということは、すでに決定事項。
もう本当に、今度こそ気をつける。
雨の日も雪の日も乗らない。
別れることを頭に浮かべた相手だ。
無理につきあわないで、やっていく。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・2015年12月

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いまだ左親指に力が入らず握力は弱く。
右肩も上げると痛いが、まあ通常運転へ復帰。
毎日のプッシュアップは痛む角度を避けながら、
回数はこなせるようにもどる。
しかし逆立ちはできない。
ぐしゃっ、と崩れて、ひとりパイルドライバー。
そんな状態まで一ヶ月と半分くらい。
ウインカーが出せないのでバイクには乗れず。
もっぱら傷にサンドペーパーをかけていた。
凹みを直す気はなかった。
なめらかなえくぼにして、塗装して終わり。
そのつもりで、表面をならすパテを準備した。
いわゆる、うす付けパテ。
フィギュアを自作されるかたならご存じの通り、
パテには大きくわけて二種類がある。
チューブからしぼり出した瞬間から固まる、
一剤の、うす付用パテ。
二本のチューブからしぼって混ぜると固まる、
二剤の、あつ付用パテ。
混ぜると固まるパテは、化学変化を起こす。
毛染めが二液混合で発色しはじめるのといっしょ。
一方、私が絞り出したのは、一剤。
自然乾燥によって、固まる仕組み。
要は、紙粘土の艶やかで硬いやつ。
薄く塗る。
乾く。
ヤスリとコンパウンドで磨く。
つやつやになる。
そういうもの。
たっぷり時間があった。
暖冬だった。
そもそも、バイクいじりも紙粘土工作も好きだ。
画廊に自作のフィギュアを展示したことさえある。
てんで売れなくて立体から撤退した出来事だが。
私は、そういう自分の性質をわかっていない。
写真のようなことになる。
凹みは消えている。
当初、なめらかなえくぼを作り、塗装もした。
だが終えることができなかったのだ。
あろうことか、薄く塗って磨いては、また塗り。
一ヶ月と半分ほどで、穴が埋まったのである。
やったじゃん?
いや、まあ、真夏ならばそれは。
いまは暖かいといえども、冬である。
うす付パテは、乾くと縮む。
乾いたと思って塗り重ねても。
一週間経つと、思わぬ縮みを発見する。
写真でもうっすらシワが確認できるはず。
そこをまたパテ埋めする。磨く。
また一週間。小ジワを見つける。
埋める。磨く。眺める。一週間。
ヒビ? 埋める。磨く。眺める。
……正直、もはや遠目に見てわかるレベルではない。
だが、三センチの距離で見ている私には見える。
埋める。埋めたら平らにせねば。磨かねば。
これ、最初から、あつ付パテを使えばいい。
あれは縮まない。
縮むのを乾かない時期に盛っては削り磨く。
アホな行為で休日を浪費している。
でも、やっているうちにこうなったのだ。
いつだってそうだ。
凹んだまま作業を終えたりできないくせに。
できるはずだと適当な計画で始動する。
そして無駄な労力と時間を使う。
あらゆる私の仕事がそうだ。
はじめる前にカタチ作れ、見切り発車するな。
雨だけど大丈夫なはずだと走り出して転ぶ。
根源的に、私は私に呆れてならない。
ただ。いやはや。
たのしくもあるのだった。これが。
困ったものだと思う。

