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 モノクロームなピラミッドの頂上まで数メートルの位置で、心を決めたItoは、振り返る。

「つまりきみは、この星で作られた?」

「ええ。受信機は同時に、このようなヴィアールの製造機でもあるのです」

「ヴィアール。それは翻訳してくれないのか」

「こうした技術に、あなたがたは到達していません。よって対応する語もない。ただし小説と呼ばれる媒体で、架空の商品名として記述された類似の技術を見つけました。それがヴィアール。旅する肉体という意味の造語です」

「小説? それもSFを読んだって?」

「電子化されたものを解読しました。映像記録を理解するよりも、ずっと効率的にあなたがたを知ることができます。言語体系の確立された種族とはわかりあうこともたやすい」

「それは、逆に言えば、蝉のように羽根をこすり合わせて会話するような種族がいたとしても、たやすくはないが、きみならばわかりあえるということも指すように聞こえる」

「知性の存在は前提条件として必要ですが、そこに規則性があれば解読できます。それができれば、ヴィアールはどんな種族の肉体形状も再現できるので、どんな形であれ表現することは可能です。その星に棲む種族の肉体は、その星にある物質で構成されているのですから」

「広い宇宙だ。肉体のない種族だっているんじゃないのか」

「そうですね。次元の捉えかたからして異なる種族は存在します」

「肉体どころか、脳みそもない?」 

「ぼくにも、あなたのような生体思考器官はありません」

 ぼく、と言った。
 見た目は確かにそう自分のことを呼ぶのが似合いそうな、ピラミッドの傾斜で下にいるために、よけいに小柄に見える男を、見つめる。こいつは、おれが想像もできないほど遠くから、データとして転送されてきて、この星に「あった」物質で肉体を作りあげた。

「その、ヴィアールとかいうカラダには、血がかよっていないのか?」

「肌の血色を表現するための装置としては、再現してあります」

「内臓は」

「食事や排泄、それに生殖行動などをつかさどる器官は相互理解のためにも必要ですので、機能としては再現してあります。ぼくには、興味深い体験です」

「肉を食えるのか」

「食べる演技はできます」

「クソするふりも、ヤるふりも? だが、頬を赤く染める演技はできても、生きているわけじゃないんだな?」

「……演技、という言葉の用法を誤りましたか? わかりあうために、相手の望む姿に似せ、望まれる行動をとる、という意味で使用したのですが」

「ああ。きみは実におれ好みだ」

「うれしいです」

「その顔で、そういう笑顔を浮かべれば、おれが落ちると。脳みそもないのに、こざかしい計算をしていただけたわけだ」

「悪意はありません。あなたもわかっているはずです」

「で? おれたちにも肉体の呪縛を脱ぎ捨ててデータ人間の仲間入りをして、宇宙の果てまで拡張しようぜと誘っている、その提案が善意によるものだとして、おれが、わかったよいっしょに行こうぜベイビーとか答えるとマジで思っている、と」 

「早口で理解しにくいのですが……」

 蹴ってやった。
 掛け値なしに理想を具現化した好みな外見だったので、「彼」がモノクロームなピラミッドの荒れた急坂を転がってヴィアールなる疑似のカラダを傷つけしかし流れるほどの血はこぼれずに速度を増していくさまは、心わきたつような光景ではなかった。
 吐いた息が、白い。
 心臓が、痛い。
 やっちまったか?
 どんな姿でもどってくるだろう。
 思いつつ、Itoは、沸き立つ血の温度に声をあげて笑った。
 データになって宇宙の果てへ転送されて、血の流れない気色の悪いカラダで、その星の色男を口説く繁殖行為?
 キュンとこない。
 むしゃぶりつきたいコケティッシュな見た目だったが、中身が電波だってんじゃダメだ。
 どくんどくんと脈打たなけりゃ、その場かぎりの恋さえも無理。

「そういう見た目のやつはさ。冷え性なんだよ。おれは、もっとレバー食えよとか言いながら、その手を握って、体温が移っていくのを感じるのが好きなんだ」

 愛には血が必須。

Liver
   
Yoshinogi Takumi
 Shonen-ai Cooking Elegy
 Song 17
 『Viacuer-Encounter』

(吉秒匠
 BL料理哀歌
 17曲目
 『ヴィアール遭遇』)

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○材料

鶏レバー 400g
赤ワイン 200cc

○作り方

レバーを刻みます。写真は心臓。鶏レバー買うとついてくる部位。これもおいしくいただきます。

Liver2

レバーを洗って赤ワインに投入。洗っても洗ってもそれそのものが血のカタマリですから。神経質にならず、ちゃちゃっと洗って済ませましょう。

Liver3

レバーを煮ます。しっかり火を通しましょう。アクとか取らないでよし。細かく刻んでカレーに入れてしまうのです。煮すぎて固くなるとか、そういう心配は愚かしい。

Liver4

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 以上が、レバーの下ごしらえレシピ。
 カレーはナンで食べるもの。

