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Chimera


 写真を使い回しています。
 この記事に出てきたキメラ。

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『ゴジラ VS 太陽の塔』の話。

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 「アレッツォのキメラ」

 イタリア共和国トスカーナ州アレッツォ県アレッツォは、幻の古代都市連合エトルリアの首都のひとつだったと推測されている。海を渡り、周囲の国々と交易していたエトルリア人は、アレッツォにおいて信仰と芸術を融合させた文明を築いていた。

 そのアレッツォで出土した、ブロンズのキメラ像。
 オリジナルは、いまもアレッツォのすぐそば、フィレンツェの考古学博物館に展示してある。

 ホテルの説明によると……

 オリジナルの像から、数十年前に二体の複製が造られ、その一体はプロレスの聖地メキシコへ。もう一体がここにあるのだという。説明を読んでも、岡本太郎とキメラがどうしてここに並んで展示されているかの説明にはまるでなっていない。帰ってきてネットで調べてみたが、ネット上にも同じ説明文を見つけた。ご丁寧にホテルのコメントとして、世界で二体のレプリカそのうちのひとつがここにあるなんてびっくりです。というような文を寄せてあった。驚かれても困る。ちゃんと説明してくれ、と詰め寄ろうにも、相手は美術館の学芸員ではなくてホテルマンなので、これ以上、どうしようもない。知らない者は自白させられない。

 しかし気になる。
 なにこの気持ち悪い像。
 触れないで通りすぎるわけにいかない。
 いかないので、勝手に語る。

 彫刻の由来が謎ならば、見た目から読みとるまでだ。私が気になったから、こうして語りはじめているわけで、私自身が納得できる結論へ到達できればそれでいい。足りない部分は創作する。だから気をつけたまえ。当サイトはWikipediaではない。正確性は皆無だ。イタリア文化について卒論を書くつもりなら、他からコピペすることをお勧めする。特にここはしれっと創作した小さな説を真顔で事実と併記してしまう管理人が運営しているので、コピペして持って行くと簡単にバレるし、バレたときにWikiの丸写しよりも恥ずかしい思いをするのはあなたです。いや実際、マニアックなところから盗作するというのは、盗みどころを特定できてしまうということだから。気をつけたほうがいい。どこにでもある千円札を盗んでも捕まるだけだけれど、あのコの上靴を盗んだらバレたときに罪よりもこっ恥ずかしい。こんな目に遭うなら告白しておけばよかったとさえ思うことでしょう。ええ、告白はいつでも大歓迎です。

(ほんと、ここでネタにしたいくらいなんですが(こうやって、していますけれども)、ググっていただくとよくわかることに映画『オッド・トーマス 死神と奇妙な救世主』がTSUTAYAさんでレンタル開始されてから、けっこうな人気でして。で、この映画を検索して引っかかってくる、あたかも原作を読んでからその映画を観ました、的なレヴューの、半数以上が当『とかげの月』からのコピー&ペーストです。ていうかコピペしたのを別のひとが書きましたというようにそれっぽく編集されているのが多数……ブログなんて言葉のなかったころからブロガーやっていますから、こういうことは初めてではないものの、今回は、ちょっとショックもある。世の映画サイトなんてあてにならないぞ、これ。次の映画の批評は、その原作者か監督の大ファンの個人サイトを見つけて、そこから文章と見解を引っぱって来るわけだ。ううん。そうじゃないサイト管理者さんだっていっぱいいますよ。でも、他人の文章を盗み慣れているかたも大勢いらっしゃる。その数がね……ていうか、映画が良い出来で、原作者ディーン・クーンツについて日本語で検索したら、盗ったら丸わかりな私の文章くらいしか盗るところがなかったって……それがまた淋しいことではあるのですが)

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映画『オッド・トーマス 死神と奇妙な救世主』の話。

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 気を取りなおして、はじめましょう。
 明日は出張で朝が早いので、あまり時間をかけていられない。
 急速に展開してゆきます。

