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「盗撮されてるよ」

 よく言われます。
 私が撮られているのではなくて、撮っている。
 コンデジ(という略称が嫌い。スマートフォンがスマホならば、コンパクトデジタルカメラもコデジ、もしくはコカメでいいはず。なんだかなにかを揶揄するような響きだと感じるのです。コンデジ)を持ち歩いています。メモ代わりに撮りまくります。それなに撮ってんの? なにに使うの? と言われるようなどうでもいいものこそ、なにかが引っかかったらとりあえず撮っておく。

 さすがに見知らぬ人物を撮るときは事前に許可をいただきますが、知人友人ならば、あんまり気にしない。私が絶えずカメラを手にしているのは、近しいひとたちだと当たり前の光景なので、いつものこととしてスルーされるのです。なので逆に、友だちの友だち、だとか、親戚の親戚、みたいな関係性の相手がそこにいたりすると、私のことを知るひとがそのひとに言ってくれたりする。

 タクミさんに盗撮されているよ。
 でもあれいつものことだから気にしないであげて。

 そういう意味で、カメラがカメラの形をしていることが、私には重要。手にしているのがスマホだったら、盗撮のフレーズはシャレにならない。いくら性能差がなくなってきたとはいえ、スマートフォンで「写真を撮っています」と言いきってしまうのは、なんだかおこがましい。カメラの形をしたカメラを手にしているからこそ、堂々と趣味だ仕事だと言えるのです。いくら高性能でも、プロレスのリングサイドで雑誌記者がスマホでリング上を撮るようなことには、この先もならない。

 ふつうに考えると絶滅危惧種だと思われそうな、使い捨てフィルムカメラが、いまだに大型店には商材として置かれているのも、そういう理由。

B000WSBEUK

 学校行事の旅行では、デジタルカメラが禁止されることがままあるのです。

 盗撮、が理由なのでしょう。
 何千枚、何万枚と撮っては消せるデジタルカメラだからこそ、私もメモ代わりに使えるのであって、フィルムカメラ、ましてや使い捨てカメラなどで同じことをやっていたら、おこづかいがいくらあっても足りない。

 盗撮は悪。

 写ルンですでだって、盗撮はできます。けれどきっと、39枚撮りの写ルンですだけをもって修学旅行に行った彼が、彼女のことを盗み撮るのならば、それはそれで良い想い出であり成長の一部だとPTA副会長代理も認めるところで、それは悪ではないという認識があるのかも。そこがデジカメだったなら、はしゃいで無防備になった同級生のあられのない一枚を数撃って当てようとするヤカラが現れる、それは悪。

 というか、単に修学旅行でスマホをあちこち向けてシャッター切る彼ら彼女らは、美しくないですしね。禁止したくなる先生がたの気持ちは、よくわかる。昨今では、プロレス会場どころか、花火大会でさえ「ねえ、一瞬でも肉眼で花火観てた?」というような人々が多い。私、カメラはメモ代わりだからこそ、本当に大事な一瞬にはカメラをポケットにしまいます。その場に居合わせた想い出が、シャッターを切った、なんていうのはイヤだもの。

 でもきっとそのうち、ファーストキスの直後の彼の顔とか、初夜でハメ撮りとか、そういうことをせずにいられない若者どもが増えそうな予感がする。大事な場面で、無意識にデジタルな記憶を残そうとするニューエイジたち。

「はじめてだったんだ……うれしい」
 はにかみながら、かしゃかしゃ撮りまくる。

 来年、Apple Watchが発売されるそうですが。

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Apple - Apple Watch

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 いよいよデジタル端末を身につけるウェアラブル革命が起こるのか、起こすんだ、と彼らも躍起ですけれども。たとえば、見たものすべてが記録されるカメラとか、技術的にはできるのだろうけれど、意味あるのって気はします。今年の大阪マラソンで、国内初のウェアラブル端末装着ランナーが走るというニュースも。

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大阪マラソン2014 応援サイト by ケイ・オプティコム

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 ゴーグルにタイムが表示されて、SNSで友人に励まされて、迷わないように地図が出て。

 うーん。
 最新技術でリビングへディズニーランドを持ってきたXbox&Kinectのようなことを、現実のスポーツでもするならば、御堂筋もリビングで走ればいいのでは。最新のポリゴン技術で描かれた通天閣は、本物と区別できないくらいに本物らしいはず。

 Kinect

 どうせ身につけたデジタル画面の向こうに見るシンデレラ城ならぬ大阪城なら、SNSでなくリビングで実際の友人に応援してもらいながらカロリー消費したほうが、良い休日になるかもしれません。すぐにシャワー浴びられるし、ベッドもビールもあるし。

 いえいえ。
 囓られた林檎時計や、近未来的大阪マラソンをディスりたいわけではないのです。

 とあるニュースからの連想。

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ミニスカ盗撮事件、夫婦ら3人不起訴…大阪地検 : 社会 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