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『カレーが添うナンのカロリー』の話。

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 むしろナンが主役。
 カレーは付け合わせ。
 なので、味が濃いほうがいい。
 でも、塩辛い料理は嫌い。
 カレーの定番手法、タマネギをじっくり炒めるというのも面倒くさい。ていうか、すでに炒めてある飴色タマネギを使って作ることが多い。このところは生の野菜が高値止まりしていますので、パウチとか冷凍とかの野菜は積極的に使っていこうとストックも山盛り。炒めたタマネギが手元にあるのに、フライパンの前で一時間とか立っている気にはなれません。

ONION

 チキンが好き。チキンカレーが食べたい。そんなこんなで、手っとり早くコクあるカレーを作る材料として、鶏レバーをチョイス。

 しかしレバーは、臭かったりするもの。
 下ごしらえ重要。
 よく見るレシピとしては、下茹でしてしまうとか。でも、それってせっかくのレバーなのに、エキスの重要なところを流しに捨てているんじゃないのかなと懸念。せっかくレバー。せっかくだから、あますところなく血にしましょう。というわけで、臭みとりの定番、酒で煮る。そしてその赤ワインごと、カレーにつっこんでみる。

 つまるところこれは、レバーの嫌いなお子さんにレバーをそれと気づかせず食べさせられます、というようなカレーではありません。あくまで酒のつまみとしてナンにちょっとつけていただくための、レバーの味はちゃんとするカレーです。でも臭いのはイヤなので、ひと手間くわえましたよ、という手順。

 手順といっても、レバーの下ごしらえを説明してしまったので、あとは市販のカレールーのパッケージ裏に書かれている作り方の通りに作ってください。

 いちおう、私の分量も書いておきませう。

 箱裏の説明書によれば、

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肉 400g
玉ねぎ 600g
じゃがいも 300g
にんじん 200g
水 1200ml

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 これでカレー十皿を作るということになっておりますが、重ね重ね、私にとってカレーはナンのためのディップソース。肉と玉ねぎ以外必要ありません。じゃがいもとかにんじんとか、却下。

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鶏レバー 400g
鶏もも肉一枚 250g
玉ねぎ 600g
水 1200ml

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 これに、鶏レバーを煮た赤ワイン200mlが煮詰まって100mlくらいになったものが加わり、唐辛子三種類ほどと、タイムとターメリックとオレガノを少し振りました。

 カレーなんつうのは、そんなものです。

 いっしょに食べるひとがいるときは、ナン作るのに買ったヨーグルトもテーブルに出します。

 で、十皿分も作ってディップソース扱いですから、ほとんど残る。
 それを薄型タッパーで凍らせる。凍ったものをタッパーから取り出し、大きめのジップロックでまとめて冷凍庫ストック。これは朝食になります。ええ、朝食は白ごはんとでいただく。

(薄く凍らせるのがミソです。手で割れるくらい。朝、ごはんを盛った皿に冷凍カレーを割って入れ、電子レンジでものの数十秒。そのためにじゃがいもなどを入れないという側面もあります。かたまりが極力少ないほうが、すばやくカレー朝食を済ませられるのです。白ワインを足して少しゆるめてパスタソースにすることも。割って使える冷凍カレー。重宝しますぜ)

 そうして、冷凍庫に隙間が増えてきたら、またナンのためのカレーを作る。そのさいには、冷凍庫に残っている前回のカレーも解凍して混ぜる。そんなことを繰りかえしているので、なにげに私のカレーは、軽く十年以上、作っては足しの果てに偶然生まれる味わい。それゆえに、ここで詳細にレシピ解説しても意味がない。ときには牛すじが入ったり、豚肉なことも、ミンチ肉なことも。茄子とかズッキーニとか炒めたのをくわえたこともありますし、キノコを足したこともある。今回の写真にも、市販の炒めタマネギを使ったくせに手刻みのタマネギ的なものが入っているように見えますが、それはきっと四年前にあのひとと食べたときのなごり。そんな断片が、ふとどこからか出てきて、あのときはちょっと気合い入れてタマネギ刻んだりもしたっけ、と遠い目になったりする。私のは、そういうカレーです。

 あ、いつも勧めますけれど、カレーはぜひとも鉄の調理器具で作ってください。ダッチオーブンがあれば蓋でナンも焼けますが、お手軽に鉄フライパンでもいいです。なぜそれを勧めるかといえば、カレーに溶け出した鉄分によって、ルーが酸化して色が黒くなるため。今回はたっぷり赤ワインも入っていますから、そうとう見た目に「濃い感」が演出できます。黄色いよりも黒いほうが、美味しそうじゃないですか、カレー。鶏レバーにダメ押しの鉄鍋鉄分で、愛されるための血を補給すべし。

