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 ひさしぶり……記憶にあるかぎり数年どころではない、ひさしぶりに現在、風邪をひいております。職場では役に立たず、家では寝込んで数日。まだ治らない。

 ケガはするけれど病気にはならないヨシノギくんも知ることになるさ幼い子供がいかに外から次々病原体を持って帰ってきては自分のみならず家族中をまきこんでの発熱と嘔吐の宴を開催するのが大好きかをね!!

 などと先輩に言われたりしたのに、生後八ヶ月の息子を初めて寝込ませたのは私のほうでした。ようやく私は起き上がって原稿の続きを書かねばと数日ぶりのマイ書斎キーボードに触れてみたけれど小説が書ける状態でないのは即座にわかったのでこうやってブログで指と頭のリハビリをしてみようかというくらいには回復。

 息子は泣きもせず眠り続けている。

 不憫だが、各種細菌の類に感染して抗体を作る日々こそ体内小宇宙弱肉強食のことわり、父親が薬屋だとお土産に持って帰ってくる病原体だって充実しているから、強力な抗体ラインナップコレクションができあがるのではなかろうか。

 実際のところ、間近に接する相手がほぼ全員病人という職種ではあっても、専門施設の方というのはゴム手袋に消毒なんていうところがしっかりしているものだが、小売店の白衣着たひとなんていうのは。

 レジ打って、おつり渡すときに手に触れて。次のお客さんの前にゴム手袋を替えます? せめて消毒します?

 ……もちろん、要所要所にも、帰宅時にも、念入りに手洗いはするけれども。こうして発症するわけですよ、風邪ごときが。手強い。

 しかし、ふと考える。
 考えるというか、このところ、数人の常連客さんに相次いで指摘されたので、自分でもブルーになっていたことを。

「痩せた?」

 腹の話ではない。私は普段、白衣を着ているのでウエストがない。見た目で胴体の分厚さの増減など、判別できやしない。

 男性の常連客さんとは、車やトレーニングの話もすることがあるが、女性客というのは、店員側の情報をあまり欲しないものだ。そうしたこともあって、彼女たちは見た目の直感でものを言う。こと体型のことに関して、ドラッグコーナーとフィットネス機器売り場を店内順回路に組み入れていて、そのどちらかに私がいると軽く雑談していくようなお客さんたちは、けれど、私が数ヶ月前にバイクで事故したことを知らない。

 右肩はまだ痛い。だからあれ以来、いくつかの上半身の運動を下半身に振り分けているのは、いまもまだそのままだ。プッシュアップが減ったぶんスクワットが増えて、むしろ太ももの筋肉のほうが肩よりも太りやすいから、現実には私の体脂肪率は全身で見れば増減していない。けれどついに常連さんに違和感を感じさせるほどになったのである。

 肩の筋肉が落ち始めている。

 腕立て伏せしながらも、自覚はある。事故前はもちろん、筋繊維を断裂させて太らせるのが目的なわけだから、カラダを上下させながら負荷がよりかかるよう、意識して体重移動していた。それが事故後は、絶えず「この角度でならば痛くない」を基準にしている。筋トレ時に限らず、日常も、仕事のときも。重い荷物を見せられて「痛くない」選択肢を考える。軽々運んでいたものを、大事をとって台車を使ったりする。それが数ヶ月続くと、他人の目にもあきらかにわかるレベルになってくる。

「痩せた?」

 と数人に訊かれて、直後に思い出せないくらいぶりに重篤な風邪をひく。

 祖父のことを想い出す。

 彼の場合、つまずいたのが最初だった。ころんだら足の骨にヒビが入った。入院した。目に見えて痩せた。風邪をひいた。肺炎になった。逝った。

 昨今、よくある最期である。
 天寿をまっとうした、と対外的には表現される。

 まだちょっと風邪気味、という段階で、黒いシャツで病室を訪れた私に「タクミ、もうちょいかかるで」と言っていた時点で、本人も、ほとんど自宅に帰ることなく逝くのだろうなとあきらめていた節があった。

 私は、数ヶ月前のを含めバイクで二度、その他の件で二度ほど「終わった!」と悟った事故に遭ったが、生き延びたことに気付いたあと、その「終わった!」が持続して、加速するなど経験したことがない。

