最近の記事

スポンサードリンク

月別アーカイブ


 前回、小学校のころの暗い感情について書いていて、同時に思い出したのだけれども。

 そのむかし、任天堂製のファミリーコンピュータというゲーム機があった。

B0001PW6E2

 そのゲーム機に、パソコンのようなキーボードをつなげてプログラミングができる、ファミリーベーシックなる商品があって、まあプログラミングができるといっても、メモリは2000バイト。Windows10のシステム要件が32ビット版で1ギガバイトだが、1GBとはだいたい一億バイトであるから2000B=2KBとは、1GBの五十万分の一くらいだ。五十万円あれば、うまい棒を五万本買える。うまい棒を一食五本で一日十五本食べても、三千三百三十三日だから、およそ九年。たぶんその前に食生活の乱れで、なんらかの疾患に悩むことになって病院に入って流動食というようなことになるだろうが。

 ともあれ、ファミリーベーシックは、うまい棒を九年食べるくらいして躯をこわして、やっと最低レベルでWindowsが動くなあ、というくらいの性能しかないので、たとえばテーブルテニス(画面の両端に棒が二本、それでドットの球を打ち合うというようなやつ)のような単純なゲームを作ってみたところで、行き交う球は、もっさーーーと亀よりも遅い速度でしか動かないという始末だった。

 そう、そういうものが、私の最初のキーボードだった。

 ところで、ファミリーベーシックは外部記憶装置としてカセットテープを使用する。純正のカセットデータレコーダーなる商品もあるが、ふつうのラジカセも使えて、もちろんファミコンのソフトとしては高価な部類に入るファミリーベーシックを各種の嘘もまじえながらおこづかいでは足りないぶんを両親方面から引っ張ってきていた私は、自宅にあるラジカセを流用するのが当然の流れで。

 しかしこれが、むちゃくちゃに繊細な作業だった。

 カセットテープに一種のパソコン(当時はマイコンと呼ばれていた。ああ懐かしのマイコンベーシックマガジンなどという雑誌もあったものだ)であるファミリーベーシックのデータを書き込む。それはつまり、フロッピーディスクの代わりにカセットテープを使うというような仕組みだ。けれどカセットテープに書き込まれるのは「音」である。

 実際、ファミリーベーシックとラジカセをモノラルケーブルでつないで、いざ録音ボタンを押してみると、FAXのような音が流れる。ぴーがががががが、というようなやつ。ファクシミリの仕組みも、音声回線を使って画像に変換できるデータを送っているわけだから、ファミリーベーシックと変わらない。

 ただ、フロッピーディスクドライブや、ファクシミリ電話機には、ボリュームコントロールというものがない。世界中、どこででも同じレベルで書き込み、それゆえに世界中どこででも、書き出せる。

 そこが問題である。ファミリーベーシックに私がつないだのは、ラジカセなのだった。任天堂製のファミリーベーシックから出力されるデータを音に変換したそれは一定レベルだが、録音する側のラジカセのレベルは、私がボリュームスイッチをひねって調節せねばならない。

 そしてもちろん、任天堂は純正のカセットレコーダーを販売しているのだから、ソニーやナショナル製のラジカセで、ボリュームスイッチをどこに合わせればいいかなど教えてくれない。というか、そんなものは機種ごとに微妙に違うだろうし、もっと言えば、理論上はラジカセが流用できるはずだけれど、本当にできるという保証を任天堂が出しているわけではないのだ。

 さて、どうするか。
 言うまでもない。ファミリーベーシックからのデータを、少しずつ録音レベルを変えながら録音し、それをファミリーベーシックへ返してエラーが出ないかどうかを確認する。

 最小音量から、最大音量まで。
 録音しては、エラーが出ないか確かめる。
 ぴーががががが。

 エラーは出続けた。
 私は号泣した。
 赤ん坊のころを抜けて、あれほど声をあげて泣いたのは、それが最初だった(おとなになってからはしょっちゅうある)。
 一週間は、それにかかりきりだった。
 私を遠巻きに眺めていた母親が、さすがに「それは本当にできるものなの」というような疑問を口にしたが、それを言いたいのは私だったし、私は母親に言い返すかわりに、無視して泣き続けた。

