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 さて。
 ただいま。
 おかえり。
 こんにちは。

 ゴールデンウィーク接客で笑顔を使い果たし、重なりに重なった〆切どもにカタぁつけてきたおかげで、すっかりなにもかもからっぽになったヨシノギ、帰還いたしました。ついでに市役所行って税金払って、バイク屋行って愛車を引き取ってもきたので、すっかり財布もからっぽです。スーパーマーケットでもカード払いな生活なので、一日に実物の万札を何枚も財布から抜き出すのはひさしぶり。ただの紙なのに、同じ金額なのに、なんか重い、現ナマ。

 そういえば、政府の検討会が、本腰を挿入して電子教科書の導入を議論しはじめたとか。そのニュースに対して、お決まりのように各紙の社説は「紙の本に触れる機会がまた減って活字離れが進む」という論調でしたけれども。

 現金と紙の本は、なくならないでしょう。

 私はいまでも充分、自分の書く原稿の推敲さえ各種電子端末でおこなっているような手合いですが、同じリュックに紙の小説は絶えず入っているし、毎週何冊も買う漫画雑誌も紙です。この感覚は、どこまで行っても、統合なんてされない気がする。技術革新で、ぺらっぺらの電子ペーパー的なもので新聞が配信できるようになったとしても、紙のほうが十倍高い、というような価格差にならないならば、私は紙の新聞を読む。

 それってつまり、絵本は紙だから。

 ピーター・ラビットの作者、ビアトリクス・ポターの生涯を描いた映画『ミス・ポター』のなかで、引っ越し先の本棚に、自身の描いたピーターたちの絵を置いて、彼女は言う。

Potter

「ここが新しいおうちよ」

 私、とある師の教えで、様々なポストカードやポスターを自宅の壁に貼りまくっているのですが。

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『魂の自由を!!』の話。

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 引っ越してもまた貼って、もうかれこれ何百年眺めているだろうかというような作品もあるのだが、そのなかには、いまだどんなタイミングでもピンとこないものがある。師は嘘つきだ。名作と呼ばれるもののなかにも、どんなに時間をかけても相容れないものはある。それともそれは、私の側になにかが欠落しているからなのか。気づくべきは、そこなのか。

 ミス・ポターのように、私も、自分で描いた(というかほとんど半立体なのだけれど)作品を、壁に飾っている。これは、正直、かなりの苦行だ。私は彼らに「今日こんなことがあってね」とか「あの上司死ねばいいのに」とか、そんなことは話さない。ミス・ポターは、映画のなかで、自分と同じように自分の描いたピーター・ラビットにこっそり話しかけていた男性とのちに結婚したらしいから、私はダメだ。ぶっちゃけヲタを自認しているものの、抱き枕とかいうようなアイテムもよくわからない。エロマンガを読むと、作者のおっさんを想像してしまうのである。

 最近気づいたが、それこそが私のボーイズラブ好きな理由であるようだ。同じエロならば、作者は女性のほうがいい。私は生粋のノンケだ。だから作者に女性の多いBL作品のほうが、作者におっさんの多い男性向けエロマンガよりも好ましい。そこでおっさんたる私自身がBLを書いてしまっているところにあきらかな破綻があるのだけれど、願わくば私のような女性BL読みが存在していて「BLは男が書いていないとイヤだわ醒めるもの」なんて言ってくれないものかと思ったり思わなかったり。つくづく執筆とはプレイである。

 いったいなにを書いているのか。
 だから、からっぽなのだ。
 書きはじめればなにか書けるかと思ったが、いやまったく本当にからっぽで、先月までどうやってブログを書いていたのかが思い出せない。思い出せないが、こんなことを繰り返しながらもこれまでいつでも書けていたのだから、書けばいいのだ。これこそ年齢を重ねた熟成肉の特権だ。仕事にせよ遊びにせよ恋にせよ。これまでなんとかなったのだから、この先もどうにかなるわ。だからどうにもならないと思いこんで、ふてくされて毛布をかぶって寝るようなことだけはやめよう。