(血がなけりゃその場かぎりの恋もできない、というのは、あくまでItoくんの意見です。書いている私は、血の通っていない人形にも機械にも平面にも樹脂にも木綿にもポリエステルにも恋できます)

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 ただし、妊娠初期のかたが貧血改善のためにレバーを摂取するのは、ビタミンAの過剰摂取になる可能性が高いので、お勧めしません。鉄鍋で調理するのは実践していただいてけっこうですが、レバーは量を摂らないように、というのが近年の潮流。サプリメントで鉄分を補給するのは肝臓に負荷をかけるという向きもありますが、貧血になっては元も子もなし、ビタミンAの過剰摂取による催奇性を怖れるのも精神衛生上よろしくなし。妊婦さんは適度にサプリで鉄分補給がよいです、と、たまには薬屋らしいことも書いてみたり。鉄分と葉酸がいっしょになった医薬品をイチ推し。

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Yoshinogi Takumi
 Shonen-ai Cooking Elegy

16曲目『アネ化けロースカツ』
15曲目『逆想アドミタンス』
14曲目『恋なすび寿司』
13曲目『バーベキュー厳峻鋼』
12曲目『茄子はダシの夢をみるか?』
11曲目『すっぱくても、平気。』
10曲目『踏み絵ムルギティッカ』
9曲目『ひとくちだけカトルカール』
8曲目『春節の静かな賞品』
7曲目『ナンを焼くと両手がつかえない。』
6曲目『タマレってなに?』
5曲目『あらいぐまのすきなもの。』
4曲目『ピッツァみたいにぼくを食べてよ!!』
3曲目『クリスピー・プロ・フライドチキン』
2曲目『青くてカタいアボカドのパスタ』
1曲目『春餅/チュンピン』




Bikebattery

もう少しだった。
でも、一月の記録的寒波のなか、
凍りかけのオイルは動かなかった。
キーを回して二十秒待ち、
ふたたびの起動をこころみる。
三度目で、バッテリーが弱々しい悲鳴をあげた。
こりゃダメだ。
あきらめてコンセントから充電しよう。
密閉型鉛バッテリーは急速充電すると破裂します危険です。
数十時間かけてゆっくり充電しましょう。
というわけで、その日のツーリングは中止。
ガレージでバッテリー救出作業。
寒い。指が動かない。けれども。
プラスマイナス六角ネジボルト。
計13本。不吉な数字。
シートを外して、左右のカバーを外して。
ようやくバッテリーと再会。
もっとどうにかならないのかと、タメイキ。
トラックや原付のバッテリーはほぼ剥き出しだ。
しかし中型以上のオートバイは面倒くさい。
体重制限なんてできるわけがない乗り物。
ヘビー級のマッドマックスがまたがったりする。
座席を二、三本のネジで固定なんて怖すぎる。
がっちりいきましょう頑丈さ優先。
わかります。わかりますけれども。
いまが何世紀かわかってんのか、と。
車ならば、エアコンとか、カーステレオとか?
しかしモーターバイクですよ?
電気使っているのってなにさ。
ヘッドライトにブレーキランプ、ウインカー。
そして起動時のスパーク、ばちばちっ。そんなもの。
照明関係は発光ダイオード化すれば数ワットのこと。
携帯電話にだって懐中電灯機能くらいついている。
あとはスパークプラグが火花を飛ばせればいい。
それって台所のコンロと同じ仕組みだし。
ガスコンロって乾電池二本で一年は着火しますけど?
鉛のバッテリーって、いまどき本当に必要なもの?
私の愛用ノートPC、一晩充電すれば六時間動く。
スマホなんて二時間充電で二日は動く。
シェーバーなんて一ヶ月は剃れるぞ。
オートバイで「ただいま」。で、リチウム電池外して。
玄関で充電って、電動自転車みたいにさ。
できないものなの?
なにがネックなのか真剣に知りたい。

(鉛バッテリー代替品としてのリチウムバッテリーは、
すでに販売されています。でもそれって、けっきょく
シートの下で充電しにくいことに変わりないから。
そうじゃなくてさ。こう、モバイル機器の電池みたいに。
もうむしろ乾電池形とかで。着脱簡易なのを。
メーカー純正で。できるでしょう。できるはずだよ。
本気出していないだけだと思うんだよなあ……)

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 何年か前に、振動力発電の実験をおこなっているのをニュースで見た。パネルを踏むと、看板の電気が点くという仕組み。見ながら、これって瞬間的な発電しかできないということなんだろうか、充電できないと使い道が限られるよなあ、という感想を持った。たぶんだが、発電の仕組み上、一回で生じる電力が小さすぎて、バッテリーに溜まるまでに至らないのだろう。