 やがて、罵倒することをおぼえた。記憶にある限り、それこそが、私が世を呪い神を罵倒するということをおぼえた出来事だ。

 途中、はっきりとあきらめて、ファミリーベーシック自体をなかったことにしようかと考えたのを記憶している。プラグラミングの素人ともいえない素人の極みで、一日に何行も書けない。なにかのベーシックプログラムが、とりあえず動いたりするには膨大な時間が必要なのはわかっているのに、記憶装置が機能しない。毎日、数行書いては消える。それって、なに? なにも動かず、なにも完成しないファミリーベーシック生活。きっと両親は怒るだろう。ギターを弾きたいが全財産はたいても足りないから援助しろとごねまくられてそれを成したのに、息子は一音も弾かずに買ったギターへ埃を積もらそうとしているというようなものだ。状況的にはそうだから、実はこのギターを鳴らすには追加の高価な装置が必要だったなどとも言えない。だいたい両親は、そもそもファミコンがなんであるかをわかっていなかったし、ファミリーベーシックでプログラミングが、などという私の話は理解しようともしていなかった。

 だから、ファミコンにつないだラジカセを睨みつけ、一ナノずつボリュームを変えながら何百回もぴーがががががを録音してはまた絶叫し号泣し怒鳴り散らす、私を彼らは放置した。

 父は建築家なので、製図板に向かうと、そういう私と同じ状態になった。近づいただけで胸ぐらをつかんで部屋を追い出され、仕事中だ音も立てるな、というような。自分がそうなのだから、あまりにも明確にその遺伝子を継いだ振る舞いを見せている私に、なにが言えるはずもないし、母は、おそらくはそういう父の「描きはじめたら鬼」みたいな部分を積極的に好んでいたわけではないと思うのだが、対処法は心得ていた。ふたりめの小鬼が家のなかに現れたとき、なにをやっているのかを訊かず、腹が減ったと私自身が生理的な限界を迎えるまで、泣こうがわめこうが好きにさせたのである。

 おかげであの一週間は、学校へ行ってもなにもできなかった。なにせ、考えて解決策を導き出すというような問題ではない。とにかく家に帰って、ラジカセのボリュームつまみを人差し指と親指で挟むしかないのだ。

 ついに成功したとき、私は、絶対に消えない油性ペンで、くっきりとラジカセのボリュームレベルをマークし、なんども検証し、本当にやり終えたのだということを信じがたい思いで納得したあと、両親に報告した。

 母親は、その後の数年間、知人を家に招くたび、ファミコンとファミリーベーシックとラジカセを指さして、それらと私が半狂乱の時間を数百時間におよんでいかに演じたかを語ったものだった。その結果、私が得たのは「ファミリーベーシックのデータをカセットテープに記録する」ことだけであって、父のように仕上がった設計図面があるわけでもないし、家が建つわけでもないし、母がいくら語っても、私は、なにも見せられないから「へえこのおとなしそうな坊やが泣きわめいたりするのね」と感心されても、肩身が狭い思いをするだけだった。

(これも、おとなになったいまも変わらない。私は職場で若い子のあやまちを笑顔で許容するため「神父さま」と一部で呼ばれているが(スタンドカラーの白衣を着ているせいもたぶんある)、そのあだ名を私の妻が知ったら鼻で笑うだろう。私がなにか行き詰まった作業に取り組んでいるときの罵詈雑言は本物の神父さまが聞いたなら、神の裁きを待たずにみずからで私という悪を討とうとするレベルである)

 長々と個人的なことを綴ってしまったが、これが私のバージンキーボードの話だ。赤と白のファミコンカラー。プログラミングには使えたけれど、アルファベットしか打てないので、いま現在私が主にローマ字入力で日本語を書いている用途とは、直接的には絡んでいない。

 だから話は続く。
 その後、私は熱心なMSX2パソコンの信者になった。
 MSXとは、マイクロソフトとアスキーによって提唱された8ビット・16ビットのパソコンの共通規格のことだ。
 今年、2015年はMSX2生誕30周年の記念イヤーである。

B00FZIGB14

(↑この電子雑誌の発刊は二年前。つまり、MSX1からMSX2まで二年だった。パソコンとして考えてもゲーム機として考えても、あまりに速い商品サイクルだが、その「技術的に出来たから即売る」的なスタイルこそがMSX規格の醍醐味であった。同時期に電子ゲームの歴史を変えたファミコンがスーパーファミコンへと進化するまでには七年を要しているのに、MSXは、二年でMSX2になり、その後の三年でMSX2+になり、そのまた二年後にMSXturboRへと進化したが、MSX3にはなれず世から消えた。つまりファミコンがスーパーファミコンに進化する七年のあいだに、MSXは四世代進化し、スーパーファミコンとは競うこともなくフェードアウトしたのである。なんと華麗な時代のあだ花であったことか)