 だが祖父の歳と体調と精神力では、それが起こった。

 つまずいて運悪く骨を折り、ギプスで固定されて、病院のベッドの上。その場所でまだ「終わった!」の思いは加速を続けて、現実を引き連れてくる。

 私がその長いコートの裾のひらめきを一瞬見てゾッとした黒い死神の姿を、祖父は、全身が見えているどころか、触ってくる尖った爪を払いのけている状態だったのだと思う。無駄だとなかばあきらめながら。

 一方、ゼロバイトも埋まっていないメモリチップにいま一個目の風邪の抗体という武器を書き込んで死神に対峙しようとする息子。

 私は、まだかろうじてあのときの祖父よりも息子の側に近い年齢で、けれど確実に折り返すあたりにいて、骨を折って、腕が上がらなくなって、肩が痩せて、風邪をひいて、でもまだもとにもどる気でいる。祖父はつまずいたから逝ったのだし、風邪をひいたから逝ったのだけれど、私は、まだ。しかし生まれて初めての武器を装備している息子を見て思う。

 長らく、ひかなかった風邪をひいたという時点で、私の武器は錆びている。薬屋なのだから、病原体には触れる。けれど発症しなかった。それすなわち、体力で押さえつけてきたものが、今年の冬は、隙があったのだ。なにがだ。なにが? はっきり痩せているじゃないか。痛くないようにとかいう理由をつけて、手を抜いた鍛えかたをしているからこうなるんだ。

 これが来年には、当たり前に今年も風邪をひいたと言い、筋肉はもどらないと嘆き、目が見えない、髪が消えた、ところで真黒い服のきみはだれだね、ああ死神さん……

 でもまあ、そういうものなんだろうなあ、とか。
 風邪ひいたごときで弱気になる。
 これがダメだ。
 ほら、こんなメンタルで小説に触れなくてよかった。

 ついでに書いておこう。

 現代ではよく知られた話だけれど、風邪で出る熱はカラダ様がウィルスを滅殺すべく放っている攻撃であって、昔はダメだとされていた入浴も、いまはさらに体温を上げて攻撃部隊白血球ライダー増産に効果ありとされている。

 解熱鎮痛剤で熱を下げてしまうと、結果的に熱が下がるのに二倍の日数がかかるようになる、ということから、解熱鎮痛剤に昔は効能効果として記述されていた「感冒時の発熱」は抹消された。

 つまり、風邪の熱は薬で下げるなという公式の見解があるわけだ。言わずもがなだが、咳はウィルスを含んだタンを排出するためであり、鼻水もそうだ。つまり、それらを止める薬は飲めば飲むほど、完治するまでの日数を伸ばしていることになる。それでも知恵ある現代人がなぜ薬屋に風邪薬を買いに来るのかといえば、それでも今日、行かなければならない戦場があるからなのだろうが。

 その営みを一日中、自分も風邪で仕事にならないでぼおっと見ていると、サービス業従事者の増えた日本人の多くがかえって忙しくなる祝日での連休など廃止して、平等に順番に取れる超長期休暇を義務づけるのは意外に良い方策なのではなかろうか……という話を膨らませるのは、まだぼうっとしているので、今日はやめておきます。





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・台所の配管が詰まったので汚水桝を開けて、がっしがっしと掃除してやったら、白いものが砕けて水が流れるようになった。どうやら小麦粉が配管のカーブに溜まって固着していたっぽい。流さないよう気をつけてはいるのだが…毎週ピザを焼くうえに大阪人であるということの生き辛さよ。

twitter / Yoshinogi

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 前回、ピザを焼きながらエリンギの性別はオスかメスかということについて話を膨らませたのですが。

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『エリンギの切りかた』の話。

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 我が家の配水管を詰まらせる原因としては、大阪人であることのほうが要因としては大きい。ピザの生地は丸めて球になるくらいの水加減であるから、こねたボールに粉はまったく残らないが、タコ焼きやお好み焼きといった大阪人にとっての聖なるワインな食品群の生地はゆるく、やんごとなく流しに生地の残滓を流し入れてしまうことになりがちなのだ。

 それでも食べる。
 なぜなら、便利だからだ。

 本当に美味しいお好み焼きを食べたければ、また違うレシピになるのだが、毎日のワインは高級品でなくていい。白米が主食なら、主食であるがゆえに、土鍋ではなく電気炊飯器で炊いて、少々黄ばんでも保温しておくと便利(うちの主食は玄米なので、保温は避けて、炊けたら即、冷凍していますが)。