 このキメラ、ケルベロスやヒドラを産んだ堕女王エキドナの娘である。

 さらっと読み流してしまったかも知れないが「娘」である。

 なぜ、たてがみがあるのだろう……まあ、お母さんが上半身人間の女で、下半身は蛇で、羽根まで生えているのだから、種とか性別を超えていると言ってしまえばそれまでなのだけれども。しかし同じ母から産まれたモンスターとされるデルピュネなんかは、母譲りの上半身美女である。ギリシャ神話的には、洞窟を守っていて倒されるだけの存在で、別に人間の男を惑わせて「う、下半身はドラゴン、でもあんな美乳でブロンドの上半身が付いていては斬れないっ」などというシーンはない。おおむねギリシャ神話の英雄たちは、だれかを助けに行って、そのだれか以外は怪物だろうとヒトだろうと、躊躇なく倒す。なので、上半身美女というキャラ付けは、単にモンスター記号として差別化を図るためのものだと考えたほうがいい。

 ちなみに、現代のサブカル界では地獄の番犬三つ首のケルベロスも、原典では五十の首を持つ獰猛な犬である。困ったものだ。なにが困るって、後世の彫刻家たちがである。テメエは文字で書いているから勝手なこと書けるけれど、立体化する身になってみろよ五十も首があったら、それが犬だってこともわからない毬藻かイガ栗みたいなのになっちまうわ。

 というわけで、いまとなっては三つ首である。
 兄弟怪獣ヒドラも、いまでは九つの長い首を持つ火を吐くドラゴンだが、もともとはひとつの首を斬ったら二つに増えて再生するという臭い息を吐くモンスターで、つまりヘラクレス氏と戦っているうちに、斬っては増え斬っては増えで、やっぱり本来は毬藻ドラゴンになる。

 この問題の根本原因は、神話の作者が、あまりに登場人物が多く、奇怪な生物が次々登場するため、その場の勢いでキャラ付けをしてしまうところにある。筆がすべったというやつだ。ギリシャ神話も、日本昔話やイソップ童話などと同じく、古くから口から口へ伝わっていた妙な話を、ある時期に体系化して物語としてまとめたものだけれど、なにせ内容が神である。

 神がいかにモテて絶倫で子だくさんで産まれた子供もまた親を超える神で英雄か、そこが大事なところという物語群であったため、ドラゴンボール状態になる。そのリングでは、新人は先人よりも窮地に陥り、先人よりも強大な敵と戦って勝利せねばならない。そこが日本マンガ界の巨匠だと、二人で合体して髪が逆立つとか、そういうスマートな描きかたができるのだが、当時の未熟なエンタメ書きたちは、マンガでなくラノベだというのをいいことに「じゃあ首が五十コの地獄犬!」などというのが良い思いつきであるかのように筆をすべらせまくっていたのである。アニメ化を考えて原作を書くやつがいるかっ、と青筋たてる熱血編集さんはいまもいるらしいが、それにしたって臭い息の斬っても斬っても首が再生するドラゴンがラスボスとか、いまなら新人賞の一次選考で下読みさんに鼻で笑われて捨てられるところだ。

 そういう未熟なエンタメ書きたちのひとりが、受け持った物語。

 あるところにプロレスの試合中、バックドロップを極めたら相手の首を折って殺してしまった選手がいました。彼の対戦相手は、彼の実の弟でした。試合中の事故だったので、罪として裁かれることはなかったものの、その日から「弟殺し」と人々にそしられるようになった彼は、町を出ることに。放浪の果て、彼はリングどころか母の胎内で兄弟と試合をして敗北したという、壮絶な過去を持つ大先輩のもとへ身を寄せます。彼は、過去を忘れるため、大先輩のジムで特訓の日々を送りました。やがて、限界を越えたトレーニングによって彼の精神が浄化されようとしていたそのとき、大先輩の妻が彼に対して性的な誘惑を仕掛けてきたのです。もちろん彼は、誘いにのったりはしませんでした。しかしその結果、大先輩の妻は夫に向かって根も葉もない嘘を言ったのです。