 この話はまたの機会に長々とするつもりだけれど、さっき、バイク屋で、直近でなにか起こったら、次こそ腹くくって下さいねヨシノギさん、と言われた。いま乗っているバイクもついに十年目。前にも書いたが、あちらこちらのゴムパーツに限界が来て、乗り続けるなら新車が買えるというようなラインがどこかで来る。

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『フロントフォークオーバーホール叙情』の話。

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 歳を食うと、機械は死ぬ。人間も死ぬが、いまのところ人間のまるごと全とっかえはできないから、悩む必要はない。人間の場合は、死ぬときには死ぬ。しかし機械は直せるし、私の乗っているバイクはすでに生産中止になっているものの、ぴかぴかの中古車とか、いっそ新しいモデルに乗りかえることはできる。そうなってくると、死にかけている機械に金をかけて愛を注ぐというのは、この地上でこれ以上蒸留しようがないくらいにピカピカの愛だ。

 おっと話がそれた。
 絵本は紙だから。

 幼いころに紙で育ったから、ひとは紙の本を愛し続ける。電子教科書や電子ペーパーの普及で紙の本は死ぬだろうというのは、情愛を知らないひとたちの言い草である。

 ゲーム機XboxOne独占タイトルとして『PSYCHO-PASS サイコパス 選択なき幸福』が発売された。

PSYCHO-PASS 

 アドベンチャーゲームというやつだ。
 電子紙芝居である。

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「個人個人がクリアでも、集団として裁かれる可能性のある社会。そのリスクは理解しているわ」


TVアニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』

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 いままさに、外国の土地にある爆弾の撤去を自衛隊は手伝ってもOKか、という議論で国会は白熱していますが、まあ、多数決を取れば、その爆弾のせいで私たちの国に物資が運べなくて、それでガソリンとか電気とか、そういったものがべらぼうに高くなってしまうのならば「自衛のために」その道に置かれた爆弾を排除しにいくのはアリなんじゃない、という方向でまとまるでしょう。

 その議論をぼおっと聞いていて、やたら耳に入ってくる「自衛隊員に危険がおよばないのか」という話。なにをそんなに皆さん自衛隊ラブなのか。そりゃね、自衛隊員も自国民ですし、危険なのはダメでしょうとも。しかし、だったら自衛隊の装備はなんなんだ、と。戦車持っていて、戦艦持っていて、あれに乗っているあの子たち危険になっちゃうじゃない、って。なんの愛だ。

 やめたらいいのにと思う。

 戦車も、戦艦も。なんか違う気がする。リアルにどこかの大国が攻め入ってきて、うちのあの子たちは、戦えるの? 税収税収とか言って、さっき私が払った自動車税も妙に去年よりも高かったんだが。どうせ攻められたら滅ぶんでしょ。ねえ、だれが税金で何万丁もぜったい使わない機関銃買うことに賛成したの?

 だれかを殺したいなんて、ほとんど全員が思っていない国で、多数決で戦車や戦艦や機関銃が買われて、そのくせ自衛隊員の安全がどうとか言ってる。

 『PSYCHO-PASS サイコパス』をプレイするべきだ。
 TVゲームは一種の絵本として機能している。
  
 うーむ。
 調子が出ているとは言いがたいな。
 話の流れに整合性がない。
 こう、無理に書こうとするからいけないのであろう。

 ゲームといえば、私、電車通勤なのですが。
 老若男女、やたらパズルゲームですね、最近。
 私も幼き日にハマった『コラムス』なくしてゲーマーにはなっていないと思うのですが。



 スマホの類でパズルゲームはしない。なぜ電車でパズル。アドベンチャーゲームすればいいのに。サウンドノベルとかプレイしてみればいいのに。



 『428』は名作ですよ。『かまいたちの夜』をプレイしたことは? まさしく電子絵本。けれど、これで紙の本がなくなるわけはなく、あくまでゲーム。

 子供向けの、電子絵本というものは、増えていくでしょう。
 だからって、紙の絵本への愛情が消え失せるわけがない。
 インターネットの普及がなければ、文盲人口は、もしかしたら貧困家庭での教育格差が叫ばれる日本では増えていたかもしれない。でもむしろいまや、アホっぽい子こそが高速で日本語を綴る。