 便利な料理としての、お好み焼きのレシピを、ここで書いたことがあるようなないような記憶があったので検索してみたら、この記事だった。

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『葉たまねぎでお好み焼き』のこと。

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 そんなこともあった。
 記事の主役は、葉タマネギで、お好み焼きのレシピは、文字だけで流し書いてある。と、いうわけで、あらためて。

 抜群に美味しいわけではなく妥協の産物であるが、抜群に便利な、我が家の……いや、私の、お好み焼きの焼きかたを、綴ってみる。

 私の、と、あえて書いたのは、私の母親が広島生まれだからだ。大阪のお好み焼き屋では、具と生地が混ぜあわされた渾然一体のそれがボールひとつで出てきて、勝手に鉄板で焼けというのが多い。大阪在住なので、大阪生まれでない妻なども、いつしかそういうお好み焼きが当然となっているのだが、私のなかには広島焼きが連綿と息づいているのだった。

 広島焼きと呼称されるお好み焼きは、お好み焼き屋の店主が、みずから目の前で焼いてくれるスタイルが主流である。理由は、広島焼きの調理には玄人の技術が必要だから。

 広島の農家の娘を嫁にもらった関西育ちの父は、いちびって広島焼きを家で作るようになった。もともと料理をするタチではないが、鍋や鉄板といった卓上調理では仕切りたがり、その流れで広島焼きも調理担当に名乗りを上げたわけだが、いかんせん、料理の腕が素人である。

 素人が手を出してはいけない、玄人の技が必要な広島焼きを、家庭の卓上コンロに乗せた狭い鉄板ごときでがんばってしまうとどうなるか。

 キャベツとネギが飛び散る。

 広島焼きは、具材を生地で固めない。まず鉄板にクレープ上に生地を広げ、そこへキャベツとネギを山盛りにして、また生地をかけ、ひっくり返す。薄い生地と生地でサンドしてあるだけの、千切りキャベツと細切れネギである。本来は、それをコテ二本で「よっ」とお好み焼き屋さんが目の前でひっくり返してくれる瞬間こそ、広島焼きを店で食う醍醐味といえる。

 それを家でやる。料理下手が。いつしか、幼い私と弟は、父がお好み焼きをひっくり返そうとすると、悲鳴をあげてテーブルの下へ逃げ込むようになった。それくらい、散々、キャベツとネギの雨を床へ降らせていたのだが、それでも懲りずにまた作りたがる。たぶん、息子たちが悲鳴をあげるのがうれしかったのか、作り続ければいつか上手くなると思い込んでいたのか……なんにせよクズだ。いいお父さんじゃないのと言われるかもしれないが、やつは後片付けというものをしない。床にキャベツとネギをばらまいて、原形とどめない「これ、お好み焼き?」というような物体を家族にふるまって、自分は酒飲んで寝てしまうのだ。まあ、一種のトラウマのようなものだ。

 そこで私は、関西育ちな広島娘の息子として、お好み焼きの呪縛には囚われすぎずに生きようと決意した。争ってはダメだ。それぞれに、それぞれの愛すべき部分があるのだから。

 葉タマネギが手に入って、それオンリーでお好み焼きを作る機会には、具材を生地へ混ぜ込む。お好み焼きというよりも、チヂミにする。キャベツが安かったときには、遠い地の母と祖母を想いながら広島焼きを食べたいときもあるので、それを作るが、ひっくり返さない。

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○材料

●具材
キャベツ
ネギ
天かす
紅生姜
肉とかあれば。
麺と卵もあれば。

分量はすべて「お好み」。

●生地
薄力粉 カップ1
水+卵 カップ1
ベーキングパウダー 小さじ1

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○作りかた

1. 中火に熱したフライパンへ生地を広げ、野菜と具を乗せる。焦げ目がつくまで焼いたら、フライパンよりもワンサイズ小さな皿に、すべらせて移し、その上から生地を回しかけます(野菜にも具にも火は通っていなくてよし。いま下になっている面を焼くのはこれが最後なので、生地だけは固まるまで焼きましょう)。

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1. 右手で構えた皿の上に左手でフライパンをかぶせ、密着させて半回転。皿を退けて、先ほど回しかけた生地をまた焦げ目がつくまで焼きます(豚肉などを使用のさいは、念入りにここで焼きましょう)。焼けたら行程1と同様、また皿にすべり移して、溶き卵を絡めた麺を乗せます。

