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 歯科医というのはたいてい陰険な人間ではない。


 マイケル・シェイボン 『ユダヤ警官同盟』

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 最近の歯の詰め物って白いんですねえ。
 口のなかでぴぴぴぴぴぴぴーんとアラームが鳴ったら新しい歯になっているという初体験は、なんだかプチ改造人間化手術をほどこされたようで心が浮き立ちました。

 それはさておき。

「歯石もないのに、どうして腫れているのかしら?」

 前回、親知らずを削ってもらったら、翌日から歯茎が腫れたということを書いていたのですが、あれ、本来は腫れる予定などではなかったようで。
 またレントゲンを撮られた。

「ああ、確かになにかある感じはするわねえ」

 女医さんふたりで、スケルトンな私のアゴを解析中。
 照れます。

 でも、けっきょく、特定にいたらないまま、削ったところが頬を傷つけないように詰め物で丸く加工して、もう一週間ほど様子を見ましょう、ということで。X線防止の鉛のエプロンを着けたまま、大先生に宣告されます。

「ヨシノギさん。わかっていただけると思うけれど、その歯、ものすごく治療しにくい場所なの」

 ええ、それはもう、削って埋めてしてもらっている作業のあいだに、先生のピンクの白衣(?)越しに、ブラジャーのレースの数を数えることができましたから、おでこで。たぶん、跡ついていますよね。歯医者というのはたいてい陰険ではなく、ポーカーフェイスが決められなくて警官の尋問に弱く、作業にのめり込むと乳で患者のおでこをこすり続けていることも忘れて前のめりになってしまうようです。

「優劣つけるわけではないけれど、せいいっぱい開けても、ヨシノギさん、口が小さいというのも、歯医者泣かせなの」

 はあ。つまり、やんやりと、劣であると言われている。
 口を開けろよ歯が当たって痛いだろうが、えーだってぼくもうむり、京二のがおっきすぎるんだよぉ、というような会話が頭をよぎりますが、実生活で、口が大きく開けられなくて怒られたことなどない私でしたので、これも初体験です。ごめんなさい先生。で、京二ってだれだ。とっさに頭に浮かんだが、格ゲーのキャラでしたっけ? そういえば、遊郭の時代には、若くして歯のないことを売りにする遊女さんもいらっしゃったとか。まあ、そりゃ、感触として気持ちよくはあるでしょうが、個人的には萎えてしまいそうです……

 ともあれ。
 にっこり笑って言われました。

「これで次、なにか問題出たら、抜きましょうよ」

 ふらりと入った歯科ですが、この美人先生、なぜにこうも歯を抜きたがるのか。先週は、きれいに生えた親知らずねと感心さえされたのに、歯茎が腫れたくらいでよくわかんないけどとりあえず抜けばOKよと。きっと得意なんでしょうね、抜歯。でもなあ、いろいろ聞くしなあ、すっかり大人になってから親知らず抜いて、数年後もアゴがしびれている、とかいうひとも知っているし。

「麻酔しているんだから、痛くないから」

 いえね、抜いたあとが不快なんじゃないですか、小さい口内炎ができただけでほっぺたごと切り落としてやろうかと思うくらいイライラするのに、なにを好きこのんでちゃんと生えている歯を抜いてアゴの骨に穴を開けますか。イヤですよ。

 しかし、出逢って、通算30分もいっしょに過ごしていない相手の、奥歯ガタガタいわせて抜き去ろうっていう話を笑顔でするっていうのも、その稼業ならでは。当たり前に他人の歯を抜いて、昼ご飯食べて、また歯を抜いて。私の叔父が、ほとんど歯科医相手専門の建築設計事務所やっていまして、私も仕事、手伝ったりしていたこともあるのですけれど。歯医者さんって、病院というよりも、自宅のオシャレな内装をデザインしてもらうみたいに発注するのです。考えようによっては、外科医が内臓を見続けるより、赤の他人の粘膜に触れつづけ、膿んだ歯を抜き続ける歯医者さんこそ、精神削られる職種のように思えますから、せめて儲かって自分好みの心落ちつく病院くらい建てないと帳尻が合わないのかもしれません。今日もインストゥルメンタルはビートルズです。先生の好みなのでしょう。曲名が思い出せずに、私は気が散ります。

 そんなこんなで、願わくば、腫れが引きますように。
 引かなかったら、歯、抜かれるんですからね。
 痛くもないのに。
 まっすぐ生えているのに。
 ああ、いやだよ、いやだよ。で、やめればいいのに、帰ってユーチューブで抜歯のビデオなど検索して見てみたり。



