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Bushi0

某パレードで見たハーレー乗りのかた。
鎧武者がアメリカ国旗あげてハーレーとか。
ハーレーに革ジャンサングラスで入場し、
大和の国がどうとか熱唱するカリスマを、
連想せずにはいられないのですけれど。
あれもそれもこれも、なんかカッコイイ。
このパレードの武者も。
鎧とバイクの親和性って、なにこれ。
バイク乗りから見ても、理にかなっている。
兜とヘルメットの類似性はあきらか。
肩や腕のガードは、バイカーズジャケットよりも、
武者装束の袖と籠手のほうが頑丈そう。
手甲は指を動かしやすく、手そのものは守る。
そうしてみると、気づきます。
鎧も、現代のバイカー装束と同じコンセプト。
転倒したときに身を守る構造になっている。
私もバイク乗りです。
想像してみます。
鎧を着けて、愛馬にまたがって。
エンジンに火を入れて、敵陣にまっしぐら?
……おっと、怖い。
なにが怖いって、自分自身ではなくて。
自分は鎧を着ているわけですから。
飛んでくる矢に当たるか否かは運次第。
怖いのは、タイヤ。
現代でも変わりません。
風で舞うビニール袋とか、ナイロンロープ。
そんなものがホイールや、チェーンに、
絡まるだけでバイクが前転して死亡事故。
後ろに乗せた彼女の長いマフラーが絡まったり、
そういう事故だって多いのです。
矢を射る敵も、ちょっとベテランならば。
前輪を狙えばいい。もしくは燃料タンク。
バイクの燃料は運転者よりも前に溜まっている。
そこを射られたら、ガソリンまみれ、爆発。
むかしだってそうだったのではないでしょうか。
鉄の鎧で肌を隠した武者が突っ込んでくる。
でも、乗っているのは生の馬。
頭脳明晰知略の軍師でなくとも、馬を狙うべき。
長刀振りかぶって、切りつけるなら、馬の前脚。
もしくは長い首の頸動脈のあたり。
大転倒の結果、鎧武者、地に這う。
そうだったはずです。
だから、鎧は転んだときのための装備なのです。
現代のバイク乗りと、なんら変わらない。
鎧武者が凛々しく見えるのは、だからかも。
天から無数に降ってくる弓矢の雨のなか、
たまたま生き残れば敵陣へ特攻、
落馬しても生きていれば撤退してやりなおし。
受精の光景のようです。
数万匹のうちの一匹が、
運よく敵の大将にたどり着いたならば。
そこではじめて、刀は鞘から抜かれる。
そこへ至るまでは、鎧、それそのものが武器。
運を勝ち取るため攻めるための、人造の厚い皮膚。
バイクがカッコイイのって、いまもそれ。
敵もいないし電車も走っているのに、
あえて転んだら死ぬ馬に鎧を着てまたがる。
おのれと戦っているのです。
という意味では、サイドカーはいただけません。
戦車を鎧着て操縦していたってカッコワルイだけ。
鎧武者は転ぶ馬に乗っているからこそカッコイイ。
ハーレーよりもレーサータイプのバイクのほうが、
鎧武者には似合うと思います。
……ん。そういえば、いま、
まさにそういう仮面ライダーですね。
鎧着たヒーロー、オフロードバイクに乗せる。
そう、意外と。
機動力ある軽い車種にこそ、ゴツい鎧は似合う。
理にかなっているなあ。

GAIMU

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 このところ、ドラゴンボートレースをモチーフに小説を書いていました。それがどこからひっぱってきた題材かと言えば、上記某パレードもおこなわれる、兵庫県の祭り。毎年、観に行っています。パレードがあり、花火があり、競漕がある。今年は開催地近辺が大河ドラマの舞台にもなっているので、なんでもかんでもそこに結びつける勢いで、鎧武者もハーレーダビッドソンに乗っているというわけなのです(去年は鎧を着ていませんでした)。