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3. また同様に、右手で構えた皿の上に左手でフライパンをかぶせ、密着させて半回転。麺と卵に火を通します。最終的に食すときまで、もう焦げ目をつける機会はないので、しっかり焼いてください(中まで火を通す必要はありません。なので、焦げ目重視で火はずっと中火でよい)。

4. またまた右手で構えた皿の上に左手でフライパンをかぶせ、密着させて半回転。包丁で食べやすいように切りわけて、ホットプレートへと、すべり移します。

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5. 以上の行程を終わらせておいて、仕事が片付いたら、蓋をしたホットプレートを弱火でスイッチオン。蓋に触れてみて熱くなっているようなら、中身のお好み焼きも、熱々です。最終工程で蒸し焼きにするので、キャベツなどには火が通るため、整形段階では火を通しすぎないほうが歯ごたえが残ります。

2. 各々の皿にカット済みのお好み焼きを一片よそって、ソースでもマヨネーズでもカツオブシでも青のりや一味唐辛子でもかけて、コテでも箸でもナイフとフォークでも、好きに食うといい。

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 ちなみに、今回の制作過程ではメインの具材は鶏ササミとスパムハム、ニンニクの芽とチーズ。出来上がり写真では、豚バラの細切り。事前にどのカットをだれが食べるか決めておけば、そのあたりにだけ大人用ニンニクやキムチなどをまとめて入れておいてもよし。暖かい時期は、待機時間を短くするか、冷蔵庫にホットプレートの入る余地があることを確認してから試みたほうがいいかも。

 今回は、ふと思い立って作ったため、麺はインスタントラーメンです。焼きそばなんて常備していないので。時間通りに茹でて、お湯切りして、卵からめてカリカリに焼かれてしまえば、焼きそばだろうがインスタントラーメンだろうが、わかりゃしません。

 大阪の店でこんなふうに卵にしっかり火を通すと邪道だとされます。卵は階層の中段に入れて、半熟がよしとされる。そこらあたりが、格別に美味いお好み焼きのレシピではなく、便利なレシピ。そこそこしっかり焼いて、食べる前には温めるだけ。ここを妥協することによって、食事時間のぎりぎりまで原稿を書いていられる。

 「右手で構えた皿の上に左手でフライパンをかぶせ、密着させて半回転。」

 この説明を補足しておきましょう。

 要は、反面教師、父。調理過程で、コテやフライ返しの類をいっさい使用ないための作法。包丁であらかじめカットすることで、ホットプレート上での作業もなくなり、ホットプレート寿命も延びます。温めるのに使っているだけですから。

 焼いては、皿にすべらせて移し、フライパンのほうを皿にかぶせて、完全固定の上で「ひっくり返す」。ええそうですね、ひっくり返さないレシピではないですけれど、密封しているので、飛び散ることは絶対にない。ただひとつ注意することがあるとすれば、フライパンにすっぽり入る皿を用意するというところでしょうか。人情として、フライパンよりも大きい皿を持ってきてしまいがちですが。それだと生地に皿を密着させられないので、かえって悲惨なことになる。ひっくり返すリスクをなくすための皿。お好み焼きがぴくりとも動けなくなるように、挟み込んで固定できるベストサイズをチョイスしてください。

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 そうすると、フライパンにすっぽり皿が嵌まって取れないということになるかもしれませんが、だったらそのまま焼いてしまえ(写真のように鉄フライパン愛用のかたは、傷つけることを心配しなくていいので、薄い金属のバタービーターでもつっこんでやればよい)。とにかく生地はちゃんと焼くことです。生地が焼けていないと、フライパンから剥がれずに、空中分解というような事態も起こらないとは断言できません。あせらずじっくり。店で食べるお好み焼きのように、外の水分飛ばしてカリッ、なかはふっくら、みたいな欲をかかない。お好み焼きは、焼けてさえいれば、そこそこちゃんと美味いですから心配しないで。

最後に、余談ですが。

 先日拝読いたしました、よしながふみ『きのう何食べた?』最新刊で、タブチ君が「別れた彼女が大阪人で材料を置いていったから」お好み焼きを焼いているのですけれども。お好み焼き粉を使っておられます。そんな大阪人いねえよと、つっこんでしまいました。主食なんだぜ。白米的なアレなんだ。日常的に粉モン食な彼女ならば、生地に塩や、うまみ調味料添加なんて、許せないはず。薄力粉とベーキングパウダーで充分です。山芋があれば入れたりもしますけれど、それさえほとんど使わない。具で粉を食う。それが魂。味付けはソース。マヨネーズは許す。

kinounanitabeta




 前回、ピッツァをリバースするマンガから話を膨らませたのですが。

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『はじめての内臓』のこと。

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 文字通り、毎週一回は、強力粉生地をイーストで膨らませて、ピッツァを焼きます。なんか馴染まないので言いなおします。ピザを焼きます。