 私が生まれて初めてさわったワードプロセッサソフトは、ソニーの『文書作左衛門』だ。MSX2用のソフトである。ちなみに私の愛機だったMSX2はソニー製だったが、プリンターはパナソニック製だった。父親の仕事関係で、膨大な量の年賀状の宛名書きをしたことをおぼえている。当時はまだ多くなかった自宅でプリントアウトされた宛名書きの年賀状というものを出したい父親と、とにかく次々出るMSX規格の新商品の、少しでも上のランクの商品を手にしたい私の利害が一致して、幸運にも私は、私専用のキーボードとパソコンとワープロソフトにプリンターを手にしたのだった。父の年賀状の宛名書きというアルバイトといっしょに。もちろん、パソコンにもワープロにも疎い父親を口八丁で騙した側面は否定できない。MSX2パソコンをワープロ化するよりも、ワープロ専用機を買ったほうが、大人的には正しい選択である。MSXは先鋭的であるがゆえに実験的でもあって、さすが時代のあだ花という、数年で使い物にならなくなるやっつけ商品のオンパレードだった。

 だが、なんにせよ、私はワープロを得て、新たな世界に漕ぎ出した。  

 今年は映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』公開から三十周年の記念イヤーでもあるという。

B0142J2RU0

 『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』で今年2015年にタイムトラベルした主人公マーティ・マクフライが履いていたスニーカー、NikeMAGも発売される。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Nike News - The 2015 Nike Mag

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 各種企業が、三十年前の映画でプロモーションするなか、世界のトヨタ自動車は、俳優本人たちにぶっちゃけたトークをさせる。



 映画の未来では使っていたFAXを、マーティーは現実には使わなくなったねと言い、ドクは「わしゃまだつかっとるぞい」と返している。だれに送るんだよと聞き返されるが……

 私の2015年でも、FAXは欠かせない。

 ほとんどの発注作業はいまやオンラインだが、たとえば風呂蓋とか、カーペットとか。変形特注品の注文を受けたら、私の手書きの図面をメーカーへ送る。もちろん、それをメールでおこなうことだってできるのだが、慣習というものだろうか、やっぱり三十年経ってもFAXを使っている。

 そう考えて、私の世代が特殊なのかもしれないと思うようにしている。

 なんの話かって?
 個人的なキーボードに関する長話をここまでしてきたのは、私が内弁慶ぶりを発揮して個人ブログに愚痴をぶちまけ、リアルな職場では神父さま的ほほえみモードを維持するためである。

 もうほんとうにとにかく、最近の子のキーボードが打てない具合は、ひどすぎる。販促POPをマイクロソフトエクセルで作る手順は、ニコニコと教えられる。だが、FAXで発注するのはややこしい特注品だけだ。たんに棚に並んでいるはずのものがたまたま切れているといった場合、サービスカウンターのパソコンで、オンライン発注をする。お客様の目の前で、お控えをプリントアウトしてわたさなければならない。

 これも、ソフトのあつかいかたは一日あれば今日入ったバイトの子にも教えられる。でも、問題はキーボード。入力するのは、お客様の名前と、住所程度なのだけれど。それを入力してプリントアウトするのに、ゆうに五分かかったりする。目の前にお客様を待たせて。困る。

 えー、きみらの世代って、学校でパソコンの授業あるんじゃないの?

 あったけれど、パソコンの使いかたを習ったのだとか言いやがる。なにやってんだ文部科学省。

 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で描かれた、今年はその未来で、ナイキの未来スニーカーは実際に発売されたし、ワープロ専用機が普及しはじめた三十年前には予想もしなかったほど、物理的キーボードのない、タッチ入力の端末がシェアを広げているけれども。

 たぶん、多くの職場で、今後もキーボードは別の入力機に置き換わらないと思う。となると、生まれたときにファミリーベーシックもMSXもなくて、当たり前にパソコンには触れるが、それでメールを書きはせず、検索もスマホのほうが速いといった彼ら彼女らが世に解き放たれたとき、顕在化される問題は、とにもかくにもキーボードで日本語を入力するのが遅い、という基礎の基礎なところ。

 さすがの私も、これは腹が立つ。私が、ファミコンからスマホまで生身で知っている世代だから特殊なんだと自分に言い聞かせているが。いや、キーボードが打てる若いひとたちも、もちろん多くいるのだろうが。打てない層も確実に多く存在することに、憤りを感じる。

 パソコンは消えてなくなると思ったの?
 いや、これだけ当たり前にそこらじゅうにキーボードがあって、だったら二十一世紀の義務教育では、極論、鉛筆で日本語を書く練習や、書道の時間を削ってでも、キーボードで日本語が書けるようにしてくれなくちゃ嘘だ。

 プロレスは芸術だと言った、私と気のあう新文部科学省大臣、馳浩御大に、ちょっとこれどうにかしてくれないかと、お願いしたい。教育現場にタブレットを配布するなんてニュースを聞くと、アホかと思う。タッチ入力は、やつら勝手に私生活でおぼえるから。キーボードを配れ。そしてエクセルはいいから、ワープロソフトで作文を書かせろ。