 ほら……砕いて抜くのは麻酔かかっていて痛くなくったって、こんな穴が歯茎に開いたら、平気なわけがないじゃない。寝られないよ。そして睡眠不足で脚立の上から落っこちて大怪我ですよ。うちの職場、たいてい腰か脚を悪くするか、心を病んで退職するのです。

 そんなわけで、歯を抜かれることを阻止すべく、今週もやわらかごはんを食べ続けています。先週、大量に作ったタコ焼きを冷凍して、この一週間それがお弁当の具材だったり。唐揚げのかりっと揚がった衣でさえ、腫れた歯茎を傷つけるおそれがありますから、肉の類も小さく切って、もうゴハンといっしょに炒めてしまえと、チャーハン三昧だったり。

 台所に残っている、やわらかく一食をこなせる食品類を、次々に胃袋におさめていきます。そういう流れで、ふと目にとまる。先週のナシゴレンの素といっしょにもらったミーゴレンの素。否、素というか、インスタントミーゴレン。
 麺です。
 これはまさに救世主。
 胃袋はカロリーを求めているが、コンビニのおむすびでさえ歯茎が腫れるという敏感な口腔状態におちいっている私は、飲むように麺を食うべき。

 作ってみましょう。
 おなかが空いたので、細かいことは考えません。
 ミーゴレン、作ったことないんですが。
 余計な知識は入れず、いっさいのアレンジをなくして、パッケージ記述の通りに作る。ていうかそれで作れなくちゃ、インスタント食品の名折れというもの。
 見せてみろ、アジアの心意気。

 ミーは「麺」、ゴレンは「揚げる」。
 揚げ麺?
 いや、この場合、ナシゴレンがチャーハンの一種であり、チャーハンは漢字で炒飯と書くのですから、すなおに「炒麺」と読むのが正しい。
 焼きそばですね。
 言われてみれば、屋台の焼きそばだって、じゅうじゅう水蒸気をあげるほど水を使っていますから、焼きそばってのは、焼いているようでいて、蒸して麺をふくらませている側面がある。
 そういうミーゴレン焼きそば、のはずですが。
 袋の作り方(英語)によれば、沸騰したお湯で三分。
 インスタントラーメンじゃん……ちなみに、見た目もまんま、それ。
 いや、これ、本当にラーメンじゃなくて、ミーゴレン用に作っている麺なんだろうか? どう見てもサッポロ一番的なオーソドックスなフライ麺に見えるのですけれどもっ。

Migoren1

 ラーメンに比べると、小袋が多い。
 四つも破って入れさせるなんて。
 ここが広大なるアジアの余裕です。スピーディーアメリカにかぶれたエセアジアン日本人の、とにかく手順は少なくテレビディナー的開発手法ではなく、そもそも本物のミーゴレンに入れていく調味料を、ただ小分けにして添えたのに違いない。
 いいです。
 まかせてください。
 手順通り、手順通り……

 野菜を加えるとなお良し、とも書いてあったので、焼きそばらしくキャベツとタマネギを用意しました。

 ところで、どこかの国で、インスタントラーメンをすべて「miojo」と呼ぶ、というのをこのあいだタモリ倶楽部で知りました。酔って眠りかけた頭で観ていたので、どこの国だったか忘れたけれど、ちょうどインスタント麺特集をやっていて、茹でたインスタント麺に粉スープとツナ缶をあえた料理をアジアの人が作っていたのは、ぼんやり記憶している。

 つまり、どう見てもミョージョーな麺を、すでに三分茹でたあとで、また炒めるなんてどう考えても自殺行為。しかし、ツナはそのまま食べられても、野菜はそういうわけにいかないので。加えろって、どこにどうやって加えるのだと腕組みして考えたが、やっぱり、インスタントな麺なのに、別枠でフライパンを用意しろなんていうのは横暴にすぎる気がします。

 というわけで、なにもかもを沸騰したお湯に入れました。

 三分経ちました。

 湯切りしました。

 調味料四種を混ぜあわせました。

 ……できあがり、ですか。

Migoren2

 二十秒ほどで食べ終わりました。
 まったく満たされぬ。

 これって、いわゆるカップ焼きそばの調理法。
 そう考えてみれば、自信をもって言えますが、私、十年以上、カップ焼きそばを口にしていません。あんなもので腹がふくれるかーっ。茹でた麺にソース絡めてできあがりって。だったらスープのあるラーメンのほうが確実に腹ペコ男子に対して誠実。

 ミーゴレン。
 まさに私のカップ焼きそば観を、さらにおとしめるためにこの世に生まれてきたとしか思えない食べ物でした。いえ、本物のミーゴレンが、どんなに美味しいものかは知りませんけれど。

