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 これがぴざか!!
 めだまやきくらいとおもってたのに!
 せんめんきくらいだった!


Yotsuba&!

 あずま きよひこ 『よつばと!』

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 五歳の国民的幼女よつばは、出前ピザ屋のチラシでしかピザを知らなかったので、実物を見て、くだんの叫びを漏らす。作中でアメリカ映画やプリキュアも観ている彼女が、ピザのサイズを知る機会は五年の人生(まあ最初の半分くらいは記憶に残らないかもしれんけれども)のどこかでありそうな気もするが、いや待てよ、先入観としてピザが一口大の丸いのだと思い込んでいれば、三角に切ったそれを口に運んでるだれかのことを見たところで、ピザをピザと認識できないものかも知れないとも思ったり。

 一方、息子の離乳食が、こんな感じになった。

babyliver.jpg

 ゆるゆるのおかゆオンリーだったものに、芋やレバーのペーストを足しはじめている。芋はおもしろくないが、レバーはたいへんにおもしろい。彼の顔のしかめっぷりは、なかなか大人はしない表情だ。

 拒否はしない。食べるが、納得がいっていない。おかゆでも芋でもニンジンやホウレンソウでもない、鶏レバーはさすがにイチゲンさんにはハードルの高い味だったらしい。考えてみれば、この一ヶ月くらいで、私は「生まれてはじめてニンジンを食べた人類」や「生まれてはじめてホウレンソウを食べた人類」などの表情を間近で見ているわけだが、人類の歴史を考えてみても、それらがあんまり劇的には、おもしろい表情を生み出さないのは、わかる話ではある。

 植物を口にしはじめた人類が、新しい植物と遭遇しても、たいていは予想の範囲内であろう。だが、地面からレバーが生えていれば、どうだ。

 現代の、離乳食を与えられる子は、そういう状態だ。レバーのポスティングされたチラシさえ見たことがない。スプーンで口に突っ込まれてみたら、食べ慣れはじめた米(大人の私の食べる米は炊飯器炊きなのに、彼のは土鍋炊き十倍粥だ。贅沢者め)や、味が違うことはわかりはじめた葉菜根菜とも違って、まったく異質なものだった。マイファーザーのことは信用しているので食うには食うが、しかめっつらが止まらない。そういう顔。大人だとそこに事前予測が入るために、なにこれ? あれやっぱりヘンな味っ。というプロセスを経るため、純然たる不意打ちされた驚愕をマトリクスとするその表情は、食べ物というものに遭遇して間もない赤ん坊だけのものだといえるだろう。

 これなんですかね?
 私の顔を見るので、答えてやる。

「狩ってきた獲物の肝だ」

 働いて得た金でスーパーのレジを通過してきたものだが、大筋で間違ってはいない。ベジタリアンな方は、どうされているのだろうか。特に、思想的に肉を摂らないというような方は。レバーや牛乳に含まれる鉄分やカルシウムを、植物で摂取しようと思えば相当な量が必要になるはずなので、離乳食は、きっと大変だろう。

 私は肉が好きなので、息子にも与える。首を絞めて殺した鶏の肝を、茹でてすりつぶしてやりました。ヒトはこうやって、他種族を糧として生きていくのです。他種族を犠牲にしないでも生きてはいけるけれど、そっちの方が手っ取り早いので、ユアファーザーはそうしています。

 いただきます、と、ごちそうさま、は言いましょう。

 で、ふと。
 私自身の父親の育児を思い出す。

 企業戦士でした。
 子供を、子供らしい遊び場所に連れて行ってくれなかった。休日というものがないので、本人もこれではいかんと思うのか、仕事が早く終わるというようなときに、母親と私を都会に呼び出して、ふだん自分が飲んでいる店に連れて行ったりした。

 鶏の肝を食べた。
 タレで焼いたレバーではなく、塩で焼いた砂肝が私は(いまもだが)大好きで、際限なく食べるから、塩抜きにされた。それでも食べた。

 締めはラーメンだ、と、いつも父は言っていて、実際にそんなことをしているから、際限なく太っていった。幼いころに寄生虫を宿して虫下しを飲まされた世代のひとたちは、食欲にとりつかれているとしか思えない。まあ、それはさておき、締めはラーメンだった。いくつくらいまでだったか、私は、父か母の頼んだラーメンを、小皿にわけてもらって食べていたのだが。

「おまえ今日すごい食べるなあ。ラーメンも食えるなら食うか?」

 訊かれた。
 うん、と私は元気に答え、生まれて初めて、自分専用の一杯のラーメンを注文してもらったのだけれども。止めろよ親父、と、いまになって思う。小学生にはなっていたと思うけれど、焼き鳥屋で消化しにくい砂肝を「今日すごい食べた」ガキの胃に、大人サイズのラーメンなど流し込んだらどうなるか、大人ならわかりそうなものだ。

 テンションが高くなっていた私は、それでも半分くらいまで食べた記憶がある。屋台だった。ニコニコと、カウンターの向こうから、そのラーメンを作った店主さんも覗いていた。自分で言うのもなんだが、愛らしい子供だったので。

