最近の記事

スポンサードリンク

月別アーカイブ



16歳の時に買ったが
今でも しっかり動く
ドイツ製の
”オリンピア・ポータブル”だ
僕は これ一筋さ
確か40ドルだったかな
僕が死んでも壊れないと
言われた

Woody

『映画と恋とウディ・アレン』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ウディ・アレンは今年で七十八歳だから、そのタイプライターは六十年以上も叩き続けられているというのに、このドキュメンタリーのなかで見るかぎり、キーの文字が剥がれている箇所もない。ちなみに私は近年のウディ・アレン作品では『それでも恋するバルセロナ』が格別に好きなのだけれど、あのエキセントリックな恋人たちも、六十年前の雑貨屋の店員が、のちにウディになるコニグズバーグ少年に「こいつはきみが死ぬまで使ってもまだ壊れないくらい頑丈だ」と言って売りつけなければ、きっと別の店でもっと安く買ったタイプライターはとっくに壊れて、現実主義者のウディ・アレンはワープロ機を買い、パソコンのワープロソフトに移行し、パソコンでモノを書けば彼のことだからエロサイトなどにも気が散って、もしかすれば『それでも恋するナガサキ』というようなホンを書く並列世界に流れるよりも、もっと悪いことに、恋愛映画なんて撮らなくなっていたかもしれない。

Woody

 死ぬまで壊れない相棒に十六歳で出逢い、飽きずに二十一世紀においてもなおハサミとホッチキスで推敲するウディ・アレンは、幸せな作家だ。

 それにひきかえ、私のキーボードはすっかり「N」がない。「M」と「K」と、「H」もなくて、「G」と「A」と「O」も半分くらい、ない。六十年前に十六歳が40ドルで買ったタイプライターのキーボードの文字が、毎年映画を撮る多作な作家のタイピングにもかかわらずひとつも剥げていないのに、現代のインダストリアルデザインには優れるのかもしれないが弱っちい製品たちときたらいったいどういうことなのだろうか。いま使っているキーボードは、三年も使っていない。もちろん、私が爪を立てるように叩き書くせいもあるのだろうけれど、それにしたって……

 こいつはキミが死んでも壊れないぜ少年、と言ってモノを売ることができた店員も幸せだと思う。最近では、特に雑貨屋と呼ばれるような小売業では、そんなことは口がもげても言えない。せいぜい三年か、五年保証だ。冷蔵庫などだと十年というのも聞くが、死ぬまで保証、死んでも保証などというのは、口約束にしたって、即座に嘘になるし、無垢な少年だって現代人の一員なのだから、信じない。

 どうしてだれも、ドイツ製のタイプライターのように重くて分厚くて、かなり高額だけれど、死んでも壊れないキーボードを作ってくれないのか。私も、ウディのように死ぬまでいっしょの相棒で書きたい。でも、そんなことはいまではもう無理なのだ。

 となれば。

 幸せを追求する方向性を変えるしかない。
 別れに慣れること。
 いや、別れを別れとも意識しないこと。
 いつでも新しい相棒に恋できる。
 きっと六十年以上連れ添ったオリンピア・ポータブルがいまさら壊れたら、ウディは泣いてホンが書けなくなるだろう。けれど、この大量消費社会に生まれた我々は違う。古いのと新しいのがあれば、常に新しさに恋をする。

 壊れることはしかたない。
 『それでも恋するバルセロナ』のように、ひと夏、というわけではないにしても、そう、まあ、いまでは、どんな相手とだって、数年いっしょにいられれば御の字である。
 慣れる時間さえ惜しい。
 ふれあったら即一心同体。
 そうでなければなにもできやしない。
 
 そんなこんなで、壊れた。
 そこで、あわてず騒がず、Amazonさんで。

 トキユキ(仮名)を買った。

 トキユキがどのようにすばらしいかは、ここでは説明しない。ただ、トキユキは精緻な存在ではあるものの、ふれれば壊れるというほどに儚いカラダはしていない。そもそも、精緻であるがゆえに厳重に梱包もされているので、私のもとに届き、私がそのやわらかい衣の紐をほどくまでは、そうそう傷つけられるものでもない。

 私は大阪在住なので、Amazonさんの大阪基地がすぐそばにあり、在庫ありのトキユキは、いつものように注文して翌日には届くデフォルトだった。

 壊れているのだから、すぐに次の相棒をよこしてもらわなくては困る。それがこの時代の鉄則だ。次の相棒はどこでだってすぐに調達できるからこそ、いまの相棒を壊れるまで使い切れるのである。

 だが、これが。

 届かなかった。

 ああ、我が愛しのトキユキ。
 もうこの指も目も、ふれる準備をして待っていたのに。

 届かないぞ、おい。
 TMG便。

 Amazonステータスを見る。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

発送済み

お届け予定日: 2014年11月17日月曜日

ステータス:返品します

配送業者:TMG

最新の配送状況: 返品します

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 つぶやく私。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・今日届くはずだったAmazonの荷物が届かず、ステータスを見ると「配達できませんでしたので、返送します」…TMG便なんですけれどね。常連です、家が見つからなかったとかそんなことはありえない。落として壊しやがったか…にしてもこっちに連絡よこすのがスジではないですか。