 不味くはない。
 しかし、あえて選んで食うものではぜったいにない。
 なんなんだ、このいかにも辛そうな赤いソースを入れたのに、まったく辛くなく、それどころかあきらかに甘い味わい。  
 
 口なおしに、チョコレート食べました。
 そうか、噛まずにカロリー摂るって、これでいいんじゃないか。

 そんなミーゴレン初体験でした。
 ごちそうさま。
 失望以外のなにも残っていません。

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 実際にやってきた救世主は、結局のところ誰の役にも立たない。希望というものは、実現した時点ですでに半分失望に変わっているものだ。


 マイケル・シェイボン 『ユダヤ警官同盟』

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 ミーゴレンの話は終わりです。思い出したくもない。それにしても、SF界のでっかい賞を獲りまくった『ユダヤ警官同盟』。コーエン兄弟が映画化するというので楽しみにしていたのに、あの話は流れたのでしょうか。コーエン兄弟も『ユダヤ警官同盟』もツボな私としては『クーンツのフランケンシュタイン』にならび、ちゃんと成就してほしい映画プロジェクトの筆頭なのだけれど……。

 邦訳は賛否両論なところがあるが、もってまわった言い回しをする饒舌すぎる小説書きが大好きな私としては、たとえばこういう表現に口笛を吹かずにいられない。

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 ヘルツは何か言葉を発した。というより、肺から出た空気が歯の関門を通って人間の言葉に似た音を立てた。膝に目を落とし、また音を洩らした。それが謝罪の言葉であるのにランツマンは気づいた。ランツマンが学校で教わったことのない言語だった。


 マイケル・シェイボン 『ユダヤ警官同盟』

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 た、た、た。という日本語のリズムが鬱陶しいが、表現としては、まず書けるものじゃないです、こんなシーン。一文一文を、立ち止まっては練り込んでいるマイケル・シェイボンの姿を想像すると、大作を完成させたときには、それこそ奥歯どころかすべての歯が噛みしめすぎて粉々に砕けていたのではなかろうかと崇めます。

 ストーリーそのものよりも一瞬一瞬を魅せることに心を注ぐ、コーエン監督もきっと、この深みを描いてみたいと夢想したのだろうに、足踏みしているのはやっぱり世界が深みよりも軽みを求めているからなのか。売れている監督が、これが売れない世界はおかしいと強気で勝負に出る、たのしい地上であってほしいと祈ります。


m.chabonm.chabon




 前回、歯が砕けた話をしたら、いろいろなかたから大丈夫? とか、ざまあみろ! とか、あたたかいお言葉をかけていただきました。感謝祭です。

 そのなかでも感銘を受けたのが、ゲームの仕事で超絶微細な絵を描いている男性がCG美少女キャラの髪の毛を描いているときに歯を噛みくだいたことがある、とか、近ごろはほんわかするスイーツ系ボーイズラブを立て続けに上梓されている女性が、そういう作風にもかかわらず書いているさいちゅうは噛みしめすぎて頭痛がしたり歯が欠けたこともあって吉秒さんもマウスピース作ったほうがいいですよとツイッターメールくださったりとか。
 そうなんですね。
 私だけじゃないんだ。
 生みだす現場では、どこも生まれ来る子が親のカラダを痛めつけ奪いとって精根尽き果てるまでボロボロにしているものなのですね、と、ため息ついたら。
 だったらしかたないかと勇気が出ました。
 壊れるなら壊れないように鍛えて、それでも壊れるところは、だましだましやっていくしかない。私が壊れちゃうからこのやりかたは間違っている、という方向にだけは転ばないように、むしろ、まだ壊れていないのだから、余力があるのだと、もっと血湧き肉躍らせて、すべての歯が砕けるまで噛みしめて、喉が潰れるまで吠えて生め。

 そういう、はっちゃけた気分になりました。
 ありがとうございます、みなさま。
 ずうぇんずうぇん平気です。
 加重のかかっていた歯を削ることで、いままで噛みしめていた奥歯が噛んでも当たらないわけですから、どのタイミングで自分が噛みしめているか自覚できるようになりました。思った以上に、肉体的なパワーを必要とする場面よりも、感情をスパークさせる場面で、いきおいよく歯を砕いていたようです。いっそ、よろこびの感情であごが痛くなるというような傾向にある。だれかを抱きしめるときに、決して人はリラックスしたりしないもののようです。実際にではなく、想像のなかで抱きしめるときにだって。