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 端的に書けば、この犯罪計画。

1. 男ふたりと女ひとりが共謀。
2. 家電売場で女が超ミニスカで商品に夢中になり身をかがめる演技。
3. 盗撮される。
4. 男ふたりが盗撮したやつを脅す。

 実に単純な計画。
 相手も大声で自分に非はないと言えないし、警察に駆け込むのも躊躇してしまうシチュエーションを作り出すところなど、珠玉のできばえ。

 彼らはこの計画、一年前に実際に女が盗撮されたことから思いついたのだという。

 にしても……
 レシピの3番が、私にはどうにも解せないところである。

 男ふたりで、がっちり監視しながらの犯行だ。成功を疑っていない。少なくとも近所のコンビニで三人が時給800円で数時間働くよりも、この犯罪のほうが儲かると踏んでいるからやっているのである。

 で、実際に、成功している。

 いやいやいや。
 大手新聞社、流して書いているけれども。

 電気屋で、ミニスカ穿いていたら盗撮されるの当たり前か?
 それほどにニューエイジたちは思ったら自然とスマホを向けてシャッター切る病に侵されているのか。自分の彼氏のファーストキス顔ではなく、赤の他人の下着である。簡単に釣られすぎている。

 結果的に、この事件。
 だれも起訴されなかった。

 盗撮したけれど法的には盗撮ではないのだそうだ。
 でも倫理的には盗撮なので撮った側も裁判を嫌がり、事件自体がうやむやになった。

 盗撮、の定義を、私は初めて知った。
 迷惑防止条例等により、その撮影が、

「人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為」

 であれば、法的に裁かれる盗撮になる。
 つまり上の事件の場合、女は撮られる気でパンツを見せていたのだから、それを撮られても恥ずかしくないし不安にもならない。だから盗撮ではない。

 ふうん。である。

 詳報では、身をかがめるだけではなく、女はさかんに「背伸び」も、くり返していたという。背伸びして見えるパンツって。超ミニスカートというそれ、もうたぶん、なにもしないでも秘境デルタ地帯がチラ見えしている状態だったのだと推察できる。

 「あきらかに見せている」、レベルだった。
 それも本人が、意図して見せている。

 そこにカメラを向けても、悪ではない。
 という、法。

 自分に置きかえてみよう。

1.彼が私の部屋で脱いだ。

 これは完全にOK。
 盗撮と呼ぶ余地がなにもない。
 ただ、シチュエーションを変えると……

2.いっしょにテレビを買いに行ったら彼が売場で脱いだ。

 私の知りあいなので、私が撮っても問題はない。
 が、場所が公の場であるというのが。
 その彼を他人が撮るとどうなのか。
 私はあわてて弁護するだろう。
 撮ったひとを、ではなく、彼を。

「ああ、こいついつもこうなんですよ、すぐに脱ぎはじめちゃって」

 私の上着でくるんで、店から逃げ出すだろう。

3.目を離したすきに私のいない路上で彼が勝手に脱いだ。

 それをかしゃかしゃ撮られまくっている。
 彼の頬は少し染まっている。
 羞恥があるのかもしれないが、そもそも自分で望んで脱いでいる。ストリーキングだ。パンツがその身に残されているのならば、某競泳アニメのコスプレイかもしれない。

 そう。そう考えると、迷宮に入る。

 プロレスラー、タイガーマスクのコスプレをした女が路上に現れたとする。顔は覆っているが、それ以外は丸見えである。ああ、けっこう仮面のコスプレでいいのか。

kekkou

 ともかく、どう見ても、コスチュームプレイ。
 露出度は高いが、本人が望んでやっているうえに、見られたがっている。
 これを撮る。

 マスクで顔は見えないが、恥じらっていようがいなかろうが、この場合、撮影者はむしろ彼女の協力者だ。彼女の欲求のために必要不可欠な観客である。

 これは盗撮ではない。

 おそらくは、家電量販店でしゃがんだり背伸びしたりをくり返していた女も、けっこう仮面級だったのだろう。もはや完全にどうにかしてしまっている、ストリーキング的な表現者。背伸びして見えるようなパンツは、撮るほうもスマホを両脚のあいだに差し込んだりする必要もなく、ごくごくふつうに、カメラを向けて撮ったのだ。

 路上で見かけた過剰なコスプレイヤー。
 もしくは、夜空の花火のように。
 記録しておくべき対象を、デジタル記録した。

 脅されて、我に返ったのだろう。
 けっきょくは警察に駆け込んだところからも、彼は「あれは撮ってもしかたなかった」と解釈していたのだと思う。そして現実に、法的に悪と呼ばれることはなかった。