・一方、TMG公式の荷物追跡サービスで番号打ち込むと、もっとそっけなく「返品」とだけ表示される。別にさ、遅れるとか、ありえない時間に届くとか、そんなのはうれしくないけれど許す。でも、到着予定日に届いていないのに、私から問い合わせて、しかもこの表示って。ケンカうってんのかと。


twitter / Yoshinogi

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 この時点で、どこからの電話もメールもない。
 ふてくされて寝て、翌朝。
 Amazonさんから、メールが来た。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Amazon.co.jpへのご注文について

2014年11月18日 10:13分


Amazon.co.jpをご利用いただき、誠にありがとうございます。

配送業者よりお客様のご注文商品が損傷したと連絡を受けたため、商品の代替品をお送りするよう手配いたしました。このたびは、お客様に大変ご迷惑をおかけすることを心よりお詫び申し上げます。

現在のところ、この商品は2014/11/19にお届けする予定です。


Amazon.co.jpカスタマーサービス
Amazon.co.jp Customer Service. 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 マジで壊されてるよ。
 トキユキ、破損。
 ふれずに。
 いや、出逢うことさえなく、別れ。
 こんなことは初めて。

 そして依然、TMG便からは連絡なし。
 まあ、そうでしょうけれど。
 でも壊したの、あなただよね?

 その直後の、Amazonステータス。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

出荷の準備中

お届け予定日: 2014年11月19日水曜日

ご注文を承りました - 2014年11月18日 9:41
お客様の荷物の発送準備が開始されました。このプロセスには多少時間がかかる場合がありますが、配達日は変更されません。荷物が出荷された時点でEメールをお送りいたします。必要がなくなった場合、商品発送前であればキャンセルをリクエストすることができます。

コンディション: 新品
価格
¥ 0

商品の小計:¥ 0
配送料・手数料:¥ 0
-----
合計:¥ 0
-----
この配送分の合計:¥ 0
-----

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 メールボックスにはメールがいっぱい。
 自動的に送られたらしい、返品の確認と完了と、新たな発注と発送のそれぞれ。つまり、私はなにもしていないけれど、壊れたトキユキはAmazonさんへ返品されたが私に返金はなく、かわりに別のトキユキを、まったくのゼロ円で取り引きしましょうという。

 なぜこうなるのかは、Amazonアフィリエイトに携わる一員として理解できる。自分のサイトから自分で買っても、Amazonさんは紹介料を払ってくれない。なので、実は世の中はこっそりそういう仕組みで回っているという暗黙の作法として、私は、自分以外のブロガーさんが書いた、私の琴線に触れた記事にブックマークを貼っておいて、Amazonで買い物するときは、そこ経由で買うようにしている。

 私が投げた、おひねり。

 それを勝手になかったことにはできないので、最初のトキユキをなかったことにはできない。だって、最初のトキユキを金銭的な返品処理した上で、新しいトキユキを同額で売ったりしたら、Amazonさんは払うはずだった紹介料をだれにも払わないですむことになる。アフィリエイターたちが互いに贈りあうおひねりを、そんな反則技で逃れたら、大ブーイングどころではない。

 そういう事情もあってのことでしょう、このやりとり。そういうことを意識しないで買い物するひとたちにとっては、なんだか謎な成り行きに見えるはずです。わかっている私でさえ、なんか変な感じ。少なくとも、新しいトキユキのゼロ円の領収書を見て、オリンピア・ポータブルを大枚はたいて買った十六歳の少年のようなトキメキを得るのは難しい。

 ただの数字なのですが。
 払った額はなにも変わってはいないのですが。
 ゼロ円のトキユキは、出逢えなかった私の最初に恋したトキユキとは違う相手のような気さえする。

 でも、これが大量消費社会のモノの愛しかたなのです。
 自分だけの名前をつけて、自分だけの特別だと信じている、そのマテリアルに、隣の部屋のだれかも頬ずりしている。

 まあ、ヒト同士だってそうですけれど。
 赤い糸がつながっていなくちゃ恋できないのだとしたら、地上でこんなにも人類が繁殖するわけがない。隣のだれかの恋する相手に、私だって恋できる。というか、最初は肝心じゃないのですよね。いっしょににいて、馴染んで、熟成されていく、それが恋。

 手っとり早く、トキユキの内ももに自分の名前をタトゥさせたりすれば、しっくりくるのかもしれない。買った車とか、携帯なんかに、買った瞬間ストラップやステッカーをぶら下げたり貼り付けたりしたがるひとたちって、そうなのでしょう。たぶん、人間の恋人にも首輪をつけたがる。逆に、金髪の恋人ができると自分が金髪になってしまうというのも、熟成が待てない早漬け大好きっ子の一例でしょうか。

 そんなこんなで書いているうちに、少し馴染んできた。
 新しいってすばらしい。
 出逢う前に別れた代わりにやってきた。
 トキユキオルタナティヴ、いい感じ。
 そんなものです。最初は肝心じゃない。

 そういう意味でも。
 言っておきたいのは、ぜんぜん馴染まない、彼らの態度。

 先の、Amazonさんからの謝罪メール。
 まったく同じ日の同じ時刻に、このメールとともに送られてきた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

