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 今日もまた訊かれたその話。なんなんですかね、部品寿命ということなのでしょうか。WN5291KもしくはWN5292Kが壊れたから買いに来たのに生産中止で、なのに後継機種はサイズが合わないとかなんなんだこら説明しなさいよ店員。

 これ、パナソニック先生がちゃんと周知すべきだと思うのだけれど、WN5291Kもしくは WN5292Kを検索しても、公式な説明というのがヒットしない。廃番品を電子カタログから抹消しているのですね。廃番品こそ、ググったら親切に「これとかこれに取り替えることができますよ」と説明する公式ページにたどりつかなければ嘘じゃないか。

 ググってもよくわからん。で、近所の店に行く。店員をつかまえる。そこからまた長い話がはじまる。面倒くさい。なんども同じ説明を繰り返すこちらも面倒くさい。今日なんて、昼ご飯を食べているさいちゅうに内線で呼ばれて、電話口で説明したけれどよく伝わらなくて、けっきょく走っていく羽目に。食べてすぐ走るとお腹が痛くなる子だったのに、大人になって食べてすぐどころか食べながら走らされるとか。パナソニック先生!
 保健室をください。

 というわけで、私が書いておく。
 ごく基本的なことを端的に。
 単なる商品説明の列記です。
 確実にこの電子の海でこの情報を探しているひとがいるはずなので、忘れないうちに、書きとめておく。
 それだけの回です。

 では、まず。
 問題の旧品。

Wn5292k

WN5292K
フルカラー
浴室用タイマースイッチ120分用

WN5291K
フルカラー
浴室用タイマースイッチ90分用

 写真はWN5292Kですが、ふたつの違いはタイマー時間のみで、構造はまったく同じ。プラスチックのギザギザ歯車を使用したひねって回すとジジジジと巻き戻るアナログなタイマースイッチ。なにせプラスチックなので、いつか寿命がきます。ギザギザ歯車がツルツル歯車に。そうしてジジジジと鳴かなくなり、タイマーの意味をなさなくなる。

 おそらく、その耐久性、もしくは音が問題になったのでしょう。
 廃番です。生産中止。
 昭和の想い出。
 いまではもう、手に入りません。
 そこで代替品。
 同じ機能を持ったものをさがすと、これになる。

WTC53916W
コスモシリーズワイド21浴室(換気扇)タイマスイッチ

WTC53916W

 回してひねってジャジャジャジャーン。
 10秒から12時間までoff時間を設定できるすぐれもの。
 ほら、これで問題ないでしょう?
 あれ、でも、壊れたのひねって回すその部分だけなんだけど。
 大きいですね、これ。

 ここがもっともわかりにくい。
 パナソニック先生、保健室建てる前にパッケージに大きく大きく明記してほしい。

 WN5291KもしくはWN5292Kは、フルカラー。
 コスモシリーズワイド21とは互換性がない。

 パナソニック先生は、だってコンセントとかって有資格者しか工事したらダメなのに、そんなことは工事関係者や電気屋さんにとっては自明の理。わざわざ書くことでもないでしょ、ってことなんだと思うのですけれど。それでもモノはそこかしこで売られているわけで。それを手にした互換性という言葉さえ頭にない方々に、口で説明するのが日常になっている者たちがいるのです。
 文字にすると簡単なこと。

 パナソニック先生製産スイッチの有名どころは二種類。

●フルカラーシリーズ。

(昭和後期の主流。左右にパチパチするスイッチ。昭和前期には同じ方式ですがパチパチ部分の幅が細い、ハイ角と呼ばれるシリーズが主流で、いまでも古いアパートなんかではときどき見かけますが、そのハイ角とフルカラーは別ものです(互換性もなし))

そして、

●コスモシリーズワイド21。

(現在でも主流とは言い難いが、パナソニック先生的には推している、未来の主流。ひらべったいスイッチを押して入り切りするタッチ方式。コスモシリーズの中でも、初期の型番には廃番品が存在するので、そのあたりは店員さんに訊いてください)

 上記二種類には互換性がない。

WN3700P
フルカラースイッチ金属取付枠

WN3700

 壁のなかにある、この取り付け枠はフルカラー用。
 なのでコスモシリーズが取り付けられない。
 WN5291KもしくはWN5292Kはフルカラー。
 それをコスモシリーズに変えるならば、