 映画『愛を読むひと』で、どうしてヒロインが紙の本に自身を殺させたのか、考えこんだのを思い出す。

Reader

 彼女は文盲だったが、彼との出逢いで本を読めるようになった。世界は変わった。変わったからこそ、最後にその世界を終えるのも、本で。

 そういうことかなあ、と解釈したが、なにか釈然としなくて、歌謡曲の歌詞によくあるけれど、あなたが私にあれを教えてくれたとか。最近だと坂本真綾さんの『色彩』が強烈に「あなたが私に色彩をくれた」みたいなことを歌いあげていらっしゃるが。

shikisai

 神が私をお作りたもうたのだとしても、私は神に殺されたくない。

 なんだろう。
 抵当轍美。
 低糖姪鼻。
 手痛う鉄媚。
 ん?
 あ、てっとうてつび、か。
 生まれてこのかた、ていとうてつび、と読んでいた。

 徹頭徹尾、徒然でした。
 からっぽすぎるので、なにかで埋めてくる。


SwanLakeA

真冬に手がかじかんで、
クラッチ操作できなくなる限界点。
真夏にアスファルトからの熱反射で、
目まいを起こす寸前。
自宅から、ちょうどそれくらいの距離に湖がある。
どうも筆がのらない。
ひとっ走りしてくるか。
そういう短距離ツーリングの私的定番目的地。
私は単焦点のカメラでこういう写真を撮るけれど、
湖のまわりには超望遠の一眼をかまえて、
鳥たちが羽ばたく瞬間をアップで狙う写真家が大勢。
望遠機能さえない小さなカメラで撮っていると恥ずかしい。
湖の周囲は遊歩道と公園。
ところで、一方的に私が敬愛している物書きのかたが、
ご自身のブログでよく猫の写真をアップされている。
この湖のまわりで撮っているらしい。
そのひととは、なんだか妙な関係性。
物書きとは関係のない私の上司の友人で、
その上司は私が物書くものだと知っているから、
友人の話として、

「むかし大きな賞を獲ったがいまは書くのをやめていてさ。
小説賞の下読みなんかもやったりしていて、
書くことから離れられないがゆえに苦悩してんだよな。
その点、ヨシノギくんは割り切って金のために働いて偉い」

と嫌味まじりに飲みながら言われたりして。
あちらにもなんだか、

「おれの部下で物書いているやつがいてね」

というかたちで私のことは伝わっているらしく。
私は文学志向ではないし、苦悩もしていないし、
ひとくくりにしたらあちらに悪いと思うのですが。
なんにせよ、そういうことで。
白鳥の湖にバイクを走らせては、
逢えるかも、と、どきどきはする。
しかし、逢わないものなのです、これが。
そのひとにも、そのひとが撮る、猫にも。
何匹もいて、数匹がじゃれあっている写真もある。
そのひとのブログだと、あの湖に行けば猫に逢う、
そういうくらいの頻度なのですが。
私は出逢わず。
今日も、湖に確実に泳ぐ鳥たちを撮って、帰る。
ああ今日も逢えなかったなあ、と呟きつ。
いまは書けなくなってしまったそのひとに想いをはせて。
私は書けるのだから書こうという気になる。
お逢いしたことはないし、言葉を交わしたこともない。
けれど、つまり、そのひとは。
私の師のひとり。
逢えないけれど、困ったときには、走って逢いにゆく。

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 そのひとが若かりし日に書いた受賞後第二作が、仕事も恋もうまくいかないバイク乗りが北海道ツーリングに行くための資金を溜めるために下町の工場でバイトを始めるものの当初の思惑とは違いそこでの生活に生きがいを見つけてしまう、という話で。