キャプテンスタッグ ギブソンマルガタグリルパン40cm M-8994などのおすすめ商品のご紹介

2014年11月18日 10:13分

 M-8994

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 千円で40センチのパエリア鍋……確かにちょっと欲しくなってしまうけれども。

 せめて一分でいいからズラして送信してもらいたい。あなたの購買履歴によるあなたへのおすすめ商品メールと、配送業者があなたのクレジット決済も終わっている間違いなくすでにあなたのものであるトキユキを破損させてあなたにはひとことも知らせずに返品してきたのでトキユキオルタナティヴを無料で送り直します当初の予定より二日は遅れますがご了承をメールを、完全自動メーラーシステムで送られるこの気持ち。

 疑いようもなく、謝っているのはロボである。
 文面では、心よりお詫び申し上げます、となっているが、そもそもそのメールの差出人が自動処理ロボットでは、そこに宿る「心」とはなに? というようなサイエンスフィクション永遠の命題に関する考察のようなことになってしまう。

 ていうか、だから、謝るのは落っことして壊したひとやん。
 それがない。

 私も、ときにはお客さまのもとへ車走らせて頭さげたりする仕事に就いている。それって接客業のかなめのところじゃない。そこが熟成させていく恋の部分じゃない。ロボじゃなくて人間だから、手がすべることもあれば、理解がおよばないこともある。でも、その事態が判明したあと、ちゃんと「ごめんなさい」が本人の口から当事者に向かって届いているかどうかが大事なんだと、幼稚園で習わなかったのか。

 先生や、両親や、上司が、かわりに頭を下げる、それはそれとして。

 本人に「ごめんなさい」させないと、その子、自分が悪いコトしたと理解できないから、手をすべらせては他人に謝ってもらう人生を歩むことになりますよ。

 そんな相手に、恋できない。

 もはや、他に選択肢がないから、なにがあってもおつきあいは続いていくのだけれども。恋できないがつきあい続けなくちゃいけないって、うれしくない。私に心から詫びる以上に、そこのところはちゃんとして欲しい、Amazonさん。なにかあったらきちんと謝ることができる、よさそうなひとが起こした失敗なら受け止められるってもの。

 ちなみに、最終的にトキユキオルタナティヴを届けに来られたTMG便の方は、とても物腰の柔らかい年輩の男性でしたが。謝ってはくれなかった。というか、自身の勤める営業所のだれかが手をすべらせてトキユキを殺し、その営業所からは謝罪の電話一本もなく二日経って次のトキユキを持ってきたのだということを、知らされてさえいない様子でした。

 こういう状況、私なら殴られることも覚悟して足運ぶところ。しかしTMG便という大物は、クレーム品だろうがなんだろうが、通常の荷物と同様に、しかもトキユキは大きいからトラックの奥に入れられたのでしょう、その日の朝からステータスは「配達中」になっていたにもかかわらず、とっぷり日も暮れてからやって来る。その神経の図太さには感服いたしました。

 私には、できない仕事ぶり。
 別の国のひとみたい。
 そういうふうに、つきあっていくしかないのかな。
 恋どころか理解もできない相手に、生活を支えられている。
 なんども言いますが、手がすべったことは別にいい。
 二日遅れも、困ったけれど別にね。
 
 私は、でも、私のトキユキを失ったんだ。
 トキユキオルタナティヴには出逢えたけれど。
 喪失、って、気分だから。
 気をつかってくれたっていいな、と思った。
 それだけです。

 ひとことで、まるで違っていたのに。





HALO TMCC

『Halo: The Master Chief Collection』

 発売中です。

 ええと、いないとは思いますが、Haloがなんであるのか知らないひとのための過去記事をどうぞ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『狼たちの絆』のこと。

『Halo 3マルチプレイヤーパブリックベータプログラムが延長した』の話。

『Xbox360の修理日数』のこと。(4)

『Bungie Dayに地球を想う』の話。

『Haloだけの王道』の話。

『Xbox SmartglassとHalo StatsとHalo WaypointとWindows Phone8そしてXbox8』のこと。

『データに実体はない』の話。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 吉秒匠『とかげの月 / 徒然』ご愛読者さまであらせられるというような愛しのあなたにおきましては、この話題が出るたびに同じ記事リンクしやがって、というところだろうと思いまして、今回は、Haloに絡んで別の話をしていた回などをちょちょいと抜粋。

 抜粋です。さかのぼって読んでいただければ、いかに私がこの『Halo』なるテレビゲームシリーズに没頭し、そこを起点に日々の思考も展開しているかがわかっていただけるはず。そこに絡めて書いている文章だらけ。

 『Halo』いや、「Haloをプレイする」という行為がいわば禅であり、哲学。

 座し無にならんとするそれが、ひとが迷いたるあかし。
 ひとが迷うのではなく、迷いがひとそのもの。

 つまり、『Halo』の新作が出るのなら、買うのが迷わぬということ。

 最新作は、いわゆる次世代機のための専用ソフト。
 では、買ってきますか、それを動かせるマシンを。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『XboxOneを買ってきた』の話。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 リビングの大画面液晶テレビにつないで、しばらくは遊んでいたのですが、やはり、上の記事のなかでも触れたとおり、日本のテレビまわりで使うには、DLNAに対応しながらDTCP-IPに対応していない、という点がネックすぎる。PS3は対応していたので、現状、DLNAにさえ対応していないPS4もアップデートしてくるはず。XboxOne、先んじてほしいものです。