 溜められるものなら、発電床を全国の駅改札とかに敷けばいい。いっそ高速道路とかに敷き詰めれば、それで電力不足の問題など即時解決である。なぜさっさとやらないのか。これも私の勝手な推察だが、耐久性の問題があるのだと思う。振動によって電力を発生させる以上、なにかが稼動しているので、動くものは壊れるという当たり前のことがネックになってくるのではなかろうか。

 しかし、ことこれだけ電力不足だ大変だと騒がれて、今週など私の住む大阪ではあまりの寒さに、あと少しで強制的に停電させるところだったと報じられていた。そんなの困る。事態は急を要すると、みんながみんなわかっているこんな状況は、まあ、ない。文明開化以来と言ってもいいだろう。石炭を電気に変えたら空が明るくなりました、というのは、いままさにスモッグに悩むおとなりの大国が歩もうとしているいつか来た道。

 やってみたらできるということを、うちらは知っている。
 切羽詰まっていて、みんなの心がひとつになりうるいまだからこそ、見せられる本気があるのでは。

 原子力の代替エネルギーが見つからない、と政治家さんは言うけれど、既存の技術で、すでに風からも波からも電気を作ることができている。それらは実証も済み実際に稼動しているので、発電床のように「でも壊れるんじゃない?」という心配はしなくていい。少なくともメンテナンスのノウハウが、すでに蓄積されているのである。

 だったらそれ、流用すればいいじゃない。

 風力発電の風車を見たことがありますか?
 あれ、ぐるんぐるんと扇風機みたいに高速回転するわけじゃない。しごくゆっくり。見ていると眠くなってくるような速度だけれど、それでそこそこ実用的な発電量が得られている。

 私も、夏休みの宿題で作ったことがある。
 モーターの、本来は電池をつなぐ側に豆電球を接続し、本来はギアを回転させる側に取っ手をつけてぐるんぐるん回すと、電池がなくても電球が点る。自転車を走らせると点くタイプの前照灯は、まさにこの仕組み。ひと独りが自転車を漕ぐ程度の運動力で、乾電池の代わりぐらいの発電量は得られるということです。

 だったら、もっと大きいモーターを使えば。
 ほら、そう、風力発電の風車みたいなのを。
 重くて回せない?
 そんなの、人数がいれば平気でしょう。
 もしくは、マッチョなひとに頼むか。

 スポーツジムの自転車漕ぎの機械に発電機を取りつけたら省エネになるんじゃないかと単純に考えがちだが、そんなものでは電球一個が点いたり消えたりするだけである。もっと大人数を使わなくてはならない。

 風車は風、でも風は操れない。
 水車は水、まだまだ水力発電の余地はそこらじゅうにあるが、水力発電用の水車を道頓堀川にずらっと並べるのは、その事業にまず多額の税金を投入しなくてはならないから、橋下さんがダメだと言うだろう。

 だったら駅に置けばいい。
 発電床ではなくて、ひとの流れを風と水に見立てた、人車を。

 回転ドアみたいな形状が効率いいだろうけれど、危ないから、位置エネルギーを変換する形にする。今月アジアカップが開催される『SASUKE』のウォールリフティング競技みたいに、重たい壁を持ち上げないと通れない改札。もしくは、階段を登って、乗ると体重で下降する可動式の段差。足漕ぎ式の機械はまたがるのが面倒だから、両手で重たいハンドルを百回ほど回したら通過できるというのでもいい。

 もちろん、すべての改札を改造するのではなくて、望むひとだけがそこを通る。もう充分普及した電子マネーの切符や定期券ならば、負荷に応じて乗車料金を値引きすることもできるでしょう。でも、値引きなんてしなくても、けっこうな数の自称マッチョたちが嬉々として「おれ今朝も50キロのウォールリフト改札でひと上げしてきたさー」などと笑顔で言うはず。彼ら彼女らは、そもそも金払ってでも筋肉に負荷をかけたいひとたちなのですから、街中に無料でそれができるシステムがあれば、白熱球に群がる蛾のように、吸い寄せられてくるのです。ましてそれが地球のため、国の省エネのため、全国民の電気料金負担軽減のために貢献しているとなれば、ヒーロー心もくすぐられる。