「あの新人が私をレイプしようとしたの」

 そんなわけで、最後の拠り所たるプロレス界の重鎮から「おまえはもうショービジネスの世界では生きていけない。誇りがあるならば、ショーではなくガチでモンスターを殺ってこい」などと破門同然のあつかいを受けることに。

 彼は、大先輩が自分に死ねと言っているのだとさとりながらも、勝てるわけがない戦いへと向かうため、ペガサスにまたがるのでした。

 命がけの最終戦。
 相手モンスターは、キメラ。

 これがキメラ登場の物語である。
 ギリシャ神話では、たびたび、身内に突拍子もない行動を取る者が現れる。整然と、端正なストーリーテリングよりは「おっと、ここでまさかの誤爆!!」というプロレス的文法が好んで使われる。弟殺しの二つ名を背負って大先輩のもとで修行していたら、その奥さんに誘われたけれど断った。だからキメラと戦うことになったのです。うん。ひどいプロットにもほどがある。たぶん夜な夜な白い濁り酒でも飲みながら、九割方、ノリで作られた物語なのである。

「で、キメラってどんなのよ?」
「せやな……」
 
 話の流れからして、ヒト型モンスターでないほうがいい。あくまでギリシャ神話は口伝である。言葉の描写で「ものすごい」ことが伝わる必要がある。しかも今回のエピソードでは、プロレス界を追放されて戦うとんでもない怪物なのだから、肉体と肉体の攻防とか、目と目で語りあうとか、そういう相手では話がややこしくなる。言葉の通じない動物がいい。狂乱の堕王女ハイブリッドモンスターエキドナが産んだという設定だから、娘も怖い動物の合体がいいんじゃね?

 メスが怖いっていえば、ライオンしょ。
 ライオンの尻尾が燃えてる……
 いやその設定は前に使った……
 ていうか動物合体するんだったっけ……
 蛇!
 ライオンなのにシッポが毒蛇!
 おれ天才!!
 で、あとは……
 頭は獅子で胴体は……
 悪魔の化身、山羊でどうよ。
 おれ、マジ天才。

 目に浮かぶ。ライオンのシッポが毒蛇の段階で語る口調も浮かれきっていて、悪魔がどうとか口走ってしまった。気づいていないのである。確かに山羊は悪魔のシンボルなのだけれど、あのなあ、その前に頭はライオンって設定しているのだから、胴体を山羊にしたら、どこに山羊が山羊だってわかるあのでっかいツノが生えるわけ? ツノの生えたライオン?

 考えていないのだ。
 でも、文字だと、なんとかなる。
 のちにその物語を文字に書き起こした作者も、無茶苦茶具合を補強していく方向で書き進めることにした。山羊のカラダとツノを持つ、神話の神々のお父様、ヒト型半獣パン神は超有名神。だから、胴体が山羊と書いてしまえば、なんとそれは由緒正しい墜ちた神の系譜、というニュアンスが読者に伝わるから大丈夫との神判断。で、頭はライオンで、シッポ毒蛇。完璧。

 もちろん頭はライオンなので言葉は通じない。言葉は吐かないが、口から火は吐く。

 余談だが、「弟殺し」の名を負った悲劇の追放レスラーは、羽根の生えた白馬に乗って、この怪獣キメラをなんと倒してしまった。そのニュースが世間に知れわたり、彼は復帰どころかガチでスターダムにのし上がる。だがやがて、のし上がったのはいいものの、増長してテングになってプロレス界どころかこの世にも居場所がなくなってペガサスで空に逃げ、彼自身は太陽によって焼き尽くされ、ペガサスは星座になった。

 最後までどうでもいい展開だが、ひとつ言えることはある。
 この神話の怪物キメラに、女性器は必要ない。

 キメラちゃんは、エキドナの娘。

 けっこう有名なモンスター。
 なんなら、倒したほうのベレロフォンよりも有名。けれど、岡本太郎のわけのわからん彫刻と並べて極東の島国で雨ざらしになっているレプリカのブロンズ像でさえ、どう見ても男の子である。
 なんでたてがみ?