WT3700
コスモシリーズワイド21スイッチ金属取付枠

WT3700

 取り付け枠をこれに変える必要がある。
 ということはつまり、

WTP53916WP
コスモシリーズワイド21浴室(換気扇)タイマスイッチ
プレート付き

WTP53916WP

 取り付け枠からまわりのプレートも付いてくる、これを買って全とっかえ。
 今日からパナソニック先生の描く未来の一員。

 ね。文字で書くと簡単。
 口で話すとけっこう時間を食う。
 そしてひとしきり講義が終わったところで、たいていの人はそう言う。

「未来スイッチに変える気はないんだけど」

 ああ、パナソニック先生のもくろみは世に普及せず。
 そんなあなたには、ひねって回しての動作をあきらめていただくしかない。

WN5294
浴室換気スイッチ(4時間・2時間・連続ON)
(JANコード:4989602423645)

WN5294

WN5293
浴室換気スイッチ(90分・30分・15分)
(JANコード:4547441710618)

WN5293

 フルカラー取り付け枠で使える、現行機種は、上の二つです。
 未来じゃないけれど、タッチ方式。無音。
 私は、浴室用なら上のWN5294をおすすめいたします。通常は二時間にセットしておいて、ときに連続で。十五分、三十分では、じめっとニッポン、カビますよ。
 JANコードもつけておきました。
  
 以上。
 もの作る方々も、お客さま向けの凝った商品紹介とは別に、テキストでさくっと羅列検索できる形にしてくれませんものでしょうか。もしくは、それに期待せず、すべての店員自身が、きょう調べて発注したものの仔細とJANコードをネットに検索できる形でアップしたら、この国はずいぶんと平和になると思う。

「ネットに製品紹介ページがあってなんでコードのっけてないねんアホかボケっ」

 いや、大阪に限らず。発注担当者がパソコンの前でそうしてキレているのは、年中行事。電話とファックスでやりとりしていたころを思えば、雲泥の差だけれど、まだまだ、ネットでなんでも調べられちゃうっていうには、ほど遠い。まあ、考えてみれば当然ですよね。こんなブログ、書いているほうも、読んでいるほうもおもしろいわけないもの(笑)。みんな、仕事が終わったらゆるーい話をゆるーくダベってたいし、見ていたい。結果、ネットは雑談と独り言のビッグデータで埋めつくされ、ますますなんにも見つからなくなっていく。

 ではさようなら。
 あなたのお役に立ったなら幸いです。
 こんな混沌とした電子の海で、よくぞ欲しい情報を見つけ出しました。
 おめでとう。

コメリドットコム








 完全に愚痴なんですけれども。
 毎回のことなので、自分が悪いといえばそうなのですが、原稿が滞っておりまして。それでもまあ、経験上、無理をすれば完成するはずという目論見の上で動いていたのです。

 それが休日出勤とか。

 なんなんすかと出て行ってみれば、同僚の女性が引っ越すことになったという。
 で、数日休みをくれと。

 あれ、これ、ちょっと前に、別のひとで同じパターンを聞いたような。デジャヴュ。あのときは、よくわからない専門外のしかも途中で中断された仕事を片付けるのにものすごく労力を使ったおぼえが。

 え、うそ。
 またあれですか。

 まさにそうでした。

 離婚。

 それも突発性。
 家を出るわ、いま出るわ、な離婚です。
 うーん、今回はそういう印象のないひとなんだけれどなあ。泣いているのは見たことあっても、怒っているのを見たことはない。おだやかなひとなのです。ってまあ、私自身、職場では声を荒げることなんて年に一回あるかないかですが、家では締め切りなんかがあると奇声あげていたりしますから、いっしょに働いているだけではそのひとの半分もわかっちゃいないんでしょうけれども。

 しかしまあ、中学生の娘さんとアパート暮らしを今日からはじめる。その行動力が、彼女のてきぱきした感じと、怒りの深さを物語っているようで、仕方ないなあ、かわりに働いてやりますよ、という気にはなったのでした。

 あとで聞いたところによると、彼女の夫、ぐうの音も出ない状況で出て行かれたそう。
 いわゆる不貞というやつ。
 ああなんか、年に何回そんな話を聞いているのだという感があるくらい、身のまわりに離婚経験者が増えていきます。

 経済紙など読んでいると、よく出てくる話ですが、離婚件数のグラフと、景気動向のグラフを重ねると、驚くくらいにぴったり重なって、しかも、ちょっと景気のほうがあとを追って動くために、離婚件数グラフで景気の先読みができたりもするらしい。