 要は、意識の問題です。

 とりあえず、バイクはエネループで起動できるようにして、エネループは手回し充電器で充電できるようにして、手回し充電器はもっとハンドルをでかくするべき。携帯用とは別の視点で、自宅での日々の筋トレを電力に変えて蓄えるシステムを構築すれば、これもけっこう需要はあると思う。私自身、USBにつないだタブレットの充電がまだ終わっていなかったからパソコンのシャットダウンを待って、そのあいだ腕立て伏せ、なんてことがよくある。だったら負荷の高いでっかいハンドル回せば充電もできて筋肉も育つわけで、そういう価値観のひとには至れり尽くせり。

  eneloop

eneloop

 そういえば、数日前にどこかの新聞で、JAXAの研究チームが、はやぶさ方式の省エネ回路を一般家庭向けに開発したというのを読んだ。宇宙の果てまで飛んでいく探査機では使える電気が限られているから、全体を見比べて融通をつけるシステムになっているんだとか。それを家庭用に規格化し、今後発売される家電製品に搭載する。さすれば、家電同士が互いの状況を感知して、気配りしあうようになるんだって。

HAYABUSA

 つまるところ、なんの考えもなく科学にも数学にも弱い娘が電力使用量のことなど想像だにせず1200ワットのドライヤーの熱風を濡れ髪に当てたとき、そのバカ娘ではなく愛用のドライヤーが賢く健気にもエアコンやテレビに電気的に頭を下げて、一時的に温度や明度を落とすことでブレーカーが落ちるのを回避してくれたりするのだ。

 こう書くと、ますます頭の悪い娘が考えなく電気を使うようになって省エネになるんだかどうなんだか、という気がしないでもないけれど、それは書いている私の悪意が問題なのであって、はやぶさ方式の責任ではない。ちなみに我が家は、いまの家に住んで二年ほどになるが、一度もブレーカーを落としたことがない。それはひとえに私が日々、使用電力を計算してくれと家族や訪れる人々に泣いて頼んでいる成果である。みんなも私がブレーカーが落ちたせいで回っているハードディスクがクラッシュでもしたら泣くどころではないことになると知っているので、気を使ってくれている。

 さておき、はやぶさ方式が普及したならば。

 ぜひともウェアラブルな発電装置も開発して欲しい。身につけて、腕立て伏せとか、その場跳びとか、屈伸運動とかやれば、微々たるものであれ発電し、そのぶん、どこかの電力をはやぶさ方式によって削減する。となれば、動けば動くほど自動的に電気代が浮くわけで、バカ娘はともかく、家計簿をつけるみなさんは、地球とか省エネとか言う前に、目に見える電気料金削減のために、絶えず動くようになるだろう。その場駆け足していれば、いま見ているテレビが電力無料で動くのだから、寝転がってテレビなんて見ていられなくなる。動くことすなわち電力であり、電力とは金であると、身をもって知る。

 そうなれば、しめたもの。
 ウォールリフト改札の通過者も増えるだろう。
 ケガ人や老人や妊婦以外のすべてのひとが、自分が動くことが電気を生み経済を動かすのだと自覚して、朝から晩まで「はい30キロアーップ」「はい20メートルダウーン」「それ450回転っ」などとハイテンションに登ったり降りたり回したりするようになれば、その総発電力によって電車そのものだって動くはず。たぶんだけれど、国民の肥満率も下がって骨粗鬆症なども減り、結果、医療費の削減にもつながってしまうかもしれない。

 夢物語だろうか。

 しかし、近ごろ流行りの再生可能エネルギーという観点で見れば、太陽光や風や水、波やマグマよりもまず、この先、絶えず動き続けるために電力を消費する人類そのものの運動エネルギーこそ、電力に変換しないでどうするのだということはマジメに思う。

 極論、通学通勤する全員が自転車に乗れば電車はいらない。しかしそれでは遅刻するひとたちが大勢いる。だったら、ペダルを漕いで動く電車を作ればいい、というのはふざけているようだが、考えるべき方向性ではある。

 映画『東京ゾンビ』では近未来、この国は貧富の差がピラミッド構造そのものになり、小数の上層階の者たちのために、大多数の下層民が自転車を文字通り漕いでいる。

tokyozombie

 そういうカタチは、上手くいかない。映画のなかでも、ピラミッドは破綻する。電気を使う側は生む力に感謝をなくし、発電者たちはみずからが使わない電力のために疲弊しているのだから、それが奴隷ではなくて雇用形態を取っていたとしても、不満がつのってくるに決まっている。

 使う者が作る。
 やはり、これが本道だ。
 聞けば、自宅充電できる電気自動車は、一ヶ月の電気代が2,3千円アップする程度らしい。ハイブリッドカーなんてのも、ブレーキ充電とかそういう方向にばかり気が行っているが、そんな程度の電力、助手席にペダルをつければまかなえる気がする。