 そんな土地で、ふらっと立ち寄ったホテルに、岡本太郎さんの『繚乱(りょうらん)』という像が建っていた。

Ryouran

 しばらく見てた。なんだか、笑えてきた。なんで金色なの? どう見ても感動させようとかそういう意図じゃないよね? ちなみに『繚乱』のすぐそばには、キメラのブロンズ像がある(こちらは太郎さん作ではない)。

Chimera

 どういう配置なんだ。なにを悟らせたいんだ。いよいよ、くすくす笑ってしまいます。ともあれ、そんな出会いがあった直後だったので、今朝のニュースに、へえ、と、ちょっと食いつく。

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太陽の塔〝第4の顔〟復元へ - MSN産経ニュース

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 いまのところ2017年には太陽の塔の内部が一般公開される予定で、今朝のニュースはそれにあわせて、「地底の太陽」を復元しようということになりましたという話。

 第四の顔、と呼ばれるのは、太陽の塔のてっぺんにある金色のパラボラアンテナみたいな顔が「黄金の顔」で、おなかにあるのが「太陽の顔」、背中に彫られているのが「黒い太陽」だから。よくわからないことに、1970年の大阪万国博覧会で太陽の塔の内部、それも地下に展示されていたオブジェ「地底の太陽」が、万博後からずっと行方不明なので、作り直して設置するとか。

 いや、あのね。「地底の太陽」って、高さ三メートルで、幅十メートル越えるんですよ? 行方不明ってそもそもなんなんだ。

 えへん。
 これについては私、一説もっています。
 たぶん、細切れにされて、関西各地の建設関係者の自宅に飾られているのです。
 えー、大きな声では言えないのですが。
 根拠も提示できてしまう。
 私の父が、まさに大阪万博当時、土建屋さんだった。
 で、実家のリビングにこんなものがある。

Ballbolt

 これ、太陽の塔がにょっきり顔を突き出していた、大天井のボルトだという言い伝え。

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太陽の塔 大天井 - Google 検索

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 あの奇っ怪な建造物を組み立てるために、ボルト一個から製造された、その一個とか。窃盗です。窃盗罪の時効は七年なので、たぶんここで書いてもダディはピーポーに乗せられて行ってしまったりはしないのではないかなと思いながら書いているのですが。

 太陽の塔を取り囲んでいた大天井のボルトがここにある。そのころ若造だった父の懐にさえ、そういうものがおみやげとして転がり込むのですから……万博終了後、太陽の塔の内部が非公開になることは決まっていたので、第四の顔「地底の太陽」なんて、お、部長はそっちを持って帰るのかい? 社長はやっぱり顔の部分をお持ち下さいな、とか、そういう流れであったことは想像に難くない。どう考えたって、外側の太陽の塔が存続して、内部の出入り口から持ち出せない大きさのオブジェが消えるなんて、ルパン三世や怪盗キッドというよりは、まわりの大天井や他パビリオンを解体した建築関係者の仕業です。

 罪を憎んで、ひとを憎まず。
 耐震工事して、内部一般公開しましょう。消えちゃった「地底の太陽」は、ないないしちゃったひとたちの自宅をガサ入れしてパーツを取り戻し修復するよりは、設計図が残っているのだから、新しく作り直したほうが早い。

 賢明な判断です。
 ていうか、たぶん、それを決めた大阪府の役人さんたちのダディとかグランパも、盗っ人であり、リビングには変な形のボルトとかが飾ってあって、自慢げに「これはあの太陽の塔のな!」なんて聞かされて育ったに違いない。

taiyounotou

 ↑『超合金 太陽の塔のロボ』
 2014年9月30日発売予定、予約受付中。

 コンバースさんも来月、太陽の塔柄スニーカーを発売するそうです。万博公園のおとなりのユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)もハリーポッター増築で外国人観光客が増えていますし、一般公開間近で太郎作品が世界的に再認知される気運が高まっているのかも。

(って言っても電車で小一時間かかりますので、ハリポタついでに太陽の塔を見るなら、ホテルは二日押さえておくべきだと地元民として進言しておきます。太陽の塔のそばにある民族学博物館は一日潰せます。首刈り族の刈った首のミイラが幼い私のトラウマになった場所です。乾いてちっちゃくなるんですよ、刈られた首って)

 だったら、過去の復元にとどまらず、もっと知恵絞って付加価値山積みしていくべきではなかろうか。世界へ、発信!!