 ともあれ、リビングに比べるとグッと小さい画面になるかわりに、引きこもることが可能な二階の書斎へとXboxOneを移動。それに、『Halo』のようなFPS(First Person shooter=一人称視点での射撃ゲーム)だと、画面が30インチを越えると、戦績そのものが落ちてしまいます。画面の端々に目をやるために首を動かさなくてもいい、石像のように固まった姿勢で動体視力だけの勝負に持ち込める、小さめの画面のほうが都合がいいのです。

 かくして、万全の状態で、知っている恋人だけれど、超絶きれいになったと噂だけは聞いた、彼とのひさしぶりの再開を、そわそわしながら待ちたいが、やむなく仕事に出る。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・ジョーシンWEB購入なので13日の朝には届いた『Halo: The Master Chief Collection』。妻に受けとってもらい、日付も変わろうとするいま帰ってきて開封。さあインストール…現在15分経過、20%…アップデートも必要です。もうこれ今夜は寝られないな。

twitter / Yoshinogi

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 その後も待ちました。17分を過ぎたあたりで「始める準備ができました」のタイル表示が出る。でも、はじめてみれば、待ち望んだマルチプレイ=オンライン対戦は、すべてのデータをインストールしないとダメみたい。

 仕方がないので、プレイ可能な『Halo: Combat Evolved Anniversary』つまり『Halo1』のリメイク作をプレイ開始。

 うふん。おもしろい。
 でも、これ私、二年前にやりこんだしな。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『Halo: Combat Evolved Anniversaryの実績を解除する』のこと。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 なにより、今回の『Halo: The Master Chief Collection』は、そもそも初リメイクとなる『Halo2』ありきだった。その一本だけでも私は迷わず購入していたのだが、その後、Xbox360とXboxOneには互換性がないという発表とともに、マイクロソフトが新型機ですべての『Halo』を遊べるようにする方法として、まずはナンバリングタイトルを『Halo: The Master Chief Collection』として発売するということになったのだった。

 『Halo: The Master Chief Collection』は、なので初リメイクの『2』とあわせて、『1』『3』『4』の『Halo』初期三部作&新章第一作に『5』のベータテスト参加券までつけて、ソフト一本分の価格据え置きという、伝わらないひとにはぜんぜん伝わらないだろうが、伝わるひとには「え、そこまでしてくれちゃうの?」という大盤振る舞いなソフト。

 でもそれは逆に言えば、あくまでXboxOneでXbox360の『Halo』シリーズがプレイできるようにとの措置であり、やっぱり多くの『Halo』マニアの待ちこがれていた恋人は『2』なのです。

 『Halo2 Anniversary』
 そして、そのマルチプレイ。

 それが欲しい。
 インストール、終わったかな?
 なんども覗いてしまって『1』に集中できない。

 なにしろ『2』は、すごかった。
 世界をひとつにした。
 ネット対戦、それも、チェスやポーカーではなく、一人称視点で、撃ち合い、殴りあい、グレネードを投げあったり。そこを走っているマスターチーフは、地球の裏側で、私と同じように一人称視点でプレイしているだれか。目が合う。意志が通じる。

 eスポーツという言葉はすでに生まれていた。でも、パソコンとネット回線を使用すると、機器と回線の差が、そのまま試合結果につながってしまう。そのため、プロゲーマーという存在も生んだ大きな賞金戦などは、現実世界で選手がひとつの会場に集まって、同じ回線、同じ機器でプレイしていた。スポーツと称する以上、それが当然であり、あくまでインターネット回線を使用したプレイは「練習」という位置づけでしかなかった。

 それを、全世界共通のXboxというマシンを使って、インターネット回線を使うためにスポーツとしての厳密さを減ずるかわりに娯楽性を高め、爆発的にプレイ人口を増やすことに成功したのが『Halo2』だった。

 確かに、インターネット回線は不安定だ。
 スポーツと呼べない、アレコレが起こる。
 けれど、それでも、Xboxと『Halo2』があれば、一日ひと試合だけ、日本の私とブラジルのだれかと、ヨーロッパの彼女が出逢って遊ぶ、というような毎日が送れる。それは賞金をかけた試合を目指すようなものではなくて、健康のために走るようなものでもなく、ただ好きだから毎日ジョギングをするジョガーのように、『Halo』をプレイするヘロリアンたちを生んだ。

 同窓会だ。

 当時『2』をプレイしていた者の多くが、『Halo2 Anniversary』に、それを期待していたのである。現実に『Halo』で出逢って結婚したカップルなども世界中にいる。それぞれの人生が、十年進んで、また『2』に集う。

 そしてはじまった。
 なつかしい……なつかしすぎる。
 妙にリアルな、待ち時間。

「あれ?」

 実際、かつて『2』をプレイしていた当時は、プレイそのものもラグだらけワープ歩行みたいな試合をはじめるためにマッチング時間で私、少年ジャンプを読んでいました。ひと試合がはじまるまでに一作品は確実に読み終え、二作品読了してしまうことも少なくなく、ざっと四、五試合のマッチメイクをたのしむあいだに、ジャンプ一冊読み終えていた。

 そういう意味では、実にリアルだ。
 リメイクなのに、当時のまんま。
 十年たっているんですけれど? 『3』も『4』もさくさくマッチメイクするのに、『2』を当時のとおりにそこまで再現しちゃったの? アホなの?