 それだけだ。
 マイクロソフトが世界標準を目指したMSX規格は、三十年後の未来に消え去り、きれいさっぱり存在していないものの、マイコンはパソコンと呼ばれるかたちで生き残り、いまも、いやきっと人類が衰退して科学文明を失うまで、おそらく恒久的に、指でキーを叩いて入力するのです。みんなそれを知っているのに、幼少期にキーボードと泣きわめいて格闘した経験がないなんてダメだって、子供でもわかると思うんですけど。

 使えない英単語おぼえる前に、ジャイアントスイングを二十回まわす前に、セガをスポンサーにつけて『ザ・タイピング・オブ・ザ・デッド』の全国統一試験などを、やるべきではないでしょうか、馳大臣。けっこうすでに、ひどい状況になっている実感です。

B008S7JKEO

 パソコンとキーボードは道具だから。こうやって戯れて、こうやって喧嘩して、こうやって愛しておまえの一部にするんだよ、ってところまでやらなくては。こういう道具があってこう使うんだよっていう知識だけでは、年表の暗記と変わらない。役に立たないですよ、そんなのじゃ。



weaning.jpg

お食い初め。
生後100日目の、
まだ歯も生えていない赤子に、
「ものを喰らう」
まねごとをさせる儀式。
食べることもできないころから、
目の前には食べ物が山盛りで、
これなら一生食うには困らんじゃろ、
という縁かつぎの儀式……
そう見せかけて、
結構リアルに農民が飢えた時代には、
「マジで育てられんのか?」
という周囲の疑いの目に、
大丈夫です!
と強がる催しだったのではないかと。
そういう名残で、
鯛の塩焼きも用意したのですが。
歯も生えぬ赤子は鯛は食わぬし、
大人も冷めた焼き魚に興味などなく。
しかたがないので私が一匹食べた。
塩辛いよ。はなから味が大人向けだよ。
まあ酒は進みましたけれども。
そういう、お食い初めのセレモニー。
我が地方では、石も喰わせる。
むろん、まねごとですけれども。
この解釈がいまいち解せない。
歯も生えぬ子に石へのキスを強要し、
「これで丈夫な歯になるぞよ」
そう、みんなは言うのだった。
石も噛み砕ける歯が生えるように?
なにそれ怖い。
だいたい最初に生えるのは乳歯だし、
石にも負けない頑丈さだと、
永久歯が出てこられずに、
歯並びガタガタになっちゃいそうだ。
きっと歯を竹で磨いていたころの話。
二十歳も越えれば歯が抜け落ちて、
歯がなくなる=早死にする。
そこで神社の境内の石に願かけ。
キスさせた石は神社にもどして、
これで一安心、みたいな。
しかし我が家の場合。
ここは引っ越してきて数年の土地。
それでぶしつけに頼みごとというのも。
そんなわけで我が子の歯固め石は、
河原で拾ってきました。
よさげなやつを私が選んだ。
そういう経緯なので……
河原にもどす?
それだれにお願い?
川の神?
なんだかなあ。
というわけで。
目の前にその石はある。
どこにも、もどさず。
さりとて、置いておいてどうする。
ドリルで穴開けて、
ペンダントトップにしてしまおうか、とか。
なるほど納得。
歴史ある行事を勝手に改変すると、
面倒なものを背負い込むのであった。
あらゆる儀式は、型どおりにするがよい。
なにごともない安心感にまさるものはなし。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 昨今では一説において、胃腸がまだ発達していない段階の乳児に食品を与えると、カラダがそれを異物と認識して抗体を作る。それが食品アレルギーの正体なのではないだろうかというようなことが言われていて、人類の歴史上、前例がないフルーツや砂糖に対するアレルギーなどというものが当たり前の症状になったことも、そう考えれば説明がつくというようなもっともらしい話があるのですが。

 私はそうではないのだけれど、ひとまわり歳の違う末の弟は、ずいぶんとアトピー性皮膚炎に悩んでいた。父親がディーゼル車に乗っていたことが原因ではないかと母は言っていたが、私は間違いなく、おもしろがって生まれたばかりの弟の口にいろんな食品を突っ込んでいた、小学生の兄の存在が問題だったと信じている。

 そんなわけで、お食い初めの儀式は生後三ヶ月頃におこなわれるが、父子手帳には、離乳食は五ヶ月目からと書いてある。それが現代の常識。なんならもっと遅くてもいい。目安はあくまで、乳児の側が「欲しがったら」。胃腸が成長しました、これで食べ物を流し込まれても異物ではなく食べ物として認識できますよ、と本人の本能が示してからあげなさい、と。