 主人公は二十三歳。

 そのひとが受賞した賞の審査員に北方健三氏が名を連ねるところを見ても、そのひとが受賞作で評価されたのは大阪の下町を舞台にしたハードボイルドと表現してもいい滑稽で愚直な人々の生き様に対する描写力であったのだが、二冊目、三冊目を読んでみると、そのひとの本質はむしろ「軽さ」にあるのではないかと思えてくる。

 下町で生きてみなよ。
 特に大阪の下町なんかは。
 そこに人生があるよ。

 バイクで北海道になんていかなくても近所でそれは見つかるさ。意外に思うかもしれないが、町工場の単純作業で時給を得るとか、そういう仕事のなかにだったり。まわりの人々とのかかわりのなかにだったり。

 そのひとは、心底そう感じている。
 だから、熱い。
 だから、胸を打つ。

 けれど、と、いうことは、だ。

 そのひとの哲学に沿えば、現実に大阪の下町に暮らしていて、町工場でバイトもして、書いた小説が大きな賞を獲りはしたのだけれど、そのひとの人生にしてみれば。

 書くことなんて、必要ないのではないか。

 私の上司たる、そのひとの友人の口から出たのは「書けなくなった」ということだったけれど。必要ないから「書かなくなった」のならば、ニュアンスが違う。

 少なくとも、そのひとが書いた小説のなかの二十三歳に置き換えてみれば、そのひとの書いた小説なるものは、北海道ツーリングである。小説は、旅費を溜めなくても書けるので書いてしまったら賞を獲ってしまって、そのせいでそのひとは、近所の工場でバイトするよりもずっと面倒で稼ぎも悪い小説賞の下読みなどを選んで働くようになり、その仕事場ではこころざしを同じくするケンカっぱやい同僚などもいなくて、ついには熱を失って、書くのをやめた。

 そんなように、私には見える。
 言いかえれば、書くことにこだわる自分に、飽きた、というような。

 ある程度、書けるひとの書いたものを読めば、そのひとの多くがわかる。だから、私は、そのひとの直接の言葉のなかからそれを感じたわけではないけれど、それほど見当違いの感傷を抱いているわけではないと思う。

 いまもそのひとのブログを読んでいる。

 旅して、音楽を愛し、写真を撮る、そのひとは満ち足りていて、新作を書く気配はない。

 その湖は、保護区になっている。

SwanLakeB

 渡り鳥を守るためにそういう指定をされているのだが、結果、渡り鳥以上に、カラスと昆虫、野良猫と散歩する人間たちの保護区になっている。猫を撮るしあわせな元小説家の保護区でもある。

 そのひとは、私よりもだいぶんと年上だけれど、間違いなく、書いた小説の量でいえば、私の圧勝だ。

 そういうことを、湖に見る。

 なぜ書くのだろうか、と。
 そんなときくらいにしか、考えない。

 若くして、小説を書いた何作目かで、大きな賞を獲ってしまったら、私は書くことをやめてしまっていただろうか。獲れていないから書き続けているのか? そうではない。書かない自分が想像できない。そのひとがいるかもしれない公園に、そのひとが撮る猫を同じように撮れたらいいなと夢想しながらバイクを走らせるけれど、それだって気分転換して、また帰って書き進めるためだ。

 どうやったら、書けなくなるのかということがわからない。
 そのひとも、たぶん、書けるのだろう。バイクの運転や、水泳の息継ぎのように、何十年のブランクがあっても、やってみればできる。小説を書くというのも、そういうものだ。

 書けばいいのに、と思う。

 そのひとも、私と同じように、しんどくて一見退屈な日々の仕事のなかに人生があって、北海道ツーリングとか、小説を書くとか、そんなことで見つかる自分はないという思想を持っている。