 この話。
 ひろげようと思えば、ものすごくひろげられるのだが、そのニュースにいろいろ考えた、ということだけにしておきたい。
 なぜなら、私は性別的に、男だから。
 この手の話をだれかと突き詰めた結果、イヤなことになった記憶が、多い。
 そういうことを、今回も突き詰めそうになった。

 現実世界では、男女関係はコスプレイヤーと撮影者のように単純ではない。
 言ってしまえば、襲われた女が、襲われるような格好をしていたからだというような話。
 この手の話に、がうがうと噛みついてくる女性は多い。
 当たり前だ。襲われるのはいつも圧倒的に女性が多く、それがミニスカートやチューブトップのせいにされては、男なんて万年発情期なクズな生き物と言いたくなるのもよくわかる。

 でも、そのミニスカと恐喝のニュースが「盗撮にはならないんだって」という論点で語られているのを読むと、感じずにはいられない。

 でも、あきらかに誘っていたんだよ?

 私と彼のケース1ではどうだろうか。
 彼は私の部屋で脱いだ。
 撮ってもいいはずだ。
 いや、襲ってもいいはずだ。
 襲うという表現になること自体がありえない。
 そういう解釈で正しいに決まっている状況なのだ。

 でも。
 あとになって脱いだ側は、脅せるのである。
 逆は決して、ない。

 今回の計画の珠玉なところはそこだった。
 私は心底、感心した。
 レシピの3番は不自然などではない。
 だって、だれか、どの男かが、たまらなくなって撮るまで、襲われるまで、女の側は脱ぎ続けるだけでよかったのである。かまわないわ。どうぞお好きになさって。そう発信し続け、カモが現れた時点で、ひるがえすだけ。

 穴のない盗撮「される」計画。

 撮る側、襲う側とされる生き物にとって、境界性はないも同然であり、誘いに乗るときには、常に相手を疑ってかからなくてはならない。誘っている、というメッセージも瞳と瞳のやりとりなどではあからさまにそうであっても信じてはならない。カメラを取り出す前、まして襲う前には誓約書が必要だ。署名の入った、客観的に第三者が見て、そこに罪はないと証明できる書類が。

 ハンコを押す前に、押し倒してはいけない。
 脅されるに決まっている。
 ここは、そういう世界。
 すべてのコスプレとミニスカとアイコンタクトを疑ってかからなければ、喰われて骨も残らない死にかたをする。

 写ルンですが当たり前だった時代には、修学旅行で「写真いっしょに撮ってください」という告白があった。コスプレイヤーも地下アイドルもいなかった頃には、カメラ小僧は被写体を探して特攻する勇気が必要だった。

 パンツ見せられてスマホを取り出して脅されたり和解したりする事件がニュースになるシュールな現代では、境界線どころか距離感さえ危うくて、どう見てもペンペン草な相手にさえ毒があるかもと羊は疑ってしまう。

 だから、寂しいことのようだけれど。
 喰う気はないんだ、愛でたいだけなのだと、あからさまどころかはっきりサインを書くみたいに示さなくちゃいけない。写真を撮りたいですとスマホではなくカメラを見せ、結婚がしたいですと婚活パーティーに出て、押し倒されたいのなら弱さを明示する必要がある。誤解のないように。はっきりと。仰向けになって腹を見せて、尻尾を振って、それでも足りない。目を閉じて唇を突き出すくらいではサインにならない、キスはもらえない。あっちはこっちを悪かもしれないと思っているのだから。

 まあ。つまり。
 草食系男子が増えたとか言うけれど、女性専用車両なんてホラーかつファンタジーな世界でしかありえそうもないものが現実に走っていたりする社会で、あからさまに誘っているのに指にも触れないの、なんて言われたって、怯えるのが当然だと思うのです。家電量販店のミニスカは罠。通勤通学電車の男はみんな痴漢。草がちゃんとおとなしく食べられる草なら、草食だってがつがつ行くが、そんな楽園は、もうどこにもないのです。

 だれの得なのだろうか、この設定。




 
 
  