 ガイジンさんが先入観なく見たら、ぜったい円谷プロ製作のキャラだと思う太陽の塔。実際、ウルトラマンの放送直後の時期に岡本太郎によって描かれた。

 そのころの日本は、グレート・イトウ(上田馬之助)や、ヤマハブラザーズ(山本小鉄×星野勘太郎。逆の疑いもあり)という日本人プロレスラーが世界を沸かせはじめていました。今年2014年だって、TNAにサナダ(真田聖也)、WWEにKENTAという才能を送りこんだ記念すべき年だけれど、なんだか優等生ぽい。日本人が世界でウケたのって、思わず苦笑しながらも「あいつらまじめな顔してどこかイッちゃってる」と賞賛される立ち位置で進出していったからだと思うのです。





 岡本太郎と太陽の塔が、ふたたび世界に認知される機会を得たいま、そのついでに、ハリウッド版『GODZILLA』なんかに負けない日本オリジナル新作『ゴジラVS太陽の塔』を真顔で作って配給すべき。
 それでこそ大和魂。
 そういうのこそ、
 CoolJAPAN!!
 って、大笑いされると考えます。

 え、あれ、マジで日本のオーサカシティにいる巨大ロボなの?
 ニッポン行きてええ、ってなるはず。

 そういうの期待してやってくるガイジンさんたちを、ハーレー乗って登場して大和魂の歌を歌う筋肉質なフォークシンガーとか、ハーレー乗ってる鎧武者(仮面ライダー含む)のパレードなんかで迎えてあげれば、きゃっきゃきゃっきゃと猿のようによろこぶのではないでしょうか。売るべきは、そういうのですよ。

Tsuyoshi Nagabuchi All Time Best 2014

 実は、このアルバムを聴き込んでいて、私のなかで長渕剛も再評価中。遠い昔、彼と彼女が結婚していなかったころ、まだ私の友人である彼にくっついて遊びに来た感が強かった彼女が、『DEAD OR ALIVE Xtreme Beach Volleyball』で巨乳ビキニ美少女ビーチバレー対決しながら、そのBGMに長渕剛がバリバリにアメリカどうたら歌っているのを流している私たちを眺めて、猿のように笑い出して止まらなくなったのを思い出します。

DOAX

(初代Xboxで、ゲーム中にハードディスクに溜めた音楽をBGMとして流せるというのは当時のゲーマーたちにとって画期的で、こぞってそこにギャップを生み出すのが流儀でした。ホラーゲームにハッピーラブソング、エロビーチバレーには反戦歌)

 やっているひとたちは血管切れるほどに真顔。
 ゆえに熱すぎて、腹抱えるほど滑稽。
 =いい想い出。

 そういう要素がクールジャパン計画全体にとってキモのような気がする。日本のエロアニメやマンガが「HENTAI」と称され海外でもてはやされるのも、イきすぎて笑うしかない設定が多用されているところがカナメです。ふたなりとか、ヤオイ穴とか、大発明。でもね、さすがに国が太陽の塔をポルノとして輸出するのはマズかろうから、せめてゴジラと戦わせるくらいはしてもいいんじゃないでしょうか、と。そういうプレゼンな今回なのでした。
 いや、ちょっと本気で世界で売れるんじゃないかと思うんですけど。

『GODZILLA VS Tower of the Sun』

 Coming Soon !!