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・2016年2月

Accidentsite.jpg.jpg

ここが現場です。
肋骨折って数ヶ月。
そっちは全快したのだけれど、
右肩と左の親指がまだ痛い。
あれ以来、日課だった逆立ちを、いちどもしていない。
それにまあ、親指ですよ。
ヒトの手の親指の秀逸なこと。
四本の指と向かいあっているおかげで、
モノを掴むことができる。
できるから多用する。
私、常時リュックにマイ水筒を入れているのですが。
直飲みする、コップ型にフタがついたカタチのやつ。
その口が、最近やっと安定して開けられるようになった。
事故後は掴めず、開けられず、飲めず、つらかった。
そんな動作をはじめ、掴んで動かすという親指の仕事。
これって意外と、休みの日が使っていることに気づく。
特に、赤ん坊が、そばにいると。
パンダは子パンダを高い高いと、あやしたりできない。
ヒトの手はできる。事故後は無理だった。
やっとできるようにもどってきた。
そうすると、ねだられる。やる。
半分立って、半分座っている年頃の息子。
基本、両脇に差し込んだ両手で支えてやる必要があり。
遊んでいるあいだ、絶えず、両手の親指に十キログラム。
高い高いなんてすると、重力も加算。
風呂入れて、暴れられて、押さえつけ、ふと気づくと。
左手の親指が腫れている。じんじんする。
また水筒が開けられなくなる。
……この繰り返し。治らないですね、使う部位は。
そして、バイク乗りにとっての、左手親指とは。
方向指示器を操作するのに、必要不可欠なパーツ。
事故直後は、右手で左ハンドルのウインカーを操作した。
あんなのは無理。またコケます。というわけで乗れず。
それがやっと調子よければ水筒が開けられるならば。
エンジンも回してやらないと調子悪くなるし。
ウインカーだって操作できるのではなかろうか、と。
ちょっと走ってみた。
すると……怖い。
雨のなか金属で滑ってコケたから、マンホールが怖い。
のろのろとしか走れず、怖いの相乗効果。
左手の親指以上に、精神的に治っていない。
こういうとき、どうすべきか、私は、知っている。
事故現場に、もどるのだ。直視せよ。
恐怖症は受け止め克服することでしか治らない!!
のろのろと走っていって、道路脇から写真を撮った。
思っていたよりもギザギザ金属の幅は狭かった。
あんなのを、わざわざ、なぞるように走ったのだ。
降りはじめた雨のなか。
そうして、右肩から投げ出された。
骨を折り、ステップが砕け、タンクを凹ませた。
あんなので。
長靴の幼稚園児でも、あれで転ばないだろう。
だけど、でっかいバイクは転ぶのである。
なんというアホな乗り物だろうか。
そうだ……そういう乗り物だった。
なんだか納得する。
おまえの運転がヘタだからコケたんだ。
寝ぼけまなこで雨も気にせず走り出したからだ。
乗ったら死ぬ機械に、死ぬ気で乗る緊張感を失ったからだ。
ギザギザ金属のせいじゃない。
鉄馬に捨てられたんだ。主人失格だと。
たまたまここでコケたけれど、場所の問題ではなく。
怖がることを忘れたから、怖いことになった。
恐がり続けながら、乗らなくちゃダメなんだ。
おまえも凹ませてゴメンなと、謝りながら帰りました。
自分を責めればいいのだ。
私が悪い。それは知っている。だから怖くない。
……はず。

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・2016年5月

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 そしてこうなった。
 凹みを完全には直していない。
 色も微妙に、あっていない。
 なにより世界でお馴染み、流行の燃費偽装なんてどこ吹く風、現役ラインナップがコンピュータを積んでいなかったりする二十世紀を引きずったバイク製造業カワサキさんのロゴが欠けているので、あらこのひとバイクで転んでタンクを凹ませてそれを直したのねと宣伝しながら走っているような状態だから、完璧を求める気持ちもわかない。

 館ひろしムスタングもそうだが、このまま引退かと噂される彼女が、年季の入った少女マンガ原作ファン層を納得させたのみならず、二十一世紀の現役十代少女たちのあいだで大ヒットということで話題になった映画『ホットロード』でも、ホンダ車のタンクの右側には、がっつり擦り傷が入っていたが、凹みはなかった。

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 一代限りの館ひろしとちがい『ホットロード』の設定では初代がタンクの右側に傷を入れたホンダ車を代々の総頭が継いでいく。原作の少女マンガだとスルーされても、実車で凹んでいるし塗装も剥げているような傷で代々、などということなら「錆びるでしょ」とバイクに乗らないひとだって思ってしまうだろうから、映画では「凹んでいないひっかき傷」として、そこは深く追求するなと描かれていた。

 そう。現実では、塗装の剥げた傷を放置すれば、次の春には錆びてタンクに穴が開く。だから私も、せっせと直していた。見た目よりも、実際的な問題として、タンクの金属を空気に触れない状態にもっていくため。