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三ツ矢サイダー発祥の地にたどり着いた。
本当に、偶然に。
ツーリング中にライバル店を見つけたので、
敵情視察(と言いつつ便所冷房目当て)。
そうしたら、その店の裏に三ツ矢の塔。
ひっそりと、ここから三ツ矢サイダー史は
はじまったと記されてあったのでした。
いまもそこに源泉があるんですって。
そう、もとは温泉だったらしい。
炭酸泉というのかな。
それが、飲んでもいけるということで、
飲みやすく甘みを加えてみた。
それが三ツ矢サイダー。
へえ、健康飲料ですね。
最初は「三ツ矢シャンペン」だったって。
でも、シャンパンという商品名は、
ワインでさえシャンパーニュ地方産でなければ、
スパークリングワインを名乗らないとダメ。
ワインでもないのにお話にならん。
で「サイダー」に変更。
サイダーはペリーの黒船に乗ってやって来た。
戦時中は、敵性語ということで言い換えられて、
「噴出水」と呼んでいたらしい。
地面から噴出する炭酸泉を原料とするからか。
いや、敵の言葉だからカタカナ禁止、
とかいうアホの群れですからね。
きっと初めて飲んだとき、
栓を抜く前に振ってしまって顔に噴出、
テメエ撃ち殺してやる、とか。
サイダーのビンに向かってキレたのが語源でしょう。
ところで、当然のことだけれど、
現代では炭酸水は人工的に作られる。
つまりここが三ツ矢サイダー発祥の地で、
いまも源泉が生きているとしても、
その泡も水も、なんの役にも立たない。
役に立たないなら自然に湧き出るものだし、
汗だくの倒れそうなライダーに飲ませてくれても…
と思いながら、自動販売機で三ツ矢サイダーを…
買えませんでした。
売っていなかった。
なんでなんだ、おかしいだろう。
目の前に三ツ矢の塔があるのに、
飲みたくなるのが人情なのに。
最寄りの駐車場の自販機がコカコーラ。
探してみれば、店舗のそばにアサヒ飲料もあった。
でもやっぱりコカコーラの自販機の奥に置かれて、
しかも九割コーヒーで、サイダーはたった1フェイス。
それも私は飲まない加糖タイプだったので断念。
発祥の地で、アサヒ飲料さん売る気まるでなし。
もっと大々的に観光地にしてもいいのに。
不自然すぎるので帰って調べてみたら…
あの塔、三ツ矢資料館として
中に入れた時期もあるという。
その当時、隣に建っていたのはアサヒ系列の店。
いまも、同業種の店が営業しているのですけれど。
アサヒとはまったく無関係の系列。
ああ…せつない話だ。
いまだ戦国は続いている。
三ツ矢サイダーはアサヒビール飲料と名を変え、
アサヒグループは三ツ矢発祥の地を敵にのっとられ。
そして伝説の炭酸水は伝説の地で塔に囲まれて、
だれの目にも触れず、湧き続けているのです。

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 炭酸水が好きだ。
 冷蔵庫には絶えず1リットルのペットボトルが入っている。何本も入れる必要はない。なぜなら、毎日、1リットルは必ずなくなるから。アルコールを割ることもあれば、そのまま飲むこともある。でもなんにせよ朝には一本カラになるので、常温でストックしているものを冷蔵庫に一本入れる。夜までには冷える。日課と化しているので、忘れることはない。だから、とんでもなくイレギュラーなことが起こって朝、炭酸水を入れるヒマがないとか、夜、来客があるとか、そういう事態を想定しても、二本も入れてあれば充分なのである。

 来客といえば、そのために、三ツ矢サイダーを買ったことがある。オールゼロのやつ。うちの料理は客など来るとなれば、ただでさえボリューミーなのに気合いを入れて輪をかけるため、ドリンクくらいはカロリーを抑えようというホスト心であった。

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 しかしこれが、余った。
 無糖の炭酸水が大人気。

 感想を聞くと、どうもパンチが足りないらしい。私自身も飲んでみたが、上でも書いたように、そもそも三ツ矢サイダーを飲まないので、もとのとどう違うのかがわからない。しかしまあ、甘い、ということはわかった。汗だくでツーリングの最中で、三ツ矢サイダー発祥の地に偶然たどり着いたときくらいにしか、積極的にいただきたくはない感じだ(あくまで個人の感想です)。

 ところで、その翌日のこと。
 私は、ダイエットコーラの愛飲者でもあり、烏龍茶依存症でもあるので、カラになったダイエットコーラの空きボトルに沸かした烏龍茶を詰めている。ペットボトルの烏龍茶を買っていたら、それで生活が苦しくなるというくらいに飲むので、休みの日には、巨大な寸胴で10リッターくらい煎れる。それをひとりで飲んで、一週間もたない。そのうえ一日に1リットルのソーダと嗜好品としてのダイエットコーラ、職場ではふつうに自販機で買ったものなども飲むので、たぶん私の肉体の大半は水である。

 ともあれ、なんの気なしに、いつものように、洗って乾かした1.5リットルの空ペットボトルに烏龍茶を詰めた。

 後日。

「うっ!!」

 まずい。烏龍茶、腐った?
 吐き出して、まじまじと見た。
 で、気づいた。
 その、あと味。
 ペットボトルの形状。

「サイダーの残り香だ……」

 そうなのだ。
 ダイエットコーラと同様に洗って乾かした。同じ行程を経たにもかかわらず、コーラではきれいに洗い落ちている飲料臭が、サイダーでは残りまくっている。口に入れた瞬間に気付くくらいに。

 しかたなく、1.5リットルの烏龍茶を流しに捨てた。

 ふうん。まあ、サイダーは香りが命というところはありますものねえ。香料がきついのかなあ。なんてことを考える。でもなあ、なんか甘い感じがしたんだよなあ……

 三ツ矢サイダーオールゼロに使用されている甘味料はアセスルファムKである。これは以前ここでも書いたように、アスパルテームにかわって、最近は主流のカロリーゼロ甘味料。