 いや、だから、私が望んでいるのはそんなことでさえない。

 私のバイクを起動させるちょっとした電力くらい、私に作らせて。
 そういう意識で、ちょっとずつ作れる電気で埋めていったら、意外と埋めるべき電力使用量なんて残らないんじゃないかと夢見たりするのである。ああ、でも、夏場にテレビ見るのにスクワットしたら、その肉体を冷やすのにエアコンをつけてしまうかもなあ。

 滅べばいいんだよ、ヒトが。

 なんだその結論とあなたはつっこむでしょうけれども。私は、かなり本気でそういう考えです。滅ばないことを選ぶのだから、安心安全なエネルギー政策とか、とりあえず問題先送りで節電しましょうとか、なに言ってんの。オゾンホールもひろがって、世界で異常気象、人類は焚き火で暖をとっていた原始時代に戻ることもできない。先延ばししたって滅ばないのならば、電気を作るしかないなんてことは自明の理。まして広大な土地を持たない人口過密な小さな島国では、太陽光パネルや風車や水車を建設するにも限度がある。

 最終的に、それは。
 エネルギー保存の法則、そのままの話。

 使ったぶん、なにかが返ってくる。
 返ってくるのが精神的不安や大怪獣ゴジラだったりするよりは、肉体的疲労のほうが、まだ受け入れられる。と、そういう話。本気出していないでしょう。既存の技術でやれること、やりきった感がない。ひとりで電気自動車走らせるのは無理でも、みんなで電車を走らせるのはできるんじゃない? 電車って一駅走るのに、一般家庭の一日分程度の電気らしいです。生んで埋められそうじゃないですか、そのくらい、人車で。無理なのかなあ、って考えるくらいはしてみるべき。

 菌は認めない。

 ホコリみたいなエビとか、ゾウムシとかも微妙。

 だが、虫は。
 それなりに知能らしきものがあり、細胞分裂ではなく「産む」という機能を有していることもあり、人類のライバルだと認めるにやぶさかではない。

 認めたうえで、勝負をしてみると。
 数では圧倒的に人類の負けである。
 数、というのは個体数でもだし、種族という意味でも。
 もしも人類にファンタジー映画に出てくるような鱗人や獣人などがいれば勝負する気にもなるが、鼻の高さや肌の色ごときでは、クワガタとカマキリ程度の差とも勝負以前の判定負けであろう。

 昨年の暮れに、グレッグ・イーガン師の邦訳新刊が出たのを、頬ずりしながら読んでいます。
 あいもかわらず、このひとなんなんだ、なんと美しいSF書きか。
 そんなため息を漏らしながら。
 短編の名手という印象がありますが、長編もすごい。
 見たことのない世界がひろがっている。

Greg Egan

(内容以外のところでひとこと。新☆ハヤカワ・SF・シリーズは、コアなフリークに高めの値段設定で訴求するため、特別な装丁で送り出されてくるのですが……通好みなところがんがん刊行してくれるならば値段の設定は高くてもいい。金は出すから、できればガワに凝らないで欲しい。愛用のブックカバーは使えないし、カバーつけても、なんかいかにもマニアックなもの読んでいるみたいに見えるし。むしろ、作者のインタビューつけた電子書籍とか、そういう方向で付加価値つけて値段上げてくれると嬉しいんですけれども)

 見たことのない世界で見たことのないことをやっているので、ていねいに文章で説明されても、うん? となってちょっともどって読み直し、の繰り返し。これまでのイーガン作品のなかで、もっとも時間をかけて読んでいます。頬ずりしながら、というのは誇張ではなく、一ヶ月以上肌身離さず持ち歩いているので、カバーはぼろぼろだし、付箋だらけで、電車のなかでひろげていると、上のカッコ内で書いた凝った装丁のせいもあり、どう見ても聖書を読み解いているひとです。

 事実、グレッグ・イーガン師に対する、ある種の信仰心がないとしんどい読み物ではあるので、読んだことがない、というかたは短編集『しあわせの理由』あたりからどうぞ。

gregegan 

 『白熱光』。
 ふたつの物語が並行して語られるのですが。
 片方の主人公たちは、純粋に虫みたいな外見。
 もう片方の主人公たちは、別の肉体を有しているけれど、やっぱり虫みたいに「なっている」。彼らはいわゆるアバターというやつ。映画でいえばそのものずばりの『アバター』におけるアバターというよりかは『マトリックス』における人類の在りかたに近い。ただし『白熱光』世界での彼らは、悪なるマシンに無自覚に飼われていたりするわけではなく、自覚をもって、アバターたる自身を生きている。
 その姿が、虫みたい。