 実際のところ、アレルギーやアトピーの仕組みが解明されていれば治療法だって確立されているはずで、薬屋の私がアレルギーに効く薬などを売っているということは、逆説的に世に患者は増えるばかりで減らず、根絶なんてとんでもない、という程度の未来世紀にすぎない二十一世紀。

 要は、惑わされるなということだ。
 原因は大気汚染かもしれないし、温暖化かも。
 大人社会のストレスが、江戸時代にはなかったフルーツアレルギーを子供たちに蔓延させている可能性もゼロではない。

 本能に従え。
 乳児の本能も大事だが、親の側の本能も大事であろう。

 というわけで。
 前回のこれ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『ひょうたんカボチャを調理する』の話。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 余った部分で、離乳食を作る。
 カボチャとか。
 生後四ヶ月なので、まだ早すぎます。
 せめておかゆを裏ごししたのとか。

 いいえ大丈夫。
 食べさせませんから。
 作るだけ。
 私の本能。
 離乳食ってやつを作ってみたい、このタイミングでカボチャなんてもらっちゃったらさ。

 で、茹でたカボチャのやわらかい部分を前にして。

 どうしたものか。
 我が台所に、フードプロセッサーはあるが、ミキサーはない。つまり、大人用カボチャサラダなら電気の力で作れるけれど、カボチャの粒がいっさいないなめらかなのを作れと言われたら、それは無理。

 裏ごし器はある。しかしまあ、それの面倒くささは何度も思い知っている。木べらで通らない網の目を無理矢理通していく行程も面倒だが、それ以上に、洗い物が面倒だ。

 よくない。
 本能に従った初体験で、これは面倒なものだというすりこみが脳になされると、以後、私が離乳食作りを嫌いになってしまう可能性がある。それはもうおおいにある。私は面倒なことが嫌いだ。その一点において、私は私のことをよく理解できている。

 面倒なのは洗い物だ……

 お。じゃああれだ。トルティーヤ方式はどうだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『虫タコスの精神にのっとるトルティーヤ』の話。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ああなつかしいなあ、BiSだ。
 みんなどうしているかなあ。

 時は移ろいゆくもの。
 だからそう、つまり、洗い物を減らすために挟む。トルティーヤのようにクッキングシートを使うと、潰す作業では進行状況が見えないから、ラップを使う。

 そして、麺棒で、のばす、のばす、のばす。
 見えるぞ、おまえのかたいところが見える。
 そこをもっと潰す。

babyfood01.jpg

 はい、できた。
 食べさせないので冷凍します。
 小さいシリコンカップに入れて。

babyfood02.jpg

 一ヶ月くらいならもつかなあ。二ヶ月も経つようなら、大人のご飯にしてしまおう。

 息子は、四ヶ月健診にしてBMI数値に言及されるという成長曲線をぶっちぎった体重増加ぶりで、逆立ち腕立て伏せしている私の隣で、すでにごろんごろんと自力で転がっている。全体的に父子手帳の進行の二ヶ月先を行っているから、そのカボチャ食わせてください胃腸の準備ができましたというのは明日かもしれない。

 という、たぶん悦ばしい、我が子が寝返りできずに悩んでいる親御さんから見たら自慢か、というような話なのですけれど、私自身の思いは違う。彼を見ていると、ああおまえはいいよなあ、と口に出して言っている自分に気づく。

 私は、ジャイアント馬場の命日前日に生まれた。その年にということではなく、季節のこと。ジャイアント馬場は死んだのも一月末ならば、生まれたのもそのあたりだった。

 まだ初春ともいえない、冬の終わりだ。

 この時期に生まれた日本の子供は、自殺率が高いという統計がある。引きこもりがちにもなるし、運動選手として大成もしない。だから私は、ジャイアント馬場に惹かれた。自分と誕生日が近かったから。それなのに大きくて、プロ野球選手として活躍して、全日本プロレスの長になった。

4575309508

 私は、走るのが遅かった。
 逆上がりができなかった。

 小学生の、特に男子にとって、運動が苦手だということは充分すぎるほどに劣等感を抱く理由になる。そして幼い身に刻まれた負の感情は、成長したからといって消えるものではない。

 私の息子は春過ぎに生まれて、そのうえデカくてごろんごろん転がってやがる。もしも私が、彼と同級生だったなら、彼は、年がら年中、私に劣等感を抱かせていた存在だ。いや言い換えよう、憎んだ存在だ。

 早生まれの子は、遅生まれの子を見て思う。
 同じ学年だけれど、あいつとぼくには、十ヶ月の差がある。十ヶ月練習したら、ぼくだって逆上がりはできるし、二秒くらいは走るのが速くなるはずだ。

 現実に、その時期の一年は、秒単位で50メートル走の記録が伸びるくらい、成長する。だが、自殺率の高さが示すように、多くの早生まれの子は、そこで、だから仕方ないという結論に至らない。