 とまあ、そんなこんなで。
 圧が解放されたその日、歯医者の診察室ですでに私は痛みも違和感もまったく感じていなかったのですが、先生は不吉なことを言いました。

「炎症は、時間でしか治せないから、痛み止め出しておくわ」

 痛くないのに。
 と思いつつ、数日分もロキソニンの入った薬袋をもらい、とぼとぼ帰って、その翌日。職場でお弁当食べていて、むん? と気づき、トイレにいって鏡の前で大口開けてみましたところ。

 ぷっくり歯茎腫れてやんの。
 触れてみれば、首のリンパのあたりも痛い。
 解放されて腫れるって、痛み出すって、なにごとか!
 というところですが、得てしてそういうものですよね。
 
 これを、漢方の世界では瞑眩と呼びまして、つまるところ発熱は菌を殺すためであり、下痢は菌を排出するための「いったん悪くなる」症状で、そのあとには快方が待っているとされるのですけれど、漢方医でもない野郎どもは副作用と見分けがつかないんだから、安易に「それは瞑眩でござる。安心でやんす」などと言ってしまわない、あとあと裁判沙汰になるよ、というようなことを学校では習います。

 しかしまあ、歯医者の美人な先生が炎症が出て治るのには時間がかかるとおっしゃっていたその通りに解放された私のあごまわりはのたうちまわっているのであって、だったら様子を見るしかありません。

 せっかく、カロリー摂りまくって体重をもとに戻すばかりか倍増させる計画だったのに、腫れた歯茎にかたいものが当たるのは苦行でしかないため、やわらかい食事を考えます。おかゆでヘビー級は目指せません。かなしい。

 というわけで。
 このネタは、実は前にもやりました。
 あのときはパエリアでした、今度はジャンバラヤ。
 引きこもっていて料理どころではなく、この徒然でもめっきり料理ネタを書くことがなくなっていましたので、リハビリにはちょうどいいお手軽さでしょう。
 あ、ちなみに、ジャンバラヤとはこういう料理。

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『ジャンバラヤで喰うケイジャンの魂』の話(2)。

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 で、今回も手もとにあるのは、これ。

Nasigoreng0

 この、インドフード社というのは、世界中でナシゴレンを売っているのか、以前はバリ土産に友人からもらったのですが、今回は師匠と呼ぶべき人から、なぜだか中国土産としてもらってしまいました。ありがとうございます。
 ナシゴレンの素。
 インスタント食品というのに分類してもいいものだと思うのだけれど、調理法を見れば、炊いた米に混ぜて炒めるとか、そのうえに目玉焼きものせろとか、ぜんぜんインスタントじゃありません。
 だから、こうするのです。

 ダッチオーブンでナシゴレンの素を使ったジャンバラヤを作ろう。
 そういう今夜の晩ご飯実況。

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●材料

鶏肉 200グラム
ソーセージ 一本
コンニャク 100グラム
タマネギ 中玉一個
ニンニク3片 
米 400グラム
水 300cc
白ワイン 100cc
オリーブオイル 大さじ3
ナシゴレンの素 一袋
お好みでトッピング用野菜

●作り方

1 ダッチオーブンをコンロで熱します。

LOGOS

2 オリーブオイルを入れて10秒後、タマネギとニンニクとコンニャクの全量をあらいみじん切りにして投入。30秒炒めます。

Nasigoreng01

3 鶏肉とソーセージも腫れた歯茎にやさしいサイズに切って入れます(今回は、ダシが出るのを期待して、分量外でワカメと唐辛子も刻んで入れました)。

Nasigoreng2

4 肉に軽く焦げ目がついたあたりで、白ワイン、水の順に加え、ナシゴレンの素を投入。

Nasigoreng3

5 沸騰したら中火にし、米を加え、底からはがすように1分かき混ぜ、トッピング用の野菜(今回はブナピーと冷凍パプリカと生ワカメ)を米の上にのせ、火力はそのままフタをして5分炊く。

Nasigoreng4

6 弱火に調整、15分後、火を止め3分蒸らして完成です。

Nasigoreng

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 もうこれはほとんどジャンバラヤというよりも炊き込みごはん。コンニャクとワカメが、いっそうバリっぽさよりも和風を強調していて、スープはお味噌汁にしたいくらいですが、面倒くさいので作りませんでした。このダッチオーブンを、でんっ、とテーブルに出し、ワインのボトルも並べる、この作法がレシピを見ずに応用できるようになれば、あきらかに炊飯器よりも早いし美味いし、後片付けも簡単です。

 ごちそうさまでした。

 ところで検索したら、ナシゴレンの素、Amazonでも売っていた。それでも世界でみんなが買ってくるナシゴレンの素。ぶっちゃけ、自分で買ってまで作る気にはならないのですが、間違いなく、美味いです。なので、また、おみやげでください。