 見るからにあきらかだ。
 背中から山羊生えてるやん。

 モデラーがキメラを造形するに当たって、原作通りに「メスライオンの頭に、ヤギの胴体、シッポは毒蛇」っと造ってみて、鼻で笑ったのは想像するまでもない。三秒後にはキレたに違いない。

 こんなもんアニメになるか!!

 そうしてできあがったブロンズ像には、女性器はなく、男性器もなかった。ただひっそりと、尻のあたりに血を噴いている生傷が造形されている。神話では、ベレロフォンは、炎を吐くキメラの口に鉛の槍を投げ入れて、キメラはみずからの炎で溶かしてしまった鉛によって喉を塞がれて窒息死したということになっているのだが。出土していないが、おそらくはこれ、セットのフィギュアとしてベレロフォン像も、モデラーは造ったのだろう。で、そこでもキレた。

 溶けた鉛で窒息死とかフィギュア化できるかバカ!!

 たぶんふつうに、ペガサスに乗ったベレロフォンが、ふつうに槍でキメラのケツを刺しているポーズで造ったのだろう。となると、このキメラは、刺されて悶えているところだ。
 性別さえ曖昧になった合成獣が悶えている像である。
 それでキモいのか。

 納得した。

 キメラは、
 春、夏、冬の季節を統べる獣だとか。
 幻想、架空、夢の守護獣だとか。
 合成獣なので、意味付けがしやすくて、意味をつけてしまうとロマンチックに聞こえてしまいがちだけれど、要は、昔話を編纂した作者の思想がブレている。だから、たてがみとか造られちゃう。エキドナの娘だというキャラ設定が物語のなかでまったく機能していないから、単に画になるという理由だけで男の子に改変されてたてがみをつけられ、ケツに槍刺されて、さくっとやっつけられることになる。

 あと、ライオンモンスターなのに牙がないのがキモい一因だとも気づいたのですが。これたぶん、眼球と牙が宝石だったのでしょう。造ったモデラーが何百年もあとのことを考えていないので、こういうことをする。

 先日、京都の平等院鳳凰堂の屋根に飾ってある鳳凰像が、実は長い五色のキラメクたてがみのあったことがわかったとかいうニュースを読みました。よかれと思ってクリスタルの眼球とか牙とか、鳳凰の五色の羽根なんかを別素材でくっつけた結果、そこだけが朽ち果てて紛失し、後々の観覧者に「目がないっ、頭禿げてるっ」とか言われることになるのです。

 古今東西。
 歴史に残る彫刻は、一本の大木のなかから掘り出すものであるべき。

 さて、なぜにこの像が気持ち悪いのかという私の心には、これで明快な解答が出そろいました。

 出土した当時、領主はこれを守り神と崇めて自室に飾って毎日磨き、民衆は不幸の象徴として気味悪がったそうです。わかる気がする。物語性を過剰にして観客の目を惹きたい創作者の思惑が、透けて見える像です。目を惹き、私を気持ち悪がらせたのですから、作者の狙いは成功しているものの、これがホテルの守り神かといえば、人々に撫でられた痕跡も、お賽銭も見あたらないので、だれもが「キモっ、アレッツォ? 知らんわ」と言いながら変な像があったと写真だけ撮って帰るのだと思う。

 いっそ、原作に忠実に、この像が女の子だったらば。たてがみのないスレンダーな肉食獣の顔、蹄のある四肢、そして毒の蛇。瞳と牙は朽ち、彼女は異国の地で雨に濡れている。

 なんかなあ、そういう演歌調のほうが人気出そうな気がするんだよなあ。と、クーンツ師の超名作、あなたが読んでいないならこれだけは読んでおけという『ウォッチャーズ』を、新学期も始まっているのにまだ読書感想文が仕上がっていないあなたのために、この夏の推薦図書として挙げて終わります。大丈夫、読みはじめたら眠れずに読破してしまうから。いまからでも間に合います。