(なぜ、当時はそんなものに耐えられたのだと、さっき生まれたあなたは思うでしょうが、たとえばパソコンがマイコンと呼ばれていた80年代、『うる星やつら』のアドベンチャーゲームがありました。主人公は、怪しげな面堂家の敷地内に作られた迷宮に迷い込み……とはいえ敷地内ですから、迷宮といっても、数十歩も歩けばクリアできる距離。それを実際にクリアするには、でも数十時間が最短でかかったのです……一歩歩く。画面を描写する。あの当時、そのゲームは原作のクオリティにとても忠実だと褒めちぎられていました。マイコンで、そのクオリティ。一枚の絵をモニタに表示し終えるまで、軽く数分。「あっ、こっちじゃなかった。戻ろう」……二十一世紀のパソコンなら、メモリとかいうものを読みこむところです。いまさっき通った画面だもの。けれど二十世紀のマイコンは、さっき数分かけて描いた画面を、またガリガリと物理ディスクを読みこんで描き出す……。オフラインのRPGも、おおむねそんなふうだった。プレイ時間の半分は、描写待ち。それが『Halo2』のころには、オンライン対戦がノンストップで進行する。試合前の待ち時間がたったの数十分。なんて素晴らしい未来。と、いうわけです。カセットテープにマイコンのデータを「録音」していたような大人たちは、そういう意味で鍛えられているので、好きな相手の愚鈍さならば底なしに許容できます。急がなくていいよ、ジャンプでも読んで待っているから)

 ……不具合でした。
 けっきょく、13日の夜には、ほぼ徹夜状態で、二試合だけプレイ。
 翌14日の夜には、まったくつながらなくなる。

 この時点でマイクロソフトからマッチメイキング改善のアップデートと、プレイリストの一時的縮小が為されました。仕事は早いけれども、そんなこんなに輪をかけて、プレイリストを縮小したのが、彼ら自身がHaloを甘く見すぎていた証左。ゲームの規模がでかすぎて、そのうえ世界中のXboxOneユーザーが同時発売とともに電脳空間にダイブ。

 で、パンクしたという、子供でもわかる話。

 十年XboxLiveを愛してきて、いつだってちょっと調子悪くなっても翌日までには必ず復旧していたのに、今回のは二日目の夜で、またこじらせたという大規模な不調。

 ええ、ええ、図らずもこれ、まさにあのころの『Halo2』。

 とりあえずやってみた、不具合出まくった。そうして私は『3』のベータテストに参加して、『3』はちゃんと動くのを確認してからの発売だった。『4』も、そう。

 そして今回の『Halo: The Master Chief Collection』。

 新しいハードで、過去の四作クロスミックスなどという豪快なことを、テストもなしにやってみたら、現実の手強さを知る。

 逆に言えば、つまりいま、まさに『Halo』は初のネット対戦を装備し、世界的にヒットさせた、eスポーツの新たな地平を見出した、あのときの試行錯誤を追体験しているのである。13日発売のソフトへ、14日にパッチを当てて仕様を暫定的に変更。制作者たち、スタッフたちが、お祝いすべき新ソフトの発売日からこっち、寝ないで働いているのはあきらかだ。世界中のフリークたちはそれでもブーイングする。当たり前っすよ。同窓会が台無し。その日を、キレまくってすごしたヘロリアンが世界中にどれだけいたのか、想像するのもおそろしい。きっと各地で酒屋が儲かり窓ガラスが割れ、ドメスティックな暴力での離婚訴訟が増えたことでしょう。XboxOneでは、ダウンロード版ソフトを発売日前にダウンロードしておいて、発売日の日付が変わると同時にプレイできる機能もある。パッケージ版をあきらめて、一秒でも早く新舞台で汗を流したくて、ダウンロード版を選択したひとだって多かったはずなのです。

 苦しみ、磨かれている。

 この文章を書いているのも、つながらないマッチメイクのあいだになのだけれど、たびたび、コントローラーが待機状態になってしまって、画面に「コントローラーを再接続してください」の文字が出る。殴ってやろうかと思う。テメエが試合をちゃんと組まねえからコントローラーを操作するもなにもできないんだろうがよ!!

 殴っても私のマシンたちが壊れるだけなので、こうしてキーボードに叩きつけているわけです。

 もうイヤだ。
 精神衛生上、非常によろしくない。
 二日で、私、計四試合できました。
 まったくつながらないわけではないから、そこがまたすばらしくタチが悪い。何十分でも待ててしまうのです。そしてそのあいだに原稿を書きはじめて、気がついたら試合が始まっている。ええ、四試合のうちの二試合は、棒立ちで撃たれまくった状態で始めました。こりゃあかん。

 あきらめた。
 そして、オフラインのキャンペーンをはじめてみたら。
 『Halo2』、こんなだったっけ。
 もちろんのこと、私がそれをプレイしないでだれのためにあるのだという難易度レジェンドで開始したのですが……

 丸一日経って、最初のステージがクリアできない。
 こっちも精神状態がどうとかいうなら、こう表現しよう。
 発狂しそう!!