 見た目の問題は、あとから厚付けパテでも盛ればいい。そう考えていたが、
年を越す前に応急処置は完了し、冬がどうとか言う前に親指と肩が治らないからバイクには乗れなくて、春が来て。

 あいだ数ヶ月空いてみれば……まあ、錆びないようにはできたし、傷は傷として、別にいいか、というような気になる。思春期には乱れた髪の毛一本を遅刻してでも整えた輩も、大人をこじらせれば髭を剃り忘れるどころか別に剃っても剃らなくてもだれも気付かねえよ、という達観を手にするもので。

 事実、黒いアメリカンに乗っている黒い男を、凝視する通行人は中学生くらいだ。特にこっちがスモークバイザーやサングラスをしていると、むしろ目をそらされるのが常である。バイク乗り同士だと「あれKawas……コケたのか、可哀想に」と今日は気をつけろよと親指を突き出されるくらいで、タンクの傷なんて気にしない。私自身、ちゃんとサビ対策して凹ませたままのマシンに乗っているひとを見ると、なんだかツウな印象さえおぼえるくらいだ。

 たぶん、このまま乗る。

 右タンクに欠けたKawasのロゴを貼り付けた黒いバイクを大阪近郊で見かけたら、おそらく私です。いま現在、ピーカンに晴れた青空の下でも道路の金属部分で冷や汗をかいてしまう後遺症を患っているし、いまだ左の親指は二十キロほどを走行するたび休憩をとらないと耐えがたい痛みが走るから、しばらくは……いやもしかしたら、バイクでは二度と、高速道路を使って遠出することはない。少なくとも、いまの「ちょっとそこまで買い物」で冷や汗にまみれて鼓動が早まり、早く帰ってシャワー浴びたいと叫びたくなってしまう私は、アクセルを開けるたび、ミンチ肉になった自分を想像してしまう。実はさっき、仮面ライダーを観ていて、デコボコな砂利道を走るスタントマンを見ただけで背筋が震えて目をそらした。阪本順治監督が、菅原文太 VS シーザー武志 with 新崎人生という格闘技ファンにとって夢のような混沌を描いてくださったのに主演ボクサーがガチ■■で近ごろ入手困難になってしまった映画『鉄拳』における、菅原文太いわく「オレにとっては大事なことなんじゃ」的な恐怖症レベル(その映画で、菅原文太は犬が怖すぎて戌年のひとと付き合えないという超設定である)。

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 でも。だけれども。大人をこじらせたバイク乗りにとって、これは悪いことではないとも思う。トラックに突っ込んで逝った友人がいる。転んで愛車は大破したけれど本人は無事だったという友人は、いっぱいいる。というかバイクに乗っていて、転んだとか走行中に白煙を上げて止まったとかパンクしたとか、そういうエピソードを持っていないひとを捜すほうが難しい。二輪車なのだ。どんなに安全技術が進歩しても、四輪と違い、走行中のパンクとは死。根源的に、そういう乗り物であることは否定しようがない。

 逆に言えば、何度も転んで骨折して、ついに構造上、なかなか凹むことのないタンクが傷つくまでの転びかたをしたのに折れたのは肋骨だけで、半年経って傷ついた腱は痛むものの再びバイクに乗っている。こういう走りかたをしているうちは……たえず自分がミンチ肉になる想像をしながら乗っているならば……転んでもこの程度ということではある。

 恐れが、動物を生かす。
 バイク乗りも、しかり。
 私の野生の直感が、高速道路を走るのは怖い、と感じているあいだは、ほかの物差しはいっさい適用せず、近所に低速で買い物に行くだけにする。

 転んだ場所へも、再び、走ってみた。
 二月には、端から写真を撮るしかできなかった同じ場所を、同じ速度で越えてみた。こんなところで転ぶだなんて、信じられない場所だとあらためて感じる。実際、久しぶりに走り回ってみて、前は平気で走っていたのに「うわあ」となったのは、その場所ではなく、踏切だった。斜めに走る鉄の線路。雨のなかで転んだ鉄のギザギザ金属よりも、もっと幅が広くて、連続している。滑り止めの加工など、むろんない。どうして雨の日に、次々バイクが線路でスリップしないのだろうと不思議に思う。