 感想文の秘訣は、どっちの犬もキメラなんだけれど、見た目が怪物になってしまったアウトサイダーの側に寄って綴ること。彼を理解できるだれかがいたら、アウトサイダーはモンスターにならずに済んだのではないでしょうか。という方向でまとめると、ちょっとくらい提出が遅れたって先生は感涙し、あなたのことを学級委員長に推薦しはじめるはずです。

 そしてあなたはクラスで浮いているキメラのようなあのコから目が離せなくなるかも。キメラの像を毎日磨かずにいられなくなった領主のように、異形に魅入ってしまえば……魅入られてしまえば、すべてが一変することだってある。それが良いか悪いか考えるのも、また自分。原作が悪いと思ったら改変するモデラーであってもいい。ただ、感想文はコピペしないで自分で書きましょう。良くも悪くもなくキメラの像の前を天気の話をしながら素通りするようなフィギュアになんてなりませんように。そんなのにお賽銭を投げる民衆はいないし、こっそり自分のものにしたがるマニアも現れない。この夏、『ウォッチャーズ』について語れるキメラになれ。キメラを愛せるおまえになってみせろ!!

 と、よくわからないが叫んでうやむやにしてさようなら。
 早く寝なくちゃ。

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神による創造とはまったく無縁の、かけはなれた存在だった。見るだに忌まわしい──だれもそこまでは言わなかったが。そいつ自身もアウトサイダーという自分の地位を意識していた。


ディーン・R. クーンツ 『ウォッチャーズ』

WATCHERS

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(Amazonさんの在庫もさばけきった感があるし、いまのうちに中古ででも入手しておかないと、ディーン・クーンツにR(レイ)が入った名義の作品は、いざ読もうとしてもどこにもないってことになる予感がします。なんかのついででもいいから、悪いこと言わないから、手元に一冊持っておくと、いつか役に立つはず)




 昨年のDDTプロレス両国国技館大会はめっちゃ興奮して語ったので、

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『ラリアートとキス』の話。

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 今年もそれに触れようかと思ったのですが。
 なんというかまあ、ものすごくおもしろかったけれど、もはや両国国技館が前売り段階で完売してしまう団体を宣伝することもないし、注目の男色ディーノ先生が、今年は素人に手を出さない演出になっていたので、守りに入ったかDDTプロレスリング……と、古参のファンは団体がデカくなればなったでなんか悔しい、みたいな視点で観てしまいましたし(ディーノ先生は、満員の両国に緊張しまくって噛みまくりでしたので、むしろそこに微笑んだDDTファンは多かったのでは)。

 気になったのは、縞パン(というか水色縞ブルマ)を盛大におっぴろげてオーバー・ザ・トップロープでランブル戦を失格になったプロレスラー清水愛が、予想以上に声優ファンを集めているらしきどよめきがあったため、その御方を10分そこらで退場させちゃって大丈夫なのか、というあたり。縞パンご開帳は見事だったが、松永智充にマーライオンも極められて、あれでファンの皆さんは大満足したのでしょうか。そのあとも長い大会は続いたのに、清水愛目当ての皆さんはプロレスファンがふつうにおもしろく感じるプロレスの大会をどう感じていらっしゃるのか、それとももう帰ってしまったのか。そのあたりのことが気になって仕方ない両国でした。

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Twitter / 清水 愛

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 赤井沙希の流れで、飯伏幸太と竹下幸之介はオスカープロモーション所属に。

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Twitter / 赤井沙希

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 飯伏幸太は「プロレスを広めるためならなんでもする」と語っていたから、こりゃもう新日本の『ファイヤーレオン』どころでなく、ガチの特撮ヒーローものに抜擢とかもありえそう。

 正直、飯伏幸太は本物の天然青年だから、バラエティより台本がある舞台でのほうが映える気がします。プロレス界の宝を、どうぞよろしくお願いしますよオスカーさん。

 余談ですが、両国大会のコーナーポストにもスポンサーさんとして名前が書かれてあったブラウザゲームの『リングドリーム女子プロレス大戦』で、DDT選手の美少女化第3弾が公開されまして。