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『アスパルテーム煮』の話。

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 アスパルテームは、フェニルケトン尿症の患者には禁忌。

 私は薬屋でもあるので、ひどく退屈な市の講習会に加え、製薬メーカーの講習会や、法的に定められた研修などへ毎年のように参加しなければならないのですけれど。そういった講習で、フェニルケトン尿症などという病名がクローズアップされたのは、ごく最近のことである。というか、クローズアップされたところで、どうしろというのか。添加物としてアスパルテームの入った商品を買おうとしているお客さんに、あなたはフェニルアラニン代謝異常症を患っていますか? などと訊けと? だいたいアスパルテームは、医薬品ではない。対面販売の義務などない。ダイエーのダイエットコーラ売場で、それを手にする全員に訊けって? 自動販売機はどうするんだよ。

 無理である。
 そこで、アスパルテームは使われなくなってきた。かわって主流となったアセスルファムKは、以前の記事で煮物も作っているように、熱しても甘いし、飲んでもそのまま排泄される。大丈夫だ気にするな(などということを軽々しく口にするなと、最近の講習ではひどく言われる……それで思い出したが、今年の講師の先生方が決まって「STAPのあれはね……」と話したがるのは、実に印象深い。異口同音な感想を述べるのだ。彼ら曰く、ネイチャーだろうがなんだろうが、発表される論文の大半は次年度の予算を獲得するために無理やり書いたものであって、ノーベル賞受賞者の過去の論文だって嘘っぱちだったことがわかったりするものなのである。論文は検証されるために発表するものであり、その過程で新たな発見が生まれることだって多いのに「STAP細胞が存在しない」などという検証不可能なことを検証しているのはわけがわからない……という。みんな怒っている。理研にじゃなくて、マスコミの報道姿勢に対して、なのですね。虚も実もありながらなんやかんやでうまく回っていたのに台無しにしやがって、という彼らの怒っている方向もおかしな気がして、部外者な身で聞いていると、それがまたコントのようでおもしろい。ある意味、ヲタクなんでしょう。ヲタクな思考のひとたちの、わけのわからんいきどおりは、奥深い笑いをかもし出す)。

 沸騰しても壊れないし、地上最強のなんでも食ってしまう生き物、人類の消化器官にも吸収されない。そんなアセスルファムKの「甘さ」を、私の舌が残り香として感じた? イヤ、でもだったら、ダイエットコーラもいまやアセスルファムKの申し子なのである。

 なんか気持ち悪い。

 で、調べた。

 なんのことはなかった。
 私が健康食品の講習をちゃんと聞いていなかっただけだ。

 テキストには、ちゃんと書いてあった。

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●栄養表示の表示基準

 熱量、脂質、飽和脂肪酸、コレステロール、糖類、ナトリウムについて「低」、「カット」、「ひかえめ」、「ゼロ」、「ノン」または「ロー」、「オフ」などを強調して表示する場合は、基準値以下の含有量であること。

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 つまるところ、オールゼロは、ゼロではない。
 基準値以下の含有量であること、というのは逆に読めば、基準値以下であれば含有していてもかまわないということに他ならぬ。
 具体的に規定では、100mlで5キロカロリー以下ならば、ゼロ表記できる。

 ……けっこう、ゆるい印象。
 だってそれって1リッターで50キロカロリー。

 ナビスコオレオが9枚入りで480キロカロリー。
 つまり一枚、ほぼ50キロカロリー。

OREO

 栄養表示基準は、健康増進法で定められている。
 もうそのものずばり、メタボリックシンドローム対策であり、デブを痩せさせて医療費を削減するぜベイベーな計画なわけですが。

 カロリー管理のために、炊いた玄米を170グラムに小分けして冷凍している私などが、三ツ矢サイダーオールゼロの味が気に入っていたら、毎日1リットル飲む炭酸水をそれに置き換える可能性はまったくもってあり、そこで私がググったりしなければ、私は知らずに毎日寝る前にオレオを一枚食べて寝て、食べていないのに痩せないっ、と世を儚んで……

 ということだって可能性はゼロではないですよ、いやマジで。
 軽々しく大丈夫だ気にするな、と言ってはいけないのです。
 国が定めた講習で、私はそう習ったのに。
 なのにその国は、オレオ一枚くらいはカロリーゼロだと書いて良いと言う。それも健康増進法にのっとって、医療費削減のために痩せるべしとされているひとたちに。気にするなと言う。

 ゆるい。

 残り香の問題が解決していないのはどうでもよくなってしまったのですが、ついでなので調べてみたら、さもありなん。コカコーラ社のゼロは本当にかぎりなくゼロに近いコンマいくつという世界でカロリーが存在するのですが、三ツ矢サイダーオールゼロ。これ、公式に100mlで2キロカロリーだそうです。残っていたのはその甘さ。たぶんこれは断言してもいい。