GODZILLA

Sparerib

○材料

骨つき豚バラ肉 適宜

●加熱するソース材料
しょうゆ 大さじ3
白ワイン 大さじ2
さとう 大さじ1
みりん 大さじ1

●加熱しないソース材料
魚醤 大さじ3
ごま油 大さじ1
にんにく(みじん切り) 大さじ1
しょうが(みじん切り) 大さじ1
白ねぎ(みじん切り) 大さじ1
すりごま 小さじ1
豆板醤 小さじ1
レモン果汁 小さじ1
白こしょう 少々

○作り方

1. 加熱するソース材料を火にかけ、アルコール分を飛ばしたのち、冷ます。
2. 冷めたら、加熱しないソース材料を加え、まぜる。
3. 豚肉を茹でる。10分くらい。

Sparerib1

4. 茹だった豚肉を水洗いしてビニール袋に入れ、ソースに漬ける。ビニール袋から空気を抜いて密封し、冷蔵庫で半日以上寝かす。

Sparerib2

5. 焦げ目が付くまで焼く。

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 添えてあるのは椎茸。
 ていうか、ホットプレートで焼肉したときに、スペアリブも焼いたので、ちょいと取り分けて写真撮りました。肉汁が下に落ちる構造の、受け皿に水を張って使うホットプレートが我が家にやってきて、そのすばらしく煙の出ない具合から、焼肉率が上がっている今日この頃。

ZOJIRUSHI

 こういう多枚数プレートに水受け油受けなども付いた機種だと、片付けるのが面倒だということをおっしゃるお客さまは多く、事実、取扱説明書通りに片付けようと思うと、それはもうパズルのようなことになってしまうのですが。
 我が家では、外箱を加工して、このように。

Hotplate

 真上から写しています。
 すべてを段ボール内に縦置きしてクローゼットイーン。面倒くさいと稼働率が下がりますので、家族の一員のように押し入れに閉じ込めておけば、使いたいときには引っぱり出すだけです。

 話を料理に戻しましょう。
 実は、上記レシピの大半、以前書いた記事からのコピー&ペースト。

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『焼肉のタレ、手作り、レシピ、つくりかた』の話。

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 つまり、実際に私がおこなった作業は、冷蔵庫に保存してあった作り置きの焼肉のタレに、しょっつるを加えただけ。市販の焼肉のタレでもかまいません。しょっつるやナンプラー、魚醤のエキゾチカルバーニングな香りが、焼肉ではなくバーベキューソースと呼びたいそれに変わります。

 私のレシピは甘いの嫌いなので辛めですが、もしもあなたが魚醤バーベキューソースのスペアリブ漬けを持って、友人たちとの持ち寄りバーベキューパーティーに参戦するのならば、分量外の「はちみつ」を加えるとよろしい。焦げ目が付きやすくなり、甘い匂いが立ちのぼり、それがまた魚醤のエキゾティークミネルバな芳醇さとあいまって、一般ウケ必至のライオネス飛鳥級です。

(どうでもいいですが、私は苦節二十年は経ちますが、いまだ「ライオネスアスカ」という語感に勝てる呪文を紡ぎ出せずにいます。パラエストラヒガシオオサカドウジョウニュウカイボシュウというのも最近ではスゲエなあと感じたのですが。でもやっぱり追いつめられたとき、アーライオネスアスカー、とつぶやいている自分に気づくのです。なに言ってるのだかわからないでしょうね。まあいいです。ちなみに女子プロレスラーとしては別にライオネス飛鳥さん推しとかそういうことではありません。あくまで脳裏に焼きつき、こびりつき、ときに頼ってしまう呪文語句語感としての評価)。

 我々は宇宙の覇王にはなれないのぉっっ!!?