 私はツイッターで以前、こんなふうに書いたのですが。

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・DDTプロレスリングの選手たちを美少女化したゲーム『リング☆ドリーム』の成り行きを興味深く見ているのですが。完成度が高すぎて不満。ヒゲ男ケニー、男色ディーノ、空気人ヨシヒコで第三弾はお願いしたい。

twitter / Yoshinogi

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 ついに男色ディーノが(女色ディーノとしてだけれど)男性向けキャラになって登場。

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DDTプロレスリングxリングドリーム女子プロレス大戦コラボレーション! DDT美少女化計画!キャラクター紹介

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 いや、なんというか、勉強になります。

 特種な位置でもの書いている私だけかもしれませんが、ああ、DDTの会場の半分を埋める女性ファンのみなさんは、男の私が、この美少女キャラクターのどこがどう可愛いかを言葉で説明できるように、男性DDT選手たちを見ているということなんですね、って。

 私、自分も眼鏡好きなので、KUDO選手の眼鏡がいつもいつも傾いているのが気になっていたのですが、こうして美少女キャラとして描いていただくと、なるほど、KUDOはここ、ちゃんとしてちゃいけなくて、むしろズレている眼鏡が愛らしいキャラなのね……

 プロレスとは人生であり、縮図。
 学ぶこと、学ぶべきことは、尽きません。

 そんなあたりで、
 DDTプロレスリング『DDT両国ピーターパン2014~人生変えちゃう夏かもね!~』について、語ろうと思えばいくらでも語ることはあるけれど、あえて語らず私は私の人生を生きよう、人生変えられちゃった夏かといえば、そんなもの昨日も今日も明日も変わりまくりだっ!!

 ……なんだかよくわかりませんが。

 良いプロレスを観た。
 糧にしよう、ということをちょっとつぶやきたかったけれど、ツイッターでは短すぎるので、つらつら書いてみただけの徒然。

(最初に「触れようかと思ったのですが」触れない、みたいなニュアンスではじめて、けっきょくは、だらだら綴っておるわけですが)

 暑中お見舞い申し上げます。

 暑すぎて蚊が減っているらしいですよ。

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「蚊」がいなくなっている…猛暑が原因か、「今年は蚊に刺されない」との実感も - MSN産経west

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 虫も生きられないとか。
 地球ももうすぐ終わるのかもですね。
 その前に、やることやっとかなくちゃ。
 ほら、今日が人生最後の日だとして。

 ……こんなもん書いている場合じゃねえな。
 
DDT

 ↑両国国技館でも大活躍だった、DDT次の推し。
 どうやら「例のプール」で撮影されているもよう。
 本気である。
 悔いのない人生を送っている。
 見習いたい。

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例のプール - Google検索

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 肉体は精神を必要としないのではないだろうか。肉体が独りでする仕事はたくさんある。肺に空気を送りこみ、血液を循環させ、食物から栄養分を搾り取る──思考力などなくても、それくらいのことはできるのだ。

BARKER

 クライヴ・バーカー 『マドンナ』

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 このあいだ、この記事を書いてから、考えたことがある。

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『魚醤ローストスペアリブのレシピ』のこと。

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 人造肉の地産地消を実現すれば、人類は家畜を「食べることなく」飼育して童話のような共存社会を築くことができるかもしれない……というような話をしている学者さんがいるが、私は培養されたブヨブヨのミンチ肉のハンバーグだけでなくホネもスジもあるかったい肉がお好みなのだ!!