 こんなの。

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 右上にタバスコの瓶の可愛いヒップがチラチラしているので、大きさを比べていただければわかるように、サイズ的には目玉焼きよりも洗面器に近い。トマトソースと鶏もも肉の迷迭香焼きからしたたる肉汁のせいで、ボリュームたっぷりな生地が、まさに洗面器のごとく、アンチョビの香りも混じった赤い液体を溜め込んでいるという風情。
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『鶏もも肉の迷迭香焼き』のこと。

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 そのため、宅配ピザのように、事前にカットしておくということができない。切るとピザの下の皿が洗面器になる。すると生地の裏が濡れてしまう。せっかく焦がしたのに、カリッとした食感が消え去って、トマトソースに生地を浮かべてふやかすようなことになってしまう。

 私のピザは、焼きたてを、少しずつ、自身の口に押し込めるサイズにナイフとフォークで切りわけて、汁をすくいながら食べて欲しい。じゅわっとして、カリッ。私にとってのピザはこれなので、宅配のは、なにか物足りない。

 レシピへのリンクも貼っておこうか。

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『ピザ生地とソースのレシピ』のこと。

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 貼ってみて気付いた。
 必需品のアンチョビが紹介されていない。

Yotsuba&!

 いろんなところから輸入販売されている、こういう大瓶を買います。700g瓶だと、毎週ピザを焼いても、一年保つ(家族はアンチョビが苦手なので、私のぶんにしか使用しないでの分量ですけれど)。

 拡大写真。

Anchovy2

 カタクチイワシの群れ。
 大瓶で買うと、きれいな形で入っているものは少ないのですが、それでも本邦のチリメンジャコ文化に比べると、こんな小さな魚をさばいて漬けるというのは大変な労力だと感心する。ちりめんじゃことか桜エビとか、ありのままの小魚系乾物って、瓶に入れてフリカケみたいに料理に使っていると、最終的に瓶の底に数万個の黒いつぶつぶ=目玉が残って、あんまり気持ちのいいものではない。その点、頭を取って漬けてあるというだけでも、アンチョビはエレガントだ。

 あ、ちなみに、冒頭のピザ写真は、具材にオイルサーディンも使用。左のほうに見える銀色のね。オイルサーディンも好きなのだが、あれってなぜか大瓶は売っていない。アンチョビと同じ「鰯の油漬け」だけれど、きっとポイントは塩分。オイルサーディンは、アンチョビほど塩辛くないので、たぶんだが、一回食べきりサイズの、おなじみ平べったい缶詰で真空オイル漬けにしていないと腐るのではなかろうか。缶詰の、特にオイル系のものは、手軽なようでいて、洗うのも捨てるのも面倒なので、積極的には買い溜めしない。今回のオイルサーディンも、たしか実家へ行ったとき「もって帰んなさいな」と持たされたものだった気がする。昭和のひとは保存食が好きだ。乾麺とか缶詰とか、夫婦ふたりで食い切れるわけがない量を溜め込んでいて、使わないからあげるわと言う。使わないなら買わなければいいのにと思うが、台所に備蓄食材があるというのが重要なのであろう。非常時にオイルサーディンで飢えをしのぐというのは、あんまり想像したくない状況に思えるけれども。せめてクラッカーも常備しておいて欲しい。タバスコも。うん。クラッカー食べると口のなかがパサパサするので、ビールも欲しいな。非常用に。

Yotsuba&! 