 『白熱光』を読みはじめたちょうどそのころ、とあるニュースに触れた。

 オランダの非営利民間宇宙開発団体『マーズワン財団』が、昨年の暮れ、20万人ほどの火星移住希望者のなかから、一次選考通過者1058人を絞り込んだという。

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『マーズワン』公式サイト

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 マーズワン財団の進める『マーズワン計画』では、2025年から人類は火星に棲みはじめることになっている。東京オリンピックの五年後だ。そうバカげて遠い未来でもない。それはそうだ。2013年の暮れに1058人をまず選考通過させたのだから。たとえばそのうちのひとりが2013年時点で二十歳だったとしても、火星に向かう最初の一団のひとりになるころには三十二歳。スタートレックでエンタープライズ号の乗組員はおっさんも多かったが、今回の計画は真なる意味で「最後のフロンティア」たる宇宙に挑む狂気の沙汰なわけで、応募者20万人の多くが「あんたそのころには人生終わりかけているじゃない」という理由で財団に蹴られたことは想像に難くない。

 ちなみに、1058人のなかに日本人が10人含まれている。虫に比べれば乏しい人類種族の多様性からみても、妙に高い通過率ではある。おそらくは、私がさっき観たアメリカのプロレス団体TNAのビッグマッチに、日本のFUNAKIが出場していたことと無関係ではないだろう。FUNAKIはかつてWWEという巨大プロレス団体で人気をはくした日本人レスラーだが、いまのTNAの面子を考えると、背は低いわカラダも締まっていないわ、なにより盛りを過ぎた中年親父である。しかし、そのFUNAKIが登場するや、人種のるつぼアメリカの観客たちがおおいに沸く。

 日本人は、エンターテインメントの登場人物構成に欠かせない。いや、別にアジア系ならほかの国でもかまわないのだが、日本人には礼儀正しいくせに軽薄で、でも怒ると怖いというイメージが固まっているために、キャラが立てやすく、観客も物語の登場人物として摂取しやすいのだと思われる。

 マーズワン計画では、2025年以降、火星の様子を地球で放送して資金を調達することになっている。そこに脚本はないが、観る側にとっては関係のない話だ。最終選考通過者24名のうちの4人をまず送りこむ予定だそうだが、私に選手を決めさせてくれるならば、4人のうちふたりを女性にして、肉感的な金髪白人女性と、小柄な黒髪日本人女性にする。火星開発そっちのけで男たちがカップリングでもめるのか、それとも、意外にあっさり好みは別れるのか。ていうかそのカップリングこそが火星開発という名の産み増やせ天地創造の第一歩なのだから、地球でテレビを観ている人類たちも、日本人はいつ浮気をするのかキレるのか、固唾をのんで見守ることだろう。火星生まれの人類第一号が、たとえば黒髪日本人と黒人男性の遺伝子を継いでいたら、地球では狭量な人種差別主義者たちが、あんなの火星人とは認めないなどと言い出すかもしれない。そういうのも含めて、視聴率を高める要素として、種族的特徴の顕著なメンバーを特に初期の火星移住者には含ませておきたい。

 そういう思惑あっての日本人10名であろう。

 ところで、彼らは、地球には帰ってこない。
 子供が生まれようがそうでなかろうが、たった二十四人の最初のメンバーのなかで、火星で身を寄せ慰めあうパートナーが見つからなかったとしても、そのまま火星で死ぬ。
 そういう計画である。
 移住というのはそういうものだ。

 公式サイトには、マーズワンは航空宇宙企業であり、この計画のためのハードウェアを製造はしないと書いてある。既存の優れた技術を集約統合して計画に臨む模様。というわけで、いわゆる超巨大ドームでみんなが暮らすマクロス船団的な基地を建造するわけではなく、狭い船で飛んでいって、宇宙服で地道に作業する。

 マーズワン計画は、私には時期尚早に思える。

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 ラケシュはしかめっ面をして、「それで脱出を考えるのはあきらめて、自分よりもあとまで生き延びるだろう菌を作ったって? ぼくがハイテク不死のせいで傲慢なのを差し引いても、菌というのはあんまり慰めになる気がしない」


 グレッグ・イーガン 『白熱光』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ってラケシュは言うけれど。
 ハイテク不死を手に入れて、火星をまた人口過剰にできたとして。
 人類の栄光の地、夢の楽園はそこなのか?

 菌は話にならないにしても。
 虫ならどうか。
 言葉なんていらない。
 尻から分泌液を出して、主張したいのはふたつだけ。

「腹へった」
「やらないか」

 虫の虫生は、食ってまぐわうことだけ。
 それで地球の覇者になった。
 虫は地球を出ていくことなど考えない。
 さっきライバルと書いたが、虫が本気を出したら、人類なんてあっという間に絶滅する。ホラー映画好きにはもはや古典『黒い絨毯』のごとく、数で押されれば現実には人類の側になすすべなどないはず。

the naked jungle

 それでも虫は現状に満足している。
 覇王種族の風格というものであろう。
 今日も、虫は食えるだけ食って、愛しあう。
 それ以上になにがいる?
 それで満足しないってなに?
 それが楽園てものじゃない?