 でも、そういうことだと、離婚の原因は、ほぼすべてが経済的な問題に絡んでこないとおかしい気がするのですが、離婚原因のトップは、毎年不動で変わらず「性格の不一致」なんですよね。肌感覚としても、ときまさに不況が続いておりますから、経済的に深刻な問題はそこかしこに転がっているのですけれど、相方の仕事がなくなったから別れる、みたいな話はまず聞かない。
 恋愛結婚が大半な二十一世紀。
 健やかなるときも病めるときも、という誓いに代表される、ふたりでひとつな意識での結婚をされるかたが多いからだろうと思います。

 だったらなぜ、好不況と離婚件数はリンクするのか。
 単純に、ギスギスするんでしょう。
 相手がどうというよりも、自分がつまんない。
 つまんないのが世が不況なせいだったとしても。
 つまんないからつまんなくないように結婚したのに、なにも変わらないと、人間は過去を忘れる生き物。「結婚してから人生がおもしろくなくなった」という印象に走ってしまうひとも多いのかな。まあ、そういうひとは、ひとりでいてもおもしろくはなれないんですが。おもしろくないから、行動を起こして、やっぱりおもしろくない。
 けっきょく、ずっと退屈なわけで、それは自分のせい。

 宗派によっては、健やかなるときも病めるときも、の続きには、死がふたりをわかつまで愛し慈しみ貞節を守る、ことを誓います。一種のお約束、ルールですね。なにやってもおもしろくなくなってしまったひとは、ルールを破りたがる。十代で煙草を吸いはじめたひとの、ほぼ全員がそれ。別に破ったからといって、これもおもしろくなるわけなんてないのだが、とにかく刺激に飢えているので、やってしまわずにいられない。

 ぶっちゃけ、性的快楽への欲求が激しすぎて我慢できずにことにおよんだ不貞、なんてものが、いかほどもあるものでしょうか。

 ロミオとジュリエットが不朽の名作と呼ばれ、大日本プロレスでまで演じられるのは、だれもが共感するから。彼と彼女は、許されぬからその恋に命まで捧げた。本来、恋とか愛とか、そんなものは、手近な相手を美化するための手法です。ぼくのベイベはあたしのダーリンは世界一、というセリフを世界中のベイベとダーリンが言いあっているのであって、そういう自己催眠がかけられるという状態まで自分を持って行くということこそが恋であり、相手よりも自分。セックスなんて相互オナニーです、って前にも書いた気がしますね。

 醒めなければ幸せに決まっている。

 あらゆる動物は利己的に進化する。

 ヒトゲノムの解読が完了した。
 近縁種のゲノムも次々解読されてきた。
 この最近。

 発生生物学者ジル・ベジェラーノの研究成果を信じるならば。
 かつて、ヒトの男性器には、トゲが生えていた。

 それ自体は、別段、珍しいことでもない。漢方薬の店に行けば、トラのペニスが焼酎漬けになって売っているけれど、あれったらもう、トゲトゲです。格闘ゲームに出てくる蛇腹剣のような代物で、あんなもんでピストンされたら痛いだけなんじゃないの、というところだけれど、実際にネコ科動物の男性器のトゲはそういう進化の果てらしい。
 ひどい話です。
 メスの膣を痛めつけて、強制的に排卵させ、自分のあとにほかのオスとやる気にならないよう、発情を止めるためのトゲなんですって。

(夜中に聞こえるあの声は、赤ん坊の悲鳴か、猫がよがっているのか、なんて言いますが、そういうわけなので、猫もよがっているのではなくて痛くて泣いているのです。排卵の悲鳴です)

 ヒトにもトゲがあったというのも、まだまだ道具を使ったりはできない野生動物に近いころのヒトの話なので、そういうネコ科動物のような目的だったのかもしれない。ほかの男に女を奪われないためのトゲ。しかし、サルとヒトの違いはハーレムを作るか作らないか。つまるところ、ヒトへの進化とは恋の発明。恋だの愛だの言いだしたヒトは、徐々に一夫一婦制へと向かい、それにともなって、男性器のトゲも退化、いや進化なのか、なくなって、つるつるてかてかな卑猥な肉の棒へと変化していく。

 飛ぶ虫の多くは、ネコ科よりもえげつないチンコをしている。
 飛びながら性交するので、単純に、抜けないためのトゲが生えている。そんなときくらいどこかに寝転がればいいじゃないかと思うのだが、もともと、敵から逃れて自由になるために羽根という進化アイテムを装着したわけで、それだけは大前提として外せないファクターになってしまったのだろう。