 飛行機が飛ぶのって不思議だと、いつまでも初心で感じているパイロットさんは信用できる。こんなにつらいのに、生き続けたいと思うだなんて不思議だと、常日頃つぶやきつつ生きるひとは信用できる。

 この乗り物は転ぶものだとあきらめながら、また乗っている自分は信用できる。とても逆説的ではあるけれど。ぜんぜん風を感じて気持ち良いと言えない病にかかってしまったのだけれど。

 でも、ライダー復帰しました。
 嬉しいところが、ないわけではない。

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 ちまきを作ります。
 否、作りました。

 かの地からは遠い場所で暮らすようになってしまったけれど、だからこそ生まれた村の言い伝えを次代に継承するのが語り部の役目。

 それ忘れたら、三代も過ぎれば端午の節句はストロベリーパンケーキを食すものとかになりかねない。初節句で食べられる離乳食として出されたそれを息子は頬ばっていて、みなに写真を撮られていたので、だれもなにも教えなければ、彼は彼の幸せな記憶として、五月五日にはイチゴパンケを食べるものだと大人になっても習慣づけてしまう可能性は多いにある。

 参考記事。

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『初節句中華風』の話。

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 それを言ってしまえば話がもとにもどって、端午の節句そのものが原初の日本にはなかったわけで、どこかのだれかが中華大陸から持ち込んだモチ米料理を「この日に喰う」と勝手に決めてしまったということではあるのだが。でもだからこそなんでもそうだからこそ。吟遊詩人は、おのれの目で見た感銘深きものを詠み、次代を方向付けるのが役目。長老がストロベリーパンケーキよりも中華おこわの竹皮包みに心ときめかせたのであれば、やはり、かの日は、この料理でなくてはなあ、と貫禄もって言うのが役目。

 なんだかよくわかりませんが、ボーイズフェスティバルの日に、ほの甘いうえにパンチのない上新粉のモチなんか楚々と頂いたところで、男の子が横綱にもグローバル・オナード・クラウン・チャンピオンにもなる気がしない。同じ竹皮に包むなら米だろ。三合くらい、ひとりで喰え。

 前置きが長い!
 中華ちまきデス!

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○材料

もち米 3合
豚バラ肉 200グラム
たけのこの水煮 100グラム
干し椎茸 ひとつかみ

(春の節句の料理なので、絞めた肥えた豚と、掘ったたけのこ(水煮を買ってこないで、掘ってきたのを茹でるのが最良には違いない)、もどし汁を使うので干し椎茸は入れておきましょう。あと、干しエビ、にんじん、豆類、うずらの卵、などは、お好みで。今回の写真では、にんじんとうずら入り)

醤油 大さじ2
砂糖 小さじ2
酒 大さじ3

(基本のレシピと銘打ったので砂糖と書いていますが、私はみりんに置きかえて作ることも多いです。砂糖抜きでみりんならば大さじ2。逆に中華料理回帰を目指すなら、醤油大さじ1プラスと、塩もひとつまみ。味の濃い薄いは、それぞれなのでお好きに)

炒め用ゴマ油 大さじ2

包むための竹皮。
もしくはアルミホイル。

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○作りかた

1. もち米を洗って水に三時間以上つけます。干し椎茸も水でもどしておきます(どうせ刻むので、一袋百円とかのカット干し椎茸でよし。もどし汁をあとでカップ1ぶん使うので、あまり多い水でもどさないように。濃いめのもどし汁を入手しましょう)。竹の皮を使うならば、それも水につけておく。

2. 材料を刻みます。たけのこの水煮は、歯ごたえ具材として大きめに切ったものがあってもいいかも。うずらの卵を使うなら、茹でて剥く(これも水煮が売っているのでそれ買ってきてもいいですが。生のほうが安いですし。熱湯で三分。時間を短くするだけであって、ニワトリ卵と同様の茹でかたでつるんと剥けます(参考記事/『ゆで卵の正しい作り方』のこと。))。

