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『仮面ライダーウィザード|テレビ朝日』

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 というわけで、次はメイン脚本が、きだつよしサマですよ。平成ライダーシリーズで一二を争う(私のなかで)『響鬼』を手がけたかたですよ。なにより『フォーゼ』と二作続いてガチガチの舞台演劇育ちがホンを書くというのは、仮面ライダーとはそういうものであるべきだという時代の要請と見た。

 で、ウィザード。
 なんというか。
 困る。
 ふつうにカッコイイ。

 いや、個人的な好みでいうと、やっぱり仮面ライダーには陰があって欲しいので、ウィザードのデザインも、ウィザードというそれそのものな名前も、ちょっと失笑を浮かべてしまう雰囲気ではある。だが、冷静に考えて、いくら石ノ森章太郎原作を冠しているとはいえ、改造人間の悲哀は、いまの世ではちょっとばかり日曜の朝にはキツすぎる。産まれる前にすべての遺伝子を検査された赤ん坊が産まれ、義足はハンデでもアドバンテージでもないと認められてスプリングの脚を持つ選手がオリンピックに出るような、いまでは。
 初代仮面ライダーのデザインは、髑髏を模したものだった。

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『髑髏に似た祈り虫の世界』の話。

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 いま、ということをかんがみるなら。
 人造人間の悲哀はまたいつか脳天気な時代が来たら引っぱり出してこようとタンスの奥に片付けてしまった平成ライダーの系譜のなかで、バッテリー駆動のマスクドライダーシステムではなくウィザードのパワーのみなもとは「魔法」だという、それだけで充分にアンダーグラウンドな設定ではあろう。
 髑髏のヒーロー、という響きには遠くおよばないものの。

 こんどのライダーは指輪で変身する!

 指輪にはめ込まれた宝石の魔力によって力を行使する、という設定は、歴史上の映画作品などでは、コメディではなくハードなファンタジーで使われてきたものである。

 だが、正直なところ、こと平成ライダーシリーズに限っていえば、カードもメモリもコインもスイッチもボロ儲けしたから、ほかになにか数を出せるアイテムはないのかという会議が先にあって「指輪男子」というキーワードが副社長の脳天を貫いたことは想像にかたくない。

 なにそれエエやんカードとかコインとかポケット入れとうから見えへんけど指輪やったらガキども十本の指ぜんぶにはめてそこらじゅう走りまわりよるやないかロハでプロモーションしてるようなもんやでそら電車のなかで隣の車両で指輪見せびらかすガキに嫉妬してぼくも買って言って泣き出すガキ続出やなこれ。
 うひゃひゃひゃひゃ。

 みたいなことがあったのは間違いない。
 その副社長が、テレビ屋のか、オモチャ屋のか、そのあたりは知ったことではないが、昭和の時代に子供向け番組を書いていた方々が、あのころは、もっとオモチャを増やせと脚本に口を出された、などと懐かしげに話すのが、本気の昔話になってしまったことは疑いようがなく。いまや、役者はむろん、監督や脚本家が選任される前に、副社長の高笑いがある。

 古くからの仮面ライダーファンにとって、ライダーベルトの造形は、プロレスラーが腰に巻くチャンピオンベルトのそれがおもしろおかしくては場が締まらないように、冗談抜きでハード&クールの極みであって欲しいのだが……残念ながら、今年も平成ライダーの既定路線「オモチャありき」の構図にのっとって、あろうことかベルトに黒い手形が描いてある。しかもナナメに。銀行のATMにある生体認証の手形そのものなので、思わず手をさしのべてみたくなる……だが、もちろん、他人の下腹部にナナメに描かれた手形へ、てのひらをあてがおうと試みるなら、彼を後ろから抱くしかない。
 もしくは、自分が腰に巻いて仮面ライダーウィザードになるか。

 そういうデザインである。
 左手に着けた指輪を、てのひらごとベルトにあてがう。そのために特化された意匠であって、あらゆる使いやすい道具がそうであるように、見た瞬間に使いかたがわかる。なにせ、ナナメに黒い手形が描いてあるのだ。ATMで「指を調べるってなんやの?」と意味がわかっていないおばあちゃんでも、そこに黒い手形が描いてあれば、手をあてがわずにはいられない。それがまして、年端もいかぬ、いたいけな男児であれば。
 今年のクリスマスも、ライダーベルトは品切れであろう。
 ディケイド以降の秋番組開始システムで、副社長の高笑いは、ひとけをはばからぬようになっている。