 まあ、だから、炭酸水好きの私にとってはどうでもいいんですけれど。せっかく発祥の地にたどり着いて三ツ矢サイダーが飲みたくなったのに、自販機にはオールゼロがなくて、でも帰ってきて調べたら、ゼロはゼロじゃなくて。だったら、ということで。

 飲みきりサイズの250ml缶を一本飲んだ。
 オリジナルのほう。甘いの。
 ちゃんと冷やしたのでおいしかったです。

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 飲む温泉、なんですものね、もともと。
 癒されるために、たまに思い出したように飲む。
 そういう飲み物であるという風情が似合う。
 アメリカンプロレス観ながらガンガン飲もうぜ、というペプシやコカコーラとは違うのです。今も昔もひっそりと湧き続ける、夏の暑い日に、ふと想い出す、特別なシャンパンであってくれたほうが、日本人、関西の誇り。

 だいたい温泉がゼロをうたうって時点で、コントみたいです、それも。
 同じアサヒ飲料さんに、100年タンサン、のコピーで売るウィルキンソンブランドがあるので、差別化を図るために三ツ矢サイダーブランドは甘い、というのは外せないのでしょうが……意外にお酒の席で、三ツ矢炭酸水、なんてブランドがあったら焼酎割ってみたいなあ、と思うのは私だけでしょうか。少なくとも、うちのホームパーティーでは、オールゼロが甘くないほうが売れたのに、という感触だったのですけれども。

 公式サイト見て知ったのですが、三ツ矢サイダーのトクホ商品なんかも出ている模様。うーん。だから、なんか違う。そもそもコーラのトクホって、毎日コーラをガブ飲むひとがいて、そこに食物繊維を加えることでヒットしたのだけれど、三ツ矢サイダーを毎日欠かさないという中毒者がまずいないと思う。

 大地から沸き出した和のシャンパンという身の上を、生かしきれていない。ガブ飲みされるコーラになりたいのでしょうか、三ツ矢サイダーは。売れるって大事なことですが。それこそそっちは別ブランドにまかせて、ガラス瓶で桐箱に収まって伝統と伝説の噴出水、その名も三ツ矢、というような箱入り娘で育てたほうが、似合うのにな。

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2014/06/02
・ OCNのブログが終了する。サービス開始からちょうど10年。ええ、私のブログは14年目。ブログを書き続けるには電脳空間移民としてのスキルが必須だと思い出す。10年前の引っ越しは画像などほとんどなかったが、今回のこれは非常に、ひじょーーに面倒くさいことになるだろう。はあ…

twitter / Yoshinogi

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 有名な落語で『尻餅』という演目があります。正月に餅くらいつかないと格好がつかねえと言うことで、開け放った窓から通りに向かって餅をつく音を再現するというお話。根本的に金がないから餅もつかない正月を迎えている長屋の一室なので、餅をつくような音を出せる道具さえない。ゴムとかシリコンとか、普及していない時代が舞台です。

 で、嫁の生尻をたたいた。

 オチは文字で書くとおもしろくもなんともないので、どこかの名人が語るのを聞いていただきたいものですが。ざっくり言うと、彼女はぜんぜんこれをたのしまない。落語で貧乏長屋が舞台だと、住人の言葉づかいもやさぐれた感じになるから、なんとなく想像する夫婦像が枯れた感じのご年配になりがちなのですけれども。冷静に考えてみれば、その時代の、しかもスラム街の住人ならば、平均寿命だって人生五十年もない。長屋の主人から「ちょっと格好つけてくれよ」などとさとされる夫婦は、いまで言えばピチピチの男子と女子で通る年代のはず。金もなく仕事もなくてなんにもない部屋でふたりきり。嫁のケツは、剥いてたたけば餅をつくような音がするのですから、そういう肌質なのか、若さなのか、なんにせよ食うにも困る生活のわりにはムチムチしてる。となると、毎日、ヤッて暮らすのが唯一の娯楽だったりするわけでしょう。

 成り行きとはいえ、真冬に生尻剥かれて愛する夫にスパンキングされているのですから。SMプレイでは初歩の初歩。どうせならちょっとはたのしもう。酔ってみよう。とか、そういう具合に脳内麻薬を分泌するのが貧乏人カップルの習性ではないですか。

 でも、酔えない。
 なぜならば。
 自分が餅だから。

 同じ行為を、ふたりでなんとなくはじめたのならば、これは酔える。あまりにもヤるしかない毎日なので、自然発生的に変態的プレイ要素が幅を効かせていくというのは、ありがちなことです。けれども、その年の瀬、彼が彼女をスパンキングしているのは、単純に餅をつくのに似せた音を出せる物質が、他になかったから。