「こんなもんどうやったって無理やろが!!」

 ふうー、ふうぅぅぅー。
 獣のように吠えつつ、何十回目の再挑戦。
 操作する間もなく瞬殺。
  
「無理やろがああ!! 許してくれエエ」

 涙が出てくる。
 おしりが痛い。
 座りっぱなしだもの。
 褥瘡になりそう。

 しかし、前世代機のオリジナル『Halo2』を、私はもちろんレジェンドレベルでオールクリアしているのです。そのうえ、リメイクされた本作は、昔よりもずっと画面が鮮明。昔は、場所によっては、暗くてぜんぜん見えねえ、なんてこともあったのですけれど、それもない。

(『Halo: The Master Chief Collection』収録の『Halo2 Anniversary』では、プレイ中、ボタンひとつでいつでも昔のグラフィックに切り替えることができます。なんとムービー中も。え、これ実写じゃないの? という本作に比べ、切り替えてみたオリジナル版のキャラたちは、なんと無表情で、ペらっぺらな肌をしていることか。たったの十年で、信じがたい進歩がなされたのだと思い知れます。それはすなわち、観客の要請するレベルが信じがたいほど上がったということであり、それに応えるための作り手側の労力も上がったということで。すごいすごいと思う一方、ゲーマー人口はこれ以上増えようがないのに、作る側の人手は永遠に増えざるをえないって、それ、ハリウッドの超大作が軒並み当たり障りないシリーズ物になって世界中で失敗なく売れることだけを考えるようになった、その流れのくり返しだよなあと、危惧もする)

 ということは、答えはひとつ。
 
 私の腕が、落ちている。

 ああそうだ、これが『2』だ。偉大なるオンライン対戦の功績で、忘れがちだけれど、『Halo』とは、こういうものだった。『男たちの挽歌』や『ターミネーター』や『エイリアン』がそうであるように、FPSの金字塔『Halo』にネット対戦を足し、オフラインの難易度も極限まで上げた。名作の『1』を越えるために作られた『2』。

 私は、これが好きだ。
 罵倒するほどに好きだ。

 『2』の大ヒットで、それ以降のナンバリングタイトルが、増えたファンを逃がさないように、やりすぎてしまったり、やさしくしすぎたり、そういうのも宿命。『1』は伝説。記憶に残っているのは『2』。改めて触れてみて、すごさがわかる。

 この一本を、レジェンドレベルでクリアしたとき、それだけであなたは、人生でなにごとかを成し遂げたという充足感を得る。
 ドラッグの常用者になるよりも安いよ。
 パチンコよりも知的だよ。
 最近の研究では、適度なFPSの摂取は、集中力と記憶力、物事を多面的に捉える能力などの増強に役立つと証明されています。受験勉強の合間に『Halo』で息抜きは、ベストなチョイス。

 全部入りパックも発売。

HALO TMCC

 現在、これを書いているのは2014年11月18日。
 
 制作元からは、マッチング問題の修正などを含むコンテンツアップデートが19日に配信予定だと発表されている。

 つまり、今夜もマッチメイクをはじめたら同じ結果になり、無駄な時間を使うということ。だからはじめてはいけない、たまにつながるけれど……でもダメだ。あしたじゃないか、たった一日、また十分か、そこらのアップデートを待ちさえすれば、もう、あのころの『2』とは違う、二十一世紀の『2』が、そこに。

 ……まさか、記念すべき『Halo2 Anniversary』のプレイ記が、したくもないのに『Halo』とXboxブランドのネガティブキャンペーンのようなことになってしまうとは。残念至極であります。誉めさせろ。すばらしいマシン、すばらしいソフト、ただ、なぜテストしなかった。『Halo』を甘く見た。

 あの当時『Halo』はBungieという製作会社が作っていた。
 いま『Halo』は『Halo』専門の製作会社343 Industriesの製作になっている。343 Industriesには、元Bungieの方も多いけれど、マイクロソフトが『Halo』のために集めたメンツという意味では、イチから『Halo』を作りあげたBungieとは、見ている景色が違うだろう。

 まもなく『Halo: The Master Chief Collection』発売一週間。彼らにとっては地獄。そして、それでも容赦なく、あすのアップデートで、私たちが彼らを許すかどうか決まる。タイムリミットが迫っている。大盤振る舞いして、詰めこんだのが裏目に出たのか、そういうあたりは、解説してくれなくていい。今週だけは寝るな。こっちも寝ていない。

 『Halo2 Anniversary』をプレイさせて。
 祝わせて。
 笑顔になりたい。
 信じてる。

(あくまで、『Halo2』に思い入れがありすぎる私のため、このような記述になっていますが、あなたがもし『Halo』に触れたことがないとすれば、オフラインで操作に慣れて「対人戦もいけるかも」と自信が湧いてくるまでに数週間を要します。『1』『2』『3』『4』のオフラインをひと通りプレイするだけで一ヶ月、レジェンドでクリアするつもりなら、一年は見たほうがいい。そのあいだに間違いなく現状は改善されますから、今日、いま、買っても問題ありません(『5』のベータテストは年明けには終了するので、むしろいま買うのが正解)。なにせ343 Industriesは『Halo』だけを作っているのですから。これ直すまでうちには帰れない人たちですから。直ることだけはわかっているというのは、それはそれで安心感です)



○材料

オリーブオイル 50cc
米酢 50cc
塩 小さじ1/2
あらびきブラックペッパー 少々

すだち果汁 ?