 我が敬愛する師のひとり、逝ってしまった三沢光晴(プロレスラー)は、棺に仮面ライダーのフィギュアを入れられて笑っているように見えたが、私も同じく仮面ライダー好きではあるけれど、平成ライダーたち(特にこの数年)のフィギュアとかライダーベルトは、率直な意見を言うならば、棺に入れないで欲しい。フォーゼが嫌いなわけではない。黒い手形のついたベルトがクソだなんて思っていない。だけれども、私の屍体と並べてそれら破天荒なデザインのアイテムが置かれているところを想像すると、別の意味で笑えてくる。
 仮面ライダーをよく知らない弔問客に、あたまとんがってる白いヒーローにあこがれていたのこのひとは、なんて思われたくない。あれを初見で仮面ライダーだと見抜けるのは、実際に番組を観ていたものだけである。
 
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いくら故人が生前好きだったからといって
いい大人の男が・・
棺にフィギュアやら同人誌やら入れられたり
出棺の時 魔法少女のアニメの音楽で見送られるのは
逆に成仏できないんじゃないかって思います


久米田康治 『さよなら絶望先生』
第二百九十七話「(あと)五回の憂鬱」
 
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 まあ。
 ベルトがかっこ悪いおかげでオモチャが売れて、それによって来年も新作仮面ライダーが作られるならば、仮面ライダーV3あたりからリアルタイムで観ている(記憶は定かではない。私が小学生のころ、夏休みといえば仮面ライダーの初期シリーズがエンドレスで流れていたということだけはおぼえている。ジャングル黒べえともども、あのころライダーはまだ、規制が入ってピー音だらけのバージョンではなかったので、私の言語感覚は、夏休み子供劇場によってこうなってしまったといっても過言ではない。おかげで大人になった私は、ビッチをビッチ以外の60種類の言葉で罵倒することができる。ありがたいことだ)私にとっても、悪い話ではない。なにせ仮面ライダーは東映の製作であり、同じく東映の昭和の看板だった時代劇は、テレビから消えた。時代劇も、かっこ悪いチョンマゲをつければオモチャが売れて次クールに新番組が持てるなら、よろこんでそうしたことだろう。

 フォーゼの造形にはさすがにド肝を抜かれたし、一年観ても、なんかこういうカタチのヒーローとかロボとか、昭和のテレビではときどき見かけたなあ、というノスタルジー以上の熱狂には育たなかった。だがそれは逆にいえば、私がそう感じているということは、いまや24年目に突入した平成のもう幼くもない程度に育ったチルドレンたちにおよぶまでは、人生初遭遇なアバンギャルドインパクトだったわけだ。

 平成も二十年を越えた。
 そういえば、有名な歌手が昭和の歌謡曲をカバーしているのを、最近よく見る。想い出すが、美術部の先輩と部活帰りの公園で、先輩はため息をついて柵にもたれ顔をそらし、これは告白されるのかもしれないという緊張感におののいていたら、彼女は突然に泣き崩れたのだった。

「女のひとと出てきたからって友だちだって可能性もあるわけじゃない……」

 その日、徳永英明が思いっきり写真週刊誌にすっぱ抜かれていたのだ。なぜなんだか私の膝にすがって泣く先輩の背を撫でながら、徳永に彼女がいようがいなかろうが、もっさい男子美術部員の膝にすがって泣くもっさい女子美術部員について彼がなにかを思うことなどないだろうから、先輩も別に泣く必要はないんじゃないですかね、と思ったが私は言わなかった。なかなか良い判断だったと思う。

 なにが伝えたいのかといえば、昭和も終わりにさしかかったころに生まれた私でさえ、この平成の世に昭和歌謡曲などをカバーする中年歌手に、ノスタルジーを感じたりはしない。だったらもっと上の世代を彼らは狙おうとしているのか。いや、そうではないのだろう。

 なんだか、いろいろやってみて。
 いま、ひとまわりして、ちょっと昭和のことを想い出してみたら、ああいうのこそ、最近ぜんぜん見ないんだから、やってみたら新しく見えるんじゃね? だとしたら弾はかぎられているんだし、やったもん勝ちじゃね?