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3. 中火に熱したフライパンへ、ゴマ油大さじ1を入れ、豚バラ肉を炒めます(上の写真の右半分は米に混ぜ、左半分はおにぎり中心の具材です。おにぎりの中心は豚肉が煮えるほど高温が維持されません。この炒め行程で豚肉の半量には完璧に火を通してとりわけておいてください。焼けていない豚肉は怖いです(法律で生食豚肉を提供することは禁じられているのに、自分でわざわざ危険をおかすような真似はしないように。あと一分焼いておこう)。加えてゴマ油大さじ1。もち米を除くすべての刻み具材を炒めます。

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4 もち米も入れ、炒め続けます。米に火が通り、半透明になってきたところで、椎茸のもどし汁、カップ1を投入(多ければ減らし、足りなければ水を足して、カップ
1に調整してください)。調味料も入れ、水分がなくなったけれど炊きあがったというにはゆるいくらいのリゾット状になるまで炒めます。

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5. なにかで包みます。竹の皮だと野生の芳香を醸し出しますが、むしろ純粋に中華おこわの味だけでの勝負を臨むのであればアルミホイルで。タコ糸や裂いた竹の皮でくくったりしなくてよいので大変にラクです。シリコン樹脂加工アルミホイルなどを使うと、食べるのもラクです(参考記事/『フッ素樹脂加工を再生する代替案としてのシリコン樹脂加工アルミホイル』の話。)。

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6. 蒸し器で三十分蒸す。

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 できあがり。

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 私は、豆板醤と辛子と山椒を小皿に盛って、箸の先でつついたりしつつ食すのが好きです。今回は使いませんでしたが、椎茸をもどすのに紹興酒を使うと、子供は食べられないくらいの中華感が出ます。

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 でもまあ、食べるときに飲むのは、紹興酒よりも、日本酒のほうが合う気がする。ていうか、中華料理にも紹興酒ってどうなんでしょうか。ビールのが美味いだろ。と思うのですが、料理に使うと独特の美味さが出るので紹興酒を買ってくる。そして、あればけっきょく飲んでしまうので常備できません。

 以上。中華ちまき。
 いや単に「ちまき」と言ったときも、浮かぶ料理がこれ。よくできた料理だと感心する。和食だと、春を表現するのに生の草花という直接的な方法をとることが多くて、炊き込みごはんにも炊きあがってから木の芽を乗せるなどといった小洒落た手法で「ほら春でしょーう」と得意がるものですが。ちまきはすべてを炒めて包んで火加減なんて関係なくいつまでも蒸して、それでいて開けば、春。

 山菜たけのこ、刻んだ豚、乾いた椎茸。もち米。そのかたまり。春のかたまり。どこが春かと問われれば、長く厳しい冬が終わり、三合も蒸した米を食えば、そんなもん駆け出すしかないでしょう。春へ。そのまた先の、夏へ。耕してまた米を実らせ、駆け回ってまた山菜を摘み、豚を育てて殺す。人間の営み。一年めぐって、もとにもどったから米を食え! 次の冬が来るまでにやること山積みなんだから!

 そういう、春。
 働け、働くぞ、という料理。
 それが転じて、育て、ともなった。

 祝う。めぐって最初にもどったことを。
 草木は勝手に芽吹くが、ヒトは心に決めないと次に進まない。
 食って、働くぞ、育つぞ。

 中華ちまきデシタ!

(ところで、アメリカ航空宇宙局所属学者Gavin Schmidt氏の五月十四日Twitterによると、今年四月の世界気温と海水温が観測史上最高を記録し、その観測結果から99%の確率で2016年は通年で観測史上最高の気温に世界が包まれるらしい。NASAが断言する危険な今年の暑さ。史上最高に体力つけて挑むのが賢明です。もう三合、包んで蒸しましょう。冬が終わった、春だ夏だと浮かれてばかりもいられない惑星になってきましたねえ、ここも)