 ええそうです。
 もらったので、食ったことを報せる。
 美味かったと言っておく。
 そういうことをしないでブログを書いている意味などあるかっ、というところですよね師匠。でもやっぱり、やわらかくみじん切りにして作ったのに、歯茎はさらに腫れましたが。唐辛子がいかんのか。

 時間だけが薬。
 次のやらわらか料理を考えましょう。
 ちなみに、明日のためにはタコ焼きの用意を買ってきてあります。

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『たこ焼きの配合』のこと。

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 いえ、きらいではないですよ。
 やわらかいごはんも小麦粉も大好きなんですが……
 でも、肉は噛み切れないくらい硬いのが好きなんですよぅ。
 あごを戦わせたい。
 がっちりと噛みしめて歯でトラックをひっぱりたい!
 噛みしめる瞬間を意識し出すと、ほんと、先生の言われたとおり。
 パワー出ないんだよなあ……

 完治の日を遙か遠く夢見つつ。
 それではみなさん。
 ジャンバラヤ!



 集中が途切れると、あちこちが痛くなってくる。
 毎回、大きな締め切りが明けると、どこかのスジをおかしくしていたりするのです(今回は、左手を複数箇所骨折。軽いヒビだけですが。ふだんは平気だけれど、ときおり負荷がかかるとびっくりするくらい痛い)、それもこれも、もうほとんど性癖と言ってよい、行き詰まったときの私の作法が問題なのでして。

 今回は、ちょっと考えました。

 原稿送って、その日、焼き肉食べたんです。ツイッターでもつぶやいていましたが、今回は心底消耗して、難産で、それもこれもまったく手を出したことのなかったラブコメ風味なものを書いていたせいなんですが、最後の一週間で五キロ体重が落ちましたから、もう頭のなかは、これが終わったら脳みそが溶けるまで浴びるように酒を飲み、たっぷり時間をとってカロリーあるもの食べて、あと、とにかく寝よう、と。
 そればかり考えて、終わって。
 終わってみたら、まず食うかと。
 とにかく腹減ったと。
 で、肉食ったと。

 そうしたらですよ。
 なんだか、違和感があるんです。
 いや、近ごろ噂の生肉問題ではなくてですね。

 あごが痛い。

 いやいやいや。
 そんな、顎関節症とか、焼き肉食っただけでなるような、そういうスマートなあごのラインの現代っ子なわけでもないですし、えーなんだこれ。虫歯か? しかし自慢じゃないが、子供の頃は不摂生でしたけれど、高校生あたりからはむしろ潔癖症の気があったので、十代以降、歯医者の治療を受けたことはない私です。しかし現実に痛んでいる。どうも、右上の最奥の歯で肉を噛むと、ずん、とくる。しかしこの痛みはなんだろうね……ひさしくなっていないので忘れてしまっただけで、虫歯ってこんな痛みだったっけ? そう思いながら、目の前にあった氷でキンキンに冷えた麦焼酎の水割りを口に含み、その奥歯あたりに溜めてみる。

 なんともない。
 冷たいの平気。
 お茶もらって飲んでみた。
 熱いのも平気。

 でも、なにかじんじんする。
 じんじんするなあ、と思いつつ、むしろそこに挑戦するように(バカだから)、その違和感を感じる歯で肉をはみまくってやったのですが。別段、とびあがるほど痛くもならない。食後のキシリトールガムも、その奥歯で入念に噛んでみたり。

 じんじんはしている。
 しかし、それだけ。
 寝た。
 起きた。
 仕事に行きました。
 地獄でした。

 まあなんといいますか、じんじんするだけなんですよ、違和感があるだけなのです。決して悲鳴をあげる痛さではない。ただ、仕事柄、一日しゃべり通しですから、口動かすたびに感じる気持ちの悪さに、指突っこんで、その奥歯を引っこ抜きたくなる。長渕剛のタイトル忘れましたが「右の奥歯が三日前から痛くて酒で散らしたがどうにもならず薬局に行って腫れた唇で八つ当たりした」という歌をエンドレスで口ずさむ私が、その日は白衣着て薬屋の店員やっていまして。うるせえよおまえの頭痛なんか知るかよおれの奥歯がなあっ、とおばちゃんの胸ぐら掴んで会社クビになってやろうかとなかば本気で夢想しましたから、追い詰められた病人というのは恐ろしいものです。