 というところで前回は終了。

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『魚醤ドレッシングのレシピ』のこと。

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 そこで、鶏ササミなんかぬるいわ、魚の屍体汁に漬けたスジばった骨つき豚の屍体肉を匂うほど焦がして喰ってこそ覇王道の三丁目。そういう思いでの今回でした。焼いて食べて、ライオネス飛鳥さんについて語ったら終わってしまいました。

 ローストスペアリブ、好きです。

 えーと、なにか話題は……
 そうそうそう。
 肉といえば、先日読んだこの記事。

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「人造肉を地産地消で」、研究者が提唱 - ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト

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 生きた豚を「幹細胞を採取するために」飼い、実際にはその採取された幹細胞から培養した人造食肉を売る。そうすれば人々は「ブタさんのお肉」と口にするとき、豚の屍体や、シャーレに培養された肉らしきものではなく、肉屋の店先で飼われている、ちゃんと愛称もつけられた豚の真二十一郎(しんにじゅういちろう)のことを思い、彼によって生かされていると知ることができる。

 つまり、幼児が昨日食べた真二十一郎の肉のお礼に、肉屋の店先で「きのう食べたしんちゃんのお肉はおいしかったです。これあげる。いつまでも元気でね」などと言いながらエサを与える微笑ましいシーンなども展開されるようになるということである。

(余談だが、私は牛農家の孫なので家畜にはそういう名前をつけるのだと知っている。血統と世代が重要なため、命名にさいし、変わった文字と数字の組み合わせを選択してしまうのだ。初代真一郎の子は真二郎。それがくり返された結果、真二十一郎というような名前になってしまうのだが……人造肉の地産地消が実現して、肉屋の店先で豚が飼われるようになったなら、その豚は天寿をまっとうするまで飼われるのだろうから、十年は生きる豚が二十一世代目になるころには、人類はかつて豚を殺して食べていたことも忘れてしまっている? というのがここからはじまるローストスペアリブのレシピとはまったく無関係なお話の方向性)

 そういうすばらしい未来の話はさておき、私がうーむと思ったのはそのあとのところ。

 マイクロソフトやグーグルの創業者が、人造肉の開発企業に多額の投資をしている。ということは、そういう時代はきっと来るのだろう。よく言われることだが、人類滅亡の危機が来てもどこかのすごく頭のいいひとが解決策を考えてくれるはずだという楽観論。少なくとも、アメリカ人がハンバーガーを食べられなくなってこの世をはかなみ、レミングスの群れのように崖から次々に飛び降りてこの世が終わるというようなことはない。

 ハンバーガーであれば、なんとかなるということが書いてある。
 しかしそのあとに記された哀しい事実。
 私は、それが気がかりだ。

 ステーキは、はるかに大変。

 素人考えでも、それはわかる。真二十一郎の幹細胞から、もろもろぐちょぐちょしたミンチ肉のようなものを培養するのは簡単そうだ。細胞分裂させることさえできれば、量はいくらでも増えるし、もろもろぐちょぐちょしていようが、人類にはすでにクズ肉を成形して均一食感なチキンナゲットを製造する技術がある。チキンナゲットはいま現在もチキン100パーセントではないし、真空パックされたお弁当用のレトルトハンバーグは、逆にチキンを主成分としながらビーフとポークの合い挽き肉のような味がする。自由自在だ。

 成形肉のステーキというものも、いま現在、どこでも売っている。
 だがしかし、そのパッケージには、決まって書いてある。

「やわらかくてジューシー!!」

 そりゃそうだ。
 クズ肉を脂肪分で成形しているのだから。
 霜降り神戸牛の例を出すまでもなく、ステーキの舌溶け具合は、熱でとろける脂肪がどれほど含有されているかどうか。極論、バターこそ、口に含んだ瞬間、体温によって舌の上でとろける、究極の「やわらかくてジューシー」な家畜由来食品である。

 私は、赤身が好きだ。
 かたい肉が大好きだ。
 骨つきスペアリブが好きだ。
 両手の指を汚しながら、肉を骨から歯でこそげとって、噛みしめても噛み切れず、食べ終わっても歯と歯の隙間にスジが挟まってしまって鬱陶しい。
 そんな肉が、この世から消えたら、泣く。

 しかし、培養された人造肉では、いまのところステーキに似た形にするだけでコストがかかりすぎて現実的ではなく、骨とかスジとか……つまり、ローストスペアリブのローストスペアリブたる最重要な部分にいたっては、まだまだ最前線でも造る試みさえされていないということらしい。