 そういう主張でした。
 それはそれでそれとして。

 BiSが解散した。

BiS



 解散する前は、解散してしまったら私はどうやって生きていこうかと考えていたが、解散してみれば別にどうということもなく生きている。

 ステージで放尿することで有名になったノイズバンド非常階段とコラボするなかで「あの子たちは巫女だった」とBiSは評されていたが、つまるところそれはアイドル=偶像=依童ということであり、言ってしまえばノイズが響き生肉が飛び交う会場に、彼女たちの肉体が「在る」ことそのものに意味があるのだという……

BiS

 BiS階段の最後のライヴを収録したディスク1の全二十五曲のうち、最初の十三曲がBiSの代表曲『nerve』のノイズ版。アホである。一時間以上、同じ曲のループ。歌詞に意味はなくなっていき、踊り狂い客に向かって水を撒く少女アイドルたちの存在そのものが、器になる。

 思考力などなくても、それくらいのことはできるのだ。
 いや、思考力をなくしてこそ、できることがあるのだ。

 依童と書くとヒトになってしまうが、アイドルなどというものは、いっそ依代と書くべきかもしれない。ヨリシロは、神を降ろす器であり、生きてはいないモノ。歌って踊るアイドルは生きているけれど、生身のBiSが解散したところで、私は今日も彼女たちの曲を聴いて、そこになにかを降ろし、降りてきた神なるもので、みずからの欠落を埋め合わせている。

 モノは死なない。
 生きていない。
 皮肉なことに「いま揉めるアイドル」として、ステージからスク水で客の頭上へダイブしていた肉体派アイドルの肉体は、むしろ歌詞の一部だったのだ。生きているが、生きていない。太古の昔から言われることである。アイドルはウンコしない。そんな生き物はいないが、いるのである。それがアイドルという依代、ただ「在る」だけの、やわらかい器。

 BiSの解散アルバムの装丁が、エロ漫画界の巨匠、師走の翁の手に依っていたり、ダッチワイフにメンバーの顔写真貼り付けだったりするのが、自覚的にモノたる自身を信者たちに与えて魅せた、まさに「Brand-new idol Society」=「新生アイドル研究会」の研究成果であるように見える。

 モノだから癒せる。
 でも。
 モノだから物悲しくなる。
 ダッチワイフに射精したあとの寂しさは想像にあまりある。
 こんなことしなけりゃよかったとさえ思ってしまいかねない。
 だから、弱いヒトはアイドルを求める。

 私のために神を降ろしてくれる、
 モノになってくれる生きた巫女を。
 生きていないことにしておいてくれる、
 やわらかくてあたたかい依代を。

 解散していないが、聴かなくなってしまったアイドルグループlyrical school。

lyrical school

 lyrical schoolに改名して最初のアルバムまでは聴いたが、先日発表されたこの新曲を、私は入手していない。彼女たちは、デビュー当時tengal6という名だった。ゼロからアイドルグループを作ろうという企画で、スポンサー企業とメンバーを同時募集し、六人の少女と、スポンサー企業TENGAが決定。

 tengal6という名は「テンギャルシックス」と読む。
 「テンガ少女6人組」という意味だ。たぶん。
 TENGAさんといえば、こういう商品群で知られる。

TENGA

 男性用のオナニー器具である。
 しかし、いわゆる大人のオモチャとして知られる、これまであった同種の商品のように、女性器を模したり、エロいイラストの箱に入っていたりはしない。私は薬屋でもあるので、この企業の製品がどれほど革新的であったかを痛感している。男性のマスターベーションのための器具が、きれいでオシャレな姿で売り出されたことによって、薬店やコンビニでまで売られるようになったのだ。エロ装丁の、女性器を模したエロピンクなオナホールでは、開拓できない販路だった。

 某市長が外国の軍隊に向かって「風俗を活用しろ」と進言したのが叩かれまくっていたが、現実的に男性にそういう欲求が生理現象として存在してしまう以上、異国で金網に囲まれた軍事基地に駐留するという日常のせいで性犯罪者が生まれるのだという視点は間違ってはいなかったと感じる。たぶんあの市長は(現実に子だくさんだし)、テンガの存在を知らなかったのだろう。オナニーの未来を作りあげるTENGA社の製品群と心意気を知っていれば、あのひとこそ、外国の軍隊に「うちの国の企業が作っているすばらしい製品だ。なんなら輸出もするぜ」などと言ってダンボール箱でテンガを贈りそうなものである。やってくれていたら、それを各紙がどう取り上げ、どう断じるのか、読んでみたかったところではある。