 夢見るのがそれで、なくしたいのは悩ましい複雑化しすぎた頭蓋骨のなかの微弱な電気ネットワークの紡ぎ出すあれこれなのだとしたら。地球を捨てて火星人になりたいとマーズワン財団に履歴書を送ったひとたちが20万人もいる一方、並行して語られるもうひとつの物語があってもいい。

 火星を「地球化」するという思想。
 けれど、本当に、本気で、冷静に、考えてみて。
 生物にとっての、楽園というものを。
 いちからそれを創るのに、また地球がモデルなの?
 人類またやりたい?
 いや、菌は無理、菌はないが。
 虫、ならば。
 火星に行かないでも、地球でできるよ。
 だって、食ってまぐわうだけだし。

 服を着て分泌液の匂いも隠し、おれおまえとやりたいんだけど、なんてメッセージさえ距離感を計りつつ作法にのっとっておこなわなければならなくなったパソコンとエアコンとあたたかいお風呂が必要な人類なんて、どう考えても近々行き詰まってしまうはず。火星に飛んだって、その行き詰まりが先延ばしになるだけ。

 人類が滅びる、と考えるのはネガティブすぎる。
 虫はライバルであり、同志だ。
 おなじ宇宙船地球号の乗組員。
 滅びるのではない。
 私たちみたいな肉の奴隷がいなくなったあと、そこは緑あふれる虫たちの真なる楽園になる。彼らは、すなわち私たちの意志を継ぎ地球に棲むものになる。子孫の見た目なんて、どうでもいいし、幸せに暮らしてくれるなら、血のつながりのない他種族だっていい。 

 マーズワンのあれ、あなたは応募しました?
 落選して残念ですか?
 私は、まったく理解ができない。
 子孫たちに新たな大地を与えたいがための英雄的行為?
 それともあらがいがたい冒険心?
 でも、もどらないんだよ?

 もしも、もしも。
 
 彼らが、地球ではやることがなく、退屈で死にそうだから、火星人第一号になりたいと願ったのだとしたら。その彼らによって第二の地球となる火星が、人類にとっての楽園になると夢見るのは矛盾しているように感じられやしませんか、と。

 虫という子孫がいれば私はいいや。
 私がいなくなったら私の世界は終わるんだ。
 だから私に許された時間のうちに、できるだけ虫みたいに生きたい。反射で動いて願いの分泌液を出して、見つけたものにすべからく手を出してしゃぶりついて、自分を好いてくれるひとを好く。

 火星。SF小説で読むのはともかく、行くのも暮らすのも繁栄するのも、あんまりワクテカする場所に思えない。だいたい、行くのに一年とか、かかるらしいし。狭い宇宙船で他人とだよ? 選考通過者出す段階になってきたから、やっちゃうんだろうが。テレビ中継での資金集めとかいうの、大丈夫かなと憂慮しております。

 だれひとりとして、

「やっぱやめる!!
 こんなところで死にたくない!!
 地球にかえしてぇっっ!!」

 と、カメラの前で泣き叫ばないと考えているのかしら。私、そういう状況にならないことのほうが想像しがたい。そんなの見せられたら、チャンネルかえるよ……と書いてみて、怖くなる。予測しているよね、そんなこと。それこそが視聴率を稼ぎ、新たな私こそはという志願者を集めるショーになると考えているのか。

 火星という、それもまた信仰ということか。
 他人の信仰に口は出しません。
 好きにやって。
 中継があるなら見るけれど、気に入らなければチャンネルをかえる。
 私は、虫と生き、地球と朽ちていくことを信じてる。

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「けれどそれは、だれもかもがではありません。ある人たちは、楽しみのある日課をひとつの芸術のスタイルに変えることができます。食事や運動や会話や交友を。同じいくつかのライトモチーフを何十年も繰りかえして。時おり旅をしてそのパターンを壊せば、何千年も続く満ち足りた人生が送れるでしょう」


 グレッグ・イーガン 『白熱光』

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 イーガン先生のいつものことで、物語のなかでも、もっとも理解するのに時間がかかるザックとロイの実験シーンを、公式サイトで再現できるようにアプリを用意してくれています。

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Greg Egan’s Home Page: Incandescence / The Null Chamber

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 まあ、いつものことで、それで、うわおばっちりわかっちゃったっ、ってなりはしないのですが。小説は暇つぶしだってのを教えてくれる。架空世界の架空物理をどうにかして理解しようと懸命になるこの時間を、もっと単純な欲望の発露に使えないことこそ虫のように生きられない原因です。いや、ある意味、快楽を追求していると言えるかもしれませんが……まわりくどい愉しみかたよな。