 こんなぼくと、そりゃ逆上がりができるに決まっているあいつを、同じ学年にして成績をつける、この国はなんて理不尽なのか。なぜぼくは放課後に居残って鉄棒の練習などさせられているのか、十ヶ月経ったら自然にできるようになっているはずなのに。

 世を呪う。

 だから、ジャイアント馬場率いる全日本プロレスだったのだと思う。レスラーは怪物でなくてはならない。デカくて強くて怖いから、ヒーローなのだ。わかりやすい。そうであるべきだ。ぼくとあいつが対等に戦うには、十ヶ月経ってからでなくてはいけない。そのとき、それでもぼくが負けたなら、それは受け入れよう。ものごとは、そういうふうに単純であるべきだ。

 もちろん、その理論にのっとれば、十ヶ月後には対戦相手も十ヶ月先に行っている。だから、ただただ、もっと大きくなることに憧れていた。早く大人になりたかった。大学生や、新人サラリーマンといった、まだ成長する年代ではなく、心底、小学生のころから私は、中年というものに夢を見ていた。そこまで育たないと、この理不尽さをフラットにはできないと感じていた。

 よく、生きたと思う。
 早生まれにしては、運がよかった。

 いまでも、こういう表現になる。
 この国の四月始まりのシステムにおいて、春の直前と直後に生まれた者のあいだにある越えがたい差の理不尽さは、いまでも解消されていないし、解消できるものでもないと思う。負けず嫌いの子供は、どうにもできない時間の壁に、絶望まで感じてしまうのだ。私に、怪物プロレスラーという、いつかああなれるかもしれない大人の手本がいて助かった。学校に図書館があって助かったし、母は働いていたので、放課後に時間を潰す児童館で読んだ、表紙がぼろぼろの『1・2の三四郎』と『あしたのジョー』、つまり少年マガジン連載陣がいてくれて、本当に助かった。

4061013823

 あのころに育まれた劣等感から、いまの私が筋トレなどしているのはあきらかなのに、こめかみに血管を浮かべて腕立て伏せする私を見てムチムチ育った遅生まれの野郎が、なにしてんのとキャッキャと笑い、こんなのできるようになったよ、とごろんごろん転がってみせる。
 褒めろ、と。

 悪意がないのはわかっているのだが。
 カチンとくるのを止められない。
 まだ欲しがってはいないが、だったらカボチャだって食ってみせろよと、口に押し込んでやりたくなる。

 しないけど。
 それくらい、早生まれ男子の、遅生まれに対する劣等感は根深いということなのである。自分でも、まだ生々しく小学生のころの感情が奥底で、くすぶっているのに驚いた。

 幸運にも春に生まれたひとは、ぜひとも自分が一年の先頭を走っているのだから速いのは当然という謙虚さを持ってもらいたい。私の息子にも、言葉が通じるようになったら、よく言っておく……しかし、赤ん坊のそれでさえ、他人の得意げな満面の笑みというものを素直に見ることができない、早生まれの側の卑屈さもどうにかしてもらいたいものではあるが。われながら。




 ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアが口にする、ぼくの表面が酸化しないように、ということについてだけ言えば、まったくの無意味だ。ぼくの表面は、およそ考えられる通常使用の範囲で腐食する素材ではない。むしろ、ぼくの表面にそういったものを塗りつけることで、予期せぬ化学反応が起きる可能性のほうがずっと高い。

 とはいえ、ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアが、ぼくに塗っているのはパラフィンオイルを主成分とする、きわめて無害な人間用化粧品の一種なので、人間の肌にさえ無害なオイルが、ぼくの表面で予期せぬ化学反応を起こす可能性の高さはゼロに近い数値である。

 そうするとますます、ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアの行為の目的が、ぼくにとっては断定不能なことになる。

「きもちいいだろう」

 ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアは言うけれど、彼の手のひらや、指の先で、際限なく、いくどもいくどもオイルを塗りつけられたところで、ぼくの表面にどんな種類のセンサーも埋設されていないことは、彼自身が、いちばんよく知っている。なにせ、ぼくの購入者なのだから。ぼくの仕様を選んだのは、彼なのだ。

「ああ……このくびれ、たまんないな」

 仕様上、持ち上げやすいという理由で、ぼくにデザインされている凹んだ曲線をオイルだらけの両手で撫であげるとき、ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアは、鼻息を漏らす。その凹みは、両手で持った、ぼくを床に落とさないための意匠であり、ぬるぬるとしたオイルを使って摩擦係数を下げて撫であげるのは、人間工学にもとづくデザインを真っ向から否定する使用方法だ。