 そのひとと、小説のことでケンカしたいけれど。
 逢ったことはないし。
 そのひとはもう書いていないし。

 なぜなのだろうと考える。
 湖。

 考えさせる、そのひとは、やっぱり私の師のひとりで、そのひとが小説を書いたことで、私を変えている。そのひとのようになりたいとか、なりたくないとか、思えない。

 書くことはやめられる。

 それだけを思う。
 書こうと思えば書けるものを、そのひとは書くのをやめた。
 私は書いている。
 だったら、それだけだ。

 帰ろう。
 そして続きを書こう。

 だれのためにといえばあなたのためだなどとうそぶきながら、実のところ、そんなことを言いながら書きたいだけだ。私が毎日、筋トレとシャドーボクシングを汗だらだら流しながらしているのを、妻が友人に笑って言う……「なにと戦う準備なのっていつも思うの」……私は、目の前の相手のアゴに左右の肘を打ち込めるはずだが死ぬまでだれか他人のアゴを実際に打つことはないはずだ。戦う準備ではあるし、戦えるカラダでいたいが、敵はいらない。

 書けばいいのに。

 ねえ師匠。

 できあがったのを読ませてくれなくてもいい。書きあげて捨ててくれたっていい。自分だけの悦びのためにでもいいから、書いてくれていたらいいのにと願い、出遭ったことはないので、そうなのかもしれないと私は信じているのです。

 熱く語ったりするのは、恥ずかしいことで。
 書いていたって、書いているさ、なんて言うべきではない。
 師は、そっと研ぎすましつつ、ブログには撮った写真をコメントも添えずにアップする。そういうひとだ。きっとそうだ。

 湖のほとりで、書かないひとのことを想い、書いているはずだと想い、ならば私も続けようと想える。そういう師を得たことは、素晴らしい。実在する妄想上の師匠なので、甘くも厳しくも、なんでも私の側の自由自在。

 そういう師や、好敵手が、何人もいる。
 逢ったことはないけれど、音信不通になってしまったけれど。
 戦い続けているのですね。
 だったら私も。
 私自身と。

 彼らなくして、私のいまはない。
 しあわせだ。  

SwanLakeC


 XboxOneの話を続けます!!
 XboxOneの話を続けます!!
 大事なことなので二回言いました!!

 というネタも浸透しきらぬままに森嶋猛が引退するという。

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・森嶋、糖尿か…昭和のプロレスラー病で引退する最後の世代かもなあ…

twitter / Yoshinogi

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森嶋猛 : Twitter

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 旧全日本プロレスを観てきて、NOAH旗揚げからのファンのひとりとしては、理想のプロレス、という言葉だけで胸にくるものがある。それを追って団体を作った三沢光晴はリングの上で逝き、小橋建太も、森嶋猛も「続けられるけれど」理想像から外れてしまうからとリングを去った。

 理想というものは、ある人々にとって、なによりも重い。
 それゆえに、続けられるものを続けられなくなったりもする。
 理想なんてものを持たなければ、どうすれば持続可能か、さらにはどうすれば世間に受け入れられるのかだけを考えて、かしこい人生を送れるのかもしれないけれど、そうではないバカなプロレスラーが私は好きで、これから話そうとするのはXboxOneという、Xboxブランド三代目となる理想を求めて世に送り出されたマシンのこと。

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『XboxOneを買ってきた』の話。

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 上の記事のなかで、私は愚痴っている。
 ウキウキパーティーナイト気分で新型ゲーム機を買ってきて、さっそくその口で愚痴るくらいなのだから、そうとうに残念なことに違いない。

 以下抜粋。

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 DLNAに対応しながらDTCP-IPに対応していない!!
 もうまったくもって、なにやってんだ日本マイクロソフトと言いたい。きっとアメリカの本社のひとたちは知らないのです。この東のガラパゴス島ニッポンのテレビ地上デジタル放送には、暗号化という呪いがかけられていて、レコーダーに録画した番組を家庭内LANを通じてXboxOneで見るためには、デジタルリビングネットワークアライアンスに対応しただけではダメで、デジタルトランスミッションコンテンツプロテクションという呪いも解いてもらわなくちゃ意味ないんだってことを。