 しかし、その愛らしいボクは、はっと現実に気づく。

 飲み込んでも、胃がいっぱいで入らない。入らないのに、飲み込んでしまったラーメンは、とどまることを知らずに、流れ込んでくる……

 生まれて初めてピザに遭遇した、よつばは、驚きと喜びと、そのあまりのおいしさゆえに、子供にありがちな自分を見失った果てで限界を越えてしまい、げえ、と控えめに床に吐く。

 私の場合、五歳はとっくに過ぎていた。
 自分を見失う具合は、よつばに負けないが、控えめではなかった。
 逆噴射した、という表現が正しい。
 携帯電話がまだ普及していない昭和の話なので、だれも動画を撮っておいてくれなかったのは残念の極み乙女である。

 それを作った店主の前で、かろうじて席から立ち上がり走って逃げ、コンクリートの壁と側溝に向かって噴出した。それはもう、肝と麺。ぜんぜん噛んでへんやん、と思った。下手したら、もういちど食べられそうなくらい、そのままのかたちの食品群が、自分の口から出るわ出るわ……

 重ね重ね、屋台だ。
 自慢のラーメンを、それを作った店主の前で、である。

「おまえが食べられるって言ったから頼んだんやないか!」

 父に怒られた。
 完全に、店主に、まあまあお父さん許してやんなよ、と言わせるための叱責だった。ごめんなさい、とは、言わなかった気がする。だいたい、大人用のラーメン一杯なんて、それだけで当時の私には無理な量なのだから。食わせたほうも、かなり悪い。

 結局、胃が空っぽになった。
 とはいえ、ラーメンの続きを食べるガッツはなく。
 私の残したぶんまで食べてメタボリック一直線な父と、いったいなぜこのひとは飲み屋に息子を連れて行きたがるのだろうと微妙なテンションの母に連れられ、おなかを空かせて帰ったのを、おぼえているのでした。

 車にも酔うので、吐いている記憶は多い。
 剣道を習いに通っていたのだが、合宿で、移動のバスで吐き、小豆島の体育館が暑くて吐き、というようなこともあった。

 『よつばと!』のピザの回は、食べすぎて吐いたところでお話が終わっている。だが現実では、子供にとって、そのあとの周囲の反応というものこそが、非常に重要である。

 私が剣道をやめたのは、バス移動のたびに吐くからだった。
 当然、どんな遠征試合でも吐いてから戦うことになる。
 たのしめるわけがない。
 バス遠足や、社会科見学も嫌いだった。
 パン工場に見学に行って、できたてのジャムパンと牛乳を振る舞ってもらい、帰りのバスで吐くというルーティンを想像してもらいたい。クラスメイトに蔑まれるための旅である。

 自然と、インドア派になる。
 大人になってからも、人前で吐くまで飲んだことは皆無で、絶えずリミッターを意識しているから、外飲みを、たのしめなくなる。

 現実には、食べすぎて吐いたピザを掃除している父の姿などを、よつばは記憶する。彼女の性格ならダメージになりそうもないが、私なら、きっとピザを避けて生きるようになる。

 と、書いてみて。
 あれ、でも、私は今夜の家飲み用ホットプレート焼き鳥にも、鶏砂ズリを用意しているのだった。

 そして気づく。
 私は、ラーメン屋に行くことが、ほぼ皆無だ。
 カップラーメンを一回も食べない年がある。

 ほら、だから、それなのだ。
 吐いた。そして怒られた。
 屋台店主の手前、演技半分の叱責だったことは大人になったいま、重々承知できているが、でもだからといって、生まれて初めて食べた自分のための一杯の屋台ラーメンを食べたら吐いて怒られた、その記憶が美化されるわけではない。

 だがしかし、逆噴射のビジュアル的に、麺のインパクトが強かったせいもあったのだろう。おかげさまで、ラーメンを犠牲にして、内臓は守られた。今夜の焼いた内臓は、たのしみだ。息子は潰した内臓を与えられ、手っ取り早く鉄分を補給している。

「吐くほど食べたかっただなんて。おまえはラーメンが大好きなんだなあ」

 そういう、父のひとことがあったなら、大のラーメン好きになっていたかもしれない。けっこう、食の好き嫌いって、そういうものではなかろうか。思想的に野菜しか摂取しない方々と同様、好き嫌いはない私も、思想的にラーメン屋に行かず、家で砂肝を焼く。

 ……そうなのだ。
 ラーメンのせいで、吐いてしまったが。
 連れて行かれた飲み屋で、砂ズリの塩抜きを注文してくれた父は、私に、確かにそう言ったのである。

「塩なしでも止まらんて。おまえは砂ズリが大好きなんだなあ」

 外で飲むことを好まない私が、思想的に塩で焼いただけの砂肝が大好きな根拠は、それくらいしか思い当たらない。

 というようなことを、息子にレバーを食わせながら思い出したわけだが。ときまさに、下の歯が生えてきて、つかまり立ちができるようになって、唇と舌の使いかたもおぼえて、でも言葉は話せなくて。

 ぶっぶぶぶぶぶうう。
 ばばっばばばあああ。

 息子。破裂音、大ブーム。
 食事中も。

 私の頬に、レバーペーストが飛ぶ。
 特注の真っ黒いカーペットに、白い十倍粥と唾液が着地する。
 ほめるというのは、むずかしいものだと知る。

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