 飛びながらつながるためのペニス。
 それはもう、痛い。くさび、である。仔細な研究によれば、ある種の羽根持つ昆虫は、セックスすることでメスの体内を傷だらけにしてしまうことが確認されている。

 なんだか、納得のいかない話である。
 進化とは利己的なものであるはずなのに、自分たちが泣き叫んだり、傷つくようにできあがってしまうなんて。

 だが、それは私がヒトだからであって、想像しているのがヒトのまぐわいだからだ。猫はさっきやったセックスをすぐ忘れるし、昆虫はそもそも痛がったりしない。ついた傷は、かさぶたになる。そうなることで、引っかかって抜けなくなりながら、それ以上傷つくことはない強度も得るという。

 進化過渡期のヒトも、たぶん、そういうことになったはず。
 ここから先は、なんの根拠もない、私の憶測である。
 でも、進化は突発的に起こるのでないというのは知られたこと。
 ということは、ちょっとチンコにトゲの残った何世代かがいたはずだ。ネコよろしく、ピストン運動したら醒めてしまうようなチンコでヒトとしての生活を始動させる。その性生活では、傷だらけにもなっただろう。膣には、かさぶたもできたろう。いちどかさぶたになったら、そこは平気になる。平気になるということは相互オナニーをたのしめるということである。

 当たり前だが、チンコが変わるとトゲの位置が変わるので、また痛い。必然的に、ヒトの女性はトゲのあるチンコを持つ男たちと交わるうち、快楽を追求するなら、そうなっていく。

 同じ相手とやったほうが気持ちいい。
 別の男とやると、違うトゲが馴れていない粘膜に刺さるので、たのしめない。

 こうして一夫一婦制は確立した。

 (重ね重ね、私の憶測である。あなたを納得させるだけのレポートを書く気は、今後もない)

 そうなると、卵とニワトリのどっちが神の創造物かという話のごとく。
 トゲペニスによって男と女は鍵と鍵穴の関係になったのだけれど、その関係性が確立してしまえば、トゲそのものがいらなくなってしまうのである。

 オメデトウ、ヒト。
 そこから、つるつるでてかてかで、ぬるぬるでぐちょぐちょな性の営みが謳歌できる生命体へと進化したのだった。
 結果だけ見れば、実に利己的である。

 ……そうしてヒトの進化は完成を見たのです。

 食うに困らない楽園で、裸のアダムとイブはじゃれあって、永遠に仲良く暮らしましたとさ。ああ、良い話じゃないか、それでいいじゃないか。

 どうしてそれで満足できないのか。
 チンコに引っかかりがなくなって幾年月。
 先進国の若年世帯離婚率は50%あたりで浮き沈み。

 考えようによっては、そうなるための進化だったのかもしれない。自由に抜き刺しできるチンコを得たから、相手が変わっても問題なくなったということなのかも。でもだったら、二組に一組が離婚するこのヒト世界で、ここを越えたら、もういちどそれを抑制することが利己的な選択になるのではないだろうか。

 男か、女か、といえば、男の性器のほうがやっぱり変形はたやすい。
 離婚率80%あたりまでいけば、相手に捨てられないための、かつてよりもっと長くて鋭いピストン運動もままならないトゲが、生えてきたっておかしくない。

 虎が、メスの気を削ぐためにトゲを生やし、飛ぶ虫が、飛び続けながら抜けないように、傷つくこともいとわずトゲを生やし。
 進化なんてそんなもん。

 当人たちだけの問題ではない。
 くっついたカップルの大半が別れるという社会では、私のように、一夫一婦制の崩壊を年になんども見て、これちゃんと次の休みはとれるんだろうな、倍書かないとまにあわないな、おれきっと倒れるなこれ、なんて現実的な迷惑を被るヒトだって増えてくる。
 そういうヒトたちは、当人たちより熱心に祈るはず。

 ちょっと神さま、ヒトを戻してくれないか。

 傷ついても離れられないトゲ、生やして。
 膣にかさぶた作って、痛みに馴れて。
 楽園はあきらめるにしても、アダムとイブに還りたい。

 そういう単純な話じゃないのと、私の同僚も言うでしょうし、職場でこんな話はいたしませんが。私は、まわりの迷惑かえりみず、円満な手法もとれず別れてしまったカップルを見たら、これから、心のなかでこう言います。

「ったく。チンコにトゲがもどるぜ」

 WWEあたりでジョン・シナの使う新しいスラングとしてどうでしょうか。お客さんに理解してもらうために、このブログを読んでいただく必要があるのが難点ですけれども。

 Return Thorn Dick!!