 ビールが好きだ。
 ピザはビールに合う。オイル漬けたイワシとチキンの香草焼き、ニンニクのスライスとオリーブオイルで、香りの役者はそろっている。あと、歯ごたえが欲しい。タマネギはあまり薄くスライスせずに、ところによりシャキッと感が残るくらいが良い。キノコも欠かせない。

 絶えず、エリンギは、こう切るべきだと思う。

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 なんだか知らないが、エリンギを細く裂いたり、輪切りにしたりするレシピを散見する。なにを考えているのだろうか。

 某寿司料理バトルマンガで、マグロの短冊を切りわけるのに、身に入った繊維に沿って包丁を入れるという技を読んだことがある。通常、マグロの短冊は、一定間隔で赤い身に白いスジが入る。あれは、あえてスジをぶった切ることで、噛みきれない最悪な刺身にならないようにしているわけだが、マンガ技としては、それを消極的発想だととらえ、スジに沿って包丁を入れることにより、まったくスジのない短冊を作り上げるという奇跡を演じていたのだった。

 実際にやるのはハードルが高い。白いスジとスジのあいだに、短冊と呼べるほどのブロックを確保できるマグロは超大物になる。そんなマグロから、あえて赤身を切り出して「これが最高なんですわいっ」と吠えても、審査員は「トロもちょっと切ってくんなましっ」と感想するだろうから。バトルに負ける。

 しかしエリンギはキノコだ。
 キノコとは、その身すべてが繊維だ。
 ましてエリンギなどというものは、その繊維をしゃくしゃくと歯ごたえていただくことが存在意義な、お嬢さんではなかろうか。

 だったら、なぜ、必要以上に細く裂いたりする。それならばエノキダケを買ってくればいいではないか。だったらなぜ、繊維をぶった切ったりする。それならばマッシュルームでいいではないか。

 エリンギは、歯ごたえを残して、縦に切る。
 いっそ切らなくてもいいくらいだけれど、火が通らないと困るし、ピザの具として使う場合、具材の下の生地やソースにも火は通って貰わないと困るので、太い一本を六つ切りくらいを限度で。それ以上はダメだ。エリンギのカットは、それに限る。

 このエリンギに、トマトソースとオリーブオイルと、チーズ。粗挽きブラックペッパーと、タバスコ。

 ビール。

 すばらしい。

 いやほんと、マツタケを同じように縦切りにして、炙って焦げ目がついたくらいが最高という向きもあろうが、エリンギのほうが太いし。同じように、炙って食べてみても、すばらしく美味しい。キノコなんてしょせん、どれもぜんぶ繊維なのである。価格的に、エリンギ一パックが百円を切るというのが、先入観となっているのではないか。

 安いが、見てみなさいよ。
 めっちゃ太いよ。
 こんなのそこらに生えていないよ。
 つまり、人工的なキノコなのである。
 食べられるためだけに造られた。
 その結果、大量生産できるようになってスーパーに山積みになったが、それってつまり、この世が楽園になったということだ。

 一生に一度、ふっといマツタケを食べました、というのに喜ばないで、毎週、ふっといエリンギをピザに載せて焼いて食べたりできる世界に生まれてしまったことに、毎週、感涙したほうがいい。ほうがいい、というのもなんだが、エリンギを輪切りにしてクタクタに煮てしまうとか、それはちょっと遊びすぎだと苦言を呈したい。安いけれど、繊維の王様の風格があるお方だ。

 丁重に。
 大胆に。
 縦切りにして、焼け。
 そして食え。

 話は、それだけだ。
 
(統計上、世界の発展途上国ではキノコの消費量が少なく、先進国になるにしたがって増えていくという事実がある。これをもって、富める者は健康を気遣うようになるために、単純にカロリーになる作物だけでなく、キノコなどの繊維質を意識的に摂取するようになるからではないか、という分析があるのだが。私は異論を唱えたい。セックスだ。食感という名の性的な行為として、ヒトはキノコを消費する。完全な嗜好品なので、先進国での消費量が多くなる。つまり、少子化と比例するはずである。ヒトは余裕を持って高尚になると、ヒト同士で生殖するような野蛮な営みから卒業し、あらゆるものをパートナーにしたがる。その代表例がキノコだ。キノコがダイエットに効く? それすなわち、栄養がないということ。栄養がない菌繊維を、歯ごたえのために品種改良して、太く、太く、太く、したのは実は日本だ。さすがオナニー大国。さしずめエリンギ工場とは、生ける菌の性玩具をにょきにょき製造している場所なのだ。だってそうだろう。そもそも、エリンギは、枯れ木に生える貧相なキノコだった。日本では、野生のエリンギは存在しない。なんども書くように、人為的な品種改良の果てなのだ。果てで、アレだ。見るからに御神体だ。巨大マツタケにしてアワビのごとし。あえてそう造った。性的な思想がそこに介在しないという説を唱えることのほうが難しいと、私には思えるのです。だれも大きな声で言わないから、私は言うのです)