○作り方

 ぜんぶぶっこんでまぜればできあがるはず。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 おばあちゃんが、すだちをくれた。
 庭になったのをもいだやつ。
 こんなの。

sudachi1.jpg

 うーん。
 わびさびは感じるが、美麗ではない。
 たくさんの子供たちと孫たちのなかで、私にあえてこれを与えたのは、おばあちゃんのなかで、私にこれをどうにかできる資質があると踏んでのことか、たんに「タクミくんはかわっとるけん」こういうものをよろこぶかもしれんと考えてのことか。だとしたら、すだちと聞いて「食せ」ということかと早合点してしまったけれど、おばあちゃんのなかでは、私はクレヨンで畳やふすまを台無しにする、その後、美大に通うようになった絵の好きな子で、むしろ「この風情を愛でんけえ」というあえて割れた茶碗を客に差し出して微笑む茶会のあなどれぬ主人のごとき問いかけ、謎かけなのか。

 しばらく眺めていた。

 このまま、朽ちるのを眺めるというのも、たしかに悪くはない。ただ私は、かつてレモンを腐らせたことがある。小学生のころ、授業で野菜版画を作ったのだが、あまりにもよくできたので、教室うしろの個人ロッカーへ、その野菜版画の版果……すなわち輪切りにした野菜や果物そのものたちをしまい込み、あろうことかしまったことを忘れて、そのまま長期休暇に突入したのだった。

 新学期、教室に漂う異臭がなにごとかと騒ぐみなをよそに、私にはわかっていた。腐っているのだ。私のロッカーで。なぜなら、レモンが香る。

 腐った柑橘類の匂いは独特である。
 甘く、鼻孔に絡みつく。

 あれは、思わず鼻をつまんで顔をそむけたくなる、ほかの野菜のそれとは違っていて、なんというか、甘美な部分を含んでいて……つまり、生々しい。

 嗅いでいると、もっと嗅ぎたくなる。そして、思ってしまいそうになる。なにか、肉でも、こういう匂いを発するものはあるのではないか。柑橘類のような、オレンジのような、もっとすっぱいレモンのような、そういう、たとえば、だれか、とか。

 ぶんぶんと首を振る。
 腐乱に魅せられてはならない。
 それは危ない遊戯だ。
 腐乱レモンやすだちに、私は触れたくない。
 自制する自信がない。

 観賞すべきではない。

 これは、喰らうべきだ。
 私はおばあちゃんに、試されている。

 ……とはいえ。
 すだちをもらったらまっさきに思いつく、皮を削って豆腐に散らすとか、輪切りにして焼酎のロックに浮かべてみるとか、そういう皮の部分を使った調理方法に、どうしても躊躇が浮かぶ見た目である。あばたもえくぼにするには恋の魔法が必要で、私はすだちのあばたをあばただとしか捉えられないことによって、人間と果実との禁断の恋には適性がないことを知る。

 知ったので、嫌いな部分は削除。
 デリート。
 皮を排除。

sudachi2.jpg

 うむ。すがすがしい見た目になった。
 そして思ったよりも、すだちの皮は厚いのだと知る。
 これでは、すだちそのものを主体にした料理を作るには、量が足りないのではなかろうかと懸念。

 では、無難に、ドレッシングにするか。
 すだち入りドレッシングって、ふつうに売っているし。
 和風ではなくて、オリーブオイルのがいい。

 そこで描いた、冒頭のレシピ。
 これくらいの量だろう、と思った。
 まあ、だいたいカップに三分の二くらいのできあがりを予測。それだけあれば、マリネするには少ないけれど、大皿のチキンもまじえたサラダに回しかけて、パンとクラッカーと赤ワインを添えれば、充分に今夜のメインになる。

 すだちの果汁は香りづけ。
 私は、ドレッシングを作るときには決まって穀物酢なのだけれど、今回は米酢にしてみる。すっぱさはすだち果汁の担当で。常備ピクルスを米酢で作るようにシフトしてから、台所には大瓶の米酢が置いてあるようになった。いっぱいあるものは気軽に使える。そんなわけで、ピクルス以外でも、なんだかあれ以来、米酢を使う機会は多くて、使えば慣れて、もっと使うようになったりするものなのだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『ピクルスのレシピ』のこと。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 では、絞ってみるか、すだち。
 クエスチョンマークを埋めるフェーズ。

sudachi3.jpg

 クラッシュ!!
 そして、果汁抽出!!