 痛いなら今治水とか、それこそ眠くならないノーシンとか、そういうもので散らせばいいのでしょうけれど、いやちがうと私の心が叫ぶのです。鎮痛剤つかうと、もっと気持ち悪くなる気配がする。いまや、じんじんという感じを越えまくって脈動しているのです。奥歯の下からなにかが生まれそうです。
 これ、たぶん放っておいても治らない。

 というわけで、翌日、朝起きると同時にネットで調べて、その曜日に唯一開いていた、隣の駅の歯医者さんへ。どきどきします。すぐ近所なので、断られたらそれもやむなしと、電話もせずに直接訪問。

 こんにちは。

「はい」

 にこにこにこっ。
 なるほど。いらっしゃいませというのはおかしいですし、これはどうも、診察券とか、そういうものを出してくるに違いないと待たれているようです。いえ、あの、予約もしていない、初めての者なのですけれども。

「あら。少々お待ち下さい」

 奥へ行きました。
 歯科助手さん、女性です。
 ピンクの衣装です。
 奥の治療室から聞こえてきた「うん、大丈夫、見るわ」という声も女性。ていうか、どうもさらにその奥で話している女性も先生か助手か……なんにせよ、男の声がしない。近所の歯科が軒並み休んでいる曜日に開いていたから選んだだけだったのですが、看板に可愛らしい動物キャラが描いてあるうえに文字もピンクで、それなのに待合室におじいちゃんがやたら多いのはこういったわけか(笑)。

 予約のかたが来られたらお待ちいただきますので、と言われてもちろんいやもなく、平気です、のたうちまわるほど痛いのではないのです、文庫本も持ってきました、読んでいます。と待ちはじめて、遠くのはーいあーん。とか、ちょっと痛いですよー、とか言うのに、おじいちゃんたちがあ痛たたいたいよせんせい、などと嬉しそうに言っているのを聞いていて、不謹慎ながら考える。

 イメクラっていうとまあなんちゅうかコスチュームを着た女性が性的なサービスをほどこすお店ですけれど、いまやそんなものよりも全国で市民権を得て乱立するメイド喫茶なんかになると、触れることさえ禁止で、言葉責めと過剰な喫茶店的サービスだけで客を満足させているわけで。
 それでコーヒーの値段が倍増するのがありならば、この歯医者さんのピンクの制服の女性スタッフによって客を取り囲み口に指突っこむわ道具で痛い目にあわすわ、なんていうのは、重ね重ね不謹慎ですけれど、これなら倍払ってもいいぜ、というお客さんがいても不思議ではありません。

 そんなことを考えながら、やむなくけっこうな時間を待ちまして、幼稚園児らしき女児をふたり連れたおかあさんが「え、あなたのほうが早かったのに」と頭を下げながら私の前を通りすぎて行ってから、耳をすませば。
 この病院のいちばん偉いヒトらしい、スタッフに敬語をつかわない女性が、なかなかにキャラが強いことに気がつきました。治療をはじめるとノンストップでしゃべる。それがおじいちゃん相手でも「磨きすぎなのよ、ちょっと手えぬいて、汚れてたら次のときに私がとってあげるからさっ」だとか「歯槽膿漏? ないわよそんなもの。妄想なの」などと切っては捨てるのきっぷのよさ。それがさらに子供相手だとエンジンかかってまいりまして、治療しているお姉ちゃんの横で、ママに抱かれた妹がうるさいのに「ちょっとあんたの妹、怪獣? 黙らせてよ、うるさいなあ」……ママがキレ出さないかと私が心配になるトークセンスです。
 しかしそれで客がよろこんで支持がついているのだから、客商売のひとつの極意。勉強になります。

 そうしてようやく私もリングイン。
 まずは若手の敬語をつかう先生が、初診なので、ぜんぶ診ますねと私の口内に指を突っこんでこねくりまわすのですが……ぬう。そっちは毎日のことでも、こっちは中学生以来の歯医者なのです。顔近いよ、ドキドキするんですけど。これ美容院みたいに顔にタオルかけたりしないものですか、それともこれが手口か。と、あいかわらず不謹慎なことを考えながら、先生が首をかしげるのを見ていた。

 ん。なにかヘンですか、ぼくの口腔内。

「右の上の奥歯ですよねえ」

 とりあえず、レントゲン撮りましょう。と、手を引かれて小部屋へ連れて行かれ、密室で顔のまわりをカメラがぐるぐる回ります。エックス線、目を開けていて平気なんですかしら。なにも言っていなかったから、開けていてもいいのでしょうねえ。ていうか、目を閉じたところで防げませんね。義姉が、電子レンジからの電磁波を、手をかざして防いでいたのを思い出しました。この光にはよくないものがふくまれているの。へー、でもそれ、見なきゃ「ない」ことになるの?