 HDMI IN?
 ケーブルでつなげば見れますよってか?
 なんのためのネット接続じゃあ。

 意味ないんですよって日本のマイクロソフトの偉いひとがちゃんと本社に伝えてくれたら、DTCP-IPの権利料くらい、かの王国はぽんと出してくれるはず。リビングのレコーダーの録画番組を二階で見られるようにする方法はいくつもあるけれど、XboxOneにそれができれば、四万円くらいでそれができてしまうのは、他の方法に比べても実に安価。ということは、それだけでゲームはしないけれど買っちゃおうかなというひともいるということ。これこそアップデートだけで確実に普及台数を伸ばせる方策なのに、やらないってことは、伝わっていないのだと思う。

 DTCP-IP is required if working with the Japanese television.

 このままアメリカに伝えて、日本マイクロソフトの偉いひと。そうしたらDTCP-IPの意味をググって、来週にもXboxOneで録画番組が見られるようになるはず。頼んだらやってくれるからずっとXboxを愛してる。Xbox360にもDLNA対応のアップデートが来たけれど、日本ではなんの意味もなかった、あの悔しさを、なぜまたくり返す。今度こそ私からこのもどかしさを払拭していただきたい。来たよ、やっと来たよDTCP-IPっー!! と私を歓喜させてください。

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 なに言っているかわからないかたもいらっしゃるでしょう。
 平易な言葉で言えば、こういうことです。

「おいマイクロソフトようっ!!
 XboxOneってのはゲーム機の枠を越えて、
 リビングの中心になるのが理想って言ったじゃんよう!!
 なのに日本では地デジ受信できないぜっ!!
 XboxOne以外のマシンで録画した番組を、
 再生することさえできないぜっ!!
 そんなのをリビングの中心って!!
 そんなのをリビングの中心って!!」

 大事なことなので二回言いました。
 ほんと、そこが大事なところ。
 理想の核だもの、そこ。

 というわけで、今週流れたニュースがこちら。

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Microsoft: Xbox OneにTV番組録画機能を搭載へ - BusinessNewsline

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 この記事の大事なところ抜粋。

「Windows 10からWindows Media Centerのバンドルを停止する代わりに、Xbox OneにTV番組録画機能を搭載することで、Xbox OneをMedia Centerとして活用する方針に決めた」

 だがしかし!!
 だがしかし!!

「Microsoftは既に欧州と米国においてXbox One専用のTVチューナーユニットの販売を行っている」

 逆に言いますとですね。
 そのほかの国で、XboxOne用テレビチューナーは発売されていない。
 チューナーが発売されていないのに、録画機能が実装されてももちろん使いようがない。

 えーと。
 これが高すぎる理想の対価なのか。

 世界中のリビングにXboxを!!

 そうして発売して、実際のところ、かの中国でまで売ったはいいが、その国では『Halo』も『GTA』も売ることはできないとか。セックス&バイオレンスのすべてが検閲される土地でも世界標準。かたくなな理想を追い求めるが、次々実装される新機能の大半が英語圏でのみ。

 Windows10って世界で売るんでしょう?
 そのために安くする、だからWindows Media Centerは省く。
 かわりに、テレビ見たいひとはXboxOneを買ってMedia CenterとしてWindows10につなぐ。
 問題解決。
 問題解決?

 わかりますよ。
 翻訳、とか、そういう単純な話ではないのだもの。
 その国でマスターチーフとエイリアンが戦おうと思えば、まずは共産党を倒さねばならない。理想のためならできるか? できないよそんなこと。ひるがえって日本。だれもが見られるテレビ放送が暗号化されている謎の国。だれのため? えーとね。びーきゃすかーどっていうのを作っている、なんだか政府関係を辞めて再就職したひとたちが多い団体があって、暗号化をなくすとそのひとたちの給料が……

 意味がわかりません!!
 意味がわかりません!!

 自分の国のことで、テレビも売っている、ちょっとは詳しい私でも、じゃあ、その暗号化されたテレビ放送をどうやったらXboxOneで見られるようにできるのか、どこへ行ってなにをすればいいのか、見当もつかない。 

 DTCP-IP is required if working with the Japanese television.