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BoysFestival01.jpg

いまファイル名をつけるのに、
「兜って英語でなんだっけ」
思ってググって、

「それか……」

halmet=ヘルメット。
初節句なのです。
義父が選んでくださった。
おそらくは私の愛車が、黒いバイクだというのもある。
かっこいいヘルメットだ。
事実、私好み。
人形は……
金太郎とかは……
桃太郎でもちょっと……
アンパンマン?
鎧武者も大きすぎると、飾るところが……
息子が六月生まれなため、ほぼ一年の時間を経て、端午の節句。
かしわ餅。
その一年をかけて、暗に要望を伝える努力をした。
おじいちゃん、娘だらけ孫娘だらけで、直系な男子が初めて。
母方の親が贈るものだとかで、やたら気合い入っていたから。
頼みますよ頼みますよと唱えつつ。
それでも不安なところはあった。
そして先日。

「家の前まで来たから運んで」

電話。私に直で。
持ち上がらない大きさなのか。
暗に伝えたはずなのに。
いや。重かった。でも。
置けない大きさではなかった。
開けたら、ヘルメット。
おじいちゃんが胸を張る。
ええ、こういうのが好みです。
もちろんガラスケースのなか。
触らせてもらえないヘルメットに、
息子自身は興味なんてない。
いっしょに写真撮るだけでたいへん。
つまりこれは、そういう催しだった。
義父と、私が。
衝突なく、探りあい、着地点を見いだす。
うまくできたと思う。
良いヘルメットだ。

「nice helmet.」

端午の節句は、まだ先だけれど。
大きく安堵の息を吐いた。
間違いなく、お互いに。

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 ついでに「端午の節句」を英訳辞書にぶっ込んでみると「Boys' Festival」と訳されて、えー、となります。間違っていないけれども。間違っている。

(でもそっちのがおもしろいので、halmetのファイル名は変更いたしました。あしからず)

 そんな愛されし少年祭りを、父上がその日には仕事で、その後も締め切りで、軽く一週間遅れで祭っていた今日でした。祖父母も来て、ちまきを食べる。

 私、兵庫県は相生の生まれです。

 その地には、毎年催される祭りがある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『花火の夜』のこと。

『シャコの目』の話。

『ゴジラ VS 太陽の塔』の話。

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 生まれた町のお祭りなので、なるべく予定を合わせて足を運ぶことにしている。

 祖父が逝く前にその前夜祭の花火を観られてよかったと書いている。幼いころはおやつだったシャコがクソ高価な食材になったと書いている。パレードが和洋折衷のわけわからんことになってしまったなあと書いている。

 しかしその祭りの中心は、ドラゴンボートレースだ。
 私がちゃんと見ないから、ちゃんと書いていないだけで、選手たちはむろんその日のために鍛え上げ、花火よりもパレードよりも、ペーロン競漕という日本有数のドラゴンボートレースを観戦しに相生を訪れるひとだって多い。

 なにがドラゴンかといえば、ボートが長く、大人数で漕ぐ。その姿がまるで龍のように見えるから。

 毎年五月におこなわれる、ペーロン祭り。

 これが実は、端午の節句の起源なのだ。
 詳しいサイトから引用させていただく。

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古代中国の春秋戦国時代、楚の国に屈原(くつげん)という詩人であり政治家がおりました。屈原は秦の謀略から国を守るべく努力しましたが、自国内の権力抗争に敗れ国を追放されてしまいました。その結果、楚の国は秦に支配されてしまいます。国の将来を憂いた屈原は、湖南省の汨羅(べきら)の淵に石を抱いて入水自殺をしました。これを知った近くの漁民たちは、屈原の身を案じ、淵に潜む竜や魚に襲われないようにドラや太鼓を打ち鳴らして探し回りました。以来、屈原が入水した旧暦5月5日にその霊を祭る為の小舟レース大会が各地で行われるようになったといいます。時は紀元前278年だったとか。

又、汨羅の淵に入水した屈原の身を案じた漁民達が、「ちまき」で竜や魚の気を引いて屈原の身を守ろうとしたという説もあり、5月5日の命日にはちまきを食べるようになったとも言われています。