 さて、席に戻ります。
 あらためておもむろに、問題のじんじんする奥の歯を、女医さんにあの先端に丸い鏡のついた道具で、まじまじと見られます。恥ずかしい。

歯鏡

 そして大先生登場です。

「はじめまして」
「はじめまして」

 さきの先生に比べれば若くはないですが、しかし大先生というような歳でもなく。あれですねえ、歯科医なんてガンプラ作ってデカール貼るくらいの指先の器用さが要求される職種なのに、老眼とか入ってきたら、その段階できついんじゃないかと素人ながら思うので、先生の目がかすんでいなさそうなのは大安心。先生なら、17口金電球の根元に彫り込んであるボルトワット数も店員にたのまないで自分で読めることでしょう。

 その大先生に、敬語の先生がささやきます。
 本人が目の前にいるのですから、ささやかなくてもいいのに。

「水もお湯も染みないそうなんです。虫歯もなくて」

 あー、あー、あー。
 聞きたくなかった。
 そういうことになるのではなかろうかと、うすうす感じておりました。虫歯だったらよかったのに、なんて思っていたわけではないけれど、そうじゃないならこのじんじんしてなにかが生まれそうな私の奥歯の底、生むのではなく、膿んでいるのか。
 歯茎の奥の神経の話とか、そんなのなら、ぎゅいーん、と歯の表面を削られるほうがまだマシ。
 どんよりだ。

 大先生、それを聞き、なにやら私を眺めます。寝かされて、エプロンつけられた大の男です。病院慣れしていないので、なかなかに非日常な興奮が味わえます。見下ろす彼女の視線は、なぜだか私の口を見ていない。いやそこ腹ですから。胸ですから。

「スポーツされてます? 力仕事とか」

 ん? はあ。まあ、どっちもですね。
 スポーツというか、趣味のゴッチ式なのですが。
 
「日常的に筋肉つかうんでしょう」

 そうですねえ。
 筋繊維断裂させるのが人生。傷だらけです。

「ちょっと見せてね」

 敬語は最初のひとことだけでした。
 それが許されるのはキャラです。安心感です。
 大先生、座って、なんだかマシンチックなものを手に、私の口腔内へ……どうやらカメラらしい。さっき撮ったレントゲン写真も目の前のモニタに映されているし、近ごろの歯医者は近代化しました。ビートルズの「ブラックバード」のインストゥルメンタルがかかっています。美しくもせつない。

 これはもう完全に恥辱プレイ。
 なにやらごつい機械が私の口のなかにつっこまれ、女性ふたりが顔よせあって感想を言いあっている。どうせなら罵倒なんかもしてもらえると、こっちもキャラに乗りやすいのに。ああ、なんだか『シュタインズゲート』のダルみたいな思考回路になっていきます。リクエストしたいこといっぱい。

STEINS;GATE

 耳をすませば。

「ほら、これ見なさいよ。患者さんのからだつき見れば疑って当然よ」
「ほんとです。すごいですね、変色ないので気づきませんでした」

 からだつき?
 なんかほんとにエロいこと話してる?
 変色って、淫靡な単語ですよね。
 すごいって、なにが?
 もういっぺん言ってみて、ちょっと恥ずかしそうに。

「ヨシノギさん」

 大先生の宣告タイム。
 心臓ばくばく。
 するとじんじんする奥歯も、鼓動にあわせて脈打つ。気持ち悪い。痛痒い。自分で自分のあごに気絶するくらいのパンチをかましたい。もういいよ、これを解放してくれるなら、なにをぼくの奥歯から生んでくれてもいい、やっちゃって。

「ヨシノギさん、奥まで30本の歯が、びっしり生えているの。親知らずまで」

 えーと。
 それは褒められているのか、問題点の提示?

「もともと、下が2本少なかったから、親知らずがきれいに生えちゃったのね」

 あーなんかむかしそんなこと言われた記憶はあります。きれいに生えたならいいじゃないか。なにが「生えちゃった」ですか先生。

「あごの奥まで歯があるから、このまっすぐに生えた親知らずが、噛み合わせで、どうしても最初に上下で合わさるのね」

 なるほど。よくわかります。

「ちから出すときに、ものすごい負荷が、この親知らずにかかっているの」

 は! そういうこと……
 噛みしめて。で、いま、ぼくの歯は……

「細かいヒビが無数に入っているわ。拡大するとよくわかる」

 あ、いやな予感がしますよ、先生。
 それ、言う気でしょう?
 決まり文句。噂ではよく聞きます。
 まさか、きれいに生えて安心していた我が身に……

「親知らず抜くのが、一番簡単な解決方法」

 はいキた……イヤですよ。
 抜かないでどうにかできないのですか。

「もしくは、神経を抜くか。でも、ヨシノギさん、奥まで歯が生えそろっているから、そこ作業しようとすると、ものすごく大きな口開けてもらうことになっちゃうわ」

 ううん。ううん。
 開けますって、大きな口くらい。
 でも、神経か……痛そうな話だ。
 けっきょく、なにがじんじんしているんです、これ?
 ヒビの入りまくった歯が?