 それは伝わったのかもしれないが、マイクロソフトの偉いひとも途方に暮れているのだろう。金はあるさ無限のゲイツマネーが!! だがなにやったらいいのかわからん!!

 日本で、いままでに売れたXboxOneは五万台とちょっと。
 人口五万人以上になると、この国の法律では「市」だ。

 ジャパンエックスボックスワン市である。
 なんだか響きがちょっと東南アジアっぽいが。

 ところで今朝、とあるニュースを見た。

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東芝株が大幅続落、2年ぶり安値水準-不適切な会計処理で - Bloomberg

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 テレビのニュースでだ。
 ちなみに、我が家のテレビも、二台あるHDD録画機も、東芝のレグザブランド。なにもかも真っ黒なので、真っ黒なXbox筐体とは代々相性がよい。

 そういえばその東芝レグザブランドのテレビが、東芝製ではなくなるというニュースが先日流れた。インドネシアとエジプトの工場売却を交渉中で、日本国内でも生産を海外メーカーに委託して自社ブランドを冠する……つまり、自社ではレグザを作らない、と。

 けれど研究は続けるとか。

 そうですかそうですか。
 まあ、せちがらい世の中、いろいろありますしね。
 でもそんなこんなで、これは。
 マイクロソフトの偉いひとに伝えるべき新たなメッセージを書いておくべきなのでは。

 XboxOne!!
 Matter of Japanese television DTCP-IP, please consult with Toshiba!!

 HDDレコーダーが普及一巡して各社が悩むなか、二十四時間録画して前日のテレビ放送どこの局もどれでも見られますという新機軸で生き残った東芝研究班。テレビの自社工場も売っちゃったら、有能なみなさん、やることないでしょう。そこで無限のゲイツマネー。

 世界で一千万台以上売ったXboxOneのうち、五万台ちょっとの国のテレビがなんだか特殊。それをマイクロソフトにどうにかしてくれと頼んだ私が悪かった。

 世界で見ればちっちゃくても、日本では町ではなく市の人口。

 XboxOne用のテレビチューナー、東芝さんに作らせて。
 ひと晩でやるよ彼らは。なんならレグザブランドでもいいと思う。我が家では三世代のXboxがずっとレグザにつながっていて違和感はない。真っ黒。ふたつのクールなロゴが並んでいるところも素敵。どうせ録画機能つけても、XboxOneの内臓ハードディスクでは二十四時間録画どころか、半日一局も無理。だったら東芝さん得意のハードディスクと抱き合わせで売るがよろしい。

toshiba

 マイクロソフト的には英語圏での覇権争いに忙しくて、五万人のジャパンエックスボックスワン市でテレビが見られないなんて後回しの後回しな案件なのでしょうが、そのシティで暮らしている者にとっては「テレビ見られないセットトップボックスがリビングの中心となる理想を掲げるってなんの冗談」という状況なわけで。

 しかして、人口五万人のジャパンエックスボックスワン市はストップ安喰らった東芝さんには、大きなパイです。地デジの暗号化? そんなの東芝技術陣にとっては、自分の乳首をひねるよりも簡単。もうなんなら、マイクロソフトがゲイツマネー積まないでも、頼むよアミーゴと言うだけで動くかも。なにせライバルのゲーム機はソニー。その土俵で、ヤりたい社員は多いはず。

 XboxOneに、REGZAのテレビチューナー。
 ごく自然な気がするんですけれど。
 親和性あると思うのですけれども。

 ていうか、そんな手段でもいいから、英語圏との格差をどうにかしろよマイキー。おれのXboxOne、同じ値段なのにテレビも映らねえぞ。録画機能アップデートってなんだよ。その前にこっち見ろって。自分でできないなら、東芝さんに頼んでよ。

 けっこう本気で言っているのです。

 理想は実現されてこそ意味がある!!
 理想は実現されてこそ意味がある!!
 大事なことなので二回言いました!!

 理想を貫けないから、戦えるのに引退する強いレスラーだっているんだぞ。

REGZA