 これは、私にかぎったことではないはずだ。
 ビル・ゲイツが、私に初代と二代目のXboxを売りつけた金で人造のハンバーガーを造ろうとしているのは、地上から食糧危機をなくそうという崇高なる精神の発露であるかもしれないが、そこではまったく地上からバーベキューや焼き肉が消えてなくなることは問題にされていない。
 そこを問題にする人類の一派がいるかぎり……

 真二十一郎の眉間には、明日も屠殺銃の尖った針が撃ち込まれる。

 いま、眉と眉とを寄せましたか?
 唇の端を歪め、涙さえこぼしましたか?

 いえ、私が話しているのは、未来でもそうやって殺した豚の屍体の一部に魚という種族を塩漬けにしたことによって生まれる液から作る秘伝のソースを塗りつけて焼いたこうばしいローストスペアリブが食べられたらいいなあ、ということです。
 心から、そう思っています。

 私はそういう未来に生きたい。
 人造食肉ハンバーガーが当たり前のものになって、それによって飢えた子供たちが地上から居なくなり、だれも死なないでみんながファットでマッチョなダイエッターになったならば、屠殺場から出荷された血の滴る正真正銘の動物の肉を食すのは、いまよりももっと高度な趣味になっていることでしょう。

 数年前まで、トーフさえガイジンは食べなかった。一世紀前の日本人だって、米の消費が半減するだなんて想像だにしなかった。日常の食事でさえ、いまの人類にとっては、かなり高度な趣味の域。ベジタリアン? 野菜しか食べないと言って生きていけるなんて、趣味で生きることを許された恵まれた環境に暮らしていることの、なによりの証左。

 趣味に生き、趣味に死ぬ。
 いくら人造肉が進化しても、人類は地球を食いつくすのをやめたりしない。
 それでこそ人類だと思うのです。
 良いか悪いかで論じると良くはないでしょうが。
 この星に、人類が生きている時点で良くはない。

 良くはないが。だがしかし。

 わざわざ殺した豚の骨とスジの多い食べにくいところを、魚の風味に味つけして、焦げるまで焼く、そういう料理に、こいつあたまらん、と、むしゃぶりつく自分を、悪いと言いたくもない。それは人類の繁栄の否定だ。そもそも殺して増えてきた。いまさらなに言ってんだ。

 釣り竿も、屠殺銃も消え失せた未来など、想像しない。
 この星の王たるヒト種族として、ふさわしい未来を夢見る。
 私はヒトである。

 魚醤で覇王道シリーズ、全二回、おしまい。


Fishsauce1

○材料

魚醤 30cc
ゴマ油 15cc
サラダ油 15cc
レモン果汁 30cc
酢 15cc

○作り方

 まぜます。
 できあがり。

 上の写真は、裂いた蒸し鶏に、湯通ししたニンニクの芽、刻んだザーサイを合わせたもの。これをお好きな野菜とともに豆腐にかけると夏らしい爽やかメニューに。

Fishsauce2

 揚げた肉との相性もよいので、砂肝とか軟骨とか揚げて、水にさらした生タマネギなんかと皿に盛って魚醤ドレッシングぶっかければ、飲み屋さんではなかなかお目にかからない酒の肴になります。これなに? 魚醤ドレッシングなんだよね。そういうところから会話ひろげるのも可。

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 しょっつるをもらいました。
 なかなか自分で買わない調味料をいただけるのはうれしいものです。

 しょっつるといえば秋田。
 しょっつるといえばハタハタ。
 ハタハタといえば絶滅危惧種。

 そう、しょっつるも一時期、絶滅の危機に瀕していた。

 アホほど漁れる魚だったから、だれもハタハタが海からいなくなるなんて思わなかったのだけれど、そういう現実は意外にあっさりやってくる。

 ほんの十年ほど前の話。

 これはいけない、私たちはなにをやってしまったのだろうかと悔いた漁師たちが、自主的に三年間の禁漁期間を設定した。人類史上、初めてにして唯一の出来事だそうです。なに乱獲しとんじゃハタハタおらんようになるやんけ、と国から怒られたわけではない。動物愛護団体から訴えられたわけでもない。ハタハタを漁って売って生きていた、漁師たちみずからが、漁獲量の激減に、みんなで禁漁しようと決めた。