sudachi4.jpg

 この時点で、しくじったことに気付く。
 ……少なっ……
 すだち、というか、おばあちゃんのすだち、繊維だけで果汁無っ!!
 皮果肉主体の料理に足りないどころか、香りづけるだけにしても、力不足感。
 ありゃーせん、これ、たぶんオリーブオイルの匂いのほうが勝つわあ。
 冷蔵庫に瓶レモンあるから足しちゃう?
 そうえばよくお菓子やドリンクで「シトラスレモン」とかいうのがあるけれど、こういうことなんだな。柑橘類をオンリーで味にパンチが出るほど調達するよりも、レモンの酸味で整えたほうが、まとまる気がする昼下がり。

 いや、でも、しかし。
 おばあちゃんに試されているのに!?
 妥協だと自覚しながらの妥協など己に許してなるものか。
 はんっ、舐められたものだ、おばあちゃん、あなたの孫のタクミが、こんなびっくりするくらい果汁の少ないすだちを与えられてオロオロと荒野をさまようとでも?

 ふんっ、すだちが足りぬなら、この繊維の部分をも砕くまで。砕くまで! 大事なことなので二回言いました(Copyright(C)森嶋猛)。我が家にはおばあちゃんの知らない我が嫁の姉の結婚式の引き出物のカタログギフトで選んだフードプロセッサーがあるのだ。

MK-K48P-W

(余談ですがこの時期、フードプロセッサーの稼働率は、大根おろしの製造によってたいへん上昇します。水炊きにも、焼肉にも、もみじおろしいっぱいと、ポン酢。すばらしい装置)

 なにもかもを砕く!!

 面倒くさいので当初のドレッシングの材料もすべてダイブ!!

 できた。

sudachi5.jpg

 量的には、妄想レシピ通りのカップ一杯弱くらい。
 ただ、あの、これ。
 スムージー……
 繊維が大半のものを、電気の力で撹拌した結果、粘度的には生クリーム。ドレッシングと呼ぶのは、はばかられる、すだちホイップ。これなんていうか私、知ってる。

 乳化。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『アボカド追記』のこと。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 本来は結ばれるはずのない水と油を、それでも執拗にこねくり回していると、あるラインを越えた時点で、乳化がはじまる(結合式的には乳化剤が必要。マヨネーズの場合は卵黄。今回水と油を乳化させた張本人がだれなのかはよくわからない)。ありえないはずの、永遠の結びつきが起こってほどけないことに。

 つまりこのすだちホイップは、晩ご飯の時間まで待っていても、ビールの泡が消えるように、さらりとしたドレッシング様のものに還元したりはしない。

 永遠にホイップ。
 これはドレッシングではない。

 しくじった。

 それがどうした。
 切り替える。
 サラダやめ。
 でもパンとクラッカーと赤ワインはあきらめない。
 舐めてもらっては困るよ、おばあちゃん。
 我が家には、鉄フライパンもある!!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『おすすめのフライパン』の話。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 最終結果。

sudachi6.jpg

 鉄板焼きニンニクとチキンとコンニャクとポテトのすだちホイップがけ!!
 焦げ目と乳化の白が綺麗!!
 でも野菜が少ない!!
 本棚の大先生の作からレシピ拝借!!

kinounanitabeta

 よしながふみ
 『きのう何食べた?』
 第4巻に出てくる、
 「長ねぎのコンソメ煮」。

sudachi7.jpg

 読んで作ってみたひとの評判も良いようなので、私もいちどと思ってはいたものの、なにせ辛いのとすっぱいのののの(のが多い)リミッターがはずれた私の舌には、そのレシピのまままままま(まがすごく多い)ではぜったいに甘いという自信があったから。こういう機会を待っていた。

 しくじったすだちドレッシングを、たっぷりつけて食しました。
 みごと相殺。
 これをみごとと呼んでいいものかはさておき。
   
 それくらい、味が破綻しています。
 すだちホイップ。
 陵辱的にすっぱい。殺人的と比べてどっちがどうなのかはひとによる。私にとっては、ずいぶんと魅惑的な割合も大きい表現。これが、おばあちゃんの私に向けた挑戦的なすだちだからなのか、すだちの皮の内側や薄皮をシェイクするともれなくこうなってしまうのか、とにかくすっぱくて大満足。肉もコンニャクもにんにくの丸焼きの味さえもなくなり、コンソメ煮込みのネギが甘いのかどうなのかもあいまいになるほどに。なぜだか、すだち果汁そのものよりもすっぱい。空気を含んだから? 酸化? そしてほろ苦い。これは完全に皮の内側の白いところが作用している。二度と作れない感じではある、そして二度と作らない感じでもある、しくじった先の、ひと夜のちぎり。

 赤ワインは一杯でやめて、テキーラのソーダ割りに変更。
 気分は赤道直下。
 スウィート・チン・ミュージック(Copyright(C)Shawn Michaels)の効いたゆずディナーでした。
 
 おばあちゃん。
 庭のすだち、孫の胃袋のなか。
 テキーラのつまみにしてやったけえ。
 まだ口のなかにすっぱさと苦さが残ってる。
 忘れられへん味になったわ。

 そんなには遠くない時間軸のどこかで想い出すことを、想う。