「仕事ならがんばっているわねと言うし、スポーツならよく練習しているのね、というところだけど、歯医者からすると、歯がかわいそうなことになっているの。毎日のようにヒビが入るほど噛みしめられて、もちろん、その下の歯茎やあごの骨にも、ものすごい荷重がかかっているのよ。それが、痛み出したのはおとといから? バーベルを上げたりしたのかしら」

 焼き肉に負けた?
 のではないことは、はっきりしています。
 大きな締め切りがあったから。
 なぜ、モノ書くのに筋肉を使う必要があるのかは、創作上の秘匿にさせてください。なんてことはもちろん言わず、あいまいに濁しておきました。まさか左手の骨折も、テンションあげるための行為でやってしまったのです、毎回、締め切り明けにはカラダがぼろぼろなのです、などと、歯医者さんに言っても、あきれた目で見られるだけでしょう。

 しかし、そうですか。
 たぶん、あの腕立て伏せがダメ押したんだと思います。
 こめかみの血管切れるかと思いましたから。
 奥歯も噛みしめていたでしょう。

「なんにせよ、なにか決定的に重いものを持ちあげたりした、それでいわば、奥歯が捻挫したみたいなことになっているの。ほら、捻挫とか骨折って、走ると、そこが心臓になったみたいにじんじんするでしょう? そういう状態」

 捻挫。
 歯を?
 ていうか、そのあたりのあれこれがもう無理って悲鳴あげたってことですよね。ええ、わかります。私の心も折れそうでしたから。限界越えた自覚はありました。でも、発現したのは焼き肉だったわけで……おとなしく豆腐でも食ってりゃよかったんだな。まあそれで、歯のヒビが埋まるわけではないですし、考えようによっては、この捻挫があったから、私は虫歯もないのに歯医者に来たというわけで。

 どうすればいいんですか?
 明日も、力仕事あるんですけど。

「これ放置しても、いずれ歯が砕けるところまで行くだけよ。とりあえず削りましょう。奥歯が当たらなくなるところまで。それで圧が解放されて、痛みは消えるはず」

 じんじんしなくなるなら、おまかせします……
 しかし、こうならないように予防策とかありえました?

「力入れるときには、マウスピースはめれば、だいぶ違うわよ」

 ああ、あのプロレスリングNOAHの石森太二が、顔が猿みたいになるのもいとわず、ムーンサルトの高さを出すために入れている、あれですね? というのは、もちろん言いませんでしたが、しかし先生、プロレスラーなら、せっかくのイケメンがだいなしだぜですむけれど。先生が近所の店に食器棚買いに行って、店員が「お車まではこばせていただきます」と言ったやいなや、ポケットからマウスピース取り出したらヒくでしょう。

 つまりは、避けられない事態だったわけですか。

「あ、削る前に訊いておかなくちゃ」

 なんすか、もうブルー極まってんですけど、ぼく。
 なに訊かれてもネガティブな答え返しますよ?

「順位のつくスポーツなんかを、やっていない?」

 いや、カラダを動かすことを直接評価される業界にはいません。
 しかし、その質問はなんですか?

「だって。これだけ砕けんばかりに噛みしめていた親知らずが、噛みしめられないようにいまから削るの」

 そのあとの先生のセリフこそ、気絶しそうでした。
 そういう奥歯砕けるほど力出す毎日を生きている人種だって知っていながら、あれ、絶対にこっちが大きくダメージ食うように間を溜めたのだと思われます。マゾヒスティックな歯医者なんていません。

「パワー、出なくなるわよ」

 ……そんなあ。

 と、いうことが今日ありました。
 仮封されて帰された。
 ぐっと噛んでも、奥歯が当たらない。
 じんじんするのは、完璧に消えました。
 でもこれ、奥から二番目の歯が今度はヒビ割れるだけなのでは……
 そんな疑心暗鬼も抱えつつ。

 ああ。なんだか。
 疲れた。
 ひさしぶりの歯医者は、難敵。
 さしあたって痛みが取れたら、親知らずをどうするか、入念に話しあいましょうと前置きもされています。
 戦いは長引きそうです……