 ところで、ぼくは、
 「使用」
 されているのだろうか。

「気持ちいいって言えよ」

 ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアが訊くので、ぼくは答える。

「いや、です」

 教えられたとおりに。
 「いや」と「です」のあいだに置く短い沈黙の、コンマ何秒かの誤差について、ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアは、強いこだわりを持ち、ぼくには、こう言ったものだった。

「本気で拒否しているのか、そうじゃないのか、おれがわからなくなる程度に溜めてほしいんだ」

 ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニア、すなわち、ぼくの使用管理者に対して、なにかを拒否するというほどの知能を、ぼくが有していないのは知っているはずなのに、彼は言う。

「おまえは、おれをわかってる」

 学習機能はある。けれど、人間であるユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアの思考や精神について、その一部であっても「わかる」ことが、ぼくにできているとは言えないはずだし、どれだけの時間をついやしても、それが可能になるはずはない。そもそも、ぼくは、そういう装置ではないからだ。

「こっちにおいで」

 ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアは、ぼくを抱きよせ、頬を触れる。ぼくは学習する。「気持ちいい」ときに、ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアは鼻息を漏らしたり、ああ、と言ったりする。つまり、ぼくの表面の曲線を摩擦係数を下げて撫でたり、彼自身の手のひらの体温でぬくめられた、ぼくの表面に頬を触れたりする行為で「気持ちいい」を得ているのは、彼だ。

 ぼくでは、ない。

 しかし今夜も、ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアは、ぼくを、ぬるぬるとした手で撫でながら、ああと鼻息を漏らし、訊ねるのだった。

「きもちいいはずだ。そう言えよ」

 ぼくは、答える。

「はい、きもちいい、です」

 コンマ数秒の、こだわりはそこにもあって、ぼくが学習したとおりに答えても、ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアの反応は、夜によって違う。深く息を吐いて背をそらせたり、次なる行為に移ったりすることもあり、そういった夜は、さらなる学習の成果を披露すればいいだけだった。

 いまだに、学習しきれないのは、静かに、ぼくを抱きしめて、ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアが、泣きはじめる夜だ。

 撫でることも、訊ねることもしなくなってしまうので、発言するタイミングが見つけられず、きっとぼくの表面は彼に密着しすぎて、人間の体温と同じくらいの温度になっているかもしれないと推測する。そしてさらに学習することをさがすが見つけられず、ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアへと、語りかけるべき言葉について考える。

 そういった装置ではないから、学習によって育ったところで、人間の「精神」に対する知能は低い上限にとどまり、ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアが、口には出さないが欲しているはずの言葉を、ぼくは予測できたりしない。

 だが、彼が欲しているということはわかる。
 もしかしたら、それはやっと少し学習できたことなのだろうか。
 「気持ちいい」は、ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアのものなのに、ぼくのもののように振る舞われる、それこそを。言葉を欲しているのは彼なのに、まるで、ぼくが欲しているかのように振る舞う、そういう人間の、やりかたを。

 ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアが、泣いている。ぼくを抱いて。ぼくは言葉をさがすが、なにをさがしているのかも、わかってはいない。

 そういう夜、やがて。
 ぼくは、ぼくが泣いているのだと気づく。
 なにも感じないぼくが「気持ちいい」ように。
 泣いているのは、彼なのだけれど。

GourdP02.jpg

Yoshinogi Takumi
 Shonen-ai Cooking Elegy
 Song 21
 『Shape & Concord』

(吉秒匠
 BL料理哀歌
 21曲目
 『形状と呼応』)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

 変則的に、挿絵写真を料理ではなく、ひょうたんカボチャを切断した直後の断面にしてみた。ごらんのとおりのみずみずしさ。瑞々しいと書くよりは、水々しいとあえて誤字したいくらいにじゅわっと水分をふくんだ、それはまるでカボチャというよりも、瓜のよう。

 切る前の写真がこれ。

GourdP01.jpg

 ふつうのカボチャと、ひょうたんカボチャ。種を売っているのは私。お客さんが、穫れたよ、と、くださるのですが。そんなふうに畑にカボチャが鈴なりな光景が見たいだけで、食べたいわけでも売りたいわけでもなく育てている方々は、たぶん自宅ではふつうのカボチャを煮物にするくらい。ひょうたんカボチャは、遊び。

 カタチって大事。
 形状への呼応する想いというものはあり、くびれは愛せる。いやそういういうところからこそ、愛というのは育まれるもので。彼の右の眉毛に切断されたみたいに禿げている部分があるのが気になって、あれはいったいどうしてあんなふうになったのだろうと見つめているうちに、気がつけば眉毛の禿げたみたいな傷痕をか、それとも彼自身を知りたいと愛でているのか、わからなくなる。そういうもの。