 変態はそのあたり、逆にやっかいな生き物。

 ノーマルな行為にノーマルな快感を得られるひとたちは、自分で自分を慰められる。でも、自分で自分の尻を叩いて達することのできるサディストもマゾヒストも、いない。そこで大事なのは痛みそのものではない。

 こんなに美しいあなたが、私のようなものを足蹴にして虐げ、悦んでおられる。

 たとえ設定であっても、その立ち位置は必要なのです。だからSMの女王様は、薄く笑っておられる。そもそもが他人なので、そういう演技が必要。しかし、気心の知れた、そこに愛情のあることがはっきりしている相手ならば、真顔でもうかがい知ることができる……というか、妄想できる。

 このひとは、あたしを虐げてヒマをつぶしている。

 それであってもです。
 最低賃金の全国平均は、今年で時給780円。ヒトの世とはそういうもの。時間は金に換算できて、貧乏長屋のふたりであっても、彼が彼女の尻をたたいて一時間悦んだなら、少なくとも780円くらいの価値が、彼女には生まれる。

 ぴんと来ないひとには言葉を尽くしてもぴんとこないでしょうが、なんというか、そういう関係性がなにものにもかえがたく、深みにはまっていって変態というものは生まれるのです。なにも持っていないから、そんなものにすがりたくなるわけではない。なにを持っていたって、だれかにわずかでも「価値」を与えられる自分に酔える瞬間は、捨てられない。

 彼が、餅をつく音を欲しているのではダメなのです。
 あたしの尻を叩きたくて叩いているのなら、酔える。
 まあ、落語じゃなくなっちゃいますが。

 たとえば『舟を編む』で、十何年がかりで辞書を編さんするのは一種の変態行為だというような描き方がされています。その部署にやってくる新人は、みんな驚く。でもあれだって、最終的に目的があって、そのためにはそうするしかないという行為だからこそ、誇りが持てて、そこに酔えるから、人生だって捨てられる。映画になっているくらいなので人生捨てていると言いきるのはアレですが。本質的には、変態のそれ。

fune

 我が師と仰ぐディーン・クーンツも言っている。
 一ヶ月ほどで書ける中短編はすぐ書けるからすぐ気持ちよくなれる。だがそれに慣れてはいけない。と。書くのが好きでプライベートの充実などかえりみもせず、これもまた人生を無駄にして小説を書くなどという変態たちでさえ「だったら死ぬまで書き続けられる大長編を終わりなく書き続けていれば永遠に気持ちいいんじゃないの?」という問いには、ぶんぶんと首を振る。

Koontzfune

 達したいのです。

 クーンツは、より大きなものを得るために、短編に慣れるなと説くのです。限界を越えた先に、未知なるものがある。いままで達していたと思っていたけれど、そんなのは序章にすぎなかったというような、なんだかわからないけれど、ものすごいものに達して気を失うために。

 行為には、妄想の余地がなくてはならない。

 そんなわけで、私はブログを書いているのですが。
 そういうことは、前にも書いた記憶がある。

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『搾菜 / ザーサイの塩抜き』のこと。

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「ブログの執筆は恋に似ています」

 だそうだ。
 いい言葉だ。
 自分で書いたが、いい言葉だ。
 それはさておき嘘をつきました。

 いくらいい言葉でも、そんなのをいちいち記憶にとどめておくほど、私の脳に空きはありません。だったらなぜこれを引用できるのか。

 すべてはOCNのせいです。

 冒頭のツイッターを読んでいただければ、およその事情は察していただけると思いますが。
 つい先日、OCNからメールが届いた。抜粋。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このたび、誠に勝手ながら、
「Page ON」のサービスを、
2015年2月28日をもちまして終了いたします。
先日ご案内いたしました
「ブログ人」に引き続き、
ご利用のお客さまにはご迷惑をおかけし、申し訳ございません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ……ちなみに、この『とかげの月』は西暦2000年の開設以来「Page ON」のサーバー上に成り立っている。先日ご案内された「ブログ人」は、某ブログサービスから現在メインで使用しているFC2ブログに移転したとき以来、バックアップ用ミラーブログとして運用してきた。

 大問題だ。
 すべてが崩壊する。消滅だ。
 さようなら。
 
 というわけにはいかない。なぜなら恋だから。いや、きれいに言いすぎた。これは私にとって、大切な変態行為だ。自慰行為ではない。変態だから。あなたがいないと成り立たない。勝手に使って勝手に達して申し訳ないけれど、これまでもそうしてきたし、これからもそうしないと生きていけない。

 商売だから仕方ない。うちの店だって、売れない商品は切る。薬屋なので、この便秘薬、棚から外したら来週から困るひとがいるだろうな、と考えはするものの、だったらもっと売れている便秘薬を切ってしまえば、もっと困るヒトが大勢いて、さらにもっと言えば、店自体が売上げ不振で潰れたら、本気で困るひとたちがいる。売れない商品をご愛顧いただいていた少数派のみなさんには、別の店に行っていただくしかない。