 そういうことではなかろうかと。
 ああ、あの先輩は、いまごろ結婚とかしているのだろうか。チョビ髭はやしてピッチリ横わけの姿になったおもしろい徳永英明を、どういう目で、いまは見ているのかいないのか。

 聴く側も、懐かしむという意図で聴くのではなく、いっそやり過ぎるくらいにデフォルメしたものが欲しいのである。そういままさに、国会議員を辞めて知事選に敗退した大仁田厚が、いまになって電流爆破とかあちらこちらの団体でやりはじめたのも、おなじ理由だろう。飽きられて終わったのだけれど、だれもやらなくなってひと時代過ぎてしまうと、あのころが新しくなる。

 いいものはいい。
 そういう表現もできる。
 なにせ過去のヒットが前提にあって焼きなおすのだから、ヒトの琴線にうったえかけるのは保証つき、あとは時代の色づけを過剰なくらいにほどこせば……過去のバットマンと現在のバットマンは、物語的に同じものでありながら、ベツモノといえる。

BATMAN
BATMAN

 とか書きながら。
 仮面ライダーウィザードは、日食の日の儀式によって生まれた魔物たちから平和を守る、という導入部に、だったら、だったらば、と期待する私がいる。

 主人公もヒロインも、人間だか魔物だか不明で、宝石の力を宿す?

 いるんでしょ?
 もういいよ、ずいぶんと時間も経つし、そろそろそのものズバリの彼、復活でいいんじゃないかな。きだサマはそもそもライダーパロっていたひとだし、それを描くことで、いまのお子様の心にもトラウマを植えつけることができるのか、試したくてウズウズしているはずだ。
 やっちゃうべきだ。
 今回の脚本は、それができる。
 あの伝説の悪役レスラー……悪役すぎて、哀しい設定すぎて、カッコよすぎて、あの時代の男の子たちに、生涯、悪を悪と断じることの難しさについて悩ませることになった、彼。
 キングストーン「月の石」を体内に持つ銀色の影の王子。

 シャドームーン。 

 原子力の暴走に怯えたこの一年は、日本が生んだ世界的大怪獣ゴジラのうったえた、強大なパワーを人類は平和に使いこなし続けられるのか、という命題を思いださずにはいられなかった。そこにきてウィザード。ファンタジーの色に染めてあるが、あらすじを読んだだけで、魔力を持つ石によって変身(させられた)結果として人間性を失った改造人間である昭和の銀色のライダーを邂逅せずにはいられない。
 ウィザードの物語設定が昭和ライダーファンの目に触れれば、具体的な期待を誘うことは、ぜったいにわかっているはず。
 逢えますか。
 逢いたいな。
 シャドームーンならば、私の屍体に並べて焼いてくれてもよい。

No.589 RAH DX

 銀色折り紙みたいなメタリックな主人公ライダー。
 ソフビを売る必要性からも、第二、第三あたりまでの味方だか敵だかのライダーが現れることは確定事項だし、そのデザインはダークメタリックで決まりだろう。

 ならばぜひ。
 ウィザード自身でなくていい。
 昭和の高度成長に日本人みずからがこのままではおれたちは破滅するんじゃないのかと不安になりはじめたころ、それを象徴するように現れた「自分自身をなくしてしまう」忘れられない苦悩の仮面ライダーを。
 いま、登場させて欲しい。

 平成も悩んでいいころだ。

 昭和初期の改造人間の悲哀はともかく、昭和末期の無力感さえ忘れて、このところのライダーは、ベルトを手に入れたことで変身しても自分のカラダにはなんの負荷もないという描写に傾きすぎだと感じる。ベルトを拾ったから仮面ライダーになる、という設定は、だれもがライダーになれるんだという壮大な夢にもつながって受けがいいんだろうけれど。でもその設定だからこそ、ライダーのなかのヒトの資質というのは、もっと問われるべきではないだろうか。特に、今回は。有限だが絶大な力を放つ魔石、というアイテムは、仮面ライダーBLACKとシャドームーンという脚本の前例がある。前例がありながら、時代は変わった。