 漁れる量が減ってきたから、しばらく休んで増えるのを待とう、というのは、ふつうに考えたら当たり前な発想だけれど、それが生活の糧だとなったら話は別。ハタハタがいなくなっても困るが、かといって禁漁なんて続けたら、漁師さんたちが絶滅する。

 だから三年。
 ぎりぎりの三年。

 いまも、秋田の海に以前ほどのハタハタはいないけれど、秋田県のホームページでグラフ見てみて。急激に漁獲量の減ったあと、禁漁の三年間が明けてから、徐々に漁獲量は増えていっている(本当に微々たるもので、全盛期とは比べものにならない程度ではあるのだけれど)。

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秋田県におけるハタハタ漁獲量の推移 | 秋田県公式Webサイト 美の国あきたネット

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 この国のいまだから、起こせた人類史上初かもしれない側面はある。魚は売れなくなっているし、人口は減り続けている。そういう背景あっての、ハタハタ復活かもしれない。けれどやっぱり、これはヒトがヒトたることのあかしで、考える葦であって枯れた葦ではないことの証明だ。そもそもが自分たちが考えもなしに食べまくってハタハタを絶滅させかけたのだから、それを美談だと捉えるのは傲慢だ。けれどもそれを差し引いても、愚かしく救いようのない種族ではないことを示してみせることができたのだと、謙虚に誇ってもいい出来事だとは思う。

 どうせ地球は滅びる。
 この文脈でこういうことを書く私は私を愚かしいと思うが、魚を食べなくても、肉を食べなくても、野菜を育てなくても、合成できるくらいの技術をすでに人類は持っているのに、他種族の命を摂取し続ける、その行為は、どこかで割り切る必要がある。

 すべての生命は宇宙船地球号の乗組員。

 そうであるなら、ハタハタの身をむしり、骨をしゃぶる我々は、優雅に隣人の動脈に牙を突き立てて血をいただくヴァンパイアよりも、ずっと野蛮で見境のない同族捕食者の集団だ。

 隣人を塩漬けにして保存したら汁が出た。
 その汁をガラス瓶に詰めて道の駅に置いた。
 私の友人が、それを私のために買ってきてくれた。

 生き物の体液を発酵するまで放置した塩辛い汁。
 しょっつる。

 こういうものを食すのは遊びだと割り切らねばならない。
 ハタハタしか漁れなくて、それから作る汁まで調味料にせざるをえなかったころとは違う。私の家の目の前にはコンビニがあって醤油が売っているどころか、できあがった料理まで並んでいる。

 けれどあえて、塩辛い魚の汁を豆腐にかける。
 ゴマの実の油を、オリーブの実を贅沢にしぼった処女油などという卑猥なものに変えてみてもいい。

 美味である。
 おみやげありがとう。

 それはそれとして、台所に一本置いておこうかなあ、と選ぶならば、しょっつるではなくナンプラーがおすすめ。

nam pla

 ナンプラー選手、しょっつるに勝利!! 
 というわけではなくて、味に差はほとんどないから、というのが理由。
 多国籍料理では多用されるナンプラー。
 量が売れれば値段は下がる。
 しょっつるよりも、お安く手に入ります。

 大豆を発酵させるだけの醤油だって美味いの不美味いのあるのだから、魚を原料とする魚醤には明確な味の差が生まれそうにも思えるのですが、少なくとも私は醤油のように魚醤の味の差を感じたことがありません。むしろ、世界中の魚醤が、それぞれに進化したのにどれも似たり寄ったりな味なことにこそ驚きを感じます。ヒトがヒトの形になったように、魚醤は魚醤として進化の果てにたどり着いた調味料なのかもしれない。