 それが経済活動である。
 謝っているし、そこはもういい。
 別の店に行くだけだ。

 だがしかし。
 送り出しかたが、まあ、マズい。

 サイト運営などやらないかたには、これもセルフスパンキングでなぜマゾ男は興奮できないのかという難問同様、ぴんと来ない問題だと思いますが、いちおう解説するならば。

 レンタルサーバーサービスである「Page ON」は、そのものが場所を貸しているだけなので、借りている側のこちらも、そこに建てた家は自作。これを引っ越すのは、そう大変なことでもない。もとが自分のパソコンで組み上げたものなのだから、別の土地に、またアップロードすればよいだけ。住所が変わるから、実際的な問題はいろいろとあるものの『とかげの月』で検索すれば一発ヒットというまでに検索エンジンに認知されているうちなんかだと、さしてダメージではない。

 しかし、ブログは実に面倒だ。
 たとえるなら、ツイッターが倒産するようなものである。ツイッターでつぶやいたものを、ツイッターのサイトなしで、これまでのように見せようと思えば、ツイッターのシステムから自分で構築し直す必要がある。そんなような面倒くささ。
 他社のブログサービスに合わせて、イチからブログを書きなおす?
 いや、そんなのは、面倒どころの騒ぎではない。

 さすがにOCNも、移行ツールを用意した。
 先日、それが公開されたので、使ってみた。

 推奨移行先とされるGooブログでは、すでにアカウントを押さえておいたので、移行ツールがきちんと仕事してくれれば、言うことはない。

 結果がこれ。

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2014/09/03
・ OCNがブログ人に続きPageONも止める。やむなく引っ越し準備中。膨大かつ無駄な作業。なにより長年見て見ぬふりをしてきた前時代的HTML文法とコンテンツを直視する苦痛。でもそれらを整えるにはさらなる時間が必要…とりあえずこのままで。という己の弱さに反吐が出る。なんでこんな目に。

2014/09/07
・ OCNブログ人から移行ツールがやってきたのだが。禁則語句が含まれています、とか、本文が長い、とかで自動移行できない記事多し。どっちもうちの売りやっちゅうねん!! これはダメだ。自動ツールなんてきっとダメよねんと思っていたが、期待を上回るダメさだった。驚く。

twitter / Yoshinogi

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 そのうえ、気づいた。
 たとえば上のツイッターのボタン。
 これ、私が作ったものなんですよね。
 もちろん画像はOCNのサーバー上。
 こういうものが、ブログ中にばらまかれている。
 ばらまいたの自分なんですけれど。

 だとすれば……これ、どうせ、全数チェック。
 現在、メインのFC2ブログにデータがある、さかのぼって2005年7月までの記事は、なんとかOCNブログ消滅の期日に間に合わせる心づもり。2000年に開設してから、そこまでの五年間のなかにこそ、若かりしすぎる日の傍若無人な私がいるので、切り捨てるのは忍びないのですが。実はこのサイトのどこかにある『残月』というコンテンツ内で、いずれアップするつもりはあるものの、現在の私が検閲するので、あの回とか、その回とか、あのひとを怒らせて絶縁までされたあのときの出来事なんかは、二度と読めません。読ませません。

 gooブログは不便だったので、現在、別のブログサービスに引っ越し作業を決行中。問題は写真。今日からさかのぼって2005年の7月までに、私がブログ内にあげた写真が313枚。いま、それを手作業で引っ越しさせている。

 苦痛。
 こんなにもかというくらいに苦痛。
 もおおおいやだああああ。

 これって、辞書もできあがらなければ愛もなく最低賃金どころか数十時間を無為に過ごし、OCNのサービス終了後も『とかげの月』が見た目上、なんの変化もないようにと整えているだけの作業。膨大な作業量ですが、あなたにはなにも知覚されない。

 だからこれは、私の弱音。

 いま、そういうことやっていて、いつもブログ書く時間なんかよりも、ずっとずっとずっとずっとずっと多くの時間をこのサイトのために使っているのに、あなたの手のひらは私の尻をぶたない。おおよしよし、などと言われたいわけではないけれど、赤ペンでチェックして、写真をアップして、ブログにリンクさせて、そのくり返す作業のなかで。

 あなたがとても恋しいです。
 あなたがいなくては、ただの自慰行為で、私は変態なのでそれでは達することができなくて。
 口のなかでくり返し呪文のように唱えてる。

 愛してる。

 ゆいいつの方法は、手作業。
 移行ツールなんて公式非公式含め、ぜんぶクソ。
 すべての文章に目を通すために、いろいろなことを想い出して自己嫌悪にもおちいる。
 早くもとにもどりたい。
 なんでこんな目に。