 だれでもあつかえる強大な力。
 それを発する宝石を手にしたとき。
 昭和の人類は、自我の崩壊を怖れた。
 道具に宿る力に振り回されて人間関係が壊れるのを怖れた。
 けれど、いまは。
 石の力の暴走が惑星さえ滅ぼすのが、現実である。
 
 人間関係。正義も愛も憎しみも平和も。
 汚染されて吹き飛んだ地上では語ることはできない。

 石の力を借り、四大エレメントを操作する魔法の使い手。
 仮面ライダーウィザード。
 魔法が使えるんだから強いんです。
 魔物をやっつけて地上は平和です。
 戦い終わったので魔石はしまっとけば安全です。

 そんなのは、困る。
 魔法使いになることのリスクを、ガキに語れ。
 私は、この秋から、両手の指にキラキラ輝く指輪をいっぱいつけた男の子がはしゃいでいるのを街で見かけたら、世紀王シャドームーンのオーラを発散して、そんなものではおれには勝てんと威嚇して泣かせることにする。
 自分の力を見せびらかすなんて、ヒーローじゃない。
 指輪は、ベッドでこっそりつけて、夢で世界を救え。
 そういう男の子を、育てて欲しい。

 めっちゃふつうにカッコよくて期待して観はじめたら、後半になってライバルのライダーどころかウィザードまで苦悩しまくりだし、そもそも魔法なんて手に入れたのが悪、みたいなところもあったじゃん。なんて会話を、育った少年たちが次の元号の新聞を読みながら語るようになる作品でありますように。

 いや、勝手な期待です。
 でも、冗談抜きで。
 仮面ライダー的には初の魔法使いとうたいながら、実はそれゆえにファンタジー設定の王道をゆくことになるウィザードが、ファンタジーというジャンルに対する新たなユーザーを育むのは間違いない。その作品が、魔法使えりゃ強くてハッピー、みたいなことだけで終始したとすれば、幻滅する。
 パッと見、軽く見えるが、お調子者を装い、本心をあまり見せないようにしている。そういう設定の主人公らしいけれど、それはもちろん伏線ですよね。後半、真顔で語る場面を持つんですよね。
 魔法使いが、いまのこの世でなにを悩み叫ぶのか。
 刮目して、観させていただきます。

 そういう話はそれはそれとして。
 このあいだ、テレビでやっていた「ゆび祭」を観て、今回のヒロイン低血圧少女を演じる「ぱすぽ☆」のコを初めて見たのですけれども。正統派美形でヨシ。主人公もジュノンボーイだし、せっかくアゴのラインきりっとした布陣なのですからこそ、シリアスなドラマに展開していったほうが純粋に画としても映えると思う。

 軽さを貫いて安定飛行より、どこかのタイミングで、この現代に魔法の石で戦う意味を問う、そういう描写もして欲しい。ウィザードが大ヒット作になれば、陰ある謎少女が「アテンションプリーズ!」なんて踊りまくる、ぱすぽ☆全体の萌え度も相対的に急上昇して、アイドル戦国時代といわれる平成の世がさらにヒートアップして景気も上向くだろう。

 悩み怯える現代。
 平成仮面ライダーの主人公たちは、つらいときも笑っていこうぜ、的なノリが多いが、ここらで観客をちょっと退かすくらいの極め顔を。
 ヒーローもアイドルも。
 シリアスな部分を内包してこそ、愛せる時代だと思う。
 考えなしの昭和生まれじゃないんだし。 
 いま魔法が使えるならば。
 どこまで「使わない」かこそを悩んで。
 美的アイコンな彼らが演じるからこそ、悩む姿勢は、最終的な力の行使そのものよりも大事なことであると、万人に伝えられるはず。

 敵を倒す前に。
 美しく苦悩を。

 見目麗しい魔法のライダーに、そういう期待。

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白石隼也オフィシャルブログ「a piece of cake」

ぱすぽ☆奥仲麻琴オフィシャルブログ「まこのおもちゃばこ」

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