 アールティーディっ!!

 さあ、みなさん、ごいっしょに。
 なに別れたりしてんの。
 やってられない。

4415301754



Ume

梅の花が、開きつつある。
咲く、ではなく、開く。
その表現がもう淫靡。
梅、という曲がある。
おなじように厳しい冬を越えて開くのに、
春といえば、桜。
梅はいつだって二番手。
松竹梅だと三番目。
こんなにあたしは良い香りなのに、
花開かぬ竹にさえも負ける要因てなに?
……思うに。
開くのが早すぎるのである。
まだ寒い。
品種によっては年を越えたころに開いたりする。
春のおとずれは、きのう寒かったのに今日はもう、
そういう速度だから、愚鈍なヒトは想像できない。
来月、来週のことなんて。
数えきれぬほどの冬と春を生き、
頭ではわかっているのに、未だ動物。
今日寒ければ、永久に寒いと毎年想う。
そんなひとりの帰り道。
「梅? この寒いのに咲いて。バカ?」
つまるところ。
春の花だと定義されているのが裏目。
温暖化だなんだというわりに、
開花予想は昨年と変わらず。
絶対的な気温ではなくて?
寒暖の差の刺激によって開く仕組み?
ということは。
過去、なのだ。
去年より、十年前より、百年前よりも、
この世の冬があたたかくなったところで知らない。
関係ない。
梅は、来月の春のおとずれを察して開くのではない。
「きのうよりも」
それだけ。
上着の脱げるころになって開く桜など、芸が浅い。
梅の開きを仰ぎ見るがいい。
来る春になど期待もしない。
その頃には散っているのだもの。
あたしはあたしの限界だけを見てる。
きのうだけを見てる。
去年のことなんてどうでもいい。
近い、過去。
さっきのあたしより、開けそうなら、開く。
寒くても開く。
だれも見てくれていなくても、バカにされたって。
開いて、香る。
桜は舞いにたとえられるが、
ならば、梅は、たたずみ。
季節もヒトも関係なく、
行けると感じて生き、開き、誘い。
舞うころには眠る。
淫靡だけれど、陰はない。
松竹梅。松は枯れず、竹は育つ。
梅は……
雪のなかでも開くから、尊ばれた。
三番目、ではない。桜よりも、梅。
春の花でも、冬の花でもなく、梅の花。
空気を読まない。
自分のタイミングで生きる。
閑かにそれができる生命は、美麗。
たたずんで色があり想ったら曲げない。
見た目は可愛らしいけれど、カッコイイ。
春が来たらガンバロウ、なんて、梅に笑われる。
いま、ひらけ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 梅、という曲がある。
 という、その曲は、この曲なのだが。

ume

 ヒャダインこと前山田健一さんの作詞で、例によっての飄々とした作風ながら、ちょっとすっぱく(梅だけに)切ない感じが絶妙で、かなり好き。

 なのだけれど、どこが好きかは書けない。

 数年前、ニコニコ生放送で「Twitterで歌詞をつぶやくのにもJASRACへ許諾が必要」だと偉いヒトが明言したことがあった。Twitterのつぶやきは日本語だと140文字である。前後の流れから歌詞の引用であると判断がつけば使用料を請求する対象となる、という見解だったので、この歌のこういう歌詞が、という文脈も含めると、ひとことふたことの歌詞引用でもあてはまることになる。

 私もよくやるが、出版物からの引用の場合、引用であることを明記して出典を併記する限り、著作権がうんぬんという話にはまずならない。実際的な問題として、あのひとがこういうことを書いていたのだが、ということが引用できなければ、それをもとに話をすることもできず、インターネットを含めた文字文化においては、相互のやりとりはほとんど発展しないことになってしまうからだ。Twitterでも、自動で相手の言葉を引用してそれにコメントを添えるという機能があるが、それをつかまえて「おれの文章を許可なく引用しやがって。著作権侵害だ、訴えてやる」なんてひとがひとりでも出てくれば、ほとんどの会話をネット上でオープンに閲覧できるTwitterは、その営み自体が成り立たすことができやしない(まあ、Twitterしない、というひとのなかには、まさにその自分の文章が引用されてオープンに流布される可能性がある、というところに嫌悪感を感じる向きが多い、というのはちらほら聞く話ではありますが)。