 ともあれ、そういう企業が、アイドルグループを作った。
 中身は正統派だった。
 ファーストアルバムは、いまだに私のiPodから削除されず、ときどき再生もされている。

TENGA



 でも私のなかで、彼女たちの曲を聴くとき降りてきたものは「これいい曲じゃないか、売れたらテレビの歌番組なんかに出て、名前の由来はって訊かれて、そうやってTENGAさんの高い理想が実現され、ふつうにテンガのテレビCMなんかが流れる近未来がやってくるのかもしれないなあ」というようなことであったものだから。

 男も女も、依代が、器が、安寧に生きていくために必要なのだと、語り合いこそせずとも、だれもがわかり、そこに偏見も、罪悪感も、必要以上に感じないでいられる世界。フィクションと現実を、ごっちゃにして規制しない世界。狭くて妙な神を求めるだれかに、狭くて妙な神を生み出したいだれかが表現して安価に売ったりできる世界。コンビニでテンガをカゴに入れてレジに行ったら、レジっ娘が「あらこのひとはオシャレに自分の欲求を自己処理できる大人だわ」なんて受け止めてしまったりする世界。そういう世界の入口に、tengal6は、いたから。

 売れるために改名するとか。
 それもリリカルスクール?
 可愛らしいですねえ。
 私は聴かなくなった。
 いや、彼女たちをどうこう言うわけでもなく、ファンの皆さんはガンバッテ下さい。ただ、私は彼女たちに大きな夢を見てしまったがゆえに、改名は大きなショックだった。それは事実だ。巫女が巫女の衣装を着ているというのは非常に大事なことで、テンギャルがテンガを宣伝しないなんて、そりゃいったいなんなのさー、と、こっちがラップで歌いたいくらいだぜヨーホー。

 あ、もちろんオナニーの未来を考えるTENGAさんは、女性用も製造しています。

TENGA 

 この製品もモニターさんの協力によって完成したとか。男性用と違って充電池が入っているせいで高価なため、オシャレにしても薬屋などでは見かけません。男みたいに単純じゃないですものね、いろいろと。描く未来も奥深い。

 そんなあたりで、話がもとに戻るのですが。

 さらなる未来について、考えたのです。
 
 アイドルは、生々しすぎる。
 シリコンは、オシャレすぎる。

 その次に来るもの。

 生きていない肉による、やわらかい器。
 血は通っていないので、抱いてあたためて使う。
 ふたつがひとつになるくらい同じ温度になったあとで。

 私は包まれる。

 この巫女を欲する信者は飢える者の数ほどいるはず。

 そういうことを、考えていました。
 クローン技術って、知性あるヒトをヒトが生み出していいものかという視点で語られがちだが、生きた家畜を殺すことなく細胞培養して生きていない肉を食す未来が「在り」ならば……

 知性のない「人肉の」ダッチワイフを作るのはどうなんだろう。
 むしろその狭くて妙な神をこそ欲する層が、絶対にいる。
 倫理的な問題はないように感じる。
 培養肉は生きていない。
 だれも殺していないし、個人的に手に入れて処理するのならば、だれに迷惑をかけるわけでもない。

 人造肉は、コスト面が難問だという。
 いまのところ生きた肉のほうが安いのだ。かなり未来に行っても採算が取れないみたい。だから、だれもホネやスジまである本物そっくりのスペアリブを家畜を殺さず培養して作ろう、などという商売をはじめない。
 しかし、アイドルならどうかしらね。
 採算ベースに乗りませんかね。

 彼女や彼は、在るだけ。
 指一本触れられない。
 幹細胞を培養し、正真正銘の自分の「肉」を求める者に与える。
 生きているアイドルから切り離された、
 生きていないアイドルの「肉」。
 やわらかい器。

 他にもここには書けないようなアイデアがあります。
 手を組みませんか、そこの某研究所をクビになったあなたとか。

 需要があります。 
 未来を作るのです。