一般社団法人 日本ドラゴンボート協会 : ドラゴンボートの歴史

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 現代の競漕でも、そういうわけで、舟上の銅鑼がガンガン鳴らされる。ことのはじまりは中国の底なし沼に棲む大怪獣ドラゴンから愛するひとを守るために出した舟だったのが、なぜだか日本に伝わるころには、その舟がドラゴンボートと呼ばれるようになっていて、ペーロンの競争艇の先っちょにも、龍の頭がついている。鯉のぼりもまた、鯉が滝を登りきるとゴッドドラゴンへと進化するという中国の昔話がもとだ。たぶん、雑魚が困難に打ち勝てばレベルアップどころか龍にさえなるんだぜ、という伝聞は、立身出世戦国時代大好き日本人の肌に合ったのだ。

「なんで龍の舟なん?」

 もちろん、ドラゴンボートの町で生まれた私は、幼いころに訊ねた。あの地で育った、すべての幼な子がそうだろう。祖父母は語る。父母も学んで語る。

 鯉のぼりの吹き流しが五色なのは中国の陰陽五行説から万物すべてのエレメントが調和するさまを顕すのである! などという知識が入ると、関西人気質というやつか、ペーロンの町だという自負もあり、中国故事推しなそもそも論者が増えていき……

「かしわ餅なんて日本で勝手にはじめたもんやし」

 などという、日本独自ルールの批判につながっていく。つきつめると、鯉のぼりなんてものや、端午の節句がボーイズフェスティバルなんて英訳になるのも日本だけなのだけれど。いやドラゴンボートの起源は。だからつまり。

「これじゃない」

 私が言った。
 妻に。

 端午の節句あるあるで「ちまき」と言えば、関西と関東では、まるで違うものを思い浮かべるというのがある。

 妻は和歌山生まれだ。関東のひとにはぴんと来ないかもしれないが、関西人である。初節句、ホームパーティー、祖父母もやってくる。なに出せばいいのかなあ。という流れのなかで私の発した「そりゃちまきははずせないだろ」の言葉により、妻が阪急百貨店の地下で買ってきたのはこれであった。

BoysFestival02.jpg

 これじゃない。
 これ、お菓子。

 初節句でググって知る驚愕の事実。

 私は関東人だったのか。

 「ちまき」=「中華おこわ」だ。
 そんなもん生まれたときからそうだ。ドラゴンボートとともに育ったのだ。五月の端午の節句の行事とは、龍の舟競争。底なし沼に沈んだ屍体が喰われないように、中華ちまきをばらまく国からやって来た。そういう故事から転じて、こどもの日には竹の葉でくるんだモチ米の料理を食すのである。

 しかしまあ買ってきたので、みんなで甘いちまきを食べたのでした。小洒落たデパ地下のオードブルとともに。いいですけれどね。主役の息子は、焼いてもらったパンケーキとイチゴを口に入るだけ入れては飲み込めなくて白目を剥いて吐き出すという物理的にも芸人的にも汚い芸で、親族の笑いを勝ち取って人気者でしたし。

 遅ればせながら、初節句終了。

 我が家の鯉のぼりは、こんなでした。

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 なんというかまあ、荒れた滝を登り切り髭の生えた神の龍になる、なんて願いが込められていないことは一目瞭然です。可愛らしい。しかし、それで良いです。ドラゴンになんてならないでも、雲間を泳ぐ鯉が良い。

(ところで今年のペーロン祭りは、毎年五月最終日曜日開催だったのが七月開催に変更になっています。オバマさんも広島まで行くという伊勢志摩サミットで兵庫県警が出払っているため。そしてたぶん、六月だと前夜祭花火に梅雨がぶつかるため。なのでしょうけれども……例年、五月でも観客はタンクトップにサングラスという海辺なのに。ほぼ無呼吸で五分ほどを漕ぎ倒す競技。日差しを遮るものがなにもない海上のドラゴンボートで銅鑼ガンガン。真夏に屋根のない会場でオリンピックをやるというとんでもない話同様、選手のみなさんが心配です。パレードも、ハーレーのおっさんたちは亀の速度で革ジャンとか死ぬだろうけど好きでやっているからいいですが、アスファルト上でよさこい舞う子供たちがいっぱいいるんだが。そっちは本気で不安。あと恒例のゆるキャラ着ぐるみ行列では……路上で気を失う、はばタンを目撃することになるかもしれない。二ヶ月先。興味のわいたかたは、お休みとってふらりと訪れてみてくださいな)