 しかしたとえば、だれかがJASRACへの許可なくJASRAC登録の曲から歌詞を引用してしまった場合、そのつぶやきを、まるまるリツイートした他人も使用料を払う必要が出てくる。こうなってくると、最初に引用したひとのせいでなんでおれが、という話になったりもしかねない。かようにメロディーがついていなくても歌詞は曲の一部、とてもデリケートに扱わなくてはならないのである。

 本当のところを言えば、Twitterで歌詞をつぶやいても、JASRACからの使用料請求はTwitter運営サイドへ行くそうなので、個人への請求などはないのですけれどね。

 でも、歌詞とはそういうものなのである。引用元を明記するとか、そういう心遣いも関係ない。どうなにを明記してだれの目にもあきらかな話の流れのなかでの自然な引用であったとしても、文字として書けば著作権侵害となる。だれに請求が行くとかそういうことはさておいても、そういうことになっている以上、ちゃんと使用料を払って書くか、書かないかの二択である。

 と、いうことなので『梅』という曲の、どこが好きなのかは書けない(笑)。

 書けないが伝えたい。
 だったらどうすればいいか。
 ここで、あれこれ調べてみる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『JASRAC / 作品データベース検索サービス』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 すると、日本古謡『さくらさくら』の著作権は切れていると知る。
 (ここで注意したいのは、たとえばその後、だれかが民謡コンサートでアレンジして歌った『さくらさくら』ですとか、そういうものには新たに著作権者が生まれる、というところ。あくまで原曲、オリジナルの(作詞者不明なのですが)市井に流布されていた『さくらさくら』の著作権が切れているということなのです)

 さっそく書く。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さくら
さくら
野山も里も
見わたす限り
かすみか雲か
朝日ににおう
さくら
さくら
花ざかり

さくら
さくら
やよいの空は
見わたす限り
かすみか雲か
匂いぞ出ずる
いざや
いざや
見にゆかん


 作詞者不明 『さくらさくら』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 書いた。
 これに関して、JASRACからの請求はないはず(ちょっと不安)。
 この歌詞、正確には一番、二番というわけではなく、このような二つのバージョンが、自然発生的に歌われていたということなのですが。どなたかが改変しなければ、新たなバージョンはないわけで、記録がないからだれの権利物でもない、というのも自信満々に言っていいことではないと思うところでもあり。
 せめて、お礼を。
 これらの歌詞を書いたどなたか。引用どころか全文書き写させていただきました。JASRACは抜きにして、敬意を表します。きっともうこの世にはいないのだろうけれど、あなたが書いた、この歌も、私は大好きです。

 そして改変する。
 『梅』を聴いて好きだと思ったその感じを、まったくちがう文字で、私の言葉で、著作権の切れた曲にのせて描写するのは、かまわないでしょう? それとも、タイトルを引用してそれに影響を受けて書いたと明記した時点で許可が必要ですか?
 少しだけ見切り発射的に。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

うめ
うめ
春を見つけて
気づけと香り
孤高に咲いて
知らず散りゆく
うめ
うめ
ひとり花

うめ
うめ
遅れし春に
気づけと香り
誇って咲いて
歌って散った
うめ
うめ
夢見花


 吉秒匠 『うめうめ』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 こんなん書いたモン勝ちでしょ。
 子々孫々、歌い継いでください。
 で、JASRACへはどうやって登録するんです?

(正解は。「JASRACは作品や著作権の登録機関ではありません。著作権は著作物を創作すると同時に発生します」(『JASRAC/著作権信託契約と入会Q&A』より)。だそうです。というわけで『うめうめ』は、たったいまさっくり五分ほどで書いた落書きも同然ですが、ここでおおやけに発表してしまった事実のあるかぎり、おおっぴらに歌うとJASRACから吉秒へ金を回してくれる仕組みのようです(どうやって?)。こっそりお風呂とかで歌って下さい)

(追陳:どうやって? の正解は、JASRACと著作権信託契約を結ぶ、です。が、その契約を結ぶと、著作権がJASRACに移るので、自分で自分の作った歌を歌うにもJASRACへ使用料を払うということになります。当たり前のことですが、著作権はモノ作るすべてのひとに与えられる権利であって、あなたが自分の作った歌をだれかが歌うたびに権利を主張する気がなく、みんなに口ずさんでもらいたいのなら、自分で著作権を抱きしめているのも、ひとつの賢いやりかたです)