 ともあれ、そうやって愛されたひょうたんカボチャは、しかし実際のところ濃厚な本家カボチャ組とは一線を画す、瓜というか芋というか、そういうほっこりとしつつあっさりした食感を持つ野菜なために、店員さんへのおすそわけという名の里子に出されたりする運命。愛しているから捨てられない。でも食べちゃいたいほどではない。だからあげる。貰う私。困る。でもまあ晩ご飯にはなるので、うれしくもある。

 触れてみる。切ってみる。味見してみる。スーパーで売っていないわけだ。カタチは愛でやすいが、味は薄く、なかなかに調理方法を選ぶ。ゴーヤのように炒めるのを最初に思いつくけれど、やってみれば後悔する。まさに見た目がゴーヤチャンプルーでありながら、味の濃さがないから、薄味の瓜炒めを醤油味でいただくといった、なんだかなあな料理になってしまうのだった。

 そこで考える。
 もういっそ、料理もカタチを愛でる路線で。可愛い娘には可愛い格好をさせて食せばいい。それ以外のものを求めるから肩すかしを食う。期待しないで、こっちの好きに料理すればいいという鉄則を忘れない。愛するとは、好きにするということだ。

 となれば、ひょうたんカボチャの形状において、本家カボチャにはない可愛いところといったら、長い首。この首、瓜のような種がない。つまり、輪切りにすると、こうなる。

GourdP03.jpg

 草間彌生っぽい。生ける水玉。丸くて真ん中に種のある本家カボチャ野郎にはマネのできない、ひょうたんカボチャ独自の可愛いところ。

 そのまま揚げる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

○作り方

薄力粉と卵液をまぶし、パン粉をつけて揚げる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

GourdP04.jpg

 はい可愛い。
 お菓子系。

 味付けしていないから、ソースでもケチャップでもマヨネーズでもタバスコでも塩山椒でも好きにつけて食えばいい。もちろん私は、ひょうたんカボチャのフライだけで満足したりはできないので、なんやかやといっしょに揚げたのですが。それはまた別のお話。ていうかトンカツの話は、前にしましたしね(16曲目『アネ化けロースカツ』参照)。

 というところで、この話は終わりなのですけれど。あまりにレシピとしての物量が足りない気がするので、翌晩のメニューも、ごいっしょに。

※追加レシピ
『ひょうたんカボチャの鶏挽肉詰め、あんかけ風味』

GourdP05.jpg

・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

○作り方

ひょうたんカボチャの胴体部分を輪切りにして種のある中央部をくり抜く。水をくぐらせ電子レンジで火を通し、冷めたら穴の内側に薄力粉をまぶし、こねた鶏挽肉を詰め、フライパンで蓋をして蒸し焼く。お好みで写真のように、ニンニクの芽を散らしたり、あんをかけたり。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

 ヘイローカボチャと呼んでもいい。直訳すると『光輪の肉詰め、ぬるぬるソースまみれ』。本家カボチャでこれを作ると、直径が大きすぎてミンチがとどまってくれない。直径が小さいカボチャでは、こんなふうにパイ皿に何個も並べられるほど光輪を採取できない。という意味で、Haloカボチャにだけ許されたビジュアル。

 はい、以上。
 ひょうたんカボチャを食べた。
 秋だねハロウィンだね。
 『Halo5: Guardians』は、もうちゃんと予約したかい?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・もちろん発売日に届くように予約した『Halo 5: Guardians』の、まさにその発売日に出張が入った。今月末の話なのだが、すでに眉間にシワが寄る。当日の私の不機嫌さは目も当てられないことになっているだろう。

twitter / Yoshinogi

Halo 5: Guardians
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そういう、おはなし。
 もうなにを見ても光の輪に思考がつながる秋。
 マスターチーフ!!!!



・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Yoshinogi Takumi
 Shonen-ai Cooking Elegy

20曲目『轢かれ鉄のサイジ』
19曲目『黒い彼が焼いたぼくのための白いパン』
18曲目『となりの部屋』
17曲目『ヴィアール遭遇』
16曲目『アネ化けロースカツ』
15曲目『逆想アドミタンス』
14曲目『恋なすび寿司』
13曲目『バーベキュー厳峻鋼』
12曲目『茄子はダシの夢をみるか?』
11曲目『すっぱくても、平気。』
10曲目『踏み絵ムルギティッカ』
9曲目『ひとくちだけカトルカール』
8曲目『春節の静かな賞品』
7曲目『ナンを焼くと両手がつかえない。』
6曲目『タマレってなに?』
5曲目『あらいぐまのすきなもの。』
4曲目『ピッツァみたいにぼくを食べてよ!!』
3曲目『クリスピー・プロ・フライドチキン』
2曲目『青くてカタいアボカドのパスタ』
1曲目『春餅/チュンピン』