 って。おみやげにもらっておいてなんて言い草だ。いや、もちろん差はあるのですよ、良いしょっつるは美味いし、ナンプラーとは違う日本的な風合いが確かにあります。でも、その味の差に自分で金を払うかというと……醤油もですけれど、調味料の味の差に金を惜しまずにいられるかたって、舌も心も超リッチだと思いますわあ。

 だからもらったらうれしいんじゃないですか。
 私にしょっつる買ってきてくれた友人も、私へ買ったついでに自分のも買ったそう。そういうのも、自分のためだけだと買わなかったりするものなんですよ。いや、だからまあ、もらった側が言うこっちゃないんですが。

 そういうの含めて、食は遊び。
 美味いなんていう理由で、食べなくても生きていけるものを選択して食べ、傲慢にも自身の人生を最優先する。
 吸血鬼よりも怖ろしく身勝手な生き物。
 でも恥じない、開きなおる、その心構えがなければ、なんでもいただいちゃう人類の一員なんて、やっていられない。

 冷蔵庫にビン詰めの屍体汁。
 マッドな自分に、酔うのです。

 冒頭のレシピの最後にも書きましたが、魚醤ドレッシングなんだよね、というところから話しはじめるならば、植物ではなく、動物のなにかを、味を調えるための料として使用するということについて考えをひろげてみて欲しい。これって実のところ、発想自体がかなりものすごいことです。揚げた鶏の肝に、魚をかけて食す。この星を征服した覇王の食事。ヒトはなんだってできるし、なんだってやる。だから自制心が必要なのだと思い知るきっかけにしてみたい真夏の夜の宴。倫理って大切。大豆じゃなくて魚で醤油を作るのはよしとしましょう、でも、その先はダメ。その先ってなに? ヒトとして踏み越えてはいけない一線とはどこにあるの。我々は宇宙の覇王にはなれないの? 

 そんなことを考えつつ、深酒してください。
 私はします。

(蛇足ですが、同じく冒頭レシピの最後に書いている「酒の肴」という言葉。「肴」というのがそもそも「酒のつまみ」という意味なので、「酒の酒のつまみ」ということになってしまい、正確ではない。本当は「肴」のみで意味が通じなければいけないのですが、通じないからこのような言い回しになってしまいます。「肴」を「さかな」と読むのは本来は「酒の菜」(酒を進めるための一品)というようなことなのですが、日本だと酒のつまみといえば魚だったから、ごっちゃになってややこしいのが原因。近ごろではむしろ「肴」は肉なことも多いですし、読みを変えてしまったらいいのにと思う。「肴」=「めあり」とか。日本語に少ない読みにしてしまえば「めあり」だけで「酒のつまみ」と誰もがわかるから「めあり」が普及すれば「酒のめあり」などと誤表記するひとはいなくなるはず。使い勝手の悪い言葉をそのままにしておくと、廃れてしまって日本語の危機。「肴」という言い回しも、きっともう数十年で消えます。消えるくらいなら読み方を変えて再流通させてあげるのが魚心あれば水心というものではないでしょうか。ちなみにこの「魚心あれば水心」の使い方も間違っています。意味がわかりにくいと廃れる世の中なのです。日本語の素敵さを後世に残すためには、マニアックに日本語を使うのではなく、なにもかもをわかりやすくすべき。時代とともに日本語は変わるなんて言っていますが、そういうこと言っているうちに公用語が英語になってしまった国がどれだけあるか。クールジャパンが売るべきは日本語。売れやすいようにすべての日本語を擬人化して萌えと受けと攻めと責めとメガネにわかりやすく分類すべきだとここに提言いたします。「めあり」は私のなかでは受けでノットメガネです。みなさんのはどうでしょうか。蛇足が過ぎますね。だいたいこの「蛇足」という言葉も……以下略。略した部分は、どこかでめありをつつきながらその反応を堪能しつつ飲み、話しましょう)